~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 夜という暗幕に包まれた《オールストン・シー》上空にて、緋色と翡翠の光が真っ向から睨み合う。

 賭した想いは互いに重く――
 当然ながら、譲れる道理など何処にもない。

 故に、激突は必至。

 そうした戦いの中で何を[[rb:証 > あか]]し、
 如何にして失くし続けた欠片を手繰るのか。

 幕切りを迎えた戦いを前にして、互いの覚悟が火花を散らす。

 あまりにも大きな決意の下、己の求めたモノを得るために。
 激しく、狂おしいほどに渇望し――相対した信念を、思う存分砕き合え。





第十九章 〝望み〟に向き合うということ

  過去を手繰る者と未来を手繰る者

 

 

 

 《オールストン・シー》上空――。

 激しく散る火花。だが、そんな激しさとは裏腹に、その裏では静かなまま、睨み合う緋色と翡翠の瞳があった。

 それを見ていた少女たちは、どこか奇妙な感覚を抱く。

 轟音と静寂。あまりにも相反する様な光景だというのに、イリスとユーノは不自然なほどに自然な雰囲気を醸し出している。

 まるでそこは、切り離された時間の狭間。或いは、罅割れの中に生まれた異形。

 遙か古より目覚めた魂も、遙か彼方より来た姉妹も、その場で二人を見ていた全ての人が、寸分の狂い無くそう感じた。

 しかし、そうしてただ呆けていることを、イリスは許さない。

「――()()()()()()()?」

 敷かれていた沈黙を破った一言は、冷たく鋭く、耳にした者を等しく凍えさせた。

 安寧に浸ることを許さず、己が目的を思い出せと急き立てる。

「あなたたちが手に入れようとする力――それを邪魔されているのに、どうして呆けていられるのか不思議で仕方が無いわね」

 求めるのならば、渇望する心はその程度では無いはずだ。……渇いて渇いて仕方が無いのに、こんな事で、何を勝手に目を逸らしている?

 故にイリスは詰り、誹る。

 ――ディアーチェたちの()()の重みが、軽すぎると。

 そこまで言われて、黙っているディアーチェではない。冠された『王』という称号()は決して伊達ではないのだから。

「…………」

 しかし、何も思うところがないと言えば嘘になる。

 別にイリスの側に立つ意味も、管理局の側に立つ道理など彼女らは持ち合わせてなどいない。

 であれば、そもそも此処に残る意味とは何なのか。

 意地か。矜持か。或いは誇りか。

 どれも確かに大切なものではあるが、名を賭けるにはまだ軽い。不合理も甚だしい。だというのに、それでもなお引くことが出来ないのは、この場を引く賢明さよりも――この場に残す利が大きいからに他ならない。

 自分たちの中で巡る、矛盾のような感覚。

 分かたれてしまった自分たちの一部を取り戻すため、失くしてしまった記憶を取り戻すために今、ディアーチェたちはこの世界に背を向ける。

 関わり合った後であろうと、守るいわれなど何処にもない。それに、イリスの言っていることにも一理ある。

 確かに彼女たちは、『壊す』側に立つ存在。

 ならば痕を残すことに、いったいどのような感慨を残すというのか。

「…………気に入らん。実に気に入らん選択だ。

 ああ、そこだけは認めてやろう。――だが、必要な戦いであると言うのも、どうやら間違いではないらしいからな」

 靄を残した決断は、酷く気に入らないものだった。

 けれど、捨て去るだけというのもまた、気に入らない。……なればこそ、手に入れようとするのは道理だ。

 元よりこの身は、この世全てを統べる為に。

 己が名と、課せられた役。導き出される結論、天秤の傾きはもはや見るまでもない。

 そうして、闇色の光が夜空を染め上げていく――。

「貴様に対し思うところはないが……。

 我らが望みを阻むというのなら、その身が地に沈む覚悟は抱いておけ。生憎と、我らは手加減などというモノとは無縁であるからな」

 自身の杖である『エルシニアクロイツ』をユーノへと差し向け、ディアーチェは静かにそう宣告する。

「――――――」

 その声を聴きながらも、ユーノは言葉を返すことはせず、彼はただ静かに、自分の前に立つ四人の少女へと視線を向けた。

 誰もかれもが、自分よりもはるか高みにいるであろう力を持つ強者たち。

 賢明であると自負する者ならば、挑む事さえ馬鹿らしいと考えるかもしれない。これを越えるのは、ハッキリ言って至難の業だ。

 確率にして言えば、五分にも満たないだろう。

 無謀と言えばそれまでかも知れない。……だが、ユーノは引く気などない。

 解っていたことだ。だから今更、ここで賢明ぶって臆病風に吹かれる意味がないことは、十分に理解している。

 不利なのは認めるが、絶対に越えられないかと言えば、否だ。

 か細い理ではあるが、そもそもここへ来たのは、それを成す為なのだから。

 そんな彼の決意を読み取ったのか、ディアーチェを始め――シュテルやレヴィも、ユーノとの戦いは必定であると理解した。

 場にはまた、僅かな沈黙が漂う。

(撤退する気はない、か……)

 立派と言えば立派だが、しかし、それも結局は終わりまでの刹那。

 仮にどんな隠し玉があろうとも、数の上で既に四対一だ。たった一人の英雄が物語を切り開くことが出来るのは、都合の良い御伽噺の中だけ。

 まして、目の前にいるのはたった一人きりの少年に過ぎない。

「……強情ね。引くに引けないからって、たった一人きりで何が出来るのかしら?」

 そうイリスは良い、再び嗤う。

 だが、

「――いいえ。一人きり、などという事はありません」

 そこへまた、彼女の愉悦を断ち切るようにして、青い防護服に身を包んだ少女が現れた。

 

 

 

 *** 幕間 ――〝姉妹(かぞく)〟――

 

 

 ――――時は、ほんの少しだけ遡る。

 

 幕を開けたはずの戦いは、実に奇妙なものであった。

 少なくとも、間近で見ていたアミタにはそう見えていた。

 なのはとユーリが激しく火花を散らしながら、夜の闇を裂き死合うのに対して、彼女の目の前に居る二人――ユーノとイリスは数瞬前の舌戦から一切の動きを見せない。

 一見して静寂のみが場を埋める。

 しかし、その静寂はまるで蛇のように近づく者たちを殺していく。

 僅かでも触れれば、それは最後。

 冗談でもなく、そう思えるほどにこの二人は、あまりにも離れた何かを、今もなお争っている。

 だが、そんな中でイリスはディアーチェたちを自分の戦いへと引きずり込む。

 張り詰めた空気はそのままに。

 けれど、一度裂いた沈黙は元には戻らない。

 目的を手繰る上で、思い入れなど望むべくもないと言えば、その通りなのだろう。

 しかしだ。なればこそ、ここで自分が臆したままというわけにはいかない。不合理を嫌うのが人であるのならば、同じように、その不合理を好むのもまた人であるのだから。

 アミタは僅かに逸る鼓動を押さえ、腕の中に抱いていた妹の身体をそっと離しつつ、その名を呼んだ。

「キリエ」

 呼ばれたキリエは、抜けていた力を取り戻すように小さく肩を跳ねさせると、姉の顔に視線を向けた。

 すると、アミタは真っ直ぐな目で語る。

 これといって言葉を交ぜなかったが、言わんとする事は察した。

 アミタは、イリスとユーノの戦いに参じるつもりなのだろう。……その意志に気付き、本来は自分も行くべきなのだろうとキリエは思った。だが、あれほど無様を晒した自分を今更、誰が必要とするのか。

 もう以前のような守られる事に対する反発はない。

 自分はまだ弱く、容易く揺らされてしまう存在であると理解した。だから大人しく見ているのが、本当の意味での正解なのだろうと思ったのだが――

「――違いますよ、キリエ」

 アミタは、そんな弱気に呑まれようとしたキリエに対して、これまでなら考えられないような事を口にした。

「わたしはあなたに、〝逃げろ〟なんて言いたいわけではありません」

「ぇ……?」

 思わず耳を疑ったが、アミタは一切の動揺も見せない。

 とても真剣に、これまでとは異なった真っ直ぐな視線で、確かにキリエを見ている。

 そうした姉の態度に呆気にとられるも、彼女は聞こえてくる声だけは聞き漏らすまいと、語られていく言葉に耳を向け続けた。

「逃げろ、などというつもりはありません。ただ、この戦いの結末を見届けて置くべきだと言いたかったんです。

 ……辛いとは思います。ですが、それくらいはしておくべきだとも思います。

 わたしたちの世界の問題を、この世界に持ち込んでしまった以上――絶対に、目を逸らすことだけは、決してしてはいけませんから」

 アミタは語るたびに、キリエの傷を抉っている。

 これまではずっと目を覆い、護って来たキリエに、目を背けるな、と。

 けれど、

「―――――」

 それはキリエにとっては寧ろ、自分よりもアミタの方が傷ついているように見えた。

「でもキリエ、わたしはやはり――あなたに戦って欲しくない」

 事実、アミタは苦々しい顔をしている。

 だというのに、それでも伝えることを止めないのは、これまでずっと――見せ合えず、すれ違い続けた心を伝えるためだ。

「傷ついて欲しくないというのもそうですが、今のあなたはきっと、イリスを『敵』として見れない。……当然です。いくら現実が非情でも、人の心というのは、簡単に覆せるものではないのですから」

 弱さでないものと、本当に屈すること。

 その意味を伝えなくてはならない。

「一度通った絆に刃を向けられるかどうかだけが、決して強さの指標ではありません。……ごめんなさい。上手く言葉にはできませんが、それでも一つだけ言えるのは――」

 この星に来てから学んだこと。

 戦いを否定するだけでなく、向き合うべき時もある。

「何時か、それと向き合わなくてはならない時が来るという事と……迷った時にこそ、自分の気持ちを向ける場所を確かめなくてはならない、という事です」

 その本当の意味は、向き合うべき時にこそ、心の標を失わないで欲しいという願いで。

 そして、まだきちんと伝えられていなかった事柄。

 なっていたつもりで、まだ入り口ですらなかったものを、アミタは今度こそ――確かな言葉にして、キリエに伝える。

「そして、わたしはあなたの事を見捨てたり、見放したりなんて絶対にしない」

 迷う時もある。苦しくてたまらない時もある。

 ただ、そうしたときにこそ、帰る場所だけは忘れないで欲しい。

 間違っても、過ちだらけでも、それでも決して(アミタ)には(キリエ)を見捨てることが出来ない。

 理由なんてものは些細なもので、結局は情の話だ。

 しかし、そんなものだとしても――不合理(そんなもの)が、何よりも重い事柄になっている人間もいるのだという事を、アミタは伝えたい。

 

「――――だってわたしは、あなたの〝お姉ちゃん〟ですからね……!」

 

 仮に今直ぐに向き合わなくてはならないとして――。

 それでも踏み切れない迷いがあるなら、目を逸らさない事だけでもいい。

 傷つけて、同じだけ傷ついて……すべてが失敗だと蔑まれることになっても、折れない拠り所になれるのなら。

 許されない事と同じだけ、

 許されている場所もある。

 ただそれだけでも、気休めであろうと、それでも一つだけ。

 決して〝独りぼっち〟にだけはしない――否。そんなものに、させてさえあげないという、とても独りよがりな(優しい)決意の言葉を。

 ――アミタはまっすぐ、キリエに伝えたのだった。

 そうして、語るべきことを終えたアミタは、今度はすべきことの為に夜の空を()けだした。

 

 戦いの場へ向かう姉の背を見送るキリエの頬を、また滴が伝う。

 とてもとても自分勝手な妹だった自分以上に、身勝手で甘い、……そんな優しさを残した、姉の言葉に救われてしまいながら。

 絶対に一つだけ揺らがないものを与えられて。

 自分が単なる悪辣な存在でないと肯定されて。

 決して一人ではなかったという――自分が見損なっていたものの重みを、今更ながらに理解して。

 

 ……残酷な選択である。

 己の身だけの咎さえ、償う道を並んで歩いてやると言われた。

 

 情けないのに、それさえ弱さでないと。

 しかしその上で、自身のもたらした災厄から、目を逸らすなと。

 

 どちらも、共に残酷であるというのに。

 もう一人ではなかったというだけで、零れる雫を止められない。

 

 自分の起こした事の意味。

 勝手に自分から切り離していた、自分の理想だった姉も――自分の気づいて欲しいという心が叫んでいたのと同じだけ、姉もまた同じように苦しんでいた。

 

 漸くそれらを知り、ずっとずっと顔を上げられないままだった弱虫だった自分の過ちを痛感しながら。

 

 ただし、今度は一人ではなく。

 絶対に切れない楔を打ち込まれた、アミタの妹として――。

 有り余るぬくもりと胸を覆う熱に苛まれながら、キリエはまた泣いていた。

 

 けれど、そうした感慨など風に攫われ――戦いの場は、再び動き出し始めていた。

 

 

 *** 固い意志、膨れ上がる憎悪

 

 

 

 そうして、時はもう一度戻る。

 闇夜に表れた青い燐光を放つ少女は、翡翠の光を放つ少年の脇へと降り立った。

 

「微力ながら、ここに一人――援軍、到着です」

 

 臆することもなく宣言するその声に、イリスはまた自分の中で感情が綯交ぜになり始めるのを感じていた。

 揺らぎのない声と、同じだけ真っ直ぐな光を放つ翠玉の瞳。

 三つ編みにされた赤い髪が夜風に揺れるのが、とても目について眩しくて仕方がない。

 ……あぁ、本当に目障りだ。

 憎らしくて腹ただしい。邪魔で邪魔で仕方がない。

 イリスは、しつこいほどに自分の目の前に立ちはだかる邪魔者たちを見るや、改めてそう思った。

 が、そんな彼女の苛立ちを他所に、アミタはユーノに小声で訊ねる。

「ユーノさん。しゃしゃり出ておいてなんですが、戦うにあたっての指示をお願いします」

「指示、ですか……?」

「はい。共闘すべきか、或いは分断か――その判断を」

 アミタの言葉に、ユーノは僅かに思考を走らせる。

 つまるところ、彼女はユーノが何かをしようとしてると察した上で、自分の力を使えと言っているのだ。

 ならば、遠慮する意味はない。

 この場を越えていくために、出し惜しみをしている暇などないのだから。

「それなら、遠慮なく」

「ええ、存分に」

 アミタのその答えに、ユーノの出した答えはこうだ。

「では……アミタさんには、イリスさんの相手をお願いします。僕はまず、あの三人を説得しないといけませんから──」

 だが、それでは助太刀の意味を成さない。

 数の不利を変えるのなら、本来は二対一の形を取るべきであるのは明白だろう。

 しかし、アミタはユーノの指示を当たり前の様に受け入れる。

 短い期間であろうと、信頼に足るだけの積み重ねがあった。

 なら、疑う必要さえない。

 否。むしろそんなものは不要だ。

 打開策を持ち合わせずに盤上()に立つ以上、戦況を進められる指し手に従う(ピース)として使われてやると言わんばかりに。

「承りました」

「ありがとうございます、アミタさん」

「いえ、それよりも……ユーノさんも、お気を付けて」

「――はい!」

 互いに力強く頷いて、双方の相手へと向き合う。

 すると、先ほどまでとは一転し、見かけの年頃が同じくらいに見える相手同士との対峙となった。

 とはいえ、そんな感慨は些細なものだ。

「フ――フフッ、随分と思い切ったことをするわねぇ……」

 可笑しそうに嗤いながら、イリスは目の前にアミタを通り越した先で、三人の少女と相対する少年を嘲った。

「まあ、確かに〝魔法〟と〝フォーミュラ〟のバランスを取るなら、純粋に使い手同士というのもそうなんでしょうけど……」

 それが、攻撃が全くと言って良い程に出来ないとなれば話は別だ。

 愚策にして愚行。

 一切の釣り合いが取れていない、と、そうイリスは嗤う。

 だが、それをアミタは――数刻前、初めてイリスと向き合ったときとまったく同じ、冷ややかな言葉でこう返した。

「……本当に、今のあなたは他者を貶める事しかできないのですね」

 どこか悲しそうに。

 先ほどよりもいっそう憐れんだ様子で、

「――少なくともわたしには、先程あの三人にあなたが問うた覚悟よりも、彼の矜持の方がずっと眩しいものに思えます」

 イリスの抱いているであろう決心を、そう糾した。……そうして向けられた憐憫に、また苛立ちが燃え上がる。

 ぎりりっ、と音がするほどに噛み締めた歯が軋む。

 どうにも自分はこの女と相対するのは相性が良くない、とイリスは、アミタという少女についての認識を改めた。

「……本っ当に、虫唾が走るわ……」

「ええ、同感です。――少なくとも、今のままのあなたとは、分かり合えそうにありません」

「奇遇ね。ま、あたしとしては一生分かり合えないと思ったけどね」

「そうですか。でも、前に言った通り――わたしは、あなたがこれまで妹の言い分を聞いてくれていたことだけは、感謝していますので」

 自分にできなかったことは素直に認めよう。そもそも、認めたからこそ、アミタは此処にいるのだから。

 その決意に、イリスは裡が一気に冷え――また一気に発火した。

「……そう。――なら、」

 イリスが翳した右手に『ヴァリアントザッパー』が生成され、銃口がアミタへと向けられる。

「――――――っ!」

 反射的に自分もザッパーを構えたアミタ。しかし、タイミング的には五分と五分。

 ……ああ。まったく、そのひたむきさが腹ただしい。

 今すぐこの場から、消し去りたいほどに。

 ()()()()()()()()()()()()()()()、なぜそこまで抗うというのか。

 そんな募る苛立ちのまま――

 怒鳴るようにしながら、イリスは引き金をためらいなく引き絞った。

 

「感謝ついでに、ここから消えなさい――ッ!!」

 

 二人の銃が交錯した刹那。

 ――――そこで、ある少女の〝姉〟たちが戦いを開始した。

 

 

 *** 過去への足掛かり……されど、それは未だ籠の中

 

 

 イリスとアミタが激突を始めたのと同時。

 目にもとまらぬ速度で掻き消えた二人とは裏腹に、ユーノとディアーチェたちは未だ睨み合いの最中にいた。

 戦いは既に動き出している。

 周囲では火花が散り、様々な決意がそこに懸けられている。――だというのに、目の前の少年は、ディアーチェたちに一切の危害を加える素振りを見せない。

 それがどうにも腑に落ちず、ディアーチェは『敵』の行動について問い質す。

「何故仕掛けてこない? まさかこの期に及んで臆した、などとは言うまいな。先程も言ったとおり、我らは貴様に情けを掛ける気はない。下手な期待はせんことだ」

 すると、それに対しユーノはこう答える。

「……正直、僕は君たちと戦いたいわけじゃない」

 返ってきた言葉に、ディアーチェはますます解せないといった表情を強めたが、それも当然の反応である。

 戦いたくないと言うのなら、そもそもこの場にいること自体が間違いだ。戦いの場に赴いている時点で、そこには必ず、大なり小なり『戦う意志』がある筈なのだから。

 仮に、本当に行く末を自ら手繰る気が無いのなら、傍観に甘んじてしかるべきだろう。

 ユーノの返答に対する矛盾を訝かしむディアーチェだったが、彼自身その矛盾は判っているらしい。

 ならば、いったい(はらわた)の内に隠したものは何なのか。

「戦いの場に赴きながらも、戦いたくないと宣う。……貴様、何を考えている?」

「――そうだね、確かに矛盾してる。

 疑われても仕方ない。だから、隠している様に見える意志を簡潔に伝えるなら、話がしたいってことになるのかな」

「はなし、だと……?」

「うん。さっきも言ったけど、僕はまだ全部を知っているわけじゃない。――ただ、少しだけ推察を重ねて、この事件の根幹にあるものを解き明かそうとしてた。だけど、まだ全部のピースを見つけられた訳じゃない」

 だから、と言葉を継ぎ。

「僕は、君たちからも話を聞かないといけないと思ったんだ」

 ユーノは、自らの意志をそうまとめた。

 解き明かすべき記憶(かこ)があるのならば、自分の為すべき事は、未だ残る柵の在るべき形を探すことだと。

「…………」

 彼の言葉を吟味する三人だったが、嘘や戯れ言の類ではないということだけは判っていた。

 真摯な態度からなどではなく、単純にここへ来た理由が繋がる様な気がしたからだ。矛盾というか、バラバラに見えた行動原理が、漸く此処で繋がっていく。

 守るためにいるのなら、なのはと共にユーリと戦えば良い。

 ただ事件を終わらせるだけなら、アミタと共闘し、自分たちとイリス、そしてユーリを倒すだけで事足りる。――だというのに、それらを無視してまで不合理な対峙・対話を選ぶのは、(ひとえ)に遂げるべき形を既に描いているからに他ならない。

 イリスの過去。

 ユーリの過去。

 エルトリアの過去。

『闇の書』の過去。

 その全てが歪んだ意味と、本来の形を明かす為――ただそれだけの為に、この少年はここにいる。

 ある意味で救済に繋がる行為。

 ある意味で自滅に繋がる行為。

 しかもだ。そのどちらにもまだ、ユーノは舵を切ってすらいない。

 守れるのなら、救えるのならばそれが一番だとは考えているのだろう。それは確かだが、最善を尽くしても何かの綻びが出る可能性を呑み込んでもいる。

 つまるところ、〝どっちつかず〟という行為を至極真面目に行っているのだ。

 彼にとって、未だにこの場の天秤は傾いてすらいない。皿に乗ってすらいない乗るべき『おもり』を整えるために、彼はここにいる。

 ……なんと傲慢。

 なんという平等。

 そして、なんと質の悪(ただし)い在り方なのか。

 託すだけではなく、取るべき手段を見出すこと。それこそが、何よりも彼が至上としている行動理念だ。

 その上で、全てに対して在るべき形や客観性を失わないようにしている。

 救える可能性がるのなら、全力で最善の為の道を作るのだろう。逆のケースであっても、それは同様だ。

 解っているくせに、諦めが悪い。

 大人の思考(じょうしき)に見えて、子供の理想(ワガママ)と変わらない。

 どことなく、似ている。――そう思った。

「……ディアーチェ。わたしは、彼の話は聞く価値があるように思います」

 故にか、シュテルはディアーチェにそう進言した。

 感傷なのかも知れないが、それほど間違っているとは思わなかった。本来、自分の取るべき行動ではないのは解っている。

 だが、それでも。

「わたしたちはまだ、自分たちの記憶が定かではありません。何であれ、情報を知っていくというのはそれなりに有用かと……それに、聞くだけなら無償(タダ)です」

 シュテルは、ここで言葉を交わすだけの意味(かち)があるという、全く根拠のない信頼(ちょっかん)に身を委ねることを是とした。

 そして、そんな〝らしくない〟行動を見て、ディアーチェも何か感じ入るところがあったのだろう。自らの臣下が何かを感じている目の前の少年に対し、その言葉を聞くことを自らも良しとした。

「…………今だけだ。今だけ、シュテルに免じて貴様の言葉を聞いてやろう。

 貴様が何を知っておるのか、何を明かしたがっておるのかを」

「ありがとう」

「前置きなど要らぬ。我らは別に貴様の講釈を聞くために待つのではない。故に心せよ、役に立たぬのならそれまでのことだと」

「解ってる。――でも、コレがまだ推察の段階だと言うことだけは心にとめておいて」

 ユーノはその忠告だけはして、ディアーチェに言われた通り、自分の知っていることの全てを語り始めた――――

 

 

 ***

 

 

 そもそも、ディアーチェたちの求める『力』と『エルトリア』との関連。

 イリスが何故ユーリを知っていたのか。そして、ディアーチェたちの存在そのものがなんであるのか。

 バラバラであるそれらを結びつけるのは、ある一冊の魔導書。

『夜天の書』――かつて、呪いに染められ『闇の書』という名を冠していた、古代ベルカ由来の古代遺失物(ロストロギア)認定を受けた魔導書である。

 最初誰しもが、イリスとキリエがはやての『夜天の書』を奪おうとした時、目的としていたのは『闇の書』時代の名残を求めたものだと考えていた。

 完成させた者は大いなる力を得る。

 望み全てを叶えるほどの、とてつもない力を得ることが出来る。

 こうした逸話が『闇の書』には残されていたから、それについてなのではないかと勝手に思い込んでいたのだ。

 

 ――だが、それにしてはあまりにも不可解な点が多い。

 

 〝永遠結晶〟という、それまでにないキーワード。

 なのはとフェイトの『力』を狙った点や、『闇の書』だった『夜天の書』を知っているかのような言動。

 特に、最後の点は大きな違和感を生んでいる。

 イリスとキリエは此方の世界の情報を閲覧していた、と言った。

 だというのに、彼女らが『闇の書』と称したのに対し、残されたデータを見ただけのアミタは『夜天の書』と発言している。

 単なる名称の違い。杞憂と言ってしまえばそれまでだが、どうしても違和感が残る。

 そしてそこへ、ディアーチェたちが姿を現わした。――はやて、なのは、フェイトの『力』をそのまま写し取ったかのような姿で、だ。

 ここまでくれば、違和感はある種の疑念へと繋がる。

 彼女らと似た存在として、『ヴォルケンリッター』が思い浮かぶが、ヴォルケンの面々は誰かのコピーでなく、あくまでも〝守護騎士プログラム〟が人格を持ち、実体化した者たちだ。

『夜天の書』由来の、同じようなプロセスで生成されているのだとしたら、何故なのはたちの『(データ)』が必要だったのか? ――これではまるで、形がないものに形を与える必要があった様ではないか。

 ――――その疑念に、ユーリの力とイリスが身体を生成した事で、点と点は繋がった。

 確かにあの時、イリスはこう言った。

 〝生命力を結晶化して奪い取るのが、この子(ユーリ)の力〟だ、と。

 つまりユーリには、生物の命を結晶化――何らかの形にして取り出すことが出来るのだ。

 そして、この例に限りなく近いであろうものを、ユーノを初めとした魔導師たちは二年前に目撃している。

 

 ――〝自動防衛プログラム・ナハトヴァール〟――

 

『闇の書』が『闇の書』足る根幹であり、忌まわしき遺物にして異物。

 幾度と無い改変によってもたらされた、所有者を守るという機能が改悪され生まれたものだ。

 そしてこれは、『周囲にある物質を侵食する』という特性を持っていた。

 また、そこに関連し『闇の書』には、防衛プログラムと繋がった『無限連環機構』が備わっていた。

 この組み合わせにより、いくつもの世界と数多の命が喰らい尽くされてきた。

 ――――しかし、逆に言えばこれは、『ある力を与え続ければ自らを修復する』と言う〝再生〟の単純なプロセスとしてみることも出来る。

 ただし、単純であるが故に強力。

 世界(ほし)を喰らうだけの力であると共に、永久をもたらす。まるきり、単一で確立した輪廻の輪のようだ。

 けれど、誰しもが持て余してきた負の遺産である。少なくとも、魔導を知りうる者であるなら、恐れを覚える事だろう。

 ――何せこれは、自らの世界で破滅をもたらしてきた代物なのだから。

 もちろん、成功すれば得られる力は大きすぎるほどに大きい。

 それゆえに『闇の書』は、本来生まれた古代ベルカを過ぎてもなお、管理世界においてその爪痕を残し続けてきた。

 だが、もしもと言うだけで用いろうとする輩はやはり少なく――。

 また『闇の書』は自ら主を選ぶ特性上、そう易々と使うことは出来ない。

 その上で尚、『もしも』を考えた者がいるとするならば。

 全く別の、『魔法』のない世界で。似たような技術の下、何らかの救済を考えた者がいたとしたのなら。

 破滅の恐れを知らず、もたらされるモノだけを考えてしまったのだとしたらどうか。

 無論、それにしても使えるかは定かではない。

 だが仮に使える者がいたとして、破滅を知るか知らないかで〝使い方〟を分けるのならば――――

 

 ――――知らぬのなら大いなる力に幻想し、知った上で使うならば破滅を望むということになりはしまいか?

 

 

 

「――つまり貴様は、『闇の書』がエルトリアで用いられたことがある、と?」

「最初に言ったとおり、確証は無い。

 向こうには『魔導師』に当たる人はいないから、接触がはやての時と同じ『転生機能』による自発的なものなのか、それとも中身の情報を閲覧できたからなのかさえ分からない。……だけど、アミタさんの話にあった〝遺跡板〟が、外部世界の情報を集める為の物である以上、可能性としては十分に考えられる」

「…………」

 ユーノの語った言葉を聞いたディアーチェたちは、直ぐ二の句を継ぐことが出来ずにいた。

 彼の語ったのは、あくまでも一つの可能性(そうぞう)でしかない。間違っていればそれまでで、証拠や確証に著しく欠けているだけの世迷い言であると切り捨てることさえ出来るというのに。

 ……だというのに、何処か引っかかりが残り続ける。

 

 失くした記憶に何か、大切だったもの――真に求めていたものが、なんであったのか。

 

 ざらついた硝子の上をなぞるように、ディアーチェたちの根幹が、微かに揺れる。

 それは僅かずつではあるが、ユーノの提示した可能性がディアーチェたちにとって、何かしらの感触を得られるものであるという証明だ。

 ――自分たちの役割が本来どのようなものであったのか。

 目覚めてから感じていた違和感が、漸くそこで結びを得た様な気がした。求めていた答えに通ずる道への足掛かりを、目の前の少年は少なからず持っている。

 それに引かれるように、ディアーチェはユーノに問うた。

「エルトリアに『闇の書』が関連しているとして、貴様はいったい何があったと考えている?」

 するとユーノは、その問いに対して、先程提示した可能性の内、後者――中身を閲覧できたという可能性が高いという方を選んだ。

 何故そう思うのかと、重ねて問うと。

「僕がそっちを選んだのは、『闇の書』が使われた前提で考えると、エルトリアが防衛プログラムに侵されなかった事がおかしいからだよ。

 はやて以外の主は、起動後に例外なくナハトによって命を奪われ、住んでいた世界と共に滅ぼされている。それなら、起動してしまっているのに〝ナハトヴァール〟や〝守護騎士〟のみんなが目覚めていないのは、やっぱり不自然だ。

 まして〝知っている〟なら、見たことがないのはおかしい。そうなると、現物を見たことがなくてもシステムを知っているには、少なくとも中身を見ているくらいはしている筈だ」

 現物を見ていないのだとしても、データを知っているのなら確かにある程度の仕様を把握することは出来る。

 派生させれば、使用することさえ可能になるかもしれない。実際、かなり荒療治ではあったが、ユーノもはやてを『闇の書』の防衛プログラムから引きはがす方法を見つけたことがある。

 ならば、時間を掛けて運用手段を見出すことが出来たというのは、まったく有り得ない話ではない。

 それに加えて、

「君たちの存在が少し特異だっていうことにも、関連があるんじゃないかと僕は思ってる」

「なに……?」

「ここへ来る前、()()()()()だけだけど、最後の確認にデータを再閲覧してきた。君たち三人の戦いのモニタリング映像も、少しだけど見ておいたんだ」

 その中にあった、『闇の書』に眠っていた〝魂〟という発言。初めは守護騎士と同じ、プログラムとしての魔導生命なのだと思ってたのだが……。

 それならば、何故最初からヴォルケンリッターのように姿が想定されていない?

 通常、骨格を決めてから中身を決める物だ。まさか、身体を後から与えるために、わざわざそうしていたわけでもあるまいし。

 

 ――――しかし、ちょうどその時。

 まさに自分の身体を作りだす為に、〝命の形〟を操る力があると証明された。

 

 そうなれば、この推察の結論に行き着くのはさほど難しいことではない。

「だから思ったんだ。『闇の書』のシステムを基にして、再生機能やエネルギーの循環を主軸とした『何か』を作りだそうとしていたんじゃないか……って」

 元からあった機能を搾取しようとした懸念もゼロではないが、大まかにはこうではないかとユーノは考えていた。

 とはいっても、これだけではまだ所詮は推察にすぎない。

 だが、ユーノは一つだけ持っている。他の誰でもない、彼だからこそ提示できる事項を。

「〝無限書庫〟――そう呼ばれている場所がある」

 そう口にしたユーノだったが、ディアーチェたちはそこがなんであるのかを知らない。

 故に、ユーノは彼女たちに『無限書庫』がなんであるのかを説明して行く。

 

「〝無限書庫〟は『管理局』の保有している巨大アナログデータベースで、そこには次元世界の全ての書籍や情報(データ)が収集されているんだ。古今(じかん)を問わず、東西(せかい)を問わず――人が綴って来た歴史の全てがここには納められていて、その特性から〝世界の記憶が眠る場所〟と言われることもある。

 そして、〝無限書庫〟は二年前に海鳴市(ここ)で目覚めた『闇の書』の情報が見つけ出された場所でもある。――ヴォルケンリッターのみんなでさえ忘れさせられた本来の名前や、呪いと称された防衛プログラムや管制人格についてもそこで見つかった。

 他にも、『闇の書』――『夜天の書』が作られた古代ベルカを初めとした、僕たちの世界で言うところの先史時代に関する物も数え切れないほどにある」

 

 管理局の創設よりも古くから存在しているデータベースであり、彼らの暮らす世界の歴史が収められた場所。

 しかし、

「……それがどうしたというのだ」

 それだけでは、いったい何が分かるわけでもない。

「貴様のいう書庫やらが、ご大層なものだというのは分かったが、そんなのものが一体何の足しになる? まさか、そこで我らの事が事細かに書かれた資料があったとでも言うのか?」

「それがあったなら一番だったんだけど……生憎、そういったものは無かった」

 ディアーチェは少し苛立った様に訊くと、ユーノは少し残念そうに応えた。

 が、その言い分では、在ったかも知れないと言っているようである。そこが何となく癪に障り、ディアーチェはもう一言くらい詰ってやろうと思ったのだが、それよりも先にユーノが口を開きこう言った。

「――そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………何が言いたい?」

「あそこには、次元世界のあらゆる情報が詰まっている。それこそ、『管理局』っていう世界の司法を統治する機関に長年所属して、先史時代や古代遺失物にどれだけ詳しい権威でも知らなかった情報さえ、あそこには納められているんだ」

 事柄を『古代ベルカ』に絞ったとしても、そこには『歴史』『思想』『技術』『芸術』、その他にもあらゆる事柄についての『記録』が納められている。

 世界を滅ぼした魔導書の情報や世界を治めた王が使った失われた兵器の構造、そこで生きた人々の手記すらあった。

 『魔法』などというものが発展したからこそ生まれた、古より続く情報の海。

 そんな場所であるのに、何一つとして無かった。まるで意図的に隠されていたかのように。

「何かしらのイレギュラーなのか、それとも実は本当になにもなかったのか定かじゃない。だから僕は此処に来た。それを明かすために」

 そして、これを察したらしいイリスはあの時、ユーノとの対峙の際に僅かだが動揺を見せた。

 何かがあったのは間違いない。ならば、あとはその詳細を明かすだけ。加えて、ユーノが考えたもう一つの推察が間違っていないのならば――。

 

「――きっと君たちは、エルトリアでユーリと一緒だったんじゃないかと思う」

 

 ユーリの能力によって彼女らが形を得るのならば、逆にディアーチェたちもユーリにとっても重要な役割を担っている可能性は高い。……そして、それはもしかするとイリスも同じなのかも知れない。

「その上で改めて言うけど……。僕は君たちと戦いたくて来たんじゃない。

 君たちが探しているものをハッキリさせて、ただ漠然と争うなんてことがない道を見つけたくてここにきたんだ」

 最善を探している、とでも言えば良いのか。

 本来の形を明かすという性であるのに、救いようもないほど善人であるが故の在り方。

 言っていることも――まあ程度はともかくとして、真に迫る部分もある。

「なるほどな。貴様の言い分が真実であれば確かに、ここで手を取るというのも在り得なくはない」

 が、それは――――

「しかしそれは、つまるところ、(うぬ)らに我らが命運の全てを託すということ。──だが、協力(それ)に足る意味など、我らは持ち合わせておらぬ」

「……勝手なのは分かってる。でも、」

「争わぬ道であるのなら、それで良いとでも言うのか?」

尚も食い下がろうとするユーノだが、彼の思いをディアーチェはその一言で圧し伏せる。

「──────」

「図星か。まあ、確かに貴様の話を聞いたのは全くの無駄ではないのは事実ではある。……が、有用か否かで与するかを決めるのは我らの方だ。断じて貴様らではない」

 もちろん、分かっていなかったわけではなかった。

 ……むしろ、突き放されるだろうことも、半ば分かってはいた。

 間違っていないからといって、相手にそれをすべて飲み込んでもらえるかはまた別の話だ。

 それに、そもそもユーノは彼女らの本当の望みを知らない。それゆえ建前(かくしん)上部(すいそく)を繕っても、心にまで届かせることは難しい。

 ディアーチェたちは、何も復讐がしたいわけではなかった。

 イリスのように運命に対する復讐を掲げているわけでない以上、ある程度の落とし所はあったかもしれない。しかし、そうでないからといってユーノの側に与するということは、管理局の──もっと平たく言えば、『世界の秩序』が敷いた枠に収まらなくてはならないということになる。

 間違いではない。生き物である以上、ある程度の『規律(ルール)』や『法則(タブー)』は何者であろうと存在しているのだから。

 けれど、

「貴様らの側に立てば、間違いということはないのだろうよ。──だがな、」

 仮にもそれをしてしまうということは、自らの矜持を捨てることに他ならない。

 何故か、などとは問うまでもないだろう。まだ、彼女らは翼を失ったわけではないのだ。

 なればこそ、ディアーチェたちは伸ばされた手を拒む。

 

「己を深淵(おり)の内より解き放とうとしておるのに、誰がわざわざ好んで獄中に戻るか。

 力を手に入れ、世界を統べる。その上で、我は『王』として自ら法を敷き──我らの『自由』を手に入れるのだ。

 そして、それらを手繰るための(ちから)を、我らはまだ失ってなどおらぬ。

 何者にも縛られず、柵に囚われることもない。まして、今のように手駒に甘んじるなど、有りえるはずもない。それは彼奴(ユーリ)とて例外ではない。

 ──分かるか小僧?

 我らが手に入れんと欲するのは、()()()()()()よ。断じて、貴様らの情けに縋るような真似をしてまで手に入れるものではない。

 ……それに、そんなものは『自由』などとは呼ばん。所詮は籠の鳥、井の中に囚われた蛙よ」

 

 恵まれるような形で貰う気などない。

 無知なままで在ったのならまだしも、大空や大海を知った上で檻に入れられるなど。

 そんな選択が、有り得るはずもないだろう。

 ユーノにそういう気が無くとも、とどのつまり管理局に囚われればそうなるのは必定である。それならば──どちらにせよ危険とされるのならば、己らの全てを『敵』として、自ら戦う道を選ぶまでのこと。

 

「話は終いだ。……だが、僅かとはいえ、貴様の働きはそれなりであった。

 故にせめてもの情けだ。命までは奪わん。代わりに貴様はここで、苦しみもなく一息に叩き伏せてくれる」

 

 ────そうして、交渉(ぜつせん)はここに決裂した。

 

 賢者の賜った進言は切り捨てられ、王の裁定が下される。

 想いはを手繰り、自らを解き放ち、最後には己の自由(あす)を得る為に。

 

 避けられなかった激突が生まれ、火花を散らす────

 

 

 


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