~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 未だ収まりを知らない戦いの最中。罅割れの様に、隠された傷はその真実(すがた)を晒していく。

 ある計略。ある真実。
 隠された過去に込められた、その全てが明らかに。

 ───戦いの理由は、遠き星で喪失した夢から始まった。




第二十三章 崩壊する過去、繋げていく未来

 謀の真相、欠落の愛

 

 

 

 謎が次第に明かされていく中、イリスは己の過去に込められた秘密に触れていた。それは、彼女の一番古い記憶から始まる。

 

 造られた命だった。

 だから、普通とは違う。生まれる寸前の記憶もあったし、生まれたての自分は人でいうなら三歳くらい。赤ん坊だった頃はないし、当然ながら生みの親というモノも存在していない。

 自分の中に様々な知識があって、人が十数年かけて覚えることを、最初から頭に刷り込まれていた。その目的は、星を救う事。―――そう。自分が惑星再生のために生み出されたモノということを、初めから理解していた。

 でも、

 〝もうすぐですね……〟

 〝ああ。―――良い子だ。早く生まれておいで―――〟

 

 たとえ、何と貶されようと―――『イリス』は、確かに()()()()()だった。

 

 小さなころ、いつもそばに誰かがいた。

 自分の〝父親〟だったマクスウェル所長を始めとした、沢山の人が。

 施設内には年下の子供たちもいて、その面倒を見たりもしていたし、ある日舞い降りた〝天使(ユーリ)〟は故郷を救うための希望を齎してくれて、彼女の一番の友達になった。

 

 

 

 ――――――本当に、幸せだった。

 

 

 

 一切の淀みもなく、あの日々はとても幸福な時間だった。輝きに溢れ、希望を抱いて明日を目指していたのだ。

 ……だが、

 

「お上はどうやら、惑星再生に取り組む気力を無くしたみたいだ……」

 

 その日から、何時もより抱えていた問題は膨れ上がる。

 星を救うための予算組が政府からだんだんと見放され始めていた。せっかくユーリが来てくれたことで、本来の姿が戻り始めていたのに、人の思惑は夢を現実という言葉で否定するばかり。

「そんなの、おかしいよ……」

 しかし、憤りに苛まれながらも希望を失うことはなく願い続けていた。

「ああ。だから交渉を続けるつもりさ……。委員会(ココ)の技術スタッフは一流だし、ユーリっていう新しい希望も来てくれた。それに何よりもイリス、君がいる。

 大丈夫。私に付いて来てくれる人たちや、私の子供たちに辛い思いはさせないよ」

 向けられた優しい笑顔は、子供のころからずっと自分だけのもの。造られた命である自分が心を持ち、ヒトの為に働くことへ意味を見出し続けた理由そのものである。

 自分は人とは違うけれど、それでも優しい心と愛情をもらった。……なら、それに応えられなければ嘘だ。自分は自分に出来ることが在って、それが自分のことを愛してくれている大切な人たちの為であるならば―――他の付加事象など、些末なことに過ぎないのだから。

 

 だが、その幸せはある日、唐突に崩壊を迎えた。

 

『誠に遺憾であるが、〝惑星再生委員会〟の運営は、中止が決まった。職員たちには居住衛星(コロニー)の緑化や設備整備についてもらう。それから委員会の製作物……〝イリス〟と言ったか? アレも、政府の備品として扱うことが決まった』

「―――そうですか……」

 きっかけは『惑星再生委員会』の運営の中止。しかし、中止と銘打ってはあるが、体のいい取り壊しで吸収と同じだ。エルトリア政府はこれ以上の再生を望むよりも、培われた技術を別の未来へ繋げることを選んだ。

 しかし、

『君には査問が待っているぞ、マクスウェル。不透明な予算運用や、明らかに再生を逸脱した研究の内容について』

「…………あなた方のやり方では、エルトリアを救えなかった……ッ!」

『君のやり方でも救えなかった。……結局はそういう事だよ。解散の日時については、追って連絡する』

 

 何かが、そこから変わった。

 

「所長……」

「……希望はこれで無くなった。残念だよ。……でも、大丈夫―――なぁに、最後に笑ってればいいのさ」

 変質なのか、或いは抑え込まれていたものが表出したのか、それは分からない。けれど、決定的にそこから何かが変わった。

 

 

 

 ―――――そうして、全てが嘘で塗り替えられた。

 

 

 

 委員会に吹き荒れる銃弾の嵐。

 床に転がった骸と、そこから流れ出していく鮮血。

 何もかもが、赤く赤く染まっていく。

 でも、ちょうど外へ出ていたイリスは知らなかった。……いや、それも含めて計算尽くだったのだろうか? ───何せこの惨劇は、彼女の分身を用いて行われたのだから。

 

「所長! …………ぇ」

「やあ、ユーリ」

 襲撃を受けたと伝えるためにユーリが所長室へと駆けつけると、マクスウェルは暗い部屋の中で静かに惨状をぼんやりと眺めていた。何も言わず、ただ静かに。その所為か、(ケージ)に入れられた猫たちの声だけがやけに強く響いている。

 あまりにも奇妙な光景だった。

 驚きに立ち尽くすでも諦めて受け入れようとするでもなく、どちらかというならば、無機質な機械じみた表情。まるでそう、つまらないものを見せられているような、そんな顔だった。

 これで気づけないわけもなく、対峙したユーリは信じられないものでもみたように、彼女らしくもない強い口調で詰問した。

「―――あなたが、やらせてるんですか……⁉」

 だが、ユーリの様子に何ら動じることもなく、

「そういう事になるね」

 マクスウェルは淡々と返答を並べていくのみで、一切の表情を変えない。無機質で冷え切った眼差しを向けられて、ユーリは思わず言葉を失った。

 機械じみた表情を張り付けたこの人が、本当に何時も自分とイリスに笑顔を向けていた人物なのか、と。

 だが、彼女の居る場所は紛れもなく現実でしかなく。凍えた視線に捕らえられて氷漬けにでもされた様なユーリを他所に、マクスウェルは更に言葉を重ねていくのみ。

「政府の意向で、惑星再生の仕事は終わりになった……。成果を上げられなかった私たちは、碌でもない閑職に回される。───()()()()()()()()()()()()()()()?」

 潰えた夢の先にある、平凡な時間を否定する言葉の羅列。それは、子供の癇癪に似ていた。〝惑星再生〟という事柄(あそび)の終わりを告げられて、せっかく積み上げた積み木を力任せに壊す様な行為に。

 確かに、人生を賭けているに等しい夢を政治的な都合で奪われたのは、とても辛いことだ。

「でも、だからって……!」

 殺すというのか。

 意味を無くして、自分の描いた夢について来た人々に次の舞台が相応しくないと、そう思ったからといって殺すのか?

 だから命を、そんな紙屑みたいに簡単に捨てられるのか?

 大切なものだと認めていながら、自分の描いた形と違うからといって、こうして切り捨ててしまうのか?

「私の技術とイリスを買いたい、という団体があるんだ。私とイリスは、そこに身を寄せることにした。もちろんユーリ、君にも来て欲しい」

「……軍事団体ですか」

「ああ。この星の人間が逃げ出した先にも、その先にある遠い異世界でも、戦乱はどこにでもある。そういった場所でなら、私の技術や経験も()()()()()()()

 ───イリスの設計思想(コンセプト)は、無限に増殖する人造兵士だ。

 材料と動力(エネルギー)源さえ与えておけば、壊すも創るも思いのまま。どこでも役立つ、便利な兵士さ」

 直ぐに必要と判断したものだけを、こうも露骨に残して。それでもなお、自分の望む形だけを求めるというのか―――

「―――イリスがそういう風に生み出されたこと、気づいてはいました」

 ユーリが『夜天の書』を取り出し、実力行使さえ辞さない面持ちを見せるが、マクスウェルは一切の動揺を見せない。それどころか、むしろユーリが聞き分けの無い子供であるかのように眺めている。……皮肉なことに、初めよりもその表情の方がまだ人間らしかった。

 だが、まだ言葉は届いている。ならば構わないと、ユーリはマクスウェルの真意を確かめようとした。

 確かに、イリスの力はただ星を救うためのモノだけではなかった。小柄な体躯にしては不自然なほどの腕力や、『ヴァリアントシステム』によって生成される『アームズ』は明らかに武装に寄り過ぎていた。

 けれど、それらの力も危険生物や危険地帯へ向けられるものとして、救うために用いられていたのに。……なのに、どうしてそれをいきなり、こんな壊すための力に転じさせるというのか。

 愛していた人の手で操られ、愛していた人たちを殺していく。それも、自分の知らないところで……。

 こんな残酷なことがあるだろうか。

 なにより、

「あなたもみんなも、あんなにイリスを愛していたのに……ッ!」

 ユーリは必死にそう訴えた。あの時間は、偽りではなかったはずなのにと。

 だが、それは。

()()()()

「なら、どうしてこんな―――ッ⁉」

 マクスウェルにとっては、()()()らしい。

「愛情は、ヒトの心を動かすための動力源(ねんりょう)だろう? イリスは私の愛情を受けて、性能以上のスペックを発揮してくれた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()―――私の子供であり、都合の良い道具としてね」

「っ……マクスウェル、あなたは……ッッ‼」

 最後の言葉にユーリは激高し、マクスウェルへ向けて『魔法』を行使しようとした。友を貶めたことに対する怒りのまま、感情に任せたまま。

 しかし、それを。

「―――フフッ」

 マクスウェルは、優しい笑みで迎える。

 何らかの文字の羅列が浮かんだ、緋色の眼差しで。

「ぇ……ぁ、これ……は……?」

 それを見たとたん、ユーリは急に膝から崩れ落ちた。意識と身体が急に分けられてしまったように、動かなくなる。困惑するユーリに、マクスウェルはゆっくりと歩み寄りながら、優しく語り掛ける。

「そして君も、私にとっては愛しい〝子供〟だ……。〝魔法〟という、素晴らしい力を持っている。その力は、イリスと共に在るべきものだ。仲良し二人で、私と共に新天地へと赴いて働こう」

 意識だけが残ったまま、身体を奪われたと、ユーリはまさにそう感じていた。

 このままではいずれ、意識さえも掻き消されてしまう。イリスに真実を告げられないまま……いや、このままではイリスにも魔の手が及んでしまうかもしれない、と。

 その時、

「っ、ぐ……この……!」

「――――ぁ、は……ッ⁉」

 主人の恐れを感じ取ったように、猫たちが檻を飛び出してマクスウェルへ向け飛び掛かる。もちろん、体格差のある人間に敵うわけもなく猫たちは振り払われ、床に叩きつけられてしまうが……。

 それは、ユーリに自由を取り戻させ、『魔法』を一つ発動させるだけの隙を生んだ。

 

「――――――、っ……ぁぁぁああああああああああああああああああああっっっ‼‼‼」

 

 叫びに込められた感情が、果たしてどのようなものだったのか。それは、本人であるユーリにも解らない。

 けれど、何かを終わらせてしまう悲しみだけが、そこに色濃く残されていた。……そんなもの、これまでの長い旅路にはいくらでもあったというのに、このエルトリアで過ごした幸せな時間は、それだけユーリの中に深く意味を刻み込んでいた。

「ごぅ、ぼぉ……ぁ、お……っ、く……ふっ、くく……」

 自らが子供だと認めた相手に、心を磨り潰す様な殺人をさせておきながら、薄く嗤いを残してマクスウェルは事切れた。

 最悪の置き土産を残し、最後の詰めに至るまで完遂させて―――

 

 

 

「どぉ……して……なんで……? ねぇ、ユーリ……嘘だよね……っ? ……ユーリが、こんなことするなんて……っ」

 

 

 

 施設へと帰って来たイリスへ、最後の警告を残す。しかし、イリスはそれを警告とも思わなかっただろう。

 何せそれは、脳裏に思考を刷り込むのに等しい行為。

 マクスウェルはイリスの中に自分の記憶と意思を残して、そこに残された残存意識でイリスにこう刷り込みを行った。

 

 ───〝ユーリが暴走した〟───〝委員会も、自分も終わりだ〟───〝戦わずに逃げろ〟

 

 事柄としては、実に単純。

 むしろ、イリスが施設から逃げ出すことも考えられるが、ユーリがイリスへ真実を伝えようとすることを考えれば可能性は低い。だがそれを、『ユーリの行った行為』と『大切なモノの死』に照らし合わせると、どうなるのか……。

 その答えは、付与された事柄と同じくらい単純な感情へと直結する。

「…………わたしが、やりました……」

「―――――――――」

 怒り。悲しみ。

 それらが転じて、一気に報復へと移行する。

「でも、聞いてください……わたしは、がぁ……ッ⁉」

 与えられた偽りを、強迫観念じみた真実だと認識させられて。

「……んで、だよぉ……何で殺したぁぁぁッ‼」

 感情のままにイリスはユーリを殴りつける。初めて人を殴りつけた感触は、ひどく鈍く痛いものだった。

「ちが、違うんです……! わたしは……っ」

 イリスに殴られて、ユーリは困惑と罪悪感、そして真実を告げねばならない板挟みに、どうしていいかさえ判らなくなる。

 言葉を失い、情けない涙だけが零れ落ちる。

 しかし、感情がないまぜになっていたのはイリスも同じだ。

「っ……、ぅぁあ……」

 ()()()()マクスウェルが大切だったように、今しがた殴りつけたユーリも大切な友達である。何が起こったのかも判らずに手をあげてしまったのは、あまりにも冷静ではない。

 冷静でいられない状況であっても、イリスはユーリの言葉を聞けたはずだった。仮に言い訳だと思えても、聞くことが。

 しかし、

「あ、ああ、――――――あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああッッッ‼‼‼」

 イリスは、二つの大きすぎる存在の板挟みと、刷り込まれた強迫観念に突き動かされていた。

 そして、イリスの中にある『何か』が歪んだ。復讐という切っ掛けによって、隠されていた本来の姿―――争いの道具としての力を、彼女はその時初めて開放する。

 だが、イリスは分身体を生み出すだけの暇がない。そもそも、その機能を戦いのためのものと考えたことの無い彼女にとって、端から浮かぶ発想ではない。

 数では圧せず、かといって火力もユーリの方が強い。

 

 ───故に、イリスは敗北した。

    身体を失い、大切なものをすべて失い、心だけが遺跡板の中で眠りについて、長い長い時を過ごすことになった。

 

 

 

 ***

 

 

 

『そうしてユーリは旅立ち、イリスはあの場所で眠りについて、わたしの娘と出会いました。……いったい、これのどこまでが貴方の計画だったのかは分かりませんが……』

「全部さ。―――と言っておくよ」

 画面越しのエレノアの言葉に、マクスウェルは軽い調子でそう答えた。

 そう。初めから、勝ち目のない戦いではあった。しかし、それで良かったのだ。

 この戦いを仕組んだマクスウェルの第一希望(ファストプラン)は、イリスとユーリを共に連れてエルトリアを後にすること。だが、当然これが上手くいく可能性は極めて低いといえる。なぜなら、二人はあまりにも純粋すぎた。

 だからこそ、マクスウェルは第二希望(スペアプラン)を用意した。

 施設を襲った量産型に自壊機構を備えて置き、証拠を隠蔽。ユーリが施設を襲い、皆を殺した犯人だという思考の誘導。

 これらを以て、イリスをユーリと戦わせる。

 真実を知るユーリに〝イリスを殺さずに戦いを終わらせる〟という枷を与え、逆にイリスには〝ユーリを殺してでも報復を果たす〟という楔を打ち付けた。

 当然、イリスが敗北するのは確実である。しかし、だからといってユーリが簡単に勝てるほど、イリスの戦闘能力は低くない。まして、殺せないという枷があるのならば尚更である。

 本気で殺しにかかる相手を抑えながら、対話を試みる。

 それが如何に難しい事なのかは、考えるまでもなく明らかだ。尤も、イリスは仮に死んでも情報記憶の一欠片からでも再生するが、ユーリはこれ以上人を殺せない。まして、殺したことを責められながら戦っているのだから出来る筈も無い。

 『夜天の書』とユーリの性質もそれに拍車をかける。完成した状態でない『夜天の書』は、使えば使うほどページが減っていく。そして、最終的に収集を行わずにいる場合、主を求め転生する。

 ……とりわけ、当時の『夜天の書』はまだ『闇の書』であり、下手をすれば暴走の危険があった。万全であればユーリは『闇』を抑え込めただろうが、イリスとの戦闘直後ではそうもいかない。

 ―――となれば、答えは一つだ。

 ユーリはイリスを殺さずに止めるために全力を尽くし、減ったページを自分自身で埋めてこの地を去る。

 残されたイリスは、自分を殺さずに『ウソ』までついて自分の前から消えたユーリを恨み続ける。

 そうして何時の日か、今度は必ず勝つために万全の策を施して、イリスはユーリを見つけるだろう。長い年月が必要になろうと、幸いこの二人は単純な加齢で死ぬことはない。時間さえあれば、最後は戻って来る。

「そう。記憶データの一欠片さえあれば、イリスは何度でも蘇る。だからこそ私の記憶と意思もそこに託した。

 無論、娘たちを戦わせたのは心が痛む。けれど、それもこうしてこの星で再会できたのならば、些末なことだ。何故なら私は、こうして娘たち共々、この新天地へと辿り着いたのだから―――」

 そんな歪んだ信頼が、あの戦いと惨劇の真実であり、同時に、今こうしてイリスがこの星で戦っている偽りの理由だった。

「…………きっ」

 彼の積み上げてきたものへ怒りを覗かせるアミタ。しかし、マクスウェルは彼女の反応に構わず言葉を続けた。

 やっと夢の続きに立てたことを、心から喜んで。

「私の宝物(むすめたち)も返って来た……。これでやっと、あの終わりの続きが始められる。そのための舞台として、この星に巡り合えたことも幸運だった。

 この星は良い星だ。材料や資源に溢れていて、新たな拠点にちょうどいい」

「よくも、そんな……ッ!」

 アミタは、マクスウェルの言葉に怒気を強める。確かに、マクスウェルの計画自体は理に叶ったものだった。が、こんなものを背負わせておいて今更そんなことを宣うなど、狂気を通り越して外道畜生の類だ。

 しかし、そんな反応こそ心外だとばかりに、マクスウェルはこう続ける。

「そこまでヘンな話というわけでもないだろう? 信頼(あい)した子供たちの力を、使われるべき場所へと誘うのだから。推し進めていけば、いずれ結びも生まれる。良かったら君たちも協力しないか―――」

「〝アクセラレイター〟……ッ‼」

 もういいとばかりにアミタがそう叫び、彼女の身体が赤い燐光(フレア)に包まれる。間髪置かずに広間を駆け抜け、マクスウェルの元へ跳びかかろうとした。

 無論、彼女の周りを囲っていた量産型も伊達ではなく彼女の進行を食い止めようとするが、疾走する彼女の進路を堰き止めるには脆弱過ぎた。しかし、マクスウェルはアミタの姿を見て、僅かな憐みを覗かせる。

「遅い―――!」

 赤い軌跡を描きながら『ヘヴィエッジ』を振り下ろそうとしたアミタの攻撃を躱し、マクスウェルは彼女の横っ面を剣の腹で叩き、広場へ突き落した。

「ッ、が……ぁあ……⁉」

「…………」

 既にアミタは満身創痍。戦えてはいても、中身はとっくに空っぽに等しい。

 実に惜しい、とマクスウェルは思っただろう。何せ彼女は、『エルトリア』における人の理想形。生態型の躯体として生み出されたイリスと同様に、環境の汚染に耐えられるだけの力を持った新しい人の型なのだから。

 あの当時足りなかったモノの一つを、今こうして壊さなければならない。まして、彼女は委員会のメンバーだったエレノアの娘だ。情を感じる部分もある。

「慣れない次元移動に、此方に来てからはずっと闘い続けて……」

「が、ぁぁぁああ―――ぁぁぁああああッッ‼」

 しかし、こうなっては量産型の弾丸さえも躱せない。自慢の回復速度も低下している上に、溜まった疲労が枷になって碌に動けない。

 こんな状態で、寧ろこの場にいる事の方が驚きだ。

「そんな身体じゃあ、抵抗するだけ無駄だよ。イリスの言った通り、さっさと帰ればよかったのに……どうして関わろうとする?」

 そうした憐憫の混じった眼差しに晒されて、アミタは悔しさに歯噛みする。だが、それでも譲れないものの為に口を開く。

「―――おなじ、だからです……っ!」

 目の前の人物が忘れてしまったか、或いは初めから欠落してしまっていたものを。自分の抱く矜持と、この星でたくさんの人々から貰った想いに応え、護るために。

「……この星も、たくさんの人の故郷です。

 必死に生きている人がいる……大切なものを守ろうとする人がいる……見知らぬ〝何処かの誰か〟の為に、必死になってくれる人がいる!」

 たくさんの人がいた。この星で、変わらぬ日常を生きていた人たちがいた。でも、そんな平和を乱してしまった事件に放り込まれても、知りもしない星から齎された厄災に、親身になって向き合ってくれた人がいた。

 『何処かの誰か』でしかない他人の為に、本当に必死になって。

 だから、それに応えたかったのだ。すぐに結果を返せないのならば、せめて貰った優しさに見合うだけの、或いはそれ以上の心で返したかった。

 

「同じだからです―――この星も、わたしたちの故郷も……ッ‼」

 

 アミタの心の叫びに、マクスウェルは仕方ないといった表情を覗かせ、大型銃剣形態に武装を変え、その銃口をアミタへ向ける。

「……そうだね、同じだ」

 邪魔をするならば、排除する以外の選択はないとして……立ちはだかるモノを、壊すために。

「どちらも同じ、私の実験場だ」

 静かな色を失った声と共に銃口が煌き、光弾が撃ち放たれる。それをアミタは、やけに静まり返った思考で、ぼんやりと迫る光弾を他人事のように眺めていた。

 終わりなのか、という思考がこの狭間を駆け抜ける。心はまだ諦めていないのに、身体は役目を放りだしていうことを聞いてくれない。それが、酷く悔しくて堪らなかった。こんな事に負けてしまう自分が、情けなくて。

 しかし、少女の命を刈り取る悪魔の鎌が迫る刹那。

 

 ───桜色の星が、場に舞い降りた。

 

 ズガギッ! という音が響き、銃弾がアミタの身体を貫かず、何かによって弾かれたことを告げた。衝突に伴う煙が広場に漂い、やがて晴れる。

 するとそこには、

「――――――」

 青と白、そして黒のまじりあった戦闘装束を纏った少女が立っていた。左手には防護服と同じ色の大型砲が抱えられ、彼女とアミタを守り抜いた盾がその前に浮いている。その姿を、アミタは良く知っていた。出会ってからまだ数刻であるが、それでも鮮烈に刻まれた―――その〝魔法使い〟の姿を、彼女は良く知っていた。

「……なのはさん」

 擦れた声で名を呼ぶが、なのははアミタの方を振り向かず、上方に居るマクスウェルをまっすぐ見据えている。周りの量産型には目もくれず、寧ろ自分に引き付けておこうとするかのように。

 次の瞬間、その真意が明らかになる。

「っ……⁉」

 なのはとアミタだけを避けるように雪崩れ込む白銀の剣が、量産型を一気に殲滅した。しかしそこで終わりではなく、次いで先ほどマクスウェルの立っていた場所にいた量産型を金色の雷閃が切り伏せ、翡翠の光がマクスウェルを拘束する。

 そう。

 現れた魔法使いは一人ではなく―――

 この狂った事件を止めるために、四人の魔法使いがここに姿を現した。

「警告です、武器を捨てて投降してください」

 なのはがそう口にすると、マクスウェルはこんな状況にも関わらず楽しげな笑みを浮かべる。紫色の燐光が彼を包むのを見て、アミタはストライキを続ける身体を説得し、どうにか飛び出した。

 タイミングはほぼ同時(ごかく)。唾ぜり合う刃を圧し合いながら、アミタはマクスウェルの機構に驚きを覗かせる。

「わたしと、同じ……〝アクセラレイター〟を……ッ⁉」

 が、それを。

「同じではないよ」

 マクスウェルは、たった一言で完全に否定する。言葉と共に強められた腕力に圧され、アミタは弾かれるが――それによってある気づきに至り、マクスウェルはそんなアミタの反応を見て、面白そうに捕捉を加えた。

「稼働効率は君たちのものよりも遥かに上だ」

 マクスウェルの用いる機構は、アミタやキリエの用いていた強化加速(ドライブ)の上位互換。

 緊急時の離脱および救助を目的とした機構である『アクセラレイター』は、加速とそれに伴う筋出力の強化に重点が置かれており、基本思想が緊急救助である為、出力制御を行う制限(リミッター)が掛けられている。反対に、イリスとキリエの用いた『システム・オルタ』は、制限を失くした代わりに、瞬間的な出力を極限まで上げて発動させることに特化している。

 つまり、これらは『速さ』か『出力』という一点特化。

 速さに重点を置けば、力がその分疎かになり、逆に高い出力ばかりを求めればあっという間にガス欠に陥る。その欠点を補った……否、戦闘用に組みなおしたのが、マクスウェルの用いる強化加速(ドライブ)―――『アクセラレイター・オルタ』なのだ。

 無論、使い手としての才覚や練度に左右される部分もあるが、設計思想が異なる分の差は否応なしに存在する。

 加えて、マクスウェルはまだ、娘たちに掛けた呪縛を解いてはいない。

「ぅ、あぁ……っ……ぅぅ‼」

「っ……⁉」

 助けに来たフェイトさえも呑み込むようにして、ユーリの身体から黒いモノが解き放たれる。本来は生命力を操作する際に出現するモノではあるが、周囲にある物質へ作用する性質は、単に生物にのみ及ぶわけではない。

 ディアーチェたちとの戦いで失われた『魄翼(たて)』と『鎧装(うで)』の代わりとして、ユーリは新たな鎧を造り出す。

「―――機鎧再構築(Mechanik Rüstung neu gestartet)第二形態へ移行(Übergang zur zweiten Form)

 無機質に戻った声と共に、ユーリの背後に巨大な鎧が生成される。さながらそれは一つの城、或いは守る為の箱舟(ゆりかご)か。

『鎧装』の第二形態―――

 どことなく禍々しさを残す姿ではあるが、しかし、これこそユーリが『夜天の書』の守護者足る所以。あの『闇』にすらも耐え、主や魔導書そのものを守り通す為に彼女が用いる守護の為の鎧。

 ……が、それは今。

 本来の目的とは真逆の、壊すための力として用いられようとしている。

 

敵性存在を感知(Spüre die feindliche 4-Präsenz.)殲滅を開始します(Starten Sie die Vernichtung)

 

 全てを侵食(ハカイ)する力に対抗するための、護るための力。けれどそれは今、傀儡として侵略者の手の内に。また同じように操られる友は、その手によって縛られている。悲鳴も上げられぬ人形と、体よく使われる道具として……。

「私は君たちと戦っても負けないが、そもそも戦う必要すらないんだ」

 マクスウェルは、自身を囲んだ魔導師たちへ向けそう宣言する。背後に従えた、数えるのもばからしい戦力を見せつけながら。

「武器も機動兵器もいくらでも生み出せる。そして私は、手にした戦力の全てを自由に操ることが出来る。イリスはもちろん、ユーリもね。───さあ、君たちも私の手駒に出来るかな?」

 最後にそう言い残し、マクスウェルは光学迷彩を用いて姿を消した。

 当然、易々と逃走を許すわけにはいかないが、彼を追いかけようとする魔導師たちをユーリと『機動外殻』たちが圧し留める。

 道を阻むのはあまりにも高い壁。だが、越えていかなければならない壁だ。

 信じ貫くは、己が胸に抱く魔法と心。そうした固き決意の下、〝魔法使い〟たちの戦いは最後の幕を開けていく。

 

 

 

 

 

 

 *** 崩れ行く矜持(こころ)、それでも……信じたモノは

 

 

 

 真実が明かされ、〝天使(あくま)〟の枷が再び彼女を縛り付けた頃。その対となる〝悪魔(てんし)〟もまた、同じように呪縛の中に晒されていた。

「ぅ、ぁ……が、ぁぁ……ぅぁぁぁ……っっっ‼⁉⁇」

 急に襲って来た頭痛に、イリスは床に崩れ落ちる。脳裏に焼き付けられていく思考によって、彼女の意識が次第に奪われていく。

 この時を以て、イリスは漸く認めることが出来た。

 見せられた過去は正しく、自分が与えられてきたと思っていた〝愛〟の裏に込められていたモノは、自分を道具として扱うための策謀であると。

 その時、頭の中に送り込まれてくる声が。

 〝―――私は、手にした戦力を自由に操ることが出来る。イリスはもちろん、ユーリもね。……さあ、君たちも私の手駒に出来るかな―――〟

 幻聴なのか、真実なのか。もう、そんな事さえもわからない。

 ただ、確かなことがあるとすれば―――多少別に見られていたとしても、自分も所詮は力という玩具の一つに過ぎないという事だけ。

 その事実が、イリスに残されていた矜持を塗り潰していく。残されていた僅かな欠片さえも奪われた感覚に、イリスは自分を捨てたくなる。こんな苦しみに苛まれるくらいなら、いっそ消えてしまった方が楽かもしれない、と。

 しかし、

「イリス……!」

 道具にまで堕とされた自身の名を、呼ぶものが一人。長い長い時間を共に過ごし、かつて自分が突き放した少女、キリエだった。……が、そんな声も今は酷く遠い。

 苦しみと痛みだけが脳裏を埋めて、自分が信じていたはずのモノは全て紛い物で、本当に大切だったはずのモノは全部自分で切り捨てた。挙句の果てに、自分が傷つけ続けたものに案じられている。

 無様だ、とイリスは思う。ユーリにしたのと、同じことをされている。その痛みを受けて、痛みの感触(おもさ)にやっと気づいた自分に。

 ……ああ、馬鹿みたいだ。

 だから、遠く聞こえる声を、イリスは強く拒み突き放した。

「にげ、なさい……っ! アンタじゃどぉすることも、出来ないんだから―――これ以上、あたしを……どぉしようもないヤツにしない、でぇ……ッ‼‼‼」

 逃げ出したかった。消えてしまいたい、と思った。だが、その意思を許されることはなく。彼女の瞳に浮かぶ呪縛の符は、彼女へ向けて指令を刻みつける。

 ―――目の前の敵を排除せよ、と。

 瞬間。

 暗がりに包まれた展望台を、イリスの身体から迸る光が緋色に染め上げた。

「う、ぁぁ、ぐ……ァがッ……ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼‼‼」

 悲鳴が上がり、やがて止む。そうして破壊を強いられた〝悪魔(てんし)〟は、己の中にある力の全てをここに解き放った。

 手にしていた片手銃(ザッパー)斬鞭(スラストウィップ)へ換装し、イリスはキリエへ向けて攻撃を仕掛ける。三つに分かれた鞭の先端に付けられた刃が重りとなって、軸を中心に回転し不規則な攻撃を放つ。

「イリス、目を覚まして……ッ!」

「――――――」

 呼びかけるも、返事はない。やむを得ず迎撃を試みるも、イリスのとった戦法にキリエは翻弄されるばかりで、キリエの攻撃はイリスへ届かない。

 鞭であるのに、『刃』に、『盾』にと変幻自在。

 放った銃弾は防がれ、反対に振るわれた鞭の先から迸る電撃に苛まれるだけだ。決定打を有さない代わりに、実に巧みな戦運び。これがイリスという少女の裡に込められた本当の力。戦場に雛罌粟(せんけつのはな)を咲かせる兵器としての力だった。

 一合も撃ち合う暇もなく、キリエはその力の前に押し切られる。しかし、鞭になぶられ、追って放たれた銃弾が身体の内を掻きまわそうと、キリエは諦めようとはしなかった。

「ぎ……ぐ、っ……ぅ!」

 無理やりにでも身体を起そうと足掻くが、一撃一撃が重すぎた。キリエやアミタも相当な方だが、イリスの腕力(それ)は姉妹を軽く凌駕する。元の身体が如何に頑丈でも、生物である以上、重なったダメージは当然ながら直ぐに消えたりはしない。

 僅かな間とはいえ、空白が存在してしまう。

 当然の摂理であるが、同時に致命的な隙になる。

 そして、その隙を逃す敵はいない。

「……ぁ、っ―――‼」

 緋色の瞳が自分を捕らえていることに、キリエは遅れて気づく。いつの間に換装したのか、手に在った片手銃と鞭は、大型の追撃砲(ブラスター)形態(カタチ)を変えていた。アレを喰らってしまっては、今度こそ終わってしまう。

 ───ダメ!

 という思考(こえ)が、キリエの頭の中を雷鳴の如く走り抜けた。

 こんなところで終わっては、イリスを助けられない。ここで死んでしまえば、アミタとの約束を果たせない。ここで死ねば、イリスにまた失うことを背負わせることになる。それだけは、絶対に駄目だ。

 意地になって身体を動かそうとするが、あと一歩のところで力が抜ける。

 起き上がれ、起き上がれと念じても、その願いは届かない。

 やがて。

「―――――あ」

 短かった様な、長い様な間を越えて。

 イリスの向けた銃口から、一発の光弾が放たれる。

 

 しかし、その時―――キリエは、奪われてしまった筈の声を聴いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それがどういう行為だったのか、イリスには分からなかった。……いや、理解したくなかったのだろうか。

 かつて自分が否定した、甘ったれたものに縋りつきたくはなかったから。

「こ、の……ぉぉぉおおおおおお―――ッッッ‼‼‼」

 決死の叫びは、閉ざされていたはずの口をこじ開けて声となる。引き金に掛けられていた指を圧し留めることはなかったが、その意思は、キリエを狙いすました矛先を僅かに変えた。

「……いり、す……?」

 どうして? とでも言いたげな顔で、キリエがそう声を掛けて来た。……それが、()()()()()()()

「……同情なら、要らないわよ……!

 わたしは、アンタをずっと騙してた……ッ! 自分の目的に利用するために……だけど、アタシも嘘に気づかずに踊らされてた…………これって報いなんだわ」

 涙塗れの顔で、イリスは自嘲するようにそう言った。

 そして、だからこそとでもいう様に、イリスはこんなことを口にする。

「───教えてあげようか……?」

 イリスはキリエから向けられるもの全てを拒むために、動くようになった口で、イリスは語りだす。キリエを突き放す様に、どうしようもない自分を蔑む様に、何もかもが嘘だったのだ、と。

 ……しかし、これは。

 この焦りにも似た焦燥は何なのか。

 銃を圧し留める手が次第に外れ始め、解けかけた呪縛が再びイリスを縛り付け、その行動に矯正を掛ける。

 まるでそれは、キリエを撃ちなくないと思っているかのようだ。

「アンタが初めてあたしのところに来たとき、チビだったアンタを見て、あたしはもう、どうやって騙そうか考えてた……!」

 でも、そんなはずはない。自分のしてきたことは全て偽りでしかなく、ウソに踊らされ続けた道化の所業に過ぎない。

 どうせ、こんなものは紛い物。嘘だらけの中に生じた報い。自分で壊した絆も、これまで糧にしてきた幸せな想いでさえ、全てウソだったのだから。

「アンタがあたしを頼ってくるたびに、下らない悩みごとを打ち明けられるたびに、これでまた信頼させられるって思ってた……!」

 ……それなら、どうせニセモノなら。

 星を救うという綺麗事に従事し、最後はそんな被り物さえも取り払われた、醜い殺戮の道具に成り果てた自分の前に立つくらいなら。いっそ、自分の前から消えて欲しいと思った。

 突き放して欲しいと、そう思った。

「アンタの面倒を見てやったのも…………一緒になって笑ったのも……全部、全部! アンタを利用する為、だったんだからぁ……ッ‼」

 イリスは、だからキリエに逃げろと叫ぶ。

 自分の前から消えろと。どうせ嘘の絆だったのなら、情など抱かず放って逃げ出してしまえと。

 このままでは、自分がキリエを殺してしまうから(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「だから、さっさと……! 逃げなさいよぉぉぉぉぉぉ……ッッッ‼‼‼」

 

 けれど、語られ続けるそれは。

 何もかもが、嘘だけの絆だったのか。

 ……本当にその全てが、偽りでしかなかったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「逃げないよ」

 

 

 

 

 

 

 その答えを。

 目を逸らし続け、捨て去ろうとしていた答えを―――他でもないキリエが、真正面からイリスに告げる。

 捨てようとした答えを、共に過ごしたあの時間を、決して否定させない為に。

「それでも、一緒に過ごした時間はウソじゃないもの……! イリスにいろんなことを教わって……一緒に遊んで、いっぱい笑った!」

 本当にたくさんのことがあった。初めて出会い、これまで過ごしてきた。その中で紡がれてきたものは、全部嘘だったわけじゃない。

 たとえどんな目的が裏にあっても、どんな思惑に操られていた部分があったとしても、その全てが嘘だったなんて言わせない。それが、イリスの本当だったのだとしても。

 好きだった花のことをもっと教わった。

 時に小さな冠や、それらを使って色んな装飾をしてみたり……些細な悩みを聞いてもらって、癖っ毛だった自分があんまり好きじゃないと言えば、おしゃれの仕方を教えてくれたりもした。

 夜空に浮かぶ星の名前や、その先にある遠い世界のことを語り合って夜を過ごした。

 確かに、小さい事かもしれない。だが、そうして過ごした瞬間ごとに、キリエはイリスが大好きになっていった。過ごした時間が、キリエがここまで歩み続けた、何よりの原動力だったから。

 だから、否定させない。

 そう、イリスが自分の中にあるものを否定したくなかったように、キリエも自分の過ごしてきたこれまでを否定したくない。

 何故ならそれは、あの時間は―――

 

「―――〝あの時間〟は、わたしの宝物だから……ッッッ‼‼‼」

 

 だから、キリエは真正面からイリスと向き合い対峙する。

 もう、目を逸らしも逸らさせもしない。たとえこれまで過ごした日々が嘘に塗れていても、策略に踊らされていても―――あの瞬間、過ごした時間そのものは幻想(ウソ)なんかじゃないのだから。

 

 この際、どう思われてもいい。

 どうせこれは、キリエの勝手なエゴなのだから。

 しかし、そんな身勝手なエゴでも、イリスの苦しみを止められるなら―――そして、目の前で苦しんでいるイリスを見捨てるくらいなら、自分が嫌われたって構わない。キリエはそんな想いを、イリスへ向け真っ向からぶつけた。

 ───もう、身体は動く。なら、後はイリスを止めるだけでいい。

 起き上がり駆け出したキリエ。それを迎撃するべく、イリスの身体は意思に反し、キリエへ向けて銃弾を撃ち放つ。

 

 その時になって、イリスは漸く理解した。

 

 自分が先ほど、銃口を無理やりに逸らした訳を―――キリエを攻撃したくなかった理由を、此処へ来てやっと。

「……っ、ぁ……ぁぁ……ぁぁ……ッ」

 嗚咽になって漏れ出すのは、大きな後悔と……嬉しさ。

 こんな自分を案じてくれる存在がいるという事。それは、世界に自分がいる事を肯定されることだ。自分がどんなものであろうと、存在を認めてもらえるという事。その温かさを、イリスはずっと昔から知っていた。

 だが、奪われたと勘違いして―――勝手に諦めたのだ。所詮は脆いモノでしかない、と、大人になってつもりで、適当に当たりを付けた気になって。

 しかし、そうではなかった。甘く思える幻想も、根底の部分は人と人とが結びつく、とてもシンプルな感情でしかない。時に依存や、執着と呼ばれるもの。けれど、ヒトはそれを確かな証として己の胸に抱く。

 親愛という、とてもシンプルで明確な〝(あかし)〟として―――!

 

「イリスがどう思ってたって、わたしにとっては大切な友達なんだもん……!

 そんな大好きな友達を……泣いてる友達をッ! 放ってなんて置けないよ……ッ‼」

 

 展望台を飛び出して空を翔け、交錯する二つの光が火花を散らし―――鮮烈な青の燐光を伴った桃色の剣閃が、緋色に汚された虹の女神の呪縛を断ち切らんと振るわれる。

 一言ごとに、キリエはイリスの中に巣食う呪縛を壊していく。打ち合う度、イリスの意識が段々と深く近く引き寄せられ、沈む。意識を取り戻し、けれど身体は失っていく。ちょうどそれは、あの日の再現の様……。

 だが、目の前にいる少女は絶対に折れないと、不思議とそう思わせるだけの力が、告げられた言葉にはあった。

 ……世は巡り、変わって行く。

 小さな女の子は、少しずつ大人への階段を駆け上る。

 そして今、その道へと誘ってくれた相手を助けるために剣を振るっていた。

「待ってて……今度こそは、絶対に助けるから……ッ!」

 奇しくもそれは、自分の間違いに気づかせてくれた〝魔法使い〟たちの言った言葉と同じものだった。

 その声を最後に、二つの閃光は一気に速度を増して空を舞い、激しく切り結ぶ。そうした少女たちの想いを載せた剣戟が、先を開く。

 

 固き決意の下。蒼き風が、緋色の呪縛を崩し始めた。

 置き去りにした過去(きのう)を、本当の意味で未来(あした)へと繋げる為に―――少女たちは今、空を翔け火花を散らす。

 

 

 




あとがき


 どうもこんにちは、昨日に引き続きやってまいりました。

 かなり不規則な投稿ですが、そこ辺りはご勘弁を。
 前回の話で書いた通り、今回はこの形がいいかなぁと思って書いた感じです。そして今回の話は、切った部分の続き、戦いのラストへとつながる序章の総括という感じでしょうか。
 ここまで書いて序章というのも何ですが、実際のところ最後の戦いへ向けてそれぞれが決意を胸にかけだし始めた時間ですから、自分としてはそんなイメージでいます。

 ところで、今回の話はいかがだったでしょうか?
 少しでも良くなっていればいいのですが、映画に比べるとシーンの重なりを書くのが難しかったので、皆様には少し物足りなかったかもしれません。なので、この先についてももう少し研究を重ねつつ、良いものにしていきたいと思います。

 ここからは恒例の、説明という名の言い訳タイムに入ります(笑)
 話の中心としてはあの二人なのですが、その前にそれらを仕組んだマクスウェル所長について少し書いてみようと思います。

 結構な量の台詞を追加した挙句に、だいぶ違う印象に変えてしまった感がありますが……一応、自分なりに本来のコンセプトである『信念や目的が明確な悪ではない、優しさも情もあるけれど〝大切な何かが欠落した人〟』は崩してはいないつもりです。
 酷く個人的な印象になりますが―――
 父親として、委員会の所長として、或いはエルトリアに残った人々を先導する人間として、優秀さも愛情も持っているけれど、大切なところが欠落していて自分の夢に正直な、残酷な無邪気さの様なものを持っている人なのかなと思っております。壊しても直せる、と思っている感じの。
 だからエレノアのこともグランツのこともちゃんと未来へ紡ぐべき子供として見ていたし、委員会の人々を殺したのもあの優秀さを下らない事に使われたくないという欲からなのかなと思います。
 イリスやユーリのことも本当に大切で、でも同時に二人の力を研究対象としても見ている。ちょうどこの辺りはGoDのグランツ博士とは真逆ですよね。エルトリアを救う目的で作った機械である『ギアーズ』の二人に心を与え、子供として育てたのに対して……所長は心を持っていた二人に愛を注いでいたけれど、道具としても容赦なく活用する。
 そのあたりの差異を意識していたので、少しでも出せていたらなと思います。

 そして此処からは、いよいよキリエとイリスの二人の話に移って行こうと思います。

 本当に今回の話はイリスにとっての転換点。そして、キリエが進む道を自分の手で切り開いていく本当のきっかけのようなものだと思っております。
 自分としてはその辺りを少し重点的に攻めて言った感じになっており、クロノくんとの問答のところから、どちらかというとイリス自身が自分の持っていた脆さを必死に否定して、キリエは自分の持っていた迷いから生まれていた脆さを飲み下して進んでいくという流れを強く書きたいと思いこうしました。

 自分の印象なのですが、Detを見てた時、イリスが所長に操られて自分を失くしていく度に、自分がキリエに対して否定してきたことを突きつけられていくように思えてそうじゃなかったんですよね……。
 あの思い出を否定させない、なら自分が否定してきたものは何だったのか。
 そもそも、操られたと判って自分が人形でしかなかったのなら、これまで信じてきたものの価値はどこへ行ってしまうのか。
 どことなく矛盾を感じさせる思考な気がして、それをキリエが断ち切ってくれるあの映画の流れをどうにか出したくて、こうした書き方を選んでみました。

 結局はエゴだと割り切って、自分の中にあった大切なものは誰にどう思われていても自分のモノだと、そう言い切って貫き通す姿勢を見せることで、最後にイリスが自分を否定すること―――クロノ君が出撃前に行っていた言葉を借りるなら『生きることから逃げ出す』ことを止める。
 誰かに頼りきりだった事を自覚したキリエが、選び取った道はそんな感じかなと。
 それはイリスにとっては酷く眩しいものだったと思います。でも同時に凄く苦しいモノでもあったと思います。
 『どうしようもないやつ』、と自分を称して、どうせ抗えもしない自分なんかと投げ出そうとして、まだ心のどこかでキリエが自分に勝てるはずないと思ってもいた。そして結局、全部仕組まれていたのなら、これまで誰かを傷つけ続けて来た自分の心はどうなっていたのかという矛盾に圧し潰されそうになって、だったら放っておいてくれと逃げ出そうする。
 それを許さず、『例えあなたが自分を嫌いでも、自分はあなたを嫌いになんてなってやらない』と宣言するキリエ。逃げろと言われて、そんな事で逃げてなんてやらない。
 これは第十七章でアミタがキリエの味方をした時に地の文で書いたところと繋がってもいるんですが、初出はGoDのアミタVSキリエのところからです。
 ───『あなたが私を嫌いでも、わたしはあなたの事が大好きですよ』
 この流れを引き継いで、キリエがイリスを助けるために足掻き続ける様は劇場で見ていてなんとも感慨深いものを感じました。
 だから、そんなエゴを貫き通してでも、誰かを傷つけることに泣いている友達を放っておいて溜まるか、というキリエの心情を自分なりに考えて書いてみました。

 長々と書いてしまいましたが、ともかく今回も読んで頂きありがとうございます。
 次回以降も、楽しんで頂けるようなものを書いていけるように頑張りますので、よろしくお願い致します!

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