~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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海上の楽園と、更に結ばれ行く絆

 魔法少女's in《オールストン・シー》!

 

 

 

 青い空が夏の日差しを送る、まだまだ開けぬ夏の日のこと。

 イリスとの面会の為に『エルトリア』からやって来た少女たちは、帰るまでに空いた時間を利用して、《オールストン・シー》を訪れることになった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ねぇねぇ、ユーノ! アレなーに?」

「えーと、アレは―――」

 好奇心旺盛にそこら中を駆け回るレヴィは、訊けばだいたい教えてくれるユーノを振り回しながら、遠慮なしに遊びまわっている。

 振り回されているユーノもレヴィの無邪気さは微笑ましかったので、特に抵抗することもなく振り回されるままだ。

 が、しかし。

「レヴィ、あんまり走っちゃ危ないよッ!」

 そんな二人の後ろを、フェイトがあたふた追い駆ける。どうにも心配性なところがある所為か、フェイトは奔放なレヴィが心配らしい。……まぁ確かに、いくら分かってくれたとはいえ、フェイトは前にこの遊園地の水族館エリアで彼女と戦ったことがあるのだから、少し心配になるのも無理ないが。

 けれど、傍から見ている分には微笑ましい光景だ。

 奔放なレヴィと、優しいユーノに過保護なフェイト。さながらそれは、甘い兄と無邪気な妹にあたふたしてる姉といったところだろうか。

 確かに微笑ましい。微笑ましいが、それがイコール全てという事にはならないわけで。

「……うぅ、ユーノくん……」

「……師匠」

 明らかに未練がましい呟きを漏らす少女が二人。言わずもがな、なのはとシュテルである。

 とりわけユーノとの付き合が長いなのはもそうだが、シュテルもシュテルで短い間ながら、非常にユーノに懐いている。

 事件後にあった『師匠』呼び騒動に引き続き、『エルトリア』への資料提供の受け取りはシュテルがやっていることもあって、彼女はユーノを非常に気に入っていた。

 しかし、現実は非情だ。

 入場の直後に小競り合いを起こした二人は、すっかり波に乗り遅れてしまっていた。

 そんな二人を見て、背後で見守っている皆は苦笑している。

 しかし、手をこまねいていては獲物を逃してしまうのは自明の理。

 レヴィはユーノを引っ張って、この間みんなで乗ったジェットコースターの方へ目を付けると、ユーノを引っ張ってさっさと連れて駆けて行く。

「おぉー! あっちもなんか面白そ~!!」

「あ、ちょ、ちょっとレヴィ!? も、もう少しゆっくりぃぃぃ――――っ⁉」

「ユーノ⁉ れ、レヴィ、ちょっと待って――ッ!」

 半分暴走特急なレヴィは、見た目とは裏腹な腕力でユーノを振り回す。それを追って、フェイトも甲斐甲斐しく走り出した。

 すっかり取り残されてしまった面々は、過ぎ去った嵐を後にしたような顔でやや呆然としたのち、やっと思い出したかのように三人を追いかけていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ───ちなみに。

 当然ながら子供たちだけでテーマパークへ来られる筈も無く、保護者陣もいたわけで……その一部始終は保護者陣も見物していた。母親たちは、最初こそ微笑ましげに見守ってはいたものの、だんだん面白くなってきたのか、子供たちの様子を見て年頃の少女の様にきゃっきゃとおしゃべりを初めていた。

 

 初めに口火を切ったのは、なのはの母である桃子とアリサの母であるジョディだった。

「あー、なのはちゃんもシュテルちゃんも、ホントいじらしくて可愛いですよねぇ~♪ 見てるこっちが若返っちゃいそうなくらい甘酸っぱくて!」

 ジョディがそういうと、桃子も胸を張って「ウチの自慢の娘ですから♪」なんて返し始める。しかし、

「でも、ちょーっとだけこのままだと不安かもですねぇー。どうにもウチの娘たちはここぞというところで逃しやすい質というか……。恭也の方が忍ちゃんともうとっくにイイ感じなのに、なのはと美由希は変なとこで奥手で」

「あら、良いじゃないですか。忍から聞いた感じだと、恭也くんはそんなに心配ない、みたいな話してるみたいですよ?」

「まぁ確かに、ユーノくんがそのまま来てくれるといいんですケド……いまのままじゃ、危ないかもしれないですから」

 そういって悪戯っぽく笑うと、桃子はリンディの方へ視線を向けた。その視線を受け、リンディはどう返したものか、困ったような顔をして少しぼやかした応えを口にする。

「うーん、フェイトの方は……どうでしょう?」

 正直なところ、あんまり断定した感覚を持っているかについては分かっていない。あの事件以来、いっそう距離を縮めたハラオウン母娘ではあるが、まだ少しだけぎこちない所はあったりもする。

 とりわけフェイトは日常生活では結構な恥ずかしがりというか、生い立ちの影響が残っているせいもあって、あまりそうした色恋沙汰については積極的ではない、というのがリンディの印象であるが―――。

「でも結構、フェイトちゃんも楽しそうですよ?」

 ジョディに言われて、もうだいぶ遠くなった背中を眺めてみる。

 二人の世話をしているフェイトは困っている部分も見て取れたものの、実際のところ楽しそうにも見える。……まあそれが、色恋かについては不明だが。

 けれど、

「確かに楽しそうですし、もしかしたら―――あるかもですね」

「むむ……。さらにライバルが増えちゃいましたね……なのは大丈夫かしら」

 桃子とリンディが冗談っぽくそんなやり取りをしていると、傍らのジョディが「うーん」と考え事を始めたかと思うと、

「……ふぅん、でもそれなら―――アリサも結構ユーノくんのコト気に入ってましたし、まだいけるのかしら?」

 なんてことを言いだした。すると、先ほどまで笑みを浮かべながら「あらあら」と見守っていたすずかの母である春菜も口を挟み始める。

「あ、ジョディさんズルいですよー? すずかも彼のこと気に入ってるんですから」

 

 そうして話が段々と、そういう方向へ更にズレ始める。

 

「ふふーん、でも一やっぱり番可能性が高いのはなのはですけどね~♪ 新しい息子ができるのが楽しみだわぁ~」

「あーっ、ずるいですよー、桃子さん」

「あはは。早い者勝ちってところですよ、ジョディさん」

「……うーん。でも、恭也くんが忍と一緒なだし、ユーノくんも巡り巡ってうちの子になるから……いいのかしら?」

「あ、春菜ってばそれこそズルーい」

 と、そんな風に。娘たちの動向を微笑ましく見守りつつ、そんな将来の話をしていた母親たちの、姦しい年ごろの少女の様に進む話を聞きながら―――背後で聞いていた父兄陣は、早めに娘や妹を手放すことになるかもしれないな、と、複雑な男心に軽く涙したというのは余談である。

 

 

 

 ***

 

 

 

 さて、一方その頃。

 さっきまでユーノを振り回していたレヴィはというと、一通りみんなをアトラクション巡りで振り回した後、ユーノに買ってもらったソフトクリーム(ソーダ味)を片手にベンチで休憩していた。

「うま~い! やっぱり水色は正義だよねぇ~♪」

「たはは……気に入ったみたいで良かったよ」

 いったい何をもって正義とするのか分からないが、レヴィは気に入ってくれたようなのでよしとする。そういえば前に、イリスに買ってもらった水色のまんまるぐるぐるがおいしかった、って言っていた気がするなぁ……とユーノはぼんやりと思い返していた。

 そうして軽い物思いにふけっていると、傍らからこんな声が上がる。

「それにしても、すっごいフィジカルよねぇ……。見かけあたしたちと変わんないくらい細いのに……」

 ちょっとげんなりしたようなアリサがそういうと、シュテルが彼女の疑問の声に応えてくれた。

「まぁ、わたしたちは少しだけ普通とは身体の構成に差異がありますから。

 とはいえ、確かにレヴィがわたしたちの中でも特にフィジカルが強いのは、あの子の個性と言えるのかもしれません」

「個性ねぇ~。じゃあ、すずかと勝負したらどっちが強いのかしら」

「アリサちゃん。わたし、魔法使えないんだよ?」

「そりゃそうでしょ。っていうか、アンタ分ってて言ってるでしょ?」

「まぁ……」

 アリサとすずかがそんなやり取りを交わしていると、ディアーチェが口を挟んでくる。

「何だ。スズカは運動系が得意なのか?」

「うん。身体動かすの、好きだから」

「意外だな。其方の家に世話になったときには、そんな印象はなかったが」

 ディアーチェがそういうと、シュテルも意外そうにすずかの事をしげしげと眺める。どこからどう見ても、〝お淑やかなお嬢様〟然としている彼女が運動が得意とは知らなかった。むしろそれなら、アリサの方がそうだと言われた方がそれらしいと思う。

 そんなギャップを捕捉するように、フェイトも口を開いた。

「確かにすずかは大人しそうだけど、すっごく運動得意なんだよ? 前にわたし、すずかに撃ち落された事もあったし……」

 と、懐かしむ様に語るフェイトだったが、

「撃ち―――」

「―――落とされた?」

 目を見開いて固まるディアーチェとシュテル。話を聞いていただけのユーリはというと、話の展開に付いて行けないようで「?」と頭に疑問符を浮かべ、ちょっとおろおろし始めていた。

 が、

「…………(ぱあぁぁっ‼)」

 あからさまに嬉しそうな顔が一人。

「ね! ね! スズカってそんな強いの⁉ 魔法なしでフェイトを落とせるくらいに⁉」

「え―――あっ。いや……そうじゃなくて……」

「じゃあ、ボクと勝負しよ! ね~、おねがーい!」

 ねーねー、とレヴィにおねだりされて、すずかは慌てた様に訂正を述べる。

「だ、だからそうじゃなくて……わたしがフェイトちゃんにそれをしたのは、ドッチボールの時のことで……」

「??? どっちぼーる?」

「そう、ドッチボール」

「何それ?」

「えっと、ドッチボールっていうのはね……?」

 と、そこから解説タイムが始まり、レヴィは興味深そうにすずかの話に聞き入っていった。エルトリアではまだ再生が始まったばかりで、居住衛星(コロニー)から戻って来た人は少ない。そのため遊びについてはあまり触れてこなかったこともあり、地球にある球技というものが存外興味を引いた様だ。

 と、そんな感じで話が進んでいく間に、そろそろお昼時が近づいて来た。

 せっかくなのでレストラン系統の並ぶエリアまで足を運ぶ。ちなみに《オールストン・シー》にはこのほかに、以前ママ友でお茶をしていたオールストン城の傍にあるテラスの展望カフェなどもある。

 ラインナップとしては、テーマパークらしいファストフードのレストランから、海上テーマパークとしての側面から魚介系専門のレストランなどもあった。

 今回は『エルトリア』から来た面々が望んだため、魚介系のレストランへ入ることに。……何やら、本能的に惹かれてしまったとかなんとか。

 そうして、店内へ向かう一同。

 早速とばかりに注文をして、料理が運ばれてくるのを暫し待つ。なお、それぞれが頼んだものはというと―――。

 いの一番にレヴィがシーフードカレーを頼み、フェイトもそれに乗った。シュテルがエビフライをメインとした揚げ海鮮五膳を頼み、ディアーチェとはやては豪華海鮮チャーハン(ここでディアーチェがはやてに被せるなと少し絡み、のらりくらりと躱されたのは余談)、ユーリは秘伝おろしポン酢のイワシバーグを注文する。それに続きなのはがシーフードグラタン、アリサは特製海鮮パエリア、すずかはシーフードパスタなどを注文すると、ユーノもそろそろ決めたようで具沢山なシーフードピザを頼んでみたようだ。

 雑談しながら時間を潰していると、程なくして料理が運ばれて来た。そうしてテーブルの上に並べられた料理を前に、皆手を合わせ「いただきます」と食前の礼を述べ食べ始めた。

 すると、

「おぉ~!」

「これは、なかなか……」

 レヴィとシュテルは運ばれてきた料理に感心しながらパクパク食べ始めた。表情豊かなレヴィに比べると判りづらいが、シュテルの方もだいぶ満足気である。

 一方その傍らでは、ディアーチェとはやてが何やらぶつぶつと料理の批評をしており、なんとも個性豊かな昼食となった。……が、そうすんなりとはいかないのが現実というものなワケで―――。

「ねぇ、ユーノくん。そのピザどう?」

「ん? ああ、けっこう美味しいよ。気になるなら、食べてみる?」

「いいの?」

「うん」

 じゃあ、あーん―――なんて、ごくごく自然なやり取りで開けた口を笑顔で見せるなのは。ユーノの方も、さして気にした様子もなく摘まんだピザの一切れを彼女の口の方へと持って行く。

「あ、ホントだ。おいし~♪」

「よかった」

「じゃあ、はい。わたしからもおすそ分けに」

「ありがと、じゃあ一口だけ……」

 ぱくっ、と、こちらも突き出されたスプーンにさしたる躊躇いもなく受け止めた。

 もぐもぐと咀嚼して呑み込んだところで、なのはが「どう?」と訊ねてきたので、ユーノは「うん、こっちも美味しいよ」と応える。

 彼の反応に、なのはは「よかった」と笑顔だ。

 けれど、それは同時に。

 

「「「…………」」」

 

 周りが唖然となるくらい。―――否、どちらかというと、口の中が甘ったるくなって料理を運ぶ手が止まってしまいそうなくらい御馳走様な光景に、周囲が固まってしまっていた。

「「???」」

 しかも、当人たちは無自覚と来た。……なんとも、始末の悪い事態である。これで半分くらい無意識だというのだから、なおさらに。

 こんな光景を目にしてみると、年頃の少女としてはついひそひそと感想を口にしてみたくなる。

「(……なんていうか、すっごい甘いわね)」

 アリサがそういうと、すずかとはやては彼女の弁に頷き、こう答える。

「(ふたりとも、仲良しさんだからね~)」

「(せやなあ。二人とも仲良しさんなのはええけど、ちょおーっとだけ目に毒やわぁ)」

 ちらり、とはやてが傍らを向くと、ちょうどそこにはまさしく『毒』に当てられた人物が一人。

「…………(むすっ)」

 思わず「ああ……」と口にしたくなるほど、あからさまに面白くなさそうな顔をしているシュテル。非常に何となくではあるが、その様からは姉に兄を取られた妹的な印象が見て取れた。

 そう思っていると、

「師匠」

「何、シュテル?」

「わたしもピザの味が気になるので、少しいただけると嬉しいのですが。代わりに此方のエビフライも差し上げますので」

「ああ、うん。良いよ」

 と、そういってユーノは一切れ渡そうとしたが、シュテルとは少し席が離れている。

 小皿にでもとって渡した方が良いか、なんと考え始めたユーノの様子を見て取るや、シュテルはぐいっと身を乗り出して口を突き出す。さながら、親鳥に餌を強請る雛の如く。この辺りは、元の素体が猫である所為(つよみ)だろうか。恥じらいもなく、ただ気に入った飼い主の気を引こうとしているかの様だ。

「……えっと……」

 完全に『待機中です』と顔に張り付けているシュテルを前に、ユーノはちょっとたじたじである。しかし、そうはなりつつも順応していく辺り、ユーノもユーノでアレだが。

(……なんていうか、やるわね)

 つい感心してしまうアリサ。まぁ、彼女も以前は大分積極的にハッチャけたことがある事を考えると、人の事は言えない気もするのだけれど。

 そこからは、シュテルがやっているのを見てレヴィが面白がって参加したところからぐだぐだになってしまい、色々あったらしい。そう、色々と―――

 

 

 

 ───と、そんなこんなで食べ終わり、一同は再び外へ。

 いったんここで遊園地(アトラクション)エリアに区切りをつけて、続いては水族館エリアへと向かっていく。

 こちらもこの間レヴィとフェイトが対決した余波被害があったものの、アミタやキリエの協力によってどうにか事なきを得ている。……が、修繕したのはともかくとして、元々あったものに関してはどうなったのだろうか。

「そういえば、あそこの宝石って結局どうなったんだっけ?」

 と、ふと思い出した様にユーノがアリサに訊いた。

 以前はここの目玉として海鳴沖で発見された宝石が展示されていたのだが、それはユーリの取った休眠状態であったとのちに発覚して、彼女がイリスによって目覚めさせられた際にぽっかりと消失している。

 展示の目玉が無くなってしまったのではないかとユーノは気になったのだが、訊かれたアリサは「ああ。そのことね」と比較的あっさりとした反応を返した。

「確かに無くなっちゃったけど、後でユーリが一回帰る前に同じの残してくれたから問題なかったみたい」

「え……ユーリが?」

 言われて驚いたようにユーノがユーリの方を向くと、ユーリはちょっと困ったような笑みを浮かべる。

「実は、そうだったんですよね……。本当はあんまりよくないことかもしれませんが、あの結晶自体はわたしの魔法で副次的に生まれるものなので、似たようなものを創るのはそんなに難しい事じゃありませんから」

 曰く、あの〝結晶化〟そのものは生命操作の副産物であり、イリスやマクスウェルの酷使させた他者から奪い取る以外にも、たとえば『育てる為に与える』際にも、同じようなものが発生するらしい。

「もとはと言えば、わたしがあの状態で眠っていたことが原因ですから、アリサたちにあんまり迷惑はかけたくなかったので……」

「ま、要はそういうコトなのよね。実際、事情を知ってるトコでの解析でも、ほとんど同じモノって判定も出てるし。

 って言っても、そもそもが魔法で出来たものなんだから、地球(こっち)の人には普通分かんないからね~」

 そんなわけで、実際に必要なのはパンフレットの差し替えくらいだったらしい。

 まぁ確かに、管理局も秘匿に動いているため、この結果はある意味当然といえるだろう。地球は管理外世界とはいえ、ある程度はミッドとの文化や人の交流が存在している。故に、完全とは言えないがある程度の〝抑止〟は存在しているのだ。

 とはいえ、いくらミッドの就業年齢が低かろうと、所詮子供の身ではそこまで踏み込んだ部分には関与できない。尤も、クロノの様な例もいないわけではないが、いまのところそこまでは踏み込めないのが現状である。

 それは、一部所の長であるユーノでも同じこと。結局『無限書庫』は管理局の外付けとしての体裁があり、内部に干渉する力はごくごく弱い。影響力こそあるが、そもそも独立させたところで、次元世界に置かれている以上は管理局の統治を掻き乱すメリットは非常に少ないからだ。

 そうした部分に問題はあるかもしれないが、変えていくなら少しずつ進めていくしかできないだろう―――と、そんなことを思考に浮かべていたユーノだったが、今はそうした話は無粋も良いところである。

 いったんその思考は仕舞いこみ、気持ちを切り替えて、みんなと共に水族館の中へと入っていった。

 

 

 

 舞い踊る水の世界

 

 

 

「「「おぉ~……っ!」」」

 入ってみると、またしても驚きが少女たちを包む。

 海中通路は動く歩道になっていて、周囲を踊るように泳ぐ魚たちに合わせ、ガイドさんが説明をしてくれる。

 その説明に耳を傾けながら、ディアーチェたちが目の前の光景に対する賛辞を口にする。

「見事なものだな……」

「そうですね……。エルトリアでも、緑だけではなく、こうした光景が戻るようにしていきたいものです」

 が、感心したようにディーチェとシュテルが話している傍らで、普段快活なレヴィが随分と熱心にこの光景を眺めていることに気づく。

「……レヴィ?」

 フェイトが声を掛けるも、レヴィはどこか上の空だ。しかし、何となくその表情を、フェイトは見たことがある気がした。

 一度目は、初めてここで戦ったときに。

 二度目はスタジアムで、彼女が防衛を張っていた時に。

 そう、それは。

「……ここ、こんなに綺麗だったんだね」

 ぽつり、と漏れた呟きにフェイトは多くの言葉を返すことはなく、ただ小さく「うん」と頷いて応える。

 彼女の感じている感慨に、そっと手を添えて寄り添うようにしながら。

「そう、こんなに綺麗な場所だったの―――レヴィが守った、この場所は」

 と、言った。

「え……?」

 フェイトの言葉に、レヴィは不思議そうな反応を返す。

「だって、レヴィもここを守ってくれた。あの日、レヴィたちの協力があったから、今もこうして……優しい時間が流れてるんだから」

 フェイトにそう言われ、レヴィは少しだけ迷ってから「そうかな?」と訊ねる。そうしてそれに、フェイトは「もちろん」と応じてレヴィの手を引いて更に先へ進む。

 呆けていた手を引かれていくと、レヴィはだんだんと温かさを取り戻していく。そうして、微かな感慨を経て、少女たちは水族館を堪能していくのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それじゃ、みんないくよ~?」

 

 通路を抜け、水族館の中に入った一同は水槽をバックに写真を撮ろうとしていた。ちょうどそれは、事件当日の再現のようだ。

 パシャ、となのはの構えたスマホのカメラが鳴る。画面の中には、あの日にはなかった姿も増え、とても賑やかなものになっていた。撮れた写真()に、なのはは嬉しそうな笑みを浮かべ「みんなにも送っておくね」と言った。

 しかし、まだ楽しい時間は終わっていない。

「よし、次はあっち行きましょ!」

「おぉ……あっちもなんか楽しそぉ~!」

 アリサとレヴィが向かう先へと、二人を追って皆も向かう。そうしてそこからまた、何枚も思い出が積み重ねていくのだった。

 

 と、そうしてしばらく遊んでいた一行は、水族館の奥の方へと至る。

 ちょうどそこは、以前ユーリが宝石の姿で納められていた水槽があった場所だ。今は、さっきユーリ自身が言っていたとおり、彼女が残した代替の宝石(レプリカ)が展示されている。

 その非常に精密な再現度に感心しつつ、子供たちは一旦外へと出た。外へ出て向かった先は、オープン前には開いていなかった水上ステージのエリア。チケットを入場口のお姉さんに見せて、通路を進み、抜けたところは観客席。舞台をぐるりと取り囲んだ観客席の、指定された席に座って、ショーの始まりを待つ。

 程なくして始まったのは、イルカやペンギンたちのショー。それ自体はよくある催しではあるが、海と隣接した《オールストン・シー》だからこその演目もあった。

 

『フゥーハハハ! くだらぬ余興はそこまでだ。今よりこの舞台は、我らShin-Misfortuneが乗っ取った!』

『あぁーっと! 海賊船の襲来だあぁ~ッ‼』

 

 若干、遊園地のショーというよりはヒーローショーと言った方がよさそうな展開だが、これはこれで面白そうだ。なんとも大がかりであるが、普通の遊園地ではほぼ出来そうもないからこそ意味があるといえるだろう。

 ついでにいえば、

「これがパイレーツ……!」

 瞳をキラッキラに輝かせているレヴィが、文字通りかぶりつきで見ているあたり、相当にツボだった様だ。……しかし、これが通常のヒーローショーの様に下手に舞台にお客を参加させる型でなくてよかったとユーノやフェイトが思ったのは内緒である。

 レヴィ本人がそうだったとしても、仮に他の面々でも、下手にそういう展開になってレヴィが突撃していく様な事になりそうなこと請け合いだからだ。

 ちなみに、海賊役のお兄さんは高笑いをしていたが赤髪の海上パトロールだというお姉さんに綺麗に伸されていた。掲げたマスケット銃がとてもカッコよかったような気がしたが他意はない。ないったらない。

 さらに余談を重ねれば、これがきっかけでレヴィが『ヒーロー』的なものへの興味に目覚めてしまい、それがアミタやユーリへと次第に広く伝染(かくさん)していくことになるということを、今はまだ……誰も予想だにしていなかった。

 

 そうして、時間は緩やかに―――けれど、確実に過ぎていく。

 空を滑っていく陽の光は次第に熱を失い、しかし、それに叛逆するようにして朱く、さらに朱く、燃え始めていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――ちょぉ~~、面白しろかった!」

 

 水族館区画を出て、元来た道を戻っていく途中―――みんなの周りをくるくる回ったりしながら、いまだ興奮冷めやらぬといった様子を伝えてくるレヴィ。楽しそうで何よりだが、あんまり回っていると少々危ない。

「レヴィ、あんまりはしゃいでると転んじゃうよ?」

「えー、だぁってぇ~」

 フェイトがそう注意すると、レヴィは少し不満そうに口を尖らせる。どうやら、まだ発散が足りていない様だ。

 しかし、

「ですがレヴィ、フェイトの言うことも一理あります。前に家畜の世話をしていた時、はしゃいでミルクをこぼしてしまった事もありましたし」

「うっ……はぁーい」

 シュテルに以前やらかした失敗を指摘されると、レヴィは素直に二人の忠告を聞き入れることに。しかし、ちょっとだけ消沈気味な彼女をみて、世話焼きなアリサがレヴィを元気づけるようにしてこう告げる。

「ほぉら、そんなに落ち込まないの。この後、もっと面白いトコ連れてってあげるから」

「面白いトコッ⁉」

 一瞬で元気になるレヴィ。こういった天真爛漫さも、彼女の良い所だろう。

 しかし、アリサはそういうものの、その『面白いトコ』がどこなのか分かっていない他の面々は、不思議そうな顔をしている。そんな反応に、「心配しないの」とアリサは返して、皆を先導してその場所へと連れて行く。

 

 ───で、そこから少し移動したが、さして遠くというわけでもない。

 移動した先は、事件の日なのはたちが泊まる予定だったホテル。《オールストン・シー》からほど近い場所に聳えるこの高層ホテルには、地下に大浴場、最上階には展望型のプールが存在する。

 本来ならあの日は、合流したはやてと共に大浴場の方を訪れるつもりだったらしい。

 だが、今はもうオープン後ということも手伝い、遊園地と水族館を楽しんだ後に宿泊するお客向けのサービスとしてプールも完全に営業を開始していた。なので今日は早速、その本営業を始めたプールを堪能しようということらしい。

「ホントはもうちょっと取っておいて、最後にドーンと『サプラーイズッ‼』って感じにしときたかったんだけどね~」

「アリサちゃん、そんなこと考えてたんだ……」

「まぁ、パパとママからチケット貰ったからってのもあったんだけどね。エルトリアのみんながこっちにどのくらい残るのかも、あたしたちには教えて貰えてなかったし。でも、今こうしてる限りじゃ結果オーライって感じかしら?」

 ポカンとしているなのはに悪戯っぽく笑みを返し、アリサはプールサイドから視線を飛ばすと、その先には。

 

「フ~♪ きゃっほーいっ!」

 

 ぱっしゃーん! と波飛沫をあげて、全長五十メートルのプールを蹂躙するかの如く、元気に泳ぎ回るレヴィの姿があった。

 彼女の後ろを負って、すずかもパシャと顔を上げて付けていたゴーグルを外す。どうやら、遊園地で交わしたフェイトとスポーツで勝ったすずかに勝負をしかけていたらしい。

「ぷはぁ~……。レヴィちゃん、すっごく早いねぇ~」

「えへへ~」

 すずかに褒められたのが嬉しいのか、レヴィは満面の笑み。元が子猫らしく、すりすりともっと褒めて欲しそうにすり寄っていた。

 が、その一方―――。

「こんどは……、っ……ぅ⁉」

 ぴちゃ、……ぱっ! と、これまたレヴィとは対照的に、シュテルがプールサイドで水を怖がる子猫よろしく、水面を突っついては引くという動作を繰り返している。

「にしても意外っていうか、驚きよねぇー。シュテルが水苦手なんて」

「確かに意外だったかも……」

 フェイトが横から同意すると、プールサイドでデッキチェアに背を預けたままのディアーチェがこういってくる。

「シュテルの個性(せいしつ)は火だからな。その所為もあるのであろう」

 かなりおざなりな説明であるが、何となく納得できた。傍らのはやても「あー」と何処か納得した様子である。しかし、

「……けど、案外ワケは単純なんやね」

「まぁ、我も今しがた知ったばかりよ。あやつも湯浴み程度なら問題なかったが、泳ぎとなると未知の部分も多いのであろう」

「そういえば……シュテルはあんまり水遊びには積極的ではなかったかもしれません。わたしやイリスが水遊びしていると、たいてい遠くから見ていることが多かったような気が……」

 昔日の記憶に、そういえば『エルトリア』の、とりわけ委員会の近くやフローリアン家の周辺には、〝海〟はなかったなぁと思い返すユーリ。

 

 

 実際のところ、無事な水を汲み上げる様な研究が施されていた『エルトリア』では砂漠化が激しく、水場と言えばせいぜい浅い湖くらいのもので、判り易い〝海〟はなかった。尤も、それも子供が遊ぶには十分なものだったが―――と、ユーリはかつての『エルトリア』の水事情を何となく感慨深そうに思い返す。

 ちなみに、ユーリ本人はさして水泳に苦手意識はないので、普通に遊んでいる。まぁ本人の気質と背丈もあって、浅瀬の方が好きらしいのだが。

 そうしてシュテルの様子からだいぶ広い思考が展開されたあたりで、シュテルの傍にユーノが歩み寄って声を掛けた。

「そんな警戒しなくても大丈夫だよシュテル。ここ、足つくから」

「ですが師匠……その、改めて泳ぐとなると、いささか勝手が」

 バツが悪そうな顔をするシュテルに、ユーノは「大丈夫」と再度応じる。

「別に恐いわけじゃないんでしょ? なら、あとは慣れれば好きになるよ、きっと」

 手を差し出しながら、ユーノはシュテルを水の中へと誘う。

「泳ぎ方なら僕が教えるからさ。一回、試してみない?」

「…………師匠がそう仰るのでしたら、その、ちょっとだけ……」

 

 そうして始まった水泳指南。

 とはいえ、別にユーノは物凄く泳ぐのが得意というわけではない。あくまでこれは、基本的なことを伝えるに過ぎないのだが……。

「し、師匠……て、手を離さないでください……っ!」

「大丈夫だよ、ちゃんと握ってるから。それより力を抜いて、ゆっくりと浮く感覚を掴めば早いよ。

 水を蹴るのって、あんまり力を入れ過ぎると逆に沈んじゃうから」

「は、はい……」

 ゆっくりとシュテルの両手を手に取って、プールサイドの近くを歩いていく。そこまで泳ぎ下手というわけでもないらしく、師と仰ぐユーノの指南だからか素直に教えを次々吸収していった。

 ……しかし当然ながら学びとは、古今東西すべてにおいて、多難なものである。

「うん。この調子なら、少しくらい手を放しても大丈夫そうかな」

「え、ま、待ってくださいししょ―――ひゃ……ッ‼⁉⁇」

 故に、こんなハプニングが伴ってしまうのも、仕方のないことだといえる……かもしれない。

 珍しく可愛らしい悲鳴(こえ)を上げて、シュテルはバシャバシャと水面を荒立てる。せっかく出来ていた基本も、こう焦ってしまっては台無しだ。結果としてシュテルは沈んでしまっており、ユーノに救助要請(ヘルプコール)を続けている。

「あ、あぷっ……⁉ ひ、引上げてください師匠! このままでは沈んでしまうばかりで、っぅ、ごぶぶっ……」

「ちょ、ちょっと落ち着いてシュテル。

 さっきまでと同じ感じでやれば―――、って……ええッ⁉」

 ユーノはシュテルを落ち着かせようとしたが、生憎とシュテルにそこまでの余裕はなくなっており、その気になれば空を飛べるにも関わらず、焦りに駆られるままユーノにしがみつくようにして抱き着きに掛かった。

「し、師匠……離さないでください……!」

「分かった。わかったから、そんなしがみつかないで……! これだと逆に、というか一緒に沈んじゃうし……うわっ⁉」

「師匠と一緒ならば本望です。むしろ、冥土の先でも共に逝けます……!」

「そこでヘンな信頼を寄せられても困るんだけど―――おわっ⁉ だ、だから、落ち着いてシュテル。それにさっきから……えっと、色々とマズいって言うか……その」

 ───慎ましやかな感触が抱き着かれたお腹の辺りに当たっているというか、なんというか。

 言葉にするのはためらわれるが、生憎と伝えないとそのままで。どちらに転んでも色んな意味で被害の大きい命題を抱え、ユーノの方も焦りが増していく。

 しかも、

 

「「「―――――」」」

 

 目に見えない視線(やり)がチクチクと、心なしか恨めし気に背中に刺さっている様な感覚が(複数)彼を襲う。

(な、なんか……、すっごく見られてるような……)

 感じながらも、何となく嫌な予感がしてユーノは背後を振り返れなかった。もうどうするのが正しいのか、ごちゃごちゃした思考(アタマ)は正解を出してくれもしない。

 結局、そのまましばらくシュテルに引っ付かれたままだったユーノは、どうにかシュテルがわずかに落ち着いた隙を突いて、プールサイドに彼女を引っ付かせたまま上がっていった。

 

「はぁ……は―――は、ぁ……っ」

 上がった先で荒息を吐きながら、ユーノは己の体力の無さを実感していた。元来、遺跡発掘が生業である以上、ある程度の身体能力が求められる。しかし、ここ最近は書庫の整理ばかりで、開拓の方はご無沙汰だった。

 ……なんとなくその事実にちょっぴり情けなく思いつつも、ユーノはどうにか窮地を脱したことに安堵する。

 すると、傍らからシュテルが申し訳なさそうな声で、

「……す、すみませんでした、師匠」

 と、取り乱したことに恥じ入りつつ、たどたどしい謝罪を口にした。が、事の発端はと言えばユーノが手を離したのが原因だ。だからシュテルが謝ることはないと言って、どうにか場を収めようとした。―――が、そこへ。

「なんや随分楽しそうやったなぁ~ユーノくん?」

「は、はやて……」

 ニマニマと、寧ろ楽しそうなのは自分だろうとツッコみたくなるような顔で、はやてが横槍を入れてきた。

「役得遣ったねぇ~ユーノくん。……ところで、実際のとこどないやった? 感触とか大きさとかもろもろ……」

「何の話なのさぁッ!」

 顔を赤くして言うユーノに、ますますおかしそうな顔をするはやて。いろいろ興味が在ったのはホントの様だが、実際のところ面白がっていたのは彼の反応の方だったらしい。

「え~、ええやない教えてくれてもぉ~……」

 そういってはやては「なぁ~なぁ~」と寄ってくる。口調が柔らかい所為か、はたまた独特の雰囲気のためか、なし崩し的に応えざるを得ないところまで強引に意識を引きずられていってしまいそうで―――

 

「って、いうわけないでしょ……そんなコト」

「あちゃー、いまいち押しが弱かったんかなぁ~?」

 なんて口にしながら、パチンと指を鳴らしてはやては残念そうな顔をする。はたして、どこまで本気だったのか。……だが、それ以上考えると頭が痛くなりそうなので、ユーノは考えるのを止めた。

 

 

 

 閑話 ――ある微睡み(ユメ)の続き――

 

 

 

「……はぁ」

 先程の騒動からややあって―――プールサイドからやや離れた休憩スペース。外の情景を眺められる窓を前にした、ちょっと南国風にヤシの木のレプリカなどが立ち並んだ場所で、ユーノはため息を吐いていた。

「つ……かれたぁ……」

 何がというわけではないが、とにかくこう、全体的に。

 しかも、まだ全部解決できたわけではない。はやての追求から逃れてきたのは良かったものの、半分解決を放棄して逃げてきたようなものだったので、この後どうなるか想像もつかないのが現状だ。

「あー……」

 自暴自棄になったような声を上げるユーノ。彼にしては珍しく、本気で参っている状態の様だ。

 うだうだ言っていても始まらないのは嫌というほど分かっているが、それでも目の前の現実に対し、口に出さずにはいられないのが人間というものである───というより、解決だとかなんだとか、そんなものを考えたくないからこそ、言葉で思考を上塗りしていくのかもしれないのだが。

「……ホント、どうすればいいのかなぁ……」

 目を閉じて、若干現実逃避に走るユーノ。

 しかしこれは、ハッキリ言って答えのない命題だ。むしろ、答えなど考えずに、今日限りで風化してしまいそうなくらい、馬鹿馬鹿しい日常だともいえる。なのに、それでもと考えてしまうのは、生真面目という名の愚かさなのか。

 だが、そう自嘲気味に考えていると、空いたベンチに寝転がっていたユーノの上から、声が掛かった。

「―――どうするって、何が?」

「ぇ……?」

 閉じていた目を開けて、身体を起こして声を掛けてきた相手を確かめようとした。……のだが、そこでゴツンッ! とおでこが何かにぶつかって、そのままベンチに後頭部を叩きつけてしまうことに。

 

「「ぅ、ぐ……っ~~~~ぅぅ……っ‼」」

 

 しばし悶絶する声が二つ。声の主は、お互いに受けた不意の衝撃に目の端に滴を浮かべていた。

 それでもどうにか痛みを堪えつつ、二人はもう一度。それぞれへ向けた謝罪を述べながら、今度は比較的ゆっくりと顔を上げる。

「ご、ごめん……」

「ううん……こっちこそ」

 ユーノが応えた人物が誰かを見てみると、そこにいたのはなのはだった。

 声を聴いたところで大まかには解っていたが、半ば予想外の事が起こったのでつい判らなくなってしまっていた。

「ご、ごめんなのは……ほんとに、急に顔上げちゃって」

「わたしもごめん、ちょっとだけ驚かせたくて……」

 あはは……と、困ったような、乾いたような笑いを浮かべるなのはに、ユーノも似たような笑みで応じる。そうして、ふたりでしばし苦笑を交わし合い、ようやく落ち着いて席に着けた。

 が、並んで座りはしたものの、二人は特に何を話し出そうとはしない。何がしたいわけでもなかったと言えば確かにその通りで、先程のぐだぐだを差し引いても、ただ静かに外の景色を眺めているだけだ。

 

 

 

 朱く焼けていた空は、次第に熱を失い冷めていく。

 

 だんだんと眠りにつくように沈み行く太陽を見送りながら、ぼうっとしていた。……けれどそんな時間が、どうしてか心地よいと思ってしまうのはきっと、二人がとても近いからなのだろう。

「……なんだろ。なにか言いたかった様な気もしてたけど、忘れちゃった」

 なのはは、そう呟く。本当は何を伝えたかったわけでもないけれど、何かを話したかったのも、嘘ではない気がしたから。

 なのはの声に、ユーノは「そっか」と相槌を打つ。

 それ以上は何も言わない。しかしそれは、通じ合っているのとは、少し違う。

 本質的に理解できる、なんていうのは酷く傲慢な思い込みだ。どれだけ近くても、理解とはならない。それが本当だと確定するまで、本物にはならないのだから。

 ……でも、人はそうした曖昧なものを尊ぶ。とても暖かいと、優しいと感じている。故にそれを、信頼という絆を、誰しもが信じて生きていくのだ。

 通じて欲しいと、伝えたいと、そう願って―――。

 

 ───だから、なのははそっと肩を寄せた。

 

 微かにもたれ掛かるようになり、初めて出会ったときに比べると幾分かついた身長差が、二人の顔の距離をやや離しているのに気づいた。

 ほんの少しだけの、けれど確かな変化。

 変わって行く事柄に、流れゆく時を感じてしまう。

 ……だが、それでも。

 変わり、だからこそ深まり行くものも確かにある筈だと、そう信じたいと思った。

 

 あの宇宙(くらいそら)で、

 そして、あの微睡み(ユメ)の中で。

 

 抱き確かめた想いを、この先もずっと抱いていきたいと、そう願いながら。

 また一つ、前に進んでみたいと思った。

 

「……ねぇ、ユーノくん」

「なに?」

「うん……。あのね、あの時言ったこと……覚えてる?」

 少しだけ恥ずかしそうに、なのはは彼に訊いた。

「もちろん、覚えてるよ。なのはの傍にいるって約束したことは、ちゃんとね」

 そう言われてなのはは少しだけホッとした。けれど、また同じように―――柔らかな声だが、なんだかそれだけでは足りない気もしていた。

「…………でもユーノくん、今日は全然わたしといてくれなかったし。さっきだって、シュテルとあんなに仲良くしてて……」

「えっ……ああいや、あれは別にそんな―――」

 と、そう弁明しかけたところで、なのははジトっとした目を向けてくる。

 どことなく非難がましい視線に、思わずユーノは押し黙ってしまう。別段ユーノがなのはを邪険にしたわけでもなく、むしろ普通に友人として時間を過ごしていた筈なのだが……どうにもその理屈は、目の前の彼女には通用しそうにない。

「……えっ、と……」

 何と答えるべきなのか。

 その答えを、ユーノは持ち合わせてなどいない。

 どうしようと迷っていると、そこでなのははちょっとだけ拗ねた様に、こう口にした。

 

「…………すっごくイジワルなのは分かってるけど……でもユーノくんのこと最初に誘ったの、なのはだよ?」

 

 口をとがらせて、なのははそう口にする。

 だから少し、(さみ)しかったのだと―――そう伝えて、なのはは微かに赤くなった顔でそっぽを向く。

 僅かに場を包む静寂。

 しかし、息苦しさはない。

 ただ、流れていくだけの思考無き時間。けれどその中で、一つだけユーノはふと思う。

 拗ねた彼女の様子が、不謹慎かもしれないけれど───その時ユーノは、なのはの事を、とても愛おしいと感じていたのだった。

 だから、

「……そっか。

 なんだか、ゴメン。ちゃんと約束したのに、そんな風に思わせちゃって」

 必要以上に気負いなく、ユーノは少しだけ疎かになっていた約束を詫びた。そして、そのままゆっくりとこう口にする。

「なら―――改めて、約束をしよっか。

 守れなかった分も含めてもう一回、なのはの頼みなら、なんでも聞くよ」

 あの空で交わしたように、もう一度。

 その願い、どんなわがままでも聞くと、ユーノはそういった。

 ……尤も、その必要は無いのかもしれない。

 ユーノはなのはを裏切りはしないし、なのはだって、ユーノの事を裏切ったりなんかしない。

 だが、それでもこうして言葉を交わしたくなるのは何故なのか。

 きっとそれは───

 ほんの少しだけ、それこそささやかなワガママなのだろうと二人は思う。

 

「なら、ずっと───ずっとずっと、一緒がいい」

 

 そうして、もう一度。

 言葉になった少女の願いと共に、約束が交わされる。

「───うん、分かった。

 これから先もずっと……ちゃんと傍に居られるように、約束する(誓う)よ」

 その微笑みを受けて、なのはもまた、静かに微笑んだ。

「破っちゃ、イヤだよ?」

「もちろん」

 その後に重なっていくのは、益体もないことばかり。それもいずれ収束していき、最後にはまた同じような沈黙へと戻っていく。

 でも、今度は帰るためにではなく―――もう一度、更に先へと歩み出すために。

 

「行こうか。みんなも、きっと待ってるだろうし」

「……うんっ!」

 

 休憩所から足を踏み出すと、皆が迎えてくれた。こうしてほんの少しだけ離れた日常の場に戻り、いつも通りに溶け込んでいく。

 

 ―――その踏み出した一歩は、あの日のものと少し似ていた。

 また一つ子供たちは大人への階段を上っていく。楽しい時間を過ごしながら、抱いた傷を癒やし、けれど決して忘れずに確かめる様にしながら、前へ。

 そうして、長く続いた夜の名残を締めくくり、新たな未来へと向けて進んでいくのだった。

 

 

 




 お待たせいたしました、漸く更新にたどり着けた駄作者でございます。
 いやはや、休みに入れば更新速度挙げられるとか行っておきながら、遊園地での一幕を書くのに手こずりに手こずってしまいました(……しかも、最後は捏造とオマージュに逃げてしまうというアレっぷり)。

 本当にお待たせして申し訳ありませんでした……。
 次回以降はどうにか早く書けるように努力していきますので、宜しくお願いいたします。<(_ _)>

 と、反省の言葉を並べすぎても白々しいので、ここからはいつも通り本編の方に触れていこうと思います。

 まず始めに言わせていただければ―――遊園地ってのは団体で書くのがめっっっちゃくちゃキツい場所だとおもいます。
 とにかく文章でどう書き連ねていけば良いのかまるで分からず、こういう絵面だけど遊んでるイメージを書き出すと全体像と何かズレるというか……ホント、映像の力って偉大。
 挿絵に頼ってみようかとも思ったのですが、むしろそっちの方が時間掛かると思って断念致しました。
 なので、妥協策として昔Ref公開直後にユーノスレで書いたSSからアイディアをとってきたり、ツイッターでとある方からシチュのアイディアを頂いたり等して、どうにかこうにか《オールストン・シー》でのパートもそこそこ埋めることが出来ました。……ただそれだけだとなんだか物足りない気がしたので、勝手に捏造でホテルにプールある体で話を作ることに。
 Refではやてちゃんが『お風呂入るの待っててくれてるそうです~』と言ってたので、部屋のお風呂が広いから小学生くらいなら一緒に入れるのかなと思ったりもしましたが、どうせなら大浴場があってそっち行くつもりだったとかでも良いかなと思ったので。
 そこから、そういえば外国のホテルにあるプールとかって室内で硝子張りのところか在るよなぁとも思い、大浴場だと短編の混浴の二番煎じになっちゃうけど、プールならまだ書いてないしアリかなーと勝手に思って書きました(^_^;A

 ただ流れが思いつかなかったので、マテ娘たちって今回の世界線だと素体猫だし、水苦手とかだったら面白いかなと考えて、そういやFateのホロウのプールデートでこんな感じの話し合ったなぁと思い出して、アレが好きだったのでそれを踏襲した感じにしてみました。
 まぁ、メガマガとかGoDの時もふつーに水着とかありましたけど、Ref/Detでなら一時的に苦手な時があってそれを慣れるイベントとか合っても美味しいかなと思ったのでこうした形にしてみることに。

 ちなみに息抜きがてら、書いてる途中ツイッターで内容の一部をノベルゲームっぽくした動画とか挙げてみたりしてました。にしても最近のスマホアプリって凄いですよね……ずぶの素人の自分でも、フツーに結構それっぽいノベルゲーム作れましたから。

 もし良かったらそっちも見てやって下さい。シュテルとユーノくんのとこだけですけど、アレはアレでまた違った味が出てるかと思いますので。最近あげたやつなので、メディア欄から探して貰えれば早いかもです。

 と、そんな感じで書いた話でした。

 加えて、今回の話で特に目立ったヒロインは誰かと言えば、レヴィとシュテル、そしてなのはちゃん辺りかなと思います。一応他のところでもそこそこみんな出てくるようにしてみたつもりですが、やぱり大人数動かすのは難しかったですね。
 とりわけレヴィは結構序盤で話し動かすのに活躍してくれてホント安心感ありました。しかし、レヴィが動くと大体フェイトちゃんがフォローに回るので、意外とフェイトちゃんの伏兵感強かったりも……?

 が、そうはいいつつも今回一番可愛かったのはシュテルですかね。
 今回は少しINNOCENT時空の性格に寄せて、天然というかポンコツっぽいとこを出してみたりしたので(笑)

 でも、最後なのはちゃんにもってかれる作りになったのは、『√なのは』の時にも書きましたけど、ちょっとした〝拗ね〟を書きたかったからと言うのもありますね。
 ぶっちゃけあんな告白紛いしても、鈍いので告白そのものだとはなってない二人なのでなんともまどろっこしい状態になってます。
 が、しかしそれでも当然ながら『お願い(ワガママ)』を言って聞いて貰ったのに、一緒に居てくれないのにはジェラシーもあるわけで、こんな感じの話にしてみたらおもしろいかなぁと。
 ついでに、続編へ向けて『傍に居ること』や『支えること』をより印象づけたかったと言うのも少しありました。


 ―――さて、そんなこんなで流れの解説は以上になります。

 どうにかこうにかここまで来て、残る番外編はあと一つ。
 次回はDetのエピローグにあった卒業式と、パンフ漫画にあったお花見を元にしたエピソードになります。

 その次の話の後にDetのエピローグ兼StSの準プロローグを出そうと考えてますので、そちらの方もお楽しみに。

 そして、前々からの予告にあったとおり―――
 続編の大まかな流れというか、あらすじを今回やっとご紹介できることになりました……!

 ―――でも実は番外編よりも早くあがってたと言う事実。だからあれほど先に出すものを書き上げてからにせよと……(興味・やる気が移り気になりやすい質)
 まぁ、そうした部分も踏まえてこれからも頑張りますので、宜しくお願い致します……!

 なお、続編の構想へに関しては、此方のリンクより活動報告の方でご覧頂ければと思います。
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=207554&uid=140738

 あとは殆ど向こうで書くことになりますが、最後に今後の展開について少しだけ。
 以前の活動報告や先述の通り、この先は次回の番外編の次に、エピローグ+準プロローグな感じの『終章』を出していきますので、そちらも楽しんで頂けるように頑張ります。
 そして、このシリーズ自体はあと二回で終了し、続編へと引き継がれることになりますので、この先もよろしくお願い致します。
 これからも皆さんに楽しんで頂けるように祈りつつ、今回はここで筆を置かせていただきます。
 それではまた次回お会いいたしましょう^^



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