~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 この話では心理描写が多めになっているので、
 上手く書けていなかったり、違うだろという部分があるかもしれませんが……自分なりに場面やここまでの経緯を鑑みて書いたものですので、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


第六章 嵐の予兆、願いは遠く闇の中へ

 未だ決せぬ闘い

 

 

 

「「――――」」

 

 にらみ合う桃色と翡翠の瞳。

 交差する視線は微かな苛立ちを孕んで、互いの意思を示し合う。が、そこに込められた意味合いが非常に似通っていることに、二人は気づいてはいなかった。

 片や、家族の為。

 片や、友の為に。

 守りたいという願いこそ同じであるのに、どうしてぶつかり合うことしかできないのだろうか。

 それはきっと、譲れないがゆえに。

 ……果たして。胸に抱く想いは、どちらの方が強いのか。

 

 ――――証明するための戦いは、未だ続く。

 

 

 

 *** 行間 疾走する救済者(あね)

 

 

 

 夜の高速道路を、一台のバイクが疾走する。……ノーヘル少女を、二人乗せて。

 

 走り行く車の軍勢を凄まじい速度でごぼう抜きにしながら、隙間を抜けて行く黒い単車。

速度超過(スピードオーバー)にノーヘル、進路無視! 違反が山積みです~~ッ!」

 そこから発せられる地面を蹴っていくタイヤと猛るエンジンの音。それらに遮られながらも、ハンドルを握るアミティエにしがみつきながら、八神はやてはそう叫んだ。

 すると、ここまでの大胆な行動とは裏腹な、存外素直な返事を返してくる。

「申し訳ありません!」

 余りにも素直に飛び出した謝罪に、はやては思わず拍子抜けしてしまった。

 先程の襲撃から救ってもらった身であるが、どうにも現実味に欠ける。――いや、確かにはやて自身、そもそも非日常に身を置いてはいる。だが、そうは言っても周りの皆はほとんど身内である。

 それを二年も続けていれば、新鮮さも薄れるというものだ。

 しかし、いきなり見知らぬお姉さんが自分たちの知らない力を振るうとなれば、困惑も必死。加えて彼女は、はやてにこう告げた。

「このままいくと、妹との戦闘になると思います。ですが、皆さんの〝マドウ〟は、おそらく通じません!」

 彼女の弁に、はやては先程の戦闘を思い返す。

 確かに、アミティエのいうところの〝マドウ〟――はやての〝魔法〟は、襲撃者(イリス)の従えた『機動外殻』に対して効果が薄かった。

 仮にもはやてはSランクに該当するだけの魔力を持っている。そのはやてをして、『機動外殻』に傷をつけられないほどに。

 実戦ではそんな甘いことは言えないが、万全でなかったという要因もある。……とはいえ、通常ならその程度のハンデは覆せたはずだ。

 最初から勝てる見込みがなければ、はやてとて戦闘に移行したりはしない。

 が、結果は敗北。助かったのはアミティエがいたからであり、本来ならはやては命を落としていただろう。

 そこまで浮かべていく間に、はやての中には一つの疑問が生まれる。

 次元渡航者であるのは判る。

 けれど、そもそも彼女は何者なのだろうか。 

 はやてはそれすらも知らない。

 妹を追っているというのは聞いた。その妹の目的が、はやての魔導書であり、友人であるなのはたちにあることも。

 しかし、何故自分たちの力が必要なのか――そこについて、一切はやては知らない。

「貴女はいったい……?」

 だからこそ、そんな質問を投げることになった。

 しかし、それに対しても尚、彼女の声は真っ直ぐな返答のみをはやてに告げる。

 

「アミティエです。アミタと、お呼びください!」

 

 名乗ったアミタに、はやてはもうそれ以上の質問を投げることは出来なかった。

 込められた決意に淀みはなく、彼女にとっての意味はそこで既に完結しているのだと読み取れた。

 この星に至るまでの過程がどんなものであったとしても、自身がやるべきことだと定めた理由は一つ。

 ――アミタは姉として、妹の仕出かした過ちを正すためにやって来た。

 ただ、それだけのことであると。

 許されないこともあるだろう。沢山の迷惑も被らせただろう。

 賭けられた思いの尊さも、重ねられた悲しみの重さを知っていても。

 許されないことであるのだから、清算しなければならない。

 遺恨の全てを消せるとは思っていない。――それでも、行動で示すこと、償うこと以外になせることなどない。

 自分に出来ることをする。括った決意はその一点。

 

 ――――そうした、たった一つの決意を胸に。

 アミタは妹の元へ向け、夜の帳を駆け抜ける。

 

 

 

 *** 揺れる心、激突せし願い

 

 

 

 場所は戻り、再び封鎖結界の展開された路上へ。

 

 止まっていた剣戟が再開され、キリエが振るったフェンサーがユーノとフェイトを襲う。

「せ――あッ!」

 振り下ろされた一撃をユーノは盾を展開し受け止める。そうして高速で展開された円盾が剣先を防いだところへ、フェイトが射撃魔法で攻撃を掛けた。

 しかし、キリエはそんなもの意にも介さず、剣先と拮抗していた盾から離れるとそのまま、自身へ向けて放たれた攻撃を切り伏せる。

 刃と弾殻が激突し噴煙が舞う。

 巻き起こった煙を抜け、激突した勢いのままにキリエが地面に降り立った。視界を覆うベールの先にいるだろう二人の追撃を警戒し、次撃へ意識を向ける。

 そこへ、二人の魔法がそれぞれ放たれた。

 翠の鎖と金色の閃光。異なる、拘束と射撃の二種類の魔法が放たれる。

 だが、

「――ふふっ」

 それをキリエは、一切の苦も無く防ぎ切った。

「「――――っ!?」」

 目の前で起こったことに驚愕し、ユーノとフェイトは思わず目を見開いた。けれどそれは、単に防がれた事実に対する驚きではなく、キリエのとった〝防御〟の不自然さによるものだった。

 二人は知る由もないが、ここでの戦闘が始まる以前。はやてが遭遇したイリスとの戦闘で、彼女の経験した違和感と同質のもの。

 その違和感の正体を、

「残念、もう解析(・・)が済んじゃったの。――だからあの縛るヤツも、もう効かないわよ」

 彼女の足下と腕に出現した遅延型拘束魔法(ディレイドバインド)が、役目を成すことなく霧散するのを見ながら、キリエは笑みさえ浮かべそう語る。

 本来であれば、戦闘に置いて情報を漏らすなど愚策であるのは明白だ。だが、それも敵が()()()()()()()()()()()()()()()()であるなら、話は別である。

「ほらね」

 決して埋められない差は、見せつけるだけでも敵の戦意を喪失させるに足る手札になりうるだろう。

 事実、目の前の魔導師たちの顔には先ほどよりも色濃く驚きが浮かんでいる。掴み損ねていたと思っていた流れが、とうとうキリエの側に傾いて来た。

 そもそもキリエにとって、戦闘などどうでも良いのだ。

 要はこの二人に『力』を借りることが出来ればいい。最初から目的をたがえたつもりはなかった。誰かを傷つけたいわけではなく、あくまでも彼女にとって叶えるべき目的を、最初に定めた不文律に従って為すだけである。

「貴女は……いったい?」

 問われ、自分がなんであるのかを応える。

「さっきも言ったでしょう? ――〝家族〟を、助けたいの」

 口にした返答と共に、手に持っていたフェンサーを待機状態のコアユニットに戻す。

 戦意はない。そう見せる手段としては古典的であるが、これ以上に有効な手段もないだろう。

 もちろん敵が好戦的な場合、武器を手放すなど致命傷になる。

 けれど、敵もまた話し合いの体。つまりは、抗戦そのものを目的としない場合、これは有効だ。

 まして目の前にいる相手は、巨大な団体でも何でもない。

 巨大な何かと通じていようがいまいが、少なくともこの場に置いて、キリエの心情を〝聴く〟であろう二人。……加えて、片方は自分の気持ちを理解してくれるだろう相手なのだから。

「……わたしのお父さんなんだけどね。死んじゃうかもしれないの」

 ならばあとは言葉で十分だ。

 そうして最後に目的を遂げられさえすれば、父と故郷を救い、母と姉の笑顔を取り戻すことが出来て――またあの、幸せな日々が(かえ)って来る。

「時間ももう残ってない。――助けるためなら、どんなことでもする。それが世間から見たら、どんなに悪いコトだって言われる様なコトでも……」

 決意は固く、最早引き返す道などない。否、元よりそんなものを望んではいなかった。

 自分の力で取り戻したい望みがあって、叶えられるだけの力があと少しで手に入る。それを目の前にして、何故諦めることが出来ようか。

「――だからお願い! ここは見逃して……っ」

 祈願するようにフェイトとユーノに頼み込むキリエ。

 真摯な言葉の裏には、確かな想いが感じられる。しかし、だからと言って、見逃すことは出来ない。

「……ダメです。それはダメです!」

 どんな言葉を掛けるべきか迷ったユーノより早く、フェイトはキリエにそう言った。

 〝その気持ちが解ってしまう〟

 この戦いが始まったときから揺さぶられていたフェイトの心が、キリエの言葉に折れそうになる。

 認めてしまってはいけないのに。

 今でもどこか、心のどこかに残ったしこりのようなものがフェイトをいっそう強く揺らした。

「…………お願いっ!」

「――それは……っ、それは駄目なんです……!」

 なおも続くキリエの嘆願に、段々と苦しげになっていくフェイトの声。

「フェイト」

 彼女の気持ちを支えなければと、ユーノがフェイトの名を呼びかけたその時。

 

 

 

「――――レイジングハート! バリアジャケット、パージっ!!」

 《All right , purge blast.》

 

 

 

 彼らの後方で、外殻に圧されていたなのはの声と、何かが爆裂したかのような音が響き渡った。

 ――瞬間、動きを封じられた白き魔導師が自由を取り戻す。

 防護服であるバリアジャケットは、装着者の魔力によって構成されている。また、魔力で編み上げたモノに指向性を持たせた崩壊をさせることによって、高威力の爆発を引き起こすことが可能。

 詰まる所、それによってエネルギーの塊を直接対象にぶつけることが可能となる。なのははその衝撃を使って、自分を押さえつけていた外殻を一気に吹き飛ばしたのだ。

 ジャケット部分を弾け飛ばしたため、再構成までの間に装甲が手薄になる弱点が存在するが、今は問題ない。押さえつけていた外殻は弾き飛ばされ即座に戦闘復帰は出来ず、万が一立ち上がったのなら、空中戦に移行する。

 それを操る標的はさらに向こうで、先程までの戦闘を見る限り、キリエの主軸となる武装は剣だ。仮に、長距離戦闘(ロングレンジ)に適した武器があるのだとしても、長距離戦なら砲撃型のなのはにとっても望むところだ。

 故に怯むことも竦むこともなく、なのはは、強く光を放つ真っ直ぐな瞳をキリエに向け、なのはは三つの桜色に輝く光弾を生成し撃ち放つ。

 せっかく話を進められそうだったところを邪魔されたキリエは、あの状況から抜け出してくるタフネスに呆れつつも、放たれた弾丸への対処を施すべく背後を振り返った。

 が、それは。

「――? な……っ!?」

 なのはが放ったのは、攻撃の為の射砲弾ではなく、ただの閃光弾(めくらまし)だったのだ。

 しかし、気づいた瞬間にはもう遅い。視界を遮られた一瞬の隙を、キリエは完全に突かれていた。

 先ほどまで自身に絡みついていたワイヤーを逆に利用し、なのはは、キリエの身体を雁字搦めにして、一気に投げ飛ばした。

「せぇー、のっ!!」

「ひゃあ……ッ!?」

 まるで円盤投げでもするかのように地面に叩きつけられたキリエは、なのはが取った手段に驚きと呆れのごちゃ混ぜになった感慨を抱く。

 確かにキリエの扱う『フォーミュラ』に対して、『魔法』は効果が薄い。けれどそれは、細やかな技や近接戦闘を行う上での相性が悪い、というだけのことでしかないのだ。

 結局、ダメージを与えるだけに限定すれば、『フォーミュラ』の解除範囲を超えた高出力の魔力砲撃や物理攻撃を与えるだけでいい。

 故になのはは、この手段に出た。

 自身を拘束する障害を倒せば、拘束帯となっていたワイヤーは解ける。あとはそれを使って、キリエを逆に拘束すればいい、と。

 理屈は判る。何より食らったキリエ自身、完膚なきまでに隙を突かれた。

 しかし、思わずにはいられない。

「……なんて、チカラ技……」

 彼女の漏らした呟きを聞くよりも早く、なのはが自身のデバイスである『レイジングハート』をキリエに突きつけた。

 自分の友達の過去を。せっかく、今も乗り越えようとしているものを、また掻き乱さないで欲しいと、そう言うように。

「……フェイトちゃんは優しい子なので、あんまりイジメないでくださいね」

 彼女のその言葉に、その後ろから歩み寄って来たフェイトとユーノは、どこか少し困ったような笑みを浮かべる。

 だが、それもまた親愛の証。

 揺らいでいた心を支え合って、また前に進むために繋がりを深めていく絆。

 そうした中心が、〝なのは〟という少女なのだろう。

 戦いが始まってから、まったく揺らがない真っ直ぐな瞳。

 心に込められた強い意志。

 向けられたそれらは敵意などではなく、あくまでも助けになりたいという類のもの。人によっては、度し難い聖人のようにも見えるだろう。

 が、それは――自分がそこにいたことがあるから、同じだけの苦しみを感じ続けて居て欲しくないという願い。醜悪で甘く、酷く優しいエゴだった。

 それを見て、キリエは正直にこう思った。

「……凄いのね」

 誰かに向ける真っ直ぐな心。少なくともキリエがなのはと同じくらいの年頃には持っていなかったものだ。

 自信のなかった自分とは異なる、その真摯さを。

 凄い、と。

 素直にそう思えた。……そう、思えはした。

 

「――だけど」

 

 決して譲れないものがある。

「「「!?」」」

 戦意を失いかけたかに見えたキリエだったが、それはブラフだった。

 地面に叩きつけられダメージは負ってしまったが、その程度で動けなくなったわけではない。立ち上がりさえすれば、身体に巻き付いたロープも勝手に解ける。別に結ばれたわけでもない拘束に使われたロープは、術式の掛かっていないただの部品でしかない。そもそも、此方の使っている術式は物質やエネルギーに干渉する技術。『機動外殻』を生成・操作できるキリエが、拘束を解除できない筈も無いのだから。

 更に言うなら、如何な三対一だといっても状況は同じではない。

 不意を突かれこそしたが、既に『魔法』が通じなくなっている事実を、忘れないで欲しいものだ。

 加えて、キリエは武器を手放してなどいない。

 手の中で小銃形態(ショックプライマー)に変化したヴァリアントアームズを握りこみ、キリエは自分の目の前の三人へ銃弾を放とうとした。

 交わした言葉の弛みによる油断を突くために狙った策は、間違いなく決まるはずだった。少なくとも再度、交戦状態には持って行けるはずだったのである。

 

 ――だが、それを一発の銃弾が阻害する。

 

 あまりにも軽い銃声によって、場の流れは再度塗り変えられてしまった。

「!?」

 今度の驚きはキリエの方だ。

 手繰り寄せた流れを阻害した新手の登場に、思わず一瞬の間を開けるほどに呆然となってしまった。もしこれが、ただ相手方の援軍だというのなら、キリエもここまでは驚きを見せることもなかっただろう。

 けれど、やって来たのはそんなものではなかったのだ。

 

 道路を隔てる壁の上に、一人の少女が立っている。

 三つ編みにした、真っ直ぐな赤い髪を夜風に揺らした、セーラー服を着た少女。

 ――そう。

 

 やって来たのは、

 絶対に来て欲しくなかった人で、

 ……ずっと昔から自分の憧れで、

 …………誰よりも妬ましかった姉であった。

 

 だから、そんな姉を含め、家族を救って見せたかったのだ。

 

 褒めて欲しくて。

 足手まといだなんて思ってほしくなくて。

 何時までも、子供じゃないのだと知って欲しくて。

 が、そんなキリエの願いは叶うこともなく――寧ろ、最悪と言っていい程に下り坂を転がり落ちていく。

 

「……やっと見つけましたよ、キリエ」

 

 そうして、怒りと呆れをにじませた声のまま。

 ……大好きだった姉は、

 守りたかったはずの家族は、

 一番褒めて欲しかった憧れの人は、

 その場の誰よりも冷たい瞳で、(じぶん)を見下ろしている。

「さあ、帰りますよ」

「…………アミタ……っ」

 ――また、自分を置いていく。

 そんな自分を()()()()()()()()姉の態度に、キリエの中で、何かが決定的に違えてしまった音がした。

 だが、その音に気付かないまま。アミタはなのはたち三人の無事に安堵している。

「よかった……皆さんが無事で何よりです。それと、ご安心ください。皆さんのお友達、八神はやてさんはわたしが保護しました」

 姉の態度が、ますますキリエを苛立たせる。その上、事の流れから察するに、イリスの邪魔をしてきたらしいことも明白だ。

 ……本当に何時でも、アミタはキリエの邪魔をする。

 出来るといったのに。

 絶対に来るなといったのに。

 やはり姉は、自分を信じてくれずに、また――!

「絶対に追いかけてこないって、わたし言ったよね……っ?」

「わたしは――行っちゃダメだ、って言いました」

「アミタまでこっちに来ちゃったら、ママのことはどうするのよ!? なに考えてるのッ!?」

「家出した妹を連れて帰る、それだけです」

「――――っ」

 にべもなく返される返答に、キリエの中がまた綯い交ぜになり始めた。

 いつの間にか立ち上がっていたが、そのことさえもあやふやなほどに、今の彼女の視界は実感を伴わせてくれない。

 苛立ちと悔しさが、彼女の中をぐちゃぐちゃにする。

 自分のしてきたことを、まるで本当の間違いの様にいう姉の態度もそうだが……。何よりもまず、これまでもずっと……自分を子供扱いして、話をちっとも聞いてくれなかったのと同じように、また。

 ――また、自分を遠ざけようとしている。

 辛い現実から。

 危険なことから。

 もう解っているのに、まるで知らなくて良いとそっと目を覆うように。

 悲しみは全部背負って守ろうとする愛情は、キリエが今、何よりも自分が成したいと思っているものだ。間違っても、これ以上姉や母に背負わせたいものではない。まして、病の床に伏している父には、二度とそんな苦しみを背負わせてなるものか。

 これまでずっとそうだったのだ。

 いつも笑顔だった。悲しそうでも、辛そうでも、家族がキリエに向けていたのは笑顔。

 幼い末っ子を気遣う、優しさ。

 だから、それに、報いたかったのに。

「言ったでしょ……! パパも、エルトリアも、助けるんだって!!」

 願っていたことは、本当に、それだけだったのに。

 何時しかその心は欠け始め、その決意を曇らせていく。

「――――帰りましょう」

 揺らがぬアミタの言葉がキリエをかき乱して行き――そして。

「っ……、こ……の……ッ!」

 気づけば、キリエは守りたかったはずの姉に、本気で銃口を向けていた。

「――バカアミタ!!」

 先程の狙撃で弾かれた『ショックプライマー』の元へ後方転回して跳び退き、拾い上げると同時に撃ち放つ。

 が、

「!?」

 アミタは、身じろぎもせずに受け止める。

 瞬間、青いフレアが舞い、キリエの放った桃色の光を放つ光弾と激突する。だが、その煙が晴れると、そこには。

「…………聞き分けてください、キリエ」

 纏っていたセーラー服は弾け飛び、キリエと同様の戦闘着(フォーミュラ・スーツ)に身をやつしたアミタが立っていた。一切の傷もなく、揺らぎもしない出で立ちで。

 その態度に、ますますキリエの中で苛立ちが募っていく。

 何時だって、何時だってそうだった。

 優れている姉は、自分の気持ちなど考えもせず、一人で先へ進んでしまう。勝手に、道を作ってしまう。

 そして、必ずその後ろには、守られてばかりの自分がいて――――

「っ――――、ぅ……ッ!!」

 激情に駆られたキリエは、プライマーをフェンサーに形態変化させると、そのままアミタへ斬り掛かって行った。

 フェンサーを下段から薙ぐように振るった一撃を、アミタはザッパーで受け止める。勢いに圧されて空中へ押し上げられたが、自身からも押し返して一旦距離を取った。

 体勢を立て直し、自身もフェンサーの形態にザッパーを変化させ、向かってくるキリエの剣撃を受け止め続ける。

 だが、キリエは止まらない。

 なのはたちを相手にしていた時とは訳が違う。

 既に手加減など頭にはなく、自分と同種の相手に加減などしていられない。

 そうして本気になったキリエを、必死に落ち着かせようとするアミタだが、反撃を見せないアミタにキリエはますます苛立ちを募らせていく。

 〝闘う〟ことすら無駄なのか、と。

 まるでキリエはそう感じ取ってしまっているかのようだ。

 そういうことではないと、アミタはどうにかキリエに伝えたかった。

「〝永遠結晶〟を持って帰らなきゃ、パパが死んじゃうのよ!?」

「悲しくて苦しいのは、わたしや母さんだって一緒です! それに、貴女を連れ出したあの子を、わたしは信用できません!!」

「こ、のぉ……ッ!!」

 しかし、最後の言葉がキリエの不興を買ってしまう。

 ……とりわけ、何よりも突かれたくない場所であったからこそ。

「キリエさん!」

「落ち着いてください……!」

「ここは、お姉さんのお話を――」

 キリエを止めようとした三人の子供たちにも、もうキリエは手加減など考える暇がなかった。

「邪魔を――」

「!?」

「――しないで!!」

 自分の身体を押さえつける子供たちを振り払うよりも早く。フェンサーを宙へ放り投げ注意を逸らし、片足を上げ、(かかと)部分に備え付けられていたバルカンでアミタに散弾を食らわせ怯ませたのち。そのまま体躯を横に回転させると、キリエはなのはたちを三人ともを地面に叩きつけた。

 そして、堕ちて来たフェンサーを掴みなおすと、再度アミタへ斬りかかる。

「〝永遠結晶〟があれば――皆を、助けられるのに!」

 そんな言葉と共に斬りかかって来たキリエに対し、遂にアミタも反撃に出る。

「……父さんと母さんが、わたしたちにくれた力は!」

 キリエのフェンサーを弾き、自身も打ち込みを掛けながら、アミタは先程まで戦闘の行われていた場所までキリエを押し返していく。

「強い身体とフォーミュラは、星と人々を守り助けるための力です……! 人に危害を加えてまで、目的を叶えるための力じゃない!」

 なのはたちに危害を加えてまで、助かりたいがために振るわれるべき力ではない。

 家族を守りたいと願うのなら、他人を踏みつけにまでして、両親のくれた力を振るってはいけないのだと叫ぶ。

 この力は、絶対に他人を傷つけるための代物ではない。

 二人の父であるグランツが掲げた夢。荒廃してしまった故郷(エルトリア)を、再び元の美しい場所に戻せるようにと、そのために作り上げた力。

 父の夢を叶える手伝いをしたくて、二人はその力を扱う為の練習を続けてきた。

 元々エルトリア人は、他の星のそれに比べると身体強度や肉体機能が強い。それらを鑑みても、エルトリアの環境は荒廃しすぎていた。だからこそ調整を施し、荒廃した星の環境と独自の進化形態を辿った危険生物たちに対抗するために生み出された、『守るための力』こそが、この『フォーミュラ』なのだ。

 それをまったくの別の星の、それも子供に対して振るうなど、有っていいはずもない。

 叫んだ思いは、キリエにも分かっているはずのことだ。

 だが、

「だから! ……だから、迷惑を掛けないように頑張ってる!」

 彼女は未だ止まらない。

 救いたい想いが、心のブレーキを壊してしまっているのか。

「キリエ……っ」

「みんな、手伝って!」

 姉の決死の叫びも届かず、キリエは『機動外殻』をもう一度起動させようとして呼びかける。

 その声に応えるように、外殻たちは主の邪魔をする障害を排除せんと動き出す。

 蠢き出した機械の兵隊たちは、三人の魔導師へ向けて進行を開始する。このままでは、先程の二の前になってしまう。

 キリエをアミタが抑えているとはいえ、単純な攻撃は通用しないのは先程までの攻防で理解した。

 対抗するためには、此方も全開でかからなくてはならない。しかし、アミタが敗北を喫してしまえば、種が割れてしまっている魔法を主軸にして戦うなのはたちが不利だ。

 その上、今のキリエは手加減などという温い考えを捨て去り始めている。

 となれば、敗北を喫するのは此方だ。

 構えを取りながらも、不利を自覚した三人はどうこの場を切り抜け、キリエを保護するかと考えを巡らせていた。

 しかし、その心配は杞憂に終わる。

 紫がかった雷光が迸り、今にも襲い掛かろうとしていた外殻を側方から撃ち抜いたのである。

「な――!?」

 驚愕に目を見開くキリエ。

 唐突過ぎて、何が起こったのかまでは判らなかった。けれど、また自分の流れを崩す何かが来たのだということだけは、理解できた。……とりわけ、目の前で斬り合っている姉が、先程までの険しい表情とは裏腹に、安堵したような表情を見せていれば尚更に。

「ぐっ…………」

 悔し気に歯噛みするキリエとは裏腹に、場の流れが一気に敵側に好転していく。

 

「っし、初弾命中!」

 

 小柄な体躯に似合わない大柄な電磁砲を抱えた、赤い騎士服に身を包んだ少女が宙に現れた。

 彼女は、はやての所有している『夜天の書』の守護騎士・ヴォルケンリッターの一角にして、八神家の元・末っ子。鉄槌の騎士・ヴィータ。しかも、朝方に話していた彼女の主武装である黒鉄の伯爵ではなく、バリバリの新装備での登場である。

「おめーらじっとしてろよ、今助けてやっから!」

「ヴィータちゃん!」

 ぶっきらぼうな口調であるが、それがまたなんとも頼もしい。

 そんなヴィータの登場に、なのはは嬉しそうに声を上げ、フェイトとユーノも安堵したように微笑みを浮かべる。

 だが、まだ喜ぶには早い。何せここへ来た援軍は、彼女だけではないのだから。

「せ――――あッ!」

 はるか上空より振り下ろされた一閃。

 飛来せし桃髪の騎士が、外殻を一刀のもとに切り伏せる。彼女もまた、ヴォータ同様にはやてに仕えし騎士の一人。烈火の将・シグナムだ。

「ハッ!」

 瞬く間に外殻二体を両断したシグナムは、ヴィータ同様に新武装を掲げ、その手ごたえを確かめている。

「ふむ……。とんだ試し切りだ」

 騎士らしく剣を上段に構えた出で立ちでそういったシグナムに続くように、蒼と翠の影が場に現れる。

「はああああああああ――――ていッ!!」

 拳を地面に叩き込む、蒼い犬耳を持った大男。夜天の空に仕えし守護獣・ザフィーラの人間形態である。

 彼の叩き込んだ拳撃によってアスファルトが罅割れ、ヴィータとシグナムの攻撃から逃れた外殻たちの足元を一気に崩した。そうして体勢を崩した外殻たちを、新緑の輝きを伴った鉄糸(ワイヤー)が一気に拘束する。

「ワイヤーロック!」

 今しがた外殻たちを拘束した鉄糸を放ったのは、緑色の騎士服を纏った女性。

 守護騎士たちの参謀役にして、主と騎士たちを支える者――湖の騎士・シャマルだ。

「応援到着ぅ~! ザフィーラとアルフも無事よーっ!」

 優し気な声で援軍の到着と、先程のキリエの襲撃を受けた二人の無事を告げる。ザフィーラは少し不満げに「不覚を取ったがな……」と告げたが、アルフは「フェイト~」と自身の主へ声を掛ける。

 ともかく、二人共大事には至らなかったようだ。

 次々と現れる魔導師たちにキリエはますます悔しげに顔を歪める。おまけに、自分が行動不能にしたはずの二人まで現れて来た。『フォーミュラ』にも回復促進の術式はあるが、『魔法』よりはその効力は薄い。そもそも、キリエとアミタは回復力が高いため、その辺りを見誤ったというところだろうか。

 苦し気に剣を振るうキリエだったが、それでもアミタとの剣戟を納めない辺り、諦めてはいないらしい。

(まだ……まだ……っ!)

 しかし、そんな抵抗も虚しく。空中で剣撃を続けていたキリエの身体を、突然発生した冷気が覆い尽くす。

 その魔法を放ったのは、

「準備してたら遅れてもうた。でも、もう大丈夫や。八神はやてと夜天の守護騎士、応援に駆けつけたよ~!」

 先程アミタが保護したというはやてだった。

 ――決定的だ。

 キリエの目的の要となるはやてを逃がしてしまった上に、援軍まで連れてこられてしまった。もはや、敗北は必至……。

 身体を覆っていく氷によって、完全に身動きが取れなくなってしまった。単純な氷結ではなく、『魔法』による拘束魔法の一種なのだろう。そうでなければ空中に固定されたまま、身体だけを凍らせるなど出来ない。

 おまけに、キリエのそれまで戦っていたなのはたちの魔法とは全く異なる系統の魔法。彼女はその区分けを知っているわけではないが、なのはやフェイト、そしてユーノの使っていた魔法は『ミッドチルダ形式』で、はやてたちが用いる魔法は『古代(エンシェント)ベルカ形式』の魔法。

 先ほどまで行われていた解析も、これに対しては効果を成さない。

 アミタが傍らにいる以上、解析を行えたとしても、破ったところで即時無力化されてしまうだろう。

 まさに、万事休すといった状態に陥ってしまったキリエ。

 唯一希望があるとすれば、イリスが助太刀に来てくれることくらいである。が、そんな甘い期待は抱けない。

 先程アミタは、はやてを保護したと言った。

 恐らくはキリエがそうしたように、イリスもはやてと交戦に陥ってしまったのだろう。

 そうであるならば、きっとアミタの事だ。イリスの外殻を全部破壊してしまったに違いない。

 実体を持たないイリスは、遺跡版や外殻を介さなくては戦えない。

 ……まさしく、ほぼ絶望的にキリエは一人きりだった。

「く……っ」

 

 ――これで、終わり?

 

 そんな声が、キリエの中に響いたように感じた。

 何でも出来ると思っていた。必ず成せると、全て救って、幸せな結末に変えられると思っていたのだ。

 だが現実はどうか。

 成せると思っていたことは全て出来なくなり、何もかもが上手くいかない。

 しかも、

「さあ、キリエ。皆さんにちゃんと謝って家に帰りましょう。まぁ、素直に返してくれるかどうかは難しいところですが……」

 姉は、そんなことを口にしている。

「………………」

 色々とご迷惑をお掛けしましたし、と。

 自身と妹の破ったこの世界の司法(きりつ)の事を案じているアミタ。

 ……その姿は、いっそその時のキリエにとって滑稽だった。

 未だ宙に凍らされ、留まっているキリエの目に映るのは、魔導師たちが事件を解決できたと思って安堵している姿。

 

 ――何だ、これは。

 

 こんな平穏な世界で。

 こんなにも満ち溢れた幸せの中で。

 誰にも助けてもらえない、見捨てられた星を見捨てなかった父を助けたい願いが、こんな場所を守るために潰えるのか? ……ふざけている。

 幸せへの道は、笑顔にしたかった姉によって阻まれてしまい、このまま連れ戻されてしまえば、悲しい現実は永久にそのままになってしまう。

 父が死ぬ。

 母が悲しむ。

 それを支える姉の裏で、何時までも何もできない妹のまま、終わってしまう。

 

 

 

 ――――そんな結末はいらない。

 

 

 

 悲しみなんて欲しくない。

 誰もが笑顔でいて欲しい。

 家族を救いたい願いはここに在る。

 追い詰められている中でも、まだキリエの中の決意の火は消えていなかった。どれだけ足掻くことになろうとも、必ず成し遂げて見せると。

 抱いていたはずの決意や、侵さないと決めた不文律が、何もかもが憎く妬ましいものに変質していく。

 

 美しかったはずの理想(ユメ)が、

 尊いはずの優しい願いが、

 ……黒く染まり、反転して行く。

 

 

 

 〝――――――まだ、終わりじゃない……っ〟

 

 

 

 その時、キリエは自分の領域を越えて願いを実行する。

 何を差し置いても願いを遂げるという決意。抱いた想いは尊くとも、越えてはならない一線はあった。

 けれどキリエは、自分自身が敷いたこの誓いを越えて――――

 自らの願いの為に他者を利用するという、引き返せない咎の路へ進む。

 

 

 


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