Fate/Zero Over   作:形右

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 UBW√突入。


第二十二話 ~迫り来る答えへの路……増加は塵、杯は誘う~

 黄金の丘より、赤き荒野へ

 

 

 

 ――――気づけば、涙など流していた。

 

 そのあまりにも美しい物語に、既に失っていたはずの人間らしい心とやらが震えている。

 胸を打つ、なんて言葉では足りない。

 あれは、あの物語は――もっと別の何か。

 まるでそれは、失うばかりだった自分が、何も手に入れることができずにいて……どこまでも手の中のものにしがみつこうとしていたことに対する、真っ向からの美しい反逆のよう。

 互いの中にある、〝美しいもの〟を汚せないと分かったから別れる。――その選択は、いささか自分には酷だった。

 失うならば、そこに絶対の意味がなくてはならない。必ず、確固たるその存在意義がなくてはならないと、すべてを葬り続けた機械。そうして、手の中に残ったもの。別れた彼らの中に残ったもの。共に最愛はそこにはなく、けれどその裡にある心は雲泥の差を見せる。

 ……こんなにも、違うのか。

 普段なら嫌っているはずの子供じみた癇癪、あるいは駄々をこねるかのような見苦しい思考。

 だが、

 

「――ヒトは誰しも、間違う生き物だ」

 

 その声にならない〝言葉〟は、再び彼によって受け止められる。

 自己を攻め続ける連鎖を容易く断ち切ってくるその声は、まったく違うのに、あの月夜の時の―――

 

「…………ま、さか……」

 

 ―――その時生まれた、新たな可能性へ至る思考。

 都合よくとらえたのではないかとさえ思えそうな、その幻想。

 あり得るのか? もう一人の自分が問いかける。

 しかし、あまりにも違いすぎる。

 何がどうなれば、そこに至る?

 違う、と思ってみても、思考は矛盾する二つの輪を駆ける。

 もやもやと涌いてきた疑念。どこへ執着するとも知れない何かは、革新へと誘われていく。

 

「君は、」

 

 言葉に詰まった。

 浮かぶのも思考(コトバ)ならば、声になるのもまた発言(コトバ)。だというのに、うまくそれを出せない。――出してしまえば、それを認めることになるからかもしれない。

 詰まるところ、自分は臆病者なのだ。

 自分の残したものにすら責任を負えない、どうしようもない畜生のようなもの。人々に災厄を振りまき、愛する妻と娘は冷たい檻に。――そして、()()は呪いの旅路、へ……?

 ――――いや、何を考えている?

 自分の齎そうとしたものは平和であり、自分の妻と娘の定めはまだ決まってなどいない。

 そもそも、ここは夢現(ゆめうつつ)の中。この中の出来事に、何を心をかき乱されている?

 馬鹿げている。緩みかけた心は、もう一度引き締めなおせ。鉄の意志で、ここを抜けなくてはならない。知りたいのは答え。いや、もうそんなもの――

 

 

 ――蕩けた思考を整えようとする〝魔術師殺し〟。

 だが、無論のこと。割烹着の悪魔を宿した杖はそれを逃がさない。

 ある意味で、彼にとっては最も鬼門である道を映し出す。……傍らで、本来ならば慈しむべき存在に疑惑と疑念を生んでしまうこの状況。

 

 

 ――だからこそ、意味がある。

 一度冷静になっては意味が無い。本当に必要なのは、完膚なきまでの反省。

 故に、ここで出るのだ。

 自分の選んだ道を、持ちうる立ち返るべき思い出(救済)すら忘れ去ってもなお、進み続けた男の末路を見せなくてはならないのだから。

 無論、彼女も悪魔とて鬼ではない。

 見せることにこそ、意味がある。求めるのではなく、自ら歩み寄る道を示す。

 そう、最初にそれを聞いてしまっているからこそ、彼は決してそれに抗えない。

 実のところ、非道非業の〝魔術師殺し〟は――善性の化け物であるブリキの騎士以上に、どうしようもなく人間であるからこそ。

 

 

 

 ――――間違いでないと、()()()()()()()()ことを、なんとも感じないわけなどないのだから……。

 

 

 

 ***

 

 

 二つ目の物語が、幕を開ける。

 

 

 *** 重なる影、同化していく剣の丘

 

 

 

 始まりは変わらず。

 騎士王と少年が出会い、夜が始まった。

 しかし近づいていく心は、憧れていた宝石の様な輝きを放つ赤い少女へと向いていく。

 だが、それは一つ目の戦いにもあった。

 決定的な変化。或いは変わるものがあるとすれば、それは騎兵の早期脱落。

 まるで蛇の様に妖しくも、儚げな美しさを放っていた女は、聖剣の光を受けることなく戦いから姿を消した。

 それと時を置くことなく、魔女の影が迫る。

 龍の塒の側にある寺で、少年の運命は変わりだす。

 ――それと共に、何か違和感を感じていた。

 歪な鏡を見せられたように、

 まるで初めから分かっていた様に、

 少年の裡にあるその『世界』が、呼応を始めていた。

 気づくよりも早く感じていたその違和感。……だか、認めてはいけないそれに、少年の心は乱されていく。

 

 ――――――知ってはならなかった/知らなければならなかった。

 

 水面(こころ)は波立ち、湖底を掻いた泥のように吹き上がる不安。それは、恐怖とはまた異なる感覚。どくどくと早鐘を打つ心臓からの鼓動(おと)を聞きながら、進むべき足が後退を願う。――だが、それは決してあり得ない。

 それを示すように、彼は歩き続けてく。

 (つるぎ)との絆を失い、降りしきる敗北(あめ)に打たれてもなお、しかしそれを敗走とはせず。

 少年は、何もかもを失くして、それでも諦めなかった。

 何故なら――そもそも彼の中に、敗走という選択を良しとする選択肢が無かったからである。

 現状は最悪。

 何も得るべき手段もなく、とるべき札も持ち合わせてなどいない。

 けれど諦めない。無謀とも思えそうな方法であろうとも、取り戻したいと願う剣を思う。

 

 

 時を同じくして、少女もまたその兆候(かげ)に気付き始める。

 この世にないものを生み出し、形を与えるその力。

 現し身を創造する魔術は形なきモノを彩る――それは間違いなく、一つの側面において、人の理を超越した力だ。

 ……だが、その極致にして極地たる赤い荒野に立つ男の背にあるのは、到達した喜びでも、そこまでの道のりを慈しむでもなく、ただひたすらに悔やむばかりの思いを重ね続けた後悔の色だけ。

 

 

 ――そこまで至るのに、一体どれだけのものを捨ててきたのだろうか――?

 

 考えても、そんなことは判らない。

 しかしそれでも一つだけ、思うところがある。

 それだけの道を歩みながらも――それを何故、彼は後悔しなければならなかったのだろうか、と。

 だから、というわけではないが……ふと彼に問うた。

 

 ――――自分は、最後まで後悔しないような生き方をしたいとは思っている。

 だが、それが最後まで出来るのかどうかは判らない。きっとそれは難しいのだろう――――と。

 

 そう訊ねられた男は、少女を……本当はここにいない少女を……見て、言った。

 

『出来る者もいれば出来ない者もいる。とりわけ、君は前者だ。

 ――凛よ。鮮やかな人間というのは人よりも眩しいものを言う。そういった手合いにはな、歯をくいしばる時などないのだよ。

 そして、君は間違いなくその手合いだ。

 〝遠坂凛〟は、最後まであっさりと自分の道を信じられる』

 

 その言葉は、あまりにも染み入る。

 途方も無い信頼、あるいは無償の親愛にも似た感情を向けられ、伝えられた。

 頰が高揚し、不自然な早鐘が耳を鳴らす。

 ……判らない。判らないが、彼の言葉がどうしようないほど裡に響く。

 それはまるで、彼が自分の全てを知っているかのよう。――――いや、知っているだけではなく、まるでそれは見てきたかのような言い草にも思える。

 同時に、何故かなどと思考を重ねても、きっとその答えは彼以外に解り得ないのだ、ということも判ったような気がした。

 けれど、

 

『……じゃあ、あなたは……?』

 

 まだ一つ、先ほどの問いかけの答えをもらっていない。

 

『最後まで自分が正しいって信じられる?』

 

 彼の後悔の意味。あるいは、彼がその道を悔やんだのか否かを。

 本来ならば、先ほどの言葉の端々の音から半ば予想はつく――といってもいい。だが、彼の心境にはそれだけでは無い何かがある。

 決して他人が踏み入れてはならない、しかし踏み入れなくてはならない何かが。

 一人にしてはいけない。その思いはちょうど、あの少年に彼女が抱いた想いとどこか似ていて……

 

 

 

『……いや、すまないがその質問は無意味だ。――忘れたのかマスター?

 私の最後はとうの昔――――』

 

 

 

 ――――近づいたはずの距離は、再び開く。

 

 

 

      『終わっている』

 

 

 

***

 

 

 

 少年は、魔女に挑む。作り出された『神殿(しろ)』へと足を進めていく。だが、そこで再び新たな事態が生じ始めた。

 

 裏切りに始まり、またも助けることが出来なかった剣は未だ囚われのまま。

 

 だというのに、もう心など折れてもおかしくなどないのに、彼にそこまでする意味など、もう失われているにも関わらず、―――それでもまだ、少年は諦めない。

 心の折れない、そんな様子を見せ……気を張っている少女の心を解いてしまうほどに。

 自分ではなく、誰かを助けたいというその願いは、どうしようもなく美しいものに見える。

 

 ――――しかし少女の目には、その姿は、段々と被っていくように見えただろう。

 

 自分から離れてしまった、自分と同じ赤を纏った男の背中と――目の前にいる少年の背が、どうしようもなく重なって見えてしまう。

 何故だかは判らない。

 けれど、少女には確かにそれを感じさせるだけの何かを二人に見た。

 まるで似ていない、半人前の魔術師と皮肉屋の弓兵。

 ただもし、どちらにも当てはまる印象があるとするならば――〝遠坂凜〟にとって、決して無視できない『何か』と呼べるものがあるのならば、それはたった一つの共通項。

 とてもシンプルな答え、印象。

 

 ――〝放っておけない〟――

 

 ただ、それだけだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 目指すは冬の城。

 そこに()()、たった一つの可能性(少女)がこちらの手を取ってくれるかもしれない、という僅かな願望を抱いて二人は進む。

 

 ――――しかし、それは叶わない。 

 

 ある(みち)では、確かに彼女は笑っていた。

 ある路では、確かな笑顔で〝孔〟を閉じた。

 後悔などでは無く、確かに幸せを抱いて――――。

 

 

 だが、運命はそれさえも叶わせない。

 

 

 二人が見たのは黄金の王と、狂戦士の戦い。

 人の域などとうに越えた、岩山の様な大剣を振るう。まるでそれは、巨大な嵐のように冬の城を揺るがすほどに吹き荒れた。

 怒りなどではなく、ただ一人の護りたい少女の為に奮われた力。

 しかし、そんな想いさえも――この世全てを支配したという原初(始まり)の英雄へは届かない。

 幾多の剣撃。

 撓る鎖と鋼の決意、擦れ合う音が響き、固めた決意と友への加護とが拮抗する。

 いつの世も、誰かを護ろうとする心は等しく何者をも凌駕し続ける。が、その想いも一歩届かず――阻まれた英雄の一撃は王の財により蹂躙され、王は少女へと迫る。

 

 薄れゆく命。

 造られた造花の少女は、幻の視界()で、この旅路(みち)でただ一人――ずっと自分を守り続けてくれた英雄を想う。

 その姿に、彼の王は何思ったのだろう。

 彼の友もまた、何者かに造られた命。この少女に、その面影を見たのか……それは定かではない。

 だが、何時か違う出会いもあれば――何かしらの縁を結ぶこともあったやも知れぬ。……しかし、そんな事は今、この場に何の関係もない。

 故に――――

 

 

 ――――原初の王の手は、願いの器たる『杯』の核を容赦なく、抉り取った。

 

 

 


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