~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 想いを抱き、頑なになった心はまた、同じように頑なな心を生む。
 積み重なる想いはやがて、激しい炎に変わる。

 ――――では、それは果たして迷いなき道か。

 定かではない。当然迷いも生まれる。
 であるならば、最後に先へ進むための標は振り返ったときにそこにある。

 いつか、過つことの無いように。
 道を踏み外さぬように。
 支える者が、必ずいるから。


第八章 心の行方、道標となるものは

 救えなかった後悔、寂しさを嫌う心

 

 

 

 夜の海を眺める少女。

 だが、その視線は全く別のところを見ていた。

 心の中に空いた空白は、彼女にとっては馴染み深いというには苦い思い出が多すぎるが、確かによく知っているもので――――

「…………」

 彼女が一番、嫌いなもの――いや、嫌いというのは違うのかもしれない。強いて言えば、辛いのだ。

 誰かが傷ついていく様は、見ていて辛い。

 勝手なエゴと言えばそれまでかもしれないが、知っている身としてはその辛さを何とかしたくなる。

 端的に言えば、救いたい。

 どんなに至らなくても、どれだけ身勝手でも、それでも――。

 あんな顔を見たくなかった。

 今にも泣きそうで、でもその涙を振り払おうとして。

 痛みに堪え、辛さを背負い。そして、どこまでも深く暗い闇の底でさえ飛び込もうとする決意を抱えて。

 まるでそれは、泥の沼に沈んでいくようなものだ。

 無論、その全てを理解することは出来ないし、また理解できたところで全てを解決できるわけではない。

 だが、それでもアレは――。

 

(…………あの、目……)

 

 少女は、哀しげな瞳を思い出した。

 己もよく知る、迷子になってしまった子供の様な目。

 どこへ行けばいいのか判らなくなりかけて、迷い道にハマってしまったかのような、そんな悲しみを写した瞳を、確かに彼女は知っていた。

 あんな目をしていたのだ。

 自分も、今は親友となった少女たちも同じように迷い、進むべき道を探していた。

 そうして今、また同じ悲しみが目の前にある。

 だから、放っておけない。……どうしても、見て見ぬふりなんて出来なかった。

 無責任だ。酷く傲慢な想いと言えばそうである。しかし、それでも彼女は知ってしまったのだ。

 救われた喜びも、救えたときの喜びも、共に等しく知ってしまったのである。

 だから救いたかった。

 だから助けたかった。

 ……もう二度と、悲しまなくて済むように。

 もちろん、絶対不変なんて不可能だ。変わらないものはないし、きっと変わって行く中で出会うものもある。

 けれど、だからこそ――。

 きっとこの悲しみは変えられる。

 変わらないものがない様に、悲しみに塗り潰された現在(いま)を変えることだって出来るはずなのだ。

 故に、

(……今度は、必ず……)

 少女は再び決意を結ぶ。――次こそは、己が手を届かせるために。

 自分が初めて手にした始まりの絆。

 この手にした『魔法』は、その為のものであるから。

 

 ――強き想いに煽られるように、少女の瞳が静かに燃える。

 歪みを伴ったことに気づかぬまま、それでもまだ先へと焦りを伴って――

 

 そんな少女の想いと共に。

 長く遠い結末へ向けて、静かに事件は進んで行く。

 

 

 

 *** それぞれの覚悟(おもい)

 

 

 

 高速道路上での交戦の(のち)――

 負傷の大きかったアミティエは時空管理局に搬送され、残る面々は《オールストン・シー》のメインブリッジ側に聳えるホテルの一室にて一時の休息を取ることに。

 そんな中、八神家の面々と東京支局のクロノが通信を行なっていた。

「アミタと呼ばれる女性は、先ほど本局の救急病棟へ搬送した。これから検査と出来る限りの治療はする。……残酷なようだが、意識が戻ったら直ぐに話を聞かせてもらわなければならない」

 事件の全容を明かす為とはいえ、アミタにそういった対処をせねばならないことをクロノは苦々しく感じているようだ。

 が、それも仕方ない。

 今回払った代償は大きく、また成果らしい成果もなかった。

 楽観して居られるような事態ではない。早急な対策が求められるが、中々そうも行かないだろう。

「……はやてとリインは、まだ目を覚まさないか?」

 クロノは、モニター越しに目を閉じたままのはやてとリインへ視線を向け、彼女らの状態を問う。

 その問いにシグナムは、「それが……」と歯切れ悪く呟き、同様にはやては視線を向ける。すると、それを受けたかのように、目を閉じていたはやてから応えが返って来た。

「……起きてるよ」

 目を開けたはやては、未だ傷の残る身体を起こしつつ、今回の失態への謝罪を口にした。

「とんだ失態やった、申し訳ない……」

 何時もの朗らかさは鳴りを潜めた声のトーンは、平時のはやてとは明らかに印象が異なる。

 場の誰しもが彼女の普段を見知る者であるからこそ、彼女がどれほど現状を悔いているかが痛いほどに伝わって来た。

 そんな険しい表情でそう告げるはやてを宥める様に、クロノは労りの言葉をかけ、最後に気になっていた事についても確かめる。

「想定外の相手だったんだ、謝るようなことじゃないさ。……それよりも」

「…………うん」

 一度の失態ではやてが潰れてしまうとは思えないが、今回は関わっている物が物だ。

 だがらこそ、事件の中心に引き摺り出されてしまった彼女がどう考えているのかを確かめる為にこう訊ねた。

 依然としてはやての表情は険しいままであったが、沈んでいた雰囲気だけでは無くなっており――はやては彼にこう応えた。

「――取り返すよ。失態のツケも、わたしの宝物も」

 必ず、と、静かに燃え始めた覚悟が告げている。

 その様子に、彼女を見守っていた面々は僅かに安堵した。……だが、これだけで全ての不安を拭えるわけではない。

 はやてが立ち上がることを決めても、キリエとイリスが管理局の中でも実力に溢れた魔導師たちを完膚なきまでに倒しきった事実は変わらない。

 この事実だけでも、充分に敗色濃厚と言えるが――現状において、相手方が今後どう動くのかを把握出来ないのが辛いところだ。

 現状、目的は把握出来たが、果たされる過程を一切知ることが出来ていない。

 これでは後手に回ることになり、また先手を取られかねない上に、そもそもキリエたちの奪って行った『夜天の書』がどう用いられるのかも分かったものでない。

 取り分けクロノは、あの本がまだ『闇』の名を冠されていた頃に起こった事故で父を亡くしている。

 これまで数多の世界を滅ぼした呪いの器。

 そう評されるほどに危険な代物である。下手をすれば、また被害が起こる可能性は否めない。

 ――が、だからこそ浮かんだ事柄もまたある。

 キリエが何度も口にしていたという、『エルトリア』なる星の救済や父親の病を治すという発言。その部分に、『夜天の書』についてを知る面々は違和感を拭えずにいた。

 彼らの知り得る限りでは〝星や病を治せる力〟など『夜天の書』には存在しない。加えて、キリエの仲間だというイリスは『夜天の書』を『闇の書』と呼んだ。

 幾度とない改変の末に『闇』の名を冠された魔導書は、二年前の事件の際に初代の管制人格が残留した改変プログラムの全てを自身と共に消失させたことによって本来の姿を取り戻したのだが――。

 確かに、改変された内容の中に『大いなる力』という項目はあったらしい。しかしそれは、星を浸食し破壊させるだけの暴走を生む防衛プログラム、通称『ナハトヴァール』のことを指すのだろうという見解で議論を決着させた。

 仮に、その部分を頼りにしてキリエが何かを成そうとしているならその部分を説明することで譲歩を願えるかも知れない。また、『エルトリア』は管理世界でこそないが、まったくの孤立世界ではないようであることから、管理局が間に入り、管理世界との交流を行うことによって彼女ら姉妹の父の治療法を確立できるかも知れないという考えも僅かながらあった。

(…………もっとも、そう易々とは行かないんだろうが……)

 何かに凝り固まってしまった人間の狂気。

 誰しもを平等に救うことなど出来ないのだと、クロノは嫌と言うほどに知っている。……しかし、誰しもが平等でない悲しみを背負ってしまうからこそ、こんな筈じゃない世界で生きていくのだ。

 ――個人の感情に、他人を巻き込むことは許されることではない。

 嘗て、狂気に狂いながらもたった一人の娘を愛し続けた母に対し、クロノはそう言い放った。

 それは正しくあろうとした故の言葉で、過ちを否定する言葉で、酷く残酷な正論だ。

 どうしても叶えたい願いがあれば、人は容易く禁忌さえ侵す。ほんの僅かであろうと、其処にある希望にすがりつこうとする。

 人の弱さを、間違いだと断じられるだけの強さを持っているわけでもない。だからこそ、クロノは救えなかった。

 でも、それで諦める事は出来ない。先へ進むと決めた、その時からずっと。

 哀しみにくれるだけでは何も生まれない。

 何かを傷付け求めるだけでは怨嗟の螺旋を生み続けるだけだ。

 そう――。現実は、こんな筈ではない事ばかり。

 であるからこそ、その事実をどうにかしたいと願ったのだ。しかし、また彼は同じように救えなかった人と同じ家族を守りたい少女の心が引き起こした事件と対峙する。

 二年前、一度救えなかった人間がいた。

 二年前、一つの家族を救うことが出来た。

 ……そして、次はどうなるのか。

 見通しこそ進むものの、未だ本質にさえ近づけない。

 壁はあまりにも遠く、届かぬ場所にある想いを知ることさえ出来ていなかった。

 嫌な予感がする。偽らざる真実であるが、この疑念が悪い方向に傾かない様に運ぶことを祈りつつ、クロノは皆をまとめる人間としてあくまで平静に事を進めるように努める。

 

 

 

 ――――そうして、皆が覚悟を新たにしながら、次の行動へ向けて準備を整え始めていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「本事件の重要参考人。〝アミティエ・フローリアン〟さん、か……すごいわね、彼女」

 時空管理局・本局にある病棟――。

 その様子を写し出した映像と、アミタの事をモニタリングしたモニターを見ながら、本局技術部の装備課主任を務めるマリーさんこと、マリエル・アテンザはまるで感心したような口ぶりでこう言った。

 そんな彼女の発言に対し、

「と言うと?」

 話を聞いていたマリーの元で研修中だった新人局員のシャリオ・フィニーノ、通称シャーリーは不思議そうに訊ねる。

 すると、マリーは簡潔に現状判っていることだけであるが、軽くシャーリーにこう説明してくれた。

「骨の強度も筋出力もミッド人の数十倍で、心肺機能も桁違い。これなら過酷な環境でも適応できるでしょうね……」

 おまけに、と。

 もう一度モニターを向き直り、アミタの持っていた装備――彼女らが『フォーミュラ』と呼んでいた技術を使用するための、こちらで言うところの『デバイス』に当たる代物を確認された形態別に確認しながら、なんとも技術主任らしい感想を述べた。

「装備の技術も凄いわ。許されるならじっくり研究したいくらい」

 もったいなさそうに語るが、あくまで所有権はアミタにある『ヴァリアントコア』を勝手に解析するわけにも行かない。いつものマリーらしい弁に、シャーリーと此方にデバイスたちの受け取りに来ていたアルフが苦笑い。

 緊迫した状況ではあるが、そんな現状であるからこそ、皆を張り詰めすぎない状態に出来る彼女の様な存在は貴重である。

 と、其処へマリーの部下である技術部メンバーから通信が入った。

『主任。機体の準備が出来ました』

「ありがとう。それじゃあ、今から行くわね」

 モニター前から立ち上がったマリーに続き、アルフとシャーリーも技術部へ向かって行く。

 これから先ほどキリエとの戦闘で傷ついたなのはたちのデバイスと、今朝のテストでオーバーホールに回されていたヴォルケンズのデバイスの()()をしなければならない。

 途中、新型のテスト装備の部屋で一旦現場に支給する武装を確認する。

 改修が終わるまでの穴を埋める装備を見繕いつつ、なるべく手早く治さなくてはならない。何せ、相手方は『魔法』が通じないと来ている。ベストの状態でなければ、何も出来ないままやられかねない。

 そもそも、管理局でも実力のあるAAA以上の魔導師たちが敗北を喫したのだ。技術部としては、是が非でも改修を早急に済ませたいところであるが――

「みんなの装備改修と更新は、突貫でやれば二~三時間で出来るはず。ただ、フェイトちゃんのバルディッシュは難しい子だから……」

 少し不安が残るのは、フェイトの愛機であるバルディッシュについてだ。

 かつて、彼女の師であるリニスによって生み出されたバルディッシュは、少々気難しいところがあった。

 だが、心を持つとされる『インテリジェントデバイス』はマスターのために己のベストを尽くそうとする気質がある。それらは、技術部が魔導師に託す想いと同質の部分がある、とはマリーの弁だ。

 AIなんて無粋な言い方ではなく、彼らにも矜持がある。

 であるからこそ、いい加減な接し方は出来ない。互いにベストを尽くし合う、それこそがデバイスマスターたちがデバイスたちを治す気持ちで在り、またデバイスたちが自身の主に託す誇りそのものなのだ。

「あたしも手伝う!」

 それらを理解しているからこそ、少しでも円滑に進めるためにバルディッシュと縁の深いアルフにもきてもらったのである。

 彼女の元気な返事に、マリーも頼もしさを感じつつこう返すが、

「うん! みんなも頑張ってね――あら? レイジングハートは……」

 アルフが持ってきてくれたデバイスたちを乗せたプレートの上に、レイジングハートが居ないことに気づき、首をかしげる。

 先ほど部屋を出るまでは確かにあった。かといって、ここへ来るまでの間に落としたと言うこともあるまい。

 となれば、残る可能性は――。

 二人の視線は自然、この場にいたもう一人であるシャーリーへ向けられる。

 すると、

「えへへ……」

 シャーリーは軽くはにかみながら振り返ると、レイジングハートのつけられたペンダントを二人へ見せこう言った。

「レイジングハートとわたしは、ちょっと野暮用が」

 《I’m terribly sorry.》

 予想外の行動に驚きはしたものの、二人ともシャーリーに対する信頼は低くはない。だが、いったい何をするつもりなのだろうか。

 意味もなくこんなことをする子ではないのは知っている。故に二人は、通路を進んでいくシャーリーとレイジングハートを見送るのみであった。

 

 ――戦いの決意を固めるのは誰しもが等しく、この嵐の中を戦い抜く覚悟に燃えていた。

 

 

 

 *** 支えるということ ――ある翼の道標――

 

 

 

 場所は戻り、ホテルの一室へ。

 先ほどから海を眺めていたなのはは、街を監視している東京支局からの映像を確認しながら自身の出番を待っている。だが、その表情は酷く思い詰めている様な雰囲気を感じさせた。

 そんな彼女を窓越しに見ていると、アリサはなんとなく不安になる。

 ……最近はしなくなっていた()()()()を、またなのはが浮かべているから。

 昔は、よくあんな顔をしていた。アリサ自身が直接見た回数こそ少ないものの、影でこの顔をしていたのはなんとなく判る。

 ふとしたときに覗く、酷く悲しげな顔。

 しかしそれは、誰かに対するものと言うよりは、自分を責める類のもので――誰にも打ち明けない、辛さを覗かせる時の顔だ。

 けれどアリサには今、なのはの気持ちが余計に逸りすぎているように見えた。

 ――誰かの抱える悲しみを拭いたい。

 その想いはとても優しいものであるが、あまりにも強すぎれば脅迫観念じみたものに成ってしまうだろう。

(……ホント、いつもそうやって抱え込むんだから……)

 辛いこと、悲しいことを、全部自分で呑み込もうとする。

 それは相談できないからと言うよりも、自分でも判らない迷いがあるからだ。

 進む先を見通せない様な場所に立たされたとき、決意だけは確かにあるのに、進むべき方向を迷う。

 正直なところ、アリサはああいう状態のなのはが嫌いで、なのはが好きだから不安にもなるし苛立ちもする。実際、二年ほど前にあったという事件の折、フェイトとどう向き合うべきかを悩んでいたなのはに怒りをぶつけたこともある。

 今考えて見れば、相談できなかったのは無理もない。

 だが、それでも辛かったのなら言って欲しいという思いもあって、モヤモヤする。

 仕方のないことだといえども、それで納得できるほど大人ではなかった。

 如何に聡明だと言っても、彼女はまだ子供で、未熟で純粋に友を心配できるからこそ、心にささくれ立った何かを感じてしまう。

 声を掛けようかとも思ったが、自分の手が届かないことだと言うことも理解している。だからこそ、アリサには歯痒かった。

 胸に痞えたものを外に出すように息を吐くが、それだけで消えれば苦労はない。寧ろ、返ってモヤモヤが膨れあがるような気さえした。

 自分からしてこれでは駄目だと思っても、アリサもまた、迷っているのだ。

 ――彼女に出来るのが、なんであるのかを。

 そんな不安を抱えていると、ふと近づいてくる足音に気づいた。

 今、すずかは怪我をしているはやてに付いていて、フェイトはリンディと一緒に外へ出ているところだ。そして、大人たちも各々の仕事を少し片付けている最中であるから、この足音の主は一人に絞られる。

 ユーノだった。

 先ほどはやてへクロノが通信をし終わった後、何か二人で話していたようだったが、終わったらしい。

「クロノさんとのお話、終わったの?」

 そう訊ねると、うん、と頷いてユーノは応えた。

「本当は一度『無限書庫』に戻って調べ物をしようかとも思ったんだけど、現場(こっち)を離れると支援要員が足りないから残ることにしたんだ。でも一応、アミタさんたちの星の情報は調べてくれるように司書のみんなに頼んだから、何か判れば情報は来ると思う」

「そう……」

 訊ねた事については教えて貰ったが、二人はその話にあまり身が入っていない。どちらも、同じところに意識が向いているのは明白である。

 どうやら、気がかりの対象は同じらしい。

「……なのはは、まだ……?」

「うん……さっきから、ずっと彼処でああしてる」

「…………そっか」

 一旦会話が途切れ、二人の視線はなのはの方を向いていた。しかし次第に、アリサはなのはからユーノの方に視線を移す。

 下手をすれば、彼の方がなのはより険しい顔をしているかも知れない様に感じたのだ。……ただ、彼の内にある感情は、なのはのそれとは違う方向を見ている。

 ユーノが心配なのは、今後と言うより、なのはが戦うことそのものだとアリサは思う。

 何せ、なのはに『魔法』を与えたのは彼だ。

 二年前にあのフェレットが実は彼で、別の世界から危険な物の暴走を止めるためにやって来たと聞いたときは驚いたものであるが、接している内に彼の良さは分かり、今では仲の良い友人の一人として付き合っている。

 その中で、強く感じる部分もあった。

 始まりの理由を聞いたときからそうだったが、彼は酷く責任感が強い。

 挙句、負わずとも良い責まで負ってしまう辺り、なんとなくなのはと似ているとさえ思った。……いや、実際似ているどころの話ではない。

 二人は適正や感情の方向性などは諸々違うが、その〝在り方〟が酷く似通っていたのである。

 それに加えて、なのはがあの当時抱えていた悩み――。

 やりたいことや自分にしか出来ないこと。それを与えたのは、他ならぬあの二人だ。

 ユーノは手段を、フェイトは目的を。それぞれが与えた道を、なのはは自分の進むべき道だと確信さえしていた。

 正直なところ、知り合った当初は嫉妬したものだ。

 ユーノにしろフェイトにしろ――魔法関連という括りはあっても――酷く短い付き合いの中でよくもまぁあそこまで親密になれるものだと思う。フェイトに関しては、若干なのはに対する依存にも似た部分を感じなくもないが、ユーノは明らかに心の支柱としてはなのはと対等以上の信頼を構築している様に感じる。

 実際、聞いた話ではユーノは戦闘においてはなのはたちよりも遙かに弱いとのことだ。

 だというのに、なのははユーノが一緒に戦うことを嫌がったりはしない。それどころか、居ることを酷く嬉しそうに語る。前に一度、「戦って欲しくない」と言う話を耳にしたこともあるが、それはユーノが弱いから守りたいという感情より、なんとなく小鳥が巣で待っている親鳥を思うかのように聞こえたくらいだ。

 だが、それを思い出した瞬間――なんとなくアリサは己のモヤモヤの解答を得た気がした。

 詰まるところ、一人でなのはを支えることは出来ない。

 アリサに出来るのは、せいぜい前と同じように沈んだなのはを、思い詰めすぎない様に発憤させることくらいである。

 が、それではなのはの迷いは晴らせない。――しかしだ。

 此処にはもう一人。なのはを案じていて、自分には出来ない道を示す役割を担える少年がいる。

 ――――ならば、あとは簡単だ。

「ねぇ、ユーノ」

「? どうしたの、アリサ」

 不思議そうな顔をしたユーノに、アリサは静かに言葉を紡ぐ。

「ユーノはさ、今のなのは……どう思う?」

「どう、って……」

 再度窓の外を見るユーノ。

 なのはは相変わらず向こうを向いていて、自分に向けられた視線に気づきもしない。

「…………」

 そんな険しい顔のなのはに、ユーノは言葉を紡げずにいた。

 が、その反応はある程度予想していた。なのでアリサは、おそらくは自分以上に胸につかえるものを感じているだろうユーノに――自分には出来ないことを出来る彼だからこそ、頼もうと持った。

 

「――なのはね、昔から真っ直ぐな子だった」

 

「え……?」

 唐突に始まった昔話に、ユーノは少し拍子抜けしたような表情を浮かべた。

 しかし、アリサの声のトーンから何かを伝えたいのだけは感じ取ったらしく、最初の呟き以上には口を挟まずに、彼女が話を続けるのを静かに待つ。

 それを受けて、アリサも話を進めて行く――。

 

「……本当に、なのはって真っ直ぐ過ぎるくらいに真っ直ぐだったわね。それこそ、まるっきり暴走列車ってくらい。フツー、あんなことしないわ。だって、いじめを見たからってその当人たちの間に入るなり、ビンタかましてくるのよ?」

「それはまた……」

 なんともらしい、とユーノは思わず相づちを打った。

 すると、苦笑いのユーノつられ、アリサも少し微笑(わら)う。

「ふふっ。まぁそれくらい、すごく真っ直ぐな子だったのよ。――でも時々、すごく寂しそうな顔してた。……ううん。いつもの笑顔の裏に何か、それかどこかに〝からっぽ〟なところを抱えているみたいな、そんな顔してたの」

「……」

 それはユーノも感じてはいた。

 思えば、彼がなのはの助けを借りたのもまた――そんな彼女の気質故だったとも言える。

 独りは寂しいから。困っているなら、自分に出来るなら、助けさせて欲しいと。

 あの頃のなのはを思い出しながら、話は続く。

 そして、アリサはユーノに頼みたいことの本題に入る。

「楽しいのに、嬉しいのに、それでも心は悲しくて――まるで〝自分〟が無いみたいに、なのはの心が泣いてた。…………でもね? そんななのはを、救ってくれたのは多分……ユーノ、アンタだった」

「――――ぇ?」

 そうだったのだということを、ユーノ本人は深く意識してない様だ。

 けれど、なのはが魔法にのめり込んだのは、ユーノとの出会いそのものがきっかけだったのである。

「誰かのために何かをしたいのに、自分は何も出来ない。それが、なのはは人一倍嫌い。だからあの子は手を差し伸べたかったのよ。大切な誰かに、大好きなみんなに……自分の、精一杯の想いを。普通だったら、まだずっと手に入らなかったそれを、ユーノがなのはに託したの」

 しかし、ユーノは――。

「…………でも、アレは。……それどころか、僕はなのはを危険にさらしてばかりで……」

 出会いを後悔するのは意味がない。あの出会いは、絶対に間違いではないのだから、と。

 否定するのはここまで共に戦ってきた仲間たちに失礼だと、それを理解出来てはいても……ユーノには伝えたいのだという意識がある。

 この意識だけは、彼だけしか持ち得ないものだ。

 誰にも肩代わりは出来ず、また理解することは出来ない。

 今回のようになのはが傷つく度、ユーノには誰よりも――下手をすれば、両親さえも越えるほどの苦しさを感じているのかも知れない。

 でも、それもまたなのはにとっては救いであるという側面もある。

「うん。ホントは偶然だったかもしれないし、悪いことだったかもしれない。……それでも、ね? ユーノがなのはに与えてくれた魔法が、みんなを助けてきたのよ」

 ――そう。ずっと飛び立つ時を待っていた無力だった小さな子供に、彼は魔法という翼を与えた。

 本来ならば、決して交わることの無かった世界で――まったく別の世界で生きていた少年と少女の出会い、絆を紡いだ。まさに奇跡的とさえ言えそうな巡り合わせが、ここまで沢山の命を救うきっかけとなってきたのもまた事実なのだ。

 それ故に脆い部分もあり、だからこそ――

「……ユーノが不安なのは、見てて伝わってくる。ほんの少し早かった出会いだから、なのはは少し焦ってて脆くなってるのも判る。――でもね? それは悪いことじゃ無いの。自分の精一杯向かう方向に自信が持てなくなる時は、誰にだってあるんだから」

 ――だからこそ、アリサはユーノに頼みたい。

 折れそうになる時や、進めなくなりそうな時に。

「なのはを導いてあげて? あの子が、これからも迷わずに飛んで行けるように」

 彼女の言いたいこと、伝えたいことは判った。

「僕じゃ……駄目だよ」

 しかし、ユーノは弱気な発言を返す。

 自分では無理だろうと、卑屈に思えそうな程に。

 それでも、アリサは彼に任せたい。

 ユーノならきっと、なのはのことを導いてあげられると。

「大丈夫よ。何なら、アタシが保証してあげるわ」

「保証って……」

 不敵に笑うアリサに苦笑いのユーノ。そんな彼の反応が不満らしく、アリサは「何よー。アタシが信じてるってだけじゃ不満?」と少しむくれている。

「いや、不満とかじゃないけど……」

 それに対し、ユーノは少し萎縮したように歯切れ悪く応える。 

 だが、アリサはとりあえずそれを彼が訊いてくれただけでも収穫とみたようで、

「なら良いじゃない」

 と、ご満悦な様子で立ち上がり、ユーノの傍らを通り抜けて行く。

 何処へ行くの? と視線で訊ねてきたユーノに、アリサはまた微笑みながら、こう言った。

 

「ユーノも約束してくれたし、これで安心してなのはに発破掛けられるわ。――だって、何時までもあんな顔させとくわけにはいかないからね♪」

 

 

 

 

 

 こうして、凝り固まっていた少女の心は、二人の友によってまた少し引き戻される。

 決して過たぬようにとは行かずとも、確かに彼女を想ってくれる者がいるのだということを知らせる様に。

 そんな様々な願いや祈り、そして想いが交錯する中で。

 

 

 

 ――――夜の嵐はまた、その先へと進んで行く。

 

 


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