Fate/Zero Over   作:形右

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 第七話。
 倉庫街での戦いの幕引きです。


第七話 ~夜明け、そして真の始まり~

 荒れ狂う狂気、明け行く夜

 

 

 

 

 

 

「――ar()……ur()……ッ!!」

 

 闇に濡れた漆黒の騎士が、怨嗟に塗れた咆哮を上げた。

 痛いほどに場を震わせるその叫び。

 ここまでに、場を何度も変えた幾多もの英霊たちのそれとはまるで違う、怨念止まぬ怨霊のようなその有様に、誰しもが呆気にとられて息を呑む。

「何だ……? ――ッ!」

 誰かが、そういった。

 しかし、その言葉の主が明らかになるより先に、漆黒の騎士は動いていた。

 駆け出しながら、先ほどまで黄金の英霊の立っていた街灯のポールを蹴り上げて掴みとる。

 自ら切断したポールを持ち、己が魔力で黒く染める。照明具の部分を切り落としたそれは、まるで漆黒の槍。

 その闇に濡れた手で、目の前の黄金を(けが)そうとしているかの如く――彼の騎士は、彼の王に襲い掛かる。

「ぐっ……!?」

 身の丈に差があると言う他ない、大男と少女の鍔迫り合い。

 その上、漆黒の騎士が手にしているのはただの棒切れだ。そんな()()()()()()、先ほどその存在を晒されたばかりのこの世で()()()()()()()と張りあっている。

 誰もが感じたのは、まず驚愕だろう。

 そこで行われているのは、清涼な騎士の剣舞でも、豪快な征服王の覇道でも、短気な原初の王と黒騎士の数と技量の勝負でさえない。ただ、脈絡無き唐突な激突であった。

 攻撃を仕掛ける側にある理由(わけ)も、受ける側の徐々には解らない。

 けれどそこに、確かに何かの怨嗟の流れを感じる。

 誰もが解らないのに、誰しもが痛感する戦いが、そこにあった。

「バーサーカー……ッ! 貴様は、一体――!?」

「……」

 応えは無かった。

 ギリギリ、と擦れる刀身が悲鳴を告げる。

 そこにはただ鍔迫り合う剣の(こえ)だけがあり、それ以上は何も無い。

 凡俗と呼ぶのすら躊躇われるような、有象無象の棒切れが王の剣を凌駕し、端麗な顔に傷をつけんと迫り来る。

 だが、常勝の王の名は伊達では無い。

「せ――ああああっ!」

 少女――セイバーは、『魔力放出』を高めて迫る脅威を吹き飛ばす。

 ビギィッ! と音を立て、黒く染まった鉄の棒は砕け散る。いかに強化されていようとも、最強の聖剣の前に立つには役者不足。

 未練なく、躊躇いなく、黒騎士は砕け散った棒を捨てる。

 これにより、彼の武器は無くなった。

 またしても無剣か、と思われたその時――黒騎士は弾かれた勢いのまま後退し、戦いの余波で折れかけたもう一つの街灯の鉄柱部分を捩じ切るようにして再び構える。

 

 ――その場にあるもの全てが、我が武器。

 

 そう示すかのように、黒騎士は不気味に赤く光り続ける眼を向けた。

 背筋を撫でる冷たい殺気に、セイバーは眉根を寄せる。

 いくつか戦いを経たとはいえ、まだまだ彼女は万全に近い。

 そんな最強の聖剣の担い手である『剣士の英霊』たる彼女が、ただの鉄柱を構えるだけの騎士の黒い殺気に恐れを感じた。

 全くの未知に、生唾を飲み込む。

 僅かな震えを感じる間も無く、黒騎士の攻撃が再開される。

 

「……ga――aaaa……ッ!!」

 

 ――――黒き咆哮が、再び街を震わせる。

 

 

 

 ***

 

 

 

「な――――っ!?」

 

 夜の風に、少年の声が微かに響く。

 彼の中にある、絶対的な〝強さ〟や〝気高さ〟の象徴――それこそが『セイバー』だ。

 なのに、彼女を今押しているあの黒騎士は、あろうことか彼女をなんの神秘も持たない鉄柱で圧倒している。

 それも、ただのスキルによる補正だけでなく、その技量の上でもだ。

 

 ――一体、何が起こっているのか? そう思わずにはいられない。

 

 無論のこと、彼女が無敵では無いことは知っている。

 魔力をうまく供給できずに弱体化させてしまったこともあるし、令呪によって無理強いされ動けなくなったのも見たことも、彼女を文字通り飲み込んで怨念に染め上げられた彼女(セイバー)と戦い、そして大切な少女(さくら)を救った戦いも覚えている。

 けれど、それでも。

 彼はあそこまで、技量で押されるセイバーは見たことがない。

 先ほども己の放った攻撃によって、彼女は呪いの黄槍からの呪いは受けていないにも関わらず、黒騎士の卓越した武を以って、翡翠色の双眸をした少女を追い詰める。

 迫る脅威、そしてその狂気に、彼の王の剣は次第に押されていく。

 ――でも、彼女(セイバー)なら……と、そんな甘い考えが微かに浮かぶ。

 浮上する思考は、こと戦場において最も忌諱すべきもので、〝甘い〟などという言葉で表すにも足らぬほどに抜けた考えだった。

 確かに、この場に未だ残る英霊たちは、戦場においても相手との真っ向う勝負や己が大望を互いにぶつけ合うことを真とする者たちばかり。だが、それが必ずしも彼らを従える召喚者(マスター)たちにまで通ずるのかといえば、それは全く持って否である。

 

「悪ふざけはその程度にしてもらおうか、バーサーカー」

 

 魔を断つ赤槍が、魔力によって強化された鉄柱を両断する。

 ランサーがセイバーの助太刀に入る形でバーサーカーの攻撃を止めた。彼の魔槍にかかれば、いかな技量を持つとはいえ、その武器が〝魔力で強化されている〟という前提の下で成り立つ物であれば、その槍の力で以て本来あるべき、元の鉄屑という姿へと還すことは容易い。

 事実、バーサーカーは再び得物を失い、攻撃の手を続けられずにいた。

 目の前に現れた新たな敵――つまりは、自身にとっての邪魔者である槍兵をどう倒すか、その思考が狂戦士に生まれ動きを止める。

 が、それはあくまで一時的なものでしかなく、今日戦士はじわじわと次なる『武器』を手中に収め、目の前に立ちはだかるランサー――牽いてはその先にいるセイバーを叩き伏せんと殺気立つ。

 どこまでも負の念に縛られた殺気を受けながらも、この戦争(たたかい)において、新たなる主に今度こそは揺るがぬ忠節を捧げんと誓った騎士は、清過ぎるほどの〝騎士道〟の下、向けられる殺気を受けて立った。

「……そこのセイバーは、この俺と先約があってな――これ以上下らん茶々を入れるつもりならば、俺とて容赦はせんぞ?」

「ランサー……」

 セイバーは同じ騎士として、彼の健全なる精神に感銘を受けた様だ。

 ランサーの忠実なる誇りに感極まりつつ、彼女は目の前の〝騎士〟を見た。そこには、確かに自身と同様の誇りを持った戦士の姿がある。

 混沌としたことばかりが続いた、『聖杯戦争』の始まりの夜において――幾分ささくれ立っていたセイバーの心は、ランサーという同士を見たことで安らかさを感じられた。……しかし先に述べた様に、戦場(ここ)において、そうした清廉さを至上とする人物ばかりが集まっているわけではないのだという事を、二人は身をもって知る事となる。

 

『何をやっている。セイバーを仕留めるのなら、今こそが好機であろうが』

 

 姿を隠したランサーのマスター、『ケイネス・エルメロイ・アーチボルト』がそういった。

 その声色は、ランサーを糺することがありありと浮かんでいて、ランサーの行動がマスターの不興を明らかに買っていることが分かる。

 だが、ランサーはそんな声にも毅然とした面持ちのまま、

「セイバーは! 必ずこのディルムット・オディナが、騎士の誇りに懸けて討ち果たします。故にどうか、我が主よ……!」

 そう主へと訴え掛ける。どうか、このセイバーとの決着だけは尋常なものとさせて欲しいと。

 けれど、そんな騎士の訴えは、戦いにおいて不要な思考である。

 今の戦いに対する価値観や、あくまで勝利を得るために戦う以上……そんなものに拘られては敵わないと、そう考えるだろう。

 故に、

『ならぬ』

 ランサーの訴えを切り捨てると、ケイネスは未だ渋るランサーを従わせるべく行動に移る。

 誰にも見えないが、ケイネスは英国紳士らしく決闘の場たる戦場にふさわしいであろう装いの一つである手袋を外した。

 手の甲に刻まれた、聖痕が光を放つ。

 

『――令呪をもって命じる』

 

 ひたすら無情に、聖痕の輝きが増していく。

「主よ……っ」

 呼応するように、ランサーの悲痛な声が漏れ、ケイネスの声が場に響いた。

 

『バーサーカーを擁護し、セイバーを――殺せ』

 

 その声とほぼ同時に、ランサーの槍がセイバーへ向け振るわれる。先程までの清涼さもなく、受けた命を果たす為だけの――彼の心を殺した一撃。

 どうにか交わしたセイバーだが、振るった一閃のまま俯くランサーに何と声をかけるべきなのか、或いは掛けざるべきなのかが分からず……ただ「ランサー」と名を呼ぶだけに留まった。

 それに対し、彼の返答もまた――すまん、という一言のみだった。

 愚弄された騎士の誇り、追い込まれた一人の騎士。

 黒と深緑、そして青。

 心がすり減りゆくような、三つ巴の戦いが――暗い倉庫の片隅で始まった。

 

 ――それを受け、二人の男がその戦いをどうにかして乗り越えなくてはならないと思考を加速させる。

 

 闇に紛れる狙撃者二人。

 一方は冷酷に、他方は情故に、動き出す。

(この戦争において、『器』であるアイリの保護は最優先だ。どうにか隙を作り、ここを離脱するのがベストだが――しかし、バーサーカーのマスターは視認できず、おまけにこの闇のどこかにもう一人狙撃者がいる……。おまけに、あの騎士王様がおいそれと撤退に応じるかどうか……)

 腹ただし気に、けれどより効率的に――〝魔術師殺し〟・衛宮切嗣は動き出す。

 相方にアサシンの気を逸らさせ、此方からはランサーのマスターを狙撃し殺す。

 それで少なくともランサーを弱体化させ、この戦いをある程度有利に傾けられる。

 勿論、ランサーのマスターを殺してもランサーは直ぐには消えないし、バーサーカーを直接どうこうすることは出来ない。

 まして、そこにいるライダーだって攻撃してくる可能性はゼロではないのだ。

 便乗という選択肢を取られたら、どのみち不利なのはセイバーとアイリスフィールである。

 が、あのライダーのマスターらしき少年がすぐさま状況を把握できるほどの技量を持っているとは思えない。その上、あのライダー――征服王のおめでたさ(・・・・・)は馬鹿々々しいほどだ。

 あんな間抜け共に、この戦いが制せるわけもない。

 これまでいくつも超えてきた、〝騎士の誉れ〟やら〝王の覇道〟など存在しえない、ヒトの醜い欲望だけが渦巻く戦場を越えてきた切嗣は見て取った。

 ランサーのマスターを殺し、間髪入れずライダーのマスターを殺す。

 幸いなことに、姿を隠しているランサーのマスターの死が知れるまでには(ラグ)がある。それだけあれば、二人目を殺すなど、造作もない。

 切嗣のそんな冷たい殺気と共に、カウントダウンが始まる。

「――舞弥、僕のカウントダウンに合わせてアサシンを攻撃しろ。制圧射撃だ」

『了解』

 抑揚の少ない声が、交わされ……数を刻み始める。

「――――六」

 

 それと時を同じくして、少年もその頭を絞り尽くして状況の打破を狙う。

 彼に取れる選択肢は多い。しかし、その多い選択を選び取り実行するに至れるかはかなり不確定だ。

 その上、自身の居場所を晒さずにこの拮抗した状況を変えるとができなければ、打破とはいえない。

投影連続層写(ソードバレル)か、それとも投擲と射撃の組み合わせか……一番堅実なのはやっぱり前者だよな……)

 もう一人の狙撃者である切嗣が、己の危険を加味したうえで手札を切ったのと同じように、少年――士郎もまた、己の手札を切らねばならない時を迫られている。

 元より、お人好しな上に……彼自身にとっても特別な少女が危機に晒されているのならば、彼が動かずにいられるはずもない。未熟な頃、ある意味ではこの幼い体以上に未熟だったあの頃にさえ、彼のよく知った白い雪の姫が従えていた狂戦士の一撃から彼女を護ろうと飛び出したほどだ。

 どれだけ彼が学んでも、答えに近いことを知っても、はたまたその答えを得たとしても――その手に動ける手段があって、尚且つ目の前にセイバーが危機に晒されているなら手を差し出さずにいられるものか。

 どうしたらいい? いや、そんな事は決まっている。再度問うた自問を振り払った少年は、次の動きへと移ろうとした。

 しかし、その時――。

 

「――AAAALaLaLaLaLaieッ!!」

 

 狙撃者たちの考えも、その場のわだかまりも、全てまとめて吹き飛ばすかのような轟音が響き渡った。

 耳を劈くような雄叫びと共に、地上から雷が走る。

 何の比喩でもなく、地上にいた巨大な戦車(チャリオット)で紫電を迸らせながら駆け抜けた征服王の一撃は、まさに天から(あた)われた稲妻の如し。

 その威力のままに、黒騎士を吹き飛ばした大男は、未だうごめく黒騎士を倒しきれなかったと悔やむのではなく、寧ろそのしぶとさに感心するかのように場を眺めていた。

「ほう……? なかなかどうして……根性のあるヤツだのぅ」

 ニヤリ、と口角を上げた征服王は実に楽しげであった。

 戦いを楽しむ、その一点において、彼は今夜の戦いにおいて最も秀でていたと言えよう。

 黒騎士が、今の一撃によるダメージと十分でない魔力故に撤退を余儀なくされる様を見て、満足げに「とまぁ、こんな具合に黒いのには退場願ったわけだが――」と呟いた征服王だったが、あたりをぐるりと見回すと、浮かべていた笑みを消すと、どこにいるとも知れぬ不可視の魔術師へ向けこういった。

「――ランサーのマスターよ。どこから覗き見しておるのか知らんが、下種な手口で騎士の戦いを汚すでない! ……と、説教を垂れても、通じんか。隠れ潜む程度の度胸しかないような魔術師なんぞが相手ではな」

 そういうとライダーは、呆れにも似た溜め息を一つ吐く。

「ともあれ、ランサーを引かせよ。尚これ以上そいつに恥をかかすというのなら――余は()()()()()()()()()。二人がかりで貴様のサーヴァントを潰しにかかるが――それでも良いのか?」

 先程までの笑みとは一転、獰猛さがありありと浮かぶ含み笑いで見えざる相手を威圧した。

 わざわざ問いかけるようにしているあたり……彼の挑発的な性格と、このまま潰しても良いのだぞと暗に告げる凶暴さがひしひしと伝わってくる。

 ――どうするかね? 再度そう問われたケイネスは、今度は自身が追い詰められ、駆られる側へと回ってしまったことを認めざるを得なくなってしまった。その悔しさと屈辱に歯ぎしりをし、苦り切った声でランサーにこう言い渡した。

『……ランサー、今宵はここまでだ……』

 悔し気な様子を隠し切れないまま、ケイネスは戦場を去る。

 プライドの高い彼にとって、これ以上この場にとどまるなどは考えられないだろう。

 己が主の気配が遠のくのを感じつつ、ランサーは征服王に感謝を述べた。

「……感謝する。征服王」

 安堵の表情を浮かべながら、槍の切っ先を下げたランサーに征服王にかっとした笑みこぼした。

「なぁに、戦場の華は愛でる質でな」

 ははは、と笑う征服王に、ランサーは再び視線でもって誠意を伝える。そしてセイバーの方を振り返り、これまた視線でいずれ再び剣を交えるであろうその時を決着を誓う。

 言葉を交わす必要が無いとさえ思えるほどの、騎士同士の交わす信念の重きがそこに有った。

 

 ――いずれまた、決着を……。

 

 確かにそう感じ合ったランサーは、主を追うべく霊体化して去っていく。こうして、その場には征服王とセイバー、アイリスフィールのみが残った。

 戦いの終わりを告げる、物悲し気で脱力していく様な静寂の中――セイバーは征服王にふと訊ねる。

「……結局、お前は何をしにわざわざここへ出向いて来たのだ?」

 戦いが終わったという感覚からか、力の抜けた素朴な疑問に対し、征服王は「さてな」と一拍置き、応える。

「そういう事はあまり深く考えんのだ」

 肩をすくめそういった征服王は、自らの事であるのにまるで他人事のように語る。

「理論だの目論見だの、そういうしち面倒くさい諸々は、まぁ後の世の歴史家が適当に理屈をつけてくれようさ。我ら英雄は、ただ気の向くまま、血の滾るままに、存分に駆け抜ければ良かろうて」

 満足げにそう語る征服王の言葉に、セイバーは憮然とした表情のまま、それを否定する。

「……それは、王たる者の言葉とは思えない」

 先程まで安堵に浸っていた彼女の心に、僅かながら怒りの火が付く。

 そんな彼女の様子を見ても、征服王は鼻で嗤う程度で怒るなどということはなかった。

 寧ろ、それが至極当然であると、彼女と自身の行動原理――即ち、王としての心構えについてこう語る。

「ほう? 我が王道に異を唱えるか……しかし、それも当然よな。全ての王道、己が覇道とは唯一無二。王たる余と、王たる貴様では、相容れぬのも無理はない。いずれ貴様とは、とことん白黒つけるねばならんだろうな」

 その言葉を受け、セイバーは好戦的に、

「望むところだ、何なら今すぐにでも――」

 と、そう言い放ったが……征服王の方は「よせよせ」といってそれを制した。

「そう気張るでない。今宵は中々に楽しめた……しかし、余は征服王イスカンダル。決して勝利を盗み取るような真似はせぬ。ランサー、バーサーカーと散々戦って少なからず疲弊している今の貴様を葬ったところで、何の意味もなかろう。ランサーとの決着も、バーサーカーとの諍いも清算して尚、貴様が残っているのであれば……その時は、共に胸躍るままに熱く雌雄を決しようではないか。最も、その相手はランサーやバーサーカーやもしれれんがな。

 ……おい坊主。お前もなんか、気のきいたセリフはないのか?」

 自信たっぷりに、けれどおおらかに。傲岸でありながらもどこか憎めないその語りに、セイバーは軽く首肯して了承の意を示す。

 セイバーはそれでよかったのだが、征服王に二の句を振られたマスター、ウェイバー・ベルベットは征服王の言葉に何の反応も示さない。征服王に襟首をつかまれ持ち上げられた彼は、すっかり気を失っていた。どうやら、先程のバーサーカーへの一撃を共に駆けたのは、彼には少々過激だったらしい。

「……もうちょっとシャッキリせんかなぁ、こいつは」

 そういって嘆息しつつも、律儀に小脇に抱えているあたり、彼もマスターを嫌っているわけではないらしい。

「では騎士王、しばしの別れだ。次会う時もまた、余の血を存分に熱くしてもらおうか」

 不敵に笑い、征服王は戦車に乗り込むと、それを引く二頭の牛に鞭を入れる。

「さらば!」

 そう言い残して、征服王は去っていく。

 遠のいていく轟雷の響きを聞きながら、場にはセイバーとアイリスフィールの二人だけが残った。

 白銀の髪をした女性、アイリスフィールはようやく終わった戦いに心から安堵し、今宵自分を守ってくれた騎士であるセイバーに礼を述べる。

「ありがとう、セイバー。あなたのおかげで、生き残れた」

 それに対し、セイバーも微笑みを浮かべ、こう返した。

「私が前を向いて戦えたのは、貴女に背中を預けていたからです。アイリスフィール」

 金と銀の美しい髪が、夜風になびく。

 月明かりと、都会の光は相性が悪いが、薄暗い倉庫街の爛れたアスファルトの上に立っていても、二人の美しさが損なわれるという事はなかった。

「ですが、戦いはこれからです。今夜の戦いも、長い戦いの始まりにすぎません」

「……そうね」

 辺りを見渡せば、最悪の天災を十も重ねたような跡が残る倉庫が見える。

 こんな場にいて、生き残れたのはセイバーがいたからである。それも、これほどまでに滅茶苦茶な始まりの中で、だ。

 アサシンが一方的にやられたという、公式の第一戦を除けば、今宵こそが始まりの夜。しかし、ここまで混沌とした始まりがこれまでにあっただろうか? 様々な英霊たちがあっさりと自身の宝具を晒し、七騎全て(・・・・)の英霊が集い、総当たり戦のような構図を展開した挙句、一人として脱落していないという、奇妙な始まり。

 この『聖杯戦争』という儀式に最も精通している一族の出である彼女をして、そう感じた。

 

 ――今回の戦争は、これまで等とは比較にならないほどの大戦になるのだと。

 

 そっと、呟く。

「これが、聖杯戦争……」

 改めて体感するその異常性。一体、この先どうなってしまうのか……夫の勝利を願うと同時に、そうであると確信してはいても、不安がないとは言えない。

 紅玉の様な、美しい赤い瞳を夜空に向けながら、アイリスフィールはそう思っていた――――。

 

 

 

 *** 二人の道化、正義と願い

 

 

 

 二人の美しい女性たちがこの先の戦いに対する感慨を感じている頃、一人の少年が戦場からどうにか離脱して一息ついていた。

 見つからない方へと滅茶苦茶に走って来たため、自分がどこにいるのかよくわからないが、ひとまず戦場からの離脱はひとまず成ったといえる。

 身を隠すための宝具を投影したため、魔力を使いすぎた。そうでなくても、セイバーとランサーを県と槍の交錯から一度引き離すために矢を放っているのだから、無理を重ねたツケが今更ながら回ってきたのは無理もない。

「――はぁ」

 少年・士郎は安堵の息を吐いた。

 だが、その安堵とは裏腹に、心内は穏やかではなかった。彼は概要しか知らなかった、〝第四次聖杯戦争〟という戦いの出鱈目さを文字通り身をもって体感することになった決戦初夜。

 こんな戦いをセイバーと義父は生き残って、勝ち残ったのかと……そう思わずにはいられない。

 でも、ひとまずは見つからずには済んだ。気配には鈍感な方だったが、これでも元は英霊にまで至った魂。そう簡単にその経験は消えはしない。

 けれど、幼い身体はまだまだついてくるには足りない。疲労感にどっぷりとさらされた士郎は、壁に背を預け、しばし沈黙に身を晒していた。

 周りが静かになると、人間は自然と周囲を確認するのが常である。士郎もそんな人の本能に習い、ぼんやりと周りを観察していた。

 どうやら、子供の歩幅というのは思ったよりも狭いものであるらしい。

 倉庫街を出るには至らなかったようで、人気(ひとけ)こそないものの……そこはまだあの倉庫街の一部であった。

 どの程度進んだのかよくわからないが、それなりに進んだのではないかと思う。

 角にして四つ……いや、三つ程度かも知れないが、それでもそれなりに離れたといえる程度には走ったつもりだ。

 そんな事を思っていた士郎だったが、先ほどまで士郎自身の発する音と夜風の音ぐらいしかなかったはずのその場に、新たな音が微かに響いたことに気づく。

 ズッ……ズズッ……と、やけにもたついた音。発生源は、少し離れたマンホール。先ほどまで気が付かなかったが、そのマンホールは持ち上げられて三分の一に満たない程だが、隙間が開いていた。

 そこからのぞいたのは、手。

 暗がりであるのに、それが手であると分かるほどに白く病的な色を見て、何者かが出てくると確信する。

 『聖杯戦争』真っただ中という事で、必要以上に、その音と手は酷く不気味に見える。

 何が出てくる……? と、気を引き締め、視線を鋭くする。

 だが、しかし――。

「ぐ――っ、ぁ……ぁぁっ!」

「……?」

 這い出してきたのは、フードを深くかぶった男だった。

 酷く細身で、一体にがここまで目の前の人を追い詰めたのかと思う程、傍目から見ても彼の状態は酷いものだった。

 実際、それは見せかけや虚構のようなものではなく、本物の不調であるらしい。

 先程から、ぜぇぜぇと荒息を尽いたまま、士郎に気づきもしない。それから見るに、今の彼にとっては、よほどマンホールのふたを開けるという事がいかに億劫なことであるかがよく分かった。

 正直その様は酷く不審なものであるが、お人好しの士郎がそんな状態の他人を見捨てるという選択をとれるはずもなく、声をかけて事情だけでも聞いておこうとする。記憶を消す魔術は使えないので、少し悪いが気絶させて何かしらの治療を施そうかとも思った、その時。

 目の前の男が、信じられないことを口にした。

「……さ、……くら……ちゃん……」

 酷く弱々しく、どこか虚ろであったが……そこには、彼の確かな意志があった。

 更によく見ると、その全身は血まみれであった。毛細血管が全て破裂でもしたのかと思う程、身体中から血が滲みだしている。

 先ほど覗いていた手も、よくよく見てみると流れ出した血がべっとりとついていた。

(何がここまで……)

 一体、どういうことだ……? そんな疑問と共に、先程聞いた名前が頭から離れない。

 

 ――さくら……桜。

 

 それは、彼にとっての日常の象徴だった少女の名前だ。

 とても大切な、妹分の様でもあり……そしてとても綺麗な少女だった。

 セイバーや、師匠だった少女、同じく妹の様だった白い雪の妖精のような少女ともまた違う、彼女。

 その名前を、何故……?

 勿論、同じ名前など腐るほどあるのだろう。

 人違いだと思った方が無難だ。

 そう、無難なのだが――どうしてか、彼女と目の前の男のイメージが重なる。

 見た目も何も似ているわけではないが、どことなく……纏っている感じが、似ている様な気がした。

 辛いことを耐えて、受け入れてしまった桜。その抑心の傷が解き放たれた時の彼女が放っていた狂気。

 それが、目の前の人と何か似ているような、気が――

 

「がはっ……ごふ……っ!?」

 

 思考がそこまで行った瞬間、男は血を吐いて咳き込んだ。

 はっ、と我に返り、反射的に駆け寄ろうとした、その時……士郎は、見た。

 

 ――彼の吐いた血の中でうごめくモノを。

 

 それは、先程男が呟いた名を持つ、士郎の大切な少女が、祖父によって植え付けられていた忌まわしき魔術の痕跡に他ならない。

 微かな引っ掛かりは確信へ変わり、目の前の人に手を差し伸べなければならないという決心が固まる。

 この人を、助けなくてはならない。

 だって、この人もまた――あの少女を助けるために立ち上がったのだろうから。

 士郎が近づくと同時に、男はバタリ、と音を立てて倒れこむ。

 男の傍によると、身体の状態を解析した。

 彼は桜よりひどい状態にさらされている。もはや、生きているのが不思議なほど、その中はズタズタにされ……これ以上ないほどないまぜにされている。

「なんてこった……っ」

 こんなことをした、あの老獪に対する怒りが沸くが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 士郎は倒れこんだ男を、幼い少年が抱え上げる。

 なんとも奇妙な光景だが、そんなのは些末なことだ。

 とにかく、この人を治療しなくてはならない――と、士郎は今宵最後の無茶だと身体を説得し、その場を去っていく。

 治療し、話を聞き、そして助けよう。

 一度、曲がりなりにも、正義の味方に至ったのだから。

 ずっと憧れた、その夢の名に恥じぬ様に、誰かに手を差し伸べたい。

 それ以上に……ただ、助けたい。

 自分の大切な少女を、それを護ろうとした人を。

 自分が知らなかった、この世界で生きた彼らを。

 今この瞬間を同じく生きる者として、助けたい。

 

 

 

 ついに戦いの一夜が明け……救いを求める者たちと、少年が出会う。

 

 

 

 

 

 

 その日――――正義の味方を目指し続けて錆付いた、空っぽだったブリキの騎士と。たった一人の少女の幸せを願い続け無様に踊った道化者が、出会ったのだった。

 

 

 

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