Fate/Zero Over   作:形右

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 決着。
 そして、その先へ。


第三〇話 ~世界は裂かれ、そして杯への路を辿る~

 裂かれた『世界』、そして――

 

 

 

「……いやぁ、こりゃまいったわい……」

 

 城の石畳の上に仰向けに転がったまま、イスカンダルはそう呟いた。

 感嘆とも悔恨とも違うような、途方も無いモノを見せられたという感慨と共に。

 

 ――――放たれた一撃は、彼の『世界』を裂いた。

 

 一切の妥協なく高められた一閃。

 まごうことなく――アレは()ち続けられ、鍛え上げられた一刀であった。

 剣の丘の先。その全てを束ねぶつける技。

 ――――更にその本質は、破壊に非ず。

 理想を賭したあの『劔』は、イスカンダルの〝固有結界〟と共に、英霊としての一切の争いを生む力を拭い去っていった。無論、全てを奪い去ることなどで気はしまい。事実こうして寝転がっている間にも、徐々にイスカンダルの中にぬぐい去られた欠片が戻ってくる感覚がある。

 しかしだ。仮に戻らなかったとして、イスカンダルは士郎を罵ることがあっただろうか。

 本来であればこんな状況は、〝生かさず殺さず〟も良いところである。

 己が正道には正義なくして悔恨を生まずのイスカンダルであるが、自身が敵を蹂躙することで滅ぼし、それらを恥ずかしめる行為は認めない。

 今まさしく我が身で受けているのは、その筈か締めに等しい行為だといえる。……だというのに、不思議とこの状況に一切の怒りが浮かぶことはなかった。

 残っているのは、途方もなく出し切った高揚のみ。真に強者足る敵を前にして敗北し、命を散らす際の様な気分だけである。実際のところ、別にこうしていても死ぬことはなく、またマスターであるウェイバーとの契約(パス)が消えることもない。

 死なず、けれど生きず。

 まるで真昼の幽霊の如く間の抜けた間隔だ。

 この状況を与えたのが、先ほど『劔』。

 正しく、怨恨や業を絶つモノだというのか。

『錬鉄の英雄』……則ち、『正義の味方』の辿り着き、未だ先を目指す為の力――――

 

 

 

(――――いや。そんな生温いもんでも無いなぁ、ありゃあ……)

 

 

 

 そんな綺麗なものではない。

 小綺麗なだけの〝正義〟などではあんなモノは生まれない。

 人々の争いを遂げる力であるにも関わらず、争いの場で用いられる力。

 当然であると共に、決定的な矛盾を孕むアレは――。

 確かに絶技と呼ぶに相応しい威力を持ってはいた。だが、其処に込められた効果は破壊力等という単純なモノでもない。

 そして、あの一撃の刹那に。

 イスカンダルは間違いなく、あの世界全てにあった兵どもの記憶を見た。

 絶たれた刻になだれ込んだ光景は、劔の持つ効果とは裏腹に、どこまでもドス黒い色に塗れていた。

 最初に地獄。最後に待つ情景は叶うのかさえ定かではない。

 どこまでも延々続く果ての無き逡巡。それは世界にあるべきものであるのに、たった一人の内側(なか)で巡り続ける。

 まるで、他人(ヒト)の背負う業の器。押しつけられたモノを背負うどころか、担おうとさえ足掻く。

 なんと醜い。

 なんと罪深い。

 なんと意味の無い。

 いっそ無価値と言えそうな程に。……否、寧ろそれで諦めが付くのなら、まだマシな方だ。

 何処までも終わらせない呪い。だからこそ、諦めや後悔を抱くことがない。

 それではまるでただの現象。或いは機械。

 少なくとも、ヒトの生き方ではない『何か』――だというのに、そうであっても尚、先を目指した男の生き様は酷く尊いものであった。

 成る程、確かにアレはヒトの生き方でない。

 けれど、どうしようもなくアレはヒトの願いそのものだ。

 ヒトの機能を失ったブリキの騎士は、その実誰よりもヒトであろうとし、同時にヒトでなさ過ぎたが故に、ヒトで在り過ぎたのである。

 

 

 誰かの為にと言う願い/その始まりは己の憧れ。

 

 全てを守らなくてはならないと言う義務/それは大切過ぎたが為に。

 

 美しいと感じた理想は汚れの塊/そんな偽善さえも最後は最果ての路を見つけた。

 

 ――そう。何時までもしがみついて来ただけに見えた展望は、実のところ、何よりも根深くヒトの持つ一つの本質。

 己が利を求める心の対極にある、他の平穏を願う心そのもの。

 空想夢想の類でしかなく、決して両立できぬ在り方であるのに、それでも男はどこまでも〝そう在った〟のだ。

 

「…………」

 

 かつて最果ての海を目指した男は、同じ様に星を目指した男の生き様に屈していた。

「……まだまだ見果てぬ先かあったということか……」

 両者の思いに優劣()は存在しない。

 しかし、此度の路は僅かに針を傾けた。

 賭けた想い、その執念の重み。そんな、どうしようもなくヒトでなく、同時にどこまでもヒトであった少年の夢が――――王の道を、阻んだのであった。

 

 

 

「――――俺の勝ちだ、征服王」

 

 

 

 近づいて来るはずの声をどことなく遠く感じながら、イスカンダルは返答を返した。

「然り。そして我らの敗北であるなぁ……何とも惜しい、実に心踊ったのだがなぁ」

 残念そうな口ぶりであったが、気分は晴れやかである。

 あれほどのものを見て尚、まだ美しさを失わない理想。

 そこに、確かな〝極〟を見た。

 後悔など浮かぶはずもなく、先への大望が霞むこともない。だが、確かに此度において、自身は敗北を喫したのだと理解した。

 そんな心さえ、知るかのようにこう返された。

「なら、また目指せばいいさ―――俺もまだ、夢の途中だ」

 己よりも先を進んだ男がそう言うのであれば、それは恐らく真実なのだろう。

 果ては人の夢の数だけ無数にあり、内いくつかと重なり、敗北してもなお先へ進むものであるのだから。

 そう。詰まるところ、叶わぬ夢にこそ――人は挑むのである。

「……そうさなぁ、確かにその通りだ。

 見果てぬからこそ、夢は挑むものであるからな――――」

 目を閉じ、深く想いを馳せる。……今回も届くことのなかった、最果ての海へと。

 しかし到達せぬからこそ、夢は尽きない。同時に果てに至ったとしても、更に果てを目指す事も出来る。

 いくらでも続く、終わりの無き路。

 ――なればこそ、阻まれるもまた一興か。

 

「して、貴様は敗北者である余に何を望む?」

「……別に俺は、お前から何かを簒奪がしたいわけじゃないぞ」

「そうとも限るまい。こうして阻まれただけでも、十分に夢を取られた様なものであるからなぁ」

「…………」

 確かにそうかも知れないが、そこまで言うからには、もう答えは分かっているのではないだろうか。いや、この王様ならば求める答えは間違いなく知っているだろうな、と士郎は思う。

 その上でこう問いかけてくるのだから、全く、一筋縄でいかないことこの上ない。

 少将の呆れを伴いながら、士郎は改めてイスカンダルに己の頼みを口にした。

「それなら、敢えてこう言う。

 ――――俺たちの味方に付いて、手を貸してくれ。大聖杯を解体する為に」

 そう言って、手を差し出す士郎。

「やれやれ、現し身の身体さえも失うことになろうとはなぁ……しかし良かろう! 敗者にクチナシとこの国では言うらしいからな、大人しく貴様らに協力してやろうではないか」

 それを受けて、イスカンダルは残念そうに口を開きながらも、最後には豪快な笑い共に彼の手を取った。……体格差ゆえ、引っ張り起こす事は出来なかったのは少し格好がつかなかったが、まあそれも情緒と笑い飛ばす。

 敵であろうと、利害や人柄の一致があれば悔恨を残さない。この辺り、士郎とイスカンダルは何処か似ていた。

 戦いの最中で交わした言葉の通り、イスカンダルは士郎が気に入っており、士郎も別にイスカンダルは嫌いではない。

 勝者と敗者が分かたれたにも関わらず、彼らの心内はこの上なく晴れやかであった。

 イスカンダルはこうして敗北を認め、此方側につくことに。

 が、そうなると同時に彼のマスターであるウェイバーの聖杯戦争も終わりということになる。

 停戦に納得していたようだが、イスカンダルに助力をした辺り、未練があるかのように取れなくもない。だが、戦いの中で聞いた限り、あれは未練などではなく――。

 詰まる所。彼もまた、先が見てみたかった者の一人であったと言うことだ。大馬鹿極まりない行為だと蔑む者もいるだろうが、この場に置いてそれはない。

 何故かと是非を問うまでもなく。ここに集まった面々もまた、突き詰めれば途方も無い大馬鹿ばかりであるが故に。

 だからか、イスカンダルも今回ばかりは低姿勢な態度である。

 本当に悪かったと言うように、ウェイバーとこんなことを語らっていた。

「済まんなあ、坊主。助力を受けたのに負けてしまったわい」

「……別に良い。

 初めから、特に願いはなかったからな。それに聖杯の汚染されてるなら、そっちをどうにかした方が名を売るには良いし……」

 納得はした。理解はした。

 と、一先ずはそう言うことであるらしいのだが、イスカンダルはウェイバーの弁に何か思うところがあるようである。

「ふぅむ……」

「な、なんだよ……まだなんか気にかかることでもあるのかよ?」

 その視線を訝しむ様にウェイバーはこう訊ねると、イスカンダルはあろうかとかこんなことを言い出した。

 

「いやぁ、余としてはやっと坊主がやっとそれらしくなったかと思ったのだがなぁ……やはり背丈がなぁ」

「そっちかよ!」

 

 何だかいい雰囲気というか、折角らしい信頼関係が出来始めたかと思えば、一番最初の頃に言われたコンプレックスをまた蒸し返され、ウェイバーは驚愕と羞恥心の双方に苛まれた。

「うっさいうっさい!!

 何だよ! 少しは負けて大人しくなったかと思えばコレかよ!?」

「だってなぁ……やはり男は丈があった方がそれらしく見えるものだぞ? せっかくアレだけの男気を見せても、これでは締まらんだろうが」

 何となく憐れまれる視線。

 そこまで言うか!? と、ウェイバーは喚く様に突っかかる。

「良いんだよ! そのうち伸びるんだから!」

「だってなぁ……坊主、今十九かそこらだろうに。もうとっくに伸び時を過ぎてあるのでは無いか?」

「だあああぁ! ンなコトどうでもいいだろ!! もうほっといてくれよ!」

 コミカルなやり取りにすっかり毒気を抜かれた(さっきまで空気だった)一同は、この二人なら色んな意味で大丈夫そうだと思い直して宴の残りを片付け始める。

 ……若干名気まずそうにしている面子もいたが、そこはギリギリ酒を酌み交わす程度には関係が修繕されていたのでよしとしよう(流石はブラウニー、仕事が早いと修繕も楽だネ!)。

「……ランサー、今宵は少し付き合え。我々には語らいが足りなかった様だ……」

「あ、主……!!」

「…………えっと、その……セイバー」

「……(びくっ)」

「いや……なんというか…………」

「(ほら、切嗣。頑張って!)」「(じーさん、ファイトー)」

「……うん……えっと……なんというか、取り敢えずゴメン」

「……いえ、その……私もその……すみませんでした」

「……うん」

「……はい」

「いや、二人ともそんな固くならなくても」

「「でも……」」

「おいおい……」

 こんな光景が生まれていた。――平和だ。

 ライダー陣営のバタフライエフェクトばない。……尤も、当の本人らはまだ漫才を続けていたが。

 と、そんな中未だにギャーギャーとイスカンダルに噛み付いているウェイバーへ向け、するりとやってきたモノが一つ。

『ふぅっふっふっ♪ だいじょーぶですよぉ〜』

「は? ――って、うあっ!? な、何だこのヘンなの!?」

 ウネウネと獲物を見つけた蛇の様に寄る珍妙な物体に、ウェイバーは驚いて飛び退くが、その程度でコイツは躱せない。……というか、躱せたら苦労しない(by被害者同盟)。

『むむむっ! 第二魔法を司るマジカルステッキに向かって、ヘンなのとは失敬な! せっかく耳寄りの情報をお届けして差し上げようと思いましたのにぃー!』

「だ、第二魔法? ……これが?」

 訝かしむウェイバーだったが、傍らのケイネスがガチ震いしているのを見て認識を改めた。

「……誠に遺憾ながらね。ともかく気をつけたまえよウェイバー君。下手をすれば…………いや、まあ……頑張りたまえ」

「何を!?」

「安心……は出来ないが、まあ死ぬことはない。……あぁ、死ぬことはないのだよ」

(それ死ぬことはないだけで単純に地獄なんじゃ――――!?)

 そんな経緯で、何故か変な師弟の通じ合いが生まれた。

 これがルビーちゃんクオリティだよ、やったね! 大勝利街道(ハッピーエンド)まっしぐらだよ!!

 益々勢い(調子)に乗ったルビーは場を捲し立てていく。

『さてさて~♪ ではウェイバーさんには、早速シュミレーションモードを――「やめい」――あぁ! そんな凛さんご無体な~~ッ!? 良いんですか? こんな横暴マスターしてると見限っちゃいますよ!? 浮気しちゃいますよ!?』

「まあ、今だけ使えればそんなに……困んないわね。うん」

『そ、そんなぁ~!? わたしと凛さんとの(ラブでパわぁ~な)血塗れの絆は嘘だったんですかぁ~~~!!』

『いえ、姉さん。今回は正直そろそろ収拾が付かないので、凛様の判断は非常に的確かと思われます。それと、正直最後の字面があまり芳しくありません』

『ガガーン!? そ、そんなぁ……サファイアちゃんまで~っ!! しかも何気に最後のところまでディスられた!?』

「はいはい、良いからもう落ち着きなさいこのアホステッキ(ルビー)

『ちょっ、凛さん! そのルビはどうかと思うんですがショックなんですが、ですが!?』

「どっかの武将みたいな繰り返ししなくて良いわよめざとい奴ね。言いかげんこの混沌とした場を前に進めなきゃ話が進まないでしょう」

『内外的な意味で?』

「しつこい!」

『あうっ!?』

 石畳にルビーを踏みつけながら、凛は早速本題へ話を戻していった。

「ふぅ、では先に話を進めましょう……って、今更確認するほどでもないんだけど。

 まぁそれでも、最終確認くらいはしときましょうか。

 わたしたちの目的はこの冬木の地下にある大聖杯によって開かれている聖杯戦争の終結。そして、内部に巣食っているこの世全ての悪(アンリ・マユ)の摘出よ。

 現状において、大聖杯を破壊するだけなら戦力は十分。ただ、ほんの少しでも〝泥〟が零れたらこの土地や世界にまで被害は広がる。本来なら、時間を掛けて魔力を抜くべきではあるんだけど……いまの聖杯には飽和した魔力が溜まったままになっているから、下手をすれば溢れる可能性は否定できない。

 ――――だから、一度その魔力を抜く為の策を此処に提案するわ」

「その策とは何だね、遠坂の令嬢」

 ケイネスの問いに、凛はこう応えた。

「難しいものじゃないわ。策としては単純も単純、様は力押しよ。

 泥に指向性を持たせてカタチを与えて戦争しても良いけど、せっかく此処にはこんなにも強力な宝具持ちが居るんだもの。使わなきゃ勿体ないわ」

 つまり彼女の策は、

 

 

「――――――最大火力で以て一気に終わらせる!!」

 

 

 大火力攻撃は、英雄の華。

 そうといわんばかりのごり押しであった。

 

 

 


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