~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 黒と翠の少年たちが空に揃った。

 闇を統べる王と対峙する彼らは、迫る明日(みらい)を手繰るようにして突き進む。……だが、それを阻むように、昨日を手繰る緋色の少女が待ち受ける。

 ――果たして誰が次を掴むのか。

 その先はやはり、戦いの行く末へと委ねられた。
 何時しか生まれた傷へと続く路がそこへ迫る。……誰しもが忘れてしまった、ある星であった悲劇に。

 願われた思いと、始まりの祈りは。
 抱かれた切望を染めた、緋色(かなしみ)記憶(ものがたり)へと続いていく。



第二十一章 手繰る物語、それは悲しみの詩

 矜持と自由

 

 

 暗闇の空の下。

 ディアーチェたち三人を相手取っていたユーノの下へ、クロノが助太刀に現れた。

 イリスによって傷を負わされた彼であったが、どうにか傷の治療を終えてこの場へとやって来た。なぜそんなことが出来たのかと言えば、ユーリの目覚めに立ち会う直前、ユーノは彼の元を訪れていたからだ。

 〝結晶樹〟の生成によって負った傷の治療のために、この場に張り巡らされている『リベレーションフィールド』と同じ効果を持った回復用の結界魔法をユーノは彼に掛けた。……しかし、生命力そのものを奪い去る〝結晶樹〟に負わされた傷の回復には相応の時間を要する。

 とりわけ、クロノを始めとしたイリスとキリエの確保に動いた部隊はイリスの身体を生成する際の材料にされてしまった。拘束のみを目的とした結晶化を掛けられたフェイトたちとは違い、中身をごっそりと持っていかれている。

 元の魔力量が多く、未だ若い分回復は多少だが早いとはいえ、その分の埋め合わせをするための時間は必要だった。

 故に、ここまで参戦することが出来なかったが――。

 全力を賭してユーノが稼いだ時間を以て、ようやくここへ来ることが出来た。

 こうなればもう、すべきことはたった一つである。

 そうして、動き出す二人の魔導師。

 ただその前に、戦闘前に示し合わせた優先事項に変更がないかだけ確認を取る。

「――ユーノ。先刻までと優先事項に変更は無いか?」

 先に告げられていた事柄への確認を求めると、ユーノは端的に状況を説明する。

「うん、ディアーチェの拘束が現段階の最優先事項だ。だけど、アミタさんの形勢が少し悪いみたいなんだ。この場を早く終わらせて、向こうへ行かないとマズい」

 彼の説明を受けてクロノは「そうか」と頷き、あまり悠長にはしていられないという現状を改めて認識する。

 だが、どうにもユーノが気になっているのはそれだけではない様だ。

 無理もない。クロノとて、その気持ちの一端を理解できないわけではなかった。現場を統括する身であるがゆえに、自分の仲間をこういった戦いの場に送り出しているのだから。

 これは、信頼とはまた別の感情。

 どれだけ信じていても、案じる気持ちがなくなるわけではないのだ。不測の事態はいついかなる時であろうと起こりうる以上、気を抜いて良い道理など有る筈もない。――しかし、それに足を取られてしまっては本末転倒である。

 であるからこそ、ここでクロノは友としてユーノに「心配するな」と言葉を投げた。

 たとえ気休めであろうと、ただ心を乱す仲間を見ているよりはよほどマシな行為だ。ユーノもそれを分かっている様で、「うん」と小さく頷いた。

 その様子を見てクロノも軽く頷き、

「それでいい。自信を持て、君の結界はちゃんと機能している。なにより、僕もこうして動けているんだ。いつまでも君たち三人だけに背負わせている、なんてことは在り得ないだろうさ。……それよりも、事件の大本の方はどうだった?」

「……残念ながら。だからその意味でも、此処を早く片付けないとならない」

「なるほど。では早速、対処に当たるとしよう」

 クロノはそういうと、羽飾りのついた黒い杖――S2Uを構え、ディアーチェたちへ向け布告を行った。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。次元法違反の現行犯として、君の身柄も一時拘束させてもらうぞ」

 すると、

「図に乗るなよ、塵芥。貴様らが束になって掛かってこようが、我らの『自由(みち)』は決して阻ませぬ……!」

 売られた喧嘩を買うようにして、ディアーチェも同様に応じる。

 まさに売り言葉に買い言葉。交わりを拒まざるを得ないがゆえに、まだ彼ら彼女らはぶつかり合う。

 

 そうして、その宣告と共に。

 数多の光が激突する刹那に置いて、戦いの第二幕が幕を開けた。

 

 

 ***

 

 

 そこから始まったのは、まさに見事としか言いようのない戦局。

 如何にディアーチェが強く、かつ三人の中では一番消耗が少なかったとはいえ――ユーノとクロノという二人の魔導師を相手に取ってまで、まったくの余裕というわけには行かない。

「ハァ――ッ!」

「ぎ、っ……ぅぐ……!?」

 青と翠の魔力光が、夜の空に乱れ咲いた。

 先程の様にユーノは前に出ることもなく、クロノという攻撃手(オフェンサー)を活かすために盤上を運んでいく。愚直なようで、実に戦略的な戦運びであった。

 しかし、ディアーチェとてただ負けるつもりなど毛頭無い。

 どうにか片方だけでも墜とし、シュテルかレヴィのどちらかがバインドを破った瞬間に制圧する。理想としてはこうだが、生憎と二人は未だに抜け出せていない。ただでさえ不利だというのに、そこに拍車を掛けるようにユーノが作り出す縦横無尽な束縛の鎖が彼女を追い詰め、畳み掛けるようにクロノの放つ魔力弾が襲う。

 元から侮れないというのは解っていた。……否、解っていたつもりだった。

 だが、ここまで積まれてきた布石にまでは至ることはなく、目の前で積まれ続けたそれがついに揃い踏み。

 戦いを納め、真実(さき)を見据えていながらも、ぶつかり合うことを否定しない。

 その形がここで揃った。確かに今、『(ディアーチェ)』は『(シュテル)』と『(レヴィ)』を失い、王手(ツメ)を掛けられていた。

 そして、ついに――その時は訪れた。

「ぐっ……が、ぁ……っ!」

「――詰手(おわり)だな。大人しくしてもらおうか」

 淡緑と青蘭の鎖に囚われたディアーチェに杖を向けながら、クロノは静かにそう口にした。前衛と後衛。ただ戦うだけならば、役割を逸脱する意味は無い。

 だがそれも、目的によっては変貌する。とどのつまり、拘束を図っていたのはユーノだけではなく、クロノも同じ。

 ディアーチェが、相手方の目的と戦いの方法を見誤った結果であった。

 鋭い視線と共に掛けられた声に、暁にはまだ早く、未だ夜の中にいる場所で、悔しげな声が響いた。

「おのれ……おのれぇ……ッ!」

 歯ぎしり交じりにディアーチェは二人の魔導師を睨みつける。だが、それで何が変わるでもない。

 ――――籠の鳥。

 迎えた終わりの呆気なさに、情けなさが沸き立った。

 途絶えていなかった翼さえも奪われ、自由への道は閉ざされた。……結局は、見果てぬ夢だったというのか。

 腸が煮えくり返りそうな苛立ちばかりが募り、この時ディアーチェは始めて下を向く。眼下に広がる海原も、自分のいる黒天も、何もかもを征し手に入れるはずだったというのに――今、この手には己が臣下さえも取りこぼした虚無(から)だけが残っていた。

 そうして失意に呑まれ始めたディアーチェであったが、彼女が完全に沈むよりも先に、ユーノが声を掛けてきた。

「僕たちの、勝ちだね」

 あまりにも解りきった確認ではあったが、事実ではあった。

 ディアーチェは負けた。両腕である臣下と切り離され、自身もまた檻の中。コレを敗北と言わずして何というのか。

 それ故にか、最早怒りすら湧いてこない。

「……そのようだな。ああ、認めたくはないが……貴様らの勝ちだ」

 己の敗北を認め、ディアーチェは好きにしろと暗に告げる。仮にこの先に何があろうと、それは目覚める前と何も変わらない。結局、彼女たちが目指した未来はやってこないのだから。しかし、その思考を――。

「何か勘違いしているようだが……」

 という、クロノの声が遮った。

 今更何を言おうというのか。ディアーチェは彼の言葉を聴きたいとは思わなかったが、生憎と耳を塞ぐ手すら今は欠いている。

 結果として、嫌でもその言葉は彼女の耳へと入ってきた。

「僕たちは君たちを一時拘束しはしたが、犯した罪についての償いは求めても、別に死ぬまで飼い殺す気など無い」

「――――――」

「解せない、という表情(かお)だな。しかし事実だ」

 訝しげな目で見てくるディアーチェに対し、クロノは特に表情を変えることもなく淡々と言葉を紡いで行った。

「そこのフェレットモドキと戦闘前に話していたとき、君は確か――『自由』についてこう言っていたな。〝情けに縋り、与えられたものなど『自由』とは呼ばない〟と……。生憎だが、此方が君に与えられるものはそう多くは無いし、仮にあったとしても、それは情けなどとはほど遠いものだ」

 情けというのは、人の感情に寄るものであり――組織に属し、法を守るために働く以上、便宜を図るにも限度がある。ただ何の思惑も無しに〝情け〟を与えるには、この場にいる魔導師たちはあまりにも力不足だ。

 秩序(せいぎ)に汚れている彼らは、罪に対する償いを求める代わりに罪科の計算(たしひき)を行う。

 その上でどうするのかは、ディアーチェたちの方が決めることだ。

「場の提供はする。譲歩もする。だが、あくまでも未来を掴むのは君たち自身による選択によりけりだ。

 それと、君は自らの法を敷くとも言っていたな。

 無論、個人として君の暴君のような在り方は好ましいとは思わないが……別に暴君であるからといって『王』の資質がないとは思わない。統べるべき民、治めるべき国、敷くべき法を定め、君の在り方が多くに認められるのなら、君は王足り得るのだろうが――今の君ではそれが出来ない」

「っ……」

 そう。今のディアーチェは、それに足るだけの力を有していない。――否。仮に力を持っていたとしても、『王』を担うというのは並大抵のことではないのだ。

 例えば、古代ベルカに置いて、『聖王』と呼ばれた少女がいた。

 同世代にいた他の王を寄せ付け無いほどの力を持っていたというのに、彼女はベルカを完全に治めきることは出来なかった。

 彼女が為したのは、永久に続くかに思われた戦乱を終わらせたところまで――。

 流れ続ける血に終止符を打つ。それだけでも大きすぎる偉業ではあるが、残された遺恨はそれ以上に大きかった。

 彼女に託された天地を統べた『覇王』も、結局ベルカが滅ぶ結末を変えることは出来なかった。

 死をもたらす呪いに晒された『冥王』も、呪いは解かれることなくその地に眠り続けた。

 単一や複数を問わず。『王』だけでは全てを変えることは出来ず、残された悲しみや悔恨を全て精算することもまた、出来なかったのである。

 則ち、『王』とは力だけで成れるものではない。

 相応の力を有し、在り方を多くに認められてこそ、ヒトは『王』たり得るのだから。

 尤も、

「何もかもを破壊する愚王になりたいというのなら話は別だが、賢王に成りたいのであれば、選択を誤らない事だ。そもそも、王は単一では成り立たない。それは王ではなく、ただの道化すぎない何かであるからな」

 クロノは、一つ一つを語り、『管理局』や自身が取る行動についての気概を告げて行き――その上で、ディアーチェが目指す『王』の在り方についても問うた。

「――その上で訊いておく、君の目指す『王』の在り方とは何だ?」

 それは、ディアーチェにとって実に酷な問いであった。けれど応えられなければ、それはディアーチェにとって己の存在が無いものだと証明するも同じこと。

 故にディアーチェは、自分の中にある回答を探す。

「…………我は……」

 しかし、それは直ぐに浮き上がるものではなかった。

 冠された役が『王』であり、失ってしまった力――〝大いなる力〟を手に入れることだけが、今のディアーチェにとっての全て。そこから先のことなど、何もない。取り戻すべきであり、取り戻すために必要であったからこそ、壊し奪おうとした。――この世界の全てを。

 だが、それが必要ではなく――。

 ディアーチェが『王』として今不足しているのだとすれば、どうなるのか。

 力を取り戻せば全てが変わるのか。本来在るべきだった、その形を取り戻すことが出来るのだろうか。

 ……解らない。だからこそ恐ろしい。

 自分の中身が、それほどまでに空白だらけだったことが。

 傀儡に甘んじる気など無いと思っていた。少なくとも、利があるからこそ――ユーリにこそ答えがあるのだと思っていたから、今までの行動があったのだと。……けれどもし、その意味さえも奪われてしまったのなら。

 

 ――――最後にはいったい、何が残るのだろう?

 

 困惑に呑まれそうになったディアーチェは、どうにか自分を保とうとした。

 敵の言葉に感じ入るなど、それこそ愚者の行為である。聞く必要など無く、掻き乱されるよりも、力を溜め叛逆の時を待つべきだと。

 間違ってはいない。だが、ディアーチェの中に明確な答えもない。

 あったはずの指標を見失い、今の自分が置かれた状況の正誤さえも解らない。

 頭の芯がミシミシと痛み、焦りばかりが募る。光明を見出そうとしても、何もない裡には空っぽの『闇』だけが残るのみであった。

 そんなディアーチェを見て、ユーノは先程と同じ事を口にした。

「さっきも言った通り、勝手なのは解ってるけど……。僕は、真実(こたえ)を明かしたくてここに来た。ほんの少しだけ時間を貰えるなら、きっとそこまで行き着けると思う。

 だから、君たちが何を選ぶのかを、それを見て決めて欲しいんだ」

「…………」

 答え――随分と便利な言葉だ。

 選ぶことは出来ても、結局ディアーチェたちにとって、この状況を変えるためには知らねばならないことや受け入れなければならないことがある。

 突きつけられたのはそんなもの。これまで一番忌避していたもので、この先も好むことは出来ないであろうもの。

 しかし、――選択を誤らない事だ。と、そうクロノから言われた言葉が引っかかる。ユーリのことが気に掛かっていたのも本当で、自分たちが探していたモノを見つけるために、この選択が必要だというのならば。

「……そこまで言うのなら、見届けてやる。貴様の言うところの、答えとやらを」

 ディアーチェは、問いかけに対しそう応えた。

 拘束されたままであるのは不満だが、自分たちが止まらなければ彼らもこの場を離れられない。その辺りの認識は二人も同じようで、魔法で作られた鎖が解かれることはなかった。

 ただ、その代わりか。或いは罪滅ぼしのようなものか。

「ありがとう」

「感謝する」

 と、そんな事を口にして場を離れていった。

 何となくそれに腹が立ったが、今はもう、これ以上の選択を取る事は出来ないだろう。

 しかし、やはり気に掛かるのか、シュテルから念話(こえ)が飛ばされてきた。

 《……本当に宜しいのですか? (ディアーチェ)

 《構わぬ。……いや、一切が構わぬ訳ではないがな。とはいえ、我らは負けた》

 《っ…………》

 《それにだ。我らは知らねばならぬ事があり、それを彼奴らが知っているというのなら、聞いておくのは損というわけでもあるまい。

 そもそも、あの小僧の言葉を聞く価値があると始めに言ったのは汝であっただろう?》

 《……それは、そうですが……》

 《ならば今は〝待ち〟の手番だ。……腹立たしいが、後を決めるのはこれを見てからでも出来よう》

 《…………はい》

 そう言葉を交わし合うと、再び静寂に沈む。

 

 ここから何が起こるのかなど解らないが、今はただ――

 舞台の上で踊る役者の行く末を見届けるべく、二人は静かに夜の空を見つめていた。

 

 

 悪魔(てんし)〟を止めるために集う星

 

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 荒い息が漏れる。――先程の短いやり取りを経て、ユーリが再び呪縛(ウィルスコード)に苛まれ始めた瞬間から一気に状況が変わりだした。

 先ほどまでは砲撃やA.C.Sによる突撃を繰り返していたなのはに対し、どちらかと言えば受け身の姿勢を見せていたユーリは、先程のやり取りから一変。今度は、行動を攻撃へと転じて来た。

 如何な空戦魔導師とはいえ、フェイトやシグナムを一撃で沈めたあのスピードに易々と対抗できるほどなのはは高速機動には特化していない。

 彼女の真髄はひとえに防御と攻撃。

 どれほどのダメージを受けようと、放つ一撃で以てすべての帳尻を合わせるような戦い方が主である。もちろん、そのスタイルだけでは足りないと練習や訓練は積んできた。しかし、相手は自分の得意分野でない戦法で抑えきれるほど生易しいものではなかった。

 ユーリはハッキリ言って強い。これまで戦って来た相手で言うなら、『闇の書』に縛られていた時のアインスと同格かそれ以上といったところか。

 だが、そんなものは泣き言の理由にもならない。今すべきは、ユーリを早くあの呪縛から解き放つことのみ。

 ここで折れるわけにはいかない。

 自分が折れてしまえば、他のみんなにまで危害が及ぶ。如何にユーノが影響を抑えてくれているとはいえ、一度あの〝結晶化〟を喰らった仲間たちに、同じ責め苦を味あわせたくなどなかった。

 だから折れない。守るために、その為にここへ来た。

 手の中にいる愛機が力をくれた。始まりをくれた人が道を照らしてくれている。

 なら、先へ進むことを躊躇う理由など、何一つとして在りはしない。

 一層強い光の宿した瞳がユーリを見据え、次の攻防に置いて上回って見せると逸る闘志を燃やしている。

 ――――が、それを。

 

「捉え穿て――〝ヴァイパー〟」

 

 またしてもユーリは、たったの一撃で越えてくる。

 空中であるにも関らず、なのはの足元から()()()()()

「……なっ!?」

 咄嗟に上昇し回避したが、そこを狙いすましたかのように次撃が来た。

「〝ジャベリン〟」

 投げ放たれた紫色(ししょく)の槍がなのはに迫る。軌道を変え、回避するよりも槍の速度の方が早い。

 『フォートレス』を防御に回すが、動きを圧し留められた状況になってしまう。

 そうなっては更に先の攻撃への対処が出来ない。事実、ユーリは槍を追うように既になのはの元まで迫っている。

 このままでは、懐に飛び込まれてしまうのは確実。

 近接系に置いて、なのははまだまだ多様な使い手とは言い難い。とどのつまり、手痛いダメージを受けるのは必至。追い込まれた状況共々、避けられない事態になってしまうと思われたが、何故かユーリからの圧が唐突に和らいだ。

(何が……)

 と、不意に訪れた好機になのははまず困惑を抱くが、そんな困惑は直ぐにかき消えた。放たれたそれらは、疑う余地もなく――仲間たちからもたらされた援護攻撃(おくりもの)であった。

 

 ――――そうしてそこへ、炎と雷が飛来する。

 

 《Thunder Rage.》

 《Sturm Falken!》

 

 雷光と炎の一閃がなのはとユーリの閉じた距離を別ち、新たに迫る赤き鉄槌の道を創り出す。そして、威勢の良い掛け声と共に、風を豪快に振り払ったかのような弩級の一撃がユーリへと叩き込まれる。

「ラケーテン……ハンマァァァ――ッ!!」

 深紅の鉄槌がユーリの『魄翼』に叩きつけられた。ギリギリと火花を散らし、拮抗する盾と槌が悲鳴を上げる。

 が、その攻撃はまだ――その真価を出し切ってはいない。

「ぶっ、飛ばせぇぇぇ……ッ!」

 《Jawhol!》

 少女の甲高い叫び声と共に、貫く鉄槌の打撃部(ハンマーヘッド)が自身の噴出と共に撃ち放たれた。

「く――――、ぁぁ……っ!

 小さく呻きを残し、ユーリは僅かに後方へ下がる。流石のユーリも直接の攻撃――それも、物理的に圧す攻撃を防ぎに掛かった為か、後退を余儀なくされた様だ。

 そこを狙い澄ましたように、白銀の閃光が更にユーリへと追い打ちを掛ける。

「〝クラウ・ソラス〟――!」

 三つ巴の砲撃。しかも、桁違いの魔力量を保有する広域魔導師による遠慮無しの一撃だった。さしものユーリも、奇襲のように間を開けず撃たれては身動きを封じられてしまう。

 しかし油断は成らない。そこで、更に拘束の役を与えられた『湖の騎士』と『守護獣』が新緑と白銀の楔を打つ。

「ワイヤーロック!」

「〝鋼の軛〟……ッ!」

 上下左右において隙の無い拘束。それによって、ユーリは確かに動きを止めた。

 ならばこのまま畳み掛けるのも手だが、下手に高威力の魔法を展開させてしまうと隙が生じる。どこまで今の『魔法』が通じるか、まだ彼女らは測りかねていた。

 その不安を煽るように、ユーリは煩わしげに自分を縛る鎖と軛を吹き飛ばす。

 ――しかし、そうして自由を取り戻した〝悪魔(てんし)〟は、次の動きへ出なかった。

 空いた距離そのものはたいしたことはない。ダメージもさほどでなく、恐らく距離も、ユーリにとっては二秒もあれば完全に埋められる距離である。

 が、それをしない。

 つまりこれは、彼女を動かす呪縛に対し、彼女らが脅威として認められたという事実を指しているということ。

 本来〝結晶樹〟だけでも留め置ける筈であるのに、自身の傍にいても〝結晶〟が発動しない。その不具合(エラーデータ)への措置を取れずにいる。

 仮に二度目がないのだとしても、今この場において流れを掴むことが出来た。ただそれだけであろうと、これは意義のある攻防であった。

 けれど、

「……ちっ、こんだけやってコレかよ。

 あのロボより、アイツのが断然かってーじゃねぇか」

 深紅の少女騎士は目の前の結果に対し、何処か不満を隠すこともなくぼやいた。

 それを、桃色の女騎士はたしなめる。すると、続々と言葉の流れが場を包んでいく。

「ぼやいても始まらん。そもそも、攻撃が通った事自体マグレのようなものだからな」

「んなことたぁ、言われなくてもわーってんよ。……ったく、ユーノの奴も余計なコトしやがって。あたしらにリソースを割くぐらいなら自分の方に回せっての……」

「だがおかげで、私たちもこうして戦えるのが判った」

「うん。それにお兄ちゃんがユーノの方に行ってるし――わたしたちも、自分に出来ることをやらなくちゃ」

「せやな。――と、いうわけで、援軍到着や。おまたせやね、なのはちゃん!」

 にっこりと、柔らかな笑みが向けられ――なのははどこか、強張っていた心が少しずつ解けていくのを感じた。

 心のどこかで、自分が折れたら全てが終わりだと思っていた。……自分が負けたのなら、それで終わってしまう様な気がして。

 だが、それはとんでもない勘違いだ。

 戦っているのは一人じゃない。それを、自分は知っていたはずだったのに。

 いつの間にか、勝手に一人で背負い込もうとしていた。アリサにも注意されたというのに、となのはは、ほとほと自分の悪癖を痛感した。

 だから、今からはそれを忘れてしまった分、同じだけの感謝を。

「……はやてちゃん。

 フェイトちゃん……ヴィータちゃん……シグナムさん……シャマル先生……ザフィーラさん……」

 一人一人、その名を呼ぶ。

 噛み締めるように。

 これまで紡いできた、その絆を確かめるように。

「……みんな、ありがとう……!」

 来てくれたことを、共にいてくれることを、守ってくれたことを。その全てに対して、「ありがとう」となのはは言った。

 彼女のその言葉に皆も笑みを浮かべ、頷き前を向き直る。

 目の前にいるのは、大きすぎる自分の力に涙する、心優しき少女。

 その姿に、誰しもが思った。例え、この願いが独演的なモノであろうと、救わなくてはならないと。

 何故なら、『魔法』とは――誰かを守る為にある力。

 集いし魔法使いたちは、それを痛いほどに経験していた。

 だから、今度こそは――

「ほんならみんな、行くで!」

「うん……!」

「応よッ!」

「「心得ました。主はやて/我が主」」

「オッケーですよぉ~。みんなの回復と防御、拘束保持支援。何でもござれですから!」

 

「――行こう、ユーリちゃんを助けるために……!!」

 

 目の前の悲しみを、ほんの少しでも拭えるように。

 自分に出来るその全てを費やして、星々が軌跡を描くように。

 壊れそうな現実(いま)を乗り越えて、見えぬ明日への道を切り開こう。そうして目指した先にこそ。

 ――――諦めなかったが為の未来(けっか)が待っているのだから

 

 

 明日(さき)を目指すか昨日(うしろ)を目指すか

 

 

 〝────これで、五十七度め……〟

 

 いい加減に数え続ける事にも飽きて来る。

 必死で食らいついてきたアミタの姿。何時までも光を失わずにいるそれが、当初は途方もなく煩わしかったが、こうも長く続けば次第に興も冷めてくる。

 鬱陶しくはあるが、ここまで動きが鈍くなった相手にいつまでも付き合う必要などどこにも無い。……本当ならイリスはもう離脱して場を改める手筈だったが、それをこの結界が邪魔をしている。

 そう考えれば、ユーノを手ずから倒しに行かなかったのは少し感情に走りすぎたかも知れないな、とイリスは思う。

 だが、

(……ま、あの子たちを差し向けておいたし、時間は掛かってもその内終わるでしょうね)

 そもそもユーノが単体であの三人に()()()()()()()()()

 彼がいなくなればこのフィールドの制御も無くなり、他の面々を守り続けた加護も消える。なら後はなのはを潰して離脱し、そのまま次の機会を伺えば良い。

 仕上げは、なるべくじっくりとしたいところだ。何せ次元(セカイ)全てを喰らい尽くしでもしなければ、アレには届かない。

 ……そう、ただ願うだけで叶えば何も苦労はない。

 何かを成すのであれば、そこには相応の手順と代償が要される。──当然の道理だ。無い場所には行けないのと同じ様に、目指す場所は明確でなければ辿り着くことなど出来はしないのだから。

 故にこの先に置いて、この世界における誰の生死も、イリスは意には介さない。

 それは自分自身であろうとも同様だ。

 最終的な目標が遂げられるのなら、別に今在るモノになど興味はない。

 何故なら、其処には自分はもちろんのこと──ユーリやキリエ、ディアーチェたち。アミタだって例外ではなく、彼女らの両親も居る。

 この世界にはそれまでと同じことが起き、いくつかの出会いがあり、そして結ばれた絆が更に繋がり続けて行くのだろう。

 それなら、現在(いま)を壊したところで何か問題があるのか?

(──そんなもの)

 すべき事があって、出来る力がある。ならこんな不条理に満ちた世界、壊して問題にされてたまるものか。

 償いならば幾らでも。

 幸せだった家族が失った形を取り戻し、騙した分の偽りを真実に塗り替える。この世界に刻んだ傷も痕跡も何もかもを消し去って、当たり前だった日常を返そう。何があったのかさえも含めて。

 当然ながらそれは、全ての傷の精算にはならない。だが、自分の度を越えた以上の事が出来ないのは当たり前の事だ。

 責任は、負った分だけ果たす。等価値以上を返す気などないし、要求したつもりもない。

 故に、自分の起こした事件(モノ)だけを拭い去る。そこで流れた涙や血、刻まれた傷。他については知ったことではない。しかし、それでも何か問題があるのか。

 戻るのなら、そこに残る悔恨(もの)などない。

 

 ────さあ、復讐(あそび)の時間は終わりだ。

 

 イリスの緋色の瞳に、冷たい氷のような殺気が灯る。先程までのそれとはまるで違う、ただ自分に(たか)る虫を潰そうとでもしているかのような、冷たい眼差しだった。

「そろそろ終わりにしましょう、アミティエ。醜く足掻く時間は終わりにしなさい。ここから先は、第二段階。最後の絶望、滅亡の時間なんだから――――」

 イリスの身体を薄い蒼のベールが包み、『システム・オルタ』の発動を見せた。次いで本来の緋色のフレアが、包んだ光膜(ベール)の中でイリスの身体を浮き立たせる。

 ただでさえ出来上がったばかりの身体で、おまけに〝ナノマシン〟を著しく消費するこの出力強化(ドライブ)は流石に堪えた。

 故に、この一手で幕引きとしよう。

「――――それじゃバイバイ。運が良ければまた会いましょう? まぁ、会えたらだけど」

 別れの際に相応しいように。

 この一時における仇敵への()みを向けながら、イリスは一気にアミタとの距離を詰め――手に持った『フェンサー』で、彼女の身体を両断する勢いで振り払った。

 

 

 ***

 

 

 掠れた視線()の先で、黒と(あか)の片手剣が自分に迫るのが見えた。

 アミタはその一撃を躱すつもりでいたが、身体は意思とは裏腹に、動くことを拒否した。

 

「――――ぁ、……」

 

 時が緩やかに流れていく。

 最後の最後まで、食らいつきはした。

 終わり、なのだろうか?

 だとすれば、少しは役目を果たすことが出来ただろうか?

 姉として、止める者として、何かを為すことは出来ただろうか? ……恐らくそれは、成功であると同時に失敗だ。

 イリスを留め置けなかったのもそうであるし、キリエに対してもそうだ。

 場所を示すことは出来たが、まだ実践は出来ていない。両親も『エルトリア』に残したままで、今の自分では、当初の目的だった帰還を果たせそうもない。

 全力でやらなかったわけではなかったが、果たしきれなかったのは事実だ。

 ……悔しい。悔しくてたまらない。

 敗北したことにも、果たせなかったことも。

 しかし、だからといって――目を逸らすのはまた、違うような気がする。

(――――――)

 加速した思考の中で、迫る刃を静かに眺めてみる。

 イリスは相変わらず嗤っている。冷えた瞳であろうと、口元は確かに歪んでいた。

 ……思えばまだ、彼女の本音を聞いていない。

 確かにイリスは『悪』だ。体裁の上で見れば、管理外世界で異世界の技術を用いて犯罪行為を行っている。ある程度の譲歩を見せた部分もあったが、局員に対する様々な傷害行為を行った時点で執行を妨害したという事実は拭えない。

 止めるべきであったのは確かだが、イリスの事情を聞く機会を最後まで得られなかったのは心残りといえばその通りで。

 明かすべき事を明かせなかったのは、とても寂しい様な気がした。……だからだろうか。軽蔑すべき相手ではあったとはいえ、アミタがそれを悲しいと思えたのは。

 静かに迫る終わりの刹那。

 そんな不思議と穏やかで、けれど何処か苦しい感慨を抱きながら。

 アミタはイリスの姿を最後まで見ていた。目を逸らさずに、際の際まで。

 だが、その刃がアミタを切り裂くことはなく――――

 

「「そこまでだ」」

 

 ――――不意に聞こえた声と共に、アミタは柔らかな光に包まれた。

 

 

 

「……?」

 ふわりとした感覚に、かすかな違和感を覚えた。

 終わった為の脱力かと思っていたのだが、どうも違う。そうして、あたたかな光が自分を包んでいるとアミタは遅れて気づいた。

 ――目の前にいる、二人の少年の姿にも。

「遅くなってすみません……でも、どうにか間に合ったみたいで良かった」

「……ユーノさん、それに……クロノさんも」

「ああ。ここまでの協力に感謝する。だが、流石に全てを任せきりというわけにも行かない。──まあ要するに、今度は僕たちが、君の援軍というわけだ」

「……そう、ですか……」

 少しそっけないような返事だったが、アミタの声色に安堵があったのは明らかである。それを分かっているからか、二人とも彼女の言葉に追求などはせず、一先ずの選手交代を告げた。

「そういうことだ。今は少し休んで、受けた傷を癒していて欲しい。ここから先は、こちらで引き受ける」

 守られている、という安堵に伴って、少しだけ身体が弛緩するのを感じた。命運を預け合う仲間の存在というものは、人を弱くも強くもする。この場合は前者であるが、決してそれは悪い事ではない。

 何故なら、ただむやみに独りでいるというのは、強さではないから。

 そうなってしまっては単なる独りよがり。むしろ、目的を言い訳にして縋っているだけに過ぎない。字面だけならばいくらでも脆弱なものに思えても、これは歴とした強さの形――人が人故に持ち得た〝絆〟だ。

 この短い間でも、アミタは幾度となくそれを経験してきた。

 少しずつ、少しずつ……。魔導師たちが何かを積み上げるたび、また同じように紡がれていく何かがあった。

「それでは、少しだけ……お願いします」

 だからこそ、アミタもまたそれに背を預けられる。

 ユーノの作り出した『フローターフィールド』の上に膝を付き、アミタは一時戦線を離脱することを選んだ。彼女の意思を受け止めるように、ユーノとクロノも「任された」と告げ、目の前の相手へと向き直る。

 そこには、この流れを好ましく思っていない少女がいて――。

 

「――また、なのね」

 

 そんな、苛立ちに塗れた冷たい声が鋭く響いていた。

 

 

 ***

 

 

「――また、なのね」

 苛立たしげにイリスは聞こえてきた声に対し、そう呟いた。

 幾度となく、何度と数えるべくもなく、阻まれ続けているこの状況。それは実に、腹立だしい事この上ない。

 眉をひそめ、イリスは終わりを突きつけようとした少女を(まも)った少年たちを睨み付けるが――視線を受けながらも真っ直ぐな瞳は揺らぐことはなく、彼らはただ静かに、イリスのことを見つめ返していた。

 糸を張り詰めたような沈黙が漂う。

 数瞬の後。

 最初に口を開いたのは、少年の片割れ、クロノだった。

「時空管理局、執務官。クロノ・ハラオウンだ。先程は不覚を取ったが……だからこそ、改めて言わせて貰う。

 イリス。君を次元法違反の現行犯、そして本案件の首魁として逮捕する!」

「……まあ、そう来るわよね」

 しかし、クロノの宣告に対してもイリスは大した感慨を覗かせることもなく。

「で? そこの死に損ないを庇って救世主気取りなのは良いケド……。そっちの(ぼー)や共々、ガス欠寸前みたいじゃない? そんなのでまともに戦えるとでも思ってるわけ?」

 むしろ、どちらかというとつまらなそうに息を()き、やって来たクロノとユーノを鼻で嗤う。

 ねっとりとした笑みは、蛇のように絡みついてくるようである。何がそこまで彼女を貶めてきたのか。……当然ながら、そんなものは誰にもわかってなどいないが――だからこそここへ来た。

「――今度はちゃんと、聞かせてもらいますよ」

 未だ隠している、その過去(しんじつ)を――と、そう告げるようにして、ユーノはイリスに言う。

 それを受け、イリスはこう答える。

「言ったでしょう? それは――とっても残酷なことだ、って」

「……はい。でも、これだけは譲れません」

 だって、とユーノは続ける。

「みんな……頑張ってますから。

 だからここで、僕だけが勝手にその道を諦めるなんて、在り得ません」

 彼の真っ直ぐな言葉は、どうやらもう揺らぐこともないだろう。

 そう理解したらしいイリスは、また一つ息を吐く。

 クロノもいる以上、余計な問答は意味がない。これまでのように、相手を揺らし欺ける相手でもなさそうだというのもそうだが――個人の価値観ではなく、大勢に対する義務で動く相手に遊ぶのは実に退屈である。

 故に、この先はただ戦いあるのみ。――否。もとよりそうすべきであったのだ。

 それに決めたはずだ。もう、遊びの時間は終わりだと。

 イリスは短く自分の中で思考を反芻し、指向性を決め、打ち切った。

「そうね……。譲れないのも、在り得ないのはどっちも同じなら、残りを決められるのは単純(シンプル)な戦いだけ……それじゃあ、死合いましょうか。

 ――――どちらかの〝願い〟が、完全に潰えるまで」

 もう、言葉はいらない。

 まさしくその宣言は、すべてに対する拒絶であった。しかし、世界を壊しているはずなのに、どこかその響きは空虚なものであるように感じられた。――だからだろうか。ユーノとクロノには、イリスの姿に、失くしてきたものを探し続ける迷子のような姿が重なったように思えた。

 けれど、そんなイメージはすぐに掻き消えてしまい──息つく間もなく戦いが始まりの狼煙を上げる。

 閉じた幕が再び上がった。

 この先にある自らの運命を手繰り寄せる為の、戦いという幕が。

 

 

 暗闇を手繰り続けた先に

 

 

 開幕直後の発砲。戦いは、まずそこから始まった。

 クロノとユーノと対峙してなお、イリスは戦い方を特に奇抜な戦法に変えるでもなく、セオリーに則った攻撃を断行する。尤もそれは、別段二人を侮っているからではない。

(――やっぱりか……。()()がガス欠寸前とはいえ、外側に干渉ができる〝フォーミュラ〟を使っている以上、外側のモノにもある程度干渉してきてるみたいね)

 とはいえ、構成はまだまだ稚拙。初陣の分際で、いきなり完全な状態へ仕上げられる筈も無い。当然と言えば当然の道理であるが――それはあくまでも、〝フォーミュラ〟の区分における評価でしかない。

 魔法との融合。そして、本人の運用技術と相方との共闘戦技(コンビネーション)。数多の要素が現段階における〝戦い〟を、本来の次元よりもはるか高みへと押し上げている。またそれは、ここまでの彼の戦いが決して似非でなかったという事実にも繋がっていた。

 開幕に置いてユーリの能力を緩和したことに始まり――。

 ディアーチェを始めとした三つの魂を退け、挙句この戦いの最中でさえも、周りを守り続けている。

 ……非常に厄介な相手だ。邪魔な事この上ない。

 故にイリスとしては、早々にユーノを落としたいのだが、

 《stinger snipe.》

「チ……ッ!」

 それを、相方であるクロノが許さない。

 魔力弾を巧みに操り、イリスの思惑を阻害してくる。何気に、こうも技能を前面に押し出して戦うタイプとの戦闘は初めてであるが為か、どうにもやりにくい。

「〝スナイプショット〟!」

 弾速加速の詠唱(コマンド)が告げられ、クロノの放つ魔力弾の速度が一気に飛躍する。おまけに、コントロールも実に巧みだ。

 とはいえ、本来ただの『魔法』であるのならば、イリスは難なくこの光弾を無力化していただろう。

 元々『フォーミュラ』に対して『魔法』は効果が薄い。外部のエネルギーに干渉するという性質を持つがゆえに、そのままの〝魔導運用〟をするだけでは、『魔法』は『フォーミュラ』に干渉され打ち消されるだけだ。

 ちょうどそれは、魔法を阻害する領域であるAMF(アンチマギリングフィールド)のそれとよく似ている。ただし、AMFが魔導運用における魔力素の結合を阻害するのに対して、『フォーミュラ』は術式そのものを解析し、結合されたエネルギーを分解するというプロセスを辿っている。

 だが、ユーノの生成した結界はある程度開かれたアドバンテージを緩和する。差を埋めるために、『フォーミュラ』による分解を阻害――言うなれば、ユーノはAMFの逆を取った結界を生成し、魔力素の結合促進を行っているのだ。

 が、しかし――それも結局は裏を取れば分解することは可能。致命傷どころか、意識消失(ブラックアウト)にさえも届かないだろう。

 均衡の上ではまだ、イリスは二人の上にいるのだが、

 

((それを僕たちは、覆すためにここにいる――!))

 

 まさしくその心境は、獅子を喰らい龍へ至らんとする蛇の如く。

 上へ上へ、さらに先へ。

 どこまで進んでも、至り切るという事もない。

 けれど、目の前に立ちはだかる壁を踏破することこそが、二人が目指すものだ。

 勝利までの路は見えている。まだイリスが、自分の守りを過信している今が、なによりの好機――(てき)を越える一手を、盤上(ここ)に描きだす!

 

「――〝プリズナーチェーン〟!」

 

 翡翠の燐光を伴った鎖の乱舞。縦横無尽に這いまわり、イリスの行く手を阻む。しかも鎖には、拘束対象への術式を強制解除(デバフ)させる効果が付加されており、捕らえた対象の運用を阻害してくる。

 当然ながら鎖の束縛を受けるわけにはいかず、イリスは解析を走らせ術式を洗い出しに掛かった。しかし、解析を終えるよりも前に絡みついてくる鎖の方は自力で対処する必要がある。無力化までの僅かな合間(ラグ)については分解装甲や出力強化で躱すしかない。

 ――――そしてその隙こそ、二人が何よりも待ち望んだ瞬間であった。

 

「ッ……!?」

 イリスの周囲を翡翠の障壁が取り囲む。三角錐の形をしたそれは、『クリスタルケージ』と呼ばれるケージ系に分類される魔法である。結界魔法における〝サークルタイプ〟や〝エリアタイプ〟とは異なり、明確な〝檻〟を生成するこの魔法は、対象を閉じ込めるためのモノだ。

 発動までの時間は長いものの、タッグでの使用。それも、術者が拘束魔導運用に長けている人材であるのならば話は別だ。あらかじめ示し合わせておいた場所に対象を誘導できれば、後は其処で魔法を発動させるだけで事足りる。

 そうして二人はイリスを拘束するまで持って行ったのだが――。

「こんなもので……っ!?」

 シュテルやレヴィを閉じ込められたそれも、イリスは容赦なく術式を破壊していく。

 けれど、それも想定内。寧ろ、この檻の方が布石。

 ユーノとクロノの側にとって、イリスは拘束すべき対象である。であればこそ、無傷での拘束は理想であるし、最悪の場合は魔力ダメージによるK.O.(ノックアウト)もやむを得ないが――二人にはまだもう一つの選択肢が用意されている。

「行くぞ――デュランダル」

 《Ok,boss.》

 もう一つの愛杖に持ち替え、クロノは氷結の杖(デュランダル)に込められた魔法を発動させる。

 魔力を無効化にするイリスが、今この瞬間――実体として存在する故の弱点。

 肉体を得たがゆえに、イリスが例え、極地活動を前提とした防護服(フォーミュラスーツ)を纏っていようとも――有機体を持っているのならば、生物は往々にして冷気というモノに完全に抗う事は出来ない。一度に大量の冷気に晒されれば、必ず身体機能を損なう。

 つまりそれは、許容以上の冷気をぶつければ、イリスを完全に封じることが出来るという事だ――!

 

「……悠久なる凍土。凍てつく棺の内にて、永遠の眠りを与えよ。――――凍てつけッ!!」

 《Eternal Coffin.》

 

 詠唱の最後の一節が紡がれた瞬間。

 かつてこの地で、『闇の書』の『闇』と喚ばれた防衛プログラムを完全に沈黙させた魔法が、たった一人に対して行使された。

 

 

 ***

 

 

 ――凍る。凍る。凍る。

 何もかもが等しく凍り付いていく。

 漏れ出す呻きすらも凍てつかせながら、クロノの放った広域氷結魔法――〝エターナルコフィン〟はイリスの動きを完全に凍結させた。

「――ぁ、……ぁ――っ」

 刺さるほどの冷気。魔法的拘束も重ね掛けされた氷の檻は、思考や身体機能を鈍くされた今の彼女では砕き得ない。

 彼女を守る防護服『アスタリア』は、イリスの持つ様々な能力や身体機能を補助する役割を担っている。だが、冠された侵攻武装の名の通り、高い戦闘力を誇っているとはいえ、アミタやキリエのスーツに比べると防護性に劣る。元々、フローリアン姉妹の防護服は過酷な環境下での活動を想定したものであり、イリスもそのあたりのプロセスをある程度は取り込んでいた。しかし、肉体を取り戻した後の戦闘を想定する際――イリスは防御性能よりも攻撃性能の方を優先した。

 それが今回の敗因。

 けれど、彼女が完全に間違っていたかと言えばそうでもない。本来であれば相手方の魔法は全て無効化出来た。敷いた前提はそうであったのに、実際の運びはそうではなかった。とどのつまりこれは、巡り合わせの問題であったと言える。

 彼女にとっての天敵は、何もアミタだけではなく。ここに二人、そういう存在が偶々いたというだけのことだった。

「……ぉ、ぐ――ぅ、ぁ……」

 重くなる瞼に必死で抗いながら、イリスは近づいて来るユーノとクロノの姿を睨みつける。

 未だ消えぬ憎悪の燃える緋色の双眸には、ともすればこの枷さえも溶かし砕きかねないほどの迫力を伴っていた。

 が、それが何を変えられるわけもない。

 ――そう、現実は現実。

 終わってしまった勝敗は決して覆らない。

 都合の良い奇跡はなく、ただ静かに事実だけがイリスを包んでいた。

 そして、ユーノがついにイリスから情報を引き出せるところにまで辿り着く。

 

「……やっと、ここまで来ました」

 

 ユーノは静かにそう告げた。やっと、真実の前にやって来れたと。

「本当なら、包み隠さず全部教えてもらいたいんですが……。非殺傷設定とはいえ、そのままでは細胞が壊死しかねないですし――正直なところを言えば、端的に教えてもらいたいんですが……」

 流石に、一筋縄ではいかないだろう。というよりも、ここまで来て口を開く方がどうかしているとさえ思えそうだ。

 正直なところ、これは最悪なケースだった。もしできるのなら、ここまでしなくても心を通わせられたらよかったのだが――。

 これも、一つの現実という事だろうか。

「……イリスさんが口を割ってくれないのは当然と言えば当然ですから。――今はせめて、〝ウィルスコード〟の解析だけはさせてもらいますよ。ユーリをいつまでもあのままにしておくのは、忍びないですから」

 そうして、失礼します、と。

 文字通り手も足も出ないイリスの額に手を当て、彼女の瞳を覗き込む。

 内側にある、ユーリを操っている洗脳術式(ウィルスコード)情報(データ)を抜き出す為だ。満足に口を開けないというのもあるかもしれないが、イリスは睨みつつも次第にその怒りの矛先を納めていく。

 否、それどころか――。

 

「……ひとつ、昔話をしましょうか……」

 

「え──?」

 あまつさえ、そんな事を言って来た。

 彼女の発言の意図が理解できず、ユーノは思わず一瞬固まってしまうが……イリスの方は彼の反応などお構いなしに凍りそうな口を無理やりに動かし、喋り続ける。

「な、に? 知りたかった、んでしょう……? あたしたち、の……過去」

 その真実を、何故ここで暴露するのか。

 何が彼女を突き動かしているのか、それさえも分からない。ただ確実なのは、イリスがそれを語りだしたという事だけ。

 

 ――――そうして、夜の空の下。

 明かすべきと望まれ、けれど拒絶され続けた過去がここに置いて露見を始めた。

 

 

 悲しみの物語

 

 

 ――――それは、ある星で起こった出来事。

 出会いがあり、親愛が生まれ、絆を結んでいたある日の記憶。

 そして同時に、傷が生まれ、命が潰え、絆が塵と消えた終わりの刻――――

 

 ああ、まさしくそれは悲しみの詩。

 かつて『エルトリア』に残された、決して消えぬ疵痕を刻み込んだ惨劇の物語である。

 

 

 


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