Fate/Zero Over   作:形右

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 第四話です。


第四話 ~激化する戦い、動き出す運命~

 剣と槍、夜闇をかける剣戟

 

 

 

 

 

 

 〝――この男、出来る!〟

 

 

 

 美しい翡翠色の双眸が、目の前の美丈夫をじっと見据える。

 鋭い眼光が、睨みつけた先を射貫(いぬ)く。一人の少女とは思えないほどの美しさが、彼女にし不釣り合いともいえる夜の倉庫街を照らす。

 自身にふさわしくない場所を、無意識のうちに塗り替えていくような、そんな恒星の煌きの様な強さが、彼女にはあった。

 その彼女を今、目の前にいる槍兵がその手に持つ二本の槍で押し留めている。彼女に対抗しうるだけの力を持った者――則ち、これもまたもう一つの伝説。

 

 英雄同士の激突、舞踊のごとく気高き戦がここに幕を開けた。

 

 

 

 槍とは、基本的に両の手で扱う武器である。それが少女――セイバーの中での認識だった。

 しかし目の前の男は、片手ごとに一本。

 そこにおいて、まず一つの例外。その上での二槍。しかもそれらを同時に振るうにも拘らず、その手腕には一切の〝虚〟がない。偽りが存在しない。

 自信に満ちたその槍捌きは打ち込んだ剣筋をあっさりと流し、すぐさま反撃に転じてくる。

「どうしたセイバー、打ち込みが甘いぞ」

「……ッ」

 目の前の美丈夫――ランサーはセイバーにそういい、不敵に笑う。

 そう言われても反論のしようがない。

 事実ここまで三十合ばかりの打ち合いでも、不可視の剣を振るうセイバーに対し、ランサーは全くと言っていいほど引き離されはしなかった。形の上でセイバーが優勢だが、攻勢に見える状況も直ぐにひっくり返る可能性は捨てられない。

 一体、どれだけの鍛錬を積んで至ったのか……彼の重ね続けたであろう研鑽は計り知れない。

 本来、担い手が使う武器には〝虚〟と〝実〟が存在する。様々な視線をくぐり抜けてきた武器には、自然と魂が宿る。それは、『愛着』と言い換えてもいいかもしれない。

 経験を重ねるのは、何も担い手だけではなく、その武器にもまたその経験は重ねられていく。物も育つ、生きているとはよく言ったものだ。

 それだけの相棒を手にするまでに、それを手に伝説に名を刻み、英雄となったほどの担い手であれば……少なくとも、その手に宿る槍のどちらかが彼にとって真の相棒と言えるのであろうが、それもまだセイバーには判断できない。

 真っ赤に染まった破魔の槍と、それより三割ほど短い呪符に隠されたもう一つの短槍。

 果たして、どちらがその真打ちなのか……

(――――ふっ)

 疑念が尽きない戦況にもか変わらず、彼女の浮かべたもの笑みだった。

 口角が吊りあがる感覚も決して不快ではない。むしろ、それは嬉しいもの。押して、押しとどめられて、打ち込みが通じないのに、それがたまらなく嬉しく感じてしまう。

 偽りのないその真っ直ぐな剣筋は、セイバーとしても好ましいものだ。

 離れ業のような槍使いも、まだまだ見知らぬ武人との戦いは嬉しい悲鳴というもの。先に感じた驚愕も、既に昂揚へと置き換わってしまう。

 自然、高鳴る胸を思う存分に踊らせ、セイバーはさらに目の前の敵へと打ち込んでいく。

 

 ――止んでいた剣戟が、再び始まる。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夜闇に暮れる倉庫の上で、一人の男が煙草を吹かしながら佇んでいた。

 男の名は、衛宮切嗣。この第四次聖杯戦争におけるセイバーのマスターだ。

 彼が何故こんなところで身を潜めているのかといえば、それは彼の戦略によるものである。

 セイバーを妻であるアイリスフィールに任せ、彼女をマスターであると他陣営に誤認させることで、自身の動きをより有効にする。とりわけ、この聖杯戦争に参加している面々はほぼ全員が魔術師としての戦いに偏る動きをしている。

 遠坂時臣、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトといった所謂〝優秀〟な生粋の魔術師たちは勿論。御三家の一つである間桐から参加している雁夜、時計塔の方から来ているらしいウェイバー・ベルベット。キャスターのマスターのみ不明だが、そんな存在は取るに足らず、彼が危険視しているアサシンのマスターである言峰綺礼も何らかの工作でアサシン〝一体〟を生贄に、監督役である父・璃正の管轄下である教会に降ったらしいが、それも何処までが真実か疑わしい。

 ただ、それでも奴の師は時臣であり、魔術師ではない彼が魔術師との戦いを考える際、『代行者』時代の知識と共に師の助言を仰がだろう。ならば、その戦いは魔術師よりのもの。となれば、それも切嗣にとっては獲物として見なせる。

 そう、『魔術師』を狩るのが『衛宮切嗣』――〝魔術師殺し〟の真骨頂であるのだから。

 しかし、いまはまだ様子見。今夜の目的は、セイバーを他陣営に見せること――また、アイリスフィールを〝マスター〟であると誤認させることが狙いだ。そうすることで、今後の戦いで切嗣の動くことのできる範囲とそれに伴う戦略の幅が格段に上がる。それだけに、セイバーとアイリには頑張ってもらう必要がある。

 正直なところ、頃合いを見計らって撤退してもらえるのが好ましいが……果たして、あの騎士王がアイリからとはいえ(寧ろそれが余計に)その命令に従うかどうかは心許ない。

 あの〝高潔な精神〟とやらを大事にしている『伝説の騎士』。

 そんなものを守りながら戦いに勝てるなどと多少なり思っている節がある辺り、おめでたいにも程がある。

 そんなもの、戦場にある悲劇を、そしてそこで流れた血を肯定するようなあり方も、英雄などという言葉によって人々を死地に駆り立てるその傲慢さも、切嗣にとっては何よりも認められない。

 そこには、確かな『正義』があるのだろう。しかし、そんなもので人々を救えるはずがない。――そんなものが、正しいはずがない。

 はっきり言って相入れない関係であることは否めないが、それでも手持の駒の力を確認するのも悪くはないだろう。

 なら、ここは見定めておこう。決して相入れることのない、気高き騎士王の戦いとやらを。

 

「……では、お手並み拝見だ。可愛い騎士王さん」

 

 暗闇に呟いた言葉は流れ、自身を見ている者があるとも気づかず、男は冷たいスコープの先にある黄金の輝きを見据えていた。奇しくもそんな思惑とは裏腹に、その表情は見ていた少年がよく見知った――優しい養父のそれに近いものだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 倉庫の上で、養父(キリツグ)が大型のライフルと共にセイバーたちを見ているのが見えた。その姿は、記憶にあるものよりはとても冷たいもので、一瞬それが本物なのかどうかを疑ったほどだ。

 しかし、その出で立ちはどこを見ても養父のもの。同時に、伝え聞いた『魔術師』としての――否、『魔術師殺し』としての姿だった。

 目の前に広がる戦争(たたかい)の様子に、自分が戦いぬいた戦い以上の恐ろしさを感じながら、自分がどう動くべきかを見定める。ここから繰り広げられる悲劇、それを叩き潰すために。

 戦況は、未だ動かず。

 セイバーとランサーの拮抗した剣撃は未だ止まない。

 時折止むそぶりを見せながらも、お互いの技量を推し量りながらのぶつかり合いはまだまだ止む気配を見せないままに、周囲一帯を震わせ続けている。

 とはいえ、その拮抗ですらも周りを破壊するだけの威力を持っている。既に倉庫は二棟ほど倒壊しており、地面を覆っていたアスファルトも歪な畝を作り、既に砕け散る寸前だ。

 小手調べ、などと言えば大したものではないが――サーヴァント同士のものであるならば話は別だ。神秘をぶつけ合うその〝小手調べ〟はまるで直下型の大地震にも等しい。天災とも形容できそうなその惨状を前にしても、その当事者である二人には傷一つすらない。マスターの振りをしているアイリスフィールも同様。

 夜の闇に潜む倉庫に不釣り合いなほどに、それこそ清涼とさえいえそうなまでの清々しさ。

 気高き戦士たちの戦いは、これまでを多少なり重ねたこの身にさえ余りそうだ。

 呆れかえりそうになる気分を押しとどめながら、今再び〝静〟の間に入った剣士と槍兵のにらみ合いを凝視する――

 

 

 

「――名乗りもないままの戦いに、名誉もくそもあるまいが――ともかく、賞賛を受け取れ。ここに至って汗一つかかんとは、女だてらに見上げた奴だ」

 殺意と闘気を漲らせたままの二本の槍の切っ先をセイバーに向けたまま、ランサーは涼し気な眼差しでそういった。

 それに対し、

「無用な謙遜だぞ、ランサー」

 セイバーも騎士としての礼と、名高き武人と渡り合えることへの笑みを浮かべたままに応える。

「貴殿の名を知らぬとはいえ、その槍捌きをもってその賛辞……私には誉れだ」

 本来であれば、何の縁もない時代も国も異なる英雄同士。

 交わることもない、別の存在である二人がこうして出会うという、まさに奇跡にも等しい所業。これこそが、この『聖杯戦争』という異端(イレギュラー)による異常事態の妙であろう。

 両者の心に通ずるのは、武人として、騎士としての心構え。

 強者との戦いに心躍る。それは、自身の磨き上げた武をもって相手との戦いに注力する。己が剣のみを矜持とし、敵であれ、その誇りをぶつけるに足る相手に対しては畏敬の念すら抱き、捧げるという心の在り方。

 二人の英霊は、互いの気質を持って相通ずる存在であるという事を理解していた。

 誇り高き戦士としての胸の内を持つ者同士。

 故に、この相手とは誇りある戦いができるであろう事もまた、二人には分かっていた。分かってはいたが、それでもそれは二人の理想(ねがい)でしかなく、この場は『聖杯(きせき)』を巡る戦いの場である。

 そこに確固たる誇りを持って挑む者と、何よりのその先にあるものこそ求める者。

 その違いを、というより――その〝存在〟と、その〝在り方〟を。

 それを二人はまだ、理解しきれていない……あるいは、理解しようとしなかった、ともいえる。

 

『――――戯れ合いはそこまでだ。ランサー』

 

 倉庫街に響く声。

 姿を隠匿しているらしいその声の主は、姿と共にその声すらも変えている。

 男なのか女のか、それすらも定かではないが……それでもその言い方や雰囲気から、恐らくは男性ではないかという憶測を立てる位は出来た。

「ランサーの、マスター……っ!?」

 アイリスフィールはあたりを見渡すが、声の発せられたところすら隠されている上に、その姿もまた幻覚の類の魔術で伏せられている。この場で、ランサーのマスターの存在と位置を把握できたのは、切嗣とその相棒である舞弥。暗殺者のサーヴァントであるアサシンと、英霊としての経験を憑依したばかりである士郎くらいであろう。かといって、そのマスターそのものに攻撃するのは、これまた三者三様な理由で躊躇われている。

 切嗣と舞弥は、狙撃し、殺したところですぐさまランサーを消すには至らないという事と共に、意趣返しとして何かをされては困る。加えて、その狙撃によって自身の場所をもう一人の監視者であるアサシンに露見させてしまう事で自身らに及ぶ危険から。

 アサシンは、課せられた命令と漁夫の利を攫う事や不意打ちにこそ、彼らの力を発揮できること。また、この場の誰もがまだ知らないが、この戦いで召喚されたアサシンは『百貌のハサン』。個にして群、群にして個の彼らにとって一体のみでの戦闘はその本質を使わないものであり、ステータスで劣る自分たちが他のサーヴァントに挑むための有利な条件として働くという理由から。

 最後の士郎に関して言えば、牽制程度の狙撃はするかもしれないが、それでも人を殺すなんていうのは彼の性根の上では決してしない。まして、今自分の存在している場所で、聖杯の現出を進めてしまう恐れのあるにも関わらず、マスターを殺せるはずもない。

 それらの理由から、彼らはランサーのマスターに手を出しはしなかった。それを知ってか知らずか、或いはそれさえどうでもいいと踏んでいるのか、それに関しては定かではないが、ランサーのマスターはランサーに指示を下す。

『これ以上、勝負を長引かせるな。そこのセイバーは難敵だ、速やかに排除せよ。――宝具の開帳を許可する』

 英霊としての最奥である宝具をさらすことを承知したうえで、セイバーを狩らせようとするマスター。

 遠慮は無用。

 サーヴァントとしての最大にして最高の牙をもって、セイバーを屠れと命令を下した。

「了解した。我が主よ」

 それを受け、ランサーは応える。

 惜しげもなく短槍を足元に捨て、赤き魔槍を構える。斬り合いの中で解けた先端と同じ、柄の紅をさらしてセイバーに狙いを定めた。

 真の力を開放するべく、深紅の槍が先程とは比べ物にならない魔力を纏い始める。

 霞の様に、煙と舞い始める桁違いの魔力。

 本当の戦いが、ここから始まる。

「そういう事だ。ここからは、()りに行かせてもらう」

 ランサーは宣言する。

 ここから先は、これまでとは違うと。

 サーヴァントの神髄たる『宝具』。果たして、ランサーの槍はいかほどの力を持つのか、とセイバーは思考する。

(短槍を放り捨てたということは、あの赤槍が彼の真打ということに……だとしたら、それは一体どんなものなのか)

 あの槍に隠されたる力はどんなものなのか、彼女はそれを見定めている。

 宝具には、対人、対軍、対城、対界といった種類がある。それぞれに特化した力があり、いずれもまた等しく敵を屠るための力の方向性を示すものだ。

 真名を開放することでその力を開放し必殺の一撃と成すものと、武器としての性質そのものが宝具となっているものとがある。

 さて、セイバーの持つこの戦いの場に晒している宝具は二つ。

 手に持った剣とその剣を覆い隠す風の衣。

 風の衣は名を『風王結界(インヴィジブル・エア)』。これは先に挙げた何かに対するものではなく、どちらかというならば自分自身を保護する結界型の宝具であり、意味合いとしては武器よりは利器に近い。しかし、〝結界〟という体をとっているとはいえ、彼女の持つこの結界は一度開放すればその纏った風を相手へ向け撃ち放ったりする武器にも転じ得る強力なもの。纏った風はそれだけで王に相応しいだけの神秘の一つと言えるだろう。まさしく、『騎士王』たる彼女にこそふさわしいといえる。

 そして、彼女がその『騎士王』としての名を冠するだけに足る代名詞。戦場において、勝ち続けたといわれる常勝の王が王たる所以の聖剣(けん)

 それこそが、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。

 一度放てば、その光は大地を焦土へ変え、手向かう一千の軍勢であろうと薙ぎ払い、全てを切り裂く伝説の剣。

 

 ――聖剣・エクスカリバー。

 

 セイバーこと、『アーサー・ペンドラゴン』の持つ最大にして最強の剣である。

 〝こうあって欲しい〟――ただそれだけの、想いなどという曖昧なモノの集まりでしかないはずなのに、この剣は全ての聖剣の頂点にある。

 それは、人々の希望や願い、想いを形にしたもの。星によって鍛えられた、最大にして最後の幻――『最強の幻想(ラスト・ファンタズム)』と呼ばれる神造兵器。

 単なる美しさではなく、ひたすらに尊い存在。神話にも人ならざる業にもよらない、ただの『想い』によってのみ鍛えられたが故に、幻想・空想の身でありながら聖剣全ての上に立つにまで至った、人々の心の結晶。

 そんな数多の英霊の中でも名高い聖剣の担い手である『騎士王』の見立てでは、ランサーの槍はおそらく『風王結界(インヴィジブル・エア)』と同じ武器としての性質こそが宝具に至ったもの。

 だからと言って、セイバーの方が圧倒的に有利かと言えば……それは違う。

 彼女の使う『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』はその威力と比例して魔力の消費も激しく、周りに与える被害も大きい。敵に当たりこそすれば必滅であるが、当たらなければただの無駄撃ちにすぎず、反対にセイバー自身の敗北にもつながりかねない。マスターである切嗣の魔力から考えても、一度の戦いで撃てるのは精々二回程度。それ以上の無理をすれば、セイバーは魔力切れで消滅してしまうだろう。

 それでは本末転倒。聖杯を手に入れるまでもなく、こんな初戦で敗走するわけにはいかない。

 だからこそ、使用するタイミングは推し量らなければならない。

 それに、その攻撃力にこそ派手さはなくとも、ランサーの持つ槍の力は絶大であろう。対城でないから弱い、などという数値の上だけのでパワーの競い合いそのものは、『戦い』のそれではないのだから――。

 

「「――――――」」

 

 両者、沈黙。

 殺気だけが水面下で錯綜し、その先にある剣筋をどこへ当てるのかを探り続ける。

 静寂が増し、されどそこに張り詰めた糸は今にも切れそうな程で――それが、今。

 

「ハ――――ッ!!」

「フ――――ッ!!」

 

 

 

 ――――途切れる。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――――宝具の開帳を許可する。

 

 それを聞き、背筋に冷たいものが走った。

 場の空気が変わっていく。魔力の流れが、肌で分かる。

「…………」

 知らず、息を呑んだ。

 対峙する二人の一挙一動に目を奪われる。もう、そこから目を離せない。

 一瞬たりとも、目を離すわけにはいかなくなった。その先を、どうしても見たいという思いが大きくなる。戦士としてか、一人の男としてか……それは分からない。

 でも、視線だけは絶対に二人(そこ)からは離さない。

 一挙一動に、己の全てを裂く。

「――ここからは、()りに行かせてもらう」

 ランサーのその言葉が皮切りに、二人の間にあった糸の様に張り詰めた空気が解き放たれ――裂かれた糸は、場を震撼させる。

「ハ――ッ!!」

「フ――ッ!!」

 二人の声が、針を通すように息に乗って抜けていく。

 振るわれた剣と槍。

 先んじたのはランサーだったが、その一撃はあまりにも愚直。言うなれば凡庸。

 けれど、

(それは駄目だ、セイバー……ッ!)

 声を出せず、心で叫ぶ。

 真っ直ぐすぎるその一撃。

 彼女なら、問題にすらならない程度の、その一撃。

 二本の槍を振るうことで繰り出される、先ほどまでのランサーが行っていた変幻自在の一撃に比べると、取り立てて重くもなく鋭くもない一撃を危なげなくセイバーは打ち払う――が、その時。

 

「――――ッ!?」

 

 周囲に、風が巻き起こった。

 正確には、セイバーの剣を覆っていた風の衣が(ほつ)れ……旋風を巻き起こしたのだ。

 その一撃の真の意味に気づき、セイバーは驚愕をあらわにする。

 驚き続けるだけの間も無く、解れた風の中に隠された剣が放つ光が辺りを黄金に彩る。そうして薄暗いだけの簡素な夜を、二人の英雄の絶技と纏った神秘で色付けていった。

 直に見た、黄金の剣。己が起源である『剣』が歓喜し、再びその剣を一瞬とはいえ直に見ることが出来たことに震えた。

 愛しい少女と恩義ある養父の隠したものが晒され、徐々に掘りを埋められて行くというのに、それでも感じたのは彼女の剣とそれを持った彼女。

 その美しさに、あの夜と同様に――俺はまた言葉を失う。

 思えば、セイバーとの出会いを経て、戦うことを決めた。戦う中で、もっと色々なものを受け取ることが出来た。そういう点では、彼女は他の少女たちよりとほんの少しだけ、己に取って特別なのかも知れないと思う。

 ただ、それは言ってしまえばベクトルの違いのようなものでしかないのかもしれない。

 

 ――目指すべき存在として、セイバーがいて。

 

 ――そもそもの『憧れ』として遠坂凛がいて。

 

 ――何よりも日常の象徴として間桐桜がいて。

 

 ――家族という繋がりを最も示したイリヤがいた。

 

 そんな少女たちに、本質的に優劣などつけられるはずがない。だからこれは、きっと感傷のようなものでしかないのだろう。

 けれど、その感傷こそ大切なものなのだ。

 誰かと出会い、誰かを想い、誰かを探し、誰かを識る。繰り返され、交わり続ける世界の中で、決して忘れることのない想いが心を強くする。

 一時(いっとき)の気の迷いすら、場合によっては全てを変えてしまう。

 だからこそ、これもまた――大切にするべき自分の一部であり、守り通して、貫くための幸せの証なのだと、人のフリをした空っぽのロボットは教えられてきた。

 誰かを大切にするのは正しい。しかし、そこに自分を数えて尚貫き通すことは難しい。

 幸せになってはいけないと自分を思って、誰もかれもが救われたのなら、そこでようやく自分も救われるかと思って。

 ……いや、それも少し違う。

 単純に、誰かに本当の救いを差し伸べられたら――自分も救われるのではないかと思っていた。

 浅ましいが、それもまた事実。

 救われたいから、救っている。

 そんな醜い根底を晒され、絶望する未来(りそう)を突きつけられた。

 でも、それを。

 その始まりが偽物であっても、そう生きられたのならば――どんなに良いだろうと憧れた。

 美しい願いだと思ったから、自分も目指したかった。

 無様でも、それでも進むと決めた。

 

 ――その夢は、間違いではないじゃないんだから。

 

 そんな想いが巡り巡って、それまでの自分の道を再認識するようにあの剣に思いを馳せた。

 やはりあの剣は――その担い手たる彼女は、いつだって『俺』の道標なんだと。

 そうして晒された剣に心を混ぜられていると、ランサーがしてやったりといった面持ちで、セイバーに対しこういった。

「晒したな。秘蔵の剣を」

 その言葉を聞いて、セイバーは今しがた起こった現象についての確信を得たのだろう。驚きを隠しきれていなかった瞳は、再びするどさをます。先の風の理由を見て取ったらしく、ランサーへの警戒をより一層強くする。しかし、彼女の剣の真の姿――その正体を、ランサーは確実に目視しただろう。

 事実、ランサーは「刃渡りも確かに見て取った。これでもう、見えぬ間合いに惑わされることもない」といってさらに追撃をしかけていく。

 攻めと守りの均衡がわずかに崩れだした。

 真名に通ずる剣の正体。それまであった分からない間合いという戦闘の好条件。

 有利二つを失っただけとはいえ、それだけでもかなりのアドバンテージをセイバーは失ったことになる。だが、彼女がその程度のことで素直に剣を納めるかといえば、そんなことはあるはずもない。

「……くっ!」

 好機とばかりに、ランサーは正確無比な太刀筋を持ってセイバーを攻め立てる。一撃浴びればセイバーとて無事ではいられないであろう打ち込み。交わすだけとも行かず、その振るわれる一撃ごとに剣で打ち払っていく。

 そうして再び交わる剣と槍。

 するとまた、剣を覆っていた風の衣の一部が剥ぎ取られ、内に秘められた〝黄金の剣〟が露わになる。

 暗がりを明暗するように軌跡を残していくセイバーの剣。槍の穂先が擦れるたびに、隠していた剣の全貌が明らかになっていく。

 セイバーがこのまま終わるとも思えないが、それでもこのまま戦わせていたらいずれ脱落してしまうかもしれない。

 記憶にあるセイバーは、確かに第四次聖杯戦争で勝ち残ったが……しかし、それがここでも同じであるなどとは限らない。ここは過去であるが、自分が体験した第五次に繋がるものかどうかなど分からないからだ。

 

 俺は――『衛宮士郎』は確かに生きている。

 

 けど、それはこの世界の『士郎』の声を聞いた自分と、世界の気まぐれのようなものが重なって起こった偶然でしかない。

 つかり、この世界ではきっと……『衛宮士郎』が生まれることはなかった。生まれない〝はず〟だった。

 なら、その結末がどうなるかなど、俺に分かるわけもない。

 衛宮士郎に、『衛宮士郎』の生まれなかった世界の聖杯戦争は分からない。英霊エミヤにしても、あそこで俺が辿ることになった結末はアイツとは異なるものだった。

『衛宮士郎』の可能性は、聖杯戦争に関わることになって相当に増えている。だが、それでもエミヤと士郎の辿った経緯が違い、別人になった以上――二人の記憶が完全に繋がることはない。夢写しの様なモノなら少しくらいはあるかもしれないが、それもかなりあるか怪しい。

 真名に関しても、『エミヤシロウ』と『衛宮士郎』と一応は異なっている。

 故に、彼女が落ちることはないと高を括り。彼女に屠られそうになったランサーを逃す程度で済ませる――なんていうことが叶うはずもない。

 実際、今この場において追い詰められているのはセイバーなのだから。

 ならば、どうするのか。

 それを今は考えなくてはならない。

(どうするかな……セイバーとランサーを引き離すなら、狙撃でなんとかいけるかもしれないけど――)

 その場合、撃った後二人との交戦を避けることはほぼ不可能に近い。

 なにせ、最速と最優の座に収まっている英霊たちだ。撃った瞬間、二人とも躱して撃ち込まれた方向に攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなったら、この身で二人の剣戟に何合耐えられるか。殆ど無理、という結果は……敗北は目に見えている。

 おまけに、此処にはランサーのマスターとアサシン、そして全盛期の〝魔術師殺し〟というオマケ付きだ。二人が見逃してくれても、このマスターと暗殺者から逃れるすべは今の俺には無い。

 果たして、どうするのが一番いいのか。

 考えあぐねて、二人から少しだけ目をそらし、街の方を見つめてみる。

 アーチャー――『エミヤ』だったら、ビルの上からの長距離射撃とサーヴァントの身体能力で易々ことを成すだろう。そう考えると、なんだかとても悔しい気がする。『フン。貴様にはその程度のこともできないのか? やれやれ、相変わらずの未熟者っぷりだな』というアイツの声が聞こえてきそうなのが、更に腹ただしい。

 ――さあ、どうする?

 思考の波が舞う中で、二人はまた一合二合と打ち合っている。

 光と闇のコントラスト。夜の倉庫街に、新たな流れが呼び込まれていく。

 

 セイバーが、仕掛ける。

 

 魔を断つという槍。

 しかし、彼女はまだその槍の性質そのものには届いていない。

 本質ではなく、『風王結界(インヴィジブル・エア)』を破るだけに足る貫通力。結界を削り取るだけの攻撃力を秘めていると、そう考えている。

 そんな彼女がとった行動とは――。

 

(この槍筋ならば……)

 

 セイバーの一挙一動、その思考、先に見るものがなんとなく浮かぶ。

 自分の内にあるたった一つの魔術の一部である、〝憑依経験〟が彼女の太刀筋を少しずつ見知ったものも、知らないものも、体の中に取り込んでいく。

 

 ――彼女のとるその先は、『死中に活』の一手。

 

 狙うは、甘い一撃の先に剣を届かせるカウンター。槍の一閃を打ち払い、懐に跳びこむ。

 槍の軌道によっては身体に一撃を受けるかもしれないが、それは致命傷にならなければいい。

 だからこその死中に活。

 鎧を掠める程度の一撃など、大したものじゃない。

 防げる一撃なら、鎧に任せて一刀一閃。

 相手が自分を打ち払おうとしても、その前に叩き伏せる――!

 だが、それは。

 

(それは、ダメだ……!)

 

 歯噛みしながらセイバーの仕掛けた一閃を見送る。

 彼女の動きに間違いはなかった。ただ、ほんの少し見極めが甘かったというだけで。

 懐へ飛び込んだ彼女の鎧を掠めるはずの一閃が身体を貫く――

 

「…………ッ!?」

 

 ――寸前、彼女の直感が、活に飛び込んで貫かれた死中を躱した。

 脇腹を掠めた一撃。

 それを受けて距離を取る。

 滴る鮮血に、彼女は自分の見立てと合わせて槍の本質を射止めた。

 傷を伴ったその感触は、セイバーの中に浸透していく。

 そんな彼女へ向けて、後ろに控える銀髪の女性――アイリスフィールは治癒の魔術をかける。セイバーは彼女へ向けて礼を述べると、セイバーはランサーへ向けてこういった。

「……そうか。段々とその槍の秘密が見えてきたぞ、ランサー」

 しかし、そんな彼女の鋭く通った声にも、ランサーは興が乗ったかのように楽しげに笑う。セイバーを突き抜けなかった落胆はなく、寧ろ楽しそうに返した。

「やはり、そう易々とは勝ちを獲らせてはくれんか……」

 暫し、二人の視線のみが交錯する。

 交わった視線を先に外したのは、セイバーだった。ランサーの槍に目を向けると、深紅の柄と矛先を眺めてから一言。

「そうか。その槍は――魔力を断つのだな」

「ご明察……鎧の守りを頼みにしているというのなら、諦めるのだなセイバー。俺の槍の前では、丸裸も同然だ」

 赤槍を向け、そう微笑とともに告げる。場の流れは、完全にランサーへ向いていく――

 

「――たかだか鎧を剥いだぐらいで、得意になられては困る!」

 

 セイバーはランサーの声を遮るようにそういった。

(形勢は、まだ変わりきってなどいない!)

 バッ! と、手を振り払い鎧を脱いだ。包まれていた青いドレスを露わにした彼女はどこまでも綺麗で、思わず息を呑んでしまうほどで……目を、奪われる。

 声も失い、どこまでも気高い彼女の存在をひしひしと感じさせる。

「ほう、思い切ったものだな……乾坤一擲、ときたか」

「防ぎ得ぬ槍ならば、防ぐ前にきるまでのこと。覚悟してもらおうか、ランサー!」

「その勇敢さ、潔さは……決して、嫌いではないがな」

 二人の闘気が、再び膨れ上がった。

「しかし、この場に限って言わせてもらえば――それは失策だったぞ。セイバー」

「さてどうだか。諫言は、次の打ち込みを受けてからにしてもらう」

 張り詰める空気が、二人の剣戟の開始を待つ。

 

「「――――」」

 

 はっ、となる。

 今度こそ、本当に拙い。それに気づくのが遅れてしまった。

 このままでは、セイバーが勝つかあるいは癒えぬ傷を残されてしまう。

 マヌケだった……今度こそ、何か手を打たなくてはならない。

 ぼやぼやしている暇はない。

 二人が動き出す前に、俺の次の一手を――!

 もう迷っている時間もなく、これ以上の戦闘による影響を二人に残すわけにはいかない。

 

「――行くぞ」

 

 左手に弓を、右手には剣を。

 そして、自分の体である剣を――相手へ向けて放つための、己が矢へと変えていく。

 

 

 

 ――――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)

 

 

 

 


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