群青所望   作:劇鼠らてこ

10 / 10
これは、昔の記憶

一つだけ残しておいた、未来の記憶

いつか私が、これを思い出して

そのたった一つに、ありがとうを言えますように



蛇足確認

蛇足確認 /

 

 一九九六年、一月。

 冬の斬り付けるような寒さに震えながら、私は一人繁華街を歩いていた。

 夕暮れの学校を出た後の、着の身着のままであるから、少しだけ後ろめたい感覚に後ろ髪を引かれながらも、明るい場所から暗い場所へと突き進んでいく。

 深夜十時の誘い。真夜中手前の彷徨い。道辻に眠る夢見人。

 目蓋の裏にそんな文字を浮かべながら、群青の導くままに歩を進める。

 瞳は閉じている。それでも見える群青を頼りに、目的の場所へと急ぐ。

 私服オッケーな学校で良かった。これがもし制服着用義務等であれば、確実にしょっ引かれていた事だろう。今でさえ少々危ない絵面であるのは自覚しているのだし。

 余程の事が無ければ私は群青の行きたい場所に行ってあげる。それが生存の近道である事を知っているし、何より彼らは無意味なコトをしないから。

 

 今日、友人に事実を告げた。

 貴女はもうすぐ死ぬ。群青に魅入られていると。

 そうしたら友人は、朗らかに笑って、”それは俺だよ”と言ったのだ。

 直後に現れたもう一人の友人によって群青が動きを見せた。だから、私はいまここにいる。

 貴女ではなく貴方であったことなど、気付くにそう時間はかからなかった。

 そんな素振り、全く見せなかったのに。

 改めて群青を見てみれば、酷くイビツな――三つの群青が彼女にあったというのに。

 私は群青に従う事を優先して、友人を見殺しにしたのだ。

 その罪悪感もあってか、この群青の行く末だけは何としてでも見届けなければならないと思っていた。

「……別に、私が悪いわけじゃない……はず」

 ひとり呟く言葉に自信は無い。寿命(サキ)を知っていて、その回避に尽力しないコトはもしかしたら悪い事なのかもしれないから。

 それを教えてくれる人は、誰もいなかったし。

 ただ、昨日まで友人だった存在が死ぬという――得体の知れない感情だけは、どうしても上手く処理できずに、心に蟠りのようなものを作っていた。

 私はこれを、なんて呼べばいいのか知らないのだ。

 分からない事を怖いと思う心さえも、育っていなかった。

 だってこれは、両親が死んだ時から私の中に存在する、酷く当たり前の感情だから――。

 

“いらっしゃい。ちょっと寄って行くかい、お嬢ちゃん?”

 

 歩を止めて、瞳を開く。

 ガジガジとノイズのかかる群青。魅入られてこそいないけど、その動きは遅い。そう、長くは無いかもしれない。

 あの赤い夕暮れの世界から一転、高い建物に囲まれたここは、繁華街の光さえも届かない紺碧の世界。深い青だからこそ群青は目立つ。その身を仄かに光らせて、ヒトダマのように漂い浮かぶ。

 群青の辿り着いた存在は、一人の占い師の女性だった。

 確か――なんだっけ、学校の誰かが話していたような。良く当たる占い師、だっけ?

「そ――」

 れは、なんとも胡散臭い。そう言おうとした口をぎりぎりで噤む。

 いつもの角の立つ冗談は、ある程度気心の知れた……具体的に言うとあの真黒眼鏡だからこそ投げかけられるもので、初対面の相手に言う言葉じゃあない。

「私を占っても、出て来るのは”死なない”って事だけだと思うよ?」

 慎重に言葉を選んだ結果がこれだ。年長者に対する礼儀のれの字も無いけれど、私も寿命を視る者として、どこか対抗意識があったのかもしれない。

 一応、虫眼鏡を持っているから、手を出してみる。

 占い師の女性は私の手を掴むと、まじまじとそれを眺め始めた。あ、虫眼鏡(ソレ)使わないんだ。

「私は死なないんだ。そうであるように生きているから。どんな悲劇を占われても大丈夫。死ななければ問題は無いよ」

 私の言葉に呼応するように、私の群青が跳ねて回る。

 ただし、喜んでいるわけではない。その動きは、茂みから大口を開けて獲物を狙う肉食獣のソレだ。群青は決して私を狙わないわけではない。

 

“確かにアンタはちょっとやそっとのことじゃあ、死なないだろうね。でも、アンタは必ず死にたくなる。自ら死を選ぼうとする”

 

 その、おかしなほどに的確な言葉を聞いて、瞬時にそれを忘れた。

「ダメだよ、お婆さん。私はソレ、見たくないんだから」

 そうかい、と占い師は微笑んだ。

 まるで我が子を、否、生まれたばかりの幼子を愛でるかのように、優しい手つきで私の手を撫でるように揉む。その意味を理解する事は、今の私にはできなかった。

「それでも私は死なないよ。ゼッタイ。それよりさ、お婆さん。私、欲しいものがあるんだけど」

 

“それこそダメよ、お嬢ちゃん。私じゃそれをあげられないもの……それは、くれる人からもらいなさい。いい? 欲しがるものを、違えてはダメよ?”

 

 占い師は迷子の子供に帰り道を教えるように、優しい声で言う。

 ズキ、と胸の奥が痛んだ。

 まただ。水野良空は、これを知らない。

 

“そう――まだ、知らないだけ。大丈夫。それをくれる人と、それを教えてくれる人は違うけれど――どちらも、貴女のすぐそばで、あなたを見守っているから”

 

 けど、そうなのか。

 答えがすぐ近くにあると知って、安心した。

 先行きの不安は元から無い。安心したのは、この心のざわめきに対してのこと。

「……じゃあ、お返し。貴女はまだ、これから……十五年以上は生きるでしょう。貴女の群青、初めは大人しいと思ったけど……ううん、根がとびきり強いだけで、凄く元気だからね」

 

 

 群青に誘われた路地裏の、灯りの無い世界にお別れの言葉を告げる。

 次第に増えて行く生活の光。そして減っていくともしび。

 街路樹が増えてきて、木々のせせらぎが耳朶を打つ。

 その心地良さに思い出したのは、とある先生とクラスメイトだった。

 

“――すぐそばで、あなたを見守っているから――”

 

 うん、じゃあ、焦らなくていいね。

 選択を避けるように、曖昧に隠した本音を夜空に溶かして。

 今はまだ、良空は何も知らない。幼いままに、生存効率だけを見て生きる群青色。

 罪の意識は消えないし、心に在るソレが何かはわからないけど。

 誰かが私を見守っていてくれるのなら、いつか必ず教えてもらえると信じて。

 

「けど、お嬢ちゃんって……私、もう高校生なんだけどなぁ」

 

 寒空に不満を一つ。

 もちろんそれが身体の成長ではなく、心の成長である事は知っているけれど。

 ひどく曖昧な、夢を見ているような思い出を胸に、私は帰路へと就くのだった。

 

蛇足確認 / 了

 




群青所望 /

自殺測定 /

蛇足確認 /

異空の境界 / the end
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

死霊術師でも英雄になれますか?(作者:パリスタパリス)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

『いや、これで英雄は無理じゃない……?』――ある同級生の言葉。


総合評価:8105/評価:8.79/連載:13話/更新日時:2026年05月11日(月) 18:32 小説情報

正義の味方の1人娘ですが、悪の組織に就職しました ~今日も脅迫動画を父に送ります!~(作者:うちっち)(オリジナル現代/日常)

 生まれ変わると、俺は、正義の味方の1人娘になっていた。▼ 幼い俺は小学校に通うかたわら、家事を一手に引き受けたり、無口な父の代わりにSNSで若手の相談に乗ったりして手伝っていたのだが……。▼ 悪の組織が壊滅したあと、父が言ったのは「俺に娘はいない」という一言だった――。▼ そしてある日、家出した俺は、悪の組織の生き残りである女幹部と出会う。彼女は話を聞いて…


総合評価:16621/評価:8.79/完結:28話/更新日時:2026年04月06日(月) 00:32 小説情報

ワイ「やろうと思えば何でもできる不思議パワーが使える種族に転生したから色んなモノ模倣してみるわ」(作者:rikka)(原作:葬送のフリーレン)

目が覚めたら身体が小さくなっていた▼目が覚めたら頭に角が生えていた▼目が覚めたら『魔法』が使えるようになっていた


総合評価:34332/評価:8.8/連載:30話/更新日時:2026年05月12日(火) 19:04 小説情報

石流龍(石流龍じゃない)の肉体を手に入れた(作者:和尚我津)(原作:呪術廻戦)

呪術廻戦の人類側噛ませ犬代表の、仙台藩の『大砲』こと石流龍(石流龍じゃない)に転生した男が、噛ませ犬の汚名を返上するために両面宿儺に挑む。▼


総合評価:31671/評価:9.21/完結:27話/更新日時:2026年03月05日(木) 21:05 小説情報

同情するならチャクラくれ(作者:あしたま)(原作:NARUTO)

▼ ▼貧弱チャクラの転生者は、金と情報と仲間をもって忍界を変える。▼目覚めた先は、死があふれる忍の世界。▼与えられた現実は、「致命的なチャクラ不足」という残酷なものだった。▼正面突破が不可能なのならば、仲間と金を集め、現代知識をフル活用して生き残る道を探る。▼「チャクラが足りないなら、効率を高めればいい」▼「金が足りないなら、新たな経済圏を構築すればいい」▼…


総合評価:20128/評価:8.88/連載:57話/更新日時:2026年05月13日(水) 00:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>