Fate/Zero Over   作:形右

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 第六話でございます。


第六話 ~原初の王、狂乱の影~

 巡る場、狂う戦況――咆哮する影

 

 

 

 戦い渦巻く、港の倉庫街より遥か遠く。

 冬木の街の一角に聳える、魔術師の『城』たる大きな洋館にて――一人の男が、己が弟子からの報告に頭を抱えていた。

「……これは、拙いな」

『拙いですね』

 苦り切った声と、平坦ながらも恐らくは眉を潜めているだろうことが解りそうな声が、その屋敷の中で微かに木霊した。

「このままでは……」

『師よ、いざという時には――ご決断を』

 重々しく告げる弟子の言葉に、師である男は「……あぁ。分かっているとも、綺礼」と返した。

 それを受け、弟子・言峰綺礼は再び己が使命へと戻る。

『では、私は再び監視に戻ります。随時報告を行いますので、その時は……先の通りに』

 綺麗な言葉に、男は数瞬の沈黙の後、

「……綺礼、頼んだよ」

 といい、綺礼もまた『御意』と師に応えた。

 交信を終えると、男は溜息をつきながら聖痕の刻まれた左手を撫でる。

(序盤から、有利にことを運ぼうと画策していたが……まさかこんなことになろうとは……)

 男――遠坂時臣は、自身らにとって最強の手札であり、同時に最凶の札でもあるジョーカーに、頭を痛めた。

 この戦争において、勝利は揺るがないものであるが――故に、その道のりは険しいものになる。目的を踏まえて考える幸不幸の天秤なれば、間違いなくその比重は幸に偏ろうが……それでも、思わずにはいられない。

 我が王に、もう僅かばかりの分別あれ――と。

 

 

 

 ***

 

 

 

 〝眩い〟と形容するのも遺憾し難いほど、その男は場に不釣り合いなほどの輝きを放ちながら現れた。

 倉庫街を危うげに照らす、か細い街頭の上。

 高々十メートルも無いであろう場所にも関わらず、ぎらぎらと獣のような獰猛さを宿した真紅の眼はまるで、その場所が世界の中心であると共に頂点であると物語るかの様に――文字通りの〝全て〟を余すところなく見下ろしていた。

 なんという傲慢さ。

 けれど、それに見合うだけの器を備えていることを否応なしに示す程の威光。

 

 統治者。

 支配者。

 制圧者。

 独裁者。

 

 その有様は、この世全ての暴君とその野望、野心、欲望、怨嗟、悦楽、愉悦に展望、大望を集めて尚まだ足りぬと答えること間違いないだけの確信を示す。

 そう、紛うことなき『王』が――そこにいた。

 

「――――(オレ)を差し置いて〝王〟を称する不埒者が、一夜の内に二匹も涌くとはな」

 

 さも不機嫌そうに、その『王』は眼下の場を呈した。

 先んじて現れた征服王の豪快さとタメを張れそうな豪胆さであるが、その根底はまるで違う。

 確かに、双方共に傲然で尊大。

 が、征服王の眼差しには確かな相手への慈しみを含むものがあり、声もまた相手への思い遣りを示しているのに対し、黄金の英霊から滲み出すのはひたすらに冷淡な気配のみ。

 相手への慈悲を積極に示すことは無く、興じさせるもので無いのなら潰して当然といった態度。

 己が中心だという考え方こそ通ずるやもしれないが、他者との在り方において――彼らは全くの正反対だった。

 個としての頂点。

 群としての頂点。

 其々の〝至高〟とするものが異なるということは、当然選ぶ道もまた違う。

 世界を己が制す箱庭(にわ)と見るか、自らが征すべき未開(にわ)と見るか――それこそが、二人の決定的な違いであった。

 

 ――――世俗を愛でる至高の王と、未知を踏破す蹂躙の王。

 

 果たして、その何方が真であるのかなど、考えるのは無粋であろう。

 だが、もしそれを示す唯一絶対の定義があるのだとすれば……それは、何方がその心のままに闘い抜いた先の勝者であるかに他ならない。

 勝てば官軍負ければ賊軍。

 古代より明白な力の掟。古の王二人にはあつらえ向きの結論。

 己が覇道を示せ王よ。

 すでに幕は上がっているのだから――。

 

「難癖つけられてもなぁ……。イスカンダルたる余は、世に知れ渡る征服王に他ならぬのだが」

 

 征服王イスカンダルが、新たに現れた黄金の英雄に対し困惑を残しつつそういった。

 流石の彼も。まさか己以上に高飛車に『王』を名乗りながら現れる英霊がいようとは予想だにしなかったのだろう。

 だが、そんなイスカンダルに対し――黄金の英雄はイスカンダルを含めた是認が『全く分かっていない』といったように鼻で嗤い、イスカンダルたちを再度見下してこう言い捨てた。

「たわけ。真の王たる英雄は、天上天下に(オレ)ただ一人。あとは有象無象の雑種に過ぎん」

 さらりと、単なる侮辱と表現することも憚られるような宣言。

 その傲岸不遜な言いように、セイバーが眉根を寄せ、あからさまな苛立ちの色を示す。しかし、イスカンダルは寛容にその言葉を聞き流したらしく、溜息を吐きながらも目の前の黄金の英雄に「ならば」と言葉をかける。

「そこまで言うならば、まず名乗りを上げたらどうだ? 貴様も王たる者ならば、まさか己の威名を憚りはするまい?」

 至極もっともな言い分である。

 自分以外の『王』を証する者をそこまで貶めるのならば、その真の王たる自身の名を名乗ってみろというのが本筋であろう。

 事実、この場において名乗りを上げていないのは、先ほどの狙撃を行った〝アーチャー〟の除けば目の前の金ぴかのみだ――が、それを聞き、先ほどまで以上に不愉快そうに眉根を寄せた。

 真紅の双眸を鋭くし、怒りを示す。

「問いを投げるか? 雑種風情が、王たるこの(オレ)に向けて?」

 理は、順当に向けばイスカンダルにあったであろう。

 その筈なのだが、どうにも目の前の金ぴかの観点からすると、イスカンダルの言い分は度し難い不敬に当たるらしい。

 

「我が拝謁の栄に浴して尚、この面貌を見知らぬと申すなら――」

 

 これまで以上の、憤怒。

 彼の怒りに、自らの〝真名の秘匿〟を成すなどという打算的な考えは微塵も感じられない。そこにあるのは、単なる癇性。

 己自身の感情を以って、この場において自らが受けた非礼を裁く裁定者のごとく、彼はその矛をその場に晒す。

 ゆらり、と陽炎か波紋のように金ぴかの背後の空間に〝揺らぎ〟が生じた。

 浮かび上がるのは――無数の〝武器〟。

 武器、

 武器、

 武器。

 数えるのすら馬鹿馬鹿しいほどの数の剣が、槍が、斧が、矢が、鎌が、そこに在った。

 まるで底が見えない。あるいは底があるのかということすらわからないような、圧倒的武力。一体、どれほどの逸話があれば……これほどの『宝具』を手中に収められるというのか。

 先ほどまでの言葉が、単なる鼓舞でないないということを今になって思い知る。

 まさしく、そこには原初の『王』がいた。

 ここにもう、先ほどまであった騎士の誉も、王の覇道も、正確無比な想いもない。

 有るのはただ、独裁者()の裁定による〝裁き〟のみ。

 程度を弁えない下賤は不快だと、完全なる独善による裁定を下す。

 

「――そんな蒙昧は生かしておく価値すらない」

 

 原初の『王』による裁きが、ここに始まる。

 

 ……しかし、もう一つ。その場に歩を進める影あり。

 

 

「……aa……ah……」

 

 

 それまで以上の混沌が、ここに始まる。

 

 

 

 ***

 

 

 

「まったく――次から次へと」

 

 港からの夜の潮風の中、苛立たしげに男はそう呟いた。

 手に持ったライフルのスコープから目を離しながら、周囲に起こっている有り得る筈のない混戦に閉口しつつ、次にするべき行動のため、男はこれまでに起こったことを並べ反芻し、思考する。

(第一に、先ほどセイバーとランサーの交錯の際に放たれた狙撃の『矢』。あれは先日遠坂邸で確認された〝アーチャー〟――あの金のサーヴァントとは別の者の仕業と見て間違いない。少なくとも、こうしてあの征服王(バカ)の宣言につられて出てきた時点であんなことをする筈のないことは判った。

 となると、残る(クラス)のサーヴァントだということになるが……残るのは『キャスター』と『バーサーカー』のみ。この二体があんな芸当ができるとは到底思えないが――起こっている以上、そうであると考えるしかない。狙撃場所は自分の目と舞弥で確認したが、第二射撃の場所は把握できなかった。

 最初に放たれた方向との差がデタラメ過ぎる。『矢』の能力を見た限り、追尾性に任せたブラフである可能性もあるが、だからと言ってあの狙撃の目的がなんなのかが解らない。

 そもそも、あのタイミングで狙えるならなんでセイバーもランサーも殺さなかった? そんなことは戦略上ありえない。仮にあのライダーやアーチャーのような馬鹿だったとしても、あの状況で敵を倒さないというのはありえない)

 男――魔術師殺し、衛宮切嗣は戦況を逐一確認しながら、長々と答えの出せない思考を続ける。

(第二に、ライダーの参戦。

 マスターはまったくのノーマークである新たなマスターが召喚したらしいが……あの程度なら、さして問題はないだろう。自身のサーヴァントすら御せないような未熟者では、さして脅威ではない。おまけに、あのケイネスとの何かしらの遺恨がある。奴の聖遺物を盗んだのはこいつで間違いないだろう。

 なら、互いに潰しあわせるようにでもしむければいい。あとは勝手に共倒れするだろう。

 しかし、だからといってあのサーヴァントは強力だ。ランサーやセイバー同様、相当におめでたいようだが……あの戦車。それにまだ何か隠し球を持っている可能性もある。警戒はしておいて損はない)

 新たに場に現れたサーヴァントに対しての警戒。

 まだまだ情報が足りない序盤において、こんなにもイレギュラーが重なるなどありえない。

 こんなにも荒れるなんてのは、全くもってナンセンスだ。

 この『聖杯戦争』という儀式は、馬鹿みたいな騎士の誉れだのなんだのと、そんな下らないものを示す場ではない。

 誰もが勘違いしている。下らない妄執に囚われた御三家の老害ども。誇りだのなんだのと、戦いで自らの経歴に箔をつけようとする者ども。

 まだ発覚していない他の者は、そもそもの願いなど己の欲望を振りかざすだけ。

 そんなもの、認められるものではない。

 だからこそ、ここで倒す。

 そう決意し、切嗣は次なる射手を討とうとした時、さらに黄金の英霊が現れた。

 死んでも馬鹿が治らないのが英霊なのか、と文句を垂れそうになったが、それ以上にこの場を掻き回す事態をどう有利に進めるべきかだけに視点を絞る。

 その黄金に輝く英霊がどうしようもないほど自己中心的な価値観を持って動いている様に、数多ある宝具を出現させている様に、此方にも飛び火する可能性に多少なり警戒を残しつつも、この状況を打破するべく戦略を一部組み立て直し、優先度をいくつか計り直す。

 やるべきことは大きく一つだが、そこにいたるまでにやるべきことがまだいくつかある。

 自身らと同じくここを監視している『アサシン』の排除。

 ランサーのマスターの排除。

 そして何より、先ほどの〝狙撃者〟の排除だ。

 とはいえ、サーヴァント、ということならこちらが打って出たところで返り討ちになりかねない為、迂闊に手出しはできない。

 大きすぎる不確定要素は叩いておきたいが、今ここにある戦力では倒しきるという結果は得られないだろう。

 それが分かっているからこそ、未だ踏み切れずにいるのだが……ここまで来ると、後何か一つでも場に投じられた一石があれば、戦場は一転し、何処へ転ぶか分からないというのもまた事実。

 ならば、

「舞弥」

『はい』

 居場所を探り出すまでのこと。

「先程の狙撃の行われた地点、そこにいる狙撃者を探せ。但し、攻撃はするな。此方には、対サーヴァント戦の備えはない。動くなら、もう少し後になる」

『了解』

 簡潔なやり取りのまま、一度離したスコープへと視線を戻す。

 狙撃者(スナイパー)を恐れるのは、いつでも同じく狙撃者(スナイパー)である。

 それは、互いが似た状況に立ち、その上で場所の選定と狙撃のタイミングをどれだけ有効に使えるかが生死を分けるからでもあり、その戦いにして、互いの思考の読み合い(トレース)であるからでもある。

 幸いなことに、相手はアサシンではなく別のクラスなのは確認済み。基本的に他の(クラス)、それこそエクストラクラスなどという例外中の例外を含めても、最も索敵と隠蔽に長けているのはアサシンだ。

 それ以外であれば、此方も見つけるのに相応の準備はしてある。

 霊体化でもされていれば探すのは骨だが……往々にして、魔術に関わるなんらかの形を持つものはそこに依存したままの停滞に甘んじる。切嗣らの用意した現代兵器――ないし現代の機器――に対する無知などその際たるものだ。

 故に、

(なんらかの尻尾を掴めれば、それが次の一手に繋がる――)

 そう切嗣が確信した、その時。

 

「……aa……ah……」

 

 ガチャリ、ガチャリと、漆黒の甲冑に身を包んだ騎士が現れる。

 そこで一つ、切嗣に一つの確信が生まれた。また、もう一つの推察も。

(バーサーカー……か)

 残る座は、『キャスター』のみ。例外かどうかの確認が得られるまでは、暫定的に先の狙撃者はキャスターということになる。

 そう断じた切嗣だったが、それは同時に――その狙撃手を一度諦めなくてはならないこととほぼ同義だった。

 何故か? それは――――

 

「誰の許しを得て(オレ)を見ておる? 狂犬めが……」

 

 ――――原初の王と、漆黒の狂戦士が、闘いの狼煙を上げたからだった。

 原初の王が、黄金に煌めく宝物庫を、己が座である射手(アーチャー)たら所以を、この場にまざまざと示さんと、自らの武器(ざいほう)を石飛礫か何かのように扱う。

 

「せめて散り様で(オレ)を興じさせよ。雑種」

 

 ここから戦いは――英霊の顕現という奇跡の、本当の出鱈目さを悠然と物語る。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――始まる、闘いが。

 

 見せつけろ、己が使い魔(サーヴァント)を。

 ぶち壊してやれ、奴らの自信を。

 叩き潰せ、憎き男の呼び出したモノを。

 何もかもを粉砕して刻み込め、己が存在を。

 そう……己は今、この場において誰より強い――!

 

「殺れ……っ! あのアーチャーを叩き潰せ……っ!! バーサーカァァァッ!!」

 

 落伍者と蔑まれた男は今宵、閉じられた幕を破り捨て、救済と復讐の舞台へと飛び出して行く――。

 

 

 

 己がマスターの叫びを受け、狂戦士が動き出す。

 されどのその動きは急いたものではなく――ゆっくり、ゆっくりと地を踏みしめながら、今宵集いし猛者どもの前に、その漆黒の甲冑を晒した。

 現れた新たな役者に、全員の注意がそちらへと向く。

 征服王の騎士王も、誰しもが漆黒の狂戦士を見て僅かに身体を揺する。

「……なぁ征服王。アイツには声をかけないのか?」

「誘おうにもなぁ……ありゃあ、のっけから交渉の余地なしだわなぁ」

 輝く貌の飛ばした問いに、流石の征服王も狂戦士にかける言葉を見つけられないでいる。

 しかし、そんな彼らのことは眼中にないらしく、漆黒の狂戦士はある一点を見据える。

「――誰の許しを得て(オレ)を見ている? 狂犬めが……」

 その視線の先に、黄金の英雄がいた。

 彼のマスターが狙えと命じた、〝アーチャー〟のサーヴァント。

 ぶれることなき(てき)。視線は一点に集中する。

 無作法に向けられる視線に怒る黄金の英雄の眼光すら、今の彼には微々たるものだ。

 元より戦士として、また騎士として。相手にへつらう(こうべ)は持ち合わせていないのだろうが、それでもここに置いて――目の前の敵は厄介な存在であることを、狂気に囚われて尚、彼は判別できないほど堕ちてはいない。

 侮りはしないが、それでも彼は手ぶらの徒手空拳。

 一見すれば、無数の宝具を従える英霊の前に立つなど、正気の沙汰ではないだろう。

 そう、それは文字通りの意味。彼はそもそも、正気ではなく――またそこに、元から恐れなど存在しない。

 戦場にて武器の有無が恐れになるのではなく、無剣であろうとしせることはなし。

 この心構えこそ、狂気に落ちて尚失わぬ――彼の常勝の王に仕えた騎士の一人としての矜持である。

「せめて散りざまで(オレ)を興じさせよ。雑種」

 無造作に撃ち放たれた宝剣と宝槍。二本の宝具が狂戦士に迫る。

 

 

 

 ***

 

 

 

「な――!?」

 

 ありえない。

 異常事態だ。

 そもそもが奇跡の具現であるイレギュラーな儀式――『聖杯戦争』に置いても、明らかに〝異常〟な存在。

「なぁ、坊主。ありゃあサーヴァントとしちゃどのくらいのもんだなんだ?」

 隣から己のサーヴァントである征服王が、ウェイバーに現れた狂戦士についての問いを投げた。しかし、その問いの内容こそ……ウェイバーの()()取った〝異常〟である。

「――判らないんだ」

「何ぃ? 貴様とてマスターの端くれであろうが。得てだの不得手だの、色々と〝視える〟ものなんだろう?」

「まるっきり見えないんだ! あの黒いの、間違いなくサーヴァントなのに……」

 ステータスが、何も見えない。

 なんの情報も見て取れない。聖杯戦争に置いての、マスターとしての一手を掠め取られたかのような感覚だ。

 騎士王だろうと、輝く貌だろうと、征服王や黄金の王ですら例外ではないというのに。

 あの黒い狂戦士からは、何も見て取れない。

「なんなんだ……あの黒いの……」

 訳がわからない。困惑しているウェイバーの隣で、「ふむ……」と征服王は顎に手を置いて黒騎士の出方を見る。

 幸か不幸か、黒騎士の第一目標はあの金ぴかのようだということを見て取った征服王は、先ほどまであの金ぴかが自分や騎士王に対して向けていた〝王〟を称することについての怒りを、黒騎士の不躾な視線に対する不快感に移したことから、この二人が一体どのような戦いをするのかを見届けることを決めた。

 その刹那、黄金の英霊の放った二本の武器が、黒騎士を穿たんと放たれた。

 しかし、その僅か後に広がっていたのは痛ましげな黒騎士の骸ではなく――その場の誰しもが目をみはる光景だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「散れ」

 

 放たれた宝具は二本。

 迫り来る速さも伊達ではなく、まさしくそれは〝射手(アーチャー)〟の名に相応しい。

 そしてその攻撃は、この戦争の本当の一戦目である戦いにて、暗殺者を一瞬で塵にした出鱈目な威力を持ったもの。

 だが、しかし――。

「……aa……ga……a……!」

 

「「「――――ッ!?」」」

 

 危なげなく。黒騎士は、自らに襲いかかってきた宝具を難なくあしらった。

「……奴め、本当にバーサーカーか?」

「〝狂化〟されてるにしては、えらく芸達者な奴よのぅ」

 その技量は、彼の騎士と王を以ってして、そう言わしめるほどであった。

 一射目、躱して避けると共に掴み取る。

 二射目、掴んだ剣を持って槍を叩き落とす。

 強化されてるとは思えないほどの技量で持って、原初の王の財宝を難なく己の糧とした上で攻撃を凌ぎきる。

 ……いや、凌ぐどころか寧ろそれを、己が技量のみで〝凌駕〟していた。

 また同時に、

「アレは――!?」

 黒く染まりゆく原初の財。

 黒騎士は、己が能力を持って更に、その技量を力へと昇華する。

「……なるほどな。あの黒いのが掴んだものは奴の宝具となるというわけか」

 感心する征服王だが、その光景を度し難いほどに怒るものがこの場にいた。

「……汚らわしい手で、我が宝物に触れるとは――そこまで死に急ぐか、狗ッ!!」

 波紋のように、陽炎のように、黄金の英霊は背後の空間を揺らがせ〝門〟を解放する。

「そんな、馬鹿な……」

 ウェイバーがそんな呟きを漏らす。それは、至極当然であった。

 なにせ、現れたその全てが――紛れもなく神秘を纏った一級の宝具。

 先ほどまでの小規模な展開とはわけが違う。世の頂点に立つと豪語する王が、自らの財を冒涜した狂犬を無に返すために、裁定を下ために財を解き放つ。

 冒涜には、冒涜された手段を以って粛清する。

「その小癪な手癖の悪さでもって、どこまで凌ぎきれるか――さぁ、見せてみよッ!」

 主人の命を受け、一斉に放たれた武器の数々が黒騎士へと殺到していく。

 夜の風を切り裂く音が鳴り、黒騎士が弾き、かわすたびに地面から轟音と土煙が立ち登る。

 だが、その無数の宝具の雨の中であっても尚、決して――黒騎士は倒れない。

 掴み、弾き、折れたらぶつけ、できた空白で身を捩り、更に飛来した武器を掴み上げて、降り注ぐ雨を叩き落とす。

 たったそれだけのことでしかない。ただそれが、無数の必殺の武器の猛襲であるだけで。

 黒騎士が倒れないことが確認されるたび、黄金の英雄の眉間の皺が深くなる。

 怒り心中といった表情は、今にも焼け爛れそうだ。

 癇性にまかせ、己が力に絶対の自信を持ったまま、黄金の英霊は自身の天敵に悪手を放ち続ける。

 そのまま、もしも黒騎士が文字通りの『全て』を防ぎきってしまったとするならば――最後の一手を、こんなところで抜かなくてはならなくなる。

 無論、黄金の王はそんなことを考えてもいないし、マスターの方もその最後の一手についてはまだ知らない。だが、それでもこの戦況を見て傍観を続けた上で得るであろう勝利を見据えることに、腹を据えかねる。

 このままでは、拙い。

 序盤で全てを出し尽くすなど、あってはならないことだ。

 原則に縛られた、実に魔術師的かつ、人間的な不安。

 戦場からは遠い屋敷の中で、更に遠い協会で、二人の男が言葉を交わす。

『アーチャーは……〝ギルガメッシュ〟は本気です。更に王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を解き放つ気でいます』

「…………」

『師よ――ご決断を』

「……分かった」

 こうなっては、仕方がない。

 負ける、などということはないだろうが……それでも、わざわざこんな序盤で何もかもを押しつぶすようなやり方は、優雅とは言えない。

 聖杯戦争という血みどろの奪い合いにおいても、格式を重んじる実に固定観念的な考えのもと、男は手の甲に刻まれた〝聖痕〟を使う決意を固める。

 相手を尊重するつもりではいたが、これは許容範囲外に到達していると言って差し支えない。

 やるしか、ない。

 その間にも、黒騎士は更に黄金の王――ギルガメッシュに攻撃を仕掛ける。どれだけ放っても当たらないギルガメッシュとは裏腹に、黒騎士の方は両手で掴みとった宝具を正確にギルガメッシュの立つ街灯に投げ放つ。

 ポールは枝先と根元の両方から分断され、地に転がった。

 必然、その上に立っていたギルガメッシュは街灯が分断されると共に、地面に立つ――。

「痴れ者が……っ!」

 怒り、などというそれまでの感情で表せないほどの激昂。

「天に仰ぎ見るべきこの(オレ)を、同じ大地に立たせるか――その不敬は万死に値する! そこな雑種よ、もはや肉片一つたりとも残さぬぞ!」

 真紅の双眸が、漆黒の騎士を本気で殺そうとしたその時。

 

『――令呪を以って奉る。英雄王よ、怒りを鎮め撤退を』

 

 マスターの手に宿る、絶対命令権。

 令呪に寄る嘆願の形をとった帰還を促す諫言に、ギルガメッシュは己の行動を妨げたことへ(いか)る。

「貴様ごときの諫言で、王たる(オレ)の怒りを静めよと? 大きく出たな時臣……ッ!」

 忌々しげにそう吐き捨てるギルガメッシュだったが、臣下の礼をとっている者の願いを聞き届けるのもまた王の努め。

 それにこれ以上自らの財を放り出し続けるのも、得策ではないことも口には出さないものの思ってはいるだろう。負けることはないが、それでもこれ以上は無駄であるかと思い直す。

 プライドと多少の怠惰などから、ギルガメッシュは嫌々ながらマスターである時臣の嘆願に乗ってやることに決めた。

 黒騎士へ再び侮蔑の視線を送り、

「……命拾いしたな、狂犬」

 傲慢な態度は一切改めることなく、ギルガメッシュは場を去るにも関わらず傲岸に言い放つ。

「雑種共。次までに有象無象を間引いておけ。(オレ)(まみ)えるのは真の英雄のみで良い」

 言うだけ言って去る、という言葉がこれ以上なく良く合う態度のままギルガメッシュは実体化を解いた。黄金の残滓のみが尾を引き、実態を失ったギルガメッシュを構成していた粒子がかすかに舞う。

「フムン。どうやらアレのマスターは奴自身ほど剛毅な質ではなかったらしいな」

 征服王がそう言った後は、あまりにもあっけない幕切れに、この場からどう先に進めばいいのかと誰しもが思っていた。

 この場において最も我の強い英霊が去り、戦場は静まり返ったと。

 けれどそれは――

 

「――a」

 

 結局のところ、相対していた驚異の片割れが残り……また、新たな開戦の狼煙であるということでしかなかった。

 

 

 

「……ar()……ur()……ッ!!」

 

 

 

 ――――今宵、最も怨嗟に濡れた音に聞こえる咆哮が轟いた。

 

 

 

 

 


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