Fate/Zero Over   作:形右

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 真面目な戦闘かと思った?
 残念、ギャグへの導入でしたぁぁぁぁ!! (まさに外道)

 と、つまり外道なら改心へ続く路をやっとかなきゃねぇ~。
 ―――その始まりです。


第十九話 ~巡る地獄、ヒトの本質とは~

 悪魔の誘う、地獄の始まり

 

 

 

 ――――ゆらり、と揺らめく月から窓を通し注ぐ光に照らされた廊下の突き当りに、奴はいた。

 

 逃げる気はどうやら本当にないらしい。

 この時ばかりは、真正面から二人は向かい合っていた。

 その距離三〇メートル弱。廊下の幅は六メートルで、遮蔽物らしいものは何もない。

 二人の男の間には、最早何もない。

 

 次の一瞬で、その全てが決まるだろう。

 

 

 お互いの次の一手――それら全てを以て、この刹那の邂逅は終結する。

 苛立ちにまみれたケイネスと、どこまでも冷淡な切嗣。

 どこまでも対照的な二人は、互いの次の一手の為に互いの是とする行動をとる。

 

「まさか先と同じ手が通じる、などとは思っておるまいな? 下種が。

 最早楽には殺さぬ。魔術で肺と心臓だけを再生し続けながら……爪先からじっくりと切り刻んでくれる。

 悔やみながら、苦しみながら、絶望しながら死んで行け。そして、死にながら呪うが良い。貴様の雇い主の臆病ぶりを……この〝聖杯戦争〟をここまで貶めた、アインツベルンのマスターをなァ!!」

 

 そんな怨嗟にまみれたような叫びと共に、火蓋は三度(みたび)切って落とされる。

 これまでの二度と同様に。――それゆえに、決定的なまでに異なる、この三度目の銃撃と水銀による防御のぶつかり合い。

 どちらも、その表情は笑みであった。

 互いに、自身の策がすべてハマったという確信の下での笑み。

 こうして女神の天秤は傾き始める。

 約束された勝者の為に、その傾きを確かなものにするべく、どこまでも正確無比な結末を用意するが……

 

 ――しかし、その結末は訪れない。

 

 結末は、正確無比な天秤を、その在り方を決して是としなかった、一人の少年の手によって防がれる。

 それと共に、一人の男は地獄を辿ることになるだろう。

 誰よりも熱く、誰よりも焦がれ続けた夢に正直すぎたゆえに、あまりに歪な在り方を辿り続け、どうしようもなく〝無知〟だった彼は――己の在り方そのものを、今一度、見つめ直さねばならない。

 

 ――一人の女を妻として生かし殺したことを、

 ――自分の娘を死ぬよりも辛い道を辿らせたことを、

 ――同じように理想に焦がれた少女を慟哭の淵に追いやったことを、

 ――一人の少年を救い、決して戻れない理想(みち)へと誘ったということを。

 

 それらすべてを、彼は知らねばならない。

 救いへの道の為に、犠牲を是とするのであれば――今、彼自身が心傷それを追わねばならないのだと。

 赤い少女に命じられ、その手を一度離れ少年と共に降り立った、呪いと称されるほどの悪魔の手によって――――

 

 

 

 ――――『彼』は、自身の悪とする戦場以上に、最もおぞましい、ある〝過ち〟の地獄(きおく)を巡る。

 

 

 

 対峙する黒と青。

 月明かりの下、退路無き廊下で睨み合う『魔術師』たち。

 誇りと信念。あるいは、自己顕示欲と独善的な願望。それらをぶつけ合うべく、二人の男が殺し合う。

 先手は、三度(みたび)同じ銃撃の火花。

 それを受けて、水銀の膜が同じように主を護り、攻撃を阻む。

 状況は一向に均衡。されど、そこに互角であるという事実はない。

 たった一手、先程とまったく同じ一手が、互いの本当の全てを今宵の幕引きへと誘った。

 共に全てを賭している男たち。

 差を生むことになったのは、そこにかける執念の度合い。

 たった一撃の魔弾によって、天才は血の海に沈む。これまでに、幾度となく繰り返してきた狩りと同じように、また一人――この世界から離脱する魔術師へと選別を送る。

 

 終焉の幕が今、降ろされた――――。

 

 

 

 *** 狂信者は去る、一時の幕引き

 

 

 

 御伽の森の戦いは、決定的に勝敗が別たれた。

 キャスター、ジル・ド・レェの宝具はディルムッドの赤槍によって穿たれ、既にもう奴には勝ち目など残ってはいない。

 右手は赤銅髪の少年・士郎の()によって吹き飛び、左手に抱えられた魔書は破壊までとはいかずとも、既にもうその力をほとんど失っている。いかに『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』が穿った瞬間にのみ、魔力の流れを遮断するといえ――一度解除された術はもうどうしようもない。

 加えて、再び術を発動する隙など、勿論誰も与えてはくれる筈もない。もうこれ以上、この場で彼に取れる手段はなくなっていた。

 ぎりと、歯ぎしりをしながら、不敵な笑みを浮かべているディルムッドを睨みつけるジル。

 その悔しそうな面持ちも、相手からすれば一矢報いた必然の結果。

「如何かな? 〝最速〟の座に据えられし、槍兵の一撃の味は」

 軽口を叩き、ジルを煽り立てるディルムッド。そんな戯れの様にされた煽り立てに激高し、叫ぶ。

「貴様ッ――貴様キサマ貴様キサマ貴様キサマキサマキサマキサマァァァッ!!」

 何もかもが悪い方へ転び、絶望的な状況を作り出す。

 最早、これ以上ここには留まれない。

 その瞬間目に飛び込んでくるのは、清廉な青き闘気――その手に握られるは、黄金の光を放つ聖剣。

「――――、……ぉ」

 刹那、目を奪われてしまうが、すぐさまそれから目を逸らした。

 

 ――アレは見てはいけない。

 ――アレは理解してはいけない。

 ――アレを、知っては、いけないのだ。

 

 そうでなければ、きっと悪魔は悪魔ではなくなってしまうだろう。

 眩いほどの輝きは、何かを思い起こさせる。今知ってはいけない何かを思い出させる。それは、遠き日の思い出。

 賜った啓示の記憶が――――。

 

「――――ハッ!?」

 

 駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。

 思い出すな。感じてはならない。一番求めているのはそれであるから。

 矛盾した思考が、ある日の記憶を封じ込め、目の前の現実から逃げ出せと警告を鳴らす。

 

 

 

 ――――逃げなければ。

 

 

 

 今、直ぐに――。

 この場を離れなければならない。

 思い出してはいけない何かからの逃避、避難、逃走を図る。

 悪魔は、自分が相手に与えるべき恐怖に晒されたまま、森から逃げ出そうとした。

 それを見て取った少年と少女。倒さずに、この場から満身創痍で逃げ出させるためにさらなる追い打ちをかける。案の定、悪魔は我先にと逃げ出した。

 だが、彼女の攻撃よりもわずかに先んじて、ジルは魔書の魔力を開放する。

「これは……!?」

 魔物になりそこなった瘴気が辺りを覆い尽くす。

 血霧が森を覆い、子供たちを背に庇った士郎はその霧の中へと隠れ潜んだ悪魔の追撃を警戒した。

 けれど、追撃はない。

 そのことに逃走の意を汲んだセイバーは、その手に持った聖剣を振るい目くらましとなった霧を吹き飛ばす。

「悪足掻きを――ハッ!」

 だが、既に霧の晴れた先に姿はなく、どこか遠くへと走り去る音が遠巻きに聞こえる程度。あれほど意味もなく自信過剰に攻め入ってきたジル・ド・レェとはいえ、この状況で自身に勝機が無いという事を理解するだけの思考はまだ残していたらしい。今頃は、自ら発した目くらましの中を、()び出した海星(ヒトデ)擬きのようにうねりながら森を飛び出していることだろう。

「まったく……どこまでも卑劣な」

 苦々しくそう吐き捨てるセイバー。

 生憎だが、彼女には霊体化したサーヴァントを追う選択肢はない。彼女は英霊であるが、霊体かが出来ないのである。この場で唯一それが可能なのはランサーであるのだが、彼は今それどころではなかった。

 主の窮地を――繋がれた経路(パス)を通して感じ取っていたのだ。

 ……とはいえ、それを口にするのは憚られる。

 事実、セイバー側の思惑がはまったというだけの事であり、マスターより仰せつかった〝キャスターを討つ〟という事だけをディルムッドは遂行する上で助太刀をしたというだけのことなのだ。

 故に、セイバー側がマスターを討つというのなら、ここから離れることになる。が、それを許すとういうのはセイバーにとってマスターに対する造反ということでもあり、無論それが徹道理はない。

 また、なんとも皮肉なことに――ランサーとセイバーとしての力量差こそなくとも、ステータス的にはディルムッドはセイバーには及ばない。

 しかし、セイバーには彼の高潔さを咎める気はなく、こうして子供たちの窮地を救ったという行為が悪であるはずもないのだ。

 なればこそ、彼をここに留め置く必要などはない――

「――そこまでよ」

「ッ……なにを」

 彼女の思考がそこまで至り、ディルムッドにその言葉を告げようとしたその時。先ほどまで子供たちを庇っていた年のころは彼ら彼女らと大して変わらない少女、遠坂凜がセイバーの思考を両断する。

「その思考は捨てなさい。それは、もっともしてはいけない行為よ、セイバー」

 あまりにもはっきりとしたその声に、セイバーは子供だとか、今初めて会ったはずの幼い少女だという事柄をすべて投棄し、彼女の声に応えた。

「……確かに、私が選ぶべきではない。私のマスターが奇策を講じて、キャスターと渡り合う事よりも攻め入った単体の敵を屠ることを是としたのは事実です。

 だからといって、私は騎士の誓いを交わした彼を、こんな形での結末を与えることは――」

「そうじゃないの」

「そうではない、とは――?」

「貴女の言うことは、ある意味では正しいのかもしれないわ。わたしとしても、騎士としての誇りを否定する気もないけれど……でもねセイバー。今の世界に、その誇りや矜持、誓いの重さは紙よりも薄いの。

 とりわけ、こんな戦いに身を投じた人間なら尚更ね……」

 彼女の言葉は、間違いっているものではない。

 セイバーとて、騎士であると同時に王だった身である。人の心の移ろいが、どれほど短絡的なものであるかも知っている。

 が、それでも。

「だが、ランサーが私との誓いを破るなど――」

 セイバーはそっとランサーを見やる。

 ここまで口を挟まなかった彼も、遂に口を開く。

「……便乗するようですまないが、それでも俺は誓う。俺は断じて、セイバーのマスターに危害は加えない」

 やはり、ディルムッドはどこまでも騎士である。

 そうセイバーは認識を新たにするが、どうやら凛の言いたいのはそこではないらしい。

「……はぁ。だから、あんたたちが言ったらだめなのよ。

 どっちかが単体で行ったら、それはどちらのマスターに対しても裏切りになる。そして、ともに行ったとしても、セイバーのマスターが押されているランサーのマスターをゴリ押ししようとして令呪を使えばそれまで――となれば、答えは一つ」

「出向くな、と?」

 苦い顔でそうセイバーは問う。しかし、どうやらそうではないらしい。

「そうはいってないわ。それに、手ならもう打ってるし、ね……?」

「手……?」

「そうでしょ? ――ギル」

 そう凛が名を呼んだ瞬間、森の木々を吹き飛ばす様にして黄金の王が現れた。

「待たせ過ぎだ。あとで俺に対する礼を尽くせ」

 相も変わらずの傲岸不遜。派手な黄金の鎧に身を包んだこの男こそ、この聖杯戦争におけるアーチャーのクラスに据えられた、原初の王。

 英雄王ギルガメッシュである。

 新たなサーヴァントの出現に、セイバーとランサーが警戒の構えをとる。

 が、

「それは士郎に言いなさい。……まぁ、ここにはいないけど」

「なにぃ!? 凛、士郎はどこだ!」

「ルビーに飛ばしてもらってるわ、今頃は向こうに着いてるんじゃない?」

 言われて初めて、セイバーとランサーも士郎がいないことに気づくが、今はそのこともだが、状況の変化が激しすぎて頭が回らない。

 そんな状況でも空気を読むことなくギルガメッシュは己のペースで爆走し、それを凛は諫める。

「ぐぬぅぅぅ……あの雑種めぇ」

「どうどう。そんな怒ってないで、やることはやってんでしょうね?」

「誰に口をきいていると思っている小娘。この英雄王に、物事の是非を問うなど愚の骨頂であるからして――」

「――――麻婆豆腐(ぼそり)」

「勿論できている。造花と道具は見つけておいたぞ!」

「よし。じゃあ、その二人も乗せて城に行くわよ。改心させなきゃいけない人と、さっさとこの戦争を諦めさせなきゃならない貴族上りがいるんだから。

 ……まったく、ホント貴族ってめんどいわね」

 割と己にもブーメランなことを呟く凛は、自分と同い年くらいの金髪の少女を思い返す。

 まさにそれは、フィンランド出身のとある〝きんのけもの〟を思い出す〝あかいあくま〟の図であった。

 個人的主観の恨みとか遺恨とか、(本当はそれほどでもないけど)なんか気にくわない同族嫌悪とは根深いものである。

 最も、いまするべきことを後回しにするほどの私怨でもないので置いておくが。

 

「さあ、行くわよ」

 

 貫禄に溢れた蒼い瞳に、燃える炎を感じ取り、セイバーたちは有無を言えなくなる。

 一同は、黄金の王の座に乗って、白き冬の貴婦人と闇の烏を伴い、『正義の味方』である少年の居る、御伽の城へ向かう――――。

 

 

 

 *** 魔弾と盾、壊す者と生み出す者

 

 

 

 ――――弾倉という枷を外された魔弾が今、水銀の膜を蹂躙せんと放たれた。

 

 それに対し、水銀は棘を渦巻く竜巻の様に編み上げて防ごうとする。操り手はきっとほくそ笑んだであろう。

 今度こそは勝った、と。

 しかし、それこそが狩り手の狙いである。ただ軽く防がれるだけでは意味がない。文字通り、相手の死力を尽くした防御に当たってこそ、魔弾は真の威力を発揮する。

 

 〝起源弾〟――魔術師殺し、衛宮切嗣の魔術礼装。

 

 撃たれた対象に、自らの〝起源〟を埋め込むというこの魔弾は、切嗣の骨を粉末にして内包することで、その〝起源〟たる『切断』と『接合』を相手に発動させる。

 〝破壊と再生〟ではなく、一度断ち切ったのちに〝修繕〟を施す。

 これは、ある種の不可逆の〝変質〟を意味しており、治癒・再生を意味しない。

 一度途切れた針金は、結びなおせば事足りるだろう。だが、これが精密機器となれば話は別だ。

 これが切嗣の限界。――否、彼の生まれ持った魂の様相(カタチ)である。彼の手先は、殺し屋や猟犬などと揶揄されているように、様々な場面を生き抜き切り抜け、そして獲物を屠って来たこれまでが示す様に、ある程度の器用さや正確さは持ち合わせているだろう。

 しかし、彼の本質は『切断』と『接合』。すなわちこれは、〝破壊〟と〝修繕〟を意味している。

 例えるなら、先の針金の様にただ結ぶだけでその〝機能〟を取り戻すモノであれば、〝修繕〟は〝修復〟を意味しない。これらは時として、等しく〝再生〟に見えることもあるが――実のところこれらは全て別物なのだ。

 精密機器の回路の様に、モノの根底的な部分は、このような僅かな綻びによってその機能を失い壊れてしまう。

 要するに、切嗣の手先は手早くはあるが杜撰なのだ。それ故、何かを治そうとするとき綻びを生じさせてしまい、結果としてその機能を全て失わせる。……また、この現象は単なる〝機能停止〟には留まらない。〝破壊と再生〟と呼ぶにはニュアンスの異なる、〝切って嗣ぐ〟というこの〝起源〟は不可逆の変質を施す――つまり、齎されるモノは、もっとさらに悲惨なモノ。

 生物がこの『魔弾』に撃たれたのなら、撃たれた箇所は被弾による出血もしないまま傷無く終わる。しかし、その中身は全て死んだ状態になるのだ。銃弾に穿たれた神経や筋肉、血管や細胞の一片に至るまで、何もかもが機能を失わせて壊死した状態で何事もないように〝嗣がれて〟いる。

 

 ――表層的な傷は癒え、けれど決定的に死んでいる。

 

 それが、この〝起源弾〟の持つ力であり、〝魔術師〟という『外のものを取り入れて』力を行使し、またそれらを『外へと放出する』獲物たちに対する切り札。

 全力で魔術回路を使用している魔力を、礼装へと繋ぐ経路(パス)を逆流させて殺し尽くす。

 それはさながら、高圧電流の上がれる電線へ一滴の水を垂らすようなもの。

 水滴を貰った回路は、完全にショートして壊れる。回線短絡(ショートサーキット)と呼ばれるこの現象を、切嗣はこの『魔弾』によって〝ショート〟という現象を魔術回路に引き起こすことが出来る。そして、こうした〝ショート〟は、どれだけその回路を流れる電流(チカラ)が強いかによって変わってくる。

 

 流れ、導かれている電流(モノ)によって、流れるべき(みち)は完全に破壊される。全力の魔力行使をした瞬間、この攻撃を防御するとなれば……その結果は、見るまでもなく明らかである。

 

 水銀へと放たれた魔弾は、その水銀を穿つ必要はない。

 それこそ、触れるだけでも構わないのだ。そうするだけで、何もかもがここで決するのだから……。

 相手の使用する代物が魔術を解する代物であるのならば、切嗣の魔弾は分け隔てなくその全てを壊し尽くし、再び結び直すだろう。

 

 これまでと同じように、一つの例外もなく。

 

 とはいえ、例外は往々にして、その者が出会ったことがない故に例外足るのもまた事実……。つまり、人は例外に出会い続けている。

 そして、ここには偶々――そうした出会えない筈だった例外がいた。

 

 

 

 ――――瞬間、鮮やかな花弁が二人の男の間隔てたる様にして現れる。

 

 

 

 ***

 

 

 

『――何……っ?』

 

 全く予想外の範疇にある眼前の光景。くしくも、まったくの正反対にあるはずの男たちは、その光景を前にして声を重ねた。

 見えたものは、美しい七枚の花弁を持った盾。

 一目見て、その盾が通常の『盾』でないことは明らかだった。何かしらの魔力の流れを受けて煌くその様は、万物の理に背くモノ。

 だが、それだけであればきっと切嗣(かれ)はここまで驚愕に晒されることもなかったであろう。なぜならば、彼にとってデメリットは一つだけであり、左手と右手の武装を用いれば、一時の悪運を得ただけの相手など直ぐに葬れる。

 加えて、彼の放った魔弾は〝魔力の流れ〟を受けているモノに対してであれば、絶対的な威力を誇る。強い力とは、常として些細な綻びで崩れるものである。

 まして、あれだけの『盾』を作り出すなど、目の前にいる天才()でも容易な事ではないだろう。それだけの魔力を込めたという経緯が存在しなければ、目の前の事象は存在しえない。

 ならば、切嗣の魔弾は寸分の狂いなく、その『盾』を生み出した何者かの中身が、それこそ捻じれ狂うまで蹂躙し尽くすだろう……だというのに、その『盾』は魔弾を正面から受け止め切り、その内部にいくつかの亀裂を走らせて一枚だけ(・・・・)砕けただけで、その『盾』は何の未練もなく消え失せる。しかしそれは、別に破壊の産んだ消失ではなく、作り手自身が消したゆえの結果に過ぎない。

 それは即ち、ある一つの決定的なまでの事実を表す。

 

 ――神秘は、より高い神秘によって覆される。

 

 魔術の道を一度と通った人間であれば、誰もが知っているその原則。

 つまりあれは、『魔術師』たちの礼装ですらない、それ以上の何か高位に位置する存在――『宝具』の域に達している存在だということだ。

 〝在り得ない〟筈の現象を目の当たりにした切嗣の脳裏は、彼の内側にある常識や論理を超越した先にそんな答えを導き出す。だが、それは直ぐに彼の本人の思考によって打ち消されて、否定を生む。

 そんな筈はない、と。

 この戦いに挑むにあたって――否、これまでの生涯を通して――切嗣の積み重ね、集め続けてきた魔術世界の情報や、摂理。あるいは、そこに名を連ねる者たちの逸話や持ちうる(すべ)の対策や対抗手段に至るまでの、その全て……。

 全てが、あの盾一枚に変えられてしまう。

 

 人の手で成し得ないほどの魔力行使――そうでなければ造りだせなる筈がない。

 今、『宝具』を持ち得る『魔術師』はいない――では目の前にあるのは一体何だ?

 今回の英霊(サーヴァント)にあんな盾を持ち得る英霊はいない――いたとしてもここにいる筈がない。

 

 とすれば、そもそもあれは、何の為にここに〝生み出された〟のだ――?

 知らず本質へつながる言葉へ手を掛けながらも、切嗣の脳裏はないまぜになるほどに流転していた。強固すぎる鉄の意志が彼を地面に縫い付けておかなければ、きっと彼は、その事故を含め完全に瓦解していたことだろう。

 手だけは弾倉(マガジン)を交換し、次に何が起こるかに対応するべく動き出す。

『魔弾』の二発目も装填済み。今ならば、先程の無駄撃ちに終わった敵を簡単に屠ることもできるだろう。

 防御に込められた魔力が先ほどのそれを下回るのだとしても、キャレコを防御したのちに再び先の防御をとるならばそれもまたよし。仮にそうでなくても、薄く弾幕を防ぐための(たて)ではこの魔弾は防げない。まして、この距離で狙いを外すこともない。膜を抜いて殺すことも容易いだろうし、先程の威力を文字通り身に染みた敵は意地でも防御をとるだろう。ならば、倒れ伏せるのは敵の方。

 しかし、冷静に一人の対処を描くほどに、彼の中に得体のしれない不安が生まれてくる。

 判らない。――その恐怖が、彼を針山に晒された亡者の骸を穿つかのように、精神へと突き刺さって来た。

 もしも彼が自身のサーヴァントに絶対の信頼を置いていたのだとしたら、その恐怖は多少なり軽減されていたことだろう。目には目を、歯には歯を。毒には毒を以て征し、条理外の存在には条理外の存在をぶつける。それは、〝魔術師殺し〟などと呼ばれる彼自身が、一番よく知っているであろう事柄。

 けれど、彼はそのことを受け入れられない。

 駒として見ているが、信頼など置いていない。

 故に、この戦いで最も〝臆病者〟である彼は、この恐怖を退けることが出来なかったのである。

 例え、それは。

「――――ふぅ。何とか間に合ったみたいだな」

『はい。でも、結構ギリッギリだったみたいですけどねー』

 続いて現れたのが……ほとんど年端もいかない少年であったとしても、だ。

 

 

 

 運命の流転は、遂にその二人を立ち会わせる。……次いで、地獄の蓋が獲物を誘うべく開き始めた――――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 殺伐とした廊下に会った殺気は霧散し、言い得ぬ圧迫だけがその場に残る。……否、より正しく言い換えるのであれば、それは恐怖の類であろう。

 なにせ、

『あら〜? 何だか歓迎ムードってわけではなさそうですねぇー』

 何処と無く間延びした、割烹着の似合いそうなお茶目な美少女家政婦さんらしき声で、無機質な筈の杖が、妙に滑らかにうねうねと蠢きながら宙を漂っているのである。この光景に恐怖ないし驚愕の類を覚えないのは、未だ夢を忘れぬ少年少女のみ。

 詰まる所、それは如何にもファンタジーキッズアニメのアイテム然としていたのである。

((アレは一体何だ……っ!?))

 先ほどまでの殺し合いもなんのその。

 完全に空気を崩壊させにかかった魔法の杖――彼()の魔法使い、ゼルレッチ・シュバインオーグが作り出した呪いに等しい気まぐれな悪魔。数多の人々(主に彼の弟子の家系)に希望という名の絶望と、決して消えぬ心傷(トラウマ)を刻み込んできた、カレイドステッキは、また新たな犠牲者をしかと捉えほくそ笑む。尚、彼女の表情がどうしてわかるのか、それは今現在誰にもわからない。

 ……そもそも、切嗣もケイネスもそういった俗な番組など見ていないので、アレが何かという想像想定の時点で理解不能に陥っており。また、発言の端すら察することも出来てなどいないのだが。

 しかし、そんな二人を他所に状況は二転三転としていく――。

『いやー、それにしても本当にピンポイントでしたねぇ~。士郎さんの盾が無かった今頃は、陽気なダンスタイムでしたよー?

 にしても、ホントぶっ壊れ性能ですよねー、士郎さんの投影は。「宝具」を遠隔投影した上に、あの魔弾の効果が来る頃にはこの世の物として複製されているなんて。おかげで、士郎さんの魔術回路とはすでに関係なくなって効果は及ばないとか……ホント、親子の縁って不思議なもんですねぇ~』

「まぁ、その辺は追々……。ともかく、今はここから先のことだ」

 士郎と呼ばれた少年がそういうと、隣に漂っている杖も仕方ないとばかりに(どうしてそう見えるのかは謎だが)同意しているらしく、ケイネスと切嗣に二人の視線が向けられる。

「あー、突然現れて何だけど。話を――」

 言いながら、士郎はとてもではないがそんな雰囲気ではないよなぁ……と、自分の中に今更ながら湧いて来た当たり前の事柄にしまったと冷や汗一つ。だが、どうやらそんな言葉さえ、この場の流転。もっと言えば、崩壊するレベルでの〝面白おかしいこと〟を求めている気まぐれ悪魔は、士郎の言葉をまどろっこしいとばかりに遮って言葉を重ねていく。

『じれったいですねぇ~、はっきり言ってあげればいいじゃないですか士郎さん。

 この戦いに意味なんてない。ただ滅びに向かうだけの無意味な争いはここでやめるんだ!! って、どっかの熱血主人公みたいに』

「いや、そんな台詞が通る雰囲気じゃないだろ……」

 この場の相方の言動に顔を引きつらせてそういって、ケイネスと切嗣の方を向く士郎。

 当然の如く、どう見ても敵意MAXの状態でこちらを見てくる。先ほど見せた『盾』を二人が知らなければ、今すぐハチの巣かミンチにせんとばかりに、銃弾か、水鋼(みずはがね)の刃の猛攻に晒されていたことだろう。ある意味、こうして言葉が廊下に響いて多少なり二人の鼓膜に届いているだけでも奇跡的である。

 意識には届かないしても、得体のしれない敵と思われているならば、多少なり此方の言動も聞くだけは聞いてもらえているだろうことも含め、士郎はこの状況はまだ直せると、ギリギリの崖っぷちを頭の中に描く。

 状況を好転させるには、どうしたらいいか。思い悩みながらも、その答えは一向に現れることはない。さながら、今の彼は決壊寸前のダムの前に縛られたまま動けない赤子のごとし。

 手も足も出せず、せいぜい出せるのは口くらい。しかしその口さえ、弁の立つ方ではない彼にとっては武器となり得るかは微妙なところとくれば、多少なり外への助力を求めたくなる。なるが、隣の相方は事態を悪化させることしかないだろうカレイドステッキのみ。

 まさしく八方ふさがり。

 正義の味方を目指した彼をして、その状況で足掻き立つことよりも、逃げ出す方の選択肢を取りたくなるほどに事態は最悪と呼んで差し支えない――と、彼が考えたその刹那。

 唐突に、士郎とはまた別の何かが、先程彼の破った窓を更に大きく破る形で乱入して来た。

 

 

「士郎、大丈夫ー?」

「いつまで待たせる気だ雑種ぅ!! (オレ)の晩酌の肴を作る約束はどうなったぁぁぁ!?」

 

 

 ……そんな、なんとも気の抜けそうな台詞と共に。

 

『――――』

 

 思わずその場の空気が死んだと思えそうな程、沈黙などという言葉が生温く感じられそうな一瞬の空白。

 けれど、それを意に介することなく暴走に直走る師匠と、最近コイツって一周回ってイイヤツ? といった印象が生まれ始めている王様の二人が、様々な方がを引き連れたヴィマーナで廊下をぶち破って入って来た。

 余りの事態の急変に、何が何やらと冷や汗を垂らすセイバーとランサーを始め、更に唖然としている銀髪と黒髪の女性、切嗣の妻アイリと相棒の舞弥を加え、凛とギルガメッシュはやって来たのである。

 確かに、その流れは聞いていたものであるが、こうも躊躇いなくされると、先程の空気と相まって場の混沌が深まったように思える。

 だが、何も分かっていない上に、付いて来られないケイネスと切嗣に比べれば、そう思えただけましかもしれないと、士郎は他人事のように自身の心境を見つめなおす。

 

「さあ、処刑――いえ、お仕置きしてやるわ」

 

 言いなおしはしたものの、物騒なことを堂々と狂暴な眼光とと主に言い放った幼女のそれに、大の大人から百戦錬磨の英雄に至るまで。その場にいる全ての人々が、等しく背筋に薄ら寒いものを感じたのはきっとただの勘違いという訳ではないだろう――――。

 

 

 

 *** あかいあくま〟の(いざな)

 

 

 

 そこからの展開は早かった、と後に士郎は語る。

 

 この場で一番何を仕出かすか分からない切嗣を、『聖杯の器』であり妻でもあるアイリを連れてくることで無力化し、『魔術師』としての側面を重んじるケイネスを〝監督役からの警告〟と、『始まりの御三家』たる〝遠坂〟の名を以て彼をあっさりと懐柔した凛。

 少なくともそこに手抜かりはなく、凛の言っていることは切嗣もケイネスも聞き入れざるを得ない。更に更にと言わんばかりに、切嗣側の事情も看破されているのだと仄めかされたとなれば、この魔術師殺しと言えども話を聞かざるを得まい。おまけに、妻と手駒は全部奪われ、まさしく八方塞がりなのだから。

「さて、事情はあらかた呑み込めたからしら?」

「……正直、眉唾だと思いたいのだが……彼の『万華鏡(カレイドスコープ)』の礼装を持ち合わせている以上、信じざるを得ない……だろう」

 かなり苦しそうに首をひねるケイネス。

 正直あの杖の存在を認めたくはないが、聞いたことがないわけでもないというのがもどかしい。一概に否定出来ない存在ほど、魔術師が突き放しづらいものも無いだろう。

 一方、この話の間も切嗣は相も変わらず無言だが、ケイネスは時計塔に席を置く者として、また魔法使いの一端に触れるとなれば、彼の方は凛の問答に反応を示さずにはいられるわけもない。

「では、仮にだ。君のいう聖杯の汚染とやらが真実だとして――」

 と、一先ず譲歩の姿勢は見せるが、どうやら赤い悪魔には物足りないらしく、ケイネスの許嫁と良い勝負とばかりの冷たい笑みを見せながらこう口にした。

「――仮に(・・)?」

 それは、悪魔という表現すら生優しいと思えそうな笑顔。

 幼い少女の笑みが、口を開いても良いが、次に応えを誤れば分かっているだろうな? と、暗に問うてくる。

 ここ、アインツベルン城の廊下全てが、等しく遠坂凛によって蹂躙されて行く。……因みに、最近めっきり出番のない巨漢と少年が、冬木の街のどっかの民家で大小のくしゃみを重ねたことは余談である。

 何せ彼女のバックには、得体のしれない〝八人目〟だったという士郎と、初戦からその滅茶苦茶ぶりを見せつけた『アーチャー』ギルガメッシュまでいるのだ。逆らう、などという選択肢は選びようもない。

 既に退路はなく、また進路もない。

 煉獄の門を開け放つように、〝あかいあくま〟の微笑みがそこへ咎人たちを誘う。

 

「――さあ、本番を始めましょうか」

 

 ニタリ、と笑った顔はお世辞にも可愛いとはいえない。

 いや、別にその笑いが不格好というわけではない。寧ろ綺麗ではある。あるのだが、どうしてもその後ろに漂う凄まじいオーラ的なものを押さえ切れていないのが怖いのである。

 オマケに、本番とは何のことだろうか。

「と、遠坂……? 本番って――」

 何だ? と訊くよりも先に、士郎の問いかけを遮るようにルビーを呼ぶ凛。

 一体何が始まるのかと、一同は抱く関心の度合いこそバラバラではあるものの、視線だけは一律に凛の方に向いていた。

「アレ、やってあげなさい」

『あぁ……そんなマスターっ! やっちゃっても良いんですか? こんな面白そうな――(もとい)、こんな秀逸な素材を前にしたら、ルビーちゃん。押さえられませんよぉ~!?』

 言い直しているけど、全く以て言い直せていない言葉をほざくルビー。

 士郎は頭を抱え、隠そうとはしているものの、どう見ても何が始まるのかとワクワクしているギルを他所に、凛は不安そうな面々の脇で眉を潜めている切嗣とケイネスへ指を差し向け、高らかに宣言した。

「そこ二人は、決して放ってはおけない人たちよ。反省させなければ、そこの正義厨とか慢心王なんかよりよっぽど性質(たち)が悪いわ――あぁいや、ギルの方が性質(たち)悪いかしら……? えぇい、まぁそんなのは良いわ!

 とにかくルビー、やっちゃいなさい!」

 あんまりな物言いに士郎は抗議の声を上げようとしたが、そんなものを意に介することなど、このコンビには期待するだけ無駄である。

『アイアイサ~!!』

 高らかなマスターの宣言(めいれい)という名の免罪符を手に入れたルビーは最早先ほど以上に無敵無双であった。

 ランサーの制止を掛けようとした手さえするりと抜けて、ケイネスの手に(無理矢理)自らを握り込ませる。すると、一秒もしないうちにケイネスは地面に倒れ伏した。あんまりな急展開にまたしても空白が生まれるが、そこにはランサーの「主ぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!???」と言う叫びだけが虚しく轟くのみで、誰もその先へ進めない。

 

 ――そして勿論、ルビーは止まらない。

 

『ご心配なく~。 別にケイネスさんに危害を加えたりはしてませんよー? ただ、ちょぉ~っとだけマジカルタイムしただけですから~♪

 いやー、それにしても意外と深層心理内のショタっ子先生は美少年でしたねぇー。これはアレですかね。エルメロイの名を継ぐ人間は、少年期はヒロイン然としてないといけないんですかねぇー?』

 意味が分からないことを抜かし続けるルビー。

 なまじ分かってしまう士郎はケイネスという会ったこともない魔術師の冥福祈るのみで、他の面々は勿論、笑っているギルも役に立たない。また、黒く大きなサングラスが幻視出来そうな凛がプロフェッサーよろしく「よし! 次も()れッ!」の命令を下す。

 マスターの下に向けられた親指を確認し、ルビーは早速次の獲物である切嗣に迫っていった。

 呆然とそれを見ているだけの士郎。……正直。本当に心の奥底では、士郎は止めたかった。が、勿論凛はそれを黙殺する。

 

 

 

 ――――そこに、既に慈悲は無い。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その矛先を向けられた衛宮切嗣は恐怖した。

 彼の目の前の獲物を一瞬でKO(ノックアウト)した、目の前で蠢いている異形の物に対して。

『いっきますよぉ~?

 〝シミュレーションモード〟! G(外道)D(ダメ)Z(絶対)K(改心)Ver.!! 発動!』

 瞬間、切嗣の周りを光が包む。

「……なんだ、これは……ッ!?」

 カレイドステッキに秘められたシークレットデバイスの一つ、シミュレーションモード。

 これは本来、深層心理へ干渉(アクセス)し、手に取った人間を意識内に置いて魔法少女化する――というものなのだが、

「こ、れは……!?」

『ふっふっふっ……勿論、あなた相手にそんな温いことはしませんよぉー? 故に、あなたにはこの言葉を贈りましょう――――さぁ、地獄を楽しみな!!』

「こん、な……もの!」

『あはははー♪ 無駄ですよぉ~? 並の人では決して解けません。……特に、融通の利かない頑固者とかには絶・対・に♡』

 あー、なるほど……と、意図せずその場の誰もがそう思っただろう。

 そして、今の状況とルビーの心境を表すならばまさしく、きっとこんな感じだった――――。

 

 

 

 ――――無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!

 

 

 

 ――――と、どこぞの人間を止めた吸血鬼の様に連呼しながら、創造主(こちらも吸血鬼)をして『呪い』であると言わしめた機能を開放していく。

「あなた……!」

 切嗣の身を案じるアイリ。

 だが、切嗣は別に消えるわけではなく、ただ意識のみが刈り取られていくだけ。

 この光景に、セイバーは動けない。否、寧ろ動くべきかどうか迷う程に困惑していた。本来の彼女にあるまじき行為だが、仕方が無い。

 この悪魔(ステッキ)の前では、全ての抵抗も児戯に等しい。

 悠々と、ルビーは切嗣へ向けた、最高の地獄へ向かう片道切符(フルボッコラインナップ)を示した。

『まぁ、命には別条がないですし、問題はないですよねー♪ まぁ、因みにお見せするラインナップはこーんな感じでぇ~す』

 

 

 蒼い初恋の日々に始まり、

 母の日の別れを経て先へ行き、

 戦場での日々を乗り越えた先に、

 ある出会いを以って手に入れた安らぎと、

 そして、ある戦いの顛末と共に、選択の結果を以って、

 ――――ある少年の理想(呪い)幻想(ユメ)の末路へと誘う。

 

 

 並べられたのは、かなり酷いものであった。

 とりわけ、

(一個も安心できない……っっっ!!!???)

 知っている人間、というかその一つの当事者である士郎にとっては尚更。

 

 

 

 そして、抵抗も虚しく。精神世界へと向けて、切嗣は完全に溶けていった――――――。

 

 

 

 *** 幼き夢、始まりの炎

 

 

 

 ――そこは、知らない場所/思い出の場所だった。

 

「……ここは……」

 

 夕闇の中に佇む黒づくめの男。衛宮切嗣は小さくそう呟いた。

 彼の呟きを呑み込んだ細波(さざなみ)の音がやけに響くこの場所は、彼が幼少の頃を過ごした地そのもの。

「アリマゴ島……なのか?」

 否、そんなはずはない。口か漏れ出した、己にあるまじき妄言を捻じ伏せる。

 そもそも、あの場所は――当の昔に失われてしまっているのだから、と。

 しかし、当り前のようにあったその認識は、簡単に覆される。……いや、自分だけの中にあったはずのそれが蹂躙されていくのを感じる。

 

 

 ――瞬間、景色(ばめん)が変わる。

 

 

 そこは星に彩られた水辺。

 目の前には幼き頃の自分と、褐色の肌をした少女が立っている。二人の浮かべている笑顔は、ここが幻想であることを忘れさせるほどに夜の中で輝いている。

 今は遠き、夢の日々。

 それを見まごうことはない。

 彼女を見まごうことはない。

 髪を一つにくくった少女は、彼の初恋の人で、

 ……そして、彼が救えなかった/殺せなかった人だ。

 苦虫を噛み潰したように顔を歪め、この世界の主のこれを見せたいとを問う。

「これを見せて、貴様はどうしたいというんだ?」

 問いかけへの回答(こたえ)は直ぐに返ってきた。

 拍子抜けするほどに軽く、ぬるい声色で。どこからともなく切嗣の耳へと向けて、その声は問いかけに応じきた。

『ふぅ……ほんっと、素直じゃないですねぇ〜。

 まぁ、端的に此処のことをお伝えするなら、そのコチコチの正義厨な頭を(ほぐ)すための空間といったところしょうか~?』

 それは、あまりにも馬鹿馬鹿しい応答であり、説明だった。

 故に切嗣は、その声を聞き取ることを早々に放棄する。こんなところに居る必要も、これ以上何かを見せられる必要も無い。反応を見せてやる必要もない。

 〝魔術師殺し〟と呼ばれた測り手の鋼の精神(こころ)は、即座に彼を脱出へ迎えと次手への思考を提案する。

「……」

 一刻も早く、この不愉快な空間から脱出しなければならない。

 彼の思考はここからの脱出を図るべく考察を開始する。

 見た所、ここは現実ではないはずだ。自分の前にあの杖によって倒れ伏せていたケイネスも此処を経験したのだとすれば、身体そのものに対する攻撃ではなく精神攻撃の類。また、『魔法使い』でもない限りここまであっさりと世界の一面を変えてしまうことなどできない。ならば、ここは自分の精神下でのものであると判断することが妥当だろう。

 それはある意味正しく、そしてある意味で間違っていた。

 なぜなら、

『あらあら……ここで改心してれば、まだ地獄まではいかなくて済んだんですが……やはり、貴方には一度本気で絶望してもらわなければなりません。

 心苦しいですねぇ……私とて、現マスターの嫁(つまりは√UBWのヒロインこと紅茶さん)の父親をこうはしたくないのですがー、まぁ、仕方ないですかね?』

 彼の目の前にいるのは、その世界の変革すら可能とする『魔法』の一端を受け継いでいるもので、

「何を――」

 創造主をして、呪いと言わしめるほどに――正真正銘、〝気まぐれ〟の化身たるロクでもない悪魔なのだから。

『貴方は、一度思い出さなくてはなりません。

 何を抱き、何に焦がれ……そして、何をしたかったのかを、その心にもう一度刻まなくてはなりません。

 貴方は、それをして初めて――本当の意味での「正義の味方」としての自己を思い出し、過ちを犯すこととなる、自らのその〝無知〟を知ることになるでしょう』

 再び、この世界は一変する。

 ……ある日の、幼き夢を抱き考えるきっかけとなる、一つの言葉を残して。

 

 

 

 〝――――ケリィはさ、どんな大人になりたいの?〟

 

 

 

「っ……」

 

 聞こえた言葉は鮮明に。

 より形を深めて彼に突き刺さる。

 

『世界を変える力だよ――いつか君が手に入れるのは。

 そう、世界を変える。君にならできる……私が保証する』

 

 しかし、そんな物は持てなかった。だからこそ、奇跡に縋るしかない無様な臆病者でしかない今の自分がいる。

 

 〝違う……違うんだ。

 僕が、手に入れたのは……そんな、ものじゃない……〟

 

 切嗣は心の中でそう繰り返す。

 

 ――そんなものじゃない。

 

 心の底からそうだといえる。

 もしもそうで無いというのなら、彼の居るはずの世界にはきっとあるべき筈の姿を失っているわけが無い。

 なのに、何故――?

 一端を見せられるのみで、切嗣の心は矛盾を伴う熱と冷気を己の中に同居させる。

 否定するべくもなく、正しく自分自身の過ちという名の夢をこうして見せられて、彼はこの世界の主に問う。

 

「これで満足か? 茶番はもう良い、このくだらない世界をいつまでも続けたところで時間の無駄だ」

 

 戦場で、魔術師を刈り続けた猟犬は屈しないと、自らに巣くう悪魔に呈する。

 だが、勿論のこと。悪魔が人の言葉を受けるときは、代償を要する取引・契約においてのみである。

 

『おや、珍しく弱気ですね。私としては、この先は無視されっぱなしなのかと思ってたのですけども。ちょうど、貴方がつまらない意地を張って、いたいけな少女の精神をフルぼっこにしてるみたいに』

 

「……」

 

 ここまで心内を覗かれた以上、なにを言ってこようともそれは詮無きことだ。

 戯れ言を聞く必要は無い。

 それよりも、早くここからの脱出を――と、切嗣は脱出を試みようとした。

 そんな彼へ向けて、その時悪魔はこういった。

 

『あー、そうそう。

 勿論、〝こんなこと〟で終わりだなんて思ってませんよねぇ?』

 

「こんな、ことだと……っ?」

 

 その言いぐさにはさしもの切嗣も鶏冠に来たらしい。

 しかし、それも当然である。

 自分の心内を覗かれたあげく、決して侵されたくは無いその領域の一部を他愛の無いことのように言われるのは面白くは無いだろう。

 だが、勿論ルビーはその口を閉じない。

 彼女の目的(とマスターからの指令)は、そもそもこの分からず屋に、彼の〝無知さ〟を骨の髄まで叩き込んでやることなのだから。

 

『はい。そのとおりですよ~。

 貴方は、いかにそれを知らないか、諦めるのが早すぎたか……そして、求めすぎたのか。それらを知ってもらうまでは、貴方は決してここから逃げ出すことは出来ませんし、また私も逃がす気は毛頭ありませんので悪しからず~♪』

 

 この宣言によって、地獄/救いへの入り口はまだ始まったばかりだということを、彼はようやく認識した。

 

 

 

『――こ、ろじ、……でぇ……っ』

「――ッ」

 

 

 

 場面は再び変わり、いよいよ彼の理想の真の姿を丸裸にする。

 決して間違いでは無い、けれど何処までも破滅しか喚ぶことのない――この世における全ての悪を担うことさえ辞さない男の、果たされることの無い願いの姿を。

 

 

 

 夜の終わりは、彼の夢の終わりと共に。

 この戦争が平穏を成し、冬の姫君の幸福を今一度。

 そして、世界の平和は――――たった一人では無い、誰かと共に。

 

 

 

 ***

 

 

 

 呻き、血を吐き、体中を掻き毟り続ける少女。

 ……少女、だったもの。

 彼女を目の前にして、嘗ても今も声を出せない。

 故に聞こえるのは一つだけ。

 懇願するように聞こえてくるのは、たった一つ残された〝彼女〟の意志。

 そして、それは嘗て、切嗣が果たすことの出来なかった〝始まりの過ち〟であった。

 

『は――や、ぐぅ……っ! もう――抑え――――』

 

 言葉を失っていた。

 何も言えない。何を認識せよというのか。

 こんな、……こんな悪い夢(地獄)の、何を認めろというのだ。

 

 

『ご、……ぉ…………ろ、じ…………で……ぇ……っ!!』

 

 しかし、世界は彼を逃さない。

 声は小さく、囁く/呻くように――深く深く耳に刺さる。

 

 

 ――――逃げた。

 

 

 耐えられなくなり、逃げた。

 

 認めたく無い現実/殺したく無い人を、

 

 認めたくなくて、逃げた。

 

 性質(たち)の悪い夢から、覚めるように祈って――――

 

 

 

 

 ――そんな祈りが、届く筈ないと知っていても

 

  そう願わずにはどうしてもいられなかった――

 

 

 

 始まりの過ちは、目違ってはいけなかったのは、それだった。

 目の前の現実から逃げて。親しいから、なんて理由で殺せなくて。結局、それが彼の安らぎの場所を壊してしまった。

 ……火が走る。

 森が焼け、海が陽炎を写し、村が灰燼と化す。

 その光景が自分自身によって引き起こされたものであるなど、思いもよらない地獄の景色。

 始まりは淡い恋だった。

 そして、何よりも失いたくないと言う幼い願いだった。

 いつの間にかそれが全てを滅ぼして、彼の手からは何もかもがこぼれ落ちていく。

 ヒトがヒトでなくなり、安らかな日々を過ごしていた当たり前の筈だった世界が、音を立てて崩壊する。

 形を失った日常。

 切嗣は、そんな崩壊の中をただ逃げた。

 だが、子供の逃避など何の力も無い。児戯は容易く否定され、程なく切嗣は命の危機に瀕する。

 しかし、そんな中でも。

 

『――さて、坊や(そっち)の話も聞かせて貰おうか』

 

 切嗣は、落ちるではなく、掬い上げられた。

 望んだわけでもなく、偶然という歯車が彼を生かしたのである。

 掬い上げた女性(ヒト)との出会いを経て真に知ることになった『魔術師』の姿。

 本来、これから先も尊敬する筈であった人物の。……事実、誰よりも誇りに思っていた父の姿を。切嗣は、この時を以て、姿(それ)を否定せざるを得なくなった。

 救ってくれた恩人に嘘を付き、受け取った〝二つの〟得物を用いて父の前に立つ。

 訊くべきことは/聴きたくも無いことは、既に決まっていた。

 〝自分も、彼女のようにするつもりだったのか?〟と問う。けれど、父はそんなことはないと言った。我が家の血が目指す〝根源〟への道にはどうしても時間がいる。だからこそ、そのために悠久の時が必要であるのだと。

 そのために、彼女は――

 

『――シャーレイは早々に結果(こたえ)を出してくれたな』

 

 父のその言葉を最後に、切嗣は父の口から発せられる言葉を耳から完全に拒絶した。そこから先の言葉など聴きたくも無い。――いや、聴くに値しない。

 逃げるための準備とやら始める父。己の犯した過ちを、何の躊躇いもなく見捨てるだけ。悔やむでもなく、ただ失敗だったと惜しむように。

 その程度なのか?

 自らを師として慕っていたあの子の命は、貴方にとってその程度だったのか?

 こんな有様を作り出しておいて、……それを止められなかった息子を見て糾弾することもない。だというのに、貴方は何も思わず、何も感じないままに、ここから逃げられるなどと思っているというのか……!?

 募る苛立ちのようなものは、本来あるべき熱を失い冷え切ったまま。

 捻れるような痛みと苦しみに、思い浮かぶのはたった一つの言葉。

 

 

 

 〝――ケリィはさ、どんな大人になりたいの?〟

 

 

 

 その言葉だけが、多分。切嗣は本当に必要としていた物だった。

 気づけば、切嗣はあの子の持っていたナイフで父の腹を突き刺していた。

 感慨はないわけでなく、どうしてこうなったのだろうと滞りは残っている。けれど、それでも切嗣は躊躇いなくもう一つの武器で父を完全に殺した。引き金は考えていたよりも軽く、放った鉛は想像よりも重く心を殺す。

 子供があるべき心を、殺し続ける。相手ではなく、何処までも、何処までも己へと刻まれるように。

 指は引き金を引くことを止めなかった。

 その女性(ヒト)が、止めるまでは。

 

 

 

 〝……そいつは子供が親を殺す理由としちゃ下の下だよ〟

 

 

 自分が全うした、壊れ始めた夢のために決めた決意の言葉を継げたとき、彼女は静かにそういった。

 その言葉は、哀れむと言うよりも、死にゆく幼い心をただ案じているような響きを持っていたように思う。

 それを聴くだけで、まだ失わずに済む気がした。零してしまった大切な物を、これからは守っていける筈だと思い直せそうな程に。

 だから当時、自分の返した言葉は――

 

『――アンタ、いい人なんだな』

 

 そんな言葉を還すと、彼女はため息を一つ吐き、自分を島の外へと連れ出してくれた。

 後のことは勝手にしろ、と言っていたから、勝手に決めることにして、彼女についていく道を選んだ。

 既に未練も無く、何か欲しいものも無い。だから、その後の人生でまた後悔することの無いように、その人についていくことにしたのだ。

 今度こそ、躊躇うことのないように。

 過ちを繰り返さないように。

 切嗣は、彼女――ナタリア・カミンスキーの弟子になった。

 

 

 

 *** 行間一 再び(まわ)り始めた場面(トキ)の中で

 

 

 

 場面はまた変わり、再び地獄までの〝幸せな日々〟を映し出す。

 いくらでも、何処までも。

 重ね続けた終わりを迎えるまでの日々を見せつける。

 忘れそうになっていた光景も、見たくない景色も。全て等しく反芻するように切嗣を侵していく。

 幾度となく、現実とやらを目の当たりにし続けて、切嗣はナタリアと共に、〝狩人〟としての人生を歩むための研鑽の日々を過ごしていた。

 そしてこれは、そんな日々の終幕であり――いつもと同じように起こった、ある悲劇を潰しただけの一幕でしかない出来事だった。

 

 

 

 *** 母の日の別れ、乖離していく心と体

 

 

 

 その日――『魔蜂使い』を始末するために旅客機に乗り込んだナタリアを援護するべく、切嗣は、広く果て無く澄み渡る大海原に佇んでいた。

 ナタリアは未だ旅客機の中。

 暗躍する『封印指定』の魔術師を狩るためにその中にいる。切嗣はというと、その魔術師がいかに人の目を欺き闇に潜むかを探るべく、またその仲間がいるというNY(ニューヨーク)へ先行し、地上からナタリアのバックアップとして地上からの補助役となっていた。

 しかし、そんな最中一つの問題が浮上した。

 標的であるオッド・ボルザークを殺すこと自体はうまくいったものの、その標的が税関の目を掻い潜り、機内にその『魔蜂』を持ち込んでいたという事が発覚したのである。ナタリアはその処理を試みたが、結局撃ち漏らしを生む羽目になった。

 この『魔蜂』は『死徒蜂』とも呼ばれ、嘗て切嗣の父である矩賢も研究をしていた吸血鬼――つまり、『死徒』を生むための研究によってもたらされたモノ。最も、これも完全な『死徒化』ではなく、その一端に過ぎないものでしかなく、生み出されるのは『死徒』ではなく『屍食鬼(グール)』と呼ぶべき出来損ない。最も、それさえも使い手が生きているのならば、の話である。

 顎で噛み、毒針で刺した対象を死徒化させることによって手駒を増やすという悪辣な力を持ったこの蜂たちは、主が命を失うとともに機内に解き放たれ乗客を全て無差別に『屍食鬼(ししょくき)』へと変えてしまったのだ。

 そして、ナタリアはその割を食うこととなり――これが今、切嗣の置かれた解決すべき状況であった。

 脱出できる可能性は絶望的である。

 ナタリアには飛行機を操縦することはほとんど不可能。彼女にはセスナ程度の操縦であれば熟せる技量はあるが、これほどまで巨大な鉄の鳥を巣に戻すとなれば足りない。

 仮に一人だけパラシュートなどによって脱出出来たとしても、それでは生存と死亡の危険性(リスク)は五分五分だ。その上、ナタリア自身が準備したう日には、そんなものはない。

 加えて、そのまま誰一人として操縦する誰かを失うとすれば、鉄の塊がどこかの街に堕ちる事によって被害が出る。――それも、『死徒』という最悪の贈り物付きでだ。

 が、『何があろうと手段を選ばず生き残る』という信条のナタリアは最後まで生存の可能性を使い潰す気であり、また切嗣も彼女の生存を信じた上で準備を行っていた。

 繋がった無線の先で、ナタリアは未だ戦っている。

 

『……聞こえてるかい? 坊や……まさか寝ちまっちゃいないだろうね?』

 

 

 

 ――――そして、最後の会話が始まった。

 

 

 

「感度良好だよ、ナタリア。お互い徹夜明けの辛い朝だね」

 

『昨夜の君がベッドで安眠してたんだとしたら後で絞殺してやりたいよ……さて、良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?』

 

「良い報せから話すのがお約束だろう?」

 

『オーケイ。まず喜ばしい話としちゃあ、とりあえずまぁ、まだ生きてる。飛行機の方も無事だ。ついさっきコックピットを確保したばかりでね。機長も副操縦士もご臨終ってのが泣けるところだが、操縦だけなら私でもできる。セスナと同じ要領で何とかなるなら、の話だけどさ』

 

「管制塔との連絡は?」

 

『つけたよ。初めは悪ふざけかと思われたけどね。優しくエスコートしてくれるとさ』

 

「……で、悪い方は?」

 

『ん。――結局、噛まれずに済んだのは私だけだ。乗員乗客三〇〇人、残らず屍食鬼になっちまった。コックピットから扉一枚隔てた向こう側は、既に空飛ぶ死の都ってわけだ。ぞっとしないねぇ』

 

「……」

 

 

 

 ――――何もない。

 最早、〝生き残るべき手段は〟何もない。〝最悪(災厄)〟という、そのたった一つを除いては。

 

 

 

「その有様で、アンタ……生きて還って来られるのか?」

 

『まぁ、扉は十分に頑丈だしね。今もガリガリと引っかかれてるけど、ブチ破られる心配はないさ。――むしろ着陸の方が不安でねぇ。こんなデカブツ、本当にあしらいきれるもんなんだか』

 

「……アンタなら、やってのけるさ。必ず」

 

『励ましてるつもりかい? 嬉しいこったね』

 

 

 ―――――段々と、乾きを伴ってくる。

 心と体が、乖離していく。

 

 

『空港まであと五〇分ちょっと。祈って過ごすには長すぎるねぇ。――坊や、しばらく話し相手になっておくれ』

「……構わないよ」

 

 

 ――――けれど、その場にあったのは間違えようもない親愛のようなもの。

 時は流れ、どこまでも饒舌な二人の言葉だけが通い合う。どうしようもない程に、流れが等しく世界を統べる。早朝の朝を写した水面を光に晒し、揺らしている。

 

 

『――坊やがこの稼業を手伝いたい、っていったときにはね、ほんと頭を痛めたもんさ。どう言い聞かせようと諦めそうになったからねぇ』

「そんなに僕は、見込みのない弟子だったのか?」

『いや違う。……見込みがありすぎたんだよ。度が過ぎて、ね』

「……どういう意味だい?」

『指先を、心と切り離したまま動かすってのはね――大概の殺し屋が、数年がかりで身に着ける覚悟なんだ。けど、坊やはそれを最初から持ち合わせていた。とんでもない資質だよ』

「……」

『でもね、素質に沿った生業を選ぶってのが、必ずしも幸せなことだとは限らない。才能ってやつはね、ある一線を越えると、そいつの意志や感情なんぞお構いなしに人生を決めちまう。人間そうなったらオシマイなんだよ。

 〝何をしたいか〟を考えずに、〝何をすべきか〟だけで動くようになったらね……そんなのはただの機械、ただの現象だ。ヒトの生き方とは程遠い』

 

 ――――冷たく霜の様に、ナタリアの言葉が切嗣の中へ染み渡る。

 だが、それとは裏腹に。切嗣の手は彼の意思とは関係なく動く。

 彼女が言ったように、既に切嗣はもう、その才能(みち)に嵌り込んだ現象と化す。

 

「僕は、さ。――アンタのこと、もっと冷たい人だと思ってた」

『何を今更。その通りじゃないか。私が坊やを甘やかしたことなんて、一度でもあったかい?』

「そうだな……いつだって厳しくて、手加減抜きだった。――アンタ、手抜きせずに本気で僕のこと仕込んでくれたよな」

『男の子を鍛えるのは、普通父親の役目なんだけどね。

 ……坊やの場合、そのチャンスを奪っちまったのは、この私が原因みたいなものだ。まぁなんていうか――引け目を感じないでもなかったんだろうさ』

「……アンタは、僕の父親のつもりで?」

『男女を間違えるなよ、失礼なヤツめ。せめて母親と言い直せ』

「……。そうだね。ごめん」

 

 ――――軽口の様にやり取りを交わしながらも、もう余裕などはなく。擦れた声でそう返すのが精一杯になってしまっていた。

 それでもまだ。会話はまだ、続く。

 

『……長い間、ずっと一人で血腥い毎日を過ごしてた。自分が独りぼっちだっていうことさえ忘れてしまう程にね。

 だから、まぁ……フン、それなりに面白可笑しいモンだったよ。家族、みたいなのと一緒ってのは』

「僕も――」

 

 ――――何事にも、終わりは来る。

 〝最善を成す〟ためには、最短の手筋で物事を進めなくてはならない。

 守るために。……家族ではなく、顔も知らない他人のため。

 世界を、救う、ために。

 

「――僕も、アンタのこと、まるで母親みたいだって思ってた。一人じゃないのが、嬉しかった」

『……あのな、切嗣。次に会うときに気恥ずかしくなるようなことは、そう続けざまに言うのはやめろ。

 ああもう、調子が狂うねぇ。あと二〇分かそこらで着陸(ランディング)だってのに。土壇場で思い出し笑いなんぞしてミスったら死ぬんだぞ? 私は』

「……ごめんよ。悪かった」

 

 ――――意味のない謝罪と共に、最後の一節(ことば)が紡がれ始める。

 

『ひょっとすると、私ももう、ヤキが回ったのかも知れないね。

 こんなドジを踏む羽目になったのも、いつの間にやら家族ごっこで気が緩んでたせいかもな。だとすればもう潮時だ。引退するべきかねぇ……』

「――仕事を辞めたら、アンタ、その後はどうするつもりだ?」

『失業したら――ハハ、今度こそ本当に、母親ごっこくらいしかすることがなくなるねぇ』

 

 ――――瞳から零れ、流れ落ち、頬を伝う涙が、視界を歪ませる。

 もう何もかもが終わる。

 たったそれだけで。

 嘘偽りなく、しかしどこまでも欺瞞だらけ。

 〝使命(なすべきこと)〟に塗りたくられたその躰が、遂に幕引きの為の銃爪(トリガー)を引く。

 

 

 

 

 

 

「アンタは――僕の、本当の家族だ」

 

 

 

 

 

 

 朝焼けの空に散った鉄の鳥。

 動力源(いのち)を絶たれ、翼を捥がれたその鉄塊がミサイルによって燃え尽きる姿を、まだ年端もいかない少年の瞳が捕らえ続ける。

 〝母親〟と過ごした日々が、走馬灯のように脳裏を駆けていく。

 が、そんな責め苦は直ぐに失せ、いつの間にか空には何も無くなっていた。

 ……もう、何も。彼には何一つとして、残されてはいなかったのだ。

 

 

 

「――見ていてくれたかい? シャーレイ……」

 

 心を凍らせていく、その〝正しい理想〟以外は、何もなかった。

 

「君の時の様なヘマはしなかった。父さんの時と同じように、殺したんだ」

 

 ……けれど、そんな思いは決して届くことはなかった。

 

 

 

「――僕は、多くの人を、救ったんだ――」

 

 

 

 ……だから。だから、何だというのだ。

 こんなこと(・・・・・)が何になる?

 誰とも知れない他人を護って、父を殺したことの意味を得ようとした。殺してしまった人の分だけ、それを選ばなかった自分の罪の分だけ、誰かの為に何かをしたいと。

 誰かを救いたいと、そう願っていた。

 そうしていることで、何時か。――どこかに平和が存在できるならと願って。

 だが、もし仮に。こんな行為が人々に知れたとして、それで人々は切嗣を讃えるだろうか?

 それは、ある時は讃えられるだろう。

 そして、ある時は蔑まれることになるだろう。

 でも、切嗣が欲しかったのはそんなものではなかった。

 名誉も謝恩欲しくない。

 欲しかったのは――父やシャーレイたちと島で暮らす平和な時間であり、ナタリアを『母さん』と呼べるような日々でもあった。

 なのに、正しいはずの/どうしようもなく正しかったその行いは、結局彼から何もかもを奪い去っていったのだ。

 

 

 

 〝――――ケリィはさ、どんな大人になりたいの?〟

 

 

 

 なりたかったものは何か? それは、『正義の味方』だった。

 けれど、〝正義〟は最愛の人達を奪い去る。

 父を、母を、初恋の人を。

 分け隔てなく平等に、愛しい人々を懐かしむ権利さえも地に濡れた赤い色で染め上げ、汚していく。

 もはや、安らかな回顧など叶わない。代わりにあるのは、永遠に続くほどの怨嗟にまみれた叫びだけ。

 責められるだけの人生を歩む。

 それこそが、〝正義〟を求め担おうとした者への代償であった。

 非情に徹し、結果として〝最善〟を選んだ切嗣のことを、彼らは決して赦すことはないだろう。……いや、例え彼らが赦したとしても。結局もう、切嗣の内に残ったのは、自己に苛まれる続けるだけの命でしかない。

 だが、止められない。止まれないのだ。

 ここで止まってしまえば――ここまで〝終わらせて〟しまえば、これまで支払ってきた代償が無に帰されてしまうのだから。

 これまでを、一片の価値すらない無価値な藻屑になるようなことなど、有ってはならない。

 故に、彼はこれからも鉄の様に固く冷え切った心で、どこまでも憎みそして焦がれる理想という名の幻想に従い続けるのだろう。呪い、憤りを覚えながらも、どうしようもなく胸に残り、祈らずにはいられないその決意は、切嗣の背を押し続ける。

 こうして、世界とやらに裏切られた少年はただ、慟哭の中に沈んでいく。

 

 

「ふざけるな……ふざけるなッ!」

 

 

 それは、幼き心の死にゆく様を(うた)う、無様に〝母〟を失った子供の叫びだった。

 

 

「馬鹿野郎……馬鹿野郎……っ!!」

 

 

 こうして、己の選択によって。

 彼は知りもしない他者の平和を知られずに守り、

 親愛の情を抱いていた〝母親〟を殺した/失った――――。

 

 

 

 ――――そして、悪夢は当然のように終わらない。

 

 

 

 *** 行間二 得るということ、失うということ

 

 

 

 ――母を失い、男は家族を失う。

 けれど、無くした家族を、再び得ることになる。

 

 冬の森の中で、儚く咲いた造花の命。

 その美しさを、本当の価値をまた知ってしまう。

 知らないということは、得てしまうという事は、救いであると同時に、どうしようもない呪いとなって彼の進むべき進路を阻み続ける。

 どうしようもなく温かく、捨てがたいほどの安らぎと共に。

 

 今度もまた、捨てることが決まっていたそれを、彼は再び手にすることとなった――。

 

 

 

 *** 愛とは――造花に宿った灯火(ともしび)

 

 

 

 

 

 

 新しい記憶。

 反芻することなど容易い、愛しい〝最愛〟を見つけてしまったあの瞬間の光景。

 そして、初めて耳にした彼女の名を。ようやく意志の欠片を宿し始めることとなった彼女が、その名を口にしたあの時。

 造り物と自らを称するのではなく、彼女だけのその名前を初めて聞いた邂逅の時だ――――。

 

 

 

「君には、名前はないのか? ホムンクルスとか、器とかじゃなく――君固有の名前は?」

 

『私は、……〝アイリスフィール〟。

 ――――アイリスフィール・フォン・アインツベルンと、申します』

 

 

 

 愛するモノを失った彼は、また再び失う愛を結んでしまった。

 楽しい時間は、いつの間にか過ぎ去るだけ。妻の命を糧として、その先にある平和を娘のために使おう。全世界全てを、一つの祈りで正して――。

 しかし、その戦いは決してなどいない。

 なのに何故、この悪夢はそれを見せる?

 また失うと、そう言いたいのか?

 そんなことは、いやという程に知っているというのに。

 

『それは貴方が、本当に〝無知〟であることを此処で知って貰わなければならないからですよー』

 

 言うに事欠いて、無知だと? 仮に、この身に刻まれた記憶や痛みを全てそうでないとすれば、知るべきこととは何だというのか。

 一体、これ以上何を知れと言うのだ。

 失い続けた痛みも、これから失う痛みも、痛み続ける人の世を。

 何を知れという? 戦場に血が流れる以上の地獄が、何処にある? 妻や娘を失う苦しみ以上に、一体何を知れという!?

 遂に切嗣はその苛立ちをぶつけた。

 願いを叶えるために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のために、全てを捧げると決めているというのに。

 何もかもが、これ以上彼の〝必要としないモノ〟――犯し続けた愚かな過ちを、振り払おうとした。

 その先に、〝必ずある〟幸せをつかみ取るために。

 けれどそれは、

 

『ふーむ。では、一つの問いかけをしましょう。

 いえ、別にくだらないモノです。貴方が、真に〝知〟を持つのであれば、この答えは自ずと出るでしょう。……ですが、もし。

 ――――貴方が何も知らないのであれば、その先は地獄以上の(みち)となるでしょう』

 

 たった一言によって瓦解する。

 

『――貴方は、世界が()()()()()()平和になると思いますか――?』

 

 その問いへの答えを、彼は持ち合わせてはいなかった。

 問いかけ同様に、これまで測り続けた――そのたった一つを、除いては。

 

『さあ、貴方の答えを聞かせてください』

 

 この問いは、決して衛宮切嗣がたどり着いてはいけないモノだった。

 故に、当然の如く。〝回答(こたえ)〟など持ち合わせてはいない。

 この世において、『悪』とされる全てを担うことさえ躊躇わない。それが衛宮切嗣の覚悟であった。

 けれど、その覚悟はここに置いて意味が無い。

 なぜなら、今求められているのはそれではない。

 悪を背負い、奇跡を手にすることによって奇跡を願う。

 それこそが、衛宮切嗣の〝回答〟である筈だ。……否、求めていた〝回答〟そのものだと思っていただけのモノだった。

 

『〝奇跡〟は、〝仮定〟を以てそれを成します。故に、そこには確かな〝辿るべき過程〟が存在しなければ奇跡となり得ません。何故なら、そこを省略して、奇跡は起こるのですからねぇ。

 ――さあ、貴方の思い描く、世界が平和になるまでの過程とはどんなモノなのですか?』

 

 応えられなかった。

 いや、それは正確ではない。

 はっきり言ってしまえば、『衛宮切嗣』は〝回答〟を持ち合わせてなどいなかったのだ。

 

『うーん。答えられないようですねぇー。まぁ、無理もありません。貴方の願う平和を成す手段が、貴方自身の中にないのなら――奇跡は、貴方の取り得る手段を以て呪いとなるであろうことはほとんど確定的ですからね~。

 そうですね……では、この質問から逃げられないように、質問を変えましょうか。

 〝仮に、二隻の船が在るとした場合。片方には三〇〇人、もう片方には二〇〇人乗っているとして、そこへ貴方一人を加えたそれを、人類の最後の生き残りと設定します。この船が航行中、船底に穴が同時に開いたとき、唯一修理する技術を持ち合わせる貴方は、果たしてどちらを先に救うのか――〟』

 

 ――ダメだ。

 その先を、言わせてはいけない。

 

『おやおやー? なにか、不都合がありましたかねぇ? 私は単に、この世界がどう平和になるのかを問うているだけですのに。

 世界を救うつもりなら、ありとあらゆる犠牲を払ってでも平和を成そうというのならば……この程度の質問には答えられなくてどうするんです? なんでしたら、この問いの回答を答えられたなら、特典として精神世界(ここ)から出してあげてもいいですよぉ~?』

 

 歯の根が合わなくなりそうだ。

 久しく感じていなかった恐怖を、いま感じている。

 問いは続く。

 蹂躙されていくように、理想の為に生きるこの心を。

 

『〝――貴方はどちらを選ぶか。否、どちらを選ばなければならないのか――〟』

 

 人数の、多い方の船を……選ぶ。

 

『でしょうねぇ……でも、それは正しいのでしょうか?』

 

 天秤の針は間違っていない。

 〝少数の犠牲で、より大勢を救う〟のだから。

 

『そうですか――

 しかし、もしも〝貴方が多勢を選んだことで、少数が貴方に修理を強要してくる〟のだとすれば、どうでしょう?』

 

 それ、は……いや、しかし。

 

『身に染みて知っているんでしょう? 人は、自分が助かりたいためならば欲に溺れると。

 なら、こうなって当然。そして、これもまた〝争い〟――とすれば、衛宮切嗣(アナタ)はどうするのでしょう』

 

 ……。

 …………。

 ………………目の前が、赤くなる。

 

 いつの間にか船の上にいて、そこはもう血の海であった。

 この世から争いを根絶する。

 確かに、それは衛宮切嗣の願望だ。

 そのためならば、流血すら辞さないと、確かに思っている。

 しかし、これは……これは、違う……!

 

『ほう……。貴方は、貴方も知らない方法で、世界が平和になるとでも? さっきも言ったでしょう。〝奇跡〟は、〝過程〟あってのものだと。

 なら、貴方が知らない方法なんかで、奇跡が敵うはずないでしょうに』

 

 なら! ならば〝万能の願望器〟とは……! それのどこが、〝奇跡〟だというのか!?

 

『別に、奇跡であるとは思いますよぉ~? 人の手では成し遂げられないことを成すわけですからねぇ。

 ただ、貴方(とか外道神父)が使うと破滅的な汚染が加速するってだけで、別に私は聖杯そのものを貶めたりはしません。

 何せ、私たちのマスターって、結構聖杯関連の人が多いですから~♪』

 

 汚染……?

 聖杯が汚染されている、とでもいうのか?

 

 

『ええ。そんなことも気づかなかったんですか?』

 

 ……。

 

『そんな黙り込まなくても、さっきまで城にいたキャスターとか、まさしくその象徴じゃないですか。あーんなあくどそうなサーヴァントが呼ばれるなんて、どう考えても汚染起こってるってわかりますし』

 

 そん、な……ことが。

 そんな事が、あってたまるか!

 

『いやいや、これがあるんですよー。

 で、その所為で呪いの様にして、人を殺すことでしか願いを叶えられない。

 それが、今の「聖杯」ですよ』

 

 そんな、筈は……!

 

『往生際が悪いですねぇー。

 なら、貴方の(うち)にある言葉に近く語ってあげましょうか?

 〝騎士、英雄なんぞに世界は救えない。過去の歴史がそうであったように、これからもずっとその通りである。正義で世界は救えない。そんなものに、興味はない〟と。

 確かにそれはある一側面では正しいかも知れません。

 貴方の生涯を見ても、確かに戦場やそこにある闘争を悪とする心も理解は出来ます。けれど、戦いに正邪が本当に無いのだとしたら……そこにあるのは、人間の本質だけとなります。

 貴方が根絶したいものが、なんであるのか。それを考えれば、そして貴方の中にある悪を生むものが、一体なんであるのか……』

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

『だから、貴方の願いを歪めてしか叶えられない。

 争う事――つまり、人が生きようとする限り。他者との諍いの絶えることの無い今の人間たちに、平和をもたらすには〝振るい分け〟が必要となります。

 それこそ、貴方とその家族になるまで、他を切り捨て続けでもしない限り止まらないほどの〝振るい〟が』

 

 

 

 ……遂に、答えが来た。

 

 

 

 場面が変わり、そこは冬の城。

 何もかも、この世全てが失われた世界。

 

 ――望み続けた、〝平和な世界〟の姿だった。

 

 その筈だというのに。

 娘から伝わる温もりも、妻の微笑も、絶対に失いたくないこの平穏も。

 乖離する躰と心。

 意識が離れた指先は、すり寄ってくる娘ではなく――――冷たい銃の引き金に掛かっていた。

 大好きだ、と。

 嘘偽りない気持ちを告げる。

 だが、それでも殺した。

 妻の慟哭も耳に入らない。

 もしも、こんな世界が成就してしまうのならば……僕はそれを止めなくてはならないのだから。

 妻の首を締め上げる。

 

 ――『聖杯』は、あってはならない。

 

 その時ふと、そんな言葉が浮かんできた。

 見知った場所と、知らない筈の光景と共に。

 土蔵に横たわる銀髪の女性。その内より出でる黄金の鞘。

 これからの戦いへと、夫を誘う為に自らの生へ背を向けた妻の姿がある。

 

『私はね……幸せだよ……』

 

 だが、それでも幸せだったという言葉は偽りなく。

 ただひたすらに願う。

 娘への祈りを。

 奇跡を、夫への最後の贈り物としようと。

 器の担い手足る女は、最後にそう口にした。

 

『はい――お気を付けて、あなた』

 

 不思議とそんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 しかし、もう腕は止まらない。

 彼女は『小聖杯』であって、『聖杯』ではない。彼女を殺すのではなく、本来ならば『大聖杯』を壊さなくてはならないのに。

 だというのに。腕は、躊躇いなく、流れ出る雫を生む心とは裏腹に、妻の首をへし折った。

 

 

 〝――――君を殺して、

 僕は――世界を――救うから、だ……ッ!〟

 

 

 まるでそれは、これから起こることのように自分の中にするりと入って来た。

 〝過ち〟をまた、繰り返すのだと告げる様に。

 この世界が、この願いが。全て間違いに終わってしまうかのように。

 『衛宮切嗣』という存在が、本来知りうるはずのない領域(きおく)へと進んでいく――。

 

 

 

『〝ようやく入り口に至ったか〟――なーんちゃって! やだ~、ルビーちゃんたらおっ茶目ぇ~♪ 

 さぁ、ここからが本番ですよぉ~?』

 

 

 

 ***

 

 

 

 妻を殺した直後にしては、切嗣は屍人(しびと)のように平坦であった。

 何時の間にか空には黒い〝孔〟があり、そこからは泥が漏れ出している。街々が火に晒されていて、そこはかつて過ごした村のように灰への変えようのない定めを進んでいる。

 ――アレは、止めなくてはならない。

 切嗣はそう断じた。

 何故かは判らないが、この奇妙な場面がやけに心の奥に抉る様に突き刺さる。

 初恋の人も、父も、母も失くした身であるが、妻と娘はまだいる。

 だというのに、この見知らぬ光景は、確かに『衛宮切嗣』のものであった。

 それを知らせるのは、先ほどまで苛立ちを募らせていた案内人の声。

 そこに怒りは失せ、あるのはこの先に向かう恐怖のみ。

 恐れながらも、知らなくてはならないと身体が動く。母に言われた、その才能。切り離すことに対しての、最善を選び続ける機械としての部分が、切嗣をここから逃がさない。

 無知であるのならば、知らねばならないのだ。

 己が成し得ない、平和への辿るべき道。奇跡のための軌跡が、今の彼には必要であるからこそ。

 しかし、未だ流転する石の様に、切嗣はまだまだ落ち続ける。

 これまでと同じように、これからも赦されることのない代償を払いながら、目の前の天秤を計り続ける。

 

「令呪を以って、セイバーに命ず。――〝聖杯を、破壊せよ〟」

 

「切嗣……っ! よりにもよって貴方が……何故……っ!?」

 

 己と同じように、理想に焦がれた少女が戸惑いの声を上げる。

 それでも止まらない。声もかけない。何故なら、そんなことは不必要であるから……。

 いますべきは、たったひとつ。

 聖杯を破壊すること、ただそれだけである。

 

「続けて第三の令呪を以って、重ねて命ず。

 セイバーよ――〝宝具にて聖杯を、破壊せよ〟」

 

「――――やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 この戦いにおいて、初めて流れた少女の涙。

 それは憎むべき敵でも、悼むべき誰かに対するものでもない。

 ただ、結局何も判らなかったのだという後悔だけを刻み込ませる、主人からの呪いを悔やむ思いからのものだった――

 

 

 

 ――場面は変わり/留まり、血塗れの丘/火の海が目の前に広がる。

 

 

 

 この時切嗣は、何故か先ほどまでとは違い……己の中ではなく、その光景を人ごとのように傍観する位置にいた。

 

『……ごめんなさい……ごめんなさい…………私なんかが……ッ』

 

 丘で泣き叫ぶ少女と、火の海を彷徨う自分の姿が重なって見える。

 それはまるで、道に見失った子供のようだ。

 今の二人の手には何もない。だからこそ諦めきれない。

 故に、求める/探すのだ。

 その為の、救うためであり、救われたいがためであるその証を。

 

 ――――そして、ついに出会う。

 

 始まり(ゼロ)を越え、運命を導くであろうその少年に。

 少女の元へ光が注がれ、切嗣の救いとなった少年へ彼の手から温もりが伝わっていく。

 失い続け、そうして得たモノ。

 或いは、それから得るであろうモノを、見た。

 

 写し絵を変え続ける映写機(スライド)の様に、場面は一気に変わっていく。

 地獄の光景であり、理想の光景を。

 しかしそこには呪いしかなく、決して間違っていないという願いだけがあった。

 いつ解けるとも知れぬ鎖の中。

 男は、ある少年の辿る正義という名の幻想(ユメ)を視る。

 いつ果てるとも知れぬ命を削り、終わりなき荒野を歩いた(うた)を知る。

 

 

 

 

 自らの残した理想(呪い)の為したその行末(カタチ)を――――

 

 

 

 

 


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