~魔法少女リリカルなのはReflection if story~ 作:形右
ここから、五人のそれぞれに分かれますが、pixiv当時のアンケートですずか、はやて、アリサ、フェイト、なのはの順番になっております。
√すずか Stay in月村家
月の誘い、すずやかなひと時 √_Ⅰ
ジャンケン――それは非常にシンプルな遊戯の一つ。
だが、単純故に奥深い。
特に子供の間では、何かしら決定が定まらない事柄を決める際に多用されることが多く、さながらそれはシビアな運命の分かれ道と化す。
また大人でも、こんなお遊戯程度の確率勝負に心理戦や必勝法まで盛り込んでくる程であり、ここまで人の営みに密接して確立された勝負方法というのも中々珍しい。
が、あくまでも勝敗の比率はほぼ運。如何に必勝を知っていても、大体の場合イレギュラーは存在し、逆に嵌められることもある。しかし、そんな要素も相まって、提案する上で双方に合意がほぼ約束されるに等しいほど互いに公平とされる。
ジャンケンは、不満を呈し易い子供の論争の場において決定を左右する最大のファクターになるのだ。
――文句なし恨みっこなしの一発勝負。
そしてここに、一つの左右されるべき選択を分けるジャンケンが催された。
今回決するのは、ある少年の行く末。
彼の運命を分ける火蓋は既に切られ、今、その雌雄を決した――――。
――――じゃーんけーん、ポン!
***
「――――――」
「えへへ……」
隣ではにかむ少女から伝わってくる温もりに、少年――ユーノ・スクライアは持ち合わせた言葉の大半を失った。
近い。
とても近い。
彼女の夜空を思わせる紫がかった黒髪や、肩のあたりから伝わる感触は少年には些か刺激が強かった。
そうされるのが嫌なわけでは無いけれど、心臓が早鐘を打ち続けるこの状況はあまりよろしく無い。
具体的にいうと、とってもドキドキして落ち着かない。
意を決し、ユーノは彼女の名前を呼ぶ。
「あの、さ……すずか?」
「なぁに? ユーノくん」
相変わらず笑みを絶やさないすずかに、ユーノは益々鼓動が止まらない。
「えっと、その……なんていうかさ。ちょっと……近すぎない? 僕たち」
どうにか言葉を絞り出しはしたものの、すずかはそんなユーノの疑問を聞くや、
「ユーノくんは、いや?」
と、そう聞き返してきた。
悪戯っぽい声色に、自分と同い年とは思えない妖艶さを感じる。
鼓動は早まるばかりで、頭はちっとも冷静になってくれない。
気の利いた言葉も、紳士に振舞うべき余裕も、何もかもが吹き飛んで後に残ったのはただ一言。
「いや……じゃない、です」
「ふふっ、良かった。それじゃあ、また続きを聞かせて欲しいなぁ〜」
ちょうど自分の飼っている猫たちのように擦り寄ってくるすずかに、ユーノは鼓動と共に顔の辺りで高まっていく熱を感じざるを得なかった。
「「「…………(じとーっ)」」」
……じとっとした皆の目線と共に。
そんな目線を向けてくるのは、先ほどのジャンケンで敗れ帰り支度をしていたなのは、はやて、アリサの三人(おろおろしているフェイトも含めると四人)。
「ユーノ」
「は、はいっ」
「私たちが帰ったからって変なことしちゃダメよ?」
「も、勿論……!」
四人を代表したアリサの忠告に、ユーノはこくこくと頷く。
ただ、アリサは彼の反応を見て、ユーノの方が何かするのが心配というよりも、寧ろ彼が何かされてしまわないかの方が心配になったのだが。
何処と無く不安を残しつつも、四人は帰っていったのだが……さて、そうなると残された二人は何をするのかといえば、先ほどと変わらずくっついてのんびり(片方は緊張)していた。
すずかは先ほどからずっとご機嫌だが、ユーノは座っているにもかかわらず、なんだかもう地面に足がついている気がしない。
話を紛らわそうかと何かいいものはないかと探すが、特にそんなものは――と、半ばあきらめた矢先、先ほどすずかに渡したお勧めの本が目に付き、同時に、先ほど彼女が本の話をしたいとも言っていたことを思い出した。
「ね、ねぇ……すずか?」
「ん~? なぁに、ユーノくん?」
「いや、あの……こうしてのんびりしてるのもいいんだけどさ、さっき渡したおススメの本の話でも……しない?」
話を広げる手段としてはとてもよかったが、どうにも弱気で行き過ぎた。
どことなく自分の言葉尻が弱かったな、とユーノは発言に自信をもてなかったことを少し悔いるが、すずかはそれについて気にしてはいなかった。
幸い、二人とも大人しめな気質のためか、のんびりとした空気の中でもそれほど不自然ではなかったらしい。
すずかは「うん。お話聞かせてほしいな」と寄りかかったまま、ユーノの声に耳を傾ける体制に入った。
「それじゃあ――」
そうして、二人は本の世界へと心を馳せる。
言葉を紡いでいくうちに、だんだんとユーノも落ち着きを取り戻していき、いつしか二人は時間の流れを忘れて静寂なまどろみを過ごしていった。
――そうして暫く経った辺りで、ファリンが二人を夕飯に呼びに来るまで、二人は物語とその背景の話に夢中だった。
夕飯の席では、月村夫妻にユーノがいろいろと魔法についてや、明日テストオープンを控える《オールストン・シー》について話したり、すずかの姉である忍がユーノにデバイスについて聞いてきたり、なかなかに話題豊富な食事時であった。
夕食の後、すずかの父である俊は明日に残した仕事の一部を片付けに行き、母である春菜はノエルたちとお茶を楽しみつつ、忍は恋人である恭也と連絡を取りに部屋に戻っていった。
客間を離れ、宿泊用の客室にあるベッドの上に寝転がりながら、ユーノはすずかにまた擦り寄られつつウィンドウを浮かべてなのはたちにも話した『無限書庫』のゴーストの記録映像などを見せたりしていた。
「うわぁ……! なんだか映画みたい」
「はは……でも、なのはたちの魔法のほうが、もっと映えると思うけどね」
「んー。じゃあ、それは明日のお楽しみってことに……」
「だね」
くすくすと笑いあい、ユーノの使った魔法の『プロテクションスマッシュ』をみて、すずかはふと呟いた。
「私も魔法、使ってみたいなぁ……」
前にも一度、なのはたちにそう呟いて、一応魔法が仕えるかどうかについては調べたことがある。
ただ『リンカーコア』がないということで、すずかはもちろん、同じく調べてもらったアリサも魔法は使えなかった。
……ただ、二人とも少しばかり特殊な要素のようなものが見受けられるという見解があったが、それは魔法によるものではないらしく、あくまでこちらの世界における何かだったためその場ではよくわからなかった。
「魔法かぁ……そうなったら、なのはたちと一緒にすずかも練習したりできるね」
「うん、そうだったら楽しそう。見てるのも楽しいけど、やっぱり一緒にやってみたいなぁって――」
そういって話しているすずかは心なしか残念そうだった。
友達と一緒にできないというのも確かにそうだが、すずかの場合は、実は見た目に反して結構体育会系が得意というのもあり、体を動かしたいという欲求もあるのだろう。
飛行魔法などでなのはたちが自由に飛び回る姿を見れば、運動が好きな彼女としてはうずうずしてしまうことだろう。
なにせ、一度あのフェイトをスポーツでダウンさせたことがあるくらいだ。
きっとすずかも、飛行魔法を習得したらフェイトばりの高速機動を見せてくれるのかなぁ、とユーノは思った。
けれど、
「それもいいけど、私はユーノくんみたいな補助形の技とかも使ってみたいなぁー」
「うーん、でも……結構地味だよ? これ」
手に小さく『ラウンドシールド』を作り出し、ユーノは苦笑しながら自身の魔法についてそういった。
「でも、プロテクションスマッシュはすっごく綺麗だと思うよ? それに、ユーノくんの魔力光もなのはちゃんたちのと同じくらい好きだなぁ~」
「ありがと、すずか」
二人は微笑み合い、穏やかな雰囲気で時が過ぎていった。
そんな時、ファリンが部屋の戸を叩き、お風呂が空いたと告げる。どちらか先に入るかと聞かれ、すずかはユーノが先でいいといった。
家主より先にというのは気が引けたことや、今更ながら着替えをどうしようかということに気づき、ユーノは一旦取りに戻るべきかとそれを断ったが……なんとも用意のいいことに、すでに準備済みだという。
「ちょうどさっき皆さんを送っていったついでに買って置いたんですよ〜」
「なんだかすみません。お手数をかけて……」
「いえいえ、そんなお気になさらずに〜♪」
なんだか妙にご機嫌なファリンだが、ユーノにはその理由までは分からなかった。
……別に、水面下で将来有望そうな少年たちを籠絡しようとしてる娘たちに喜んだ月村夫妻の仕業とかでは無い。大きいのもあるけど別に恭也のお泊り用とかでは無い。無いったら無い。
そしてそして――――
「広いなぁ……」
前にやらかしてしまった大失敗の時(例の温泉)程では無いが、少なくとも普通の家では無いと言えるほどそこは広かった。
日本という国――牽いては日本人は、こちらの世界に置いても中々に風呂好きな民族らしく、各個人のお風呂に対する拘りは人それぞれであるものの、ここ月村邸のお風呂はとても豪勢だった。
温かな湯気の誘う湯船。
何時までも見ているだけというのは忍びなく、子供らしくそこへダイブしたいようなやんちゃさもユーノの中になくもなかったが、流石に友人の家でそんなことをするほど彼は破天荒でもなかった。
ともかく入浴前にまずはマナーとして体を洗うことが先決なので、さっそく洗い場へと向かう。
タオル片手に椅子に座り、手近にあった桶を引き寄せると、タオルをいったん脇に置いた。
桶の中にお湯を溜め、まずは頭を洗うために一旦溜まったお湯を頭にかける。シャワーで濡らしてもよかったが、何となく手近に桶があったためそうしてみた。
そうすると、最近少し伸びてきたらしい髪が、肩や横顔のあたりに張り付いた様が鏡越しに見える。
元々、男の子にしては長い方だったが……これ以上伸ばしたらなんとなく本当に女の子みたいになりそうだと、ユーノはなんとなく自分の中性的な顔立ちにため息を
四歳上とはいえ、悪友のクロノは最近めっきり大人っぽくなり始めたというのに、自分はまだまだ男らしくないままなのはなんとなく悔しい。……特に身長に関しては。
(クロノはすっかり男っぽくなってるのに、僕はさっぱりだなぁ……)
微妙に落ち込んだが、そうは言っても始まらないのは分かっていた。
見た目こそ魔法で変えようと思えば変えられるが、他人への変身は禁止部類であり、また同時に本来の姿は変えようもなく、
なので、僕も男らしくなろう! と意気込む程度で妥協した。
……ただ、本人は知らないが、背こそそこそこ伸びるものの、髪は伸ばし続けていたため私服モードだとまだ微妙に女の子っぽいことを、彼は知る由もなかった。
――――閑話休題。
そんなこんなで髪を洗い出し、暫くわしゃわしゃと泡に包まれていたのだが、ふと背後で扉の空いた音がした様に聞こえた。
なんだろう? と思ったが、髪を洗っている途中で目を開けられる筈も無く、ひとまず洗い残した部分を手早く洗う。
背後に起こった音の正体を確かめるべく、泡を洗い流そうとシャワーを手に取る。
お湯を掛けながら、さっきの音が何だったのかを考え始めた。
(さっきの音、まるで何かが入って来たみたいな……いや、そんなわけないか)
この家には男性は自分とすずかの父である俊しかいない。加えて先ほど残った仕事をすると言っていたから、多分まだ入浴は先だろう。
となると、他に浴室に入ってくるかもしれない存在といえば――すずかの飼っている猫たちくらい、とそこまで想像して、慌てて残りの泡を洗い落した。
今は本来の姿なのだから、恐れる必要などないが……それでもなんとなくその存在をあやふやにするのは怖かった。
それに、万が一濡れてしまったり泡を口に含んだりしては可哀想だ。そう考えたユーノはそそくさと顔のあたりをタオルで拭い、後ろを見ようとして――
「ふぅん……ユーノくんって、やっぱり可愛い顔立ちしてるんだね」
――悪戯っぽい笑みを浮かべた、少なくとも猫以外の乱入者に言葉を失った。
鏡に映る紫色の髪。すずかの髪とそっくりだが、ふんわりとした彼女の髪に比べると、目の前に揺れるそれはさらりと流れるような印象を受けた。
横からこちらを見るその瞳は、妹のそれと同じ夜空の色。
すずかが後数年後に辿りそうな容姿は、まぎれもなく彼女の姉のもの。
「やっほー」
月村忍が、そこにいた。
「し、忍さん? な、なんで――!?」
慌てて目を覆うが、垣間見てしまった鏡越しの女性らしい体躯がうっすらと残像として残っていて、顔が真っ赤に染まり……リンディ辺りともタメを張れそうなほど豊満な身体をたいして積極的に隠すでもなく、弟でも見る様にして堂々としている様に面食らう。
一糸まとわぬという言葉をこの時ばかりは思い知った気がした。
惜しげもなくさらされた豊かな双丘。
向こうが意識せずとも、何が何だか分からないこの状況にユーノの頭は沸騰しそうだ。
「おや……少年には、目の毒だったかな?」
悪戯っぽく笑うのが、見えていなくても分かる声で忍は言う。
無邪気さと妖艶さの合わさる声は、確かにユーノにとっては甘すぎる毒だったかもしれない。
「はは、ごめんごめん。ノエルからお風呂の連絡聞いてたんだど、一回は入らないって答えた後で思いのほか取り掛かってた作業がはかどっちゃって。ついつい来ちゃったら誰か入ってるのがみえたけど、ついいつもの癖で入っちゃった」
「…………」
確かに女所帯なこの月村邸で、それも女性二人か三人程度なら楽に入れそうな広いお風呂なのだとしたら、普段家族内でそこまで気にすることもないだろう。
ただ、本日においてのみ――その事情が違った。
運が悪いと言えばそれまで。タイミングの際といえばそこまでの事。
とはいっても、初心なユーノにはこの状況にいつまでも晒されるのはかなり困る。物凄く困る。
見てしまうことが恥ずかしいというのもあるが、男らしくもない華奢な体躯を見られることだって恥ずかしい。
ついでに言えば、アリサにエロフェレット呼ばわりされるのもそろそろ勘弁してほしいと思っていたところだ。最初こそ怒って真っ赤だったアリサも、なんだか最近は寧ろからかう方ばかりにそれを使われるので、ユーノとしてはこれ以上からかわれる種は増やしたくなかった。
「あ、あの……忍さん」
「ん? どうしたの?」
「いや、その……僕がひとまず上がるので」
ひとまず、レディファーストという事でそう言おうとしたが、忍の方は別にユーノと入るのはそこまで厳しい事でも何でもないらしい。
「いやいや、せっかく来てくれたお客さんを追い出すなんてしないよ。あとから入って来たのは、私だし」
「で、でも……」
「良いじゃない、一緒に入れば。前にも一回入ってるし♪」
「いや、それは――」
不可抗力で、自分の不甲斐無さゆえ何だけれども……そう言おうとするが、ユーノの言葉は届く前にあっさりとこれ以上なく意味をなくした。
「あはは、大丈夫大丈夫。私、可愛いものは好きだけど、恭也一筋だからね~。……まぁ、確かにユーノくんの後ろ姿にちょっとくらっと来なくもなかったけど――それはそれ、これはこれでいいもの見れたなーってね♪」
「――――――」
言い切られるのもそうだが、惚気られても反応に困る。そして、良いものって何だろうか。女の人が男を見ていいものって何を指すんだろうかというのに関しては、ユーノの聡い脳細胞でも答えは導けなかった。
そもそも、状況が状況であり、それもこんなところで、思考が正常に働く筈も無かったのだけれど。
「あ、でもユーノくんが私のこと欲しいなら……恭也倒さなきゃだけど、そうしてみる?」
にやにやとそう告げるが、正直恭也さんと戦うなんてのは御免だと思うユーノ。
前に遊びに行ったとき、実は弟に憧れていたなんて言われて稽古に付き合わされた時のことを忘れられない。……何で魔法で作ったはずのシールドが、ただの物理攻撃で軋んだんだろうと今でも不思議に思っているのだから。
なまじ生業からしてフィールドワークなもので、見た目からインドア派に見られがちなユーノが意外と運動できると知ったときの恭也と美由希の嬉しそうな顔と、その後にあったハードワークは骨身にしみた。
もしかしたら、遺跡発掘の傀儡兵や無言書庫のゴーストを倒すよりきつかったかもしれない。
しかし、当の忍は別にいいよねーといった面持ちのまま、近くにあったスポンジを手に取った。
「まあ、そういう訳だし、洗いっこでもしようか」
「――はいぃ……ッ!?!?」
「うん。素直でよろしい♪」
「いや、今のはそういう意味じゃ――」
しかし、時すでに遅し――そこから、妖しくも甘い時間が始まったが……不思議とユーノには神様の理不尽に思えたという。
「あ、いやそこは……っ!?」
「おぉ……これはこれで……おっと、すずかの友達をつまみ食いするのは姉として、そして恭也に悪いわね(ごくり)」
しかし、そうは言いつつも――何故か、首筋のあたりが特に念入りに洗われたことだけは、ここに記しておこう。
~~しばらくお待ちください~~
結局、その後すっかりのぼせ上がってしまったユーノは、ベッドの上に横たわりすずかに看護される羽目になった。
「ちょっとからかいが過ぎたかな……?」
「もう、お姉ちゃん。ユーノくんをあんまりからかっちゃだめだよ?」
「いやはや、面目ない……」
すずかに叱られてしまった忍は、ちょっとばかりやりすぎたかなぁとも思ったが――先ほどのユーノの姿を思い出し、そんな思いはすぐに消え去ってしまった。
「――――ぁぅ」
「大丈夫? ユーノくん……」
おまけに、今すずかは甲斐甲斐しくユーノのことを看ている。その姿はまるで疲労した夫を労わる妻のようだ。
(……ふふっ♪)
そんな二人を見て、またしても忍は悪戯心が浮かび上がってきた。
なので、忍は退散する際にすずかにだけ聞こえるようにこう言い残した。
「じゃあ、お姉ちゃんは退散しようかな~……ここからは、妹と義弟のお楽しみの時間だろうからね~(ぼそっ)」
「??? ……、――ッ!? お、お姉ちゃん~~!」
言われてすぐは意味がわからなかったらしいが、そこは読書が好きな文学少女。清楚な見た目であろうとも、なかなかに耳年増なのである。
からかいとわかっていても、ついつい反応してしまうあたりはまだまだお子様。
「あははは。じゃあね〜」
笑いながら立ち去っていく忍の姿を恨めしげに見ながらも……結局、姉に対する意趣返しなども思いつかなかったので、すずかはまだ伸びているユーノのことをもう暫し看護することに専念したのだったとさ――――
*** 夜、微かなる渇望 Bloody_Desire.
――――そうして、深夜。
すやすやと眠っているユーノの側で、すずかはまだぼんやりと彼の寝顔を見ていた。
眠くないわけではないけれど、それに勝るくらい、何か昂ぶる夜が彼女には時折訪れる。
特に理由はないはずなのに、夜の香りに誘われるような日があるのだ。
今日も、たまたまそんな日だった。昔の人は満月に人を狂わせる力があると言ったが、あれはあながち間違いでもないとすずかは思う。変な話だけれど、夜に惹かれるものが自分の中に潜在的に眠っているような気がする時があるのだ。
まるでそこには、極上のご馳走でも用意されていると言われている気がして。
「すぅ……」
「――――」
思ったよりも白い首筋に、仄かな情欲を掻き立てられる。
イケナイと解ってはいるけれど、何だかそこから目を離せなかった。
ほんの少し、そこに指をつたわせてみる。当たり前だが、何の抵抗もなく、指は彼の首と肩を軽くなぞった。
その無防備さに、本能のようなものがかぶりつけと命じてくる。
首筋に歯をつきたてて、喰らえと言われているようなそれに、すずかは顔を赤くした。
(何考えてるんだろ……)
まるっきりヴァンパイアのようなことを考えてしまい、かぶりを振るとベットから降りて自分の部屋へと向かうために立ち上がろうとするが――まだもう少しだけ見ていたいような、ささやかな未練のようなものを感じる。
そんな時、
『お楽しみの時間だろうからねぇ〜♪』
「〜〜っ、……ぁぅ」
ふと姉の言葉を反芻してしまい、顔がますます赤くなる。
女の子というものは、往々にして男の子よりも成熟が早い。その例に漏れず、また文学少女の側面を持つ彼女としては、些か余計な知識までしっかりと耳年増に知っていたりする。
はしたないと思う反面、何処か火傷してみたいような、そんな想いがふつふつと沸き起こる。
とはいっても、もちろんそんな大それたことなどすることは出来ない。
うら若き少女の心は、実に乙女であった。
なのですずかは、前につい見てしまった姉が恭也していた行為を試してみようと、ユーノの長めな前髪を軽く搔きあげ――そこに軽く唇を落とした。
「……おやすみなさい。ユーノくん」
そのままそそくさと外に出て、自慢の俊足で自室のベッドに飛び込んで暫く眠れない時間を過ごしたすずかは、何だかとんでもないことをしてしまったような、けれど何だかふわふわとした心地よさを感じるような……妖しい魅惑にはまってしまったような気分のままに夜を明かしたのだった。
……その夜、いつの間にか夢の世界にいた彼女の見たものは――白き雪の名を司るような、鋭い爪をあしらった様な手甲を身につけて、空の上でユーノやみんなと一緒に飛んでいたような、そんな不思議な夢だったという。
そうした夢を終えた朝、世界は再び――――新たな始まりを迎える。