Fate/Zero Over   作:形右

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 個人的には、多分このシリーズで一番ぶっ飛んでたギャグ回。


第十六話 ~巡り合う前の日、混沌とした日~

 前奏曲(プレリュード) ――何かが決定的に間違った世界の話――

 

 

 

 ――常に余裕をもって優雅たれ。

 

 今日もまた、遠坂時臣は優雅に街の悪を裁き続ける。

 だが、貴族たる者、時にはユーモアに興じる心は必要だ。

 日々に潜む細やかなお茶目さ。細やかなうっかりもまた、我々には必要なこと――だから、今日も朝のコーヒーに砂糖と塩を入れ間違えたのも悪い事ではない。

 そうして彼の朝は過ぎていく。

 愛しい愛娘たちと、妻が外に出かけた後も、時臣は本業である冬木のセカンドオーナーの傍ら、家業の一つである不動産の管理やその他もろもろの〝いかにも〟な両家筋の事業に精を出していた。

 だが、そんな時間をのんびりと過ごす余裕を、この街を汚す下船の輩は与えてくれない。

『師よ』

「綺礼か」

 弟子であり、相棒である綺礼・ゲ・ドーから連絡が来た。

『冬木の危機です。師よ、御手を貸していただけますでしょうか?』

「無論だとも。町の危機、弟子の危機だからね。それに――娘たち、そして妻の暮らす街の平穏は、常に保たれていなければならない」

 すぐそこへ向かう。

 時臣はそういうと、通信を切った。

「やれやれ、出番の様だよ、ルビー」

 呼びかけると、ふわふわとやって来た魔法の杖、マジカル・ルビーが時臣の隣を漂いながら軽くぼやく。

『この街はホント退屈しませんねぇ~。では、悪を倒しに行きましょうか』

 とはいえ、彼女も自分の本分を忘れたりはしない。

 時臣に羽根を器用に伸ばして、ルビーは行こうかと問う。

「あぁ、行こう」

 無論、家族の暮らす街の平穏を護るのは、いつの時代でも大黒柱の役目。

 女の子たちに譲れない意地があるのなら、男にはいくつになっても忘れられない夢と張り続けるべき意地がある。

 

 

 そしてそして――

 

 

 冬木市、新都にて。

「……この世界は、石器時代から一歩も先へ進んじゃいない」

 弟子と同じ目の死んだ男、真正ゲドー・ケリィ・パッパが暴れていた。

 いつもいつも平和を享受するはずの世界に、この世の悪を憎む男は不要だったのか、或いはそんな世界でも残っている悪に不満を抱いて、日々些細な悪行を果たしている人間にも鉄槌を下している。

 それだけ聞くと、ただのお助けマンか正義の味方なのだが……ただ、彼の場合二つほど欠点がある。

 一つ、己の妻に危機が及ぶと問答無用でコンテンダーを構える。

 二つ、子供たち(娘二人と息子二人)に危機が及ぶとマシンガンでところかまわず武装する。

 そんな困った家族愛。

 或いは重すぎるその過保護っぷりに、世間は結構迷惑しているが、割と応援する声も多かったりするのは、多分息子たちがイケメンなのと妻と娘が滅茶苦茶かわいいとご近所で評判だからかもしれない。

 しかし、

「常に、余裕を持つことが大切だ。とりわけ、この疲れた現代社会ではね」

「来たな……なぜ僕の邪魔をする。お前も分かるだろう、同じく家族を持つ者ならば……っ」

「……同じだからこそ、君を私は止める。私も、この街を乱されては困る身なのでね」

『では、変身しましょう! マイ・マスターッ』

 

 ――――コンパクトフルオープン! 鏡界回廊最大展開!

 

 光が包む。

 優雅に、

 華麗に、

 時臣の身体を包む光となたった魔力。

 そして誕生したのは――

「――酷い、な。おぞましい……」

 その姿をみて、男はそう称した。

 実際、誰しもがそう思うのではないだろうか。ごくごく一部の例外を除けば、時臣の恰好は一般的に行って痛々しいものだった。

 フリルの破壊力(精神的)の強さは伊達じゃない。

「勝手に言ってくれ。ただ、こうなった以上、君には勝ち目はない」

 その言葉に嘘はない。

 だが、それでも――譲れないものは、ある。

「…………それでも、僕は――――家族を、救う――から、だ……っ!」

「やれやれ……君も、そう叫ぶ以外にも楽しみを見つけてはどうかな?」

 ちらり、と横目に見るのはのんびりしている彼の妻アイリと、呆れた顔をしている子供たち。ちなみに、息子二人は頭を抱えている。

 まったく、はた迷惑なことだ。

「まったく、優美さの欠片もないな。

 よし、ならば私が教えてやろう――――本当の優雅というものを」

 そして、ルビーの周りから炎に変換された魔力の渦が迸る。

「……さあ、本日の幕引きだ。

 一度頭を冷やして反省してきたまえ。あ、それと葵が今度、ソラウさんとアイリさんとお茶会を開きたいと言っていたから、伝えて置いてくれ。

 息子さん方や娘さん方もよければ来るといい。ギルも待っているからね」

『クロさんとギル君なんだか反目し合う関係ですからねぇ~(によによ)』

「ウチの娘はオマエのとこに何ぞやらんぞ! ノーモア親離れ!」

『まったく……私たちの根底をあっさり否定してくれますねぇ~。

 ではマスター、この駄々っ子さんにお仕置きタイム、行きますよぉ~~っ!!』

「了解だとも、ルビー」

 そして収束を始める炎。

 まるでそれは嵐の様に放たれたそれに、はた迷惑な正義の味方さんは燃え尽きた(安心安全の浄化攻撃です、ご安心を)。

 時臣はそれを確認し、彼の断末魔を聞きながら、優雅に杖を振り払いながら最後の決め台詞を口にする――!

 

「ぐっ……がぁ……っ! ……うちのこたち、マジ…………天使……っっっ!!!!!!」

 

「――――優雅たれ……ッ!」

 

 ドッガアアアアアァァァン! 華麗な炎の爆発に、ルビーを振りかざした時臣の顎髭がダンディに揺れる。

「悪は滅びた。さて、帰るとするか」

 妻と娘たちの居るわが家へと足を運び、今日のご近所を護るお仕事は終わったことを確認し、ワインを呷った。

 

 

 

 ――――こうして、本日もまた、冬木の街は守られた。

 

 

 

 頑張れ、魔法中年マジカル★トッキー! 負けるな、トッキー! うっかりフェアリルに、優雅に、華麗に事件解決ぅ♪

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 う、―――――がぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!??????

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――ハッ!?」

 ガバッ! と、時臣はベッドから体を勢いよく起こす。

 朦朧とした意識と、圧迫され切って摩耗した神経が、悪夢から解放されたことを脳へ伝えるまでほんの少し時間をかけた。

 だが、程なくして――

「――――ゆ、夢か……?」

 今自分の置かれた状況を理解する。

 ひとまず、認識した現実をそう口に出すことで、どうにか正気を取り戻すことが出来た。

 未だ冷めやらぬ動機。決してこれは妻との愛せを思い出した際の甘いものなどではなく、少なくとも幸せとは程遠い何かである。

 荒息のまま、ひとまず額のあたりを手で覆い、ため息を一つ吐く。

 今、自分を保つためには家訓を口に出すべきだろう。

 悪夢は忘れ、ちゃんとある娘たちと妻の待つ現実を認識しよう。

「……常に余裕をもって優雅たれ」

 よし、と自身に言い聞かせつつ、時臣はいつも通り赤いスーツに身を包みリビングへと向かう。

 歩いている間に廊下の柱時計を見ると、いつも士郎が朝食を作ってくれているくらいの時間だ。夢の内容は最低だったが、時間のタイミング的には中々にばっちりだったのかもしれない。人生、こういう部分で釣り合いが取られているのかもしれない。

 そんなことを考え、夢の内容を半分ほど忘れた時臣は、リビングへ入る扉に手を掛ける。

「おはよう」

 そう声をかけながら、中に入ると、そこでは何やら皆がテレビの前に集っていた。

 何だ……? と、少し気になってそこへ向かうと、そこではソファにふんぞり返っているギルガメッシュとワインを片手に画面を凝視している綺礼。そして、時臣の愛娘二人と顔を青くしている雁夜とランスロット、そして、がっくりと項垂れて頭を抱えている士郎がいた。

(一体、何だ?)

 ますます訳が分からなくなり、時臣はほんの少し首を伸ばすようにしてその画面を見る。

 そこには、

 

 

 

『――――今日も冬木の平和を守り通すことはできた。でも、まだまだ困った駄々っ子は世の中に後を絶たない。頑張れトッキー! 負けるな、トッキーっ!!

 次回、魔法中年マジカル★トッキー、第二話。

 〝魔法を継ぎし者、赤と黒の交錯する悪魔の定め。加速せよ、愛しき小妖精の為に命を燃やせ!! 荒野での決戦。スターダスト・リジェンダーの煌きに、スカーレット・ダーク・ブラスター、発射ですよ!〟』

 

 

 

 

 

 

 ――――その日、再び屋敷には、今瀬における最大ボリュームを更新した、時臣の悲鳴が響いたという。

 

 

 

 ***

 

 

 

 悲鳴の後、ひとまず士郎の一言により食卓に着くことになった一同。

 嘱託を囲んでいても、先ほどまでの衝撃は消えることはなく残り続けていた。

 そんなどことなく詰まった空気の中、士郎はここ最近よく思うようになったそれを、心内で呟いた。

(……どうすりゃいいんだよ)

 昨夜、あまりにも衝撃的すぎることの連続で混乱していた頭を、ひとまず夕食という一手段を持って収めた彼のだが……その後凛にしばらく説明を求められ、彼女にここまでの顛末を説明することになり、それを話した。

 そうして話しては見たが、やはりというかなんというか……理性の残っていた分、橋の上での一時ほど酷くはなかったものの、結局凛にはガンドの数発をお見舞いされる羽目になったのは、時間にしてはほんの数時間前の出来事である。

 しかし、父の生きている時空で、兄弟子がまだ外道に染まり切っていない所為もあってか、凛はどことなく鬱憤の溜まった様子で悶々としていた。だが、士郎にとって幸いなことに、彼女が直接の攻撃に出ることはなかった。

 ……まったく内心笑ってない笑顔で、うっかり契約してしまった性悪ステッキを自ら使いだそうとしそうになっているのを、抑えながらの状態ではあったのだが。

 士郎の背に嫌な汗を流させながらも、ひとまず凛は納得した。

 まあ、まだまだ不満たらたらだったのにも関わらず、今こうして妹を結局苦しめる采配をしてしまった父を遠い目で「分かってます」な表情で見ている彼女は、ほんの少しばかり憐れな気もしたが、無害です。

 寧ろ、この状況を作り出してくれた今このギスギスした空気の中で、一人だけ悠々と「やり切った」という笑みのままでいる、このはた迷惑な王様の方が、士郎にとっては頭痛の種になっている。

 そもそも、あの映像を流す羽目になったのは、朝珍しく時臣が他の皆よりも少し遅く起きてくるようなので、朝食前にアレをもっと見せろとギルガメッシュがルビーに命令したからである。

 結局、それが始まるまで士郎は台所での作業を続けていため、大笑いが響き渡って来たのを起きぬけてきた凛、桜、雁夜、ランスロット、綺礼の面々と共にリビングのテレビ見てからそれに気づいた。

 尚、遠坂邸に置いて早起きの順序は、

 士郎(鍛錬と朝食準備)、

 綺礼(鍛錬、朝の祈り)、

 ランスロット(精神統一)、

 時臣(提示起床、朝の微睡)、

 雁夜(定時起床、桜の目覚まし)、

 桜(雁夜に起こされる)、

 凛(寝坊、朝弱い)、

 ギルガメッシュ(朝だから起きるという気はない、ただ士郎のメニュー目当てで気まぐれに早起きする)、

 といったところである。

 そんな気まぐれが、今朝の悲劇を呼ぶこととなった。

 凛の『カレイドルビー』の活躍と共に時臣のそれも見て大笑いしていたところ、あんまりにもうるさかったので、悪夢に晒されていた時臣以外がリビングに集結し、そこに立ち会ったという訳だ。

 凜は自分の把握してない部分まで見せられ、顔を真っ赤にして怒ったものの、ルビーは現在ギルの手中だ。

 転身していない彼女が敵う道理もなく、延命な努力も努力虚しく――綺礼(内心的に)、士郎(業と料理的に)、桜(儚い子供可愛い)、雁夜(時臣より父親してる面白い)、時臣(爆笑 New!)の次にお気に入り認定を受け、彼の玩具となることに。

「むきぃーっ!!」

「ははは! 良いぞ凛、お前のことは気に入った。今度、またヴィマーナにでも載せてやろう。

 それとも、何か他の衣装の方がいいか? ……く、あはははっ!!」

「うがぁぁぁあああああああああああああああああああっっっ!!」

 そんなやり取りがあったのち、ルビーはギルの要望通りに様々な凛の映像と、極めつけに時臣のそれをシリーズの様にして見せた。……本当にファンサービス(?)に余念のない悪魔である。

(にしても、番宣タイトル(アレ)は遠坂のよりも酷かった……)

 脳死寸前どころか、既に灰燼となりそうなもんだった。

 士郎はそんなことを考えた。

 だが、ギルと綺礼は、いい酒の肴を得たとばかりにご満悦な表情でニコニコしている。

 ……正直、気持ち悪い。そして、凛からの視線と時臣の茫然自失っぷりが痛い。

 尚、雁夜とランスロットは基本これらに関しては、ノーコメントの姿勢を貫くことを決めたらしい。

 桜は、凛の活躍をキラキラした目で見ていて、凛が膝を折るほど純真な目で見つめられたらしい。彼女の中では、姉の株が現在絶賛上昇中である。……父の株も、ちょっと上がってる。お揃いは嬉しかったとかなんとか。

 ともかく、士郎はこの流れをどうにかしなければならないと思い、ひとまず次に出すべき言葉を探る。

 無言というのもいただけない。

 どこぞの虎のおかげで、賑やかな食卓に慣れ切っている士郎はこの空気をどうにか氷解させたいが、生憎と彼には虎ほどの力はないのが悲しいところ。

(ホント、どうすりゃいいんだか……)

 いっそ、ホントに虎でも埒ってくるか何げに物騒なことを考え始めた頃、やはりこの空気をぶち破ったのは、赤い悪魔だった。

「あー、もう! もういい!! ええ、もうどうでもいいの! いい加減、話を進めなくちゃ始まらないわ!

 この際恥も体裁も関係なく、この戦争を終わらせるための道をみんなで探しましょっ!」

 おぉ……っ! さすがは師匠! 俺にはできないことを易々と……っ!! そこに痺れ憧れて、士郎は思わずパチパチと拍手をしてしまった。

「凛……あぁ、未来の君は、どうやら立派な当主になったんだね……」

「お父様……っ」

 親子の絆、ここに深まれり。

 カレイドステッキによるヘンテコな邂逅は、心の傷こそ活断層並みに作ってくれたが、削り捨てるばかりではなく、しっかりと絆を深めてもいたのだった……っ!

『うぅぅ……いやー、麗しい親子愛。感動ですねぇ~』

『……正直、今姉さんの言葉に同調するには、些か姉さんの悪行の方が大きすぎて無理かと思います』

『およっ!? まさかの姉妹の絆は崩壊フラグ!?』

『はぁ……』

 サファイア、お前は根っこがまともで嬉しい。誤解してたみたいで、ごめんな。

 心中謝辞を述べつつ、士郎は凜の言葉を拾っていく。

 起こる嵐に翻弄される生来に気質はともかく、彼とて早くこの戦いを終わらせたいのは変わらないのだ。

「で、遠坂。具体的には?」

 弟子の問いかけに、師匠は心強く頼もしく応えてくれた。

「そんなの決まってんでしょ!」

「というと?」

 ため息を吐くように、凜はいう。

「察しが悪いわね。

 ――――よーするに、一番あくどそうなのと、いっちゃんメンドそうなとこを、まとめてぶっ潰すのよっっっ!!!!!!」

 

「「「――――――」」」

『いやぁー……凜さん、発想からして、マジパネェっす』

 

 

 

 それは、あまりにも頼もしすぎる宣言であり……同時に、今宵の騒乱を意味した見た目幼い『あかいあくま』の咆哮でもあった――――。

 

 

 

 

 

 

 *** 終曲(フィナーレ) ――運命の夜への追奏――

 

 

 

 ――――しかし、それに呼応するように動き出す者たちがいた。

 

()くぞ?」

「……御意」

 

 

 

「っふふふ……お待ちください、我が聖処女よ。

 今、貴女の軍師が御身の元へ馳せ参じます故――――」

 

 

 

「――――何故あなたは、戦いを私に委ねてはくれない……?」

 

 

 

 幾つもの思いの交錯する中で、再び混沌とした嵐の夜が始まる。

 

 奇跡を巡る戦いの夜は未だ開けることはなく、開けるべき時を、待ち続けているのだった――――

 

 

 

 

 


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