Fate/Zero Over   作:形右

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 ☆改心開始☆

 ケリィのライフにダイレクトアタック☆DA☆ZE☆


第二〇話  ~地獄の果てにあるモノとは……?~

 ――そこは、理想(じごく)の果て――

 

 

 

 

 

 

 焼けた空から注ぐ雫。

 額を濡らす水滴の感覚は、何も空から注ぐものばかりではない。

 光を失ったはずの瞳。枯れた筈の路は、今も尚、それを流す。

 この世の地獄を渡り尽くした彼が、初めて得た救い。巡り巡る罪科の怨嗟を背負いながらも、確かに救いの証はその手の中にあった。

「――ありがとう……ありがとう……ッ」

 漏れる声は、ただひたすらに感謝。

 〝……生きていてくれて、ありがとう……〟

 どうしようもなく、陳腐な感謝を言葉にする。

 何もかもを捨てて、平和を得ようとした。

 しかし、その代償は、何もかもを失うだけの結末で、最後までそれを覆すことは出来なかった。

 これまで切り捨て続けたモノをこれまで通りに捨てて、最後の最後に耳にした声は、自分と同じほどに理想に焦がれた少女の声。

 願うものが同じでも、過程が決定的なまでに異なるような、力も存在も信念も、何もかもが正反対な同類。

 ――誰かを護りたい/自分が救われたい。

 それは自分自身の願望で、誰かを護りたかったという独善的な希望であり、祈願。

 焦がれた理想はどこまでも優しい世界で、運命を変えるために、大切な人々が流した血を覆す力を欲していた。

 だが、その願いはどうしようもなく〝間違い〟だったのだと気づかされてしまった。

 取りうる手段が、

 或いはその願いの為に積み上げられた人々の心が、

 天秤を量るだけの機械に、持ちうることのできなかった過程(しゅだん)であったということを突きつけ、一度通った運命(みち)を決して悔いることはないとした命の咆哮(こえ)が叫んでいたことに気づけなかった王へ変わらず敬愛を告げたのだから――

 

 

 

 ***

 

 

 

 この地獄(りそう)は、自分のものであった。

 だが、理想(じごく)は彼のものでもあったのだ。

 

 ――――無数の剣が乱立した、赤い荒野に佇む男が目に写った。

 

 どこか悲しげな目でこちらを見ている。

 何かを悔いる様に、或いはただ傷ついた子供の様に、彼はこちらを見ていた。

 全く知らない他人であるのに、どうしてか心が痛む。

 まるで、彼に自分が何かを言わなければならないように。……かつて告げたものと同じ、感謝を告げなければならないと言うように、理性ではなく本能が吠え立てる。

 そんな自分の裡を見透かすように彼の口元が少し上がり、どことなく皮肉気な笑みが浮かぶ。

 

「……これはまた、随分と珍しいこともあったものだ」

 

 そんな声と共に、そんな笑みもすぐに消える。

 まるで彼は自嘲するように微かに息を漏らし、先ほどまでとは全く違う心からの表情を浮かべてこちらを見ていた。

 子が親に向けるような、屈託のない笑みでこちらを見ている。

「道にでも迷ったのかね? 生憎、ここには人を持て成せる様なモノは無くてな……すまないが、茶飲み話となっても茶の一つも出せんよ」

 言葉のわりに、声の調子は優しい音を持っていた。

 無論そんなモノを求めているわけではなく、別段そんなものはいらないのだが、どうしてか口元が緩むような気がしてならない。

 此方の様子が伝わったのか、向こうもどことなく気を張る空気を霧散させる。

「ここへ来たというのなら、何かに惑ったのか、それとも地獄巡りにでも付き合わされているのか……そのあたりの事情は知らないが、まぁ、ゆっくりしていくといい。

 暇を持て余しているというのならば、話し相手くらいにはなるが――どうかね?」

 奇妙なことに、その提案に対して悪い気はしなかった。

 ここまでの案内人の、どことなく割烹着の似合いそうな可愛らしい女の子の声で散々引きずり回された記憶の中、こんな休憩も悪くない。

 馬鹿げた話だが、不思議とこの状況を受け入れている自分がいた。

 知らねばならない。

 この一点を、遂げるために。

「……あぁ。

 なら、君にはここの地獄について、語って欲しい。

 ここまで来るのに、散々巡って来た。散々な過去や、今の自分の愚かさをね……。これまで幾度となく繰り返して、多分、この後一生繰り返し続けるだろう間違いを見せられた。だからこそ――僕が知らない、僕の無知さを変えるための答えを教えて欲しい。

 ……君の話を、教えてくれ」

「――そうか。

 なんとなくだが、事情は察した。なるほど、君はどうやらとんでもない運命に恵まれているらしい。

 救いという名の地獄。ある意味ではこれは救済となりえるだろうが、過ちを突きつけるのはどうにも苦手だ。とりわけ、相手が君となればなおさらに」

「……僕、だから……?」

「おっと、最初はそこからか……そうだな。

 とりあえず断っておくが、私は人を弄ぶのは好きではない。冗談も言うし、皮肉も言うだろう。だが、あくまでもそれは日常の範疇に過ぎない。

 君が求めているのは、いまの君がいる場所は、少なくともそこからは程遠い。故に、私は真実と私の見てきたものと、私が感じたものを語り、君に伝えよう。

 ただひとつ。言っておくことがあるとするならば、それはまずこれだろう。

 癪だが、あの小僧の言葉をそのままと、私の言葉を君に告げておこうか……この理想(呪い)に焦がれた、まぁなんというか、そう――()()()()の言葉を」

 

 

 〝――この夢は、決して間違いなんかじゃない〟

 

 

 自分も彼も、恐らくは、この理想に呪われた数多の人間たちが欲し、最も自らの内に望んでいた言葉を口にした。

 

 〝――――確かに、答えは得た。

 どれだけ理想に溺れても――それでもオレは、間違ってなどいなかった――――〟

 

 告げるための言葉を口にすると、世界と光景が変わっていく。

 語り部が場面を変えるように、舞台が書き換えられていった。

「どうやら、この巡り合わせを考えた主も、語れといっているらしい。

 最も、私の言葉が真に必要なものであるかは疑問なのだがね――」

 

 

 

 

 

 

 荒野が光に包まれ変わっていく。

 その光は、遠き理想郷の放つモノ。

 あらゆる怨嗟と、全ての傷を癒す、人々の祈りを紡いだ剣を収める鞘。

 そしてこの光は、彼の――少年の『世界』を形作る大本となった〝起源〟そのモノでもあった。

 ある時は、生涯少年の中に在り続けたモノであり、

 時に少年より少女の手に返還されたモノでもある。

 理想に焦がれた少年の中にあったつかめぬ光、理想に準じた少女が最後に眠る地。

 故にその名は――〝全て遠き理想郷(アヴァロン)〟。

 

 

 

 そうして場面は、再び変わる。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――――その光景を覚えている。

 

 炎の海の中。

 独りで居た終わりゆく命を掬い上げた、ある男の姿を。

 その時見た、余りにも()()()()ような笑顔を、覚えている。

 まるでそれは、救ったはずの男の方が救われたかのようなもので……救われた筈の命は、いつか自分も()()()()()()と思い憧れた。

 

 そう――

 それは例え磨耗し、粒子(こな)()った記憶(こころ)であっても決して忘れなかった、ある始まりの光景(きおく)

 

 終わりを告げた地獄で始まった呪いのような理想(ユメ)の物語。

 余りにも罪深い、その在り方を遺された少年の物語。

 ……どうしようもなく、優しい/偽りの物語が、この時幕を開けた。

 

 

 

 〝――――ありがとう……ありがとう……ッ〟

 

 

 

 そんな、感謝の声と共に――――

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 確かに取り戻した命。

 そこには確かに幸せの一端(カタチ)はあって、けれど何処か欠けたモノを思わずにもいられない。

 故に、男は少年に与えた呪いに気づくことはなかった。

 ……いや、気づいてはいたのかもしれないが、それでも何処か祈りにも似た気持ちがあったのかもしれない。自分では果たせなかったその夢を、

 

 〝――――しょうがないから、俺が代わりになってやるよ〟

 

 引き継いでくれると、そう口にした少年(むすこ)の頼もしい言葉に……

 

 〝任せろって。 切嗣(じーさん)の夢は、俺がちゃんと形にしてやっから〟

 

 

 美しい月明かりの下――

 どうしようもないほど歪で、どうしようもないほどに美しすぎた、穢れきった奇跡を求め続けるその呪いと言う名の理想に。

 

 

 〝あぁ――――安心した〟

 

 

 どうしようもなく、救われていたから――――

 

 

 

 ***

 

 

 

 救われないはずだった二つの命。

 

 果たしてこの時、救われたことが〝奇跡〟だと言えるのだろうか?

 ――否、確かに奇跡ではある。

 何故なら、到底叶いもしない願望を抱き、そして夢を叶えようともがくのはヒトの業でしか有り得ない。

 それらはまごうことなく、等しく奇跡だった。

 だからこそ、こう言えるだろう。

 

 引き合うほどに、矛盾するように絡み合い、出会ってしまったこと自体が奇跡だったのだろうと――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 物語は、ついに始まる。

 夜に終止符を打った日に始まった、夜を越えていく物語が。

 

 赤き荒野を渡った少年も、

 そこへ至らなかった少年も、

 その荒野を越えて行った少年も、

 傍にある花を護ると決めた少年も、

 白き雪に咲いた儚い命を支えた少年も、

 

 その全てを越えて行った少年もまた、その物語を生きた。

 

 

 

 そうしていつも、始まりはこの言葉から――。

 

 

 

 決して忘れることはない、美しい夜の出会いの言葉。

 清廉な宵闇の空気に誘われるように、冠された『座』が示す、剣の如き鋭く凛とした声が少年へと向けられる。

 

 

「――――問おう。貴方が、私のマスターか?」

 

 

 翡翠色の瞳に、金の髪。

 青い秀麗な戦衣装(ドレス)と、その上に着けられた甲冑。

 風の衣に包まれた不可視の剣。

 

 この時まさしく、運命の糸が、この出会いを結び合わせた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 戦いの嵐は苛烈に、けれど確かに強い意志の下で吹き荒れる。

 幾重の願望・信念・私欲が絡み合い、奇跡を巡る戦いは加速していく。

 

 ――始まりの日。

 まるで雪の様な髪をした少女の従えた、狂戦士との交戦。

 

 初めて目の当たりにした、条理外の存在同士が真っ向からぶつかり合う、真に『力』とはなんであるかを知った。

 同時に、誰かが目の前で傷つくのが、どういう事であるのかも……。

 当然、適うはずもないのだ。……そんなことは、初めから分かっている。だというのに、心はそうではないと声を上げる。

 ただ、目の前で誰かが傷つくことが耐えられない。

 この身は、誰かの為でなければなくてはならない。

 

 岩から削りだされたかのような大剣。

 

 人の身では、振り回すことさえも難しいだろうそのひと振りを、まさか人の身で受け止められるまでもない――

 瞬間、それはヒトの形を失った。

 

 

「――酷いものだろう?」

 

 

 問われた男は、目の前の光景に返答を口にすることさえもできなかった。

 目の前の光景は、確かに酷い。アレは、自分を顧みないのではない。自己犠牲などという言葉では足りないほどの自己献身は、もはや歪な恐怖さえ感じさせる。――が、どうしてもそこから、目を逸らせない。

 ドクドクと鼓動が早まり、早鐘の様に心臓の音がする。

 同じ様に、腹を裂かれた騎士王を始めとして、誰しもが言葉を失っている。

 それほどまでに、その光景は異常であった。

 何故、いま目の前にある光景が作られたのか解らない。こんなことをする必要がないのだということを、当たり前として知っているからこそ。

 死を顧みないのではない。

 単純に、目の前に命を差し出すことを躊躇わないこと。それが、異常なのだ。

 出す必要がない、或いは、出しても仕方がない。

 そうした自分という存在の価値を量る当たり前の機能(ほんのう)が、少年には決定的なまでに欠落していた。

 

 場面は変わる。

 そこは、どこかの学校らしき建物。

 渡り廊下に倒れ伏せる生徒の傍に、先ほど狂戦士に挑んだ少年と、勝気そうな黒髪の少女が立っている。

 次の瞬間、彼らの元へ向けて〝見えない楔〟が投げ放たれた。

 迫り来る脅威に気づいた少年と少女。

 狙いは、少女の顔の辺り。すると、何と少年はまたしても躊躇いなく、自身の腕を楔の軌道へと割り込ませた。

 呻き声を上げる少年。

 だが、彼が穿たれた傷を気にしたのは、自らの肉を抉られた一瞬のみ。

 血を流すことを気にするそぶりもなく、襲撃者の元へと向かって行く。

 その場を任された少女の顔は、再び垣間見た少年の異常性に驚愕を通り越して忘我の域に達していた。けれど、その場を〝任された〟以上、彼女は倒れていた女性生徒を見殺しにすることもできず、治療を続行した。

 しかし、その手は焦りに震えている。

 このまま彼をただ一人で前に進ませてはいけないのだと、強く本能が警告を発しているのだろう。

 他人に構う必要のない戦争(たたかい)の最中にあるのだということは、傍観者である自分達にも判っている。……だというのに、この戦いの中に飛び込んだ少年の姿は、どうしようもなく他者を掻き乱していた。

 時に嫌悪を、時に心痛を伴わせながら、彼のことを想う人間を掻き乱していく――。

 

 

 

 手に持っていた棒切れで、人ならざる者に挑みかかる。

 ……ただ一方的にやられるだけ。

 直面した事実を、彼は真っ向から受け止めた上でこの場に立っている。その上、手に刻まれた聖痕を使うには、自分がやるべきことを成してからであると自らに枷を課した。

 これはもう、無謀を通り越して馬鹿の所業である。

 

 ――――しかし、どうしようもなく目を離せない。

 

 時は進む。

 麗しき騎士王は、新たな主への怒りを露わにしていた。

 無理もない。――自分でさえそう思うのだ。恐らく、彼女ならば猶更であろう。

 だが折れない。

 彼の信念は、決して曲がることの無い。

 せめてもの措置として、彼女は彼を鍛えることを申し出た。

 この光景に、隣の男も自分も苦笑した。どうしてこんな場所でここまで穏やかな表情ができるのか分からなかったが、張り詰めていたはずの心が、いつの間にか緩んでいることが自分でも感じられるほどになっている。

 ……不本意だが、悪い気分ではない。

 

 

 

 そんな自分の心を抜き去って、物語はまた進んでいく――――

 

 

 

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