~魔法少女リリカルなのはReflection if story~ 作:形右
バニングス家滞在の場合でございます。
燃える空、夕焼けのひと時 √_Ⅲ
――じゃんけん、ジャンケン、じゃん拳。
それは、時に運を試すものであったり、いっときの雌雄を決するための手段でもある。
統計、確率、分析。
データが決めるその先に、腰を据えた信念が立ち塞がる。
全てを決めるのは神なのか、あるいは自分で
ただ、一つ言えることがあるのだとすれば……きっとそれは、何かを決意した者だけがその先へ行けるということだけ。
さあ、少女たちよ、その手をかざせ。
そして解き放て、勝利への一手はここにある。
――――一夜の運命の分岐点、それはここに拓かれた。
焔、太陽、豪炎業火――少女の碧い瞳に映るその火が、この定めを突き動かしていく。
――――じゃーんけーん、ポン!
***
ユーノはアリサに連れられて、彼女の家へと向かうことになりそうだったのだが――どうせなら空を飛んで連れて行って欲しいという彼女の要望に応える形で、夕焼け空を散歩しながら帰ることになった。
「くぅぅーっ! やっぱり良いわねぇ~!!」
「おとと。アリサ、ちゃんと捕まってないと危ないよ?」
空を飛んでいる最中に落ちるのは冗談では済まされないので、ユーノはアリサに注意を促す。
「うん。でも、ちゃんとユーノと繋がってるし大丈夫よ?」
そういって、ユーノが飛ぶ前にアリサに巻き付けておいた魔力で作った緑色の鎖を「ほら」と見せる。
短めにしてあるので、落ちてもすぐに引き上げられる。
「まぁ、それでも一応ね。空は、危ないことも多いから」
「それはそうだけど……あーあ、わたしも飛べたらよかったのに。そうすれば、ユーノと一緒に飛べるし」
そういって、少し残念そうに夕日を見つめる。
アリサのそんなつぶやきに、ユーノはなんだか少し寂しい思いが募る。
彼女の希望を叶えてあげたいが、生憎とアリサは『魔法』を使えない。だから、なのはの様に教えることすらできないのだ。
それが、なんとも言えず悔しい気がした。
不甲斐ない自分に苛立ちを募らせていると、アリサはそれを察したのか、少し困ったような微笑を浮かべる。
「いいのよ。別に」
アリサは才覚に溢れている。だが、それを鼻にかけてただ王座に座する慢心だけの独善者ではない。自分の力を知ることの出来る聡明さや、自分の能力を高めようと邁進する意志こそ、彼女の持つ一番の才覚であるといえる。
そんな美徳に溢れた彼女は、しっかりと現実と向き合っている。だからこそ、こうして笑えるのだ。
ならば、それに対してユーノが応えるべき言葉は一つだ。
「アリサ」
「??? 何、ユーノ?」
「まぁ、飛びたくなったらまた言って。いつでも力を貸すからさ」
アリサの寂しそうな顔を、少しでも紛らわすことが出来るなら……それは、友達としてとても嬉しい。
故に、これは後悔でも憂いでもまして同情なんてものではなく、ただ純粋な、約束の様な言葉だった。
「うん。じゃあ、ユーノに任せるわ」
アリサはニカッと、いつもの太陽のような明るい笑顔でそう応え、ユーノはそんな彼女の笑顔を見て「よかった」と安心したような心地になる。
ただ少し、
「でも、いつも忙しいユーノじゃ、気軽にナイト役に呼べないわよねぇー?」
と、ちょっぴり意地悪そうな笑みで言われ、よく考えて見たらそうだなと思わず納得してまう。
「うっ……」
軽々しい約束だったかな、とほんの少しだけ後悔する。
気休め程度でも、アリサの役に立てるならと思ったものだったのだが、返って良くないことだったのかもしれない。
生真面目なユーノは、「どうしようか」と一人迷っていた。アリサからすれば、単純にユーノに「もっと来て欲しい」的な意味だったのだが……なんとなく、困ってるユーノが可愛くてもう少しだけ意地悪したくなった。
「あらあら……そんなことじゃ、わたしのナイト役はフェイト辺りかしらねぇ?」
ちょうど、なのはに出会ったころの悪戯娘の部分が僅かばかりとはいえ戻って来てしまったことを、アリサはすぐ後悔することになる。
「あ」
「あ?」
返って来たのは、どこか間の抜けた返事。
おまけに、
「そっか。男の僕より、たしかに女の子同士の方が気楽かも」
なんだか、本来の意図とは違うことを言い出した。
「ちょ、ちょっとユーノ……?」
なんでそうなるのよ!? と、びっくりしてるアリサをよそに、「そうか、そういえばそれもそうかも」なんて言いだしたユーノに、アリサの勢いは急速に失われていく。
「っていうか、なのはたちのエキシビション付き合ってるなら、僕なんかよりそっちの方が返って良かったね」
なんか凄く純粋な笑顔でそう返され、アリサは一瞬固まる。
そして、即座に悟る。
ユーノや、あとはフェイトみたいに、なのは以上に変なとこで天然ボケをかます相手には、もっと判り易い言い回しが必要なのだということを。
「アリサ?」
今回のは、確かにアリサの失態かもしれない。
でも、
「――――」
だからといって、別に気づいてくれない相手に文句を言うことは、言った側の自由だろう。
ついでにいうと、生憎とアリサは、その類の文句に関して躊躇う様な質では無かった。
「(ぶちっ)」
その時、何かが切れた音がしたらしい。
「???」
しかし、向けられた当人は聴こえた前兆の意味を知らないまま、その余波を真っ向から受けることになるのだった。
「こんのぉ……鈍ちんフェレットぉおおおお!!」
ぎゅむぎゅむと、ユーノの頰をつねってくるアリサ。
いきなりそんな事をされたユーノは、彼女に抗議の声を上げる。
「あ、あだだだだっ! な、何するのさアリサ!?」
「うるさいうるさいうるさい!! あんたが気づかないのがいけないのっ! っていうかそういうの得意なくせになんで今気づかないのよ!?」
気づく、気づかないとは何のことなのか……さっぱり分からない。
「だから何の――っていうか僕何かした?」
「何もしてないから悪いのよっ!」
「何それっ!?」
「うるさぁーい! なによ、いいじゃない少しくらい私だけのナイトになるとか言ってくれても! 僕だけが――とか言ってもいいじゃない! すぐ諦めるとか、そんなにわたしに魅力がないっての!?」
わーわーぎゃーぎゃーと早口で文句をまくしたてるアリサ。
そんな彼女に、良く分からないままだったがユーノも似た様な感じで反論していたが……結局最後は、拗ねたようになったアリサを宥める作業に追われることになった。
「ふんっ」
「アリサ……いい加減機嫌なおしてよ……」
「やっ!」
「そんな、〝やっ!〟って言われても……」
そんな困り果てた男の子と、不機嫌な女の子の姿が、夕焼けの中で見られたという。
***
どうにか拗ねたアリサに機嫌を直してもらい、二人はバニングス家の玄関へと降り立った。
どうやらアリサも、このままお泊まりに呼ぶのはと考え直したらしい。この辺りは感情的であっても、聡明な彼女らしくもある。
(それにしても、結局なにが不満だったんだろ……?)
理由は謎のままだった。
アリサは「はぁ」と気づいてないユーノに呆れ、さっき素直に言っとけばよかったかなと、ついまくし立てて早口だった部分を反省する様な気分だった。
とはいえ、これ以上続けるのも不毛だ。
切り替えの出来る子であるアリサは、ユーノを招いた家主の一人として、早速玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
アリサが声を掛けると、
「おかえりなさいませ、お嬢様。ユーノ様も、ようこそおいで下さいました」
この家の執事である鮫島が二人を出迎える。
ユーノが来ることは、前もってアリサが連絡しておいた為、既にお出迎え準備は整っていたらしい。
丁寧に出迎えてくれた鮫島に、ユーノもまた丁寧に挨拶を返す。
「こんにちは、鮫島さん。今日はお世話になります」
ぺこりとお辞儀をして、挨拶を済ませる。
それを受け、鮫島もまた再度礼を返したのち、二人を促して家の中へと向かう。
リビングの前で、扉をノックをして「旦那様、奥様。お二人をお連れしました」と声を掛ける。
すると、
「お、来たか。ご苦労様、鮫島」
「三人とも、入って来て〜」
と、明るい声が返って来た。
「失礼いたします」
執事らしく、丁寧さを欠かない振る舞いでドアを開け、二人をその中へと通す姿は流石といいたくなるとユーノは思った。
そんな事を考えながらリビングへと入ると、そこにはバニングス夫妻がおり、暖かく二人を出迎えてくれた。
「おかえりアリサ。ようこそユーノくん。よく来たね!」
「二人とも、おかえりなさい! ユーノくん、今日はゆっくりしていってね〜」
非常にフレンドリーに出迎えてくれた二人に、ユーノは少しばかり照れ臭さを感じたが、直ぐにそれは薄れ、にっこりとした笑みでそれに応じた。
「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
和やかに挨拶を交わしたあと、アリサは珍しく家にいる両親と明日の話をしたいらしく、ユーノの手を引きながらソファへ。
母であるジョディの脇に座り、その隣にユーノ、更にそれを挟むように父のデビッドが座り、四人は明日行く《オールストン・シー》の話を始めた。
鮫島はそれを微笑ましげに見届けたのち、お茶の用意をするべく静かにキッチンへと赴いていく。
そうして四人の前にお茶が出された頃、ジョディからユーノにこんな質問が飛んで来た。
「そういえば、桃子さんから聞いたんだけど……ユーノくんって考古学者さんなのよね?」
「えぇ、まあ。僕の一族は、そういうのが得意なので自然と僕も」
「なるほど。僕も、士郎さんやアリサから聞いてたけど、改めて聞くとやっぱり凄いね。アリサと同い年なのに」
「いえ、そんな大した事じゃ……それになのはたちもそうですし、ミッドでは就業年齢はこんなものですから」
と言うユーノだが、
「そーはいうけど、ユーノったら『無限書庫』の司書長なんかもやってるのよ? これでそう言われてもねぇー」
アリサはそういってユーノのほうを少しニヤッとした顔でみた。すると彼は、そんな彼女の視線に困ったような笑みを浮かべる。
ユーノのそんな様子を見て、ジョディは軽く助け舟を出す。
「ふぅん、噂に違わず凄いのねー」
「噂?」
「えぇ、リンディさんと桃子さんがよく言ってるからそれで覚えちゃってね。ユーノくんは凄いーって」
「そんなことが……」
苦笑しつつ、褒めてもらえていたらしい事を知り、ユーノは「買い被りですよ」と言う。
「なのはたちに比べれば、まだまだ。僕のしていることは、あくまでもただの
「あら、それは少し違うと思うけど?」
「違う、って……?」
首をかしげるユーノに、妻の言葉を引き継いだデビッドが説明した。
「ユーノくん。ジョディが言いたいのはね、支える側の人間を〝ただの〟等と軽んじるのは良くないってことだよ。君が自分を裏方だと思っていても、そこが疎かでは表に立つ人も思いっきり動けない。つまり、なのはちゃんたちが戦えるのは、君を含めた支える側がいるからなんだってことさ」
僕らも、そうやって互いに支え合って働いているわけだからね! そう締めくくると、デビッドはアリサに似た明るい笑みを見せる。経営者といった立場を担うバニングス夫妻としては、支える側の重要性を言っておきたかったのだろう。
事実、明日からのテストオープンを控える《オールストン・シー》もまた――『バニングス』と『月村』、それぞれの会社の協力によって成り立っているのだから。
「たくさんの人の夢が詰まって、色んな物事を成し遂げていく。ユーノくんだって、それは知っているでしょう?」
ジョディにそう問いかけられてたユーノは、
「――はい!」
と、力強く返事を返した。
確かに、自分を〝ただの〟と軽んじるのは不適切だったかもしれない。
『無限書庫』で働いてるみんなにも失礼だし、何より疎かで良いものでないのは、司書長であるユーノが一番知っておくべきことでもあった。
「そうですね。つまらないことを言うよりも、どれだけ皆の役に立てているかに誇りを持つべきでした」
「そんな堅く考えなくても良いのに。頑張ってるってだけで良いじゃない?」
そんなアリサからのツッコミに「それもそうかな」とユーノが返したあたりで、何処と無く穏やかな笑いが起こり、和やかに時間は過ぎていくのだった――――。
*** ささやかな、秘密の話 Secret_Recollection.
そして夜――。
お風呂から上がったユーノは、ぼんやりと庭で星を見ていた。
窓から抜け出すことも、飛行魔法の使えるユーノにはさして難しいことでもない。加えて、靴などもバリアジャケットの要領で作れるので、そこまで躊躇いはなくユーノは外へ出ていた。
庭の林が夜風になびく音と、頬を撫でるその流れに包まれながら、ユーノは一人で空に煌めく星を見ていた。
海鳴の街からは少し離れていることもあって、ここでは星がよく見える。
それにユーノは、なんだか懐かしいような感覚を覚えていた。
遺跡や、数々の文明の跡を巡って来た彼は、人の居ない世界……滅びた世界などもよく見て来た。
そこにはかつて沢山の何かがあって、きっとその想いの強さゆえに滅びたのだろうな、と――遺された物を見たユーノは、毎度そんなことを思う。
「…………」
それ自体は、きっと大したことでは無い。
もう昔と呼んで差し支えない、ずっと前のことで……とっくに分かりきった、変えようの無い事実でしか無いものだから。
瞳を閉じ、ユーノは芝生に横になる。
お風呂に入ったばかりだが、手入れの行き届いた草の絨毯は然程ユーノに牙を剥くことはない。
ゆったりと、そして包むような感覚で、静寂の海を漂い、そして沈む。
脳裏に浮かぶのは、嘗ていた、ある時の集落の光景。
ちょうどなのはたちと出会うきっかけとなった、『ジュエルシード』を見つけた次元世界と似ていた場所。
如何にも遺跡然とした、さみしいような、荒れた岩と荒野の織り成す風景の中にいたのは、果たして何だったのだろう。
自分の始まりがあった、その場所は――――
「ユーノ」
声が聞こえる。
閉じていた目を開いて、その声の主を探す。
幸いにして、彼女はユーノの直ぐ後ろにいた。
「アリサ……どうしたの? こんな時間に」
「さあ? 強いて言うなら、そうね……気まぐれかしら?」
くすっと笑い、アリサは芝生に横になっていたユーノの傍にしゃがみ、額を軽く小突いた。
「…………」
何となく額を軽く押さえ、アリサの言葉を反芻してみる。
(気まぐれ、か……)
成る程、とも思うし、なんとも彼女らしいような気もする。
芯の通った心の持ち主であるが、彼女は――だからこそ、そこに柔軟さを取り込める。
誰かを受け入れることや、誰かの背を押すことができる人間なのだ。今、ユーノの傍にいる、アリサという少女は。
そんなことを思っていたユーノに、今度はアリサが問う。
「で、次はわたしの質問。こんなとこで何してたの?」
少し目を伏せようにして投げかけられた疑問。夜の暗がりでさえ輝きを失わない碧い瞳に見つめられ、心臓が少し跳ねるのを感じながら、ユーノはなるべく落ち着きを払って応えた。
「そんな大したことじゃ無いんだ……それこそ、アリサと同じ気まぐれみたいなものでさ」
空を見上げながら、呟くようにそっと口を開く。
「なんとなく今のこの場所が、僕のいた頃のスクライアの集落に似てたから――それに」
星の輝きを一人で眺めていた、幼い記憶を思い返す。
酷く独善的で、酷く恩知らずな想いだったかもしれないそれを抱いていた、幼い頃を反芻しながら、
「僕が本当に小さい頃にいた場所も、こんなところだった気がするから」
と、ユーノはそういった。
勿論、アリサにはユーノの浮かべた憂いがなんなのかまでは分からなかった。
口に出していないのだから、それは当然といえる。
しかし、それと彼の浮かべた憂いに、彼女が引っかかりを覚えたことはまた別のことで。
「へぇ……」
アリサはそれを聞くと、しげしげと周りの景色と、そしてユーノの顔を見渡してみる。
「そんなに、似てるの? ここ」
改めてそう訊きつつも、そういえばユーノの家族や出身地について、自分は何も知らないのだということを自覚し、アリサの心はそれを知りたがり始めた。
湖の底を棒で掻いたように、沈んでいた疑問が浮き上がってくる。
興味、というのはいささか俗かもしれないが、彼について知りたいという好奇心は止められそうもない。
「そういえばわたし、あんまりユーノのこと知らないし……よかったら教えてくれない? ユーノのこと、色々」
自分のことを、私に教えて欲しいというお願いのようなアリサの言葉に、ユーノはそっと空から視線を外す。
空から目線を外したユーノは、ほんの少しだけ考えるような仕草をしてから、
「じゃあ、どこから話そうかな――」
と、前置きして、ポツリポツリと語り出した。
――それから語られたのは、一人の少年の過去。
様々なことがあり、それに伴ったたくさんの出会いの話。
ただそこには、彼に積み重なった暖かさと同じくらい、もしかしたら冷たさもあったかもしれない。
それは、きっと誰しもが一度は経験したことのあるもの。
ありふれた寂しさで、迷ってしまった思い出で、何より苦しんだ先の答えでもある。
歩んできたその道は、確かに彼の今に繋がっている。
幾つもの何かがあって、それを越えるための幾千の旅があって、そして彼は今――ここにいる。
――そうして星空の下で語らった、二人だけの秘密の物語。
空に馳せた〝それまで〟は、きっと……確かな道標として、〝これまで〟の軌跡を描いて来た。
きっと、彼ら彼女らはこれからもきっと描き続ける。
儚くも美しく、気高くて優しいような、尊くも儚い夢の座標を。
そうして、たった一人で空に馳せて来たその想いは、既に満ち足りた暖かさに変わってしまっていた。
出会いの紡いだそれはきっと、この先の物語へ向かって行き、嵐すらも越えていく。
自分たちの前にある、小さな幸せを守るために。
だからこそ、苦しさも悲しみも全て……明日への
――厄災の種を、止めようとした翡翠の輝きは、
――数多の運命を撃ち抜いて来た、不屈の星の光に繋がり、
――いくつもの迷いを断ち切ってきた、気高き金の
――夜空に集う古の騎士たちと、彼らを統べる優しき主人を解き放った。
太陽の少女をも共に導きながら……夜明けの果てに、騒乱の朝が幕を開ける。
そうしてまた、この世界は、新しい物語の