群青所望   作:劇鼠らてこ

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夢を見ていたんだと思う

父が大人になった私を見て、笑っていた

母が大人になった私を見て、泣いていた

私は何も感じなかった



群青所望(中)/ 1

 

「それで、式は起きたんだ」

「うん。リハビリ……あぁ、社会復帰じゃなくて、更生回帰の方のリハビリ中だけど、目覚めたよ。凄いね、良空の言う通りだった」

「もっと褒めてもいいかも。ほらほら」

「うん……本当に、すごいよ」

「本当に褒められると照れるね」

 顔色一つ変えないこの友人は、照れているかどうかわからない。

 多分照れていないのだろう。わからないけど、わかることだ。

「良空の言っていた群青って、なんなのかな」

「群青は群青だよ。その辺りにいる、群青色」

「ユウレイみたいなもの?」

「透けてないから、違うと思う。群青はね、”生きてる”モノが好きなんだ。群青が元気な間、”生きてる”モノは死なないけど、群青に魅入られてしまうとすぐに死んじゃう。群青はね、寿命なんだよ。昔からそう」

 当たり前のコトを話すように高校以来の友人は言う。

 橙子さんの事務所に勤めるようになってからそのテの話は割と聞くようになった僕だけど、こんな近くに、しかも友人がそのテの話をしてくるとは思っていなかった。

 その驚きからだろうか。今までは踏み込まないようにしていた僕が、そこまで聞いてしまったのは。

「それが見えるようになったのは、いつの事からなのかな」

 

 

 水野良空。女。大学生。

 名前の読みこそ特殊だが、文字自体は平凡。

 姿形、平凡。性格、少々難あれど、平凡。

「珍しい。物捜し、調べる事においてはお前の右に出る奴はいないだろうに、これだけしか調べてこなかったのか。しかもほとんど主観。らしくないよ、黒桐」

「高校時代からのクラスメイトなんです。調べるまでもないというか、なんというか」

「ふぅん。で、この少女には”群青”が視えていると。少女はそれを”寿命”であると言っていたと」

「はい。生まれた時から見えているそうです」

「なら、それは淨眼だろうね。藤乃や式、あとこないだの未来視をすると言っていた子。あれらは魔眼……人体改造的な意味合いで後天的に付加された特殊な眼を意味するけど、淨眼は宿命的な遺伝……両親の精神性だとか、修練の果てに得た答えなんかで宿るものだ」

 まぁ、式のはちょっと違うんだが、と橙子さんは付け加える。

 最近立て続けに関わるようになった、そのテの話。

 やはり良空もそのテの存在だったらしい。

「……ま、こういうのは専門家に聞いた方がいいだろう。黒桐、例の教授にまた名刺を持っていくといいよ」

「あぁ……わかりました」

 浅上藤乃の事を聞きに行った例の”ちょっとクセのある博士”。長話が過ぎるきらいはあるけれど、橙子さんにこれほど頼られると言う事は、やはりその界隈における信用度が最も高いと言う事だろう。

 そういえば良空とあの教授は同じ大学だったかな?

 

群青所望(中)/ 1

 

「……式? ぼーっとして……どうしたの?」

「……別に。オレがどこ見てたって勝手だろ」

 八月の終わり。ふと、トウコの机にあった資料の名前を見て、要らない事を思い出していた。いつかの放課後。織と話していた少女の事。

 自分と、目の前で間抜け面を晒している友人の共通の知り合い……いや、一応友人と言えるのかもしれない少女の、その瞳を。

 死を視るようになったからわかる。アレは、同類だ。

 あんなにも近くに同類がいて……式は全く気付かなかった。その時はまだ織に全てを預けていたから、ということも原因としてあるかもしれないけど、織の殺人衝動さえ少女には働かなかった。

 殺人鬼ではないから? それとも――。

「あ、そろそろ時間だ。ちょっと出て来るね」

「……どこいくんだ、おまえ」

「良空の所。覚えてる? 水野良空。高校の時よく一緒にいた子だけど」

 ……つくづくこの能天気さは頭に来る。

 けど、嫌いってワケじゃない。

「覚えてる。何しに行くんだ」

「近況報告かな。高校を卒業してから、一週間に一度……必ずって事は無いけど、会うようにしてたんだ。式も来る?」

「……オレはいいよ。会っても何を話していいかわかんないし」

「……そっか。じゃ、行ってくるよ」

 この暑い中、よく出かける気になる。

 式はまた、目を瞑った。

 

 

「面白い群青を連れているね、幹也」

「え?」

 いつもの喫茶店の、いつもの席。

 対面に座って一番に出た言葉がそれだった。

 良空は興味深そうに僕の周りを見ている。

「幹也の群青を四つの群青が囲んでる。ダメだよ、幹也。群青に魅入られたら死んじゃうよ?」

「えっと……その”魅入られる”ってどういうコトなのかな。式の時も言っていたけど」

 物騒な事を言った友人は柔らかく笑う。まるでそこに小動物でもいるかのように、虚空を撫でながら。

 その様子を見て、昼間なのに、深海に放り込まれたかのような錯覚を覚えた。

「群青と目が合うってこと。幹也たちは見えてないからわかんないと思うけど、群青はよく顔の前に来てじっと見つめてるよ。そうして魅入られた人は、すぐに死んじゃうんだ。元気な群青は走り回ってるから、見つめてくる事なんて早々ないけどね」

 カラカラと笑い、一度では覚えられない名前のコーヒーをズズズと飲む良空。

 そういえば、良空のそれは淨眼というもので、両親の宿命や修練の果てに得るものだと橙子さんは言っていた。

「良空の両親って、どんな人()()()?」

「あれ? 幹也に両親が死んでいる事話したっけ? ま、どうでもいいけど」

 多分、話していない。

 調べて初めて知ったから。

「父さんは飛行士で、ママはなんだっけな……整備工……なんかの整備工だったと思う」

「その二人は、群青を見る事が出来たのかい?」

「さぁ? 死んじゃったのは私が三歳くらいの時だから、そんな事聞こうとも思わなかったよ」

「……それからどうやって生きて来たんだい?」

「父さんのお金で、なんとかね。ママはすぐに後を追っちゃったから、やるしかなかった」

 ……確かにこれでは、橙子さんに”調べな過ぎ”と言われても文句は言えなかったかな。

 特殊な環境だ。それに、この言いぐさでは良空は、三歳の時点でお金の管理や日々の生活が自分だけで出来ていた事になる。

「そう言っているのさ、幹也。私はこの世に生まれ出でた時から群青を見ているんだよ? それくらいできないわけがないじゃないか」

「……どういうこと? よくわからないんだけど……」

「何をすれば群青が元気になるのか。何をしなければ群青がこっちに来ないのか。それがわかれば、生き方も効率的になるのさ。なんたって群青は寿命だからね。命を早める行動をすれば、それが例えば危険行為であれ、お金のやりくりであれ、群青は元気を失うよ。

 私の群青は私の寿命。分からない事は全部群青が教えてくれたのさ」

 我が子を自慢するように、良空は言った。

 それは――とても恐ろしい事だと思った。

 だって、それは。

「『良空は群青が元気になるのなら、どんなことでもやるのか?』って、聞きたいんだろう、幹也」

「……」

「安心しなよ、答えはNOだ。常識的じゃない行動はしないよ。余程の事が無い限りは群青の好きなようにさせるつもりではあるけどね」

 良空の手元でズゴッという音が立つ。

 二人同時に音の発生源――キャラメルなんとかコーヒーを見て、その長いコップの中身が空になった事に気付いて、同時に顔を合わせた。

 肩をすくめる良空。

 お開きだ。

「そうだ、幹也。式は元気になったのかな」

「あ、うん。もう元気だよ」

「そっか。それじゃこれ、あの綺麗な赤い髪の人に渡しておいて」

 良空はバッグから封筒を取り出す。

 結構、重い。

「……これは、なにかな」

「紹介料と、慰謝料かな。この間助けてもらったし、その前にも助けてもらった。私はロハが嫌いでね、行為には対価がないと私が納得できないんだよ」

「……わかった。橙子さんが受け取るかどうかはわからないけど、預かっておくよ」

「受け取らなかったら、幹也が貰っていいよ。紹介料っていうか仲介料は幹也が貰って然るべきだから」

 重さ、厚さ的に二十万円くらいは入っているだろうソレを、なんでもないかのように。

 僕を信用してくれていると思えば嬉しいけど、流石に不用心が過ぎるんじゃないかな。

「ふふん、私には群青がついているからね。生活に窮するような散財をすればすぐに群青が反応する。で、今尚私の群青は元気。だから、問題ない」

「あんまり――」

「『あんまり、そういうモノに頼り過ぎるのはよくないよ』、でしょ? わかってるよ。これは私の気持ちだもの。群青に全てを委ねる程、面倒くさがりじゃないよ」

 いや、良空は十二分に面倒くさがりだよ、という言葉は飲み込んだ。

 多分、知ってるよ、と返されるだけだろうから。

「それじゃ、式と綺麗な赤い髪の人にヨロシク。私はこれから四限を受けなきゃだから」

「うん、わかった。また来週」

「また来週」

 席を立つ。

 良空の財布は、マジックテープ式だった。

 

境界式

 

 今すれ違った女子高生。

 一人、群青に魅入られていたな。

 だからもう少しで死ぬだろう。それは一般で言う”寿命”――老いが来て、死ぬという意味ではない。

 運命力を失い、運命に見放されて死ぬ。それを寿命が来るというのだ。

 群青に魅入られたモノはなんであれ死ぬ。私みたい見えるヒトが動かしてやればその限りではないけど、すぐに群青を元気にしなければ、また魅入られて死んでしまう。

 だから、式はすごいんだ。群青を普通の人の三倍も持っておきながら、しかも魅入られておきながら、式は死ななかった。この間みた式は群青の数も減らしていたし、元気な群青を従えていた。

 そんな人、式以外に私は見た事が無い。

「……えい」

 細身のサラリーマンが群青に魅入られそうだったから、ちょっと動かしてあげた。

 自殺か、他殺か、事故か病気か。

 なんにせよ、自殺でない限り……あのサラリーマンは延命する。

 自殺なら無理だ。ただちょっと死にきれなくて、苦しい期間が続くくらいで……死のうと思っている人には、群青は集まるから。

「……簡単」

 簡単に人を救えるし――簡単に人を殺せる。

 後者はやったことないけど。やろうと思えば、今この大通りにいる人全員、群青に魅入らせる事だって出来る。

 でも、それをやれば確実に私の群青は動きを止めるだろう。

 命を奪えば、命を奪われる。簡単なルールだ。

 

「……お前が、水野良空か」

「――人間じゃない。逃げる」

 

 だから、群青を纏っていないのに話しかけてくる相手など――関わってはいけないのだ。

 

境界式 / 了

 




目が覚めて、家族の写真を見た。

父は笑っていた。母も笑っていた。

私は目を瞑っていた。
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