~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 此処からはハイウェイ戦。
 夜の高速道路でぶつかり合う戦闘の流れをお楽しみいただければと思います。


第四章 動乱せし夜の街

 探索、捜索

 

 

 

 探し物はある少女の持つ一冊の本。

 そこに秘められた強大な力を求めて、二人の少女が動き出す。

 かつて、闇に沈んだ夜天(そら)の名を冠する書は、主と騎士たちにとっての大切な絆であり、先代の『祝福の風』が残した大切な想いそのもの。

 故に、簡単に渡せるものではなく――。

 けれど、譲れぬものがあるのは、彼女たちだけではない。

 

 ――――なればこそ、その想いは激しく火花を散らす。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ユーノたちが《オールストン・シー》へ出向き、楽しく遊んでいた頃。

 地球に置かれた『時空管理局』の東京臨時支局にて、支局長を務めるクロノ・ハラオウンを筆頭に、局員たちがこの世界に降り立ったらしい何者かの影を追っていた。

 

 先日より地球(こちら)でもニュースになっている、廃車場での大型車両盗難事件。

 深夜に何らかの〝光る落下物〟が飛来したらしい廃車場で、周辺へ被害が出るほどではなかったが、軽い爆発事故があった。

 また、それとほぼ同時に現場にあった大型車両が大量に盗難にあっている。

 クロノは、自身の補佐を長年務めてくれているエイミィと共に報じられた映像を見ながら、眉を顰めた。

「地球の常識では、ちょっと考えられない事件だね……」

 傍のエイミィもまた、同じように真剣な目でこの映像を見ながら同じように眉を寄せている。

 実際のところ、彼女のいう通りこの事態はこちらの世界では少々異質だ。

 地球の常識では考えにくい事態。これが意味するところとは、つまり――地球という『管理外世界』へ無許可で異世界渡航を行った容疑者がいる可能性がある、ということだと見ることができる。

 すでに本局の方へも『第九十七管理外世界』、つまりは地球のある次元へ転移・渡航を行なった形跡がないかを探るようには要請は出した。

 だが、本局の操作網が伸びる前に、できることなら何かが起こってしまう前に容疑者を保護するのが最善だ。

 早速二人は、不可解な要素がいくつか確認された事件(こと)の真相を確めるべく、クロノはエイミィと共に、彼女同様、かつて彼の母であるリンディが艦長を務めていた『次元航行船・アースラ』時代からの仲間であるランディが集めてくれた、容疑者を捉えた映像資料を見ていく。

「工事車両の盗難……。都内の各所で複数発生しています。その盗難事件の容疑者として上がっているのが――こちら」

 映し出された映像には、工事現場や廃車場などには不釣り合いに見える少女が映る。

「……女子高生?」

 エイミィの呟きの通り、そこに映っていたのは桃色の髪をした高校生くらいの少女。

 少なくとも、映し出されている見た目そのものは、間違いなく地球の――それも、日本の高校生相当のガールズスタイルそのもの。

 それは、如何に馴染んでいるとは言えども、〝ミッドチルダ〟という、本来こちらからすれば異世界の出身であるエイミィたちから見ても、何ら不自然さを感じさせることのない装いであった。

 

 尤も、それはこの少女が、ごく普通に街中を友人たちとでも歩いていればの話だが。

 

 少なくとも、工事現場や廃車場を、誰もいなくなった夜遅くに一人で訪れる人種としては、明らかに異質そのものと言っていい。

 明らかに普通の行動ではなく、同じように少女自身も只者ではない様だった。

「現場では、未確認のエネルギー反応も検出されています」

 ランディの言う通り、彼女がこの〝盗難〟に利用しているモノは普通ではない。

 魔導技術が一般化されている世界出身である彼らからしても、その手腕は異常だった。

 映像にあった施設を回る少女は、大型作業機械に分類されるだろう重機へ手を翳す程度の所作だけで、それらをその場から持ち去っていった。それこそまるで、魔法のように物体を消失させながら。

 これだけ見ても、彼女は明らかにこちらの領域とは異なった魔法系態を辿っていることが見て取れる。

 彼女の用いている(すべ)がなんであるのかを知ることが出来ない以上、『管理世界』からの渡航者かどうかさえ定かに出来ない。

 一体どこからの渡航者なのか、謎は深まるばかりだ。

 が、ここで足踏みをしているわけにもいかない。

 早速クロノはことの対処にあたるべく、行動を開始した。

「観測の人員を増やしましょう。エイミィ、レティ本部長にもこの件について報告を」

「了解」

「捜査官を手配しますか?」

 それを受け、ランディも本格捜査に乗り出すように手を回すかどうかをクロノに伺う。

 確かに、この件にあたる上では早急な対処が求められるところだが、彼はその辺りに関してはさほど案じていない様であった。

「ああ、いえ。念のためと思って昨日のうちに――」

 と、そんな態度に不思議そうな顔をしているエイミィとランディだったが、その疑問は直ぐに氷解することとなった。

「お邪魔しまーす」

「お呼びですか? 執務官」

 ちょうどクロノの言葉に合わせるように扉をノックする音がして、橙色の髪と紺の毛並みが覗き、そんな声が聞こえてくる。

 そのコンビの姿に、ランディは思わず嘆息を漏らす。

 入ってきたのは、アルフとザフィーラ。

 クロノの妹であるフェイトと、その友人であるはやての『使い魔』と『守護獣』であるこの二人は、こうした捜索におけるエキスパートだ。

 この案件に置いて、これ以上の適任はいないとまで言えるだろう。

「頼れるコンビでしょう?」

「はい!」

 ランディがそう頷くと、探索に役立つ情報を整理する作業に戻る。

 早速クロノは二人に捜索対象の詳細を告げる。

 捜索対象は、十代半ばごろの少女。

 掛けられた容疑は、無許可の異世界渡航。

 そして、『管理外世界』における違法行為多数。

 現状では人命に関わる被害は出ていないことや、管理外世界への渡航に関しても管理世界からのそれであるかを明白にできないため、『管理局』としては出来るならば任意同行が好ましい。

 が、明らかに許諾を得ているとは言い難い行いを重ねている以上、抵抗するのであれば捕縛対象であるとする。

 以上のことを二人に任務としてクロノは託した。

「了解っ」

「承知した」

 頼もしい返事にクロノは微笑み「任せた」と言い添え送り出す。

 そうして二人の背を見送りながら、次いでリンディへの報告をするべく回線を繋ぐ。

 コールを何回か聞いている間に、朝方から遊園地に出向いている妹やその友人たちと、あの悪友は今頃何をしているだろうかと思いつつ――この事件が是非とも、二年前のそれらと同じように、皆の手を煩わせるものでないようにと願いながら、事件の対処へ挑むべく気を引き締めた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一方、その頃――。

 

 廃棄されたドライブインを目指して、一台のバイクが路を駆ける。

 かつてはさぞ賑わいを得ていたであろう建物は、今ではすっかり主人(あるじ)なき城。

 そんな広く豪奢な内装も寂れたまま、長い年月保放置されていたのであろうその建物を、遥か彼方の世界より来訪した少女たちが拠点にしていた。

 バイクを走らせた少女が地下駐車場へ入ると、そこではこれまで集めた機械たちを調整する友の姿が。

「ずいぶん揃ったわね」

「一応、全部『機動外殻』として使えるようにしといた。あの三人の居場所もつかんだわ」

 映し出したウィンドウに映る少女たちの姿を見ながら、どの相手と対峙するかを決めて行く。着々と構築されて行く彼女たちの計画には、ほとんど歪みは感じられない。

 だが、

「……?」

 見ていた画像に、微かにノイズが走る。それがなんであるのかを、二人はまだ知らない。

 進み行く、その襲撃の足音を響かせ始めた二人の少女。

 それを追うように、落ちていく太陽が暗闇を生み始めた夜の空を、一筋の光が駆け抜ける。

 

 深まって行く事件に合わせるように沈みゆく夜の中を、海鳴市の一角へ向けて、一筋の光が流星のようにこの世界に向かって飛来した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 《オールストン・シー》に隣接している大型のホテルの一室にて――。

 たっぷりと遊んだ午前中の楽しさを反芻するように、子供たちはおやつを摘まみながらおしゃべりに興じる。

 尤も、ただ話すだけではなく。せっかくなので、今日遊んだ分を自由研究でどう構成していくかを大まかに決めるべく、アリサを筆頭とした少女たちはそんなことを話し合っていた。

「アレって、結構よかったわよねー。紹介するメインにどう?」

「あ、でも結構こっちも……」

「え、どれどれ? あ、これかぁー。確かにね~」

「むむ。どうしようかしら……」

 この後やって来るはやてを含めて、さらにもう一度見て回ることにはしているのだが、はやてが目一杯楽しめるようにと、少女たちは自分たちの見て回った分を再確認していく。

 すると、意見が若干滞ったのか、なのはがユーノにも意見を求めてきた。

「うーん。あ、そういえば……ユーノくんは、どれが一番よかった?」

「僕は……そうだなぁ、どれだろ……」

 迷いつつ、ユーノが回った分を地図上でなぞっていく。

 ジェットコースターに水族館エリア。

 シューティングに迷路。

 そして――と、そう小さく口に出しながら考えていたユーノだったが、その思考は途中で遮られてしまった。

 壁に懸けられたテレビから、今しがた入ったらしい速報が入る。

 最近街を騒がせていた、連続の大型車両の盗難事件。

 この事件の関連と思われる情報が入ったらしく、キャスターは若干の焦りを孕んだような口調で詳細を伝え始めた。

 何でも、工事現場にあった複数の重機が突然動き出し、高速道路を暴走しているとのことだ。

 現在、警察が追走中らしいのだが、その原因は不明のままだという。

 またそこへ、同じように重機が道路を塞いだ、などと言う報告も入ったなどと言う注釈も入る。

「…………」

 地球における一事件にしては、どこか不可解な点が多い。

 報道されている情報のみで判断するのは早計だが、ニュースを聞いていたユーノの脳裏には、先日クロノが言っていた妙な反応というフレーズが浮かぶ。

(……まさか)

 そうして可能性を思い浮かべるたび、厭な予感を感じてしまう。

 普通に考えればそうそう起こり得ないことだが――この世界に個人単位で渡航するという事柄に関して、ユーノは痛いほどに心当たりがある。

 だが、今のところ確証はない。

(…………まさか、ね)

「? ユーノくん、どうしたの?」

「ううん。何でもないよ、なのは」

 思考を締めくくったところで声を掛けられたユーノは、首を振って浮かんだ疑問を払うと、何でもないとそういって話に戻る。

 ……が、いやな予感程当たりやすいとはよく言ったものだ。

 

 抱いた予兆は現実となり、深まっていく夏の夜に紛れながら、彼らの友人たちへ牙を剥き始める。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――――時はわずかに戻り、場面は夜の街へ。

 

 夜の街を回りながら、アルフとザフィーラは桃色の髪をした少女の探索を続けていた。

 そうやってしばらく探していると、瞬間――二人は何か魔法に似た術式が発動したのを感じ取る。

「気づいたか?」

「うん」

 明らかに気のせいではない。

 となれば、と、魔法と似た何かが使われた感覚を感じ取ったアルフは、その対象を地図上に映し出す。

「――見つけた。動いてる」

 ウィンドウに表示された赤い点が移動して行くのが見て取れる。

 この速度から察するに、恐らくは何かしらの乗り物を用いているのだろう。だとすると、このまま足で追うのでは追いつけない。

 ならば、こちらの追う路は――

「追いかけるぞ。乗れ!」

「うん。――東京支局、こちらアルフ。追跡対象と思われる反応を確認」

 背を差し出してきたザフィーラにまたがりながら、アルフは対象の補足と空路での追跡を開始するとクロノたちへ念話を送る。

「空路のでの追跡を開始します。ザッフィー?」

「ああ――行くぞ!」

 ビルからビルへ飛び移りながら、ザフィーラはアルフを背にしながら人間形態へと変身し空を駆け抜けて行った。

 

 

 

 *** 遠き星よりの強襲者

 

 

 

 

 それと時を同じくして――

 管理局の方へ用事のあったはやては、夜の部から皆と合流するために、同じようにあとから合流することになっていたすずかの父・俊と共に、彼の車で《オールストン・シー》へと向かっていた。

 向こうへ行ったら面白かったアトラクションをいっぱい教えてもらうことや、待っててくれてるみんなと着いたら一緒にホテルにある大浴場に入るのだ、などと言った他愛のない話を交わしていると、はやてのケータイにクロノから連絡が入る。

「……!」

 そこに書かれていたのは、ここ数日で起こった事件の状況と、現在アルフとザフィーラが追っている捜査の対象について。

 驚きにさいなまれながらも、真剣な表情で事件の旨を読み進めて行くはやて。

 だが、彼女が容疑者だという桃色の髪をした少女の画像のあたりまでメッセージをスクロールし終わり、事件の概要を把握した、まさにその時。

「うわ……っ!?」

「っ、――わっ!?」

 唐突に車が振れた。

 後続より走り去った大型のトラック二台が、二人の乗った車に擦れるほどに接近し追い抜きをかけてきたのである。

「危ないなぁ……」

「ほんまですねぇ……」

 避けられはしたものの、かなり無謀な運転をしてきたトラックに二人は思わずそう呟く。

 しかし、ことはそれだけでは済まなかった。

 次の瞬間、前方へと走り去って行くだけだったはずのトラックが横転し、車の行く手を阻んだ。

「な――ああっ!? うっ……!!」

「っ、――ひゃぁ!?」

 横転したトラックへ向かう車を止めようと俊は目一杯ブレーキを踏み、ハンドルを切る。

 踏み込まれたブレーキが勢いを押し留めようとするが、勢いを殺しきれていない。そのままタイヤとアスファルトがこすれ合う音がして、急停止の反動が身体を圧し潰そうとのしかかる。

 何が起こったのか、はやては一瞬分からなかった。

 が、次の瞬間――彼女は否応なしに自身の置かれた状況を知る事となる。

 先ほどとは異なり、今度は衝突の衝撃が二人を襲う。

 地面を滑るように擦りながら、団子になった車は前方へと滑走。周囲にあった電線などを巻き込み、前方にあった車両も吹き飛ばして行く。

 そして、砕け散る窓ガラスに合わせるように飛び出したエアバックが二人を包むが、受けた衝撃は重く二人に圧しかかってきた。

「ううっ……は、はやてちゃん、大丈夫!?」

「は、はい……」

 返ってきた返事に安堵を覚えつつも、いつまでも大破した車内にいるわけにもいかない。

 微かに焦げたような臭いが立ちこめたことに気づき、このままでは拙いと、俊は助手席に座るはやての安否を再度確認するや、車外に出る。幸いにして、自身にもはやてにも目立った怪我はなく、外へ逃げ出すことに関する障害はなかった。

 しかし、先ほどから漂っている臭いの通り、車の燃料タンクからガソリンが漏れ出している。そこへ、先程の激突した際に上がった火の手が引火してしまう。

 吹き上がるように起こった爆発の衝撃波からはやてを庇う俊。爆発は見た目ほど大仰ではなく――起こった火の手こそ大きいが、それが直接原因になる副次的災害は今のところない。

 だが、それ以上に衝撃的な光景が広がる。

 急ぎ外に出た二人だったが、路上へ足を踏み出して最初に目撃した物に、思わず言葉を失った。

 そこにあったのは、全くの予想外の代物。

 目の前に転がっている車が衝突した原因こそ、先ほど強引な追い抜きをしたトラックだったが、二人の目の前にあったのはそれだけではない。

 その先にあったのは――――

 

「!?」

 

 現れたのは、二台の重機。

 炎の中より出で、先への道を炎の壁とともに塞ぐようにこちらへ向かって来る。

 それだけではない。

 更に出現した重機たちは、まるで命を宿しているかのようにその形を変え、衝突で大破したトラックを脱ぎ去った蛹のように吹き飛ばし、その中から生まれ出でたかのように姿を変えて蠢きだす。

 その上、

「な……っ」

 あろうことか、その場で暴れ出すようなそぶりを見せ始めた。

 だが、この事態を受けても。

 否、逆にこんな状況だからなのか――はやての対処は迅速であった。

 本来であれば、こんなところにあるはずも無い物が、それもこんな埒外の用途で用いられるなど誰が想像しよう。

 まるきり映画か何かのワンシーンのような光景は、一見しただけではこれが現実と呑み込み難い。

 しかし、だからこそ。

 目の前で暴れ出した重機と燃えさかる炎。何より、こんな異常事態に集まりつつある野次馬を目にしたはやては、速やかに事態の対処に当たるべく、前に出た。

「月村さん、すみません。わたし、アレの対処をしてきます!」

「あ、ああ……」

 目の前に広がる状況に対し、子供を一人であんなものの対処に当たらせるのは一人の親として気が咎める。

 だが、俊にはそれを見守るしかできない。

 なぜなら、娘の大切な友人である彼女は普通(ただ)の子供などではなく……むしろ、こんな現実から逸脱した物事だからこそ、彼女の力無くしては解決することができないのだから。

 そんな無事を祈る視線を背に受けながら、はやては自身の魔導書(ストレージデバイス)である『夜天の書』を取り出し、目の前を塞ぐ機械の兵隊たち。――エルトリアで言うところの、『機動外殻』と対峙する。

 このままでは野次馬が集まり騒ぎになってしまう。そうならないためには、一刻も早く火災を鎮火し、目の前で暴れているモノを止めなくてはならない。

「八神はやてから東京支局へ!」

『はい。こちら東京支局』

「三原四丁目で緊急事態発生。対応にあたりますので、応援とモニタリングを願います!」

『了解。対応開始します』

 明らかに地球外のものが引き起こした事態に当たるべく、支局に連絡を入れ対応の強化を願うはやて。そして、その許諾が得られると同時に、彼女の足元に、純白に煌めく三角形を模した魔法陣が展開される。

「リインがおらんといろいろ不安やけど……まあ、なんとかしよ!」

 手の中に現れた『夜天の書』が開かれ、魔法陣が発する光がいっそう強く輝きを増す。

「封絶結界、発動!」

 その声とともに、足元からドーム状に展開されて行く魔力が周囲を覆って行く。

 すると、次の瞬間――空の色が変わり、周囲にいた人の姿も見えなくなった。

 結界内を視認出来る者や、魔力を持つもの。あるいは術者が任意で定めた対象以外を隔離し、時間信号をズラすことで周囲への被害や、魔導技術などの露見を防ぐための魔法。封絶結界である。

 場を設けたからか、この襲撃の主が姿を現した。

 ……だが、明らかにこれは敵意ありありの襲撃。場といっても、話し合いというにはいささか場がささくれだっている。

 そんな中現れたのは、見た目ははやてとそう変わらないだろう少女だった。赤みの強い橙色の髪をしており、それと同じ色のスカートと鬱金香(チューリップ)を逆さにしたような形の、黒いラインの入ったドレスを纏っている。

 現れた少女は自身の引き連れた『機動外殻』の上に立ち、はやてを見下ろすようにして声をかけてきた。

「あなたが八神はやてちゃんね」

「時空管理局。本局・人事部所属、八神はやてです。あなたは?」

 あくまでも話し合いの体を崩さずに発せられる声色とは裏腹に、はやての中には何か嫌な予感が巡る。

 見たところ、相手は実体ではない。単純に存在の近いところでいうと、彼女のパートナーである融合機(ユニゾンデバイス)のリインに近い印象を受けた。けれど、印象こそ近いものの……目の前の相手から感じ取れるものは、これまではやてが出会ってきた誰とも異なる。そうした存在に、気を抜いたらダメだと彼女の中で本能が呼びかけてくる。

 事実、その予感は間違いではなかった。

「あなたが持っている、その本……」

 向けられた視線は冷たく、その矛先は対峙しているはやて本人を写してはいない。

 深い(あか)の瞳が見ているのは、その手元。

「ロストテクニクス・データストレージ、『闇の書』――それを貸して貰いに来たの」

 はやての持っている魔道書ただ一点のみ。

 そうして投げられた要求に対し、はやては警戒を強めながらも再度説得を試みる。

「お話やお願いでしたら、局の方で伺います」

「……、すぐに返すから――」

 だが、そんな願いも虚しく。

 自らの要求が通らないと踏んだ相手は、強硬手段に出る。

 

「――抵抗しないでくれると嬉しいわ」

 

 自らの手先である『機動外殻』を操り、路上に転がっていた車両を掴み上げ構える。

 それは明らかな強迫行為であると共に、目的のためなら実力行使も厭わないという、相手からの明白な問いかけであった。

 ……戦うのか、否かと。

 しかし、はやてとてそれに応じるわけにはいかない。

 自分の手にある魔道書は、扱いを誤れば世界すら破滅させるほどの代物だったもの。

 その呪縛から解き放たれたとはいえ、見ず知らずの相手においそれと渡せるような代物ではない。何よりも、これはあの雪の夜に家族から託された大切なものなのだ。

 そもそもの目的も判らないというのに、貸せるはずもない。

 故に、はやての側も返答は決まっていた。

 

「「――――――」」

 

 二人の視線が交錯した、その刹那。

 

 交錯した視線、それこそが――――開戦を告げる狼煙だった。

 

 

 


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