~魔法少女リリカルなのはReflection if story~ 作:形右
想いを託された少年は、自分出来ることを探し始める。
――――そうして、ある星の話を知る。
そこはかつて、夢に溢れた場所。
同時に、何時かを夢見た人々が諦めを残した場所。
その運命の果てを望む少女の想い。
そして、見え始める真実の欠片。
果たして先へ進むために、彼らは何を手繰るのか。
託された想い
《オールストン・シー》のメインブリッジ脇に隣接されたホテル――。
その廊下を歩きながら、ユーノは少し前に『無限書庫』当てに送ったメールの内容を少し変更する旨を再度送ろうとしていた。
別段する必要も無かったかも知れないが、先ほど見たなのはの様子と、アリサに頼まれた事が彼の背を押していた。
有り体に言うなら、少しでも何かをしたいと思ってしまったのだ。
『――――なのはを導いてあげて? あの子が、これからも迷わずに飛んでいけるように』
正直、最初に耳にしたときは「自分なんかでは」と、ユーノはアリサの頼みに応えられないと言おうとした。だがしかし、アリサはそんな彼の弱気に対して即座に、大丈夫と言って寄こした。
更には「自分が信じている」、だから保証するのだとさえ。
そんな信頼が嬉しい反面、同時に応えられない現状が無力な己に対する焦りを加速させる。
何せ、敵に回っているのは自身よりも戦闘に特化した皆を退けた強者で、挙句自分たちの『魔法』が通用しない相手なのだ。ただでさえ戦いに向いていない自身の資質や、特化している筈の守りですら及ばなかったと言う事実に、ユーノの中で悔しさにも似た陰鬱な感情が深く深く沈み込む。
が、そうして沈むだけでは何も出来ない。だからこそ、少しでも自分の出来ることを探そうと思考した故の行動だったのだが――。
「……やっぱり、戻って探した方が良いのかな……」
現場の支援役としてユーノは此方に残る事をつい先ほど決めた。クロノから情報の収集よりも、その方が助かると言われた結果だったが、こうなってくると戻る方が敵側の情報を少しでも得られるのではないかと考えてしまう。
しかし、事情を知ると思われるアミタが此方側にいる以上、彼女の意識が戻れば事件の全体像は把握できる。ならば、時間内に見つかるか判らない情報より、仲間の援護に回る方が建設的だと言える。
少なくとも、二度も皆を何もできないまま傷付けさせる事だけはしたくない。
出来ること、やるべきことの是非を問うのならば、確実に此方に天秤は傾くと言って良いだろう。
……と、頭では理解できていても、心は逸るばかり。
いっそのこと、身体が二つあればこんなにも悩まなくて済むのにと思った。
けれど、それも机上の空論である。
今すぐに出来ないことなど、それこそ意味をなさないのだから。
そうなると、ひとまずは自分が直ぐに出来るだろう事柄を優先せねばならない。
第一は出動に備えること。場を離れることが出来ない以上、まずはそれを心掛けておかなくてはならないだろう。
この他に出来るとすれば――。
「……そうだ」
備えていると言うことは、待機状態であると言うこと。
であるならば、その間に休息を取る傍ら情報を整理することは出来る筈だ。なら、『無限書庫』で、今自身の代わりに情報の収集を行ってくれているあの姉妹に、関連度の高い情報からデータを送って貰えば多少は足しになるかも知れない。
業務を代わっている上で、こんなお願いをするのは酷く不躾かも知れないが、場合が場合だ。
了承して貰うしかない――と、そう決意してメッセージを手早く書き上げ、送信する。
すると、さして間を空けずに返信が来た。内容には了解の旨と、あまり思い詰めないようにという忠告があった。
それを見てユーノは一つ頷くと、お礼のメッセージを送り共に送られてきた書籍データの閲覧を開始した。『無限書庫』内ではないが、要は検索魔法と読書魔法が使えれば良いため、地球であろうと大っぴらに魔法の使用が可能なスペースであるならば特に問題は無いと言える。
だが、送られてきた
大方の予想通りではるが、『エルトリア』は『ミッドチルダ』とは遠い情報関係にあるのだろう。――いや、仮に本当は近しかったのだとしても、現状で上がっているキーワードだけではたどり着けないということなのだろうが。
二年前の『闇の書』の折りにしても、それなりに管理局でも知られていたロストロギアであるにも拘わらず、情報を得るためにそれなりの時間を要したのは記憶に新しい。たった数時間程度で見つかるという方が、虫が良すぎる。
とすれば、やはり『エルトリア』の――つまりは、あの『フォーミュラ』というエネルギー干渉術について詳しく知るには、アミタの話を聞くしかないということになる。
と、その時――。
『ユーノ』
「あ、クロノ……」
通信が入ったので出てみると、クロノからであった。
しかし、出たのは直ぐだったにも関わらず、どこか意識が他のところへ向いているユーノに彼は不機嫌そうな顔をしつつも、状況が動き出したことを告げる。
『あ、じゃない。何を呑気なことを言ってるんだ。彼女――アミティエ・フローリアンが目を覚ました』
「! そう、なんだ……」
『ああ。これから彼女に話を聞くことになる』
淡々と告げている様に見えるが、目覚めて直ぐに話を聞かなくてはならないほどに自体が緊迫している事を、クロノが苦々しく思っている事が伝わってくる。
事件は、起る前に防ぐのがベストだと。
その行動のためにかなりの量を資料請求されるユーノは、クロノのそんな信条を良く知っている。
だが、もう起ってしまったのならば話は別だ。
何時までも呆けては居られない。――やれることをするのだと、そう決めたはずではないか。
最初の決意を反芻して、ユーノは緩んだ気を引き締め直し、クロノに一つ頼み事をしようとしたのだが。
「クロノ、頼みがあるんだけど……いいかな?」
『あぁ、判っている。――なんとなく、言いだしそうな気はしていたからな。そう心配しなくても、あちらから直々の指名が入っている』
「え……?」
それはどういうことなんだ、と。
ユーノが問い返すより先にクロノは『とにかくラウンジに来てくれ。みんなも集まってるからな』と言い、通信を切ってしまう。
思わせぶりな発言とは裏腹に、あまりにも一方的に通信を切られてしまったユーノは若干腑に落ちないものを感じなくもなかったが……どうやらもうみんなが集まっていると言う部分に背を押され、一先ずラウンジへ戻ることにした。
*** 雷光の記憶
時は少し遡り――。
雷光の少女もまた、同じようにその胸の内に新たな決意を結んでいた。
「キリエさん――二年前のわたしと、少し似てるんです」
ホテルの外にある広場にて。
二匹のイルカを模した噴水の前をリンディと歩きながら、フェイトは小さくキリエとの交戦の中で感じた事をぽつりぽつりと
「……大切な人のために必死で、夢中で……」
戦いの中で感じた印象。
そして、自分の中の思い。
少しずつ語られる娘の言葉を、リンディは静かに受け止める。
「周りが見えなくなって――その為にまた、大切な人たちを傷付けて」
フェイトの顔が曇って行く。
恐らく、思い返しているのだろう。……二年前にあった、実母であるプレシアとの別れを。
ここまでのキリエの行動には、フェイトも感じ入るところがあった。
――大切過ぎる心は、その人の目を曇らせる。
大きすぎる願いもまた同様に。何処までも際限なく、人を追い詰めていくのであると。
その感覚を、フェイトは確かに知っていた。
だから揺れてしまった……あの時のキリエの言葉に。
もう知っているのに、辛さを思い出してしまう。同じだけ、その言葉の中にある強い熱と共に思い起こしてしまう。
だが、だからこそ――フェイトはこうも思っていた。
「……助けたいです。取り返しのつかないことになる前に」
足を止め、そう告げたフェイト。
深い紅の瞳に不安そうな色が無いわけではなかった。
しかし、込められた思いはそれ以上に強くフェイトの胸の内を埋めている。そんな彼女の心を感じ取ったのだろう。
リンディは強く頷きながら、こう応えた。
「ええ、助けましょう――今度こそ、みんなで」
母の言葉にフェイトもまた強く頷き返す。
「――はい!」
ハッキリと灯った決意に呼応するかのように、ラウンジへ集合して欲しいというクロノからの通信が入った。
こうした決意と共に、更に前へと進む。
同じようにまた、事件の全容が次第に明かされて行く――――。
***
場所をホテル内のラウンジに移し、本局からの通信を受け取ることに。
みんなはクロノからの連絡を受けたが、病棟に収容されたアミタの現状を報告してくれたのは、本局人事部のレティ・ロウランだった。
ウィンドウにはクロノとエイミィの映された東京支局側と、本局のレティからのものが併設して表示されていたのだが、一旦レティの側にメインを譲って、最初に彼女からの報告を受け取ることになった。
『重要参考人の治療は無事に成功。今はもう普通に話が出来る状態になったわ』
彼女はリンディの親友であると共に、同じ元提督でもある。レティは現在、違法渡航対策部門の本部長を務めており、今回の事件も根底は〝違法渡航〟であることから、捜査協力をして貰っている。
それにしても、
「随分と早い回復ですね……」
アミタの回復は随分と早く済んだものだと、その事に驚いたはやてがそんなことを言う。すると、レティもその辺りは感じていたようで少し苦笑交じりにこう返す。
「簡単な治療処置をしてもらって、あとはエネルギー補給をしてもらったらあっさり治っちゃったそうよ?」
レティとクロノからの通信の映されていたモニターに、アミタが行ったのであろう〝エネルギー補給〟の後が表示される。――まあ、つまるところ食後の空になった食器の山だったのだが。
『この通り、ね?』
「「「…………」」」
「「はぇ~……」」
「……それはまた」
回復前後とは思えない食欲に、皆が様々な反応を見せる。
それにしてもとんでもない量だった。あの華奢な身体の何処にこれだけの食料が収まるのか、この中ではアミタと一番長く居たはやては、つくづく彼女の身体の不思議に呆然となってしまう。
片手で機械の残骸を軽々と持ち上げる腕力や、短期間での超回復。そして、目覚めた直後にも拘わらず、凄まじい食欲を見せる。
なんとも謎が深い。しかし、そうした疑問はこのあと彼女から直接聞くことが出来るだろうと思っていたのだが――。
『ただ彼女ね。取り調べをするなら、聴取担当者を指名したいって』
レティは付け加えて、アミタがこんなことを言っていたと告げる。
「指名?」
それを聞き、はやてを始めとした面々は不思議そうな顔をする。
『ええ。フェイトちゃん、そしてユーノくん』
名を呼ばれ、自身とフェイトに集まる視線と疑問の声を感じながら、ユーノだけはクロノの言っていたのはこのことかと納得していた。
しかし、同時に新たな疑問が浮かぶ。
「随分と奇妙な話ですね」
「うん。なんでフェイトちゃんとユーノくんなんやろ……?」
そう、何故アミタがこの二人を指名したのかについて。
他がそれについて考え込んでいる中、ユーノもこの経緯に疑念を浮かべなくもなかった。
だが、結局アミタから話を聞ける機会があるだけ良いかと思おうとしていたところで、なのはからこんな声が上がる。
「うーん……二人が優しそうだから、とか?」
なんとも天然ぼけを孕んだ予測に、思わず誰もがガクッと肩を落としかけた。
「な、なのは……」
ユーノは困ったような笑みを浮かべ、彼女の名を呼ぶ。いくらなんでも、それは無いんじゃないか、と。
けれどユーノがそれを言葉にするよりも早く、ヴィータからの横槍が入る。
「おい、そこのド天然! 今真面目な話をしてっから」
「えぇー……」
なのはは不満げであるが、大まかな賛同はヴィータに集まるだろう。
少なくともなのはが考えたような理由で、取り調べを行う人間の指名することはまず有り得ないであろうから。
緊急時における冷静さや、頑なさと言ったものがごっそり抜け落ちたなのはは、どうにもほわほわした印象が増す。二年前に彼女と暫く過ごしていたユーノには、なんとなく懐かしさも感じられるが、現状での内心はヴィータに一票を投じたいところだ。
なおも不満そうななのはだったが、フェイトやユーノ、シャマルといった面々の笑みを見ると渋々ながら口を引っ込める。
そこへ、クロノから妹への確認が入る。
『フェイト、君はどう思う?』
話の筋が戻されたことや、兄からの確認の言葉に、フェイトも聴取へ向けて気持ちを切り替え始めたようだ。
「聴取は誰かがやるんだし、アミタさんの希望なら、やらせて欲しい」
はっきりと応えると、クロノは満足そうに頷いた。
『そうか。じゃあ、頼んだぞ。ついでにユーノ、君もな』
「……その言い分には少し言いたいこともあるけど、とりあえずは判った」
『じゃあ、通信を繋いで貰うわね』
そうして、ユーノからの了承も確認できたところでレティは二人にアミタとの回線を繋げると告げる。
すると二人も、
「「お願いします」」
と言って返事を返す。
そこで一旦レティからの通信は途切れ、クロノとエイミィの側からの通信のみに切り替わる。
『現場のみんなは、対象であるキリエの捜索を続けてくれ』
『装備も更新が終わり次第届けるから、空の上で受け取ってね』
そういったクロノたちからの指示を受け取ったところで、皆もまた同様に「了解」と大きな声を返す。
と、はやてがそこでテーブルの上に座っていたリインに呼びかける。
手痛い目に遭わされたが、今度は宝物を取り返しに行こうと。
「リイン。――行こか」
そんな主に呼びかけに、二代目『祝福の風』は威勢良く応えた。
「はい!」
――その数分後。
ホテルより、いくつかの光が海鳴の空へ再び飛び立って行った。
隠されていた闇の中で見え始めた光明は、果たして吉と出るのか凶と出るのか。
それはハッキリとは判らないが、凄惨な運命を越えるために、魔導師たちは先へと進み出した。
*** ある星の話をしよう
他の魔導師たちが空の巡回に飛び立ったのと時を同じくして――。
ユーノとフェイトはホテルのバスルーム前で、アミティエの聴取を始めていた。
人が居ないのだから、ラウンジでも構わないのではないかと言えばそうなのだが、これは言ってみれば、相互の信頼を確認するためのものであると言えるだろう。
通信を介しての聴取である以上、ある程度の小細工を労することも出来る。それを少しでも解消するために、この部屋を用いているのだ。
大きな鏡がある狭い部屋であるから、聴取役を指定してきたアミタに対し、会話を必要最低限の人間にしか聞かせて居ないという証明になる。加えて、単純に雑音が少なく、聞き逃しを防ぐことも出来るだろう。
とはいえ、あくまでこれは誠意でしかなく――実際のところ、会話はある程度の人間には聞こえるようになっているのが少し心に痛いところではあるのだが。しかし、事件を組織として追う以上、聞き手と話し手以外が口を挟まない状態を作る以上の譲歩は出来ないのが実情だ。
そこはアミタにも了承して貰うしかない。
早速フェイトが、口を開いた。内容は主に、事前に述べておくべき注意事項などからである。
「では、これより聴取を始めさせていただきます。会話は全て、証拠として保存されますので、ご理解をお願いいたします」
『はい』
フェイトの事前注意に、アミタは素直に頷いた。
彼女からの了承も取れたところで、二人は聴取を開始する。
「ではまず、貴女のお名前を教えていただけますか?」
『アミティエ・フローリアン。親しい人は、〝アミタ〟と呼びます。よければ、アミタとお呼びください』
「はい。では、アミタさんの居住世界は何処ですか?」
『故郷の名は、惑星エルトリア。エルトリアは長い歴史を持つ星なんですが――』
手元にあったヴァリアントコアから画像や映像データを写し出しながら、エルトリアにおける惑星系の配置や、エルトリアそのものの光景を写し出してアミタは、二人に自身の暮らす星の詳細を説明して行く。
『近年は砂漠化の進行や、地上資源の枯渇。また環境汚染と言った生存環境の悪化が著しく……住民たちは故郷を離れ、〝星の海〟へと旅立って行き、残った人はごく僅か』
過酷な環境であるのだという事が大まかに話されたのち、荒廃した星の環境の映像から一転、家族の写真らしきものに画像が切り替わる。
写っているのは癖の強い黒髪の男性と滑らかな赤髪の女性。そして、その足下には赤と桃色の髪をした二人の子供の姿が。
子供の方にアミタとキリエの面影がある以上、恐らく男女は両親なのだろう。アミタは母にそっくりで分かり易く、キリエの方も色合いこそ家族の誰とも異なるが、癖のある髪の感じが父親によく似ている。――写真の中に写る一家は、とても幸せそうな顔をしていた。
少なくとも、語られた星の荒廃など感じさせない程に。
『わたしの両親は科学者なんですが、故郷の大地の再生と緑化がわたしたち家族の夢なんです。わたしも妹のキリエも、両親と一緒に力を尽くしていました』
――そう。荒れた星は、家族の夢を馳せた場所であった。
何時か、死に逝く星を救いたい。
家族全員が抱いた願いであるからこそ。そこに後悔なんてものは存在しなかったのである。
しかし、ある日を境に軋みが生まれ始めた。
『……ですが、父は数年前から病を患っていて……今ではもう、意識を取り戻す可能性はほとんど無いと』
惑星の蘇生。
夢物語にも等しいその展望は、途方もなく遠いことであるのだと、関わる者たちが予想していた。……だが、現実はそんな予測程度では終わらないほどに遠く、更に険しい道のりだった。
『エルトリア』を蝕んでいた、星の病。
俗に『
主にそれらは自然現象という枠で起こるとされるが、何も星の病が侵すものは、星だけではない。研究のために『死蝕』に触れ続けた彼女らの父であるグランツ・フローリアンもまた、その病の床に伏せることになった。
最初の内は気丈に振る舞っていたものの、時が経つにつれ病状は悪化の一路を辿る。
回復は絶望的と申告されたグランツに呼応する様に、フローリアン一家の中からも段々と笑顔が消えて行く。
母であるエレノアも、夫が静かに終わりを迎えていく様を見続けていく毎にやつれた様な顔をすることが多くなった。
元々、この研究はグランツという科学者ありきで進められていたものである為、彼が伏せてしまった以上この惑星は死に逝くのみと判断され始めた。
先ほどのアミタの弁の通り、ほんの数年前までは、エルトリアに住んでいるのはフローリアン一家だけではなかった。全体数こそ少なかったが、街がある程度には人々が暮らしていたのである。
けれど、グランツが倒れてしまったことで希望は薄れ、人々は故郷を見捨て始めた。
当然と言えば当然の摂理だろう。
死んだ森に動物が住むことがないように、人もまたそれと同じなのだ。
――エルトリアは、もう終わってしまった。
誰しもが、そう認め始めていた。
勿論、ただ漠然と諦めに浸っていた訳ではない。
そもそもグランツは、エルトリアにとって掛け替えのない希望だった。彼が故郷のためにした行いを貶める人間は限りなく少ない。事実、彼が倒れる少し前までは緑化の成功例も認められていた程だったのだから。
が、そんな成功も『死蝕』の影響か遺伝子に支障を
そうなれば如何な夢想家であろうと、次第に諦めを受け入れざるを得なかった。
……ただ一人。誰よりもグランツの夢を成就させたいと願っていた、彼の娘であるキリエを除いては。
『キリエは父のそんな無念を悲しんで、何とかしたいと必死になっていました……』
現実的な対応を彼女は嫌っていた。
そうやって、何事においても限界を決めつけるだけの〝事後確認〟などに興味は無いと言わんばかりに。
だからこそ、彼女は探し続けた。
現実なんてものを飛び越えて、願いを叶えるための方法を。
そして、遂にキリエは見つけてしまった。
『遠い世界――此方の世界に渡って、そこに眠る力と技術を持ち帰る方法を』
地球にあると言う、〝永遠結晶〟なるモノの存在。
それを見つけ、持ち帰ることでエルトリアを甦らせる為にキリエはこの世界にやって来たのである。
『星の命すら操ると言われる〝永遠結晶〟。それを探す鍵となるのが、はやてさんの持つあの魔導書――「夜天の書」なんです』
アミタがそう言うと、モニタリングしながら話を聞いていたクロノが、はやてに『永遠結晶』なる物の存在を確かめる。
「はやて。〝永遠結晶〟という名に心当たりは?」
『……無いよ。「夜天の書」の解析は、この二年で十分にしたはずなんやけど……』
自分の知る限りのデータを思い返すが、少なくとも『永遠結晶』というワードに関連しそうな項目は、はやての記憶には無い。彼女に同行している管制人格であるリインも同様のようだが――そこへ、シグナムが補足を入れる。
『ただ、「夜天の書」――旧「闇の書」のデータの大半は、先の〝「闇の書」事件〟の際に失われていますから……』
「……なるほど」
そう、二年前の事件が終結した聖夜――。
リインの先代に当たる管制人格、初代・リインフォースは『闇の書』だった『夜天の書』の改変部分のデータと共に消失することによって、守護騎士と主に未来を託した。もう二度と、
――だが、そんな想いさえもまた『闇』の残滓に引き戻されるかのようだ。
「『闇の書』の〝闇〟……先代のリインフォースと共に、か」
『ええ』
シグナムの返答に、クロノは重い息を零す。
解決したと思っていた事件の名残が、再び根を広げてしまっていた。この事実に、なんともやるせない感慨が募る。
『あの子なら……先代のリインフォースなら、知ってたかも』
『――かもな』
シャマルとザフィーラも、やるせない思いはあるようだ。
嘗て、永久に分かれてしまった一人の家族との『絆』が、再びこうして侵されている現状に。
とはいえども、今更になって後悔しても時を操ることは出来ない。
よしんば操れたとしても、そこに何の解決も伴わないのならば意味をなすこともないだろう。
結局、今となっては本当に後の祭りだ。
せめて、嘗てのデータの映しでもあれば言うことは無いが、そんな都合の良いものが残っている筈もなく――。
と、そうクロノは思考を持ってきたところで、一人その〝嘗てのデータ〟に繋がれそうな人材がいたことを思い出す。
『……いや、いる』
『闇の書』だった頃の記録に触れたことのある人間。それも、失われた世界での記録についてを調べだした者が此処にはいた。
『ユーノ、君は何か知らないのか? 君はあの事件の時、「無限書庫」で「闇の書」がこれまで辿ってきた記録を見ていた。なら――』
直ぐさま念話を飛ばし、その事を問いただそうとするクロノ。
だが、
「……悪いけど、僕が見つけた中には〝永遠結晶〟っていうワードは無かったよ」
ユーノも『永遠結晶』という言葉には心当たりがなかった。
仮に知っていたら、黙ってはいまい。それをしなかったと言うことは、彼もそれを知らないからであったと言うことだ。
「あの時僕が見つけたのは、『闇の書』の本来の使用用途と管制人格、それに改変されたプログラムについてだけだった。事件の後は、リインの為に
『そうか……。しかし、「闇の書」の記録がある以上は』
「うん。書庫にある可能性は、十分に考えられる」
司書長であるユーノの言葉に、クロノとしては是非とも彼に調査を行って欲しいと言う気持ちが芽生える。
『そうなると、ユーノには一旦書庫に……いや、それだと支援に長けた魔導師が減ってしまうことになるか……』
そう。それは同時に優秀な支援役を欠くと言うことに他ならない。
とりわけ、今回は相手が相手だ。物質兵器をメインに使用し、結界さえ張らずに騒動を巻き起こす者たちを敵に取る以上、強固な結界を張ることの出来るユーノを欠くのは芳しくない。
下手に対処を遅らせれば、管理外世界である地球側への被害が大きくなるばかりだ。
しかし、そんなクロノにユーノはこう告げる。
「それなら大丈夫」
『? 大丈夫、とは……?』
疑問符を浮かべるクロノに、ユーノは先ほど自身が書庫側に出した要求を噛み砕いて説明した。
「さっき書庫の方に、見つけたデータを関連度の高い順から送って貰うように頼んだから、そこから更に『闇の書』関連の情報を濃く残した部分を抜き出して貰えば、少しは関連のあるものが出てくるかも知れない」
『しかし、膨大な量になるんだろう? この場で閲覧して、見つけられるのか』
「確かに、簡単では無いと思う。――でも、僕は『無限書庫』なら可能性は十分だと確信できるよ。
だってあそこは、世界の記憶が眠る場所だ。ちゃんと探せば、必ず出てくる」
『……そうだったな。普段から頼っておいて、疑うのは愚問だった。なら、その辺は任せるぞ』
「了解」
そうして一旦念話を切り、ユーノはアミタの聴取に意識を戻した。
最初の問いかけと、エルトリアの事情を聞いた後はフェイトが話を進めていた為、マルチタスクで話を軽く追うだけで事足りる。普段から複数の事柄を読み解く仕事をしているユーノには、まだ其処まで負担の掛かる程ではなかったのは幸いだ。
少し思考を割った間の話の内容は、ざっと分けると三つ。
キリエが綿密に計画を立てたこと。
そこには、此方で起った事件や魔導師たちの能力についての情報があり、アミタはその情報を彼女の残したデータを閲覧し知ったということ。
そして、計画にはなのは・フェイト・はやての三人の力が必要であり、キリエは彼女らの力も利用しようとしていること。
特に口を挟む余地はなかった。
最後の部分にのみ引っかかりを覚えなくもなかったが、現状では確たる論理を浮かべることは出来そうにない。『夜天の書』に関連のないなのはとフェイトの力を利用というのは、どうしても結びを得ない。
それでも強引に仮説を立てるとすれば、〝永遠結晶〟を起動させるための魔力源としてなどだろうか。星を救うほどの力を秘めるならば、使われる魔力も膨大なものになるだろうから。
或いは、『夜天の書』の蒐集との関係なども考えて見たが、魔法はそれぞれの資質によるところが大きい為――魔法そのものは、魔力量とはまた別の話であるから、力そのものとは直結しない。
関連があるとすれば、例えばそう。
(――〝永遠結晶〟そのものが何かの術式であり、なのはたちの魔法がそれを起動させるために必要とか……)
と、色々な憶測を立ててみるが、実際のところは判らない。
ユーノ本人の感触としては、前者が一番可能性が高く、後者はほとんど皆無と言えるだろうと言ったところである。
「ありがとうございます。状況がだいぶ掴めてきました」
(おっと……)
本当はもう少し憶測を続けていたかったが、ちょうどフェイトがアミタに話を聞かせて貰ったお礼を述べているところだったので、ユーノも思考を切って、フェイトに続いてお礼を述べる。
「ありがとうございました。アミタさんのおかげで、かなり光が見えてきました」
流石に、お礼の時まで考え事をしているのは如何な並列思考の範疇であろうと失礼にあたる。
根が真面目なユーノは、こういうところで思考に埋没できなかったようだ。尤も、表に出した思考ではない為、フェイトもアミタも気づいては居なかったのだが。
そのまま、聴取は締めくくりへと進んでいく。
「でも、アミタさんがわたしたちの事を知っていてくださっていたなら、この星に来た時点でわたしたちに相談して欲しかったです……」
少し残念そうにアミタにそう告げるフェイト。
それについては気にしていると言うより、ただ頼って貰えなかったのが残念だったと言う彼女の寂しげな表情は、アミタにはどうやら効果覿面だったらしい。
アミタは申し訳なさそうな顔で、面目ないですと頬を掻きながら返している。
けれど、
「でもこれからは、わたしたちと協力して行動してくださるんですよね?」
『……ぁ』
アミタが協力という部分に僅かばかりの躊躇を覚えているのを、ユーノは見逃さなかった。
フェイトはいきなり祝えて戸惑っていると感じたようだが、多分それは少し違う。
恐らくアレは、妹を別世界の司法組織に預けてしまう事への不安と、自身の至らなさに向けられたものだ。
その不安は、ユーノにはなんとなく覚えがある。
アミタの表情が、嘗ての事件で管理局にフェイトが保護された際のなのはと、どことなく似ていたから。
加えて、ユーノ自身もまた、なのはに魔法を伝えてしまったという負い目もあった為、管理局になのはが協力することになる少し前は、似たような思いを抱いていた。
しかし、
「キリエさんを保護して、一刻も早くご両親の元へ帰らないと行けませんし」
今の心境としては、フェイトのそれに賛同する気持ちの方が強い。
止まれなくなってしまっているのなら、止めなくてはならない。本当に取り返しが付かなくなってしまえば、戻ることさえ出来無くなってしまうからこそ。
『いえ、それは……』
「一緒に頑張りましょうっ」
ね? と、微笑みを浮かべるフェイトに根負けしたように、アミタも頷いた。
『はい、そうですね――』
どうやら、それを解ってくれたらしいアミタに安堵を覚える。
これでどうにか事件の流れは前向きになった。まだまだするべき事は山積みだが、方向は固まり始めている。
これなら大丈夫だろう、と。
ユーノがホッと息を吐きかけた瞬間。
「そういえば……」
フェイトが、何故自分たちを指名したのかをアミタに訊ねた。
そういえば理由を知らなかったとユーノもフェイトと一緒にアミタの返答を待っていたのだが、どうしたのか、アミタは少し焦ったように「ええっと……」と理由を言い淀んでいる。
『あの……』
「「???」」
『あの中でお二人が一番優しそうに見えたので……その、穏やかに話を聞いて頂けるかなぁ……と』
尚、アミタの返答を聴いていたなのはが空の上でヴィータに「ほら、やっぱり!」といった笑みを向けていた事実を二人は知らない。
尤も、理由はそれだけではなく――。
『それに、フェイトさんがもし……触れられたくないことにキリエが触れられていたなら、それはわたしが謝罪しておかなくてはと』
キリエがフェイトに共感していた可能性は高い。だから、もし逆にそこを突いて揺さぶりを掛けるような事があれば、姉として妹の非礼を詫びなければならないだろうと、そう思っていたのである。
また、それは事実であったが――フェイトはアミタの申し訳なさそうな顔に、穏やかな笑顔でこう返した。
「大丈夫ですよ。でも、お気遣いありがとうございます」
フェイトは芯の強い子だ。
他人を気遣い、許せる心を持っている。それが時として、弱さに変わってしまうことはあるけれど……この弱さは、本来ヒトが一番不要と断じると共に、決して失ってはいけないものだ。
綺麗事であろうが、貫き通せるだけの心を持っていれば偽善も本物だ。
だからこそ、これは悪くない美徳であると彼女を知る者は皆そう思っている。
と、そんな感慨を抱いていたのだが――フェイトに感心して抜けていたが、まだ確認が取れていない事柄があった。
「あ、そういえば――もう一つ、確認したいことが」
『はい、何でしょう?』
「キリエさんが〝イリス〟という名前を呼んでいたんですが、お知り合いでしょうか? 交戦中、その人にこの世界に連れて来てもらったと言っていたので……」
『ああ……、遺跡板の人工知能のことですかね。キリエが調査に使っていました』
発言からして直接の知り合いではないようだが、心当たりはあるらしい。それにしても、その遺跡板というのはなんだろうか。
「えっと、〝遺跡板〟というのは……?」
それを訊ねたところ、『これです』とアミタは画像を見せてくれた。
写し出されたのは、なにやら石板じみた代物だった。表面はつるりと光沢があり、ただの石の欠片というわけではないようだ。〝人工知能〟という言葉もあったことから、何らかの情報処理装置と言うことなのだろうか。
「これは、そちらの世界の情報端末……みたいなものでしょうか?」
『そうですね。此方で言うところの〝コンピューター〟のようなものだと思っていただければ分かり易いかと思います』
どうやらキリエは、小型の端末を一つ持ち出して来たらしい。
その中に居る人工知能――〝イリス〟は、キリエに取っては子供の頃からの友人の様な存在であったそうだ。
協力の理由はそういうことなのだろう。幼い頃からキリエの傍に居て、キリエの助けになるべく協力した、と。
『はやてさんを襲った車も、恐らくはその人工知能が操作していたのだと思います』
アミタの弁の通り、確かにあの場にはキリエではない別の少女の存在が確認されている。実際に交戦したはやてによれば、確かに実体を持っているようには感じられなかったとのことだ。
ほぼ間違いなく、キリエには協力者であるイリスがついている。
また、彼女は間違いなく強者だ。
実体を持たないにも拘わらず、外殻のみではやてを圧倒し、更にはキリエのバックアップもしているのは確実である。
アミタの乱入でイリスは直ぐに行方をくらましたが、キリエとの抗戦の際に彼女が用いた〝システム・オルタ〟なる機能。
あの場での姉妹の会話で推察する限りでは、元々備わっていた機能ではなく、後から付け足されたものであろうことが判る。そして、その後付けを行ったのは、イリスなのだということも。
益々気を引き締めて掛からねばならない。……その為に、ユーノはアミタに頼みたいことがあった。
「あの、アミタさん」
『? はい。なんでしょうか?』
「とても勝手なんですが――」
――もう一つ、教えていただきたいことがあるんです。
しかし、ユーノがそう口にしようとした時。
まるで彼の意思を遮るかのように、夜の街が震え始めた。
――――〝もう一つの『闇』〟の