~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 序盤の山場であるハイウェイ戦本番。
 暗躍する少女二人と、ついに来る姉の出番と言った感じになっております。


第五章 沈み行く夜、決戦の始まり

 激突 V.S.イリス

 

 

 

 はやてとイリス。両者の睨み合いは、次の瞬間に一変する。

 まず沈黙した場を裂いたのはイリスで、話し合いで譲り受けることは無理だと踏んだのか、彼女は『機動外殻』を操り銃撃を仕掛けてきた。

 撃ち放たれた無数の弾丸によって巻き上げられた粉塵が、はやての姿を隠すほどに吹き出上がる。が、イリスはそこで攻撃を緩めたりはしない。

 ……そもそも、話し合いが決裂した時点で、彼女にはやてを無事に済ますかどうかなど思考にないのだ。

 穏便に済ませようとした仮面を外したイリスの双眸に、酷く冷たい影が浮かぶ。その瞳の色に呼応するように、イリスは。

『機動外殻』に持ち上げさせた車両をハヤテのいるであろう土煙の中へ、投げ放ったその瞬間。

 純白の光を放つ三角形を模した盾が展開され、はやての周りを覆っていた土煙を晴らした。

「…………」

 撃ち放ったバルカン砲の銃弾は全てはやての展開した盾、『パンツァーシルト』に防がれ、彼女へは届いてはいない。

 無傷のまま、両手に盾を展開させている魔道師の少女を目視したイリス。けれど、そこにさほどの驚きはなかった。そうなるだろうことを予期していたかのような面持ちはむしろ、楽しそうに見えるほどに。

 口元に笑みさえ浮かべ、はやての用いる『魔法』を()()()()()いく――

「――〝クラウ・ソラス〟っ!」

 降り注ぐ弾丸が止むと、魔道書の一ページを破り取り、燃やすようにして項目に刻まれた魔法を解放する。

 先ほどの盾と同様にはやての手に再度、魔法陣が展開されるのに合わせ、陣の周囲に五つの光球(スフィア)が生成。そして、スフィアに込められた魔力が膨れ上がり、はやての直射砲撃魔法、『クラウソラス』が撃ち放たれた。

 夜を裂く、陽光のごとき純白の魔力砲の直撃を受けた『機動外殻』たち。

 が、しかし。

「……っ」

 攻撃を受けた機械の兵隊は傷をほとんど負っていなかった。それどころか、出で立ちを崩すことなく、はやての方を睨みつけてさえいるようで――

「――突撃」

 イリスの一声で、『機動外殻』たちがはやてに向かって来た。

 迫りくる巨大な機械群。幼い少女の脚力で逃げ切れるような相手ではない。

 地上で対峙するのも、逃げるのも部が悪い。

 で、あるならば――。

 そもそも、はやての保有している魔導師としての区分は空戦の広域魔導師。彼女の本来の戦いの舞台は空だ。

 故に、逃げるのならば空中。

 自分にとってのフィールドである空へ飛ぶはやて。背に飛行魔法、『スレイプ・ニール』を発動させ、その黒翼で以って空へ羽ばたく。

 そうして六枚の翼で空へ上がったはやてを見て、イリスも攻め方を変えてくる。

 自分の立っている『機動外殻』のアーム形状を変更、形態変化させた外殻で攻撃を加える。

「アームリセット――螺旋徹甲弾」

 イリスがそう口にすると、外殻のアームがまるでロケットのように撃ち放たれた。

 それに対しはやては、先ほどと同様に盾で防御。だが、はやてにとってこの展開は少々困惑を伴うものである。

 はやてたちの使う『魔法』において、基本的に物理攻撃といえば魔力を乗せた銃弾や砲撃であることが多い。稀に、物質的な物理を伴う攻撃もあるが、ミッドチルダにおける魔導師は主に魔力戦を行う。

 だからこそ、こうした物体を介する直接的な攻撃手段を用いてくる相手というものを経験するのは中々ない。

『ヴァリアントシステム』――イリスたちの出身である『エルトリア』方面の次元世界で用いられている、あちらにおける『魔法』、エネルギー干渉術『フォーミュラ』から派生している機械運用技術。

 これは、鉱物資源が豊富でないエルトリアにおいて、『ヴァリアントコア』と呼ばれる小型の中枢機を介して無機物の形状・形態を変化させる機械運用システムである。

 本来戦闘用でないこれらをこうした用途に用いることができるのは、エルトリアにおける環境の変遷によって発生した危険生物への対処に向けた〝戦闘〟を見越した研究が行われたこと。そして、イリスの施した調整の賜物であるといえるだろう。

 はやての防いだ第一射に次ぐ二射が放たれ、防御するが……イリスは、はやての繰り出した『パンツァーシルト』を見てほくそ笑む。

「無駄、()()()()()調()()()

「!?」

 恐らく、彼女の声ははやてには届きはしなかった。

 が、はやては本能的に察しただろう。自分の『魔法』に何かをされたのだ、と。

 しかし、それでは遅い。

 はやてがその違和感を自覚した瞬間にはもう、二射めのアームによる徹甲弾ははやての盾を貫いていた。

「っ……!?」

 自分の方へ向かう弾丸を躱し、勢いに巻かれはしたもののどうにか着地した。

 とはいえ、盾の貫通に気を取られはしたものの、まるで予想外の展開ではない。そもそも、後衛広域型の魔導師であるはやても、ただの貫通のみならば模擬戦などで幾らでも経験がある。

 そう、ただの貫通だけならば、なのはやフェイトはもちろん、シグナムやヴィータといった魔導師たちを相手にとっている以上は幾らでも起こりうる事態であるからだ。

 しかし、今回のものは何処かおかしい。

 力負けしたわけでも、一点を貫通されたわけでもない。いや、結果だけ見れば後者が近いが、そうではない。

 言うなれば、破壊というよりは無力化。

『魔法』の術式そのものを解除ではなく、すり抜けるかのような、そんな感覚であった。

 けれど、背後のビルに飛んで行った徹甲弾を分析する暇もなく――地面に降り立ったはやての足を、『機動外殻』から伸びたワイヤーロープが絡め取る。

「くっ……!」

 どうにか対処しようと、再びページを手に魔力で短剣を形成する『ブラッディーダガー』を発動するが、手にしたそれではロープの切断は出来ない。物理的、かつ物質的に強化を施されている相手がここまで相性が悪いということに唇を噛むが、悔やんでばかりもいられない。

「……っ!?」

 巻き取られ始めたロープに引きずられ、外殻の元へ手繰り寄せられたはやて目掛け、躊躇いなくアームが振り下ろされる。

 瞬発的に盾を貼り、ショベルカーを基にしたらしいアームの直撃はどうにか防いだが、反動を殺しきれずはやての華奢な身体は吹き飛ばされてしまった。

 地面を転がったはやてはもうすでにボロボロだ。

 バリアジャケットを纏う間も無く交戦に入った為、外傷を通常以上に受けてしまった彼女は、致命傷ではなくとも直ぐに起き上がることは出来ないだろう。

「あかん……これは、ミスった……っ」

 戦いの采配は、イリスに上がった。

 勝ち誇ったように微笑し、はやての元に彼女の足を縛ったものとは別のワイヤーを蛇のように這わせ、魔導書を奪い取らんと向かわせる。

 目的のものは手に入った。

 まさしくこの時、イリスはそう思い、勝利を確信したことだろう。

 もし彼女がそうしたことに長けていない人物であったなら、もう暫くは勝利の余韻に浸れていたことだろう。

 

 ――――が、そうは問屋が卸さない。

 

 そうした反応に人一倍機敏であるからこそ、なんらかのエネルギー反応がこちらは近づいてくるのを彼女は感知した。

 今、はやてとイリスのいる封鎖領域に入ってきた反応は、よく知っている反応に近いものの、決定的に違う。

 この時点で、はやての仲間の魔導師という可能性はない。そして、自身の相方であるキリエでもない。

 自身の知っている反応に近い、けれどキリエではない存在。で、あるならば――答えは一つだ。

「封鎖領域に入ってきた……? キリエ、じゃない……これは、アミティエ……!?」

 その回答と同時、凛とした声が鋭く発せられた。

 

「――――はやてさん、動かないで!」

 

 そのままで! と。

 轟いたその声を聞いた瞬間、イリスの中で疑問が確信に変わる。

 封鎖領域に入ってきた存在。夜の高速を駆け抜ける、黒に白いラインを引いた単車を疾走させている赤髪の少女は、他人の空似でもなんでもない、紛れもなくキリエの姉であるアミティエ・フローリアンであると。

 何処から手に入れたのか、キリエ同様にバイクを疾走させるアミティエ。移動手段に同じものを選ぶ辺り、流石は姉妹とあったところか。尤も、キリエとは違ってこの星の慣習を知らないのか、ヘルメット等はつけていなかったが。

 が、そもそも問題はそこでは無い。

 どうやって追いかけてきたのか。――いや、手段はないでは無いが、それでも実行するとは思わなかった、というのが認識としては正しい。

 どれを講じてきたのかは分からないが、とにかくアレはアミティエだ。

 そして、彼女は間違いなくキリエの――引いてはイリスの行動を止めようとしている。

 そんな予定外の『敵』の襲来に、イリスの対処が僅かに遅れた。

『フォーミュラ』も『ヴァリアントシステム』も、何方もこの世界の魔導師たちには有効であったが、同様のシステムが相手ではそのアドバンテージはリセットされたに等しい。……更に付け加えるなら、イリスはまだ(・・)戦える身体を持っていない。

 故に、場の状況は一気に逆転する。

「――――」

 右手をかざすアミティエ。

 すると、手にはめられたグローブの『ヴァリアントユニット』が反応し、彼女の武装を即座に編み上げる。

『ファイネストカノン』と呼ばれるそれは、通常の拳銃(ハンドガン)形態のザッパーより、更に高出力のエネルギー弾を撃ち出す散弾銃(ショットガン)の様な用途で用いられる形態。

 乱れ撃ちされた弾丸にも怯まず、アミティエはそのまま青い車体を疾走させ、イリスの乗っている外殻へ狙いを定める。

 そうして撃ち放たれた光弾は、冠されたカノンという名に違わず、イリスの操る『機動外殻』の装甲を容易く貫いた。

 崩れ落ちていく外殻の残骸からイリスの姿が消えていく。どうやら、このままでは自身が不利だと判断したらしい。こちらにおける本体へと戻っていったのだろう。実体を持たぬ少女の体躯は、そのまま溶けるようにして消えた。

 しかし、依然はやてを捕らえた他の外殻は残っている。

 とはいえ、操り手を欠いた状況では十全な戦いは望むべくもない。

 アミティエの放った第二射により、はやてを捕らえていた外殻への道を阻む二体も続けざまに屠られ、残すは二体。内一体は、はやてを捕えているものだ。生身の人間を抱えている以上、不用意な攻撃は出来ない。

 先ほどまでと同様に撃ち抜けば、はやての身にも被害が及ぶ可能性が否めないからだ。

 故に、アミティエの取った手段は――。

「――せぇええええええいっ!」

「ひゃ……っ!?」

 威勢良く張られた声に合わせ、捕らえられていたはやてを掴むアームが宙に放り出された。身動きの取れない状態で落下していく己に、はやてからの微かな悲鳴が上がる。

 けれど、いつまで経っても落下の衝撃は彼女を襲わない。

 それどころか、捕らえられていた冷たい金属の感触さえ失せている。

 そっと閉じていた瞼を開くと、そこにはアミティエがいた。

「良かった、ご無事ですね……!」

「あ、いえ……あの」

 安心した様に柔らかな笑みを向けられ、一先ず助けて貰ったのだということは理解できたものの……どうにも実感として伴わないのは、目の前にいる自分より幾分年上な少女の一連の行動を見ていたからだろうか。

 何となく、彼女の乱入が自分を助けるためのものだというのは最初に聞いた第一声で察しはした。

 たが、アミティエの用いた武装はどれもはやてにとっては初めて見るものばかりで、管理局からの援軍と言うわけでも無い。であるならば、何者なのか。

 全く想像のつかない埒外の感覚に苛まれ、そこから更に段々と近づいてくるのが、その辺にいそうなセーラー服のお姉さんだと分かったらもう理解は追いつかない。

 おまけに、仮にもSランク保持のはやてが貫けなかった『機動外殻』たちの装甲を撃ち抜いたかと思えば、はやてを捕らえていた一体と、その前に塞がった一体を呆気なく両断。

 無手から銃へ、銃から剣へ。挙げ句の果てには、乗っていたバイクで倒した外殻をジャンプ台代わりに跳躍し一気に斬り伏せ、落ちていくはやてを難なく救出してしまった。

 そんな何処かの特撮ヒーローにでもありそうな光景を実際に体感し、さしものはやても言葉を失う。

 というよりも、目の前の〝優しげなおねーさん〟とのギャップが激しすぎる。これではどちらが夢なのか分かったものでは無い――

(――と、いうには少し……目の前がアレやけども)

 倒された外殻の残骸は未だ残っており、破壊に伴った炎が立ち上っている光景は、如何に結界内とはいえ、全部夢だと断じるには些か殺伐としすぎていた。

 そこへ、炎の中から再び何かが動き出す音がする。

 まだ残っていたのか、と。

 そう思いはしたものの、めまぐるしく変わりゆく展開に思考が追いつかない。どことなく置いてけぼりにされたような感覚で、目の前の光景が過ぎていく。

 一方、アミティエの方は現状をハッキリと認識しているらしい。

 いっさいの動揺も怯みもなく。毅然とした態度で再び蠢き出す機械の群れと対峙すると、おそらくは自分たちを視ているであろう立ち去った観測者へ向けて、語りかけを始めた。

「聞いていますか、わたしの大切な妹を連れ出した人。あなたはきっと、キリエの願いを聞いてくれているのだと思います」

 ですので、

「それについては感謝します」

 ひとまずそう口にすると、足下の残骸をリフティングでもするかのように足で放り上げる。

 その時点で驚きだが、まずその細腕ではとうてい持てるとも思えない鉄の塊を難なく掴む。

 いったい何がどうなれば、普通の女の子がこんな素の状態であんな物を持ち上げていられるのか。

 と、はやては思わず呆然となった。

 傍らの視線を他所に、アミティエは言葉を続ける。

「……ですが」

 彼女の意思に合わせ、残骸だった鉄塊は形を変えていく。

 先ほどの『ファイネストカノン』とは異なり、より大ぶりな銃器の形態――『ガトリングブラスター』と呼ばれるそれは、エネルギーコートされた弾丸を大量に撃ち出す両手持ちの回転連装砲である。

 それを残った『機動外殻』へ向け、眉根を寄せてまっすぐにそれらを見据えこう言い放つ。

「人様に迷惑を。まして罪のない子供に怪我をさせるようなやり方は――――」

 言葉は丁寧だが、間違いなく怒りが滲んでいる。

 理由あってのことだと知っているからこそ、今しがた成された非道を許す気はないのだという、想いが。

 

「――――わたしは絶対、許しませんので!」

 

 そんな彼女の心を乗せた弾丸が、残りの外殻たちを一掃する。

 これで、この場は決した。

 最後にロケット弾のような砲弾が外殻を完全に破壊し、モニターは場の光景を映さなくなった。

 自身の傀儡を全て倒されたイリスは、遠く離れた本体の下でその経緯を眺めていた。だが、悔しさ等と言った感情は見請けられない。

 ほんの少し瞳を細め、面倒な邪魔が一人増えたのだということだけを確かめるように。まるで人形のような出で立ちで、イリスは先ほどまでいた場所を移すモニターの中にいたアミティエの残滓に、冷たい目を向けていた。

 

 

 

 ブラスターへ変化させていたコアを待機状態に戻し、アミティエは崩れ去った残骸を一瞥すると、鋭く留めていた表情を緩め、地面に腰をおとしたはやてへ視線を戻した。

「初めまして、八神はやてさんですよね?」

「あ、はい……八神はやてです」

 差し出された手を取りつつ、はやては唐突な挨拶に応えた。

 けれど、未だ困惑は残ったままだ。

 クロノから受け取った文書にはなかった少女や、どうも何かの事情を知っていると思わしき目の前のお姉さん。それに、妹が云々と言っていたのは一体――

『――はやて!』

『我が主』

 と、そこまで思ったところで通信が入る。

 呼びかけてきたのは、アルフとザフィーラ。どうやら、先ほどの交戦のモニタリングを聞いて無事を確かめるために掛けてくれたらしい。

『ご無事ですか?』

「うん。襲われたけど、制服のおねーさんに助けて貰ったよ」

 そう答えると、ひとまず窮地は脱したのだと察したザフィーラは、はやてに自身らも事件の対象を追っている最中であることを告げる。

 何でも、大型トレーラーが暴走しているとかで、こちらの警察も大騒ぎしているのだとか。

『我々は今、この暴走を引き起こしたと思われる少女を追跡しています』

『この人』

 アルフの映してくれたのは、赤いバイクを疾走させるピンクのメットを被ったライダー。

 そして、十中八九この少女はあの文書に載っていた子で間違いないだろう。

 とにかく起こっている事態を解決するためには、この事件の全容を知ると共に、あの少女を止めなくてはならない。

 合流して対処に当たろうと、はやてがそう二人に言おうとしたその時。

『!?』

『ちょ……っ』

 いつの間にかヘリが二人を追っており、そこから追尾型のミサイルが放たれ二人を襲う。

 空戦に長けているザフィーラであったが、アルフを抱えた状態であったことも手伝い、二発のミサイルを躱しきれなかった。

 が、爆散したミサイルは布石だ。

 何も物質兵器で命を奪おうというわけではない。アレはあくまでも対象を拘束し、動けなくするためのもの。

 真の狙いは、

 

 

 

「ごめんね。でも、邪魔されると困るの――!」

 

 

 

 転移かジャミングか、追跡映像では高速を走っていたはずの桃髪の少女が、二人の頭上に飛来する。

 それに対応しきれなかったザフィーラは、アルフと共に拘束を受けたままで、上からの踵卸(かかとおろ)しをもろに喰らった。

 そこまでは良い。

 不覚を取りはしたが、本来ならばその程度でやられるほどアルフとザフィーラは柔ではないのだから。

 だが、問題は少女の持つ桁外れのパワーだ。

 振り下ろされた足は、空中であったが故に二人を地上へと叩き受ける形となったが……もしもこれが壁などとの間であったのなら、二人は再起不能の結果は避けられなかっただろう。――――何せ、空中で飛行できるザフィーラたちを、飛行魔法を凌駕して地上へ叩き付けたばかりか、少女の攻撃を食らった二人が叩き付けられた高速道路さえも陥落させたのだから。

「アルフ、ザフィーラ!!」

 通信が途切れた二人へ呼びかけるが、反応はない。

「あかん、助けに行かな……っ!」

 襲われた二人の下へ走り出そうとしたはやてだったが、手を捕まれて制止を掛けられた。

 はやては、何故そんなことをするのかとアミティエを見つめる。すると、彼女は自身の事情、目的をを短く説明する。

「故あって、わたしはさっきのピンクの子……わたしの妹を追い掛けています」

「はい……」

「妹の目的は、八神はやてさん。あなたのその本なんです」

 手に持った『夜天の書』を指し示され、はやては思わず自身の魔導書を見つめる。

 確かに先ほどの襲撃者も、この本を欲していたようだった。この魔導書そのものが欲しいと言うよりは、これを使って何かをするつもりなのだろう。

 かつて、在り方を歪められたこの魔導書は――その歪みが正された今も、途方もないほどの力を秘めている。

 (いたずら)に使われてしまっては、それこそ世界の破滅すら可能な魔導書はまた歪んだ願いによって染められてしまう。

 それだけはさせられない、と。

 二年前にこの世を去った大切な家族との約束を思い返すはやて。だが、続くアミティエの言葉は僅かばかり予想外なものだった。

「あなたからはその本を。なのはさんとフェイトさんからは、その力を無断で借りようとしています。わたしは妹を止めないといけません」

「はぁ……」

 狙われる代物を持っている自覚はある。

 しかし、なのはとフェイトの持っている力も必要というのは、一体……?

「ということで、失礼――」

「ふぇ、ええ……っ」

 少し呆けたはやてをアミティエは背におぶり、先ほど載ってきたバイクまで連れて行く。

 そうしてそのまま、はやてを振り落とされないように腰の辺りをぐるぐる巻きにして繋いだ。

「え……えぇっ!?」

「はやてさんと皆さんは、わたしがお守りします!」

「ちょ、あの……ちょぉぉぉ~~~っ!?」

 ここへ来て更なる困惑に苛まれたはやてだったが、挙げようとした疑問の声は吹かされたアクセルにかき消されてしまう。

 こうして判らないことだらけのまま、発進したバイクの風圧に当てられたはやてはもう、振り落とされないようにアミティエにしがみつくくらいしか出来ない。

 そもそもバイクに乗る機会なんて無かった身としては、飛行魔法とも違うこの加速感に慣れるまでの時間も掛かる。

 とはいえ、どうにか結界を抜け出す頃にははやても慣れ始め、念話で自分の置かれた状況を東京支局にいるクロノへ告げた。

 クロノは状況を把握したと応え、傍らにいたエイミィからはアルフとザフィーラの安否の知らせが返ってきた。

 と、そうホッと一つ息をついたのもつかの間。

 引き続き聴取を続けると言って念話を切ろうとしたタイミングで、アミティエがこんなことを言い出した。

 

「飛ばしますよ、はやてさん!」

「ふぇ……ひゃああああっ!?」

 

 状況に振り回され気味のはやてだったが、彼女の告げた容疑者確定の知らせは事件を少し前に進めた。

 相手が異世界渡航者であるのなら、管理局は管理外世界における事件を治める責務が生じる。ならばもう、慎重に動く時間ではない。

 

 既にこちらの警察も動き出しているのだ。

 可及的速やかに、容疑者を止めなくてはならない。

 だが、相手はヴォルケンリッターの一角のザフィーラをあっさり倒すほどの強者である。

 で、あれば――こちらが用意するのも、それ相応の強者でなくては話にならない。

 いますぐに動ける魔導師で、そのような者たちはと言えば――それは。

 

「…………」

 

 休暇中に手を煩わせるのも何だが、緊急事態だ。

 一般人に被害が出てもおかしくない状況である以上、四の五の言っていられない。

 早速、通信を繋ぐ。

 繋いだ先は、《オールストン・シー》にあるホテルの一室。

 そこに居る仲間たちに、緊急の出動を要請する。

 

「休暇中に申し訳ない。

 なのは、フェイト、そしてユーノ。君たちの手を借りたい。

 すまないが、緊急出動だ。現場付近に結界を展開する。――行ってくれるか?」

 

 繋いだ先へ言葉を飛ばす。

 すると、頼もしい返事が返ってきた。

 

 

 

『『『了解』』』

 

 

 

 

 

 

 接触 V.S.キリエ

 

 

 

 深夜に近しい時間。

 夜の高速道路を疾走していく重機の群れを、警察のパトカーが追う。

 百鬼夜行のように連なる群れを束ねているのは、一人の少女。先導するようにバイクを疾走(はし)らせる彼女は、追走する追っ手をどう巻こうと思考を巡らせていた。

 

 〝――なるべく、この星の人間に迷惑は掛けない〟

 

 それが彼女自身の定めた不文律だ。

 しかし、だからといってこの星の人間にありのままを話しても理解を得られないことは明白な以上、彼女には投降と言う選択肢はない。

 はた迷惑なのだろうとは重々承知している。――が、こちらとて命がけなのだ。

 事態は急を要し、またその解決手段は自分にしかない。

 ……なればこそ、答えは結局一つだけだ。

 そう結論づけ、少女は更に加速をかけようと、グリップを握り込もうとした。

 すると、

「――――!」

 周囲が、何かしらの力を持った空間に囲われる様な感覚を感じる。……否、寧ろこれは置き換えに近いのだろうか。

 指定したモノのみを閉じ込め、外部と隔絶。ある意味で、時を止めた様な現象。

 そんなズレを伴う変化。

「……ふぅん」

 彼女自身にこれを用いる力は無いが、どのような代物であるのかはある程度知っている。

 時間信号を意図的にずらして外部と置き換えられた空間を作る術――所謂、『魔導師』たちが結界と呼ぶものだ。

「これが〝結界〟ってやつ……?」

 物珍しげに視線を周囲へ飛ばす少女。

 ヘルメット越しに見える視界に大きな変化はない。

 だが、間違いなく此処には部外者はいないことだけは判る。

 置かれた状況こそ、檻に囲われた獲物のそれであるが、当の少女に焦りは見られない。

 こちらを捕まえる気でいるのは明白だが、別に恐れはない。あちらも人目に付いてはいけないのであれば、こちらにとっても好都合だ。

 話し合いで終われば御の字だが、

「……ん?」

 視界に、先ほどまでは居なかった白い戦闘装束を纏った少女が写る。その足下には桜色の光を放つ魔方陣が浮かんでおり、彼女が手をかざすと――

 

「ロック」

 

 ――光の帯のようなモノが、引き連れた重機と乗っていたバイクの前輪へ絡みつく。

 俗にバインドと呼ばれるこれらは、標的の捕縛に用いられる拘束魔法である。

 どうやら向こうは戦意満々だと悟り、覚悟を決めた。……尤も、元より邪魔をするのであれば容赦などするつもりはなかったが。

 どうにか横転は避けられたが、如何せん流れを崩されてしまった感は否めない。

 たたみかけるように、止まった少女の身体を、今度は翡翠の光を放つ縄のようなものが拘束する。これを仕掛けてきた当事者は、空にいた。放つ光と同じ翡翠色の瞳をしている、亜麻色っぽい金髪の少年。

 だが、掛けられた拘束自体は其処まで強いものではない。

 なにかデバフの掛かった術式のようだが、生憎と、この身の力は生まれつきである。

 そうして破る算段を立てていると、そこへ金色の光を放つ黒い戦斧を構えた少女が近づいてきた。

 それに合せて、空にいた少年と進路の先にいた少女がこちらへ近づいてくる。

 先んじて金髪の少女がこう口にする。

「時空管理局です。そのまま動かないでくださいね。何か事情が終わりなのだとは思いますが、詳しくは局の方で――」

 と、そう言った少女に対し、バイクに乗っていた少女は端から見れば拘束を受けた状態でありながらも、余裕さを感じさせるような落ち着いた声色である名前を口にした。

「フェイト・テスタロッサちゃんと、高町なのはちゃん。あっちの子は確か、ユーノ・スクライアくん……だっけ?」

「! あなたは、わたしたちのことを……?」

「知ってるわ。――いろいろ調べたからねっ」

 そう口にした瞬間。少女の引き連れていた重機が変形し、回転する銃口から放たれた弾丸が三人を襲う。

 威嚇程度であるため、特に被害はない。

 というより、その程度で効くとも思ってはいなかった。とりあえず、逃れるだけの隙があれば良かったのだから。

 ――ひとまず身体が自由になれば、三人相手だろうが負けはない。

 拘束を外し、傍にあった街灯の上へと足のブースターを使って跳躍する。

 そうして上から三人を見下ろすと、いっそうの警戒をした視線が向けられているのが判る。

 先ほどの言葉からしても、この世界を守っている彼女らに正義はあるのは明白だ。しかし、そんな字面だけを重ねられても譲れないものはある。……他の誰かを悲しませてしまう憂いと同じくらいに、それでも消せない大きな想いが。

 故に、ここで少女――キリエの選択には、撤退も敗走もあり得ない。まして、姉と同じ先延ばしに甘んじるなど、

(…………)

 もってのほかだ。

 結び尚した決意は隠して、

「あーあ、この服結構気に入ってたのになぁ……」

 余裕さを忘れないようにしながら、不敵な笑みと共に、手に持った『ヴァリアントコア』をキリエは宙に放る。

「ふふっ――――〝フォーミュラスーツ〟、セット!」

 桃色を基調とした戦闘衣が編み上げられる。

 武装である剣――『ヴァリアントフェンサー』を構えたキリエは、とても魔導師に似通った出で立ちに見えた。

「「「!?」」」

 三人お驚きを他所に、キリエは指をパチンと鳴らし、引き連れていた重機たち――『機動外殻』を起動させる。

 すると、なのはの足下からワイヤーが伸び、彼女を雁字搦めに拘束してしまった。

「なのはっ! ――〝チェーンバインド〟!」

「おっと」

 ユーノはなのはを拘束したワイヤーを解除させるべく、まずはキリエの拘束を優先する。

 が、放たれた翡翠の鎖は再び跳躍したキリエに躱されてしまう。だがそこへ、フェイトがたたみかける。

 高速機動の得意なフェイトは、こうした近接戦闘において仲間内では頭一つ抜き出ている。

 誰かに守られた上で場の全てを打ち倒すはやてや、高い防御力で耐えきった上での逆転を狙うなのはとは異なる、正統派の戦闘スタイル。その戦い方は、魔導師よりは、騎士に近いかも知れないとは、古代(エンシェント)ベルカの使い手であるシグナムの弁だ。

 しかしそんなフェイトを相手にしても、キリエは互角以上に渡り合っている。

 余裕すら感じさせる笑みはまるで、斬り合うことそのものを目的としているかのように、ことの運びを楽しんでさえいるかのようだ。

 そうして移動する二人を目で追いながら、追撃のタイミングを計るユーノ。

 彼は本来、後方支援がメインである。つまり、この場において求められるのは仲間たちへのサポートだ。

 今は拮抗している状況を、自分たちの方へ傾けるための隙を生む。

 それこそが、

「――――そこ!」

 今、ユーノの果たすべき役割。

 彼の足下から伸びる無数の鎖に阻害されたキリエは上手くことを運べない。元々の計画では、彼の登場を考えていなかったというのもある。想定との間に生じたズレ、それが彼だ。

 だが、正直に認めよう。……戦う前はこんなに邪魔になるとは思っていなかった。

 しかし、いざ戦ってみるとどうにもやりにくい。味方を阻害せず、敵のみを阻害する。当たり前のことではあるが、少しでも粗があれば容易くつける隙になるものだ。

 なのにそれがない。

 データに在ったのは他の面々よりも力量が低く、情報処理に優れているという事柄くらいだった。

 にもかかわらず、こうしてこの場に居られるのは――ひとえに彼の戦い方故か。

「……っ、く――――!」

 少し早いが、こうなれば作戦変更だ。

 キリエは群れる鎖を自身の方へ引き付け、フェイトと鍔迫り合う位置に移動する。

 鍔迫り合った状態では、瞬間的な拘束は出来まい。動きこそ止まるが、数瞬の隙にはなる。

「……行きなさい!」

 『機動外殻』の一体を、動けないなのはへ嗾ける。

 すると、それを察知したユーノはなのはの方へ向かおうとする。――そこへ、さらに一体。『機動外殻』を嗾けた。

「「なっ……!?」」

 二人の声が重なった瞬間には、嗾けた外殻たちが足止めを行う。

 もともと拘束してあるなのはには拘束の強化を遠隔でかけておくので事足りる。ユーノの方にはというと、バルカン砲により足止めた後、防御を張った上から圧迫を掛ける。戦力に数えていないとはいえ、別にデータの解析を怠ったわけではない。ユーノに攻撃系統の『魔法』が不足していること、防御力が突出していること、そのあたりなら知っている。

 故に、これならばキリエはしばらくフェイトに集中できる。

 そうして当初の予定の通り、フェイトとの剣戟戦へと展開を運ぶ。

 言葉での揺さぶりを添えて――

「――ねぇ、フェイトちゃん。ここは見逃してもらえない?」

「ぇ……っ」

 友人二人へ攻撃を仕掛け、最初に自分を潰すつもりなのかと思い応戦していたフェイトは、キリエの唐突な〝お願い〟に困惑を隠せない。

 その動揺した剣筋を穿()くようにして、キリエが畳み掛ける。

「わたしは、どうしても欲しいものがあるのっ! それでイリスに――友達に手伝ってもらって地球(ここ)に来た」

 叩き込まれる剣撃を弾きながら口にされる相手の事情に、フェイトの攻撃が緩む。

 弛んだ攻撃を大きく背後に跳躍し後転されて躱され、振り下ろされたフェンサーの刃を、己のデバイスである『バルディッシュ』の柄で受け止める。

「〝家族〟を! 助ける為なの――ッ」

 肉薄するキリエとの距離。

「見逃してもらうわけにはいかない……?」

 懇願される様な声に、フェイトの心は微かに揺れる。

 駄目だ。そう解っているのに、フェイトの心は振れていた。誰よりも、その言葉に込められた意味の本気さを、実感として理解できてしまう彼女だからこそ。

 ――だが、そうして揺れた心を支えるように、なのはが援護射撃を放つ。

「!」

 それに気づいたキリエは必中位置より離脱したフェイトを追うでもなく、放たれた誘導弾を躱せないと判断し、手に持った剣で光弾を斬り払う。

 が、それは布石だった。

 刃と弾殻の激突の余波で生じた煙が晴れた瞬間、彼女の足と腕を、桜色のリングと金色のキューブが拘束する。

 そして、そこをなのはが撃ち抜く――!

 《non-lethal stun mode.》

「エクセリオーン、バスタァァァ――ッ!」

 砲撃の為の形態に変わった『レイジングハート』の矛先から、桜色に煌く魔力砲が撃ち放たれた。

 キリエの立っていた地点は爆発し、煙が吹き上がるが、所詮あれも威嚇射撃だ。

「もぉ……ッ、話の途中なのに!」

 脚に着けられたブースターで跳躍したキリエは、せっかく話し合いで終わりそうだった戦闘を中断させられ――おまけに拘束しているにも関わらず邪魔をするなのはに対して憤慨したかのように歯噛みすると、もう手加減も出し惜しみもしないといわんばかりに、持っていたフェンサーを宙へ放り投げ、分裂した刃を手に二刀流の構えを取る。

 とはいえ、

「ケガさせないように気を付けないとね……」

 最初に定めた不文律は未だ有効だ。

 十二分に注意を払いつつ、フェイトを無力化せんとして剣を振るう。

 急に戦闘スタイルを変えて来たキリエの攻撃に対応しきれず、フェイトは一撃、また一撃と攻撃を食らい、ガードした籠手の部分が砕かれる。

 そうして、剣圧に負け吹き飛ばされたフェイトを、キリエはフェンサーを小銃形態の『ショットプライマ―』で撃とうとした。

「フェイトちゃん! っ、――!?」

 フェイトの身を案じたなのはの叫びは、上から降りかかってきたパワーショベルのアームに阻まれる。

 これで援護射撃は出来ないだろうと高をくくったキリエだったが、それを。

「……っ!?」

 跳び出してきた翡翠の障壁が阻んだ。

「ゆー、の……」

 自分の前に出て来たユーノを見て、フェイトは驚いたようにそう呟いた。

 しかしユーノは、真っ直ぐキリエの方を見たまま、フェイトを諭す。

「フェイト。まだ終わってないよ……それに、話を聞くのはキリエさんを捕まえてからだ」

「――うん!」

 揺れて心から生じた迷いを、一度断ち切る。

 二人はそうして、改めてキリエの方を向き直った。

 どうやって外殻から抜けてきたのかはわからないが、結局のところ戦況は先程までのそれに戻っただけである。

 けれど、せっかくあそこまで運んだというのに、また二対一かと、キリエは苦々しく笑みを浮かべる。

 が、その実そこまで焦ってはいない。

 ……というよりも。

 そもそもの時点で、向こうが戦いを諦めず、戦いを続けて手の内をさらし続ければ、彼女の側に負けはないのだから。

 瞳を鋭く、戦いを再開するキリエ。

 それに対応する二人。

 

 

 加速してゆく戦いの行方は、果たしてどちらに傾くのか。

 そして、その場へ向かう青い影が迫り、嵐は激しさを増してゆく。

 

 ――――未だ浅い夜の闇は、明けない。

 

 

 


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