Fate/Zero Over   作:形右

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 何というか、日常とシリアスの配分って難しいですよね。


第三十一話 ~最後の夜へ向けた混沌~

 決戦の明けた城にて

 

 

 

 イスカンダルと士郎が激突の翌日のこと――。

 アインツベルンの城に部屋を割り当てられた面々はそこで、僅かばかりの休息(すいみん)を取っていた。

 しかし、そんな浅い眠りの世界は明け、再び戦いの終結へ向けた場が設けられる。

 それこそが、〝第四次聖杯戦争〟を、如何にして万全の状態で締めくくるのかを議論しあう為に開かれた、最後の夜へ向けた作戦会議である。

 

 

 

 ***

 

 

 

 城の中にあるサロンの一室。

 無駄に広いこの城には、切嗣とケイネスがある程度戦闘した後とはいえ、使える部屋はまだかなり残っている。

 ついでに言えば、どうしても駄目そうな部分は士郎が投影を駆使して修繕済みである。流石は穂村原――ひいては冬木の小妖精(ブラウニー)といったところか。

 さて。

 そんな彼の尽力も在り、会議の為の部屋は滞りなく用意できた。

 更には、先日の戦闘の後に陣営内での友好関係は第四次開始当時の一〇〇倍くらいには高まってる。

 まさしく体制は万全。であればあとは、残る問題を解決するのみであるのだが――生憎と、そう簡単にいけば苦労はない。

 何故かというと、

「おい遠坂。なあ、そろそろ起きてくれって……」

「んー……、やぁ~」

「……駄目だこりゃ。相変わらず朝弱いのな、こいつは」

「あ、先輩。ご飯の方は用意できてますよ? 姉さんは……まだ、みたいですので、わたしが着替えさせておきますから」

「ああ、悪いな桜」

 ばかばかしい理由であるが、始める為に必要な言い出しっぺが低血圧だったというだけの話である。

 

「姉さん? 歩きますよ~?」

「ぁー……」

 

 妹に連れられて部屋に引っ込んだ寝起きの(まだ起きてはない)凛が消えたところで、士郎はサロンに運んだ朝食の具合を確かめに行く。

 しかし、彼がサロンに入ると、其処は。

「おーい、ご飯足りてるかー? ……え?」

 

 ――何故か和やかな朝のひとときとはほど遠い、戦場と化していた。

 

「……英雄王。貴様、それが私のだし巻き卵と知っての狼藉か? あろうことか、大根おろしまでこの皿から……!」

「くく、何を言うかと思えば、騎士王ともあろう者がかくも矮小な物言いだな。士郎と桜は(オレ)の専属料理人だ。彼奴らがこうして饗するからには、無論好き好きに食べるのも構うまい。だがな、あれらが(オレ)のお気に入りである以上、この(オレ)がどう食べるかは(オレ)が決めるものである」

「世迷い言を……! 桜は確かに、今の私にとっては縁が薄いのは否めない。だが、シロウに関して言えば、彼があの『世界』を持つ以上、私の鞘であることに変わりない。故に、シロウの料理は私の物だ! ――な!? 征服王、よもや貴様まで!!」

「ふははは、油断大敵だぞ? セイバーにアーチャー。これほどの馳走であるならば、余もまた所為はせねばなるまいて!」

「どうやら自身の領分を弁えぬ輩だったな、賊の王よ。この場で(オレ)が直々に裁定を下してやる。――今すぐそのエッグベネティクトを我に返せ雑種ぅううう!!」

 

「…………なんでさ」

 

 古より、食を共にすると絆が深まるという。――が、何故か今朝は逆効果であった。

 故に、此処に教訓を記そう。

 美味すぎる物は、逆に争いを生むこともあるのであると。

 尚、魔力消費(ねんぴ)が良いランサーは先にマスター側に移って見ないふり。またランスロットは逆に、マスターの魔力供給量が少なすぎるので専用の物を用意してあったので知らぬ存ぜぬで目の前の食事にがっついている。

 そして、他のマスター勢はというと――

 英霊がこんなことで争うのもそうだが、遠慮無く威圧を放っている状況にすっかり腰を抜かしかけている(主にウェイバー)。

 これはなんかしなくてはと、士郎は早速対抗策に出る。

「…………追加作ってきてやるから、喧嘩するなよ。

 追加は、何が良い?」

 

 

「「「「アスパラベーコン/だし巻き卵/エビのリゾット/フリッタータ!!!!!!」」」」

 

 息ぴったりであった。そして、何故貴様もいるのかランスロットよ。

 とまぁ、こんなアホらしくも愛すべき英雄たちに早速追加を振る舞うことになった士郎であったとさ。

 因みにこの騒動は桜が凛を連れてくるまでたっぷり三〇分以上続き、途中でまたギルがセイバーにちょっかいを出し、彼女がオルタ化してしまう騒動まで引き起こしたのは余談である。

 

 

 

「シロウ、ハンバーガーとナゲット追加だ」

「なんでさ!?」

「あー、ごめん士郎。僕も……」

「ほう……? キリツグ、貴方はもっといけ好かないマスターかと思ったが、なかなかに見所があるようだ。これまでの無礼を〝(あお)〟に変わって謝罪しよう」

「あ、ああ……そうかい? いや、光栄かな。僕としても…………最初から、黒い方が良かったかもなぁ(ギルとランスロットを足蹴にながらふんぞり返るオルタを見ながら)」

「ふ、やはり時代は青より黒だな。――おい、動くでないぞ下郎ども。座りずらい」

「Gaaaaaaa……AAAAA! Ar……thuraaaaaaaaaaa……!!!!!!」

「ぐっ…………………………好きだ……っ(ぼそっ)」

「お、落ち着けそこ二人! 戻れなくなるぞ!?」

「あぁ……わたしは、こうして……裁かれたかった……!!」

「違うそれ裁きじゃない絶対違うから!」

「邪魔をするな士郎……これは、(オレ)の知らぬもう一つの箱庭(せかい)……!!」

「戻れギルガメッシュ!」

「うるさい。それよりシロウ。ジャンクフード、追加だ」

「ぐっ……!? ああ、もう――――――なんでさぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 ――――そして、泣く泣く作り出されたジャンクフードはセイバーのお腹に収まり、黒が満足して青が帰ってきた頃。

 ようやく赤と黒の悪魔姉妹が戻ってきたことで、場はもう一度平穏を取り戻した。

 だた一人、士郎という犠牲を残して……。

 

『士郎のご飯ライフ(第四次Ver)は犠牲になったのだ。彼がセイバーに甘いという、彼自身の業の犠牲にな……』

『姉さん。初台詞がそれなのはどうかと思うのですが』

『えぇ~? 良いじゃないですかぁ、どーせこの後少し堅苦しくなるんですしぃ~~』

『はぁ……』

『さてさて~。わたしたちの愛しのマスター方が戻ってきたようですし、作戦会議を始めましょー♪』

『脱線しないことを祈るばかりですね』

 

 

 

 *** 『会議の結論:娘を救うためにLet's_Germany♪』

 

 

 

 漸くと言うべきか、やっとこさ作戦会議の体を成し始めた話し合いの場において、マスターたちは大聖杯に対し、どういった手順で以て、昨夜語った策を実行するかを論議していた。

「それで、ミス遠坂。力押しとは言うが、結局どのように大聖杯そのものに攻撃を加えるのかね? 君の話では、中に巣喰うこの世全ての悪(アンリ・マユ)を外に出すと危険だと言うことだったのだが……」

 一体、いかようにして其処までの路を開くのか。

 話し合いが始まったいの一番に、ケイネスは凛にそう問うた。

 実際のところ、確かに大聖杯そのものを壊す事で外に漏れ出す可能性はなくはない。大空洞の奥にあるとはいえ、結局アレは龍脈の上に陣取っている器であり、起動式であり、また同時に巨大な魔術回路でもある。

 仮に外に一部が形を成し始めているとか、満杯で無い程度に魔力が抜けているならともかく、現在の飽和状態での攻撃は愚策と成りかねない。

 常識出考えれば、壊せば済むと言う話しでもなさそうなものだが、その辺りは凛にも考えがあるようだ。

「確かにただ壊すだけでは意味が無いわね。――でも、そこに関してわたしたちを見くびらないでもらえるかしら。ね、桜?」

「はい姉さん。

 ケイネスさんのおっしゃるとおり〝繋ぐ〟ことは必要ですけど、不確定なものを扱うのはわたしの得意分野ですし、〝孔〟を繋ぐだけなら、今のわたしでも経験から行うことは可能です」

 片や、魔術における全属性を併せ持った万能のアベレージ・ワン。

 片や、架空元素・虚数と小聖杯としての経験を持つイレギュラー。

 まさしく、遠坂と禅定の血を継ぐ姉妹は化け物じみた組み合わせであった。

「……なるほど。

 アンリ・マユまでの道筋を作りだし、あとは宝具でその〝孔〟を通して宝具による攻撃を叩き込むというわけか」

「ええ。ただ、これは遠距離且つ大規模な攻撃を放てる英霊に任せるのが妥当ね。

 セイバーの聖剣、ギルの乖離剣、士郎の劔。この三つがとりあえず〝孔〟に打ち込める圧倒的火力持ちと言って良いわ。

 ディルやイスカンダル、ランスロットの宝具はあまり聖杯の奥にあるアンリ・マユには向かないけれど、その分僅かにでも外に漏れ出した泥には友好だわ。泥は英霊にとって必殺に近い力を有しているとは言っても、所詮は魔力の固まり。

 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)なら断ち切れるし、奥底が消えた状態なら王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)にいる英霊たちでも殺せる筈だわ。ランスロットは白兵には万能だし、多数との戦いもこなせるタイプでもあるしね。

 ――――ま、仮に出来なくても士郎とギルから対魔術・呪術用の武器ふんだくってでも戦わせるけど」

 と、さりげにサラっと最後に付け加え、使い潰す気で居るから覚悟しろと言外に告げたあかいあくま。どうやら決めてしまった以上、彼女に妥協を求めることはできそうもないらしい。

 そんな流れで大雑把に進むものの、わりかし的を射ているだけに反論のしようも無い。

 端的に言って、アンリ・マユは所詮『呪いの塊』だ。浄化・破壊出来るだけの力があれば、それをぶつけることで消滅させられる。突き詰めてしまえば最後はそれだけの話であるのだ。

 さて、主立った懸念は失せた。

 英霊たちも基本協力的である。また、唯一の懸念材料も今となっては形無しだ。

 流石は悪魔姉妹と言ったところか、彼女らは既にこの世界の支配権を得たも同然である。

 ……おかしい。これは正義の味方が始めた物語だったはずなのだが、いつの間にか裏の流れ全てが掌握されている不思議。

 女は恐ろしいものである。しかし、したたかであろうと強い限りはまあ良しとしよう。

 素直が一番だ。……足が痛いとか言い出したら怖いのだけれども。ふとそんなことを思った深緑の騎士が、錬鉄の英雄を少し温い目で見たのは無理からぬことであっただろう。

 

 と、主に戦いの方に関してはケリが付いた。

 残るは、〝聖杯戦争〟を完全に終わらせる為に周囲をどう整えるかだ。

 

 冬木における根回しは聖堂教会側と遠坂家の方で何とかなる。

 そもそも戦う場が大空洞だ。柳洞寺の面々を退避させればほぼ事足りると言っても良い。

 このほかにあるとすれば、それは――――

 

 

 

 ――そう。

 アインツベルン本家に残された、次世代の小聖杯――イリヤの事についてだ。

「あとはイリヤね。あの子がアインツベルンに残っていると、〝聖杯戦争〟の火種として使われる可能性があるわ」

 大聖杯が使い物にならないのだとしても、聖杯(ひがん)の完遂のために利用されること請け合いである。

 せっかく両親と暮らせる可能性があるのに、それはあまりにも酷な話だ。

 故に、

「……ま、そうじゃなくても助けるけどね。士郎もやる気みたいだし」

「当たり前だろ」

 即答するは、彼女の弟にして兄である少年。

 彼の返事は予想できていたとはいえ、些かこうも素直だとなんとも良い方ものがある。だからというわけでもないが、凛はため息を吐きながら士郎に呆れたようにこう返す。

「はいはい。ホント、アンタはセイバーとイリヤに甘いわね……殺されても平気で妹扱いしてたし」

 その指摘は耳が痛いが、士郎としてもこればかりは譲れない。

「……イリヤは知らなかっただけなんだ。それに、今なら――」

 せっかく、本当はたどれる筈だった家族の時間を取り戻せるところまで来たのだ。なら、むざむざ無に還す訳にもいかない。

「そうね。じゃあ早速、冬のお姫様をお迎えに行きましょうか」

「あの、凛ちゃん? イリヤを迎えに行くのを手伝ってもらえるのは有り難いんだけれど……今からアインツベルンまで行くと、かなり掛かると思うの。移動手段はどうするのかしら?」

 飛行機で地道に、なんて間を取っていたら本家の方に気づかれる可能性もある。

 が、もちろん凛としてもそんな間抜けなことを言い出す気は無い。

 アイリの問いに笑みで返すと、ギルガメッシュとイスカンダルに視線を向ける。

 のろのろしていう間はない。

 ならどうするのか? ――答えは単純である。

 

 

 

 ――――ちょうど此処には、神代の移動手段を併せ持った英霊が二人居て、片方は某青狸の四次元ポケット的な者まで持っている。

 なら、ちょうど良いではないか。

 

「あら、言わなかったかしら?

 最初から最後まで、やるなら全力全開だ、って」

 

 

 

『アインツベルンよ、幼女の命は悲願より重いと知れ――な~んちゃってぇ♪ やだぁ~、ルビーちゃんってばお茶目さん♪』

『姉さん。正直、今回のわたしたちの役がかなり酷いのは姉さんの性格の所為だと思います。主に、コメディ的な意味で』

『なんと!? いやいや、でもあんまり重くてもいけませんよ~。

 そもそも、このわたしが居る時点で、悲劇なんて(わたしの好みの範囲でしか)起こさせる気は無いですし☆』

『……はぁ』

 

 …………割と冗談抜きで、アインツベルンの明日はどっちだ。

 

 

 

 *** 冬のお姫様を救出せよ!

 

 

 

 深い積雪に覆われた、ドイツの奥地にあるアインツベルン本家。

 千年以上にわたる錬金術の大家であるアインツベルンの構える城は、森を取り囲んだ結界と、守護を担当する戦闘用のホムンクルスたちによって守られている。

 既に盲目した当の悲願とは裏腹に、城は純潔を思わせるほどに白く清廉なままに保たれている。

 そんな城の中に、一人の少女がいた。

 名は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 彼女は切嗣とアイリの娘であり、母譲りの銀髪と紅の双眸をもった、雪の妖精を思わせるような姿の幼い少女である。

 しかし、まだまだ歳行かない少女であるにも拘わらず、イリヤはどことなく寂しげな顔で広い天蓋付きのベッドに寝転がって大人しくしている。

 ほんの二週間ほど前までとは偉い変わり様だ。

 まだ父母が城に居た頃は、メイドたちも手を焼かされるほどのお転婆娘であったのに、両親が日本の冬木へ旅立ってからはすっかりそのお転婆もなりをひそめ、快活さを表に出さない大人しい少女になってしまっていた。

 そうしてベッドに転がって寝返りを打つだけの彼女を、心配そうに傍らで見守っているメイドが二人。

 イリヤの専属であるセラと、リーゼリットである。

 この二人は姉妹型として鋳造された身であるが、セラは魔術的、リズは戦闘向けに機能を調整されているため、正確や容姿は割と違いが大きく出ている。主に性格的な部分が強く違っており、リズはセラに比べ自我が希薄な面が強い。

 だが、そうした部分は些末名問題でしかなく――

 二人にとって何よりも大切なのは、今ベッドの上で気落ちしているイリヤのことについてだった。

 苛烈きわまる戦争について、まだ調整が本格的に始まっていないイリヤはあまり知らない。無論、こんな人里離れたところに住んでいる以上、魔術師としての素養としてそれらをしらない訳でもない。

 つまるところ、まだ学びかけの雛鳥の様なものだ。

 故にと言うべきか、イリヤは父母が早く帰ってきてくれる事を心待ちにしている。

 〝大変なお仕事〟を終えたら、きっとまた少し前までの日常が帰ってくるのだと、そう信じながら日々を過ごす。

 けれど、やはりそれも幼い子供には辛いものがあるのも事実。

 人間とホムンクルスの間に生まれた彼女は、元から施されるべき知識などはなく――まさに神秘と言っても良い割合を保ちながら、ある一つの究極的な命の形を得ている。だからこそアインツベルンのホムンクルスたちは彼女を神格化すると同時に、大切な令嬢として守ってもいる。

 しかし、その弊害というのか、精神性は幼い。

 だからこそ辛さを、寂しさを感じてしまうイリヤを、セラたちを含めたメイドたちはどう接するべきかを日々悩み、切嗣の早急なる帰還を根愚ばかりだったのだが――

 

 ――彼女らの思いは、その日唐突に全く別の形では足されることとなった。

 

 豪雪地帯に位置するアインツベルン城では、吹雪によって森や窓がざわめくのはさして珍しいことではない。

 だが、逆に年中雪景色だからこそこんなことは有り得ない筈だった。

 

 

 

「――――AAAALaLaLaLaLaie(アアアアララララライッ)!!!!」

 

 

 

 雷を纏いった旋風が城の周りを駆け回る光景などは、決して。

 吹き荒れていた吹雪を裂いて飛び出した雄叫びと共に、神威の車輪が行きのベールの中を爆走し城へと駆けてきた。

「…………」

 見慣れぬ景色に、ぽかんとした表情でイリヤは窓の外を眺めに行こうとする。

 そんな彼女を慌てて止めてるや、セラは部屋の外に出て状況を確認しようとした。

「な、何事です!? 結界は――――ッ」

 と、叫んでみても廊下に人気は無く、代わりに遠巻きに場内を駆け巡る足音だけが賑やかに響いてくる。

 一体何事かと混乱していると、僅かながら此方へ向かってくる足音があった。

 自体の報告に来たのかと思いきや、その足音の正体は――――

 

「「イリヤ!」」

 

「あ、アイリ様に、キリツグ様まで……!?」

 聖杯戦争はどうしたのか。

 セラがそう問いただしたくなったのも必然であったと言えるだろう。そもそも、アイリは戦争が終われば死ぬ定めにあった筈なのだ。

 一瞬これがたちの悪い夢かとも思ったが、生憎とそんなことはなく。

 現実として、イリヤの両親である二人はこの場に居た。

 しかし彼女の困惑を他所に、切嗣とアイリはイリヤの元へと走り、その姿を見つけるや、小さな身体を思い切り抱きしめていた。

「イリヤ……あぁ、イリヤ……っ!」

「キリツグ! それにお母様も! こんなに早く帰ってきてくれるなんて!!」

 嬉しい! と、イリヤも二人を抱きしめ返す。これだけ見れば微笑ましい家族の再会、といえばそうなのだが――こうなってくると困惑の中にいるのはセラである。

「い、いったいこれはどういうことなのでしょうか……?」

 困惑の最中に居る彼女に、アイリが短く説明してくれた。――今、彼女らが選び取った選択についてを。

「セラ、それにリズも。落ち着いて聞いてもらえる?」

「は、はい」

「わかった」

「私たちは、今回の聖杯戦争に置いて『聖杯』を完成させることが出来ないのだという結論に至ったわ。だから、私と切嗣はイリヤをつれてアインツベルンから離反する事に決めたの」

「な――っ!?」

 セラの驚愕も無理はない。

 そもそも『聖杯』を捨て、次世代の『小聖杯』までも持ち去ろうというのだから、アインツベルンに従うメイドである彼女には納得しかねる事柄であろう。仮にそれが、仕える主人の両親であろうとも。

「な、何故ですか! アイリ様はあれほどに使命を果たし、キリツグ様とイリヤ様に未来をと願われておられたというのに……!?」

「――そうね。確かに、一見すれば恥知らずな行為だとも思うわ。

 でもねセラ。その願いが、果たされる事がないのだと知ってしまったの。そして、私たちの子供()()が、苦しまなくては成らない未来(さだめ)があるのだということも」

「さだめ、でございますか……?」

「ええ。奇蹟みたいな偶然だったけれど、それでも私たちはこの道を選ぶわ。子供たちのために、ね」

「…………」

 そこに浮かぶ覚悟に、一切の後ろめたさは感じられない。

 後悔はなく、アイリと切嗣は確かに己の意思で、その選択を選び取っている。

 いったい冬木の地で何があったのか、それはセラやリズには計り知れない。

 だが、それでも確かなことが一つあるとすれば――。

「……じゃあ、イリヤは連れてちゃうの?」

「ああ。この城から、アインツベルンから。この子を阻む、全てのものから守るために」

「そう……じゃあ、わたしも行く」

「り、リズ!?」

「だって、二人とも嘘吐いてない。それに、わたしたちはイリヤのメイドだから。セラは、行かない?」

「それは……」

 そう、詰まるところ二人はメイドで、イリヤたちに仕える事を誇りとしている。

 アインツベルンの思想を崇高だと考えていようが、これまでの経緯にどれだけの意味を伴うのだとしても、其処だけは変えられない。

 だから単純なことだ。

 ――主人の選択を是とすること。

 それが彼女らにとって、最も優先すべき事柄であるが故に

 ――――そして、冬の城から出て行く面子が二人増えた。

 

 

 

 ***

 

 そこから先は流れるままに英雄たちの武の時間。

 全ては蹂躙され、誉れのままに幼子を守る戦いを為し、理を示すかの如く力を振るった。

 

 ――そして、冬の城は陥落した。

 千年にわたった妄執は、この日、七人の英雄によって潰える事になったのだった。

 

 ***

 

 

 

 妄執は費え、ある親子の再会が叶った。

 となれば―――もはや、残したことはただ一つ。

 相手取るは、杯の巣喰う悪魔。

 

 最後(おわり)の夜。

 運命の夜へ続く、始まりが遂に道を分かつ。

 遠かった筈の終結の刻は、もうそこまで迫っている――――

 

 

 


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