Fate/Zero Over   作:形右

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 ついに士郎の見せ場。
 ずっと考えていた宝具を出せた瞬間でした。何気にオリジナルで考えた詠唱よりも評判が良かったですね。


第二十九話 ~覇道と正義、掲げた信念の象徴の果てに~

 激突せし理想と覇道

 

 

 

 ――それは、あまりにも異様な光景だった。

 

 

 

 交わされる剣戟は激しく、周りへも熱を散らす。――だが、その剣を振るう男たちは、なんともチグハグな出で立ちをしている。

 片や、二メートルを超そうかという大男。

 片や、その半分ほどの背丈しかない幼子。

 もしも、この()()を傍観するだけの観衆がいるのだとしたら、結果を問うまでもなく浮かべられるだろう。

 児戯にさえなり得ないだろう、差のありすぎる光景。仮に、こんなものをいつまでも眺めていたい人間がいるとすれば、相当に溜まっている人間くらいのものだろう。

 が、しかし――。

 生憎と、一方的な残虐(そういったもの)を期待するのならば、此処はお門違いである。

 

「うそ……だろ」

 

 思わずそう呟いたのは、この光景を見ていただけの少年。刃を交わし合う片割れである大男(サーヴァント)のマスター、ウェイバー・ベルベットだった。

 彼が目にした光景は、実にそのまま――先の通り〝大男と幼子の剣撃〟そのものである。

 直ぐにでも終わってしまいそうな、傍目には理不尽ささえ感じそうなものであるが、それでも二人は止まらない。

「せ――ああああああ!!」

「ぬぅ……、おぉぉっ!」

 既に、彼らの意識の内には人目など存在していなかった。

 ウェイバーはそれを見て理解した。

 周囲の一切を置き去りにして、己が信念を相手にぶちまけていく戦い。故に、この戦いに見てくれなど不要。

 技や正しさなど当に捨て去った先にある、抱く業を見せつけ合う戦いであるからこそ、張り続けた我の果てに、戦争(さかずき)の行方を決められる。

 ――――正義と、覇道。

 最果ての行方は、始まりの星か終わりの海か――そこまで続くであろう路を生む戦いが、舞い散る火花の中で激化していく。

 ……だからこそ、最期までこの戦いを見届けたい。

 しかし悔しいが、ウェイバーだけでは何の力にもならない。つまるところ、今の彼の状況はマスターでありながらも、無力な傍観者そのものだ。

 が、それでもこの戦いを最後まで見届けたいと思った。

 イスカンダルの信念。

 それに対した、士郎の信念。

 少なくとも善悪で判断するのならば、おそらくはイスカンダルの方が秩序を侵す行動をとっていると認めざるを得ないのだが……ウェイバーは何故か、そんなことを考えるのは無粋だと思った。

 ――――誰にも言ったことはないが、彼はイスカンダルの記憶を見たことがある。

 征服王と讃えられた男の記憶は、華やかなものではなかった。

 王としてのイスカンダルの器とその在り方は知ることが出来たが、士郎が戦いの前に言った言葉に少し感じ入る部分があった。

 

 

 〝――――今この時を再び制覇したいというなら、それは征服王イスカンダルの果たされなかった夢の続きだ――――〟

 

 

(――そうだ、あいつは……)

 届かぬからこそ、馳せた夢。

 世界に刻まれた結末は決まっているが、今再び、イスカンダルはその条理を捻じ曲げてでも挑もうとしている。

 征服だの、蹂躙だの。

 それらは過程でしなく、求める結果ではない。

(……あいつは、〝最果ての海〟を目指していた。届かない大望に、心から焦がれて……)

 そう――。イスカンダルにとって、目指すものは未知の先。

 己の及ばぬところであるからこそ、挑むのだと。そして、それは士郎もまた同じ。

 結局のところ、救いなどというものは決して手に収まるものではなく、また同じように未知を目指せば必ず障害に阻まれる。だが、それを押してでも進むのが、彼らの生き方なのだ。

 故に、見たいと思った。

 ……未だ至らぬ身である己が見たことの無い、最果てへの渇望。そして、二人の信念の全てを、この目で――――

 

 と、そんな少年の心境が生み出されたのに合わせ、戦況は変わり、イスカンダルが追い詰められていった。

 まるでそれは、少年がこの戦いの意味に迫る事を待っていたかのように。

 偶然か必定か――。

 それは定かではないが、少なくとも少年は『彼』を終わらせてはならないと感じた。

 無粋だというのは承知の上で、それでもまだ自分がこの先を見たいというエゴと共に、手に刻まれた聖痕に願いを託す。

 その時より、戦況は再び流転する。

 己が信念から、己が世界。これまでの生きざま全てを見せつける戦いへと――――

 

「――――避けろ、ライダーッ!」

 

 

 

 *** 示し合う〝世界〟

 

 

 

 剣を振るい、

 剣を投影し、

 そしてまた剣を振るう。――衛宮士郎のとった戦闘の方法を端的に表すのであれば、そんなものだった。

 だが、その程度では純粋な力でイスカンダルに及ぶことはない。

 如何な相手が騎兵の暮らすといえども、筋力は比べるまでもなく士郎の方が劣り、同時に対格差の不利を覆すには剣技だけでは足りないのは必然。

 普通のまま振るえば、上から敵の愛剣であるキュプリオトに上から圧し潰されよう。

 逆に跳びあがって振るえば、そのまま小柄な体躯が吹き飛ばされる。

 しかし、戦いを挑んだ以上は士郎に引く選択肢は存在しない。掲げた目的からして、他者を守るために力を振るう以上、『錬鉄の英霊』は守るべきものに背を向けることなどある筈も無かった。

 であれば、その差をどう埋めるのか――士郎がイスカンダルに対抗できる策と言えば、まず一つ。

 ――――言うまでもない。それは、手数の多さ。

 錬鉄の名の通り、彼らは生み出す者。そして、その起源は『剣』。

 己が世界の内より知りうる武器を世界に創造し、それらを振るう戦いこそが彼らの戦いそのものである。

 が、そのままでは今回は分が悪い。故に、手段はその派生形となる。

「――投影(トレース)開始(オン)

 詠唱を口にし、生み出した剣たちへ命を下す。

凍結解除(フリーズアウト)――投影連続層射(ソードバレル・オープン)!」

 瞬間、射出された剣たちがイスカンダルを襲う。

 流石の征服王も、据えられたクラスの通り白兵戦に置いて絶対の力を発揮するタイプではないのは明白だ。

「ぐぉ……っ!?」

 降り注ぐ剣の雨を前にして、さしものイスカンダルも焦りを見せた。

 少なくとも、剣技に絶対の自信を掲げるタイプではない彼には、この剣を防ぎきるだけの力はない。おまけに、通常の回避手段である戦車(チャリオット)を呼び出す暇もなく、このままでは串刺しにされるのは明白である。

 このまま行けば詰みとなり、あとは此方の言い分を聞かせるのみ。

 無論そう易々と行くものではないが、イスカンダルは敗北の言い訳をするタイプではない。ならば、勝者には従うだろう。

 元より、この戦いはそういうものである。

 だが、訪れようとした結末を――。

 

「――――避けろ、ライダーッ!」

 

 それまでただの傍観者に過ぎなかった少年の声が妨げた。

『!?』

 

 令呪が発動したことを告げる赤い光が輝き、ウェイバーの手助けによりイスカンダルは九死に一生を得る。来るはずの終わりを拒むかのように、令呪による強制回避が成され、イスカンダルは士郎の剣の雨から逃れることが出来のである。

 が、唐突に起こったウェイバーの独断に、効力によって助かったイスカンダルでさえ戸惑いを隠せない。

 ……というよりも寧ろ、

「坊主……助かったが、流石にそれは無粋なのではないか?」

 何故ここまで来て己を助けたのかを不思議がってさえいた。

 先の問答。会談の場となった席で、ウェイバーはイスカンダルが言い放った言葉に驚きこそすれ、好色を示していたといは言い難かったというのに。

 そのことを訊くと、ウェイバーは苦い顔でこう応えた。

「う、うるさい! そりゃあ僕だって、お前の言い分には正直あきれた。……けど、だからってこんなことで負けられたら、その……なんだか後味が悪いじゃないか。

 ……それに少なくとも、聖杯の現出を進めたくないから僕が殺されることもないし、相手にだってバックアップはいるんだ。やるなら、とことんまでやれよ。だって、その……お前は、僕のサーヴァントなんだからさ……」

 還された応えに、イスカンダルはきょとんとした顔で、ウェイバーをまじまじと見た。

 その視線に耐えきれなかったのか、顔を逸らすなり、「さ、さっさと戦いに戻れよ!」と声を荒げるウェイバーだったが、イスカンダルはそれさえなんとも楽しそうに受け止める。

 何故か、などとは今更言うまい。

 元より、イスカンダルが誇る覇道とは仲間との絆。

 イスカンダルは一人で王になったわけではない。先ほどの戦闘同様、彼は弱点を突かれるなりすれば負けてしまう。

 無敵の存在などではなく、戦場に置いては命を落とすこともありうる存在なのだ。

 戦場に置いて生死は誰しもが等しくそうであるものだ。が、そうであるのだとしても、王であるならば、ただ死ぬことは許されない。それも、開き続けて来た王である彼ならば尚更に。

 紡ぐことこそが彼の本懐である以上、それを支えてきたのは友であり臣下だ。

 なればこそ、

「そうさなぁ……マスターにここまでお膳立てを貰ったのだ。少しばかり足りなかった覚悟を、入れなおさねばなるまい」

 現世に置いて手に入れた絆に守られたのであれば、その分を返さねばならない。何せ、彼こそはその覇道を謳われた者。

 だというのに、ここまで来て本質を見せつけずして、何が征服王だというのか。

「仕切り直し、と言うにはいささか無粋さもあったが、我がマスターは如何せんまだ青い。よって非礼の分は、至らなかった余が果たそう」

「だ、誰が青いって!?」

「まぁそういうな。偶然とはいえ、良い位置に逃がしてくれたおかげで助かっておるのは事実だ。それに、聖杯を現出させたくないのは本当らしい。キャスターはともかく、我らはあの影にされることもないようだしなぁ」

 勿論、状況は四面楚歌であるし、士郎がやられそうになったのならば皆血相を変えて飛び出してくるだろう。

 しかし、それがないのは(ひとえ)に、ここまで紡いできた士郎の信頼の賜物と言ったところか。加えて、当人もイスカンダルに対して卑怯だなどと罵ることも特にない。

 実際、これはサーヴァント同士の対決であり、マスターがそのバックアップをするのは別段変な事でもない。そもそも士郎とて、短期決戦でもなければ投影を乱発は出来ないのだ。必然というか、バックアップについてもらっている凛と桜の魔力を借りている身である。

 今の桜はあの泥と繋がっていた時とは少し異なり、いくら影を使えるといっても桜自身の魔術回路は未発達な状況でサファイアによるダウンロードを行った為、肉体が酷使できる限度も存在している。

 凛の様に既にある程度は鍛えられたものであったのなら、もう少し酷使は出来ただろうが、生憎と桜は無理矢理の調整の中で開かれただけで魔術回路自体は完全ではない。おまけに、器の無い状態でアイリから経路を自身に移し、キャスターを聖杯に送り届けたのだ。

 幼い肉体には過ぎた行為だ。

 いくら強かろうと、限度ギリギリであることに変わりはない。

 これが仮に、身体中が魔術回路の様なホムンクルスであれば多少は違ったかもしれないが、虚数を使える身で桜と同様に影を使える存在はそうはいない。それ故、桜を酷使出来ない状況にある。

 また、ウェイバーを殺してしまうと正規のラインを通ってイスカンダルが第聖杯へ送られてしまう。そうなると、ある程度の緩和策をとっているとはいえ、アイリに負担が掛かってしまうことになる。

 強行に出ることはできない。例え、あの切嗣であろうとも。

 他の面々も、この戦いは出来れば説得で終わらせたいと考えている。いくら数がいても、あの聖杯の中にはアンリマユがいる。だからこそ、戦力である英霊は多くて損はない。それゆえのこの状況であるが――。

 奇しくも、重なった思惑は士郎とイスカンダルの対決を推し進めるかのように進む。

 果たしてこの運命(Fate)はどちらに微笑むのか。

 その行く末を決定づけるための第一歩を先に踏み出したのは、イスカンダルであった。

 

 ――――彼の周囲を季節外れ熱風が吹き荒れ、石畳の上だというのに砂塵さえ舞い踊り始めた。

 

 一体、この風はどこから来るのか。

 場に集った者たちが浮かべたであろう疑問の答えを、彼らは次の瞬間否応なく知ることになる。

「さて、大分時間を食ったが……ここまでの無粋は全て、此処で清算させてもらおう……いや、そもそも我らは魅せ合うために剣を交わしたわけだが、まぁアレは余の完敗であった。だが、なればこそだ。マスターの生んだこの刹那に、我が全てを賭して貴様に示そう。

 今宵、我が覇道をここに記す――――!」

 最後の言葉に煽られるかの如く、熱風は最高潮に達した。

 そして、その場の全てが変わり――――

 

 

 

 ――――塗り替えられた場は、一転して、太陽が燃える砂漠となった。

 

 

 

「な――」

「……これ、は……」

「…………」

 一変した光景に、誰しもが息を呑む。

 其処は、不毛の平野。草木の一本もなく、見渡す限り灼熱の太陽に焼かれた砂漠が延々と広がっている。

 この現象は――。

「〝固有結界〟……か」

 宵闇を塗り替え、蒼穹の果ても見えぬ砂漠を照らす場を生み出したのは、他ならぬイスカンダルである。

 士郎を含め、此処の面々はイスカンダルの宝具を知らなかったこともあり、魔術師でもない〝ライダー〟のクラスに据えられた英霊が『固有結界』を使えることに驚きを隠せない。

 本来、『固有結界』とは己の心象風景を具現化する大禁呪であり、魔術の最奥にして、魔法に最も近い現象とさえされている。

 だが、これを使える術者は少ない。

 資質は勿論のこと、大半が仕様直後から世界からの〝修正力〟に屈して消え去ってしまう。

 しかし、イスカンダルの心象は消えない。

 ――一体何が、この『世界』を支えているのか。

 それは、

「驚いておるようだが、無論これは余一人の技ではない。魔術師でもない余がこの世界を形作れるのは、(ひとえ)に此処が我が軍勢の駆け抜けた地であるからこそ――!」

 イスカンダルは誇るように手を広げ、先程とは異なる位置から士郎たちへ語る。この『世界』が、どんなものであるのかを。

「かつてこの大地を駆け、苦楽を共にした勇者たちが等しく心に焼き付けた光景。この世界、この景観を形にできるのは、これが我ら全員の心象であるからさ!」

 何もなかった彼の背後から、足音が聞こえ始めた。それも一つ二つなどではなく、砂を踏み鳴らす音が際限なく増え続けていく――。

「見よ、我が無双の軍勢を!

 肉体は滅び、その魂は英霊として座に召し上げられて尚、余に忠義する伝説の勇者たち。時空を超え集う、永久の朋友たち――

 そう、彼らとの絆こそ我が至宝! 我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強宝具――『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』なり!!」

 高らかに宣言した通り、それはまさしく王の軍であった。

 マケドニアから世界へと飛び出し、己が国を広げ続けた王が率いた伝説の兵士たちが今、〝固有結界〟によってその伝説が現実となり、世界を塗り潰している。本来の使い手である魔術師ですらないにも関わらず、鋼の絆がこの『世界』を確かなものとしているのだ。

 ――なるほど、これが覇道か。

 士郎はこの世界を見て、そんな感慨を抱いた。

 恐らくは生前、イスカンダルは暴君であったのだろう。

 救うものではなく、導く者だった。

 士郎や、セイバーとは違う存在。守るためでなく、進むために戦い続ける。それこそが彼らの誇りであり、揺らぐことの無い矜持なのであろう。

 ならば、士郎が見せるべきは――――

「これこそが我が王道――

 さあ、次は貴様の番だ『錬鉄の()()』よ。何か持っておるのならば、その全てを余に見せてみよ――!」

 挑発的にイスカンダルが士郎にそういった。

 なんともらしい言動だが、士郎はそれを軽く皮肉交じりにこう返す。

「……敵に情けを懸けていいのかよ。世界征服がしたいんだろう? なら、こんなところで止まっていたくはないんじゃないのか、征服王」

 それに対し、イスカンダルは苦笑しながらこんなのことを宣った。

 曰く、

「いやなぁ、確かにそれはそうだがな。先ほどの一件も少し引っ掛かっているというのもあるが――そうさな、一番の理由は貴様が守るものである以上、いずれ余の前に立ちふさがるだろうからな。

 その時になって阻まれても面倒だ。なら、今のうちに叩いておく方がよかろうて。

 それにだ。先ほどの剣を生み出す魔術、アレがあれば余の軍はさらに強くなるであろう。余は気に入ったものは手に入れることにしているのだ。何せ、このイスカンダルは征服王であるが故」

 ということらしい。

 詰まるところ、気に入ったものは集めたがるわけだ。この王様は。

 納得した士郎は、礼を述べつつもその誘いを断った。

「……そうか。評価はありがたく受け取るけど、それは無理だ」

「ふむ……あれだけの剣を作れると判ったのなら、是非とも欲しかったのだがなぁ……」

「アンタが困ってるなら手は貸すのはやぶさかじゃない。でも、今は俺の大切なものを侵略する敵だからな。

 だから、今はお前を越えていく――――」

 そう、別に士郎はイスカンダルの気質は嫌いではない。だが、今は相対した敵である。

 彼は一度自分を殺した相手であろうが、必要とあらば手を借りるし、同盟とするのなら汲むことも拒まない。

 しかし、そんな彼をして越えられぬ一線がある。

 敵であれば、懐柔されるわけにはいかない。とりわけ、守るべきものがあるのならばなおさらに。

 故に見せよう、己が信念の全てを。

 ――右手を翳し、灼熱の大地を己の心象で塗り替えるべく詠唱を開始した。

「――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

「……ほう」

 イスカンダルは興味深そうに士郎の様を見届ける。

 その空白の刻は、異様なほどに静かだった。

 先程のイスカンダルが固有結界を発動した時とは異なり、派手さも鮮烈さもない詠唱のみが響き渡っていく。

 その身一つで、幾つもの戦場を越えて来た。

 紛い物の張った理想は借り物で、己などないまま、ブリキの騎士の様に世界を守ろうとした。故に、此処までに勝利も敗走もない。

 けれど、そこには確かな信念があった。

 彼の理想を支えてくれた少女たちのくれた思い、それらを背負ってここに立つ。

 最早、この身は無限さえ越えた。ブリキでも、機械でもなく。あふれ出す思いは確かに夢を残して――。

 〝正義の味方〟を目指し続けた少年は、この『世界』を果て無く広げて行く。

My all life was(打ち続けた体は)――――」

 この世界は、彼だけのものではない。担い手足る少年は、決して一人ではない。

 此処に至るまで紡いできた、彼と少女たちとの絆の証。

 進む道は異なろうと、それでも先を目指す標を失わないように結ばれた想いと共に、この『剣の世界』を織り成そう。

 其の名は――――

 

「――――“UNLIMTED BLADE WORKS”.(果て無き剣で出来ていた――!!)

 

 こうして、此処にもう一つの世界が生まれた。

 世界という飽和したキャンバスを、さらに塗り潰し合う二つの『世界』。

 鬩ぎ合い、ぶつかり合う両者の心の光景を形にしたもの。

 歩み続けた夢の果てへ続く道。

 それらが魅せるのは、己が信念の証。

 既に、力の在り方など意味をなさない。あとは、残ったものだけを示すのみ。

 

 

 

 ――――さあ、本番を始めよう。

   存分に己が世界を魅せ合おう。最果てに待つ、結末(ユメ)の為に――――

 

 

 

「くく――――フハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!! まさか貴様も〝固有結界〟の使い手とはなぁ! 成したことこそ聞いておったが、これは知らなんだ。

 面白い! 実に面白いではないか!!

 この展開は、実に我らが戦いに相応しい! では存分に死合い、魅せ合おうではないか。しかし降参するのならば今の内であるぞ? 何せ余は貴様が気に入った。是非とも貴様を真に我が軍勢に加えたい! 手に入らないとなれば、略奪せざるを得んからなぁ」

 不敵に笑うイスカンダル。

 だが、士郎はそれに対して同様に笑みで返す。

「そんなに仲間がいて、まだ物足りないのかよ。欲張りな王サマだな」

「まぁな……紡ぐ絆こそ我が至宝ゆえ、どうしても欲しくなるのよ。貴様こそ、それほどの『世界』がありながら剣だけというのはどうなのだ? その気になれば他のものも作れるだろうに」

「ああ――まぁ、剣が俺にとって一番相性がいいってのは事実だ。……それに、俺は〝鞘〟でもあるからな」

「ふむ……」

 この身の内にあった黄金の鞘、アレこそが彼の起源を創りだした始まりだった。

 遥かな時を越えて、常勝の王となった少女の鞘は錬鉄の英雄となるだろう少年の元へと流れつき、彼の為の世界を作り出す。

 彼の世界は運命の夜を経て、彼が歩むべき道を示した。

 そして今、その世界は王の世界と対峙する。

 誰かのために生きるという叶うことの無い世界は、呪いとさえ言えそうなユメであるが、それでもなお美しい。

 であるがゆえに、ここに示そう。

 まずは、一つ――――

「――――まぁ、細かいことは置いておくさ。

 行くぞ、征服王。見ての通り、ここに在るのは無限の剣。剣戟の極致の一つだ……お前の軍勢は越えられるか?」

 此処に、赤き騎士と同じ剣撃の極致を。

 対し、蹂躙の王はその世界を恐れることなく向かうことを選ぶ。

「おうとも。存分に来い、錬鉄の英雄よ。しかし、余たちの絆、貴様の剣で容易く断ち切れるほどの柔ではないがな。

 なぁ、そうであろう我が友よ!」

 鼓舞された戦士たちは、恐れることなく王の声に応えた。

『『『然り! 然り! 然り!』』』

 騒めき立つ軍勢の鬼気迫る迫力に空気が震撼する。

 だが、それを恐れることはなく――練達の英雄は、己の裡にある剣たちを従え連ね、躍らせる。

 

 

 

 ――――戦いの第二幕が、此処に上がる。

 

 

 

 *** 幕間 狭間の光景/終わりへの刹那

 

 

 

 地を踏み鳴らす大勢の足音(じなり)が響き、それらに対して()ち放たれる剣たちが風を薙ぐ。

 彼らの〝固有結界〟の発動に際して離れてしまった距離さえ、今この時には何の意味もなさなかった。

 目の前で起こる光景に、見る者たちは各々の感慨の中に囚われる。

 無限の名に相応しき剣の奔流と、それらを薙ぎ払っていく無双と謳われる勇者たち。

 両者の激突は、果たしてどちらに天秤を傾けるのだろう。

 見知ることは出来ない。だが、それでもそれぞれの心が、己が信念を示し合っている。

 否応もなく、その様は刻まれた。

 世界に、人の心に、そしてこの時に。

 色濃く、永久に続くのではないかと思われた。

 一進一退。決して進むことはないだろう戦況だと思われるほどだったのだ。

 けれど、何事にも終わりは訪れる。

 当然、この戦いにおいても。

 

「「「――――AAAALaLaLaLaLaie(アアアアララララライッ)!!」」」

 

 高らかに雄叫びを上げ、自らの軍勢(とも)と共に砂塵を踏み抜き、剣の丘へと駆け抜けて行く征服王。

 そして、それを迎え討つは無限の剣を従えた少年。

 果たして、この終わりを告げたのはどちらだったのか――――。

 

 

 

 ――――瞬間、槌音が響く。

 

 

 

 *** 己が真髄、打ち続けた先にあるモノ

 

 

 

 ――――なんてヤツだ。

 

 士郎は自身が撃ち放った剣を打ち払い、なおも進み行く軍勢に思わず瞠目した。

 一抹の恐れも感じさせない前進っぷりには、流石は征服王に忠義する勇者であると感服せざるを得ない。

 だが、士郎とてこのままおめおめとやられるわけにもいかない。

 このままでは接近戦を強いられることになるだろう。以前、遠坂邸訪問の際にギルガメッシュへ用いた方法で回避してもいいが、それでは一度背後から打ち放っている剣を止ませなくてはならない。

 かといって、このままでは負ける。

 少なくとも先ほどの様にイスカンダルだけに剣を集中させることはできなくなり、士郎が剣を振るうことになる。もし仮に、この体躯でなければそれも望むところだったが、いま取りうる手段としては下策だ。

 ならば、どうするのか――。

 連続の投影層写だけでは抑えきれず、また剣撃でも不利。且つ、この剣撃の奔流を前にしても、あの軍勢はこの剣の丘へと駆け上がって来るだろう。おまけに、士郎にとってこの場の勝利はイスカンダルを殺すことなく倒すことである。

 既に鬩ぎ合う世界の境界を当に越え、士郎の居る場所に辿り着くまでどの程度時間を要すことかさえ定かではない。

 そもそも、『王の軍勢』はイスカンダルの宝具としてされているが、実情は個の宝具とも言い難い。あの兵士たち全員がイスカンダルに忠義した彼の臣下であり、この結界を創り上げている者の術者でもある。

 つまるところ、あそこにいる全員がサーヴァントであり、同時に固有結界を宝具足らしめている存在なのだ。

 故に、頭を倒したところで結界が即時に消滅するということもないだろう。

 何故なら心象風景を具現化している固有結界は、世界の修正に抗い続けている限りは消えない。

 それも、複数の術者が行っているのであればなおのこと。

 打ち破るのならば、過半数を減らすか世界ごと切り裂くくらいしか方法はない。

 ――そのどちらを取るのか、或いは取りうるのか。

 士郎が持ちうる選択肢は、

「――――考えるまでもない。

 そんなのは、最初から決まってる……!」

 士郎の周囲に魔力が巡る。

 その様に、彼の元へと爆走するイスカンダルは何を見たのか。

 否。見えたものは、形を成していない。というよりも、巡る、という言葉自体が間違いだった。

「ほぉ……! まだ何か隠し玉があるのか!」

「ああ、当然だろ……? こんな軍勢を相手にするんだ。奥の手くらい、なきゃ勝てないに決まってる!」

 手をかざし、そこに一つの〝剣〟を生む。

 今更、と思うものがいたのならば浅はか極まりない。

「さっき、全てを見せろ、と言ったな。――認識が甘いぞ、征服王」

 何しろそれは、この世界を外へ生み出すためのきっかけに過ぎず、またその全ては其処にあるのだから。

「全てはもう此処に在る。今から見せるのは、贋作者(オレ)としての本質――」

 そう――。

 これは、己の心を形にする者が、己の外側へそれらを作り出すための器。

 戦うべき外敵を持たないからこそ、戦いはすなわち己以外にあり得ない。

 ……しかし、それだけでは足りない。

 そのままではただの現象に過ぎない。

 抱いた理想は、そんなものでは終われない。

 最初に何を願ったのか。――それは、救いだった。

 誰もが幸福であって欲しいという願い。それこそが始まりだった。

 故に、内側だけでは救えない。ただの機械では何も成せない。

 〝醜悪な正義の体現者〟のまま、終わるわけにはいないのだ。

 

 ならば、その為の術を此処に生み出せ――――

 

 

 

 *** 空白(ゼロ)を超えた最果ての『劔』 ――もう一つの〝極限〟――

 

 

 

 手に宿すは一振りの日本刀。

 銘はなく、かといって確固足るだけの力も無い。

 知りうる最も強大な剣とも、最も強い剣とも、最も尊い剣とも違う。

 何処のモノでもない、ただ一つの〝(うつわ)〟。

 孤高とも、孤独とも違う。

 この身は凡百、己の外に究極の一となり得るだけの剣は創れない。

 であればこそ、己が究極とは何か。その答えを探し、少年は決して歩みを止めず、内なる世界を墓標(つるぎ)で埋める。

 (つら)なる剣は、彼の足跡(あゆみ)そのもの。

 時に相まみえた強敵であり、時に焦がれた理想の証。

 仮に、その出会いの度に傷を増やそうと、この身に重なる想いが埋めていく。

 消えぬ(きず)となろうと、その(あと)が必ず先へ進む道になる。

 それで構わない。

 何も憂いなどあるものか。

 例え、永久に嗣ぎ跡を残すとも。この身の歩みは止まらない。

 ……そう。

 未だ届かぬ夢想(ユメ)であろうと、自身の最果てが伽藍であろうと。

  ――――目指した先に、自分だけの究極(こたえ)がある。

 瞬間。

 背後にあった草原さえも消え去り、列なる剣は一太刀の内へと内包されて行く。

 

 

 基は全にして一。

 一にして、全。

 であるがゆえに、これは無限を究極へと練り上げる一刀。

 己が裡に秘めし世界を外側へ生み出すための現象である。

 

 敵は世界を席巻した王。そして、彼の起こした嵐と共に駆ける勇者。

 であればこそ、この剣に込められた〝歩み〟をぶつけられる。

 ――――さあ、己が歩みを剣とせよ。

 

 

 

 そして、この理想が覇道を越え得るかを此処に示せ――――!

 

 

 

 

 

 

「――――投影(トレース)層写集約(オーバーライド)――――」

 

 

 

 

 

 

 〝――無、色ヲ取リ戻ス(空の身体、色彩を知る)

 

 

 初め、其処に色はなく。

 空の器を呪いで満たした。

 

 

 〝――戦士、則チ是記憶(心、この身に重ね宿す)

 

 

 偽物は夢に焦がれ、剣を造る。

 裡を埋める剣の記憶。

 (つわもの)たちに共振し、足りぬ己に重ね続けた。

 

 

 〝――夢、其処ニ偽リ無ク(理想、決して違わず)

 

 

 固めた決意を違えず、最果てへの夢を馳せる。

 導は胸に。

 見失うことも、

 忘れることも無く。

 少年はずっと、荒野の先を目指す。

 

 

 〝――想イ募リ、形ヲ成ス(強き祈り、夢へ至る)

 

 

 願ったのは、温かな世界。

 借り物であろうと、そう在れるのなら構わない。

 綺麗だと、

 美しいと、

 そうだと感じたからこそ、先にあるものを信じた。

 

 

 〝――内ニ残ス剣、全テ此処ニ(積み上げた願い束ね)

 

 

 歩んだ道に後悔は無い。

 けれど、平坦なものでも無い。

 涙があり、悲しみがあった。

 笑顔があり、喜びを見てきた。

 其々が同じだけ存在し、終わりは見つからない。

 焦がれた最果ての理想は遠く、だからこそ意味がある。

 

 

 〝――幻想ハ結ビ、理想ト成ル(ただ一つの剣を生む)

 

 

 紛い物であろうと、この身が成せることをしよう。

 そう、この身はただそれだけの為に。

 自分の全ては、守り生み出す為のモノ。

 

 

 〝――全、即チ是一(無限は極限)

 

 

 また、歩みは始まり世界は揺らぐ。

 争いは起こり、平和など泡沫の夢と消える。

 しかし、それならばその先にまた行こう。

 

 

 〝――一、即チ是全(極限は無限)

 

 

 路は此処に。

 清算は為さずとも、諦めなど微塵も無い。

 何故なら、そうでなくてはならないから。

 始まりであり、呪い。

 だが、絆であり理想。

 始まり(ゼロ)の先へ進む、少年の出した解答(こたえ)

 

 

 〝故ニ、剣ノ丘更ニ先ヘ(果てへの道は此処にあり)――――〟

 

 

 終わりの無い世界を今一つに。

 ひと時の終焉(やすらぎ)を此処に記そう。

 打ち付けた終止符で筆を止め、また再びそれを握る。

 そうして世界を劔に変え、紡がれし物語の終始の地を形創る。

 

 

 

 〝――――此処ハ対ノ極、剣戟ノ極地ナリ(この手に象るは理想、示すは業の清算)

 

 

 幻想を結び続けた極めの一刀。それは、重ね続けた『世界』という万象を単一の『劔』へと集約させる絶技。

 これこそ、理想を求めた少年の心そのモノだ。

 最初に偽り、次に偽善。

 空の身体に納めた剣。

 その剣たちが吸い続けた血の味を、裏にあった担い手たちの想念を束ねる。

 憧れた聖剣が希望を謳う様に、この『劔』は怨恨の浄化を願うモノ。

 ヒトの重ねた業を断ち、先への道を紡ぐためのモノである。

 故に、(めい)じる其の真名()は――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――無を極め到りし、夢幻の劔(リミテッド/ゼロオーバー)……ッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そうして、振るわれた劔が世界を裂いた。

 

 

 


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