遡ること半刻、場所は冬木市の地下にある下水道にて。
この奇蹟を巡る戦いに挑む者たちは、等しく其処に集結していた。
が、全七組いる陣営の内――二つの陣営が、他と異なる流れでもってその場所を訪れた。
一つは、他の六組から狙われていたキャスター陣営。そもそも、この下水道を
残る六つの内、五つまでが手を組んでここへやって来た。が、最後の一基たるライダー陣営の身は単独での行動をとりそこへ訪れる事となった。
これがどういうことなのか、問うまでもない。
詰まるところ、ライダー陣営のみがこの闘争の歪みを知らず、未だ全力でこの闘争を戦い抜かんと画策しているということだ。
故に、残る陣営はこの闘争に置けるその歪みを彼らに告げなくてはならない。尤も、その答えが肯定かどうかは、誰も予測することは出来ないが……。
であるからこそ、この席はその為――呪いをこの世界に振りまくことを是としない少年の意思が紡いだここまでの路を、未知への制覇・蹂躙を掲げる王へと示すためのものとするがために――――
――――少年は、己が
イメージするのは、常に最強の自分。
挑む相手は他ならぬ自分自身であるがゆえに、そこに一切の狂いも妥協も許されない。
感覚を研ぎ澄ませ。
夢想せよ。そして、想像し創造せよ。――最高の、料理を。
そうだ。ソレは、ただ最高の料理を成すためだけの
「う、ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
夜を迎えた御伽の森。宵闇の唄を告げる風が、森から城へと流れて行く。
そんな夜更けの丑三つ時。衛宮士郎は、アインツベルンの城で調理に燃えていた。
彼の気迫に押されるように、街に巣食っていた悪魔の消滅を知らせるような風に誘われる様に――狂気を祓ったこの時を以て、再び英霊たちが此処に集う。
こうして、御伽の城にて『会談』の席が催された――――
***
城の裏庭にある庭園。
そこで、英霊とそのマスターたちによる会談が催された。催された、のだったが――
「――むほォ、美味いッ!!」
一際大きく響く声は、この場に集った英霊の一角。ライダーのクラスに据えられた、征服王・イスカンダルのものだった。
凡そ、辛気臭く沈みそうな問答のそれとは似つかわしくない、場の空気を塗り替えるような笑い声だ。しかし、それがどこか愛嬌の様に思えてしまうのは、イスカンダルの持つ人柄ゆえか。
ともかく、そんな声を上げながら、イスカンダルは目の前に出された酒や肴を呑み喰らっていた。
組した酒の美味さに思わず、提供者である英雄王・ギルガメッシュに出自を訊ねている。
「凄ぇなオイ! こりゃあ、ヒトの手によるもんじゃあるまい。神代の代物か?」
この問いかけに対し、ギルガメッシュは傲岸不遜に応える。
「ふっ、当然であろう。この
が、そんな彼を諫める様に横からの声が掛かる。
「ちょっとギル。何時までも呑んでないで、話を先に進めなさいよ」
眉根を寄せ、料理や酒を飲み喰らう大人たちへ避難の視線を向けるような出で立ちで、遠坂凜はそんな声を上げた。
見かけ上はこの場にいるのが不自然なほどに圧さない彼女であるが、他の二人――料理に取り掛かっている士郎や桜――にも言える様に、纏っている雰囲気が既に見た目のそれとは程遠い。……少なくとも。舐めてかかったとしたら、一生モノのトラウマを植え付けられそうだ。と、この場に置いて一番の弱腰であるウェイバーが感じる程度には。
しかし、そんな彼の不安など歯牙にもかけず場は進む。問答、会談というよりは寧ろ、宴会か宴にでもなりそうな方向にだったが……。
「まぁ、待て凛。語らいの席であるのなら、此処は王としての器を問うというのも一興。どうせ問答などと言ってしまえばすぐ終わってしまうのだ。少しばかり時を微睡んだところで支障はない」
「おぉ! 珍しく意見が合ったなぁ金ぴか。こやつの言う通り、語らいの席であるというのなら、酒を酌み交わし、器を量ることも王の責務であるぞ? 小娘」
「誰が小娘よ! ンなこと言って、どうせ飲みたいだけでしょうがデカブツ!!」
「ふはははは! 生意気な態度もまたよし。寧ろ、この戦いの渦中に置いてはそのくらい勝ち気でなければ張り合いもない。
さあ、お前も呑め騎士王。さっきから肴ばっかり食っとるではないか」
気持ちよく笑う傍らで、飲み食いの〝食い〟の方にばかり情熱を傾けているセイバーに対し、イスカンダルはそういって酒を突き出す。
が、彼女は酒を受け取りつつも、食べる速度を緩めようとはしない。……よほどストレスでも溜まっていたのだろうか。何やら、鬱憤がある程度解決したかの様な面持ちで料理を喰らっている。
「むぐむぐ……。うるさいぞ、征服王。これは、シロウの作った料理が私の好みに合いすぎるだけだ。通常であれば、私とてこんな席で酒よりも肴などとはならない」
「同感です。士郎は全く素晴らしい腕をお持ちだ。――あ、こちらの料理もう十皿ほど追加で。こんなポテトがあろうとは……煮込み一つで、ここまで変わるものなのですね」
おでんのお代わり芋多めなリクエストを出しつつ皿を突き出して、腹ペコな騎士王に続く湖の騎士・ランスロット。彼もまた、何か救われたような面持ちで、これまでの鬱憤を晴らすかの如く呑み喰らっている。……本当に、生前の円卓――ひいてはブリテンの食事事情が悔やまれるばかりだ。
それを受けての、今日の教訓。円卓は腹ペコである。以上。
さて、そんな事実を目の当たりにしつつ、その片割れのマスターである間桐雁夜は、そんな彼らに呆れながら自身もちびちび飲み食いを続けている。無論、士郎たちによって改善はされたが、未だ濃すぎる料理は食べられないため、彼用のものを作ってもらってだったが。
「食い過ぎだろ二人共……。おい時臣、そろそろアーチャーに酒だの材料だの出させるの、やめさせろって。士郎君もなんか止まらないし」
料理と聞いて――プラス騎士王の笑顔効果で――夢中になってしまった『正義の味方(小)』の様子と織り交ぜる様に、酒の提供主であるギルガメッシュのマスターである凜の父・時臣に制止を掛けろといった雁夜だったが、生憎と時臣もまた飲食系に優雅に夢中であった。
「……おぉ、この酒は素晴らしい。流石は常世全ての財宝を治めたとされる王の一品……!」
「お前もかよ! ……ったくもう」
「あ、雁夜おじさん。おじさんの胃腸に合わせた料理を作ったのでどうぞ♪」
「え、ああ……うん。ありがとう桜ちゃん」
心労がかかるところに姪の気遣い。雁夜はなんとなく、嬉しさと呆れが混ざり合った場にもう身を任せた方が楽かもしれないと思い始めた。
追い打ちをかける様に、調理を終えた士郎がやって来る。
両親(仮)に料理を振る舞いつつ、セイバーとランスロットに料理を供するべく急ピッチで進めて来たらしい。
「料理の追加出来たぞー。あ、爺さんとアイリさんも……」
「ああ、ありがとう士郎」
「本当にすごいのねぇ~、士郎君の腕前って」
「ああ。こんな偶然の出会いだったけどね……自慢の息子さ」
「――――っ。
ほ、ほら! そんな事よりも、まずは食べてみてくれって。セイバーのとこにも行かなきゃだし……」
「(照れてるのかしら?)」
「(そうだね、アイリ。士郎は時々素直じゃないからなぁ)」
「(あらあら、うふふ……♪)」
(…………なんだろう。今、決定的に覆せない何か、神の壁の的なものを背負った気がする)
何故か、将来のヒエラルキーがここに確定した予兆を肌で感じつつ……士郎はセイバーたちに料理を運んでいった。
*** 掲げ、馳せたユメのカタチは―――
宴と化してしまった会談の席も進み、半刻も経った頃。
盃を煽っていたイスカンダルが、不意にギルガメッシュにこんな問いを投げかけ始めた。
「なぁ、金ぴか」
「何だ?」
「いやなー、ここまで歓待を受けた上では無粋なのだが、少し訊いて置くべきだろうと思ったのよ」
「前置きは良い。言ってみろ、聞いてやる」
「そいじゃあ訊かせてもらうがな。
そもそも貴様らは、いったい何故集まった? 余はまだそこも訊いていなかったからな」
その疑問は至極当然なものである。
事実ここまで引っ張って来て置いて、料理や酒にかまけたとは言え、確かに彼らはライダー陣営に対する説明に欠けていた。
が、ギルガメッシュはと言えば今更かと言わんばかりに拍子抜けした顔を見せる。
「そんなことか」
つまらなそうに息を吐いたギルガメッシュであったが、説明を惜しむ様なことでもない。かと言って、自分で説明するというのも面倒であったらしく、説明は別に任せることとした様だ。
「まぁ良い、折角だ。凛よ、此奴に説明してやれ」
と、先程から傍に座ってジュースを飲んでいた凛に真紅の目を向け、彼女に説明してやれと匙を投げた。
「そこまで言っておいてわたしに丸投げ? どうせなら最後まで言いなさいよ。本っ当に勿体つけるの好きなんだから……。
ま、それくらいなら別に良いわ。説明してあげる」
軽く呆れを覗かせつつも、元来面倒見いい姉御肌な凛は、放られた些事を受け止め、未だ流れを知らぬイスカンダルとウェイバーに説明を始めた。
ここまで辿った道のりを語る。
一人の少年がこの世界に招かれ、自身の
呪われた杯に定められた運命から大切なものを守る為に、彼は皆を救おうと足掻いたことに至るまでの全てを――。
それらを語り終えた頃には、イスカンダルはしげしげと士郎の方を見やりつつ、何度か首を縦に振りながら説明を咀嚼していく。
「ほほう……。つまりなんだ、そこの小僧がこの状況の発端というわけか」
「ええ。――ホント、いつも通り過ぎて呆れるわ。本人も、こいつの巡り合わせの方も」
確認する様に投げられた声を肯定し、士郎のそれまでに対する呆れ混じりにこう言った。
しかし、彼女の弁を未だ呑み込み切れていない者が一人。
「そんな……! 未来から来た、サーヴァントだっていうのか? それも、生身の肉体を依り代にして……? あり得るのか、そんなことが?」
余りに馴染みなく告げられた現実に、困惑するウェイバー。
が、混乱の中にいる彼に遠慮なくケイネスがこんなことを言い出した。
「ウェイバー君。君は何処まで無学を晒すのかね? 仮にもこの私の教え子だというのに、情けない」
「…………は?」
一瞬、自分が聞き違えたのではないかと疑った。
あのケイネスが、自分を教え子だと口にした? と、ますます深まる困惑に、ウェイバーの中にある認識が追いつかなくなってしまう。
けれど勿論というか、口にした側はそんなことは御構い無しであった。
続けざまに次の様なことを言い出し、これまでとかけ離れ過ぎたギャップに、逆にウェイバーが正気に戻ってしまうほどの衝撃を与えた。
「宜しい。それでは後で教え直しをしてあげるから覚悟したまえ。
特別授業だ。内容は、英霊の降霊についてと高次の時間概念についてだ」
「ぇ……ええっ!?」
――何でケイネス先生が!? と、思わず戦いが始まってから付かなくなっていた敬称を思わず付け直してしまうほど、ウェイバーは混乱してしまっていた。
嫌味で有名なケイネスが、酷く教師らしい様なことを言い出した事もそうだが、何よりも、何故か表示と言葉端にこれまでの様な見下しが足りない。
――――いったい、何があったのか。
ついそんな感想と共に呆けてしまうほど、ケイネスの内面の豹変に彼は困惑した。……おまけに、その後ろに控えたランサーが何故か感涙に咽び泣いているので余計に。
困惑するウェイバーを放置して(扱いの悪さはあまり変わっていなかったらしい)、ケイネスはこの戦争に置いて混じったイレギュラーについての自身の見解を述べて行く。
「良いかね? 確かに通常では考えられない事態ではあるが、これは何もそんなに特別なことではない。
英霊の召喚――この場合は依り代への降霊だが、現象そのものは凡百のそれと同一だ。
ただ高次の空間、所謂『英霊の座』からの降霊は多大な魔力と、『外』からの者を招くだけの力が必要となる。しかし、そこは聖杯戦争の最中であり、また彼が〝やって来た〟時が――偶然であるがキャスターの召喚と被っている。
後は、依り代や土地柄。英霊の性質……縁としては、十分に条件を満たしていた。少々信じがたいことも事実だが、現実として起こっている以上は可能だったということなのだろう。
――――他者を救う為に英雄となった者が、過去の己に招ばれた、という現象が。…………まあ、後はあのステッキもだが」
最後のはブツブツとした呟きに埋もれてしまったが、大まかにはケイネスの弁はウェイバーに理解を齎した。信じがたいという部分には同意しかないが、降霊科きっての天才が認めているのなら、未だ学生の身であるウェイバーも信じないわけにもいかない。
そんな彼らに補足を入れる様に、凛が最後にこう付け加えた。
「ま、仮にも聖杯戦争に呼ばれた以上……士郎の存在はサーヴァントに近いし。クラスとして扱うならまぁ、『
「ふむ……」
そこまでの話を聞き、イスカンダルは暫しの沈黙を守る。そして数秒の
「なるほどなぁ……うむ、ここまでの流れは分かった。
そうであるが故に重ねて問う。貴様らの掲げる望みが、何であるのかを」
――――これまでを賞賛するでも、嘲笑するでも、罵るでもなく。ここまでを咀嚼し呑み込んだ上で、ただひたすら真っ直ぐに、ここに居る者全ての意を問うものであった。
「は――――ハァ!?」
そんか己のサーヴァントの弁に驚き、素っ頓狂な声を上げるウェイバー。
「ここまで聞いといて今更、お前は何言って……いだぁっ!?」
が、ここまでの事情を聞いてまだ『掲げる願い』を問うなど、理解出来ないとでもいう様にイスカンダルへ顔を向けたものの、その追求はデコピン一発で跳ね除けられてしまった。
「馬鹿者。ここまで来て、だと? 逆であろうが坊主。ここまで来たからこそ、だ」
挙句、従える側から馬鹿呼ばわりである。すっかり話に置いてかれたウェイバーとしては、こうも言われるだけでは流石に黙っていられるわけもなく、そこに対する鬱憤だけをどうにか火種に、痛む額を抑えながら、イスカンダルの弁に噛み付きを続ける。
「な、何がだよぉ……!」
「まだ分からんのか。此奴らは、余に諦めろと通告して居るに等しいのだ。
聖杯の汚染。監督役の中止宣告。
なるほど確かに枠を決めた戦いからの逸脱した状況ならば停戦という選択もあろう。だがな、本来これは耳障りの良い事を並べようと所詮は比べ合いであり奪い合いだ。
ならば、この戦いに席を置いた者として、余の望みを覆すだけの展望があるか否か。問わぬわけには行かぬだろう。何せ余の望みは、
「――――っ」
堂々と言い放つイスカンダル。しかし、その語りにウェイバーは言葉を失った。
イスカンダルの言い放ったのは、事実上の別離宣言である。どれだけ周りの意向が向いていようと、自分の目的のために走るのだと告げたようなものだ。
この言葉を受けて、周囲が黙っているはずはない。
少なくともウェイバーは、交戦を避けられないのだろうことを予期し、自身に降りかかる死を錯覚した。
だが、一向にその戦いには移行せず。イスカンダルの言葉は、確かに周りに響いている。
もちろん、聞き入れられたのではない。あくまでそれは、彼の弁がそこにいる者たちにとって、聞くに足るだけのもの。応えるに足るだけのものであったということである。
――――そう、賭けるものであるが故に。
内に抱く展望を魅せるものである矜持。自身に対して、あるいは他に対してのものを持つものであるが故に。
それを示せよ、と。イスカンダルはそう言っているのだ。
自身の持つ願望。その欲に、絶対の覚悟を括った男の言葉に、最初に応じたのは、彼以上に己を絶対をする男であった。
「ほう? そこまで言うからには、貴様の抱く願望は相当に壮大なものなのであろうなぁ? ――
ギラつく真紅の瞳を向けて、ギルガメッシュはイスカンダルに逆に問いかける。傲慢な応答であるが、明らかに不利なのはイスカンダルの側である。
問いに対する答えが欲しければ、先に答えろと言っているのだ。誇りの是非を問うのであれば、先に見せるのが道理である、と。
通常のイスカンダルならこの返しにも即答できたであろう。けれど、何故か彼は躊躇いのようなものを僅かに覗かせた。らしからぬその態度に、不思議そうな顔をする面々。
それを受けて、どうにか言葉を出そうとしたイスカンダルだったが、今ひとつ歯切れが悪い。
「あー……、そいつはなぁ」
しかしどうにか意を決したらしく、言い澱みを残しながら、彼は己が望みを口に出そうとする。
少し照れたように口にした、その望みとは――――
「余の望みは……〝受肉〟だ」
口にされたその声に、場の者たちは言葉を失う。
ただ一人、望みだと言う展望を語られていた少年を除いて。
「は――――はあっ!? お、お前! 望みは世界征服だって……あが、ぎゃうっ!?」
「戯け。たかが杯なんぞに世界を取らせて何になる。
〝征服〟は己自身に託す夢――聖杯に託すのはあくまでも、そのための第一歩だ」
思わず背中に飛びついて問いただすように迫ってきたウェイバーを片手で吹っ飛ばしながら、イスカンダルは未だ語る。
「いくら魔力で現界しているとはいえ、我らは所詮サーヴァント。余は転成したこの世界に、一個の命として根を下ろしたい。なんでも、先ほどの小娘の話ではそこの金ピカは泥を飲み干して受肉したのであろう? ならば余とて憶するわけにもいくまいて。
それにな、未来から来たとかどうとか、その辺りもまず気に食わん。自らのいた時代で、起こる悲劇を変える。確かに尊ぶべき行いなのだろうな。
だが、そんな風に変えてしまって何になる? 他のためだけに己を殺し、否定して――そこに、いったい何が生まれるというのか。救われるだけでは、人は進まん。
誰もが焦がれるほどの待望を魅せてこそ、民は王の後に走る。己が夢をそこに賭け、選びとるのだ。自らの道を。
そういった者たちとの絆を結び、共に進むのが我が生き様。
身体一つで我を張って、天と地に向かい合う。それが、〝征服〟という行いの全て。そのように開始し、推し進め、成し遂げてこそ――――!」
手にした酒器を煽り、そこにあった酒の全てを飲み干し、断じる。
己が欲の全て、強欲の果てに夢を魅せる王の道。それこそが、この戦いにかける決意。〝征服王・イスカンダル〟としての信念その者であるのだと。
「――――我が〝覇道〟なのだ……!」
その様は、確かに一つの王の姿であった。あの英雄王をして、確固たる決意に結ばれた賊の王であると認めるほどに。そしてまた、場の全員が同様に彼の生き様に各々の感慨を抱く。
騎士王であるセイバーでその一人。
「…………」
人を惹きつける力。
王としての資質の一つである、いわゆるカリスマ性と言ったものであるが……それは『王』に据えられた者でなくとも、人の上に立つものであれば等しく持つ力である。
――あの物語の中で、確かに知った己の間違い。人を救うだけだった彼女には持てなかったものであるが、見ただけの彼女には未だその正解は判らない。これまで信じ願ってきた救済、刻まれた行いを覆すことを是と出来ないものであるが故に、口を出すことは憚られるが……。
(私は、まだ……)
実感を持てずにいる。
自分で体感していない事柄に対しては、至極当然。凛や桜のように生きた出来事からのダウンロードではない彼女にとって、知った知識を自らのものであると感じられないのである。とりわけ、彼女だからこそ――。
セイバー、つまり『アルトリア・ペンドラゴン』は
彼女は滅びの最後。アーサー王伝説にあるところの、カムランの丘で『世界』と契約を交わした。
『聖杯』を手にする機会を手にする代わりに、死後ののち、己が身を世界の奴隷にするという盟約で持って、彼女は時を超え、英霊としてここにいる。
だが、挑んだ戦いは己の理想とは程遠いものでしかなく――――
そこに、救済への道はないのだと知った。むしろ、その先にある戦いの中でこそ彼女は夢の果てを見つけるとさえ告げられた。
しかし、それは己の夢なのかどうか。今の彼女には判らない。
故に、正しいのか否か。
己の全てを見極めるために、この問答の行く末を見守らなくてはならない。
――――この少年の成す、
「――――それは、少し違う」
「ん?」
セイバーに持って来た皿を脇に置きながら、イスカンダル前に座る士郎。
琥珀色の瞳を真っ直ぐに向け、先ほどの言葉に僅かな訂正を述べる。
「俺は別に、自分のこれまでを否定したいわけじゃない。この世界は多分、俺のこれまでとは繋がらないしな」
「ふむ。であれば小僧、お主は何故こうまでした? 聞いた限りでは、確かに此処には思うところもあったのであろう。しかし、それが己に繋がりもしない過去で救うことにどうして繋がる?
悲劇はそれで回避できよう。だが、そこに悔いはないのか。或いは、お主の行いによって変えられた過去に思うところはないのか、否か……」
「…………そうだな」
問われ、少し思考し思うところが無いと言えば、それは嘘になる。
彼の言い分は分からなくは無い。……というよりも、それは士郎自身が言ったことでもある。
薄暗い神の家の地下で、少年は言った。
過去を変える気など無い。過去を変えることに意味などない、と。
己が剣だった少女と、己の同類を前にして。
「〝――――この道が、間違ってないって信じてる。
置き去りにして来たもの……いや、大切なもののために、俺は自分を曲げることは出来ない〟」
でも、と。
士郎は少し語尾に力を込める。
逡巡する、これまでの道のり。
決意は変わらない。
イスカンダルの弁とて、間違ってはいない部分は否めない。――だが、これをやり直しだというのなら、それは少し違うのだ。
『英霊』と形容するにはあまりにも歪な形でこの戦いに迷い込んだ士郎にとって、ここが仮に過去であろうと無かろうと、ここで生を受けてしまった以上、目の前で苦しむ人がいるのなら、見捨てる道理は無いのである。
それが彼の生き方そのもの。
まして、その対象が自分にとって大切なものであるのなら、尚更に。
故に守るのだと、イスカンダルへ言う。
過去だから変えない、未来を知るから変えたいのでは無く。
自分の護りたいものこそを、守るのだと。
それは世界であり、街であり、家族であり、人である。
そう語り、イスカンダルの前に立ち上がる。
――――さながらそれは、本当の意味での〝守護者〟の様に。
「今この時を再び制覇したいと言うなら、それは征服王イスカンダルの果たされなかった夢の続きだ。
でも、だからといってお前にとってのここは、未来そのものか?
きっと違うだろう。どんなに文明が進んでも、例えどんな神秘が薄れているのだとしても――今に根を下ろす命で在りたいなら、きっと此処はアンタにとっての
俺も同じだ。今、此処にある命であろうと。そう思っているから、俺は護りたいと思った。いや……元々、そんな生き方しかしてこなかった。
だけど、それは絶対に間違いなんかじゃ無い。
この夢を尊いと、美しいといってくれた人がいた。
どんなに歪でも、正しさを認めてくれた人がいた。
どんなに正しくても、ただ貫くことだけがそうでないと教わった。
だから譲らない。なんと言われようと一歩たりとも引いてなんかやらないぞ――
征服、制覇蹂躙こそがお前の
ある少年の歩んだ
其処にあった願いは歪で、けれど尊かった。
彼は守る者。
であるからこそ、侵す者であるイスカンダルの前に立ちはだかる。
「…………ふふ、ふはははははははははッ!!
良い! 実に良い!!
成る程。今ここにこそ生きる意味を求めるのであれば、かつて何処にあったかはまた違う。
それもまた然り! お主から見れば、余は果たせなかった妄執にしがみつき、庭を踏み荒す賊に等しい。しかしなぁ、そこまで言うからには、解っているのであろう? 己の馳せし夢に賭けた、言い知れぬ情熱を」
相反する方向に進みながらも、彼らは共に焦がれた者同士。
であるからこそ、譲れぬものがあるのだと知っているのだろうとイスカンダルは問いかける。……立ち上がり、士郎を見据えた彼の意はつまり。
それに対して、士郎は――。
「ああ」
間を空けず、一切の迷い無く、応えた。
知っている、と。
そうだ。焦がれた者あれば、決して譲れぬものがあることくらい、知っている。
であるがこそ、激突は必至。
「ならば話は早い。こうして互いに譲れぬ想いの果てを魅せ合うのであれば、衝突は免れぬのだとも。
――――なればこそ。よもやここで臆病風に吹かれると言うこともあるまい?」
当然。
そう言葉にする代わりに、士郎は立ち上がり対峙する。交わされる交視線と共に高まり行く熱を感じた。
――しかし、そんな彼に。
「シロウ――――」
と、セイバーが少し案じたような色を覗かせる。
それを、士郎は「大丈夫だ」と彼女を制し、向けた視線をイスカンダルに向け直しながら、こう言った。
「ありがとうセイバー。でもどうか、今は俺に譲って欲しい。……だってこれは、俺のするべき戦いで――――」
それに、と。
付け加える言葉を誇るように
「――――俺は、〝正義の味方〟だからな」
己が在り方と共に、本質を律する言葉を口にする。
そんな彼の背にセイバーは、今の幼子の姿とは異なる、赤と白の戦士たちの姿を幻視した。
そして士郎は、手の中に生まれた剣を構え、目の前に立つ蹂躙の王を睨みつける。
――――一時の静寂が場を呑み込んだ。
片や征す者。
片や護る者。
己が正道、覇道を示すのであれば必然、言葉でなど軽すぎる。
そうして、投げ放たれた剣受ける剣がぶつかり合い、火花を奔らせた瞬間。
――――激突の、幕が上がった。