Fate/Zero Over   作:形右

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 第三話です。


第三話 ~開戦、英霊激突~

 昂揚、激戦の幕開け

 

 

 

  懐かしき感覚を感じ、その流れを辿りながら彼女のいる場所を目指す。

  一心不乱に幼い足で夜を駆け抜け、着いたのは、あまり足を踏み入れたことのない港の倉庫街。

  何故こんなところで? という疑問はない。寧ろ、今に相応しいといえるだろう。秘匿すべき戦いの場として、ここはなかなかに良好な場である。

  それにしても、

 

(震えてくるな……こんな感覚は、久しぶりだ)

 

  近づくほどに、その場に漂う威圧感が増していく。先日のキャスターが放っていた、下卑た芸術感とでもいうべき殺気とは一線を課す、気高き闘気。

 とても懐かしいその感覚に、知らず知らず口角が上がる。

 昨夜とはまた違う胸の高鳴りを感じながら、そこを目指す。

 狭い歩幅で走り抜けた時間はとても長く感じたが、それでもそこに至ることができた。

 そこで、彼が目にしたものは――

 

 

 

 ――――彼にとって慣れ親しんだ、懐かしく遠い記憶の中にあった、『あの夜』の自分では手に届かなかった英霊の絶技の再現だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――そこは、まさしく激戦の地。

 

 二本の槍を抱えた槍兵と、深志の剣を構えた剣士。

 片や端麗な美丈夫、片や麗しき美少女。この世のものとは程遠い雰囲気を感じさせる二人の戦いは、まさしくこの世のものとは思えぬものであると、その光景を見ていた白銀の髪と紅の双眸を持った女性――アイリスフィールはそう思った。

 

「これが……サーヴァント同士の戦い……」

 

 彼女の呟きが、目前で繰り広げられている打ち合いの凄まじさを物語る。

 呆然となるしかないほどの、その絶技。音速に至るのではないかと思わしき剣撃の数々。その上、それらは全て彼女の目では負いきれず、断片を読み取る事すら難解なもの。

 歴史に名を遺す武人の力が、現世においての光速を自ら引きちぎるように振るわれる。狭い、足りない、こんなものでは堅苦しいとでも言わんばかりに、剣が、槍が――その場の空気を震撼させ、周囲一帯を食い破ろうと錯綜する。

 交わされる一合ごとに、囲い留める世界が悲鳴を上げるように、斬撃の余韻が鳴り響く。

 これが、『聖杯戦争』――激突の余波と、迸る魔力の奔流を感じながら、アイリスフィールはその言葉の意味を噛み締めた。

「……っ」

 息が詰まる。

 目を離せない程すさまじく、けれど同時に美しい戦いを見守り続けながら……ただひたすらに、この『決闘(たたかい)』行く末を瞳に映し続ける。

 キィィンッ! と、甲高い鋼の弾ける音がして、二人の英雄が距離をとる。

「は――あ……ぁ……!」

 不規則な呼吸がようやく再開した。

 荒れた息を整えながら、ようやく目の前の現象を現実として受け入れる。驚愕と脅威を同時に認識しながら……アイリスフィールは、この神話や伝説の再現劇のような中に住まう住人の顕現などという出鱈目を行う、この戦争の異常性を改めて呑み込む。

 何度目かもわからない。ただ、幾度となく雷鳴の様に一瞬で通り過ぎる幻想、そして奇跡の具現を。天を裂く雷や、大地を砕く波動、海を割る一閃、そんな人ならぬ所業を成してきた英雄たちの、その偉業の再演を今この目にしているのだとういうことを認識から離さないように反芻する。

 刹那的にでもこれを挙行だと思い込んだが最後、身体と首がつながっていられる自信がない。

 本来、その戦の為〝だけ〟に作られたはずの彼女は、その『理由(いみ)』を今本当の意味で理解し、自身の役割を識った。

 それと共に、彼女は尊敬のような念を目の前で戦う少女騎士に向ける。また、少女へ向け、一つ願い祈る。

 この戦いにおける、奇跡を夫へささげて欲しいと。それが自身の最も大きな望みであると同時に、今なお雪の城に残された幼き愛娘の未来の為にと。

 

 

 

 唸る風の中、アイリスフィールは驚愕に晒されていたが……この場で驚愕に晒されていたのは、何も彼女だけではない。

 何方かというと『恐怖(おそれ)』に近い感情を抱いていた彼女とは裏腹に、その者の抱いていた感情はどちらかと言えば『畏敬(おそれ)』に近かったが。

 倉庫の裏に隠れ、その戦いを見つめていた少年の存在に誰も気づかなかった。

 可愛い騎士王の戦いを見定めていた狙撃者も、あの百の貌を持つ暗殺者でさえも。それは彼が元々歴戦を積んだものゆえか、或いは幼すぎる子供だからなのかは定かではない。けれど、彼はそれほど自然にその場に溶け込んでしまっていた。

 ――ドクンッ、と胸の内が高鳴る。

 その高まりは、決して鼓動によるものだけではない。

 昂揚と、色濃くその身に残った繋がりと、愛をくれた一人の少女に対する情愛とが、彼の胸の内で脈動し続けている。

 

(セイバー……)

 

 少女の名を呼ぶ。

 声には出せないが、それでも精一杯の親愛を込めて。

 剣として、女性としてあの夜をともに叩かた彼女は、変わらず美しい。

 神秘を体現した、恒星の如き煌き。それはまさに、星の願いを受け束ねた聖剣を担う彼女にこそふさわしいものだと。

 幼い身体を隠しながら、その戦いを見守り続ける。

 槍と剣が奏でる旋律。そんな武器の声が、少年の起源である『剣』を刺激してくる。

 それはまるで、乾いた砂に水が染み渡るかの様にすんなり体の中に取り込まれていく。身体とは不相応に鍛えられた目がそれらを解析し、己の内へ。

 相も変わらず、あの黄金の剣は読み切れないが……それでも、十分だった。

 それはまるで、彼女がそこに在るという証の様だったから。……今はまだ、それで十分に思えたから。

 少年――士郎は、この世界で初めて目にした彼女を見たことで、言い知れぬ安堵を覚え、果てしなく続いていた心の縛りが、改めて外れたような気がした。

(単純だな……俺も)

 そんな事を考えながら、士郎はセイバーと二本槍のランサーの戦いを見る。

 二人の名のある剣士と槍兵の戦いは、見ているだけでも感嘆の一声に尽きる。英霊に至った身とはいえ、その中に割って入れるかと言えば、きっと出来ない。そう思えてしまう程、二人の戦いはまさしく『本物』だった。

 こすれあった残響だけでも背筋が凍りつきそうなほど、ましてその戦いの渦中に飛び込むのだとすれば――武者震いを禁じ得ない。

 ぞくぞくする。この感情は、決して悪いものではない。寧ろ、それに伴ってくる心の高鳴りに心地よさすら感じる。

 しかし、だからといって腰砕けのまま惚けているつもりもない。

 士郎は目を見開き、己の力を余すとこなか使い切る心算で、名高き英雄の武器(とも)をその鷹の目で読み解いていく。

 騎士王の剣はともかく、あの槍兵――ランサーの槍ならば、読み取れるだろう。片方は包帯状の呪符に封印されているが、その程度で『英霊エミヤ』と同じかそれ以上の――解析することに特化したその目には通じない。神秘を隠すその布の、僅かばかりの綻びさえ見透かして、その武器の全てを紐解くように見定める。

 赤い魔を断つ槍と、呪符に包まれている呪いを与える黄の槍。

 そして、英霊としての記憶からその武器の名を引き出していく。

 あの槍はたしか、かのフィオナ騎士団の名高き騎士――〝ディルムット・オディナ〟が持つ二対の槍。

 

 ――『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』と『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』。

 

 何方も強力な宝具である。

 その威力こそ、彼と同じケルト系の大英雄たる『クー・フーリン』の持つ『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』よりは低いだろう。〝心臓を穿つ〟――〝急所を捉えた〟という結果を作ってから放たれる必中必殺の呪いの朱槍を回避するには、その因果を乗り越える幸運と直感。そして何よりも、この槍を防ぎきるだけの防御力を持ち合わせなくてはならない。これに比べると、この二本はそういった分かりやすい『必殺』の効果は持たないが――それでもこの槍は、相手が魔術を用いればその魔を断ち、相手が万全の状態で挑みかかれば癒えることのない呪いを残すという、こと対人戦という意味においては、その戦いを勝ち抜くために一撃必殺と肩を並べられるほどの強みを持っている。

 なんとも強力な槍だ。とりわけ、士郎とは相性が悪いといえる。

 士郎の造り出す剣は確かに宝具であるが、その大本は魔力で作られたという投影品。現実に造りだされた影である投影品には、その物にはもう魔術による品であるという部分はかなり薄まっている。仮に魔術の流れを遡るような攻撃があったとしても、その効果はその投影品までにしか及ばない。士郎本人には繋がりの部分から来られることはない。

 だがしかし、魔を断たれるという意味において、かなりの苦戦を強いられるだろう。

 何せ、その投影した元が魔力であるなら、投影した後の姿である宝具としての機能も魔力によってのもの。その部分の原則にまでは、いかに生み出す者でも干渉し切れない。だからといって、まったく魔力に関連の無い鈍らなどを作っても、それでは英霊に対抗することなどできない。

 ただ、厳密には槍の効果は刃先の部分にのみ。また、成立している魔術には効果がない。あっても薄い、などという弱点があるが、それでも――また、士郎の行う『投影』の特殊性を差し引いても――魔力を纏って使われる宝具を、魔術で造り出しているのだから、その効力を削がれることは避けられない。

 そういった視点で見れば、彼の持つ槍は士郎にとって非常に凶悪であると言える。

(……ったく、サーヴァントってのは……)

 嘗ては自身もそうだったことも忘れ、正式な伝説を持った英雄達に対し、ため息と共にそんな声が漏れた。

 声を漏らしてしまったことに気づき、ハッとなり慌てて先ほどよりも息を殺す。

 身を隠す場合、気配を断つのは必然だが断ちすぎるというのもまた悪手である。

 気を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中というように、ごく自然に溶け込むことが隠蔽においての肝である。

 気配を断つ、というのはすなわち――その存在を消すことでもある。言い換えるなら、だまし絵のようなもの。

 不自然に見えないよう、別の部分に視点を向けさせることで風景の中に存在を溶け込ませる。溶け込んだことでその存在は隠され、見つからない。だが、その存在を消し過ぎればそれは、その絵の一部を消しゴムやパレットナイフで削り取るようなもので、そこだけ消しさることで不自然な空白が出来上がってしまう。それこそ、『気配遮断』のような『スキル』として認識されているものでもない限り。

 そのため、絵の中に空白ができれば、自然、観る者はその空白に目を寄せる。一枚の『絵』の中にできた、不自然な部分に目が向いてしまうのだ。

 それでは元の目的からは遠ざかり、消したつもりが……かえって目立ってしまっていることになり、それを隠すこと――隠蔽ではなくなってしまう。

 そんな教訓を反芻しながら、心のささくれを落ち着かせていく。

 殺し過ぎず、かといって無防備でもない。その状態を維持していき――。

 

(――――)

 

 周囲に、変化はない。

 視力は『アーチャー』クラスが基本という自身の適性からしても良い方であると自負しているので、周囲をざっと見回して確認をとる。

 幸い、周囲にこちらを注目している存在はない。

 寧ろ、

(――あれは……アサシン……?)

 仮面をつけた黒い人影。

 以前に見たことのある『山の翁(ハサン)』とは別であるようだが、アレもまた、紛れもなく『暗殺者(アサシン)』のサーヴァント。

 先程言った隠蔽をはじめとした、闇に紛れる行動。

 そういった暗殺者としての力を主軸とした戦いをするサーヴァント。それが、まさしく『山の翁』と呼ばれる一団。

 〝アサシン〟という言葉の語源となった『ハサン』という名を冠する者たち。

 それがこの聖杯戦争における『アサシン』そのものである。

 が、無論例外も存在している。

 士郎の参加した『第五次聖杯戦争』では、サーヴァントを呼ぶ『聖杯』の汚染から西洋の英雄しか呼び出されない筈の戦争に『佐々木小次郎』という名のある剣豪をアサシンとしてのクラスに当てはめて呼び出した神代の魔女がいたこともある。

 そういった理由もあって、士郎にとっての馴染みのあるアサシンと言えば佐々木小次郎であるが、別のアサシンも見たことがある。

 正規のアサシン――『呪腕のハサン』。

 五百年生きた吸血鬼、マキリの党首『間桐臓硯』が召喚していた暗殺者と剣を交えたこともあるのだ。

 しかし、そのアサシンと目視したアサシンは別の存在であるらしい。

 アサシンというのは、総じて『山の翁』が呼び出されるものだが、その山の翁という存在には複数の逸話があり、その数だけ別の『山の翁』が呼び出される。

 あれもまた、別の逸話から呼び出されたアサシン――士郎は視線の先にあるアサシンをしばし見つめ、アサシンが何か見ているのに気づく。場所が場所なのだから、見ているのは先二人――セイバーとランサーの戦いだろう。

 だが、それにしては妙である。

 偵察、というだけなら霊体化してみるだけでいい。

 かつてのアーチャー、『士郎』の別の可能性である『エミヤシロウ』はそういった方法で敵を観察していた。士郎と戦ったセイバー、つまりここにいるセイバーは〝霊体化ができない〟というハンデを背負っている。彼女のような制約があるなともかく、通常においてサーヴァントにはその制約はない。

 まして、正規のアサシンなら尚の事だ。

 それをしていないということは、何かそれをしないという理由――ひいてはその目的があるということ。

 それが、一体何なのか。

 士郎には想像もつかなかったが、マスターによる何かしらの指示なのだろうということだけは分かる。

 

(……暗殺者としてはふさわしいのかもしれないけど、やっぱり不気味だな……)

 

 幸か不幸か、セイバーとランサーは勿論。アサシンですらこちらには気づいていない。

 前者は目の前の戦いに、後者はその戦いを見ることに、それぞれが意識を裂き続け……不意の攻撃でもなければおそらく振り返りもしないだろう。

 それは士郎にとっては幸いだったが、返って何処か薄ら寒い。

 自分の経験した聖杯戦争が生易しかったと思えそうな程、この場の空気は剣呑としている。生易しいものでなかったのは確かだが、それでもこの戦争はその一段上にあるような恐ろしさを感じさせる。

 惨劇の約束された様な、そんな死の香りがする。

 

「…………っ」

 

 思い出される、炎。

 呼吸が乱れそうになるところを 必死に押しとどめる。

 士郎の始まり、こことは別の、士郎本人の始まりの記憶。そこに救いはあったが、同時に呪いもあった。歪な願いと、欠落した考えの下で行われた正義。そんな破綻した願いを持つことになった、あの始まりを。

 その道は、決して間違いではなかったけれど……その悲劇は、確かに傷を残していた。士郎だけでなく、切嗣やセイバー。イリヤ、凛、桜……皆が、あの戦いの尾を引いていた。

 ――往々にして、この戦いは悲劇だった。

 どの聖杯戦争も、喜劇ではない。けれど、ここまで多くの呪いを残した戦いは、この戦争なのではないかと士郎は思った。

 悲しみの連鎖が、ここに在った。

 それを見ているだけなんて、……嫌だ。歯ぎしりしながらその戦いに視線を戻す。

 目の前に苦しみがあって、自分の大切な人たちが苦しめられているなら――

 

(――叩き潰してやる……っ、そんなもの――!)

 

 誰かを憎む。

 そんな感情からは一番遠い所にあるといっても過言ではない少年が、その感情をむき出しにして運命に挑む。

 人でもなく、悪意でもない。

 

 ただ、そこに有る無情な神の悪戯(Fate)に。

 

 再び心を定める少年。その目に、もう一つ、新な存在が映る。

 その姿は、彼の記憶にあるよりも幾分か若い――けれど、纏う殺意は全く知らないほどに冷たい。

 

 ――彼を助けてくれた、優しい養父(ちち)の姿だった。

 

 

 

 


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