~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 今回は主人公サイドが出てこないお話ですが、映画的には此方の方がメインサイドなので章の区切りでお届けしております。
 ついに事件が始まり、ここから数話は序盤のお話となります。
 では、どうぞ―――


第三章 迫り来る滅びの定め

 崩れゆく、幸せだった時間

 

 

 

 ――――そこは、家族と過ごした夢の跡。

 

 

 

 *** 旅立ちの日 ――決別――

 

 

 

 青白い光が地下室を照らす。

 少女の操る遺跡板と呼ばれるそれは、この星における情報端末であり、情報(それら)を納める媒体そのものでもある。

 けれど、そこにあるデータはこの地によるものでは無い。

 遥か遠く、本来ならば交わることもない世界の記録。

 少年が見つけ、少女が救い、そして――運命(みち)を切り開いた物語の顛末。

 ……悲劇を覆した、強き者たちの姿だ。

 

「……、――――」

 

 桃色の瞳は僅かに憤りを滲ませながら、それをじっと見つめている。

 そこにあるのは悔しさと憧憬。

 見れば自分よりかなり年下だろうに、この子供たちにはそれだけの力があったと示されている。

 そうした事実が、見当違いの怒りと分かっていてもなお腹ただしく、そして何より妬ましい。

 悲しみのうちに沈んでしまう瞬間であっても、それでも前を向いて進み続けて未来を摑み取れた、その強さが羨ましかった。

 けど、そんな思いなんてもういらない。

 何も出来なかっただけの弱虫はもういないのだから。

 そう、変える為の力はきっと――この手に。

 

「キリエ」

 

 名を呼ばれ振り返ると、そこには赤い色の髪をした少女がいた。

 自分の桃色の髪とは違い、癖があまり強くない真っ直ぐな紅。

 優しくこちらを見つめる翠玉のような瞳には、そうした温かさの中に苦しさを隠している。

 その秘匿が、酷く癪に障る。

 いつもいつも、自分には早い。無理だ、と言って遠ざける。

 けれど、どうしても〝嫌い〟にはなれない。

 だってこの人は、自分の姉なのだから。

 

「……お姉ちゃん」

 

 口に出た言葉に、偽りはない。

 彼女は姉で、自分は妹。

「少し、根を詰め過ぎていませんか? 休憩がてらに、上でお茶でも――」

 ――――だから(キリエ)は、(アミタ)に子供だと思われている。

 ……でも、掛けられる言葉に。

 労わってくれる心に、本当は不満なんてない。

 大切な家族。守りたい存在。

 それは互いに同じであるからこそ、姉は自分を遠ざける。

 だけどもう、守られるだけの存在ではない。

 ――――きっと、自分にもできる。

 迫り来る劇終の幕。

 夢を馳せた世界(ほし)が、その生命(いのち)を砂として落とし尽くす(とき)

 だから、変えるのだ。

 自分が見つけた方法で、何もかもを。

 大切にされてきた、守ってもらった、この命で――

 

「あたしなりに調べてるの。一刻も早くこの世界(ほし)の滅びを止める方法……。この一週間、ママとお姉ちゃんがあたしに秘密の内緒話をしている間も、ずっと」

「気を悪くしないでくださいね。わたしとかあさんは、とても大事な話をしていて……」

 

 ――と、そう思っていたのに。

 結局、宥めるようにかけられた言葉には微かな諦めのようなものが滲んでいる。

「……子供だもんね、あたしは。ママもお姉ちゃんも、いつもそうだったから」

 柔らかく留め置こうとしている。……そのことに、腹が立った。

 まるでそれは、自分には何も出来ないのだから何もするなと言われているようなものだ。もちろん、そうで無いのだろうと言うことは解ってはいる。

 だからきっとこれは、自分の中にある劣等感の裏返し。

 守られるだけの存在。それが、末っ子である自分(キリエ)なのだから。

「そんなことは――」

 どうやら姉もそれに気づいたらしく、そんなことはないと改めて言おうとしている。

 だけど、それはもう良い。

 肩に添えられた姉の手を払い後ろへ顔を向け、語る。

「あたし見つけたの。パパの病気も、この星の病気も、全部まとめて治せる方法」

 口に出したその方法を聞いた姉の顔に浮かぶ表情は、喜びでも安堵でもなく、ただの戸惑い。

 最初だけなら、それを特に気に留めるつもりもなかった。

 しかし――。

 その表情は少しずつ説明を重ねても、

 どれだけ自分が考えたのかを語っても少しも変わらない。

 それどころか、言葉にはしないまでも、暗に「やめろ」とさえ言ってくる。

 この星を離れる、そして父には静養してもらう。

 だけど、それは……それは、つまり。

 諦めるということ、探すことをやめるということだ。

 迫る死の影に見切りをつけて、諦めて去って行った人々のように。

 そんなのは許せない。

 いつかこの星を救おうと努力を重ね、死にゆく星を決して見捨てなかった父の姿。どんなに辛い時でも、自分たちに向ける笑みを絶やさなかった、その姿を。

 それを全部、ダメにするなんて。――いや、ダメだったからなんて理由で無に帰すというのか。

 

 そんなのは、誰が許そうと、絶対に自分だけは許さない。

 

 大丈夫だと言った。

 離して、と言った。

 けれど、(アミタ)(キリエ)を離さない。

 大切だから、無茶をしようとする家族を止める。

 なるほど、確かにそれは道理だ。

 だけどそれは、裏を返せば、出来るはずのことを出来ないと思われているということ。

 そんなつもりはないのだろう。

 何も考えていなかったわけではないのだろう。

 だが、その時の己にはそう思えて仕方がなかった。

 今なら、救える。

 きっと何でもできる。

 幼いころ、姉の読み聞かせてくれた絵本。そこにあった魔法使いのように、今ならきっと何でも変えられる。

 悲しさなんて、消し飛ばしてしまえる。

 必ず、出来るのだから……。

 事実、今のままでは絶対に救えない父の容態のことを口にしたとき、姉の表情はがらりと変わった。

 やはり、姉の心も根底は同じなのだろう。

 手にしていた〝ヴァリアントコア〟を、ショットプラズマ―と呼ばれる小銃の形に変化させる。

 フォーミュラと呼ばれる、この星で用いられているエネルギー干渉術式。

 これらは体内にナノマシンを循環させているエルトリアの人間が用いることの出来るもので、過酷な環境下でも耐えられるようにと設定されたものだが、危険生物への対処のためにある程度の戦闘・鎮圧用の装備にもなる。

 故に、同じようにフォーミュラを使える姉であろうとも、この場で気絶させるくらい訳もない。

 

 

「――必ず、帰って来るから。だから、邪魔しないで……!」

 

 言い淀む姉に向かって、最後通牒を申しつける。

 大丈夫だ、必ず出来る。

 だから、追い駆けてこないで、と。

 ……なのに、銃を向けられているにもかかわらず、それでも名を呼び止めようとした姉に、やっぱり自分は何時まで経っても子供でしかないのだと思い、手に持っていた小銃の銃爪(トリガー)を引いた。

 

 

 

 吹飛んだ姉の身体を確かめ、重傷を負わせてはいないことを確認して拘束する。

 意識が戻れば勝手に拘束を抜け出すだろうが、問題はない。

 姉一人で追えるような、簡単に渡航できる世界に行くわけでもない上に、彼女にはこちらのような同行者はいないのだから。

 追い駆けてくるなんてバカげた無茶を、大丈夫なはずの自分を止めた姉がするわけもない。

 それに、きっとここを放り出せない。

 ……だって、姉はここでこそ必要とされているのだから。

 そのまま地下室に気を失った姉を残し、上へと向かう。

 父の傍らで看護を続ける母・エレノアに小さく別れを告げ、遺跡板のある教会のような出で立ちの建物へ向かう。

 そこには、自身の友人であり、この〝救済〟の方法を教えてくれた少女がいる。

 今回の旅には、彼女もついて来てくれる。

 なら、心配はない。

 父と母には姉がついているし、自分にはもう一人の姉のような友がついている。

 そう――だから、きっと大丈夫。

 

 

 

 幸福に満ちていたはずの時間は閉ざされ始め、いつか叶うと信じていた夢は灰燼のように崩れ去る。

 霞み始めたその未来。

 けれど、少女はそれを諦めようとはしなかった。

 救うと決めた。

 変えて見せると決めたのだ。

 未来(とき)を、希望(ねがい)を、運命(ほろび)を。

 旅立ちの日、少女は遥か彼方の世界へ赴いた。

 幾つもの戦いがあり、幾つもの涙があった、その世界。

 未来を勝ち取った、勝ち取るための鍵がある世界――『地球』へ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 地球――海鳴市、上空。

 

 眼下に広がる景色は、人口の明かりが灯る都市部。

 静かな夜のしじまはいっときも光を失わず、止めどなく輝いている。

 初めてみるその景色は、ひどく穏やかなもの。

 星の全てが滅ぶことは無く、血で血を洗うことの無い世界。

 たくさんの力がそれを守り続けている世界。

 たが、イリスはこの世界に『管理世界』で言うところの魔導技術。つまりは、エルトリアにおける『フォーミュラ』に当たるものは無いのだと言う。

 けれど、だからといって、この星はただ無力な平和のもとに成り立っているわけでは無い。

 人の心には、美しさと同じだけ確かな醜さがあるように。

 この世界も等しく全てが平和なわけでは無いのだ。

 故に、降り掛かる災いがあるように。それらに立ち向かい、守る者たちがいる。

 小さく開かれたウィンドウに映っているのは、三人の少女。

 不屈を示し、

 運命を打ち破り、

 闇の定めを振り払った三人。

 そんな、強い〝魔導師(まほうつかい)〟たちの姿。

 戦いを望むわけではないが、きっと衝突は避けられない。

 何せ相手は此方のことなど知らない。

 だけど、此方も引けない理由がある。

 必要なら、何でもする。

 救うために、自分の出来るその全てを――――

 

 

 

 世界を守った子供たちがテーマパークへ向かう少し前。

 強き決意と共に、桃色の髪をした少女が蒼き星に降り立った。

 誰しもが幸福を望むのに、譲れないものがある時、人は図らずも争いを避けられない。

 巻き起こる嵐が追い立てるように、沢山の想いが交錯する。

 

 ――――物語は、遂にその重い幕を開ける。

 

 

 


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