~魔法少女リリカルなのはReflection if story~ 作:形右
序章 ユーノくんの夏休み
とある一夏の始まりの形
「――夏休み?」
「うん」
久しぶりに会ったユーノから、なのはが聞いたのはそんな言葉だった。
「リンディさんとレティさんがなのは達も夏休みに入るから、僕も休みを取りなさいって。それで休暇をもらうことにしたんだけど……することが見当たらなくて」
いや、したいことはあるんだ。『無限書庫』の開拓や整理に力を入れていた分、していなかった遺跡発掘に行くとか、一族の里への帰省するとか、後は仕事とは関係ない読書に一日中没頭するとか――と、ユーノはなのはにそういうものの、自分でもどれを先にやろうか迷っているらしい。
それでなくても、それなりに長い休みをもらえばその大体は直ぐに終わってしまう。今回、リンディとレティは一昨年の冬に入るあたりから『無限書庫』を本格稼働させ始めてくれたユーノに対し、半年以上尽力してくれた分とのつり合いなどを考えて、なのは達の世界でいう一般的な夏休みと同じくらいの期間の休みを与えることにしたらしい。
一ヶ月近く放っておいていいのか、という意見もあっただろうが、そもそもユーノは正式な局員ではなく、限りなく正規職員に近い立場の民間協力者だ。『無限書庫』を扱えるのが彼ぐらいであったため酷使してきたが、はっきりいうと彼がやめたいと言ってしまえばそれまでである。
そうならないのはひとえに彼の性格と人柄、そして管理局が『無限書庫』というデータベースの有用性とその重要性に気づいたからなのだが、それでもここ一年ほどの間の中で、それなりに体制は整いつつある。あと十年もすれば、管理局筆頭の情報部署の位置づけは覆ることのないものになるであろうし、それ以後であるならば一般に開放を始められてもおかしくはない。
それほどの力が、彼と『無限書庫』にはある。
だからこそ、こんなところで潰れさせるなどもってのほかだ。
そういった大人たちの気遣いと、確固たる未来への確信。その結果が今回の休暇――という事らしい。最も、それを知っている者も、知ろうとする者も、意識して導き出した者もいなかったが。それほど、これはごくごく自然なことだった。
そんな事はつゆ知らず、聡明とはいえどもまだまだ子供な二人は、先程の続きを話していた。
「いきなり休みを貰っても、何からしようか少し迷っちゃって……決められてないんだ」
苦笑しながらユーノはそういった。休みにやりたいことは何か? と聞かれて、やりたいことを上げられはするものの……すぐさまそれを選べないのは優柔不断というべきか、それとも働き過ぎの代償というべきか。ともかく、ユーノの『夏休み』はまだまだ空白だらけで迷っていたところ、なのはが来たので話してみたというわけである。
なのはも、ユーノが迷っているのなら何か力になりたいとは思うし、友達が自分たちと同じだけの休みがあるのなら一緒に遊びたいとも思う。
と、その時――頭をひねろうとしたなのはに、一つの案が浮かぶ。
決まっていないなら、一人で自由気ままに過ごしてから考えるのもありだろう。けれど、迷っているのなら、他の人の意見を参考にしてみるのはどうか?
彼は元々、情報を集めてそれを昇華していくのが得意だ。なら、今回もそれに習ってみるのもいいのではないだろうか――そうと決まれば、後は早い。
なのはは早速、ユーノに聞いてみることに。
「ねぇ、ユーノくんのお休みっていつから?」
「えーと、今日までの分を整理し終えたら、そこから先を明日のお昼にリンディさんの依頼を受けてくれたリーゼさんたちに引き継いでもらうことになってるから……明日のお昼からだね」
たしか、リンディさんがなのはたちの夏休みと合わせてみたって言ってたから、とユーノは最後に付け加える。
実にリンディさんらしいなーと、なのはは思った。
人手不足の為、なのは達を管理局に勧誘することもあったが、リンディは基本的に優しい。
そんな心づかいの程を感じたなのはは、自分の考えていたことが割と簡単に行きそうだと思って嬉しくなった。
考えていたこととは、ちょうどいつものようにアリサやすずか、フェイトやはやてとのお茶会を明日夏休みに入る日という事で行うと五人で決めていたのだ。
終業式の日という事もあり、なのは達も丁度授業もなく学校にいるのもお昼まで。まさにアフタヌーンティーにはピッタリと言ったところ。そこへ、ユーノを誘ってみるのもいいのではないかとなのはは思ったのだ。意見を聞くにも、まず何かをしてみるにしてもいい塩梅だろうと。
「じゃあ、ユーノくんも明日のお茶会に来てみない?」
「お茶会?」
「うん。明日ね? 私たちも学校がお昼までだから、みんなで集まってお茶会しようって約束してるんだ。ユーノくんのやりたいことが決まってないないなら、どうかなって」
「でも……いいの? せっかく女の子同士で集まってるのに、僕が行っても」
遠慮がちにそういうユーノだが、
「当たり前だよー。それとも、ユーノくんは……いや?」
なのはは勿論、皆もう一人友達が来るなら嬉しいはずだ。とりわけ、アリサあたりだったら寧ろ、遠慮して断ったら自分の器量がそんなに狭く見えると思われたようで怒り出しそうだ。
「ううん、とっても嬉しいよ。じゃあ、お邪魔させてもらってもいいかな」
「うん! じゃあ、明日すずかちゃんの家で。皆には私がいっておくね」
「ありがとう。なのは」
そういって微笑み合うと、二人は他愛のない話をそのまま続けて約束をもう一度交わして別れる。その後ユーノは少し仮眠をとると、起きた後も引き続き仕事の残りへと取り掛かり始める。
だが残りの仕事も、ユーノからすればそこまで多いものでもない。無論仕事が終わっても、まだまだ書庫の開拓は終わってなどいないので大元は終わってはいないが、休みに入るまでのユーノの担当分がここまでだったという事である。
しかし、どうにも終わったらそのまま休憩に……というのも、これから休みに入る身としてはこのまま休んでも仕方ない様な気がして、ユーノはリーゼ達がやりやすいように仕事の要点をピックアップしたり、仕事に取り掛かりやすいように項目ごとに整理をしたりする。
色々と手を回しながらお昼になり――――。
「やっほ~、ユノスケ~」
「久しぶり、ユーノ君」
「お久しぶりです。ロッテさん、アリアさん」
リーゼ姉妹がやってきた。
昨年の暮れに『闇の書事件』での独断専行により、時空管理局を退職になったが、彼女ら――牽いてはその主であるギル・グレアム元提督は非常に優秀な局員であったため、今でも時折こうしてヘルプで呼び出される。まだ八神家の面々とは事件の確執からあまり友好的になれてはいないが、それでも『闇の書事件』から、その後の折々を経て、多少なりは改善されてきてはいる。
ただ、彼女らも一人の少女とその家族を犠牲にしようとした負い目から、あまり積極的には関われていない。
そんな彼女らが気兼ねなく……というと語弊がありそうだが、それでもここ『無限書庫』においては、元々ユーノの手伝いをしていたことや彼の人柄もあって、どちらかというと気楽である。
「そんじゃ、早速仕事を引き継ぐから、ユーノは気兼ねなく遊んで来いよ~」
「はい、有難うございます。ロッテさん」
屈託のない笑顔を浮かべ、ユーノは二人に仕事の引継ぎを行う。
「ほいほーい。おっけぇ……え?」
「? どうしたのロッ、テ……?」
ユーノから受け取った仕事の内容を確認して固まるリーゼ姉妹。それを見て何か不手際があったかと不安になったユーノは、二人に恐る恐るそれを訊いてみる。
心苦しいが、何か不手際をしてしまったという事なら、一責任者として訊いておかなくてはならない。
「「…………」」
「……あの、何か間違ったところでも――」
「いや、そういう事じゃなくて……」
「いや、寧ろその努力の方向性が右肩上がり過ぎるというか……」
「ぇ、え……?」
どういうこと? と、ユーノの顔に書いてあったが、リーゼ姉妹は感心半分呆れ半分のため息一つ。
「まぁ、お疲れさまってことよ。ユーノ君」
「流石は私の愛するネズミっ子だぁ~(なでなで)」
頭を撫でられ、恥ずかしいようなこそばゆさを感じながら戸惑うユーノ。
「えっと……その、どういうこと……なんでしょうか?」
何だかよく分からないが、間違いなどではないらしい。なので、好意は受け取っておくとしても、撫でられる理由を一応聞いてみることに。
が、
「んー? 気にしないで楽しんで来いってことだよー」
「そうね。ロッテの言う通り、目いっぱい楽しんできて」
「は、はい……分かりました……?」
二人ともなんだか温かい目のような、妙に優しい目で見つめられ何が何だかよく分からなかったが、ひとまず納得しておいた。
結局、何だったのだろうか。そんな事を思いながらユーノは『無限書庫』を後にしたのだった――。
***
さて、こうして『無限書庫』での仕事をひと段落させたまではよかった。
が、しかし。
現在時刻は、地球時間で言うところの正午ちょうどくらい。つまり、なのはたちと交わした約束まであと三時間程度の空きがあるということである。
彼がなのはから聞いた限りでは、終業式が終わるのは二時ちょっとで、そこから一度家に帰ってからすずかの家に集合、ということらしい。
ならば、早く着きすぎても迷惑になるだろう。
今現在、海鳴市に設置されている転送ポートは、三ヶ所。ハラオウン家、バニングス家、月村家のそれぞれに設置されており、今回お茶会が催されたのはすずかの家――つまり月村家である。
転送にかかる時間は、ここ本局からならば、どんなにかかっても数十分程度。
移動にはさして困らないが、かといって住んでいるわけでもない異世界で無闇に出歩くのもよろしくない。何より、ユーノには一度それでなのはに魔法を伝えてしまったという前科がある。
魔力素の不適合、その上に連戦を重ねた命の危機であったことや、そもそも出向く原因となった『ジュエルシード』がユーノが出向かなかった場合に出していた被害、何より『高町なのは』という未来のエースを見出したこと。
諸々の事情により、ユーノは罪に問われなかったが……それでも、負い目を全く感じない訳ではない。
フェイトやはやてを始めとした少女たちの命と心を救うきっかけであっても、普通の女の子を危険な場所に導いたのは間違いなく自分だった。
そんな思いからか、無闇に出歩くのは控えたい。勿論、引け目ではなく、本当の意味での後悔でなく――ただ、己のしたことの重さの天秤を測りかねているというもの。
間違ってはいない行いを、まだ完全に正しいと定しきれない。
一部署を任されているとはいえ……ユーノのまだ幼い心は、複雑な何かを遺したままであった。
だが、それが今ある幸せや平和を否定することや拒絶することに繋がっては意味がない。
だって、今を過ごしている皆は、とても幸せなのだから。
それを己が間違いではないと呑込めるまで、崩れないことを祈ること。そして、自分の手の届く何かなら助けること。
そうして何時か、皆の幸せが確かなものになると信じることが、自分の役目だ。
今一度心のささくれを整理し、彼女たちが選んでいくこの先が温かいものである様にと願うと、ユーノは一つ息を吐き、廊下をぶらぶらすることにした。
時間がたっぷりある。
けれど、お茶会までの間に、手頃な目的がない。なら招かれた手前手土産でもというなら、既に揃えてしまった。その辺の礼儀をバッチリ抑えていたのは、ある意味愚策だったかもしれない。
準備は全部終わってしまっている。
詰まる所、今のユーノは手持ち無沙汰だった。
やることが無い。勿論暇つぶし程度ならいくらでもあるだろうが、三時間となると些か退屈である。かといって、何か時間のかかりそうなことに取り組むというのも、約束に遅れかねない種になる。
(……どうしようかな)
うーん、とユーノが考えていると、そこにひょこっと一人の少女が現れた。
「? ユーノ、こんなとこで何してんだ?」
赤毛の少女が、見慣れた赤い騎士装束に身を包んで後ろから声をかけてきた。
彼女の名は、八神ヴィータ。ユーノの友達であり……また、同じく友である八神はやての守護騎士の一人でもある。
「珍しいな、本局の廊下にいるなんて。でも、今日お前もくんだろ? お茶会」
「うん。そのつもり……あれ? お前もってことは、今回はヴィータも参加するの?」
「おう。はやてたち明日から夏休みだからな。あたしらも少し休みもらえたから、はやてと遊ぶんだ。いつ引っ張られるか分かんねーもんな」
成る程――と、ユーノは納得した。
確かに、ヴィータやはやてたちほどの魔導師ならいつ何時緊急招集がかかるとも知れない。まだ正規の職員では無いはやてたちはともかく、『闇の書』の件で贖罪も兼ねているヴィータたち『ヴォルケンリッター』はそんな事態が来てもおかしくは無い。
なら、今のうちに遊ぶというのは良いことだ。
大体の内容を把握して、ヴィータもきっとユーノと同じように仕事を切り上げてその報告に来たのだろうなと、ユーノは思った。
「じゃあ、今は報告の帰りかい?」
「あぁ。早く戻んねーと、はやての作ってくれたお菓子食べ損ねるからな」
実に嬉しそうな笑みを浮かべるヴィータに、ユーノも思わず口元が緩む。
妹というものに縁は無いが、もしいたらこんな感じなのかも知れないな――と、そんなことをふと思っていたユーノ。
柔らかい笑みを向けられていることに気づき、ヴィータはこそばゆくなったのか、少し話を戻した。
「お、お前こそ、ここにいるってことは仕事終わったんだろ? 海鳴市に行かねーのか?」
「まだ時間があるし、僕はあっちに住んでる訳じゃないからあまり出歩くのもね……かといって、こんな早くからすずかの家に直接いくのも迷惑だろうし、だから少し時間潰そうと思ってたんだけど」
でも、何にも浮かばなくて。苦笑しながらそう告げたユーノに、ヴィータは少し呆れた。
しかしまぁ、気持ちは分からなくもないので、露骨に言ったりはしないが、それでもその状態はどうかと思う。
誰か知り合いでも――と思って、ユーノの地球での友達も本局方にいるクロノたちも、というかここにいるヴィータも、普段は仕事の比率が高くあまり会えてない。だから、こういう場合にいきなり出向いて誘うなどというのは無理に近い。
おまけに、ユーノは『スクライア』の出身で、彼の『家族』は遠い世界にいる。
思ってみると、ユーノはいろんな事件が解決して終わったにも関わらず、独りの色が強い。……そのことが、思い当たるとより一層重く感じてしまう。
なんだか、モヤモヤする。
「…………」
「??? ヴィータ……?」
こんなとこで、頑張ってるのに誰にも寂しいともなんとも言わない、ユーノに――なんだか少し、腹が立った。
「なあ、ユーノ。お前、暇なんだよな?」
「え……う、うん。そうだけど……」
何だか鋭くなったヴィータの視線に、少しうろたえながら応える。
「よし、なら来い」
「え、ちょっ……」
腕を引っ張られながら、ユーノは最近少しずつ付いてきた身長差を感じつつ、自分より大体の頭半分低い少女に局の廊下を引っ張られて行く。
「ヴィ、ヴィータ。何処に行くの……?」
よく分からないまま、流される方向くらいは知っておこうと聞いてみる。
すると、
「あたしらン
ヴィータはさらっとそういった。
「な、何で……?」
彼女が帰るというのは分かる。だが、自分が連れて行かれるのは何でなのか。
ますます分からなくなって来たユーノは、わずかに混乱にしてきた。
しかし、そんなユーノをよそにして、ヴィータはまたしてもさらりと応えた。
「お前暇なんだろ? あたしもシグナムとシャマルが帰って来るまで暇だから相手してくれよ。ザフィーラも、偶には男のお客に来て欲しいだろうし」
それを聞いて、ユーノはようやく合点が言った。
つまり、ヴィータはユーノに気を使ってくれたのか、とも。
どうやら、妹のようだなどと思っているうちに、彼女は随分と先に行ってしまったらしい。
確かに、彼女の方がこれまで過ごしてきた
そのため、年下を見るような思いだったのだか――
「…………」
言葉少ないながらも、あまり語らないけれども。
彼女は既に、しっかりとした思いやりを持った、思慮深い女性になっているらしい。
……ほんの少し、気恥ずかしさに赤くなっていなければ完璧だったが。
まだまだ可愛らしい末っ子のヴィータ。
そんな彼女も、どうやらユーノも誕生を手伝ったあの子(最近生まれたばかりの本当の末っ子)の姉になる自覚を持っているのかもしれないな、と、ユーノはまた微笑んだ。
「な、なんだよ……ニヤニヤして」
「ううん。何でもないよ……でも、ヴィータは本当にいい子だね」
「……子供扱いすんなっ」
口を尖らせたヴィータに引きずられて行くユーノ。
そんな二人の姿は、見た目こそだいぶ違うが――何処と無く、兄妹のようであった。
***
海鳴市――八神家にて。
「……どういうことなんだ? これは」
いつものように家に帰ったシグナムは、目の前の光景がいまひとつ飲み込めなかった。
「あらシグナム。おかえりなさーい」
そんな彼女に、八神家で彼女と同じく年長者のシャマルがお帰りと告げた。
「ああ、今帰った……で、シャマル。これは一体どういうことだ?」
返事を返し、目の前の状況の説明を求めるシグナム。
シャマルは不思議そうな顔をして、彼女の見ている方向を見る。
「どうって……何か変?」
「いや、変というわけではないのだが……少々、珍しい顔が来ていると思ってな」
「あぁ、なるほど」
その言葉を聞いて、ようやく合点が行ったシャマルはシグナムの視線の先にある二人の子供を見た。
そこには、
「なー、ユーノぉ」
「んー? どうしたの、ヴィータ」
「んな熱心に読んでッけど、それ面白いのかー?」
「うん。今日せっかくはやてとすずかに会うから、二人にオススメの本をって思って持ってきたやつだからね」
「ふーん……」
「??? ……あ」
「んだよ『あ』って――んなッ!?」
「……(なでなで)」
「なにすんだよ!?」
「えっと……なんだか、その。かまって欲しそうだったから……?」
「な、なことねーですよ!」
なんだかじゃれ合っているユーノとヴィータがいた。
「二人とも仲良しよねぇ〜♪」
「……あぁ。そうだな」
シャマルの言葉に同意するシグナム。
事実、目の前の二人はそれこそまるで兄妹のように仲むつまじげであった。
「でっしょ〜? でも私もびっくりしちゃった! だって帰ってきたら、リビングで二人でゲームしてたんだものね〜」
「ゲームか……意外だな」
あまりユーノがそういった娯楽を嗜んでいるところを見たことのなかったシグナムは、そう呟いた。
「あ、それ私も思った。でもそれがねー、意外とユーノくん芸達者なの。ヴィータちゃんすっかり楽しんじゃってたわよ?」
「ほう……?」
「ユーノくんシューティングもアクションも結構上手なの。初めてなのに、私たちより上手だったわ」
朗らかにそういったシャマルの姿は、なんだか子供を見守る母親の様で――とても、『お母さん』といった出で立ちに見えた。
なんだかすっかり、珍しい来客であるはずのユーノに対する驚きが薄れたシグナムは、シャマルやヴィータ、ユーノたちを見て、なんだか新しく家族が増えた様だななどと考えたしまう。
そう考えていると、そういえばもう一人(本来の姿的には一匹か?)この家の家族の姿がないことに気がついた。
「そういえば……ザフィーラはどうしたんだ? あいつがあの二人を放って何処かへ行くとも考えづらいのだが……」
「あら? ザフィーラならいるわよ?」
不思議そうにシャマルがそういうと「なに?」と、シグナムが怪訝な顔をした。彼女の眺めていた先であるリビングには、先ほどから二人以外の姿は見えなかったからだ。
だが、シャマルは違うという。
「ほら、あそこ」
そういって、示した先には――確かに、先ほどまで気づかなかった我らが守護獣がいた。
「…………」
なんだか、とても小さい姿で。
「子犬形態……なぜ――あぁ、そういうことか」
子犬形態になってユーノとヴィータの間にいるザフィーラに抱いた疑問は、すぐに晴れた。
「うふふ」
シャマルも満足そうに微笑む。
彼女はシグナム以上に、そういった話に聡い。
つまるところ、主人の守護を目的としてはやてと共にお茶会に出向き、彼女に会う気なのだろう。彼ととても仲のいい、茜色の毛並みを持った、もう一人の守護の獣である『アルフ』に。
「ふ……あいつも、なかなかに楽しんでいるな」
「いいことじゃない、いつもお家を守護してもらってるんだもの。ザフィーラだって、たまにはハメを外さないと。じゃないといっつも堅いまんまなんだもの」
「そうだな……」
シグナムとシャマルが年少組を眺めて微笑んでいると、また一人――この家の主人たる少女が帰ってきた。
「ただいまぁ〜」
ほんわかした声が玄関から聞こえてくる。
「あ、はやて帰ってきた!」
ヴィータが大好きな姉の様な少女の帰宅に喜びながら、玄関へと飛び出していく。彼女が転ばないように気遣いつつ、ザフィーラは粛々とその後を追う。そんな彼女と彼を見て、ユーノは微笑ましげにしながらも「走ると転ぶよ?」と、ザフィーラと同じようにヴィータを気遣いつつ、自身もはやてに「お邪魔してます」と訪問の挨拶をするべくその後に続いていく。
その途中、帰宅していたシグナムと対面した。
「あ、シグナムさん。お邪魔してます」
ぺこり、と頭を下げて挨拶をする。
そんなユーノに対し、シグナムも「あぁ。よく来たな、スクライア」と挨拶を返す。ユーノの頭をひと撫ですると、彼女はシャマルと共にユーノを促し玄関へと向かう。
そこでは、ヴィータがはやてに抱きつきながら帰宅を喜んでいた。
「あ、みんな。ただいま――あれ、ユーノくんやないの!?」
はやてはいつも通りにシグナムとシャマルへ挨拶をしたが、珍しいお客様の登場に驚いていた。
「うん、こんにちは。お邪魔してるよ。はやて」
にこやかに挨拶したユーノに、はやても先ほどのシグナム同様に驚きはすぐに薄れ「いらっしゃい。ユーノくん」とユーノに歓迎を述べる。
そこからは普段通り。一旦制服から着替えるために自室へ戻ったはやては、お茶会へ行くための服装に着替えて戻ってくる。
お茶会の会場であるすずかの家は、はやての家からすると少々遠い位置にあるため、帰宅したばかりで慌ただしいがそろそろ出なくてはならない。
「それじゃ、行ってきます」
はやてが出掛けのの挨拶をして、シグナムとシャマルが行ってらっしゃいといい、見送る。
ユーノとヴィータ、ザフィーラも続けて「行ってきます」を述べると、シグナムとシャマルもまた、行ってらっしゃいを再び返す。
にこやかな出発を経て、こうして三人は目的地へと向かいだした。
転送ポートがあれば、同じくポートが設置されているすずかの家である月村邸への移動はほとんど一瞬で済むのだが、あまり無闇に魔法技術を管理外世界に置きすぎるのは良くないので、なるべく人目につかない場所や、基本的に魔術関連の人間以外はほぼこない場所など、その設置場所が限られているというのものある。
はやての家である八神家も、基本的には魔術師関連の人間しかこないのだが……彼女はフェイトやリンディ、クロノたちとは異なり、もともとこの町に住んでいた人間であるため、全くこないという確証にはできず、常時設置の設備は置けない。ただ、ポートがなくともある程度の転送魔法を使うことはできるし、その他に結界などでのシミュレーションなどを行うこともできる。
結局のところ、急ぎ管理局や他の次元世界に出航する場合などを除けば、そこまで必要ではない。
そんなわけで、本日のはやてたちの移動手段はバスである。
かつてユーノもなのはに連れられてすずかの家に行ったことがあるのだが、その時もバスでの移動だったな、とユーノははやてからすずかの家への行き方を聞いてそう思った。
幸いなことに、金銭の類はしっかりと持ってきていたので、移動費はバッチリである。前もっての準備は大事だと、地球を初めて訪れた時の経験からユーノはしっかりと学んでいた。
それに加え、こうした小旅行気分というのはなかなかに楽しいものである。
バスに揺られながら、三人は談笑を交わす。
「さっき渡しとけばよかったんだけど……はい、はやて。これ、今回のオススメの本」
「わぁ〜、おおきになぁ。ユーノくん」
「ごめんね。さっきのうちに渡しとけばよかったんだけど」
「大丈夫やよ、本の二、三冊くらい。それに、こうして手にとって眺める時間もあるし」
「そっか。ならよかった……ところで、ここからすずかの家に行くのって、どのくらいかかるのかな? いつもポートだったからあんまり感覚つかめなくて」
「だいたい三〇分もかからないでつくよ」
「そうなんだ。ありがとう、ヴィータ」
「いいって。それよりさ――」
そんな風に、時間は穏やかに流れていった。
三人を乗せたバスはそのまま、郊外にある月村邸を目指していく――。
***
月村邸――海鳴市でも有数の資産家である月村家の屋敷である。この街では企業家のバニングス家に並ぶ名家で、歴史的には、バニングス家のそれよりもはるかに長い。
一説には、月夜の晩のこの屋敷には夜を統べる魔が潜むなどという噂も――とはいえ、それをそのまま信じているものは少ない。
温厚な二人の両親と、美人だと噂に名高い月村姉妹とそのお付のメイド二人、そしてたくさんの猫たちの住む大変ほのぼのとした屋敷である。
さて、そんなところへやってきた三人の子供。
はやて、ヴィータ、ユーノの三人は、早速門についたチャイムを鳴らした。
『はーい。少々お待ちくださぁ~い』
すると、間延びした声とともに、薄紫色の長い髪のメイドさんが門から出てきた。
彼女の名は、ファリン・K・エーアリヒカイト。すずかお付のメイドで、すずかの姉であり、なのはの兄である恭也の恋人である忍のお付であるノエルの妹である。
「いらっしゃい。はやてちゃん、ヴィータちゃん……あれ? ユーノくん今日はポートのほうじゃないんですか?」
「はい。ヴィータと一度こっちに着たので、一緒に来ました」
「そうなんですか。では、皆さまこちらへどうぞ〜」
ファリンに促され、三人は月村邸の中へと入っていった。途中、ファリンが他のみんなはもう来てますよ〜、といっていたので、どうやらはやてたちが最後ということらしい。
「ではこちらへ」
案内した部屋のドアの前に立ち、ファリンはそっと中へ「はやてちゃんたちをお連れしました」と声をかけてノックを三回。
扉を開けると、既にテーブルに着いているすずかたちの姿が見えた。
「いらっしゃい」
柔らかい微笑みですずかが出迎えてくれる。
いつも彼女はお淑やかだなーと、ユーノはなんとなく思ったのだが、すずかの方はユーノは見て微かに驚きを浮かべていた。
「あれ? ユーノくん、今日はいつものところからじゃないの?」
そう訊かれたユーノは、
「うん。今日までの分を終わらせて『無限書庫』から出たら、そこで偶々ヴィータに会ってね。時間まではやての家で待たせてもらってて、それでここまで一緒に来たんだ」
と、ここまで来た経緯を説明する。
その説明を聞いたすずかは「そうなんだ〜」と、納得したようにふんわりとした笑顔ですずかは応えた。
他の皆も、そういうことだったのかと納得した様子だったが、なのはだけはほんの少し残念そうに、最初に誘ったユーノと一緒に来られ無かったのが、なんだか寂しい様な気持ちだった。
(……良いなぁ。はやてちゃんもヴィータちゃんも、ユーノくんと一緒に来られて)
ふとそんなことを思ったなのはだったが、何時ものお茶会に今日はもう一人友達が来てくれていることの嬉しさの方がやはり強い。それなのに楽しまないというのは非常に勿体無いというものだ。
「それじゃあ、ようやくみんな集まったことだし、お茶会を始めましょうか」
アリサの声を皮切りに、本日のお茶会は幕を開けた。
***
「はい。早速本日のお茶会が始まったということで、お喋りの時間――と行きたいとこなんだけど、今日はユーノも来てくれてるんだし、折角だからユーノの近況を聞かせて欲しいわ」
ユーノの方へ視線を向けて、アリサはそういった。
それを受けて、ユーノは要望通り早速自分の近況から話し始める事にした。
珍しく来てくれたなら、本人から色々聞きたいのはどこでも同じである。とりわけ、ユーノを含めた魔導師たちの話は魔法を知らなかったアリサたちにとってはかなり興味深い話ばかりだからというのもある。
「じゃあ、僭越ながら……」
そう前置きして、ユーノは話し始める。
前置きに合わせ、皆もパチパチとノリ良く拍手をした。
「近況って言っても、これまでとあんまり変わらずに書庫の整理に追われてたんだけど……この前未開拓エリアに入った時に少し変わったことがあってね」
ユーノは『無限書庫』であった様々なことを話す。
「古代ベルカの系統に近い分類の書籍が集まった、所謂迷宮型の書架を調査してた時、奥から沢山の――
「「「ご、ごーすと……?」」」
皆の顔が少し引き攣った。
大人びているとはいえ、彼女らはまだまだ幼い女の子だ。やはりこういった怪談を連想させる類は苦手なのかも知れない。
皆の反応を受けて、ユーノは注釈をつける。
「あ、えっと……こっちの世界でいう霊魂的な幽霊じゃ無くて、あくまでも門番――ゲートキーパー、っていうのかな? そういう魔法で作られたプログラムみたいなやつなんだ」
「そ、そうなの……」
アリサはそういって、ほっとしましたという反応を示す。
気が強い彼女も、こういう時はやはり女の子だなぁとユーノは思った。なんだか、とても可愛い。
「……なによ……?」
「う、ううん。何でもないよ? 取り敢えず話を戻すね。それで、僕はその
「物騒ねえ……」
「『無限書庫』って……やっぱり凄い」
まだ訪れたことがないアリサとすずかの二人は、話に聞く『無限書庫』の滅茶苦茶ぶりに嘆息した。
けれど、それは何もあまり知らない彼女らばかりではなかった。
最近、八神家に新しく生まれた末っ子のために奮闘したことのある〝ヴォルケンリッター〟の一人であるヴィータも同様だったらしく「相変わらず、滅茶苦茶だな……本当に書庫なのかよ。あそこは」などと呟いていた。
誰もが『無限書庫』の不思議さに呆れる中、なのはが少しそれとは異なったことで口を開く。
「ねぇ、ユーノくん。それっていつのこと?」
「んー。確か……ひと月くらい前、だったかな」
「……ふーん」
「な、なのは……?」
なんだか、半目になったなのはにユーノは少々臆した。
不機嫌そうにしているが、あまり思い当たる節がない。何か、してしまったのだろうか?
「危ないことするなら、呼んでくれればいいのに……」
そういうことだったのか、と、ユーノはなのはの意図を察した。
「ありがとう。でも、なのはも忙しいんだから、あんまり抱え込みすぎちゃ駄目だよ? なのはは、まだ魔法に関わって二年なんだから」
ね? と、ユーノは微笑む。向けられた笑みに、なのはは「うん」と頷いた。
「でも、そういうユーノも結構徹夜とか続けてるよね?」
無茶をするな、と指摘した直後、己もまた似たようなことをしているとフェイトに指摘され、何だかブーメランの様に痛いところを突かれてしまう。
「ふぇ、フェイト……? それは、その……」
言い淀むユーノに、フェイトは如何にも「怒ってます」な雰囲気で注意してきた。
「お兄ちゃんの依頼とかで大変なのは分かるけど、それでやりすぎちゃ駄目だよ。事務系っていっても、負担は溜まるんだから……現場の命のやり取りより危険が少ないとか思っても、軽んじていいことじゃないんだからね?」
大人しい彼女にしては珍しく、かなり強めの注意喚起。
彼女は時折優しすぎる面から、相手に強く出られない事が多々ある。しかし、こうした相手に対する心配が芯として通った時の彼女は、とても強く出る。
それは、怒っているから感情的になる、というよりも――相手のことを強く思いやるからこそ、より強く出てしまうというもの。言ってしまえば、これらは彼女の中にある『姉』や『母』といった女性的な部分。『母性』の様なものが色濃く出ているというものなのかも知れない。
実際のところ、注意されているユーノの様子を見ている皆も、何よりユーノ自身が……フェイトを見て、何だか弟に注意するお姉さんっぽいな、と。或いは、何だか母親に注意されている息子の気分だなと、そう思っていた。
「ユーノ。聞いてるの?」
「う、うん。聞いてるよ?」
「……もう」
何だか疑問に疑問系で返した所為か、フェイトはいまいち腑に落ちないといった様子だが、ひとまずここでは不問にしてくれるらしい。彼女自身、このまま話を遮り続けるのは本意ではないのだろう。
僅かに安堵を覚えつつ「意外とフェイトも怒ると恐いなぁ」と、内心思ったのはユーノだけの秘密だ。
そこから話は先ほどの未開拓エリアの探索に戻り、ユーノがいくつかのトラップや迷路に遺された謎かけの仕掛けを解いた辺りで、凡その近況報告が終わる。
中々にスリルに富んだ内容だった。
皆は満足気な溜息をつきなが、お茶に口をつける。
女の子が多いお茶会の肴としては些かアクロバティックだったが、そこは何かしら魔法に関わり、それを認知している友人同士のお茶会にはとてもうってつけである。
「ふぅ〜、やっぱり魔法の世界のお話って面白いわねぇ」
「そうだねぇ〜」
アリサとすずかはそういって、微笑み合う。
「いやー、私らも結構なことやっとるけど……冒険的なお話はやっぱりユーノくんのが面白いなぁ」
「『無限書庫』って、本当にどんな仕組みでできてるんだろ……」
「にゃはは……また今度行って確かめてみようね」
はやてやフェイト、なのはも流石に『無限書庫』開拓のお話は面白すぎた様だ。
ただ、当の本人はというと持って来ていた『お土産』を取り出しているという呑気さを見せている。
「まずは、すずかにこれ渡しとかないとね。はい、オススメの本」
「ありがとう、ユーノくん。いつも面白い本持って来てくれて」
はやてには既に渡していたので、すずかに渡す分を取り出したというわけなのだが……管理外世界に本を持ち込んでいいのか、またそれを読めるのか? という疑問がありそうなものだが、実のところそれはさほど問題ではない。
少ないながら、地球からの移民もいるミッドチルダでは、普通に元々は地球に住んでいた人も暮らしていたりする。言語体系が似ているというのもあるが、翻訳魔法のおかげで意思疎通はさして問題ではない。
それと同じことで、本も読みやすい様に翻訳用のデバイスを渡しておいたため、すずかやはやてはさほど苦労なく本を読むことが出来る。ただ、すずかとはやてはミッドやベルカの言語を学びたいということで時折ユーノが先生をしたりもしている。前にフェイトとなのはのビデオレターと文通の文字を教えるのに一役買ったのでそのあたりは学者型の文系魔導師の本領である。
加えて、ユーノが持って来ているのは基本的に物語に分類されるフィクションや、ノンフィクションでもどちらかというと過去の英雄譚や伝説・神話といった様な物がほとんどのため、機密などは余り問題ではない。
正直なところ、読むだけなら本の流出は文化理解に一役買っている。
無論、勝手に複製して売り出したりするのは違法だが、そんなことをする筈もないユーノやすずか、はやてといった本好きの子が扱う分には問題はない。
そんな訳で、気兼ねなく楽しめている訳だが、ユーノの『お土産』にはまだ続きがあった。
「あ――あとね、みんなに渡したい物があったんだ」
そういって、幾つかの綺麗な装飾の施された宝石の様なものを取り出した。
「なにそれ?」
「さっきの開拓の時に見つけたものでね、そこまで大したものでもないって事で引き取ったんだけど、何だか綺麗だから皆にあげたいなって思って。それに、ちょうど色が皆のイメージにぴったりだったから良いなって思ったんだ」
そういって、最初に紅に近い石をヴィータに渡す。
「おぉ……キレー……」
紅いその色が気に入ったのか、ヴィータが嬉しそうな声をあげる。
それを見て微笑みを浮かべたユーノは順に、桜色、金色、銀色、赤色、紫色の五つを、それぞれなのは、フェイト、はやて、アリサ、すずかに渡す。
スクライアとして、かなり幼い頃から遺跡発掘に関わっていたユーノは、時たまこうして見つけて来た装飾品の一部を友達にあげることも多かった。
市場では価値が無くても、中々に綺麗だったり、面白いものは多くある。皆に渡したそれらも、そんな物の一つだった。
「うわぁ〜! ユーノくん、ありがとう」
「綺麗……ありがとう、ユーノ」
「おおきになぁ、ユーノくん」
「偶然見つけとは思えないセンスね。ありがとね、ユーノ」
「とっても嬉しいな。ありがとうね、ユーノくん」
「皆に喜んでもらえて、僕も嬉しいよ」
先ほどの言葉通り、宝石などと同じ視点で見れば、余り価値のあるものとはいえないのだが、そんな額面などどうでもよくなる程度には、それらは綺麗だった。
「やっぱり、みんなによく映えるね。とっても綺麗だ」
見たままの感想を言ったユーノだったが、アリサはそんな彼を見てニヤっと笑うとからかいまじりにこういった。
「綺麗ねぇ……それって、どっちが?」
そう聞かれても、ユーノとしては深い考えは特になかったため、どちらかと言われても直ぐにピンとは来ず「どっちって?」と逆に訊き返すことになった。
そんな彼を見て、アリサ益々面白そうに、
「だから、あたし達がこれを持ってるのが綺麗なのか、それともこの石の方が綺麗なのかってことよ」
と、いった。
それに、ノリの良いはやても乗っていく。
「ユーノくんは、どっちやと思うか聞きたいなぁ」
そうなってくると、困るのはユーノであるが――元々、彼女達に合うなと思って渡したので、狼狽えることなくさらりと答えられたのだが、果たしてそれが良かったのかどうかは定かではない。
ともかく、ユーノは「どっちがというか、身につける人によって綺麗さが出てるんだから、やっぱり皆が綺麗だからだと思うよ?」と答えた。
余りにも直球的だったので、からかおうと思ったアリサもはやても、そしてその評価を聞いた皆も、なんだかキュンとしそうになる。さしずめ、毒気を抜かれて、カウンターを食らった気分ともいえるかも知れない。
誰も二の句を告げられないまま、少し沈黙したが……その後、最初に話題を振った意地か、アリサは顔を赤くしながらも
「あ、ありがと……」
といった。
言うことは言えたが、きっとそこが限界だったのか、それだけ言うと、顔を俯かせて少し小さくなってしまった。
何だかぎごちない彼女を見て、ユーノは不思議そうな顔をするがなんなのかまでは分からないだろう。
そもそも、本人の意識していない発言の内容を反芻しろなどと言う方が土台無理である。
暫しの間よく分からない空気が流れていたが、ユーノがどうしたの? と聞くと、皆固まってばかりもいられないとお喋りを再開するが、その横顔はほんのりとまだ赤かった。
そんな子供達の次の話題となったのは――。
「そういえば、みんな夏休みはどうするのかを訊かないといけないわね」
「あ、そうだね。ユーノくんの参考になると良いんだけど……」
「ごめんね。なんだか、迷惑かけちゃって」
「気にせんでえぇて。私も、こうして『夏休み』っていうのを体験するのは初めてやから、一回聞いてみたい思っとたとこなんよ」
はやても、去年まで足の事情で学校には行っていなかった。
その為、『夏休み』というものをはっきりと体験するのは今回が初となる。
そういった意味では、彼女もこうしてみんなの話を聞けるのは中々に興味深い機会だと思っている。そんなはやての言葉に、少し気が楽になったユーノは、せっかくだからみんなの話を聞こうと気を入れ直す。
「じゃあ、まずは私から」
アリサが手を挙げ、自身の夏休みにしたいと思っていることを語り出した。
「とりあえず、私としては真っ先に浮かぶのはオールストン・シーのことね」
「あぁ、アリサとすずかの両親が共同で運営するって言うテーマパークだね」
「そうそう! そこにみんなで自由研究も兼ねて行くから、ユーノも一緒にどう? きっと楽しいわよ!」
「あ、それいいね!」
すずかもアリサの提案に好色を示す。
元々、知り合いの子供たちを全員誘う気だったアリサの母であるジョディを始めとした親たちは、ユーノが参加することになれば大歓迎だろう。
「せやなぁ。そういえば港から回収された宝石も展示されるらしいし、考古学者さんの目利きもあったら自由研究の精度がぐっとあがりそうやねぇ。
でもそうなると、私だけ後乗せ参加になってまうなぁ……」
にこやかにはやてはそう言ったが、自分は用事で後から合流することになっているので、少し寂しそうに呟く。
そんなはやてに、ヴィータは自分も新装備のテストでその日本局に行くことになっているのを思い出し、こんなことなら仕事は早めに終わらせるか別の日にしとくんだったなぁ……とぼやいた。
だが、アリサは心配ご無用とばかりに、
「大丈夫! オールストン・シーは夜でもまだまだ開いてるし、関係者だけのテストオープンだから、本当の開演時間よりも長めに開いてるの!」
と、言った。
実は、関係者に対するプレゼンも兼ねたテストオープンとはいえ、全員が全員その日に来られるわけではないので、オープンの日は二日三日程度に分かれている。
とりわけ、今回のテーマパークとしての目玉は大規模なアトラクションと水族館に展示されている未知の宝石。
商業的にも、学問的にも、様々な魅力を取りそろえている以上――それを堪能してくれる子供も、それらを支持してくれる人や見聞を以て見定めてくれる人にも知って貰わなければ意味が無い。
「そんなわけで、心配はないわ! はやてもヴィータも、来てからめいっぱい楽しんでいって」
「おおきにな、アリサちゃん」
「あたしらは行けっか分かんないけど、なるべく行けるようにするよ。はやてたちの自由研究も見てみたいし」
「これで安心だね~」
すずかがそう締めくくったところで、遠巻きにボーンと時計が鳴るのが聞こえた。
見てみると、いつの間にと言うほど時間は大分たっており、そろそろ子供は帰らなくてはならない時間帯である。
ただ勿論、そんなわずかな余韻も最後まで遊び尽くすのが子供。そんな訳で、彼女たちのお喋りはもう少しばかり続いていく――。
「あーあ、もう少しお話しできたら良かったのに……」
「仕方ないよ。いつもより早かったけど、学校の後だったんだし……」
「そうやねぇ~。なんや休みに入ったと思うと、休みの日の感覚で考えてまうけど、まだ夏休み前日やもんなぁ」
「ま、それも明日からはしばらくお休み続きでまた感覚も変わってくんじゃない?」
「みんなでいっぱい遊べるね~」
時間が早くたってしまったことに不機嫌そうだったなのはも、次第に楽しそうに笑みを浮かべていく。
夏休みというのは、子供に遊ぶ活力を与える物であるようだなと、ユーノはふとそんなことを思った。ぼんやりとそんなことを考えていると、ふと思い出したようにヴィータがユーノに訊いた。
「そういやさ、ユーノって今日向こうに帰るのか?」
「え、うん。そのつもりだけど……」
「どーせすぐにオールストン・シー行くなら、それまでこっちで過ごせばいいじゃん。お前の場合本局の方にほっとくとすぐに仕事始めようとするからな。それに、やりたいことがすぐに見つからないなら、こっちで探してみるのもありだろ?
元々も、そのつもりでなのはも誘ったんだし」
監視しといた方が安心だ。そういわれてしまったユーノは苦笑するしかない。
そんなに信用無いのだろうか……? と、少し残念に思わなくもなかったが、それは信頼されているが故の心配でもあったことを彼だけは知らなかった。
「そうそう! それに、明日のアレはユーノくんにもみて欲しいな」
「アレ?」
と言われても……どれだ?
アレと言われたところで思い当たる節がないユーノは、少し考えてみたが、やはり心当たりはない。
一体なんだろうと思っていると、すずかがそれに答えてくれた。
「明日の朝、なのはちゃんたちの早朝エキシビションがあるんだよ~」
「へぇー……あ、だからか」
そういえば前に、彼女たちが早朝トレーニングをしているという話を聞いたことがある。なんでも、はやての足が治った辺りからリハビリも兼ねて始めたもので、体力トレーニングにということらしい。
おかげで、すっかり運動音痴だったなのはも人並みに運動ができるようになってきたとか。
「そっか……なのはがねぇ」
何とも感慨深そうにユーノが呟くと、なのはが失礼な! とばかりにぷんぷん怒りだす。
「ユーノくん!」
「あはは、ごめんごめん。冗談だよ」
「むぅ……」
なのはに詰め寄られ、ユーノは彼女を宥めながら謝った。
まだ不満そうだが、なのはは一応納得はしたのか一旦引き下がった。
元来、友達同士のふざけ合いでそこまで怒るなのはではないが……彼女が本気で怒ると、とても怖い。
……因みに、彼女の母である桃子は更に怖い。
一度だけユーノは見たことがあるが、桃子に敵う人なんているのかと思わされるほどであり、怒られていたなのははユーノに慰められてようやく泣き止んだくらいであったそうな。
「――兎に角、まずは問題を解決するところからでしょ? もう時間ないし」
「あ、そうだった」
「結局のところ、ユーノくんがこっちにいる間にどこで過ごすかってことやけど……」
わちゃわちゃと少女たちが話し合う中、おずおずとユーノが「いや、別にポートがあれば……」と、躊躇いがちに発言をしたが、それはすぐに却下されてしまう。
「で、でも……こっちで過ごすって言っても、滞在場所なんて――」
あまり人に迷惑を掛けたがらないユーノは、なおも食い下がろうとするが、そんな言葉もすぐに少女たちの言葉の波に呑み込まれてしまった。
「そんなの私らの
「そーだな。ま、妥当なとこだと思うけど」
「えぇー? 私のとこだよ〜」
「なのはのとこじゃ、ユーノずっとフェレット扱いじゃない。その点、私の家ならなんの問題も無いわね!」
「一番ユーノくんにフェレットフェレット言ってるのってアリサちゃんだと思うけどなぁ……? あ、ユーノくん。またお話聞かせて欲しいから私のとこに――」
「なによ。すずかのとこのアイに追っかけ回されちゃ、それこそ可哀想じゃない。なのはのとこも、絶対美由紀さんと桃子さんに要求されるだろうし? やっぱり、一番は私のトコね」
「えっと、あのね……? 私のところならお兄ちゃんたちもいるし、一番馴染み易いんじゃないかなぁ〜って……」
「今なら、シャマルとシグナムのお姉さん二人と、ヴィータとリインの妹コンビも付いてくるよ〜?」
「はやて……そろそろあたしを子供扱いすんのやめてくれってば……まあ、別に? 本気で嫌って訳じゃねーですけど?」
「こんな感じで可愛い妹と戯れてみーひん?」
「私のとこだよね?」
「私のところでしょ?」
「私のところだと、嬉しいなぁ〜」
「お得やで〜」
「ちょーどいいだろ? ご飯もギガうまだし」
――六人から六人共に問いかけられ、ユーノは固まってしまう。
畳み掛けられた言葉に、ユーノはどうしていいかわからない。一体誰を選べばいいのか、それとも断れば良いのかすら曖昧だ。
「――――――」
本当に、どうすれば良いのだろうか?
ユーノの頭の中で、ぐるぐると思考が周り始める。
混乱気味ながらも、それぞれの家にお邪魔した場合の状況を想像してみた。
一先ず、ごく特定の一人を除いて歓迎されないということはないだろう。
そこまでは分かる。
が、そこから先がどうなるかが問題だろう。
例えば、なのはの家を訪れたとしよう。
地球にあまりいないユーノにとって、やはり一番馴染みあると言えば彼女の家だ。
フェレットモードがほとんどだったとはいえ、彼女の家の温かさはユーノにも強く印象が残っている。
ただ、それはあくまでフェレットで過ごしていた時――それも『PT事件』と『「闇の書」事件』の短い間だけ。
その後、それまであったことを魔法も含めて説明しに行った時にユーノに関する問題は解決しているが……ただ、訪れる者に対して妙に寛容な高町家では、相変わらず可愛がられるような扱いが多くてどうにも気恥ずかしい。
なのはに魔法を教えたり、認識の齟齬があったとはいえども同じ部屋で過ごしていたり、本当は軽蔑されても不思議ではないのだが……桃子や士郎、美由紀や恭也はとても寛容というか、事情が事情だけに仕方がなかったのだろう? といって受け入れてくれた。
……なんでも、そういう常識の範囲外には慣れているとかなんとか。
ともかく、彼女の家だと気恥ずかしさがあるので少し遠慮したい。
では、フェイトの家ではどうだろうか?
彼女の家であるハラオウン家は、ユーノには人間関係的な意味で最も近しい。
全員ミッドの出身であるし、管理局の所属で交流も多いため馴染みがある。
そういう意味では、何の柵もなく馴染めそうなものだが――何事にも往々にして穴はあるものだ。
それが、フェイトの兄でありユーノの悪友であるクロノだ。
彼はいつもユーノのことを小馬鹿にしたようなことを言ってくる上に、ユーノもついついムキになってしまう。
年の近い男友達ということでそうなってしまうのだが、どうにも最近僅かながら年の差を感じざるを得なくなってきたのが悔しい。
何故かと言えば、有り体に言ってからかい方が子供を相手にしている様な、あしらわれる様な扱いになってきたことが挙げられる。
そんな訳で、クロノからのからかいは余り好ましいところではない。
勿論それは親しさからくるものだが……本当にどうも最近大人びてきた彼は、ユーノを子供のようにあしらうので苦手だ。
……決して、身長が急に伸びてきたクロノが羨ましいからとか、それを見て悔しいのが嫌とかではない。断じてない。
さて、では次にはやての家である八神家を考えてみよう。
ここは、今日選ぶのならばとても自然な流れであるような気がするが、先ほどまでいたとはいえそのまま戻るというのもどうなのだろうかという気がしなくもない。
ただ、そういうことを考えないのであれば、今日一番自然な運びかもしれない。
はやてやヴィータと過ごすというのも悪くないし、リインとも久々に話してみるのもいいだろう。
シャマルやザフィーラにいろいろ補助系の魔法を教わりたいとも思っていた。シグナムにはあまりそういった魔法関連のことはタイプ的に聞けないが、古代ベルカについて話すことはよくある。実際に体験した人に話を聞けるというのは、考古学者としての血が騒ぐ。
なかなかにユーノの探求心をくすぐる面子ぞろいの八神家。
現時点における最有力候補といえそうである。
続いて、アリサの家についてはどうだろう。
彼女との接点はあまりないが、なんだかんだと彼女の話を聞いたりするのは面白い。
一番五人の中では感情的である彼女だが、その実それ以上に聡明である。
そのためか、思ったより博識で、この世界についてあまり知らないユーノにいろいろと教えてくれる。
それに、彼女の家は猫屋敷ではないので、ユーノとしても非常に安心だといえる。
唯一問題があるとすれば、彼女自身が魔法とのかかわりが遅かったため、認知した後の交流が少しほか三人に比べて若干希薄だったことだろうか。
それ以外においては、彼女のところを訪ねることに不安や、まして不満など存在しない。
そして、最後にすずかの家について考えてみた。
彼女の家で一番ユーノが忌諱しているのはやはり過去のトラウマだろう。
前にフェレットになっていた時、彼女の飼い猫であるアイに散々追いかけ回された記憶がある。
その他にも猫屋敷などと形容されるほど、彼女の家には猫がたくさんいた。
人間の姿であれば、差し当たって問題はないが……どうにも一度怖かった思い出というのは、簡単に消えてくれるものではない。
だが、それ以外においてはすずかの家に嫌いなところもなく、彼女自身にもユーノが不満を持つ要素など微塵もない。
それに、趣味が読書であるすずかはユーノと趣味嗜好が近く、話していて楽しい。偶に姉の忍に機械関係――主にデバイスについて――引っ張り出されることもあるが、それもさして悪い事ではないので、むしろ楽しい方だ。
ここまで考えて、ユーノはふと思った。
問題らしい問題は存在せず、取り敢えず一晩お世話になるくらいなら何の問題も無いのではないかと。いや、だからと言ってそのままお邪魔というのも――と、そうしてループしていく思考は、正解など出さない。
一先ず決めてしまえばそれまでなのだが、生憎遠慮が先行してユーノはその選択肢に至らないのだ。
そんな彼の優柔不断さを見て、少女たちも一つに選ばせるのは無理かもしれないと悟った。
それなら、いっその事――そんな視線が通った刹那、彼女らの意見は一致した。
「えー……っと」
なおも悩むユーノに、アリサが声をかけた。
「ねぇ、ユーノ」
「――え? あ……な、なに? アリサ」
どうやら、相当に思考の泥沼の奥底まで沈んでいたらしい。
あからさまに受け答えに詰まったユーノを見て、彼女らの考えは確定した。
「あんたに決めさせると日が暮れそうだから、私たちが決めるわ。あんたの夏休みの滞在先のローテーションを」
「え、ローテーション?」
「そうよ。丁度いいでしょ?」
「いや、そんな長く居るつもりは――」
「何? 私たちと過ごすの不満な訳?」
「ううん。寧ろそれは嬉しいんだけど……あんまり長くっていうのも、悪いかなって」
素直に述べるユーノの言葉には、さらりとした言葉ならではの妙な破壊力があった。
はっきり言ってなのはに誘われるまで、やろうとしてたことはすぐに終わってしまいそうなものばかり。
ならいっそ、放浪の一族らしく別世界を堪能するのもありだろう。
まして、そこには親しい友人たちが居るのだ。嫌なはずもない。
「うぐっ!? そ、それは分かってるわよ。でも、私たちはそんな器量の狭い人間じゃないわ。迷惑だなんて思いやしないわよ……それとも何? 私たち見たいな美少女の家に泊まるの嫌な訳?」
「えっ、そ……それはその……あの」
顔を赤くするユーノに対して、何だか保護欲というか、ヒロイン要素的なものを感じてしまった一同は、声を揃えて『なら問題ないよね!』と思わず叫んでしまった。
その声に、下で帰りの送迎の準備をしていたノエルとファリンが少し驚くことになったが、それはまた別の話である――。
「それじゃ……いくわよ?」
「「「うん」」」
――――じゃーんけーん、ポン!
はてさて、ユーノの明日は一体どこへいくのやら――――
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。今後もお読みいただければ嬉しく思います。