~魔法少女リリカルなのはReflection if story~ 作:形右
後奏 終わりの日、そして始まり
あれから幾年月が経ち、二人は友として仲を深めていた。
あの出会いを経て以来、イリスはすっかり新しい目標に夢中になり、拗ねるようなことも減った。早速とばかりにユーリの事を皆に伝え、夢への路を進む。
そうして段々と彼女は大人になり、自分自身の機能を拡張して行った。
家族と共に暮らす
『闇の書』についての解析は進み、ユーリのいる
恐らくその危惧の元は、改変で付け加えられた『自動運用防衛システム』についてだろう。だが、改変を行なった人間は、ユーリたちの存在にまでは気づいていなかったらしい。システムが付与されていたのは、管制融合機の方だけだ。
後で気づいた事だったが、ユーリたちの作られた当初のコンセプトは単なる永久機関ではない。
元々ユーリを含めた四つの連環機構は、〝主と共に旅をする魔道書〟として作られたそれのバックアップを担っていた。
言うなれば予備。魔道書への致命的な破損を修復する為の保護機関のような物である。
ただ、四つは結びつきが強く、独立した自我を持つ。
魔道書完成後に創られた事もあって──主の『リンカーコア』に適合していく融合機や、彼女に伴い主からの供給を受ける守護騎士との兼ね合いが難しかった。
要するに運用の魔力が多過ぎたのだ。無論、ただ繋ぐだけであれば問題はない。
だが、こんな改変をする人間がわざわざ力を手放したがるはずもなく──魔道書への執着から、
そうしたユーリたちは
ずっと領域外に位置付けられたままで、眠り続けていた。
しかし、もうそんな日々は終わる。
綺麗な姿。
本来あるべき姿に戻った星で、きっと光の中で過ごすことが出来る。籠の鳥だった少女たちは、漸くその翼を
────夢の始まりは、すぐそこまで迫っていた。
***
──ディアーチェ、シュテル、レヴィ。
……あのですね? 聞こえていないかもしれませんが……それでも少し、ちょっとでも伝えられたらと思って……。
あの、もしかしたら……もうすぐ、ここから
保証も確証もないですが……でもわたし、友達が出来たんです。
イリスって言って、とっても綺麗な子なんですよ? それに優しくて、側にいてくれて……誰も見つけてくれなかったわたしを、見つけてくれました。
……それに、ちょっと似てるんです。
彼女は、わたしたちと。
お互いに造られた命ですが……イリスは自分の価値や、夢をしっかりと認めています。……だから、とっても眩しくて、なんて言うか……素敵だなって思うんです。
…………だからもし、もしもイリスとの〝約束〟が、本当に叶うなら。
綺麗で優しいあの子と、
あの子の故郷である美しい星で──
──みんなと暮らせたら良いなって、思っています。
*** 終奏 砕け散った夢の果てへ
────約束の時が来た。
エルトリア郊外にある教会。
その地下施設にて、実験が行われようとしていた。
この教会は『死蝕』に晒された地区が近いということや、ここ数年で更に侵攻が進んだという事もあって放棄された施設である。その為、位置的にちょうどよかったのだ。
万が一被害が出ても、ここから数キロ圏内に人は殆どいない。理に適ってはいる。……理に適っているが、それは教会という人が集うべき場所からさえ、人がいなくなっているという事実を表してもいた。
「…………」
ここにも、かつてはたくさんの人が集まっていた筈なのに──今ではもう、すっかり主人を失くした空の城。
それが酷く、寂しい様な気がした。そんなイリスの様子を見て、ヴィルムは彼女の側へ赴き、優しくこう言った。
「そんな顔をするなイリス。ここはお前が見つけてくれた、願いへの路を始める場所なんだ。だから胸を張って、むしろ楽しむくらいの気持ちで挑もう。
もちろん私もワクワクしているぞ? 何せ今日は、我が娘がこの星を救う女神になる時なんだからな。ああ、そういう意味ではこの場所はふさわしいかもしれないな」
ステンドグラスを眺めながら、そう和かな顔で語るヴィルム。だが、それに不満があるらしい研究員達からブーイングが上がった。
「所長? イリスちゃんを独り占めしないで下さいよー」
「そうですそうです。我が、じゃなくせめて我らが、にして下さい」
「ははは。いや、すまない。
まあ独り占めするのは吝かではないが、それではみんなも楽しくはないな。それに今回はイリスのお友達も手伝ってくれるんだ。今日のところは我慢しておこう」
それらを軽く受け流す父の姿に、イリスは少し顔を赤くしてそっぽを向いた。
「…………もぉ」
まだ肉体が出来た訳ではないが、複写体についても成長に相当した姿に変えてはいる。程よく背も伸びているというのに、まだ頭一つ上にある父は子ども扱いばかりだ。
そういったイリスの不満をよそに、ヴィルムは実に嬉しそうで、楽しそうである。
これまでずっと抱いてきた夢が果たされるのだ。嬉しくないはずもない。そんな少しだけ浮かれたような雰囲気のまま、彼らは『再生』への第一歩を踏み出した。
……それは当たり前の光景。
よくある日常の一コマに過ぎないものだ。
そして、そこにはこの先――イリスの大事な友や、その仲間たちが新たな友としてそこに姿を見せるはずだった。
――――だがそれを、すべてを飲み込み滅ぼす『闇』が阻んだ。
「なん、だ……?」
異常を知らせる
「数値がおかしい……。『闇の書』の中にあった
「……いや、違う……これは」
「何か別のプログラムだ。……なに、ナハ……ト?」
「おい、それって確か防衛プログラムのほうの名前じゃなかったか?」
「ええ、そのはずなんですが――」
焦り出すメンバー。
それを落ち着かせようとするヴィルムだったが、
「みんな落ち着け。今はとにかくこのシステムを沈静化させるんだ。まだやり直しは効、ぐ……っ!?」
悪魔の矛先は、まず彼へと向けられた。
「
イリスから悲痛な声が上がる。だが、そんなものでこの悪夢は覚めることはなく。
「ぐ、ぁ……がぁああああああああああああッッッ!!!???」
悲鳴が次々へと上が始め、
「これは、結晶化!? おかしいです! 結晶化は魔力、もしくはエネルギーを物質化させるものだったはずなのに……な、がぁ……ッ!?」
「アンディ! ……まさか、イリスちゃんの実体化分の計算を違えたのか?」
「違う……そうじゃない、これは!」
「こちらからのアクセスを察知して、システムの
「みんな――っ、そんな……そんな……!!」
そこから先は、まさしく阿鼻叫喚の
人の命を結晶へと変えてく嵐。
たが、イリスだけは影響を受けない。それどころか、肉体が形成されてさえいた。
ユーリとの繋がりが、彼女を守っている。
けれどイリスにはそんなことを気にしている余裕など無かった。
戸惑い、焦り、怯え、泣く。
初めて得た肉体で触れたのは、死に体の父の身体。段々と冷たくなっていくそれに、イリスは絶望という言葉の意味を理解する。
「……こんなの、こんなのって……!」
あまりにも強く噛み締めすぎて、歯が欠ける。その際に少し肉を巻き込んで、血の味がした。ボロボロと頬を伝う滴は
ずっと求めていたものだったのに、今それはイリスに不快感しか与えない。しかし、その時ふと何かが彼女の頬に触れた。
「……あぁ……」
「っ……」
ヴィルムだった。容赦のない結晶化に伴い、生命力だけなく、身体そのものさえも削られたというのに……彼は優しい眼差しでイリスを見つめていた。
娘の失敗を咎めるでもなく、ただ穏やかに目の前にある事実だけを確かめている。
「やっと……お前にちゃんと触れられた」
涙を拭う様に伸ばされた手が、イリスをそっと撫ぜる。
失敗。被害は絶大。
けれど、自分の命が消える刹那であろうとも。
ヴィルムはただ、消える前の時間を恨み言などではなく──娘に触れられたという希望を取った。
身勝手といえば身勝手。しかし、人としての意志だ。最後までヴィルムは彼女の父親として死んでいった。だからこそ、イリスもまた、同じように彼の娘としての矜持を果たそうと足掻く。
いま彼女を包むのは、ユーリとの繋がり故のものだ。つまり、一度ユーリとのリンクを切断することが出来れば、少なくともこの事態を終わらせられる。
が、
《
そうした矜持さえ、何もかも闇は拭い去っていく。
《
瞬間、そこには金色の天使が現れる。……変わり果てた、冷たい姿で。
「ユー、リ……?」
掠れた喉でどうにか、彼女の名を呼んだ。けれど、それに対する返事はなく、一筋の涙だけが零れ――イリスは結晶の死棘に晒された。
まるで磔にされるようにして、教会の中で血を流す。
生きている。そう実感し、同時に死んでいくと認識できた。
ほんとうにそれだけが、彼女の耳に残り続けた。
「……ごめん、なさい……ごめんなさい…………ごめんなさい」
…………その後のことは、イリスは完全には知らない。
でも、ただユーリとの僅かな繋がりが彼女に残っていたため、薄くぼんやりとではあるが、エルトリアに爪痕が刻まれる様を目撃した。
そして、ユーリは星のエネルギーを巨大な結晶にして取り出した。
だが、自壊術式を起動させたらしく――
誰に気づかれることもないまま、ユーリはこの星から姿を消した。ただ、決して癒やせぬ傷跡を残して。
エルトリアを離れる際、ユーリとの繋がりがイリスを遺跡板の中に残すことになった。
そして、眠り続けたイリスはずっと〝繋がり〟を保ち続けていた。自分と、『
だが、新たな出会いと共にその繋がりは途切れてしまう。
ずっとずっと、通常のヒトで言うところの
時は現在より、十三年ほど前――。
この時より、イリスとユーリの絆は一時的に途切れることになった。
そして、分かたれた主人無き魔導書は、不覚醒状態で人々の手に渡ることになった。……まさかその状態が、上書きを糾そうとするために暴走を始める前段階だとさえ知らずに。そうしてひと組の夫婦が分かたれ、ある少女へと運命が紡がれた。
ユーリはその少女の暮らす星に自らを封じ、決して人目に付かぬように自分を隠していた。
けれど、ある出会いを切っ掛けに――
定めを背負った少女以外、その街で起こるはずのない〝魔法の物語〟が始まった。
呼応する様に、ユーリは次第に人の目の届くところまで浮かび上がり、再び物語の中へと誘われていく。
そうして、幾つかの悲劇があった。
誰の記憶にも残らない惨劇があった。
また同じように、誰かに傷を与えた惨劇があった。
同じように紡がれた絆や、貫き通した想いがあった。
――――――そして、ある少女は闇の中で一人決めた。
自分の世界とは違う魔法の世界。
そこにはいくつもの奇跡を成せるだけの代物がある。
願いを叶える宝石。忘れ去られた
だが、そんなものに彼女は興味など無く――
求めたのは、〝やり直すため〟の手段。
決して逆に流れることのない砂時計を逆転させ、止まらない歯車を止め、逆さに回す代物。
時を操り、過去へ航る為の技術。
それこそが、イリスの求めた本当の目的である。
莫大なエネルギーはユーリを取り戻すだけで事足りる。あとは、制御機構さえ在れば良い。……加えてそこに、遊びも加えた。恨み辛みは本来在ってはならない。けれど、この気持ちは何処へ行けば良い?
だから決めたのだ。
全てを戻すために全てを壊す八つ当たりを実行してやると。
私怨で動くというのはなんとも人らしい。もちろん、やり直しの果てには〝みんな〟がいる。時の流れは変わらない。自分たちの関わることのないフローリアン姉妹がいて、この世界は自分に滅ぼされることなく続いていく。
逆に、死んでいった父や家族は自分と共に居て、その隣には自分の友がいる。
――――やり直しの果てには幸せがある。
故に今は世界を壊そう。何もかもを取り戻して、悲しいまま終わった物語を、在るべき姿に戻すために。
***
「――――そう。
大切なものも、綺麗なものも、全部過去にしか無い。
今を変えるとか、明日への希望とか……
そんなものはただの幻。都合の良い観測論。
絶対の無い先に縋るより、手放したものを取り戻す。
ほら、その方が確実でしょう?
だって、過去は覆せない。なら、過去は絶対。
未来が欲しいわけじゃ無い。
私が欲しいものは――――そんなお花畑みたいな、優しいものじゃない。
相応の罰と、相応しいだけの代償を払って。――――在ったハズの
その言葉と共に、凍り付いたままだったイリスは、自らの身体を放棄した。
こちらでの本体だった端末の遺跡板までも捨て去ったことに、ユーノとクロノは驚愕を露にした。
隔絶されたこの空間で、エルトリアの本体に戻れない以上、それは死に等しい。……だがそれは、ここにイリスを治めるだけの器がなかった場合の話だ。
ここにはひとり――
彼女と一度は切れたとはいえ、今や呪縛の如き繋がりを有する少女がいる。
「――さあ、踊りましょうユーリ。
この世界を全て壊すまで……そして、わたしたちのこれまでを取り戻すために――――」
「イリス……だめ……ッ、あぁ――がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!???」
〝
先程よりも遙かに
炎のような剣が、円を描くようにして周囲へ振るわれる。その威力たるや、先程までのそれとはまるで異なる。
一切の情けも容赦もなく。復習者という名の〝
「――――〝ナパームブレス〟!」
剣で吹き飛ばした魔導師たちを、黒い球体状に生成した
そうしてそのまま、単体でユーノとクロノへと突っ込んでいく。
だが、狙いは片方のみ。
ここまで散々邪魔をしてくれた、一人の天敵へ敬意を表し――イリスは、ユーリに最大の技を振るわせる。
〝エンシェント……マトリクス──!〟
短く響いたイリスの声音と共に、彼の身体へユーリの手が
傷など無いのに、自分の中身をまさぐられるような錯覚。自分を通して、蜘蛛の巣のように広げられた網を引きずり出し、奪われる感触。
そうして、集められた力は、巨大な結晶の槍へと変わる。
かつて、神の子を殺したのは二対の槍だったという。けれどソレは、強大なまでの一撃で射貫く。
裡側を削り取られ、中身を槍として返された痛みを受ける。それはまさに、最強――あるいは究極と呼ぶに相応しい一撃であった。
――――その一撃でもって、ユーノの意識が闇へと沈む。
しかし、暗くなるその刹那。彼は、何かを聴いた気がした。
……悲痛な声と必死な声。
それらが、彼を呼んでいた。
薄れ逝く意識では、完全には聞き取れない。……いや、でも──ひとつだけ、特に強く聴こえた。
決してそうさせてはならなかったもので、守りたかった筈の少女。
そんな顔をさせたくて、ここへ来たわけではなかったのに、自分が弱いばかりにそうさせてしまったのか──酷く申し訳なくなって、ユーノは小さく謝っていた。
「……ごめん……」
すると、いっそう顔を歪めた少女はまた、彼の名前を呼んだ。
いつまでも変わらぬ響き。
初めての出会いから、ずっと続いてきた妙なる響き。……それが、彼を呼ぶ少女の声だった。
「────ユーノくん……ッッ!!」
声の届いた瞬間、彼の身体は水面へ沈んだ。
深く深く。
二度と逃さない死の檻へ閉じ込める様にして、生物の母たる海は、散り逝く
そうして、遂に──
星と命、過去と未来。
これからの物語と、これまでの物語を賭けた、最後の戦いが始まった。
砕き合い、削り合い。
最後の一片さえも燃やし尽くし、それでも残るモノを求める戦いが……。
────今ここに、最後の幕を開けたのだった。
どうも、形右です。
いよいよ今回は、追想編のラストパートでございます。
実はこれ映画館のある施設のとある場所で書いた奴なんですよね(笑)。
ネタバレ歓迎派なんですが、映画館まで来てネタバレしてみるのもなぁと思いつつ上映時間までの暇つぶしをしていて……結局ツイッターを見ちゃって、ネタバレは特になかったんですが、ちょこちょこ気になる臭わせな耳寄り情報を聞き、あーこれは先にコレ挙げとかないと先の展開ブレそう、と思って早速書き上げました(笑)
いつも勢いで書くので、この追想Ⅲを映画の後で書いたら絶対引っ張られるなぁと思い、此方のルートの主軸を先に落とし込んで置いてからラストを書いていこうと思います。
※ なお、最後にもう一度だけ。
前々から行っています通り。此方のルートは本予告前に考えていた物で、映画見る前に書いた物なので、所長の名前やらは全部自分が勝手に設定した物です。本編沿いでは映画準拠に致しますが、此方は一先ずこのままで行きますのであしからず。
掘り下げが少ないのは情報が無く、既に象徴らが故人であることや、自分は『惑星再生委員会』が独立した組織であるというIF設定で考えていたからです。
なので、完全に妄想をぶち込んだような物なので違和感があったあごめんなさい。
自分の想像力が足りませんでした。
ともかくあとは、今日これからDetをみて、さっそく本編沿いのルートも書いていこうかなと思います。
それではとりあえず前置きはこのくらいにして、今後も楽しんで頂けるように頑張って行きますので、よろしくお願いします。