~魔法少女リリカルなのはReflection if story~ 作:形右
それは、始まりは優しい思いで……けれど、頑なに貫こうとした決意は、新たな傷を生む。
古い傷は開き、新たな痕を刻まれ、願いはさらに深淵の奥へ――
反転、そして嵐
〝――――――まだ、終わりじゃない……っ〟
その呟きを聞いたとき、アミタは思わず耳を疑った。
妹であるキリエの抱いた意思が固いことも、それを貫き、叶えたいと渇望するのも解っている。アミタとて、父に死んでほしくなどないし、故郷を元に戻せるものならば戻したい。しかし、他者に被害を与えるようなやり方を取ってまで叶えてはいけないのだ。
自分たち姉妹に与えられた力は、本来〝守るため〟のもの。
大切なものを守り抜くために与えられた力で、誰かの大切なものを踏みにじるなどあってはならない。それは、絶対にこの力を生み出した父・グランツの意志に背くものであるとアミタは考えている。
であるからこそ、彼女はキリエを止めたかったのだ。
妹が、決して引き返せぬところまで行ってしまわぬ内に、と。
そう願い、遥か遠いこの星までやって来たのである。そして、漸くその願いは叶おうとしていた。
……少なくとも、無罪放免という訳にはいかないだろうが、それでも誠心誠意自分たちにできる償いをする決心は出来ていた。あとはもう、采配を待つだけの筈だったのである。
仮にそうでなくとも、もう既に自分たちの周囲は、はやての守護騎士たちに囲まれている。これ以上抵抗しても互いに要らぬ傷を増やすだけだ。アミタはキリエに傷ついて欲しくないのは勿論、この星の面々にも傷ついて欲しくない。口にこそ出さなかったが、正直なところ諦めて欲しいとさえ思った。
けれど、そんな姉の想いを突き放すかのように嵐の予兆が場を覆う。
「……イリスのくれた、最後の奥の手……ッ」
キリエの身体から、彼女の本来のフレアとは別の
反対に、残していた甘さや優しさといった己の心に蓋をしたキリエは――。
「〝システム・オルタ〟――――バーストドライブ!」
――瞬間、場が一変する。
青白い光の奔流が彼女を拘束していた氷を吹き飛ばし、辺り全てを震撼させた。
次いで、青白い光から桃色の光へフレアが戻った刹那の間を置いて。
――――一切の躊躇や躊躇いもなく、キリエはこの場の全てを蹂躙して行く。
新たな力を解放させた彼女を押さえつけようとした騎士たちを一気に弾き飛ばし、生じた隙を鬼神の如き剣幕で畳み掛ける。
その様は、まさしく闇を駆ける閃光。或いは、時の狭間を抜けていく流浪の剣士か。
自らを圧し潰そうとする重石を跳ね除けるかの様に、その場の全てを叩き壊さんとばかりに暴虐の嵐となって舞い踊る。場の流れは、まさしく一方的と称するに相応しいものに代わって行った。
最初に狙いを定めたのは、後方支援役のシャマルと自身と同等のパワーを有しているだろうザフィーラ。高速機動で翻弄し、シャマルの胴に両足で踏み込むようにぶつけ、そのまま強引にまとめて蹴り飛ばせる位置に持って行き、キリエは遠くのビルへ向けまとめて蹴り飛ばした。
そうして、短く残った彼らの呻きよりも早く、キリエは次の標的に狙いを定めて行く。
自身の変容に呆気にとられたアミタを地面に叩き付け、一拍の間も置かずに姉を退けたキリエは、追って赤い騎士服に身を包んだ鉄槌の騎士へ狙いを定める。
「こ、の……っ!」
近づいてくる敵へ向けて、手に持った大型の電磁砲である『プロトカノン』を撃ち放つヴィータだったが、そんな威嚇射撃にも怯むこともなく、銃口から迸る紫電の網を縫う様にして迫るキリエ。
(な…………こいつ、早――よけ……ッ!?)
完全に避けきれないところまで来たキリエの攻撃。懐に飛び込まれ、向けられた一撃から身を守らんと手にあった『プロトカノン』を盾代わりにした。が、無論そんな仮初めの防御では攻撃を防ぎきることは出来ず、勢いに負けて後方へ飛ばされてしまう。
どうにか完全に吹き飛ばされる前に堪えはしたものの、目の前に視線を飛ばすと、シグナムがキリエに斬りかかったところが見えた。
だが、試作段階の電磁剣ではキリエのフェンサーと拮抗するには脆すぎた。刀身が打ち合った瞬間に砕けた試作剣を嘲るような笑みを浮かべ、キリエは手に持ったフェンサーを速射形態である『バッシャー』に変化させ乱れ撃つ。
しかし、彼女の攻撃はそこで終わらない。
放たれたエネルギー弾に圧され、飛ばされたシグナムの背後。そこにいるヴィータにもまとめて銃弾を撒き散らし、最後は『ファイネストカノン』による砲弾で二人を遙か背後の海側へと吹き飛ばした。
息つく暇もないまま姉と四人の騎士たちを沈めたキリエが次に見据えたのは、先ほどまでいた路上に立つ子供たちの方向――その中にある一点、はやての持つ『夜天の書』だ。
(はやてちゃんの、あの
アレさえあれば、何もかもを変えられる。
此処まで重ねた失態。家族に降りかかる厄災。滅び行く故郷の命運さえ――――!
逸る気持ちのまま、手を伸ばした。
それに気づいたユーノが盾を張ろうとしているが、無駄なことだ。既にミッド式の魔法の解析は済んでいる。はやての元に至った瞬間、キリエの手は盾を無力化して魔導書を掴み取るだろう。
――そう。
この手が掴むのは未来。
何もかもを好転させるための希望。
……悲しみも、哀しさも。何もかもを変えるための、鍵となる力だ。
(……これで……っ!)
その時のキリエの顔は、きっと笑みを称えていたことだろう。
此処までを間違いにしないための行動、結果を掴み取れると確信していたのだから。
しかし、心に生まれかけた安堵は同時に、僅かな隙を生んだ。
「フォーミュラドライブ――――〝アクセラレイター〟!!」
「!?」
またしても、妹の願いは姉によって阻まれた。
キリエとは異なる
親愛ゆえの行為であるが、案ずる心は今のキリエにとって害悪としか捉えられない。
成し遂げたい目的のために、こんな力さえ振るったのに。それでもまだ、阻むというのだろうか。
と、キリエの中に生まれた安堵、戻りかけた心がまた黒く塗り潰されて行く。――苛立ちは苦しみに、そして憎悪の様に燃え上がり、止めどなく溢れ出す。
「システム――〝オルタ〟? 貴女のスーツに、そんな機能はなかった筈……!」
「チッ……!」
追及から流れるように鍔迫り合いから離れ、最初にアミタの立っていた道路側面の壁へ跳んだキリエ。
けれど、姉からの追及は距離を開けた程度では止まない。……が、もうアミタの言葉はキリエに届かないところまで来ていた。
「出力制御が滅茶苦茶です! 皆さんに怪我でもさせたら――『その
もはや手段は、選んでなどいられない。
望みを叶えるために、遂げるために。
「少しの間、貸して欲しいだけなの……ッ!!」
――
「だから――!」
キリエは、止まらない。……もう、止まれなくなっていた。
「――――そこをどいてってばッ!!」
苛立ちに任せ、フェンサーをザッパーに変化させアミタに向けると、躊躇うことなく撃ち放った。
……仮に此処で、彼女が撃った弾丸がアミタを貫いていたとしたら、彼女は間違いに気づけただろうか? 守りたかった筈のものに、自分が何をしたのかを。
だが、既に彼女は過ってしまったのだ。
手段に始まり、自分で決めた条理の枠を取り払い――そして、最後には、守りたかったものにさえ、憎悪を抱いた。
しかし、そもそもの始まりはそこだった。
綺麗で強くて、カッコいい。そんな姉だから憧れ、同時に自分の至らなさに嫌悪を抱いたのである。
だから何かしたかった。変えてみたかった。褒めて欲しかった。
何も出来ない子供じゃ無いのだと。いつもいつも姉の後ろに隠れているだけの、役に立たない〝冴えない子〟なんかじゃ無いと、そう認めて欲しかっただけなのに――――!
「ぐ……っ!?」
またしても阻まれる。
守りたくて、大好きな姉に。
……救いたくて、ずっと一緒にいたかった家族に。
放たれた銃弾を超速で回避し、アミタはキリエの背後を取って腕と首を押さえつけた。
そして、また。
「――帰りましょう。父さんも母さんも待ってます」
アミタは、キリエに帰ろうと告げる。
〝……また、それか……ッ〟
それは、自分の成そうとする想いを否定されているかのような、この言葉。
耐え難い屈辱に、潰れそうなほどに歯を噛み締める。
溢れ出す苛立ちに呼応するように、胸の中に秘めた感情が一気に燃え上がる。
怒りが止められない。
気づけば、開いた口はこれまで抱いてきた鬱憤の全てを吐き出していた。
「…………お姉ちゃんは、いつもそうやって〝良い子〟なんだよね」
何時も何時も、どんな時でもそうだ。
頼りにされて、必要とされて。何も出来ない自分を陰において颯爽と駆け抜ける。
「……わっかんないでしょ? あたしがどんな思いで、どんな覚悟で此処にいるか!」
「……っ、キリエ……!」
「パパの夢もママの幸せも! 全部あたしが守ってあげるの!」
このまま帰って、何がある?
爪を噛むくらいしか出来ない状況で、絵本で読んだ魔法使いにでも祈れと言うのか。
この世界は
そんな見せかけの希望はいらない。例え、願いを叶えるためにどんな代価を要するのだとしても。
自分の力で現実にできるなら。
本当に叶えることが出来るのなら。
あと少し。ほんの少しで手に入るものを、なぜ諦められる――?
「キリエ……わたしは……ッ」
「――お姉ちゃんには分かんない!!」
尚も思い留まらせようとしてきた姉の言葉を、キリエは叫ぶようにして遮る。
未だに、こんなにも必死な自分を宥めようとしている。可能性なんて惰性に浸り、わざわざ苦しみを選ぼうとしている。
……こちらの気持ちを知りもしないで。
何時もそうやって苦しんでいるから、父を救って、姉と母を救いたいのに。
なのにどうして、そんな顔をするのか。……どうして、分かってくれないのか。
――困ったような顔をしないで。
自分なら出来るのに、何で悲しげに顔を曇らせているのか。
弱さを見せず、涙を見せず、どこまでも強く。
何も出来ない冴えない自分とは全然違う。
でも、そんな姉だからこそ、キリエは救いたかった。
だからこそ次は自分の番だと覚悟を決めたのに――どうして。
――――何で、自分がその姉の顔を曇らせるなんてことになっているのか?
「……嫌い……っ」
こんな自分も。
こんな自分を生む姉さえ。
もう、何もかも嫌だ。
全部消えろ。消えてしまえ。壊れてしまえ。
「嫌いよ……お姉ちゃんなんて……っ」
こんな現実なんて、全て。
全部全部壊れてしまえ――――!
「――――大っ嫌い!!!!」
血を吐くような叫びと共に、キリエは自分を抑えていたアミタを己の身体ごと撃ち抜いた。
妹のとった行動への驚愕に見開かれた姉の目には、消えて行く
――そうしてまた、場に嵐が吹き荒れる。
*** 様々な痛みを伴う願い
――それより先は、言葉など意味を成さないほどの嵐。
もはや伸ばした手は届かず、想いは想いに弾かれた。
息つく暇もなく、なのは、ユーノ、フェイト、はやてを順に沈めたキリエ。最後に意識を刈り取ったはやてを地に下ろすと、彼女の纏っていた
はやての身につけているペンダント。その中にはちゃんと、キリエの求める物が納められている。
「この、中に……、っ――――ぅ」
が、伸ばそうとした手が痺れ、目の前が砂嵐にでもあったようにざらついた。掠れた息が鉄臭い味を口内に送り、姉を退けるために払った代償はドクドクと熱を発する。
如何に強固な肉体を持っていようとも、外傷は負えば当然痛みを伴う。けれど、キリエは脇腹の流血を押さえつけながら、歯を食いしばって虚ろになって行く視界を堪え、また手を伸ばす。
はやては意識を失っており、あとは抜き去るだけだ。何の徒労もなく済む。ただ、痛みさえ堪えていれば……。
しかし、そう考えていたキリエの手を、小さな守護者が拒む。
「どい、て……おチビちゃん」
「これは……これはダメです……ッ!」
キリエの手に握られたペンダント――『夜天の書』を渡すまいとして、はやての
彼女の持つ氷結の魔法がキリエの手と自身を凍て付かせ始め、離さないという意思を示す。
「…………」
実力だの、魔導師だの。連ねる字面以前に、体格差がありすぎる。
絶望的なまでに不利な状況で、決して敵わぬ相手に挑む。
伴う恐怖は軽くない。
無謀で滑稽だとさえ言える。
しかし、そんな計りの結果さえ飲み下して尚――。
リインは、キリエを拒むことを選んだ
そうして恐怖を押し殺し、簒奪の手を阻むリインの心――キリエはいったい、その姿に何を見たのだろうか。
「これは……っ、この魔導書は……
だから渡せない。
これだけは絶対に、と。
……酷く健気で、儚くも尊い悪足掻きであった。
勝ち目などなくとも、それでもと守ろうとする意志。――それはキリエが、今しがた失ってしまったもので。
「…………ごめんね」
本当はずっと、持っていたかった真っ白で優しい想いだった。
「――――ぁ」
リインの小さな身体に配慮を残したのは、キリエにとって最後の譲歩だったのだろうか。
しかしそれでも、極小の光弾は、夜天を統べる主人の騎士たちを纏める幼き『祝福の風』の身体を寸分違わず撃ち抜いた。
――――こうして、場は静寂に包まれる。
酷く、悲しい
こんなものが、本当に救いの一歩なのか……頭を過るそんな疑問を振り払うように、キリエは己の乗っていた
けれど、
「……まっ……て」
まだ、立つ者が一人。
あれだけ痛めつけられて、あれだけ圧倒的な力を前にして。それでも尚、立ち上がるのか。
……もう、そんな様を見ていたくなかった。
自分のしたことを再認するようで、キリエは立ち上がってきた少女から目を逸らす。
未だ手を伸ばそうとする少女の足下に威嚇で三発撃ち込み、足を止める。あとはそのまま立ち去れば良い。
それだけで良かった。――それなのにまだ、向けられた視線はキリエを見ている。言葉もなく、音さえ消えてしまいそうな中で、白い少女はキリエを見つめていた。
その視線に耐えられず、一度だけ顔を向ける。
……見えたのは、痛々しい姿だった。
それも全て、キリエのしたことだ。周りに倒れている魔導師たちの傷も、周辺の建物の損壊も――その惨状の全てが、キリエのしたことだった。
覚悟はしていた。誰かを、傷つけるかもしれないという覚悟を。
同時に、恐れてもいた。この行いが、最悪の結果を招くことを。
では、この現実は最悪か、否か――――?
次第に溢れそうになったのは、果たして罪悪感か、はたまた後悔だったのか。
答えはない。しかし、泣くのは卑怯だと思った。
それは弱さであると共に、自分の信念を欠けさせてしまいそうだ。
自分の願いの為に他者を虐げた今の自分に、その資格はない。だから、キリエは決して涙だけは流さない。
だが、見つめていた少女の姿に、心が欠けそうになる。
間違いを、踏み越えてしまった領域を突きつけられている。
このままでは、いずれ最後の矜持さえ失ってしまいそうで、キリエはもう少女を見るのを止めた。
弱さに浸った選択だったが、
…………それでも、こんな事は、これで最後だ。
悲しみはこれで終わる。そしたら、今度は存分に己が罪を返そう。全てを終えれば、何をされても良い。例え何と言われようと、自分がどれだけの罰を受けようとも――自分のしたことは必ず、父母を救うものであるのだから。
正しくない筈がない。全てが嘘である筈がないのだ。
目を逸らし、勝者であったはずの少女は、己が勝利に苛まれるようにして逃げ出した。
嵐のようだった闘争は終わり、その場は夜の風だけが
引き返せぬ道に足を踏み入れた少女は夜を駆け、宝物を失くした少女は、未だ眠り続けている。
――――そして、伸ばした手は届かずに。
手に入れた翼をもがれた鳥の様に、少女はただ、茫然と去り行く背を見送っていた。