Fate/Zero Over   作:形右

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 別れの時。
 けれど、それが始まりの時。

 ――――最後の夜への幕間。


第三十二話 ~終わりの刻、始まりの時~

 始まりの地

 

 

 

 冬木に流れる龍脈の上――その中でもひときわ大きな力の流れを汲む場所が、三つ存在している。

 内二つは、大本からの派生。

 街中に存在しているそれらは、ある意味で分地のようなものであると言ってもいい。

 本当の大本は、たった一つ。選ばれた理由は、力の量がどうというわけでもなく、他人が近寄らず、また同時に広い空間が必要だったからとされている。

 そう、それこそが――。

 

「ここ、柳洞寺地下にある大空洞。円蔵山地下に広がる龍脈の上に陣取った、聖杯戦争を運営する基盤(システム)の中枢――〝大聖杯〟そのもの」

 

 凛の紡いだ言葉に、場を訪れた面子は皆、息を呑んだ。

 祭壇のように列なる崖と、確かに杯と称するだけのことはある半球状のクレーター。其処に張り巡らされた幾何学模様は、二百年前にこの地で自らの身を此処に埋めた、『冬の聖女』の魔術回路そのものである。

 がしかし、魔術回路だけと言うには――些かその場には、淀んだ空気が漂っていた。

 とりわけ英霊たちは濁ったようなそれに嫌悪感を抱いていたのではないだろうか。

 ならば、彼らの感じた印象は正しい。何せ、アレは同じ物でありながら、全くの別方向に力の矛先を据えたモノ。同族を喰らい、喰らった魂によって杯を動かし、肉を得ようとしているのである。

「……この中に、この世全ての悪(アンリ・マユ)が?」

「そうよ、セイバー。第三次聖杯戦争で聖杯の炉心にくべられた、英霊の魂。

 無色の魔力を悪性で塗り替えた、他者の悪性全てを担う伝承から生まれた反英霊が……今もこの中に貯められた魔力を喰って受肉を求めている」

 ――本当にこれが、英霊の末路なのか。

 セイバーは、自分たちもくべられる可能性のあった場所を眺めながら、改めてこの場所のおぞましさを肌で感じた。

 けれど、決して臆したわけではない。

 手に持った聖剣の柄をいっそう強く握り、セイバーは気を引き締めた。

 彼女のそんな様子に押されたのか、凛も傍にふわふわ浮かんでいたルビーを掴むと、周りに居る皆に最後の確認を取る。

「それじゃあ、これからわたしたちで〝(とびら)〟を開いて、大聖杯の中への道をつくるわ。

 そうなったら、後は士郎たちの出番よ。思いっきりぶちかましてやりなさい!」

 凛の言葉を受け、士郎は「ああ、もちろんだ」と頷き、セイバーもまた、騎士らしくこう応える。

「ええ。我が剣は、人々の希望を謳うモノ……であればこそ、ここでその輝きをしかとごらんに入れましょうとも」

 しかし、そんな彼らの弁を気に入らないとばかりに、ギルが口を挟んできた。

「おいおい。この我を置いて話を進めるなよ、雑種ども。

 そもそもだ。我が〝乖離剣〟がある以上貴様らの獲物など、本来不要であるのだからな」

「あら、英雄王様はこの作戦がご不満?」

「当然であろう。まあ、気に入りである貴様らだからこうして此処に来てやっているわけだが、それでもこの采配はハッキリ言って愚だな」

「ふぅん……つまり、ギルはもったいぶりたいわけ? せっかくあるもの全部出そうって言うのに、出し惜しむなんて。

 案外けちね」

「たわけ! そんなことは言うておらぬわ!!」

「そ? じゃあ問題ないわよね。全ての王の原初である貴方が、まさか後世の相手に道を示せないわけもないだろうし?」

「…………ちっ、良いだろう。我が後ろから宝具を振るうことを許す」

「うんうん。天下の英雄王ですもの、そのくらいじゃないと困るってもんよ!

 ランスも、イスカンダルとディルも頼むわよ? お父様と叔父さんたちをしっかり護ってよね!」

 と、凛が他の英霊たちに呼びかければ、彼らもまた任せろと頼もしく応えてくれる。

「無論だ。流石にここまで来て坊主たちをみすみす死なせるとあっては、征服王の名折れであるからな!」

「当然。我が忠義を尽くし、完璧に守り切ってみせるとも」

「……我が名は裏切りの代名詞でありますが、今宵は再び忠節の騎士となりましょう。故に誓いを此処に。この身に変えても、必ずや皆様を守り通すと――!」

「ったく、何時までも坊主坊主って……結局直さないんだもんなぁ」

「青二才であるのは事実だろう? ウェイバー君。

 まぁそれはともかく、ランサー。――任せるぞ、貴様の聖杯に懸ける望みよりも大きかったという忠道、しかと見せてもらおうか」

「主人よ……っ! は。必ずや果たしてみせると此処に誓います……ッ!」

「なんだか随分大げさになってきたけど……まぁ、とりあえず俺たちはいつも通り行こう。頼りにしてるぜ? バーサーカー」

「ありがとうございます雁夜。……ですが、本当に大丈夫ですか? 途中で枯渇したりしせん? ああいえ、別に雁夜を嫌いだからとかではなく、単純に魔力量の問題というかなんというか」

「回りくどいっての! ……心配すんなよ、一応桜ちゃんからも魔力の経路(ライン)繋がってるんだから」

「義理の姪に頼らなければならない時点で安心も何も……」

「うるせぇよ! しょうが無いだろ!? こちとら急造な上に病み上がり何だから! どっかの誰かが娘を魔術師としても最低な扱いにしやがったせいでよ!!」

「……すまない。本当にすまない、雁夜……」

「ああ、もうこっちもこっちで面倒くさいな!

 謝るくらいなら、ちゃんとこれからは桜ちゃんの幸せを見守ってやがれ。もう間桐との盟約は意味を無くしたっていっても、庇護が必要な内は名前だけでもちゃんと家を残しとくから、その他をちゃんとしてやれよ……!」

「…………ああ。もちろんだとも」

 納得と共に、此処にもう一度男の敵愾心から始まる友情的な何かが始まろうとしていたのだが、そこへ横槍を入れるステッキ一本。

『――責任を果たせないのは、他人にも劣る犬だよ(ぼそり)』

「ぐ、がぁ……ッ!?」

 なんだか妙に魂に刺さる言霊を喰らわされ、時臣が悶絶する。

 そうやって、せっかくまとまっていた雰囲気をぶちこわしにしてくれたステッキに、凛はお仕置きを開始する。

「るびぃ~~~っっっ!?!?!?」

『あはは、軽いジョークですよぉ~……って、凛さんギブ! マジでギブです!! あ、あぁ、そんなにされたら中身出ちゃいますよ……あがががが!?』

「……ステッキの中身って、何だろうな?」

「さぁ……」

 ステッキなら寧ろ、乱暴されたら折れるんじゃないのか? と、そう思っていた狂戦士主従。

 すっかり場がコミカルに染まり始めたのを見かねて、士郎は何か話の方向を変えられないかと思い、口を挟もうとした。

「あー、遠坂?」

「なによ!」

『いだだっ!? ちょ、凛さんそこは!? そこはだめですぅぅぅぅう!!!???』

 が、目の前の光景に些か押されてしまう。

 いくら唐変木とはいえ、流石にこうも緊迫と混沌の境がおかしくなっていれば、口もつまるというものだ。

「なに黙ってるのよ? 言いたいことがあるなら早くしなさいよね。こちとら今、この馬鹿杖にしつけするので忙しいんだからぁ……!」

『ぐぇぇぇっ!? あぁ……時が、み……え、る……』

 色々酷い。本当に酷い。

 だが急かされた以上、黙っている訳にも行かなくなった。また、同時に逃げ身とも封じられたもう同義である。

 少なくとも経験則上、何でも無いなんて応えた場合の八つ当たり確率は三分の二だ。

 それならまだ、質問でもして何でも良いから答えを貰った方が良い。そう言うとこは律儀な凛相手なら、此方の方がまだ穏便である。

「…………いや、その」

 故にとにかく何か、と考えたのだが、良い考えは浮かばない。ここぞという時の木の木かなさに定評のある彼らしいと言えばらしいが、それでは困る。

 で、結局。

 頭を悩みに悩ませ、至った結論はと言うと――――

 

「あー、ほどほどにな?」

 

 質問が思いつかなかった士郎は、放置、という安牌(せんたく)を取ることに決めたのであった。

『そ、そんなぁ~!? 士郎さんのひとでなしぃー! ステッキ一本救えずして、何が正義の味方か!?』

「……悪いな、ルビー」

 正義は、自業自得にはなかなか適応させるのが難しいのだ。

 それから、たっぷり十分程の間――ルビーは凛にこってり絞られることになったのであったとさ。

 そして、

 

「――さあ、しんみりしてるのはおしまいよ。

 ここからが本番。最後の大一番、派手に咲かせてやろうじゃないの!」

 

 ――――大一番の幕が上がり、すっきりとした顔の〝あかいあくま〟が始まりを告げた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「――Anfang(セット)

 

 静かに、少女の声が響き始める。

 虚数(かげ)魔導(ちから)を振るう彼女のその詠唱(ことば)が、杯の奥へと続く路を形成していく。

Es schließen(声は静かに)――Mein Blut schliest Sie.(私の影は世界を覆う)

 不穏な空気が漂い始める。

 悪性の泥が、世界に漂い始めているのだ。

 ――ヒトを()()ために生まれた〝悪〟が。

 何物よりもヒトを呪うモノであれと願われた、世界を食い尽くす悪魔の王の名を冠された怪物が、遂に顔を覗かせる。

 そして、釜の底が開く――――

 

Bildet(声は近くに)――Mein Herz Tür öffnen.(私の心は孔を空ける)

 

 瞬間、釜の底へ続く扉が開け放たれた。

 そうして空間(セカイ)に、呪いが満ちる。

 世界に蔓延する悪性の全てが、その呪いに伴って空間を侵食していく――――

 

 

 

 

 

 

 ――――其処は、罪の泉であった。

 しかし、同時に救いを与える理でもある。

 

 たった一人に内包された〝悪〟。

 ありとあらゆる生き物を殺せと定められた〝希望〟

 

 

 それは正しさのために捧げられた贄であり、何よりも正しさの歪み汚れを象徴した間違いそのものである。

 

 

 全てを奪った。全てを与えた。傲慢怠惰憤怒嫉妬暴食色欲強欲。憂鬱で虚飾に彩られた唾棄すべき汚らしい業の全ては、小さな括りで始まった全ての人類への博愛でヒトへ向けた希望であり遵守すべき信仰であると共に、知恵を絞り正義を敷き、堅固で節制された何よりも尊ぶべき世界に等しく法を為したモノであったのだ。

 ――――――ね。

 奪われた全てが償いなのだ。贖いを求める人々を救うためのモノだ。だから背負え。だから担え。誰よりも何よりも条理の果てさえも超越した悪であれ。醜悪で侮蔑を受ける汚らわしい畜生となって我らを救え。元より貴様はその為だけのモノ。何の価値もなく、何の意味も持たない生命(いのち)に意味を与えよう。この世全て、等しく誰しもを幸福にするための、使命を貴様に与えよう。――全ての悪を独占すると言う役割を。

 ――――――死ね。

 何処までも誠実に忠義に寛容に、何処までも数多の罪科を余さず呑み込んでいけ。人々に希望を与えよ世界を平静に保て我々を救え希望となり勤勉に慈愛で以て分別ある忍耐を見せろ。勇気を持って自制せよ。純粋に純真に何処までも正純に汚れ爛れた姿を保ち続けろ。そうして最後にたった一つの悪を残して世界に平和を成せ。

 ――――――死ね。死ね。

 原罪悪徳奸悪魔性背徳邪奸計破戒罪障非道違法売国利敵国事犯政治犯戦犯過失犯犯人犯罪人罪人科人犯罪者殺人脱法誘拐窃盗強盗抑圧秩序破壊遺棄投棄絞殺圧殺銃殺自殺致傷殺傷傷害損故意過失名誉棄損罪科咎濁冒瀆欲大罪罪業流罪罪刑刑罰死刑監禁刑処刑私刑極刑劫罰体罰厳罰処罰偏執本質宿業都塵汚俗腐敗堕罪堕落醜態詐欺偽造教唆疑獄凶状退廃倒錯殺生猟奇極悪悪辣悪行不当贈収賄背任脱法不道徳背教禁忌浮気不正直不義理不正義煩悩金銭欲愛欲強姦淫犯女犯好色裏切り不届き淫ら不埓な横道な無様な虐め水責め火責め痛い醜い憎い病い煩い殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……ッ!!

 ――――――死ね。死ね。死ね。

 公平に公正に不正で不当なる悪を呑め。蛮行を禁じ暴力を禁じ、その身で全てを受け止めろ。非道に外道に外法で不法なる精神を持ち、人々が如何に清廉で純真なる愛を持つかを示せ。過ちを許し、他人を許し、自らは決して許されず。人々の悪性の全てが貴様に集約されることを真実と為せ。最早、世界の汚点はただ一つ。悪性全てを独占したモノの他に悪など居ない。そう、これこそがたった一つの悪であり、この世全ての悪である。人々の中に巣喰う悪を殺し続ける悪魔。ありとあらゆる悪の依り代。

 それでこそ、〝この世全ての(アンリ・マユ)〟と呼ぶに相応しい――――

 

 

 

 ――――――死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……ッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 〝杯〟の完成を待たずして開かれた〝孔〟に、この世全ての悪(アンリ・マユ)は歓喜した。

 ――――外へ出られるのだ、と。

 最早、人格と呼べるものは残っていない。故に、仮に何らかの意思の発現を可能とするのならば、何らかの人格()を被る必要がある。――とはいえ、何らかの被り物を出来たのだとしても、自身の意思などというものは存在しないのだが。

 大本からして、ヒトを呪うモノ。

 本体が『大聖杯』の中にいる以上、何らかの願いを受けることでしか本質を発動し得ない。なぜなら、『大聖杯』は『小聖杯』を通してしか、〝(とびら)〟を開けないのだから。

 しかし、今――その道が開いた。

 となればもう待つ必要は無い。

 ヒトを呪うこと、ありとあらゆる命を侵すこと。

 それこそがこの身に課せられた使命であり、あるべき理由。

 眠っていた力を解き放ち、形骸(カタチ)を得られていない(にく)を外へと吐き出せ。この世全ての悪を完遂せよ。

 

 ――――そうして、悪性を煮詰めた泥が、〝孔〟の外へと漏れ出す。

    始めは霧のように、場を埋め尽くすように、呪いを伴った泥が外へ出ようとした――――

 

 

 

 ――――しかし、その時。

 未だ外へ出ていないにも関わらず、アンリ・マユは三つの〝光〟を目撃した。

 その光は誕生への祝福か、或いはその逆か。

 

 ただ一つ確実なことは、三つの光は――アンリ・マユの全てを余すことなく包み込んだと言う事実のみであった。

 

 

 

 *** 終わりを告げる閃光(ひかり)

 

 

 

 ――――三つの光は、それぞれ異なる力によって振るわれる。

 

 

 ――一つ目のそれは〝天の理〟。

 原初(はじまり)において『世界』を創造し、空と地を裂いたのち、統べる者と支配される側を分け隔て、定めたモノである。

「――裁きの時だ。(オレ)手ずから裁定を下す。光栄に思えよ、〝この世全ての悪(雑種)〟。貴様ら如きでは届かぬ、本物の地獄というものを()せてやろう」

 原初の地獄を織り成す〝乖離剣〟。

 ヒトの原罪による悪性を、始まりの王がここで裁く――!

 

天地乖離す(エヌマ)―――」

 

 ――二つ目のそれは、〝最強の幻想(ラスト・ファンタズム)〟。

 次いで分けられた『世界』で、人々が信ずる願いの結晶を星が象徴として成した。誰しもが求める救いを魅せ、絶望を照らす希望を謳うモノ。

「束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流――」

 万人の願いを背負い、常勝の王は高らかに。

 儚くも尊い、哀しくも美しい希望(ユメ)を紡ぎし、〝聖剣〟を振るう――!

 

約束された(エクス)―――」

 

 ――そして最後のそれは、〝理想(呪い)の集約〟。

 神秘など薄れきった世界で、届かぬ夢。呪われた理想を背負い続けたモノが、たった一つ持ち続けた矜持。人々が願う救いを担い続けた、最果てを刻む。

「――投影(トレース)層写集約(オーバライド)――」

 紛い物。偽善者。偽物。贋作者。

 受けた誹りは全て血肉に。決して折れぬ鋼の心で、偽りだらけの理想を、たった一つの〝究極(つるぎ)〟にまで押し上げる――!

 

無を極め至りし(リミテッド)―――」

 

 

 

 そうして、今――三つの光が、それぞれの〝宝具(けん)〟より放たれた。

 

 

 

「―――開闢の星(エリシュ)ッッッ!!」

 

「―――勝利の剣(カリバー)ァァァ!!」

 

「―――夢幻の劔(/ゼロオーバー)ァァァ!!」

 

 

 

 

 

 

 撃ち放たれた光が呪いを浄化していく。

 それともに、現し身の身体が壊れて行く――――

 

 段々と。段々と。

 解き放たれていくのを、ただ静かに英霊たちは感じていた。

 終わりに、後悔はない。そもそも、意味は無い。

 それ以上でもそれ以下でもなく、此処には、ただ静かに別れの時が流れていた。

 

 

 

「……すごい」

 ポツリ、と最初に呟いたのはウェイバーだった。

 宝具の解放に伴った凄まじさ。その力強さは、半人前には強すぎた。――否。それ以上に、彼の心中を締めているのはもっと別の感情であった。

「でも、これで……終わりか」

 遂に、これで終わりなのだという納得だけが彼の中にあった。けれど、それをイスカンダルはこう返す。

「違うな。これは、始まりだ」

 消えゆく身体にも拘わらず、力強い声で。

 イスカンダルはハッキリと、終わりを始まりだと告げた。

「此度の戦い確かに終わった。最後の出番も、美味しいとこもすっかりあの三人に持って行かれちまったのも惜しい。

 ――だがな、この先にある道はまだまだ果てなく残っておるぞ? だからなぁ坊主。そう辛気くさい顔などするな」

「…………」

 顔を背けながら、自分の頭を撫でている巨大な手の主を見ないようにしているウェイバー。

 鬱陶しさからも、戦争(たたかい)からも解放されるというのに。

 なのに何故、どうして。

「……ぅる、っさいんだよ、この馬鹿……っ」

 こんなにも、胸につまるものがあるのだろうか。

 しかし、彼だけではない。その痛みに、耐えていたのは――それぞれが同じ。

 

「主……」

「語らずとも良い。――貴様の忠義は、確かなものだった。

 故に誇れ。貴様は、この戦いにおいて、ただ一人望みを叶えた英霊なのだから」

「主――貴公のことを、我が身は二度と忘れることはないでしょう。また何時か、巡り会うことがあれば、この身は貴方の槍となりましょう」

「……ふん」

 

 それは終わり。

 別れの刻限であった。

 が、であるからこそ、この瞬間は尊いものであるのだ。

 本来ならば、二度と会うこともなかった。

 通うはずもない心であった。

 しかし、今は――そんな枷を外した、偶然の狭間にいる。

 存分に楽しめばいい。

 存分に、謳歌するべき物であるが故に―――

 

「叔父さん」

「? なんだい、桜ちゃん」

「いえ、ただ……呼んでみたくなって」

「……そっか」

 ただ、腕の中にあるぬくもりを。

 取り戻せないと思っていたそれを。

 何時の日か、見放していたぬくもりを。

 忘れていた、そのぬくもりを今。確かに感じている。

「……さよなら、雁夜叔父さん。

 こっちのわたしを、よろしくお願いします」

「うん。必ず、今度はちゃんと守るから……」

「…………はい」

(良かったですね……雁夜。

 ……ああ。この時に巡り会えた幸運は、何物にも代え難い。このような私でも、こんな場面に出会えるとは――実に、実に恵まれた時間だった……)

 

 

「時臣。貴様は良いのか? 桜に別れを告げずとも」

「はい。私には、あの子には許されないことをしました。ですから、今の桜には雁夜の方が良い―――ですが、これからは」

「……ふっ、そうか。精々、足掻くのだな――貴様の娘どもは、どちらも曲者揃いであるからな」

「ええ――実に」

 満足げにギルガメシュにそう返すと、時臣は凛と向かい合う。

「凛。すまなかった、君に頼りきりで……本来、私が果たすべき責務であったのに」

「いえ、良いんです。お父様。

 それより、さっき言ってたとおり、これからのことをお願いします。……今のわたしたちは、ここまでみたいですから――これからの、わたしたちに」

「……ああ、もちろんだとも……」

 最後の抱擁。別れへの刹那。

 そこで親子の絆。無くした筈の絆を。

 もう一度ここで温め直していた。

『さて凛さん、ではそろそろ行きましょうか。元の世界までご案内いたしますよ~』

「はいはい。ホント、変なとこで気が効いてるわね」

『あははは~、それがルビーちゃんクオリティですからねぇ~♪

 それじゃあ、時臣さんもご機嫌麗しゅう~』

「あ、いや……そうだな……世話になったね、ルビー」

「それじゃあ、雁夜叔父さん。それから……お父様も。さようなら――また、いつか」

「ああ、桜も……元気で」

『では、桜様は私がお送りいたします』

「うん。お願いね、サファイア。――でも姉さん。本当に先輩には挨拶しなくて良いんですか?」

「良いのよ。どーせ、またあの馬鹿はまた面倒ごとに会うんだから。――そして、その時、私たちが傍に居ないなんて、有り得ないんだからね」

 〝アイツ〟との約束もあるし、放っとけないのよ――と、凛。

 そんな姉のその言葉と、視線の先にいる金色の髪をした少女に気づき、桜も察したように「そうですね!」と行って朗らかに笑みを浮かべる。

 そうして、遠坂姉妹の身体を光が包む。

 行われた人格のダウンロードが解除されているのだ。

 ダウンロードは簡単だが、戻す場合はルビーたちが引率を担当する。

『いや~、ホントわたしって出来たステッキですよねぇ~(主に空気を読んでる的な意味で♡)』

「こら。黙ってなさいよ、せっかく良いとこなんだから」

『はーい』

 軽口を叩くルビーを叱りながら、『凛』と『桜』が消えていく。そうして、二人のがこの世界に呼ばれた基準点(りゆう)だった士郎もまた、聖杯戦争のシステムの消失と共に消えていく――。

 別れの時だ。一度、物語の筆を置こう。

 ――――けれど、その前に一つだけ。

 

「――――シロウ」

「どうした? セイバー」

「貴方のおかげで、私は己の夢を取り戻せた。サーヴァントとしても、主の生きるべき場所を守ることが出来きました。

 ありがとうございました、シロウ」

「別に、俺の力って訳じゃないさ。

 ――いつもと同じ、運命の悪戯(Fate)ってやつだったんだよ」

「……そうですね。

 ――――では最後にもう一つだけ、お願いしたいことが」

「……ああ、どんな?」

「今はアイリスフィールの中にある〝鞘〟を、貴方に持っていて欲しい。

 何時かまた、巡り会う定めの時のために。

 それまでを歩む貴方の道の、助けになるように――――」

「――ああ。お前が望むなら、喜んで預かっておくよ。

 セイバーの言う通り、何時かまた……俺たちが、巡り会う時のために」

「ええ――また、いつかの出会いに」

 

 

 

 ――――こうして、終わりが静かに流れ行く。

 

 巡り、巡り、巡ってきた。

 此処までの長い長い路を。

 二度と戻ることのないと思っていた時代。そこに、もう一度戻り、そこで自分の在り方を全うする事が出来た。

 ……それが、酷く嬉しい。

 

「じーさん」

「――なんだい、士郎?」

「こっちの『俺』さ……多分っていうか、俺が此処から居なくなったら、一人ぼっちになっちまうんだ」

 あの炎の中でさまよっていた、あの時のように。

 だから、

「頼んでも良いかな。俺はこいつの声を聞いて此処に来たけど、俺にはもう、『(こいつ)』を助けることが出来ない――

 勝手だとは思うけど、『俺』の事、頼みたいんだ。

 見ての通り、頼りない奴だからさ。じーさんたちが、助けてやってくれないかな?」

 笑みを向けた少年の顔に、此処にはいないもう一人の息子の顔が重なり、浮かぶ。

 しかし、仮にその面影がなかったのだとしても――。

 既に返事は決まっていた。

「ああ、任せてくれ士郎。

 君のことは、僕が――僕たちが、必ず」

 

 ――――幸せに、してみせるから。

 

 

 

「そっか、――――ありがとう。……ああ、本当に」

 

 

 

 ――安心した。

 

 そう言い残し、少年は帰って行く。

 三人の子供の身体から抜け去った救い主たちは、こうして消えた。

 後に残された大人たちは、自身らの果たすべき責を果たすべく動き出す。

 

 ―――迎えるため、或いは導くために。

 

 やることも、為すべきことも尽きることはない。

 英霊たちを始めとした存在は世界を離れ、確かに一度――物語には終止符が打たれた。

 こうして一時の休息を交え、そしてまた――――

 

 

 

 ――――――新しい〝夜〟が始まる。

 

 

 


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