~魔法少女リリカルなのはReflection if story~ 作:形右
夜に吹き荒れた嵐は一度去って。
今はただ、残された傷跡だけが静かに残るのみ。けれど、まだ何も終わってなどおらず、続く路は僅かに真実を覗かせ始めた。
そして、若き魔法使いたちの心もまた―――
決意を新たに、更に先へと歩み始めているのだった。
遠い記憶へ続く路
「事件の首謀者は逃走、か……」
『……ええ』
イリスがユーリと共に逃走した後。
クロノから事のあらましを説明されたレティは、捜索対象であるイリスの
今回の戦いは、完全に此方の敗北と言っても過言ではない。
死傷者こそ出ていないが、負傷者は重軽傷共にかなりの数に上る。おまけに、一時の平穏を得られたことさえ、相手側が撤退を選択したが為の産物だ。その切っ掛けも、ほぼ個人の力に寄るところが大きいともなると……管理局としては、実に不本意な結果だったと言える。
「現状は把握したわ。こちらも至急増援をそちらに送ります」
そんな結果を挽回するべく、レティはクロノに犯人確保の為の部隊を動かすと告げた。
レティの弁に対し、クロノは礼を述べる。
『ありがとうございます』
「良いのよ。こちらも、相手方の戦力を甘く見すぎていたのは事実だし……。今度はこれまで以上に警戒を強めていくわ」
レティの言葉は事実である。
〝魔法が通じない敵〟―――その情報は元よりあった。しかし、あくまでも効果が薄いと言うだけで、全くの無敵ではない。そこに甘んじた結果が、今の状況だ。
確かに無敵ではなかったが、如何に強力な魔導師を集めているとはいえ、駄目押しの策を弄しておくべきだった。
が、此処までの失敗を悔やんでも、時間は戻っては来ない。
今すべきことは、一刻も早く事件を解決すること。そのために、同じ轍を踏まないよう行動することだけだ。
『はい。こちらでも、いま全力で捜査に当たっています。加えて、残る関係者五名は全て、こちらで確保しました』
『エルトリアから来た、アミタとキリエのフローリアン姉妹。正体不明の三人も、聴取と情報共有には協力してくれるようです』
クロノと、傍らに控えていたエイミィの説明を受け、レティは了解の意を示し、頷く。そしてこう訊いた。
「現在の、そちらの拠点は?」
レティの問いに、クロノはこう応える。
『東京湾に指揮船を配置しました。主要メンバーは、既にそこへ集まっています』
現状、東京支局からでは動きが取りづらい。人目に付かず対策を進め、迅速に東京周辺へと飛べるように、船を用意されたのだ。
装備や身体にそこまでの負傷がなかった面子は船に集められ、逆に負傷を負った面々は本局へ出向き、傷の治療と装備の改修を受けることになっている。そうして、事件を解決するという目的へ向け、魔導師たちは各々の時を過ごしていた。
***
東京湾に設置された、管理局の指示船。
その船内にて、連れてこられたディアーチェは簡単なメディカルチェックを受け、ある部屋へと誘われていた。
廊下を進んだ先にあったドアが開くと、色々と検査を担当してくれた医療局員が「しばらくは此処でゆっくりしていてね」と促した。それに「うむ」と尊大に頷き、ディアーチェは部屋の中へと進む。
すると、先に部屋にいたらしいシュテルとレヴィが彼女を出迎えた。
「ディアーチェ……!」
「王様~!」
「おぉ、貴様もここにおったか」
嬉しそうに近づいてきた臣下二人を見て、ディアーチェも僅かに微笑む。
再会を短く喜び合うと、シュテルはディアーチェを「どうぞ」と部屋のソファに座るよう勧めた。
その気遣いを受け、ディアーチェはソファに腰を下ろす。
二人はまだ立ったままで、彼女の方を見ている。そんな二人の様子から、ディアーチェは己が臣下の意図を察し、話を切り出した。
「―――さて、シュテルよ。これからのことで、何か考えはあるか?」
話の切り口として、ディアーチェは参謀役のシュテルの見解を問う。王からの命に、シュテルはこう応えた。
「イリスがわたしたちを、あの本の中から喚びだしたのは事実です。
その理由は恐らく、わたしたちを通じてあの子―――〝ユーリ〟を目覚めさせ、同時に戦わせること……。これらを鑑みるに、わたしたちとユーリの間に、浅からぬ関係があるのは間違いありません」
そう言いきると、シュテルは一度言葉を切った。この経緯を、自分たちの目覚めから此処までの間に得た見解を、一つの前提として提示する。
ディアーチェとレヴィは、続く彼女の弁を静かに聞いていく。
「それに〝大いなる力〟を求めるという私たちの目的もありますし……まず今は、イリスの意図を知ることが最優先だと考えられます。……同様に、わたしたちの欠けた記憶を探ることも」
シュテルが己の見解と結論を述べ終わると、残る二人も彼女の意見に賛同を示す。
しかし、
「んー、二人のことはよく覚えてるんだけどなぁ……名前も性格も」
どことなく腑に落ちないように、レヴィはポツリと呟いた。
彼女の言葉の通り、三人はお互いのことだけはしっかりと記憶している。……むしろ、それだけしか無いとさえ思えそうな程に。
「ええ」と、シュテルもレヴィの言い分に同意した。
今の自分たちはあまりにも歪である。
目的と仲間、ただそれだけによってのみ、自分の存在を認識している状態だ。決してそれが悪いわけではない。だが、欠けた記憶の中には当然、抱いた目的の根底、自分たちがどうして共にあるのかという経緯、それらの『理由』が存在しているはずなのだ。
けれど、今はそれさえも失ってしまっている。……決して忘れてはいけなかったはずの、理由を。
それらを取り戻すべく、三人は記憶を少しずつ紐解いていく。
浮かぶのは、共通した一つの情景―――
「―――大きな木の下。緑の草原。そこでわたしたちは、確かに共にいました」
「うむ、我も覚えておる」
「……ふふ。ずっと昔、貴女にとても優しくして貰ったのですよ?」
「そうそう! ご飯を貰ったりとかっ!」
誇らしげなシュテルと、はしゃぐレヴィ。その姿に、普段は堅いディアーチェも、僅かに頬を緩ませた。
だが、それが当たり前だったのだ。
胸を満たす、この暖かなものを共有する家族のような存在として、彼女らはずっと昔から、ずっと一緒に居たのだから。
「―――そうして、あなたに助けられ、生涯の忠義を誓った。
わたしたちは、あなたの望み、あなたの願いを叶えるために働きます」
己が王へ向けて、シュテルは傅き、そう言った。
レヴィもまた、同様に傅きながら彼女の言葉に頷いている。……ただ、やはり
シュテルの方もまんざらでもないようで、「ええ、親友です」と返しながら彼女の頭を撫でていた。その様子を微笑ましげに眺めながら、ディアーチェは、静かにここまでに挙がった事柄を反芻していく。
(……こやつらと共に
大切な朋友であり、同時に臣下。己の庇護下に置くべき者。
挙げていけば、そんなところだ。……しかし、具体的に何から守るのかについては覚えていない。
ただ―――とても、とても大きな惨禍だった様に思う。
抗いつづけて、それでもなお越えられぬような、無力さを突きつけられるほどに、自分たちは何かに晒されていた。
少しだけ、深く記憶を探る。内にあるのは、嫌悪ではなく……世界そのものに潰されていくような、感覚だけ。辛かったはずで、とても苦しく、痛かったのだろう。―――だが、そんな記憶さえ、暖かな光に塗り替えられて……。
「――――――っ」
そこまで考えて、ディアーチェは唐突に我に返る。
ほんの少し、何かの記憶に至った。
(……そうだ。我らのいた〝あの場所〟に、ユーリも共におった)
ぼんやりと朧に浮かんだ情景。シュテルの言った大きな木と草原の先に、ユーリの姿があった。
とても穏やかな表情を此方へ向け、膝をついて大きく手を伸ばしていた。
今と殆ど変わらない見た目だというのに、ユーリは自分たちを抱き上げようとするかのような格好で……。
そこに微妙な違和感を覚えはしたが、浮かんだ疑念は、自動ドアの開閉音に遮られる。
「あ、三人ともここにおったん? お疲れ様や」
「こんにちはっ!」
入ってきたのは、はやてとリインだった。
それなりに逼迫した状況だというのに、相も変わらず柔らかな笑みを浮かべている。ただ、そうしたはやての雰囲気も、以前ほど苛立ちを覚えることもなくすんなりと受け入れられたのは、一応の立場が同じ側であるからだろうか。
ふとそんな考えが浮かんだが、いま諍うことに何の意味も無い。
話を進めるため、ディアーチェは「何のようだ」とはやてに問うた。かなり素っ気ない態度だったが、はやては特に気にした様子もなく、朗らかな笑みのまま彼女らへと歩み寄ってきた。
しかし、本題に入る段となると、真剣な表情に変わる。
彼女が決して単なる世間話をしに来たわけでないことは、それで伝わったようで、三人ははやての話に耳を傾け始めた。
「これなんやけど……」
そういって、はやてが取り出したのは透明な包装に包まれた一枚の
「―――ユーリの渡そうとしておった紙片か」
「うん。だいぶ壊れてるけど、中のデータはまだ生きてる。王様たちやったら、復元できるんちゃうかな、って思て」
言い終わると、はやては焼け残った紙片を傍に居たレヴィへ渡す。
修復自体は此方でも出来るだろうとおもったのだが、あの時ユーリは三人の名を口にしていた。また、その上でこうも言っていた。
―――どうか、ディアーチェたちを……、と。
きっとそこに何か、関連するところがある。そう踏んだはやては、こうしてディアーチェたちを訪ねることに決めた。同時に、この依頼が三人との協力関係を樹立させるきっかけになるだろうとも思った。もう争う対象ではない、という認識を共有できれば、事件の解決や三人の求める事柄にも近づけるだろうと。
そして、どうやらその勘は間違ってはいなかったらしい。
「やってみる」
と、レヴィは受け取った破片の修復を買って出た。
自分たちへ、ユーリが宛てたメッセージ。恐らくこれは、きっと知らねばならないことだろう。そんな過去に通ずるかもしれない情報を前にして、三人ははやてからの協力要請を受けることに決めた。
*** 鋼の心、諦めないという意志
―――時空管理局、本局。
現在、イリスとユーリとの抗戦で負傷、および装備の改修を要するメンバーが此方へと来ている。
ただ、ユーノだけは下手に動かすよりも迅速に治療を行う必要があるとされ、シャマルと現地の医療局員が治療に当たっている。これには、彼の持つちょっとした特殊性と、結界魔導師故にデバイスを有していないことが関連している。
この為、いま本局に居るメンバーは、なのはとフェイト、そしてフローリアン姉妹の四人だ。
―――医務室前にて。
治療を終えたなのはが廊下へと出てきた。
「それじゃあ、お大事にね?」
「はい。ありがとうございました」
ぺこり、と看護師さんにお辞儀をして、なのはは松葉杖を付いてみんなのところへ戻ろうと歩き出そうとした。
と、そこへ―――隣の部屋からアミタが姿を見せた。
「なのはさん」
「アミタさん……!」
声を掛けてきたアミタになのはも返事を返す。しかし、なのはは少し不思議そうにアミタを見ながら、
「もう動いて大丈夫なんですか……?」
と、訊いた。
実際のところ、アミタの負った怪我はなのはのものよりもだいぶ深いハズだ。無茶の度合いこそ同じくらいだとは言え、内か外かの違いもあるというのに、アミタは腹を撃ち抜かれた直後にも拘わらず、見た目ぴんぴんしている。
「はい、頑丈ですのでっ!」
まさしく、それが真理だとでも言わんばかりの回復速度であった。
キリエに撃ち抜かれたときもそうだったが、エルトリア人の自己治癒力は半端ではないらしい。……しかし、身体的には回復しているが、アミタは段々と申し訳なさそうな
「……イリスを止められず、申し訳ありません。それに、その怪我や……ユーノさんのことも」
明るく振る舞ってはいたが、アミタがこの〝敗北〟に一番責任を感じているのは明らかだ。
幸い命を失うまでには至らなかったが、それでも避けられた可能性は十分にあったはずなのだ。
だからこそ、アミタは。
―――あの時、イリスをもし止められていたら、と。
責任感の強い彼女はあの時、不覚を取った自分をとても悔やんでいる。だからこそこの謝罪だったのだろうが、なのはは「大丈夫ですよ」とアミタを励ました。
「わたしのはちょっと捻っただけですし……。
それにユーノくんの方も、シャマル先生が直ぐに応急処置をしてくれましたから……きっと、大丈夫ですよ」
なのはにそう励まされ、アミタの表情も幾分か柔らかくなった。
実際、起きてしまったことを引きずっても仕方が無い。これは、アミタ自身も分かっていたことだ。しかし、自分たちの星の問題から始まった事柄で皆を危険に晒した責が、彼女の中から消えることはないだろう。
故にこそ―――
背負うものを今は呑み込んで、先を目指す。自分に出来ることを、次こそは必ず果たす為に。
すると、そこへ。
「なのは! それに、アミタさんも!」
その決意に引かれたように、フェイトが此方へ駆けてくる。心配そうに状態を訊ねるも、二人が共に『大丈夫』と告げると、
「よかった……」
と、その様子にひとまずはホッと胸をなで下ろし、フェイトは先程入ってきた報せを二人に告げる。
「アミタさん、さっきキリエさんが目を覚まされたそうです。それに、
二人はフェイトからの報せに、安堵の表情を覗かせる。その様子に、告げたフェイトも嬉しそうに笑みを浮かべた。
そうして場の強張った
「それと、アミタさん。これはとても個人的なお願いなんですが……」
少し遠慮気味に前置きをして、フェイトはアミタにこう訊ねた。
「なのはとユーノに渡した〝フォーミュラ〟――わたしにも分けて貰うことは出来ませんか?」
「フェイトちゃん……!」
そのお願いに、なのはの方が驚きの声を上げる。だが、アミタの方はそれを察していたらしく、特に驚いたような様子は見せない。
「戦力外になるのは嫌ですから……! 可能でしょうか?」
フェイトは真剣な眼差しでアミタを見る。しかし、次第に申し訳なさそうにこう返した。
「すみません……。〝フォーミュラ〟の運用には、血液に乗せて循環させる〝ナノマシン〟が必要なんです。わたしがエルトリアから持ってこれた分は、お二人に渡した残りが少しだけ……お渡ししても、お二人ほどの出力を出すのは難しいかと―――」
実際のところ、アミタの持ってこられた『ナノマシン』の残りはごく僅かしかない。そもそも『エルトリア』には資源が残り少なく、むしろ二人に渡せるだけの分を持ち出せたのは奇跡的だったとさえ言える。加えて、父の治療にも医療用途に特化した『ナノマシン』が使われてもいるため、あまり持ってくる訳にもいかなかった。
それでも限定的な用途に限れば使用できなくもないが、戦闘行為を目的として当てるには心許ない。
「そうですか……」
出来ないことも覚悟していたとは言え、出来ないという事実を突きつけられると、僅かに気落ちしてしまう部分はある。
だが、『フォーミュラ』を使えないということが、絶対的にこの先の戦闘を不可能にする訳ではない。
「ですが、皆さんの装備改修にはわたしも参加します。そこできっとお役に立てると思います」
アミタは装備改修に当たり『フォーミュラ』の使用者として、その対策を練り込んでいけるとフェイトに告げる。
その言葉にフェイトも気を取り直し、強く頷いた。
三人は、決意も新たに戦いへの意気込みを強めていく―――
と、大方の話がすんだところでフェイトは、二人にこの後キリエの病室へお見舞いに行くのはどうかと提案した。
本当ならユーノの様子も気になるのだが、まだ目覚めたという知らせはない。安定したという知らせの後は経過を見るしかないだろう。
そうなると、先にキリエの方へ出向くのが現状では無難だ。……とりわけ、今キリエはアミタ以上に気が滅入っているはずだ。
アミタとは違い、初めて訪れる管理局。挙句、あんなことがあった後ではなおのこと。
今の彼女は、とても深い迷路の中にいる。だからこそ、抜け出すためのきっかけが必要だろう。
そうして、三人がキリエの病室へ向かい廊下を歩き出した頃。
東京湾上に置かれた指揮船では、紙片の修復が着実に進みつつあった。
捜索、復元
場所は戻り、管理局の用意した指揮船の一室にて。
「よぉ~し、キタキターっ! 直ってきたぁ~っ‼」
紙片の修復作業に当たっていたレヴィがそんな声を上げる傍らで、シュテルとリインがそれぞれ「頑張って下さいね」「ファイトですー!」と応援している。
レヴィも本腰を入れ、「うんっ!」と大きくうなずいていたのだが―――
「―――ん? ……なんか、甘い匂い……」
クンクンと鼻を鳴らし、レヴィは近づいてきた香りに気づく。
彼女が顔を
「お邪魔しま~す」
シャマルがそう声をかけながら先頭で入ってきた。その後ろからヴィータとアルフ、シグナム、ザフィーラの順に続く。
「みんなお疲れ様~♪」
「いろいろあって疲れたろー? お茶とお菓子で休憩したら?」
シャマルとアルフがそう休憩を促す。
彼女らの運んできたワゴンには、彩り豊かな茶菓子の数々が所狭しと立ち並んでいる。さながらそれは、人を甘く誘惑する名役者のごとく。
「……食料が来ましたね」
シュテルはどちらかというと物珍し気に眺めているだけだが、レヴィの方はというとあからさまに「食べたい」と顔に書いてある。
が、しかし。
「美味しそぉ……あ、でも」
そう、紙片の再生は本腰が入ってきたところだった。
事は急を要するというのに、ただ休憩というのもいかがなものか。……だが、それはそれとして目の前の誘惑はとても強烈。
復元は急ぎ行うべきだ。
でも、お菓子を食べたいという本能も事実。
「……どうしよう」
困ったようにレヴィはディアーチェの顔をじーっと見つめてくる。
「―――はぁ、食べてもよい」
「やったー!」
こうもあからさまに許しを乞われると、なんとも否定しづらい。一拍おいて、ディアーチェは仕方なく折れた。
元々、役割をおろそかにするレヴィではない。
それにだ。臣下の調子を労わるもまた、王の務めである。
時には飴も必要ということだ。……決して、甘やかしているわけではない。ないったらない。
ちなみに、そんな王の内心を察したのか―――
シュテルはレヴィの傍らに座り、親鳥のごとく食べながらでも作業を進められるように「あーん」としていたのは余談である。
そうやってレヴィとシュテル、リインが修復の方に力を注ぐ中―――
「貴様らと馴れ合う気はないが……」
そう前置きをして、ディアーチェは自分たちの抱える疑問を一つ晴らしておこうと、はやてにこう訊いた。
「貴様の所有物であったというあの本、〝夜天の書〟について教えろ」
「うん―――」
問われた事柄に、はやては一つ一つ順を追って説明していく。
「今はもう、滅んだ旧世界―――〝ベルカ〟で生まれた魔導書。それが、あの〝夜天の書〟」
小さな
かつて戦乱の絶えない時代で生まれた、この本は―――大いなる力、つまりは魔法を納めるための器であるとともに、主と共に旅をする性質を有していた。
「ベルカが滅んだ後も、沢山の主の元を渡って……十年くらい前にわたしのとこに来てくれた。沢山のページの中にいろんな魔法が記録されてて、主を守ってくれる〝守護騎士〟もいてくれる」
「〝騎士〟?」
「ああ。アタシらがその〝夜天の書の守護騎士〟な」
レヴィから挙がった疑問に、ヴィータが短く応えた。
ベルカでは、優れた魔法戦技を扱う者を〝騎士〟と呼称する。そして、主と並び立つ
「本当はもう一人おったんやけど……今はもう、いなくなってもうた」
今は継がれたその席には、かつて―――
「〝夜天の書〟の意思とでも言うべき、管制融合機。ある意味では、彼女自身が〝夜天の書〟そのものだった」
シグナムの声を受け、はやては空に還った家族の姿をディアーチェたちへ見せた。
紅の瞳と、銀色の髪をした美しい女性。はやての傍にずっといながらも、たった数刻だけしか共有することが出来なかった騎士。……けれど、たったそれだけの時間であろうと、彼女はそれ以上ない幸福を手に入れていた。
己の〝名〟と、〝家族〟の未来を主へと託し―――自身が、『世界で一番幸せな魔導書』であったと告げて、彼女は旅立っていった。
「わたしが付けた名前は、〝
時を経ても尚、絆で繋がった家族を思いながら―――はやては柔らかにそう言って優しい微笑みを浮かべた。そこへ、リインがシュテルの傍らからディアーチェの前まで飛んできて、自分の名の出自を説明する。
「わたしは名を継いだ二代目なので、〝リインフォース・ツヴァイ〟。呼び分けるときは彼女のことを〝アインス〟って呼んでます」
リインの言葉を受け、ディアーチェは先程の画像から感じた既視感について納得した。確かにリインには、アインスの面影がある。ただ、そこに少しだけ追加の説明が加えられ、リインとアインスの差異についての補足が入る。
リインは『夜天の書』に残存したデータと、『無限書庫』なる場所から得られた融合機の資料によって、はやての『リンカーコア』から生み出された。その為、魔力光がはやてと同じであったり……
が、そうして様々な事柄を知ることは出来たものの、肝心の確信については成果は得られなかった。ディアーチェたちの過去についてや、ユーリについて守護騎士たちは記憶が無いという。
ただシャマルが、
「アインスが今も元気なら、きっとあなたたちのことを覚えてたかも知れないんだけど……」
と、アインスならば何かを知っていたかも知れない、という可能性だけは示唆した。
ディアーチェたちが魔導書の中にいたのなら、何らかの繋がりがあったのは間違いない。それならば、アインスには分かっていた可能性もある。
「うむ……」
けれど、それも今となっては分からないままだ。
ともあれ、今は紙片の復元を待つ他無い。
そこに込められた、ユーリの伝えたかった何かを知る事が出来たならば、きっとディアーチェたちの過去も明らかになるだろうから―――
***
本局の医務局。その中にあるキリエの病室の前へ辿り着いた三人は、早速ドアを開け中に入った。
「お邪魔しまーす」
「キリエさん。お加減いかがですか?」
なのはとフェイトが声を掛けながら部屋に入ると、ベッドに上半身を起こして座っているキリエの姿がまず目に飛び込んできた。しかし、彼女は入って来たなのはたちの姿をみるや、深く
「ごめんなさい……全部、わたしのせい……」
キリエは、なのはたちへ謝り続ける。反省しても、取り戻せないだけの失敗をしてしまったと。
「この星の人たちに迷惑かけて、どんな風に償ったら良いか……お姉ちゃんの言うこと、ちゃんと聴いてれば良かった……」
そうして、キリエは自分を責め続ける。何かをするべきなのか、しない方が良いのか、何をすれば償いになるのか。
一切合切、何もかもが分からなくて。
自分の言葉も存在も、何もかもが軽く思えてしまって。
……ただ、謝る事しか出来ずにいる自分が、情けなくて。
だから、キリエは自分を責め続ける。迷っても何をしても進めず、戻ることも出来ないから。
そんなキリエを、アミタは宥めた。
「わたしも、もっときちんと伝えるべきでした。だから、わたしの責任でもあります」
これまで姉として伝えられていなかった言葉を伝える為に、アミタは今、自分の抱いた心を一つ一つ語っていく。
「でもねキリエ? 父さんと母さんの病気のことも、わたしたちの故郷を甦らせることも、わたしはまだ何一つ諦めてなんかいないんです。
もう一度、元気になった家族みんなで『エルトリア』を綺麗な星に甦らせる。
―――そしていつか、父さんと母さんが眠るときには……あの家の、暖かなベッドの上で、眠って貰いたいんです。
子供の頃に描いた夢の通りに、わたしたちの育てた沢山の花を飾って……」
沢山の不条理があり、同じだけの障害もある。けれど、それでもなお諦めたりはしないのだと、アミタはキリエにそういった。
焦る気持ちも分かっていた。苦しみも、痛みも、同じだけ感じていたのである。……だからこそ、守ろうとしてしまったのだが、それがどれだけ傲慢な姿勢かを、この星にきて漸く学ぶことができた。
姉妹揃って、過ち続けてしまった―――しかし、それがこれからの進む足を止める理由にはならない。
「失敗は取り戻せば良い。自分を責めても、出来ることが減っていくだけです」
負った傷も、負わせた傷も。悔やみ沈み、何も出来ないまま終わるより、背負った罪科さえ、明日へ繋げる花に出来るのなら。
きっとそれは、過ち続けた結果であろうと、決して間違いなどにはなりはしない。
その為に、
「この星に起こる被害を食い止め、ユーリを助けて、イリスも止めて話を聞く。わたしたちにできることが、まだあります……ッ!
空を見上げれば、背筋も伸びます―――これからがんばりましょう!」
ほら、しゃんとして―――と、アミタはキリエの背を優しく撫でる。そして、共に告げられた姉の言葉に、キリエは意を決したように顔を上げた。
今、自分が出来ることを必ず成し遂げるという決意と共に……一人の少女の物語は、再び先への路を開き始めた。
***
時空管理局、本局指令部にて。
レティは先程受けた捜索対象、『イリス』についての報告に際し、地上のリンディへ通信を行っていた。
「そっちはどう?」
『問題なく。結界魔導師の布陣、完了したわ。
指示通りに関東全域をカバー出来る様にしてある。―――現地への被害は、絶対に出させない』
封鎖領域の配備の完了を告げ、レティにリンディは現地への被害を食い止める決意を露わにした。
「ありがとうリンディ。結界内の人員はどう?」
『大丈夫よ。まぁ正直言うと、ユーノくんが出てくれてたら……なんて思わなくもないけどね。
無い物ねだりは出来ないし、今居る人員でも十分に対応は出来るわ』
「頼りにしてるわよ」
『ええ、任せて。地上の実働部隊はクロノが動いてくれてるから、じきに報告が来ると思うわ』
「了解」
噂をすると、クロノからの通達が入った。簡単にまとめられた体制と、〝デュランダル〟のチェックを終え次第、自分も出る、といった内容が記載されていた。
「ふふ、親子揃って頼もしいわね」
『もちろん。自慢の息子だもの―――』
***
―――と、母親たちがそんなやり取りを交わしていた頃。
レティへの報告をしたクロノは、自身の補佐であるエイミィと共に、都内のある倉庫へと向かっていた。
入り口前で簡単な手続きを済ませ、二人は倉庫の中へ。
まるで冷凍庫の如く冷気を包んだこの場所には、クロノが先人より託された品が納められている。
目的の場所まではだいぶ距離がある。その間に、二人はこんなやり取りを交わしていた。
「怪我の方、大丈夫?」
「もう治った」
エイミィの向ける心配に、クロノは素っ気なく返す。だが、エイミィは特に気を悪くした様子もなく、仕方ないなといった顔で彼に釘を刺すが……。
「もぉ……、無茶はダメだよ?」
それに対し、クロノはこう返した。
「犯人を逮捕したいだけだ」
短い言葉の中に、クロノが抱く決意が読み取れる。
これまで、いくつもの事件に立ち会ってきても尚、決して全てを解決出来たということはなかった。
けれど、それでも覆しきれない現実へ立ち向かい続けているのは。
「どれだけ悲しことがあったのか知らないが、自分の悪事を正当化して、他人にその悲しみを押しつける……ああいう輩は、最後には生きることからさえも逃げだす。
そんなのを許すわけには行かない。そのための僕らだ―――」
世界に『こんなはずじゃない』ことが溢れていようと、目の前にある事柄を、ただ諦めるだけの終わりなのだと言わせないために。自らを貶め、他者を虐げるだけの結末を、変えるため、彼らは戦い続ける。
そうして、倉庫の奥へ二人は辿り着いた。
「―――デュランダル、出撃だ」
足を止め、クロノは二振りめの
若き主の声に、杖もまた簡潔に応じる。
《Ok, Boss.》
その応答を受け、クロノは『デュランダル』を手に動き出した。今度こそは必ず、この事件を終わらせる為に。
安らかなひととき
時空管理局、本局の食堂。
次元の海に設置されたここ本局では、第一管理世界・ミッドチルダの首都『クラナガン』の標準時刻に合わせた『一日』の経過を人工的に再現しており、局員たちが延々と夜や昼だけといった違和感をなくせるよう配慮されている。
その為、地球ではまだ夜だが、此方では魔法で再現された日差しが注ぎ、室内を明るく照らしていた。
事件に当たっているとはいえ、人間に休息は必要だ。特に、『魔法』を使用するには十分な食事を取っているかなども影響してくる。
なので、
「今のうちに、何か少し食べておこっか?」
「うん。アリサちゃんたちにも、連絡しなきゃだし……」
と、このように。
事件以来、なのはとフェイトは戦いづくめだったこともあり、今はちょっとしたお休みタイム。ついでに、地球にいるアリサたちには心配をかけたままだったこともあり、連絡を入れておこうということになった。
最初に松葉杖のなのはが席に着き、後からフェイトが軽食の載ったトレーを持って隣に座った。それらを摘まみつつ、二人は地球に居る親友たちとの通話を開始する。
数回のコールを経て『もしもし?』と返す声が聞こえてきた。次いで、鮮やかな金髪と紫がかった艶やかな黒髪の少女たちの姿が映る。そうして見えてきた親友たちの顔に、どことなくホッとした気分になりながら、なのはは二人の名前を呼んだ。
「アリサちゃん、すずかちゃん」
『なのは! よかったぁ~……』
『ずーっと心配してたんだよ?』
どうやらホッとしたのは二人も同じようで、胸をなでおろしている。だいぶ心配をかけてしまったこともあり、なのはは小さく謝り、あちら側の近況を訊ねていく。
「ごめんね……。そっちはどう?」
『こっちは特に……高速道路であった、トレーラー暴走事故の続報が少し流れてるくらい』
「そっか……」
すずかが言うには、地球では『魔法』や『フォーミュラ』についての情報が漏洩されたということもなく、先日からの車両盗難と今夜起こった大型車両の暴走の続報がされている程度だという。
直接的な被害がまだ出ていないのは幸いであるが、気を抜くわけにはいかない。自然と話は、事件の関連が多くなる。
『それから、ユーノくんなんだけど……』
『ケガしたって聞いたんだけど……大丈夫なの?』
そして二人は、ユーノについても訊いてきた。どうやら彼女らにも少しは説明されていたようだ。
「……うん。容体は安定してるって」
『そう……。うん、ならいいの。あんまり大げさに気を揉むのも、よくないし』
アリサとすずかはそれ以上は踏み込まなかった。なのはは「ありがと」と言って、話を少し戻した。
「まだ大きな動きはないみたいだけど、気を付けてね? わたしたちはいま本局だけど、
なのははとフェイトは、自分たちは本局だからすぐには守れない。でも、はやてが東京に居るから大丈夫だろうと言い、自分たちも街を守れるように全力を尽くすと決意を表明する。
「現地への被害は、絶対に出さないように頑張るからね……!」
『そんなの、全然心配してないけど……でも、それならちゃんと帰ってきなさい。なんてたって、まだ夏休みは始まったばっかりなんだからっ!』
「大丈夫、直ぐ片付けるから。自由研究の続きもしなきゃだし」
「夏休みの宿題も、みんなで頑張って、七月中に終わらせないとっ」
『そうしたら、八月は思いっきり遊べるわね』
「みんなでいっしょに、ね?」
すずかの言葉に、皆は思わず『うん!』と揃った返事をしあった。こうして短いながらも絆を確かめ合った少女たちは、明るく笑い合っていた。きっとこの先にある結末が、暗く沈むだけのものでないと信じながら。
そして、それに呼応するようにして―――
二人の元へ、残された記憶の復元が完了したという報せが入ってきた。
***
「できたぁ~っ!」
と、指揮船の一室に、レヴィの声が響いた。
彼女の手の中―――その蒼い魔力光の中に、復元された紙片がしっかりと元の形を取り戻していた。
「でかした!」
ディアーチェもレヴィを褒め、リインや八神家の面々も「お疲れ様」とレヴィを労った。一気に褒められ、レヴィは「えへへ~♪」と得意顔だ。
傍らのシュテルも、レヴィを撫でながら「頑張りましたね」と褒めてくれる。それに「もっと褒めてぇ~♪」と甘え、シュテルも「えらいえらい」などと言いながら、彼女をもっと撫でていた。
張り詰めていた空気が抜け、少しばかり弛緩する。
だが、いつまでも惚けてはいられない。せっかく事件の手がかりを掴んだのだ、その中身を確かめなくてはならないのだから。
そう思い直し、
「リイン、さっそく本局に連絡や。なのはちゃんたちにも見てもらお」
はやてはリインにこう頼んだ。
そうして主からの命を受けた幼き祝福の風は、元気に返事をして、仲間たちと連絡網を繋いでいく。
ほどなくして、なのはとフェイト、フローリアン姉妹の本局組や、クロノたちへの回線が繋ぎ終わった。―――いよいよである。
「それじゃあ、再生するね―――」
事件の手がかり。
そして、過去への足掛かり。
様々な要素の絡み合った事件の
どうも、ちょっとだけ早い更新な駄作者でございます。
前回遅くなって申し訳ありませんでした。今回はちょっとだけ早くはありましたが、正直このあとどうなるか自分でもよくわかりません(ヲイ。
と、弱音らしきものはここまでにして……今回の話と、前回の部分について恒例の説明(という名の言い訳タイム)に参りましょうか。
なお、お気づきの方も多いでしょうが……
今回の本編沿いを書くにあたり、前々回までのパートを『Another Detonation』とし、前回からこれから書いてくパートを『Original Detonation IF』と呼び分けることにしました。何となく逆に感じるかもしれませんが、とりあえず『違うDet』と『
ではまずは前回の部分から―――
ユーノくんがお姉ちゃん同様に流血枠に入ってしまいました。ですが、これにはちゃんと理由があります。前に書いていた方のラストでも沈めてたやつが何をいまさらと思われるかもしれませんが、ホントなんです! 信じてくださいっ‼(北斗感)
第一に、この話ではユーノ君が結界を張ってるのはどっちでも同じなので、離脱を試みている本編沿いの場合、イリスにとっては、ユーノくんの存在が絶対的に邪魔なんですよね。だから潰したい、ではどうするのか? ならもう、そりゃAZOるっきゃないでしょう。
ちょうどアミタだけが相手で、キリエの方は
そして、ユーノくんがちょうど治療(とウィルスコードの解析を)するために近づいてたので、『ブレード』でグサリという流れに。
またDetで未完成なままで『フォーミュラ』を魔法と一緒に運用すると時間制限が設けられたので、基本が戦闘ではなかったとはいえ、ユーノくんも『回復』『結晶化阻害』『魔力結合の促進』『離脱防止』をまとめて維持するような無茶な結界を作ってたのでギリギリだったという感じです。
続けて、今回の話についても少し。
今回は流れにはさして変更がありませんが、ユーノくんが治療される先が何故本局ではないのか? と言う部分ついては疑問があるかと思われますので、一応説明を。
自分が考えた理由としては、あのときはやてちゃんに抱えられてたわけなので、恐らく速攻でシャマル先生が応急処置に取りかかるだろうと思ったことと……ユーノくんが装備改修を必要としない無手の魔導師だったことなどが主な理由です。そしてそこに、ちょっと追加でフェレットモードのことも少しありますね。傷を負った場合の回復促進にもなるらしいので、恐らく手近に置いて経過を見るやり方が良いのではないかと思ったのが。
……もちろん、これは東京支局側にもある程度の医療設備がある前提での話です。いくら魔法でも、剣で(ユーリを間に介しているとは言え)刺されて大丈夫なんてのは流石に変なので、周辺の設備が整っている+特殊性込みでのこの展開になっております。
あと余談としては、映画未視聴の方にはネタバレなので、あんまり本編以外での解説は無粋かと思うので割愛しますが、マテリアルズたちの心理描写には少し力を入れてみました。映画を見た方にはちょっとでも「ああ……っ!」って思って貰えるような感じになってたら良いなと思います。……なお、個人的には早くマテリアルズVSユーリが書きたくて震えてます(間が……長い……っ)
とまあ、こんな感じで解説込みのいい訳を重ねてきたワケなんですが、これら含めで今回の話も楽しんで頂けていたのなら幸いです。
何時も呼んで頂いている方には、本当に感謝しか在りません。
そういう方々の存在に支えられて、励まされながら書いている感じです。その中でも特に嬉しいのは、コメントやメッセージなど……読者様の声が聞けるものでしょうか。もちろん評価なども嬉しいですが、書いている側としては、読んで意t抱いた上で、どう感じたかを言っていただける事ほど、光栄なことはありませんから。
と、少しだけしんみりしてしまいましたが……
ともかく今後も頑張って行くので、よろしくお願いします。皆様に楽しんで頂けるようなものをまたお届けしていきたいです^^