~魔法少女リリカルなのはReflection if story~ 作:形右
ハラオウン家滞在の場合でございます。
いつもより傍に、少しだけ近くなる距離 √_Ⅳ
――それは、ささやかな争いだった。
自分がそこに何を賭けたのか、それはまだわからない。
でも、手をかざして得ようとしたのだけははっきりしている。
賭けるものは分からないけど、ただ少し……手を伸ばそうとした。
だからこそ、こうして出した手は、少女に選択の余地を与えた。
可能性をここに示し、先へ進むための小さな一歩を踏み出すべき支えを、もう一つ与える。
正しいかどうか、或いは不要だったのか、そんな事はどうでもよかったのかもしれない。ただそこに、手繰り寄せたい何かがあった気がしたから、その一手を彼女は放った。
そして、淡い想いが雷光となり、閃光の放つ一瞬の煌きが――その先にある運命を切り開く。
――――じゃーんけーん、ポン!
***
――海鳴市藤見町のとあるマンションにて。
金色の髪をした少女と、少女より亜麻色っぽい金髪の少年、そして少女に抱えられた子犬がある一室の前に歩いてきた。
金髪の少女の名は、フェイト・T・ハラオウンという。
今日はたまたま友達たちとのお茶会があり、その弾みで友人が一人、彼女の家に泊まることになったのだ。
それに至るまでには、いろいろなことがあったのだが、それに関しては割愛しておこう。
ともかく、まずは家に入るため、フェイトは自宅の扉の前に立って、帰ったことを母に告げるため声をかける。
「ただいま」
フェイトがそういって部屋のドアを開けると、
「お帰りなさい」
といって、エメラルド色の長い髪をなびかせた女性が彼女を出迎た。
「あら、早かったのね。三人とも、おかえりなさい」
にっこりと微笑んだその女性は、フェイトの母であるリンディ・ハラオウンである。
「ただいまー。ねぇ、なにか手伝うこととかあったりするー?」
「ありがと。でも、アルフもせっかくだから夕飯までのんびりしてて。今日はお客さんもいるし」
そういって、フェイトに抱えられていた橙色の狼――フェイトの『使い魔』であるアルフの頭をそっと撫でると、リンディは娘の隣に立っている少年に視線を向ける。
「ユーノくんも、いらっしゃい。今日はゆっくりしていって。いつもクロノたちがお世話になっているし、ゆっくり休暇を満喫してちょうだいね」
「ありがとうございます。それじゃあ、今日はお世話になります」
ぺこり、と、その隣に立つ少年がお辞儀をする。
とある少女たちの
なんだかみんなが張り合っていたので、ついついフェイトもユーノ争奪戦(?)に便乗してしまい、今こんな状況になっている。
母とにこやかに、けれどちょっぴり苦笑しつつ話しているユーノを見て、フェイトはいまさらながら少し気恥ずかしくなってきた。
ユーノといること自体がいやということはない。
寧ろ、ここハラオウン家はもしかたら友達内の中では一番ユーノという少年に近しいといえる場所だ。
実はフェイトを始めとしたこの家の住人とユーノは、ここ海鳴市――というより、この世界の出身ですらないのだ。
〝次元世界〟という区分けを施されているなかでも、『管理世界』と呼ばれる異世界の出身であるフェイトたちは全員『第一次元世界・ミッドチルダ』周辺の出身である。
加えて、全員が『時空管理局』の関係者であり、それらの繋がりが強い。
フェイトも、兄のクロノが嘗て就いていた『執務官』になるべく今も勉強中であることや、執務官になった後も色々と資料請求が起こりうるため、ユーノとはそれなりに親密な部分はある。
ただ、よくよく考えてみたら同い年の男の子を家に招くのは、かなり大胆なことだったかもしれない。
ほんのり頰が赤くなったのを感じて、アルフを抱く腕に力がこもってしまう。変に心臓が音を強めたようになっている気がして、ますます頭の中が混乱しだす。
だが、
「フェイトー、ちょっとくるしいよ……」
「あ――ご、ゴメンね」
アルフにそう言われ、意識が逸れたことで顔の熱はだいぶ逃げた。
平常心を保てるように、平静を失わないようにと自分にそう言い聞かせてみる。
「……ふぅ」
息が抜けるのと共に、フェイトの中にあった何かは収まったようだ。
ホッとしていると、リンディがいつまでも玄関で立ち話をしてるわけにもいないと、三人を手早く中へと手招く。
「フェイト?」
ぼんやりしていたため、急に声をかけられたフェイトはびくっと肩を震わせる。
「ぇ、な……なに?」
きょろきょろと、リンディとユーノの顔を交互に見る。
「あらあら、ユーノくんが来てくれて緊張でもしてるのかしら?」
「そ、そういうわけじゃ――」
悪戯っぽく言われて、フェイトは焦ったように弁明を述べようとしたが、リンディの言ったのは可愛い反応を示した愛娘へむけた軽い冗談だ。
「ふふっ。まあ、とにかく三人とも入って。フェイトも、そんなに慌てないの」
「……ぁぅ」
すっかり空回りしてしまったフェイトは、しょんぼりして中に入る。
はあ、と溜息をついてソファに座ると、抱いていたアルフのふわふわの体毛に顔を埋めた。
「フェイトー、そんな落ち込まなくてもいいのに」
「えっと、なんかその……ゴメンね? 急にお邪魔して」
アルフとユーノの優しさがなんだか痛い気がする。
「ううん。邪魔だなんて……そうじゃなくて、その」
その続きを言おうとした辺りで、リンディがテーブルにお茶を運んできた。
纏まっていなかった言葉は霧散してしまい、結局自分でもなにが言いたかったのかすらよく分からなくなってしまった。
冷たいお茶が目の前に出てきたので、一口飲んで喉を潤す。
僅かばかり頭が冷えてきたフェイトに、リンディが思い出したように用事を頼んだ。
「もうすぐ夕飯だから、お菓子はお預けね。あ、それとフェイト。クロノに今日は帰ってこれるか訊いておいてもらってもいい?」
それを受け、フェイトは頷く。
「あ、うん。わかった…………か、」
最後まで応えようとしたのに、声が出なくなった。
か細く萎んだそれを、リンディもアルフも、ユーノも、分かってはいただろう。
でも、誰もそれを深く追求することはない。
フェイトのことを知っているからというのもあるし、彼女自身がそれを呑込めるまでは待つつもりだから、というのもある。
それでも、
(…………また、言えなかった)
胸に残るモヤモヤした想いは、消えてくれない。
優しさに晒されていることが……余計に今の幸せを疑わせるようで、フェイトの心がそれを口にしようとするたびに、身体が石になったように固まってしまう。
言えなかったその言葉は、フェイトにとって特別で――何よりも辛く悲しい記憶ともう一度向き合うためのもの。
――――〝お母さん〟
たったそれだけの言葉が、フェイトはまだ言えていなかった。
落ち込んでも仕方ないのは分かってる。
友達を招いているのに、こんな暗い気持ちのままでいるのは良くない。
だから、それを振り払うようにフェイトは気持ちを切り替える。
クロノへの通信を繋ぎ、今日帰ってこれるかを訊いてみると、夕飯には最近ますます仲の良いエイミィと一緒に来ると言っていた。
……ただ、少し不思議だったのは、ユーノの顔を見た瞬間クロノの目つきが妙に攻撃的になったのは何でだったのか、フェイトにはまだ良く分かっていなかったため、可愛らしく小首を傾げていた。
ちなみにその際のクロノのセリフと、それに対するユーノの応答はというと、
『ああ、夕食までには必ず行く。いや、寧ろすぐ行く。だからユーノ、妙な気を起こすなよ……?』
「はぁ……そんなことしないってば」
そんな感じだったらしい。
小首を傾げるフェイトの隣で、そんなやり取りを終えたユーノはこめかみの辺りを抑えており、フェイトはさっきまでの気恥ずかしさも忘れて彼の心配をしたのだが、ユーノは大丈夫とだけ言って力なく笑っていた。
そんな様子を見てますます心配になったが、十分もしない内に帰ってきたクロノと仲良くいつも通りの喧嘩を始めたので、良かったと微笑む。
ちなみに、それを見ていたエイミィはというと、
「……割とフェイトちゃんも大物だよねぇー、肝の座り具合というかなんというか」
「???」
未だに良く分かってないらしい、可愛い弟分の可愛い妹分の頭を撫でつつ、苦笑していた。
そんなこんながあったものの、
「はーい、ご飯できたわよー」
というリンディの声を受け、一同は食卓へと付く。
「「「いただきます」」」
すっかりハラオウン家でも定番となった日本式の食前の礼を述べ、皆は夕飯を食べ始めた。
「どう、ユーノくん。美味しい?」
「はい。とっても」
にこやかに答えたユーノに、リンディも楽しそうに頷くと、
「ふふ、なら良かったわ。クロノは最近あんまり言ってくれないから、男の子の感想っていうのも新鮮で良いわねぇ〜」
と、満足そうにいった。
「か、母さん……」
クロノはそんな母の様子に少し顔を引きつらせ、隣のエイミィはそれを聞いて可笑しそうに笑っている。
「あはは。クロノくんは素直じゃないからねー」
「エイミィ……君まで」
なんだかすっかりクロノは取り囲まれたような気分で、普段から女所帯に慣れている身としても中々にこの状況は堪えたらしい。
「ユーノ、全く君が調子のいいこと言うから……」
悪友に軽く八つ当たりを始めた。
普段からそんなことの絶えない二人だが、最近はユーノをあしらうことの多いクロノ(とりわけ身長のコンプレックスが消えたことが大きい)も、家族団欒の中ということもあってか、今は少し思考が子供じみていたらしい。
悪友に対するそんな言い草は、彼らの仲を知っている人たちからすれば、ごくごく慣れ親しんだ光景だが――かといってユーノも言われっぱなしではない。
むっ、とクロノの言動に眉をひそめる。
もしかすると、それが開戦の合図だったのかもしれない。
こうして、仲の良い喧嘩が、久々に展開されていくのだった。
「そんなこと僕に言われても……っていうか、それはクロノが普段から言葉にして伝えないからだろ」
「む……ふん、言葉を並べるほどそれに比例して中身は薄くなるものだ。君のように、なにかと依頼が遅れた言い訳ばかり重ねるほど、僕は子供ではないからね」
「それはクロノがいつも終わった端から新しい依頼飛ばしてくるからだろ!? 大体この前だって――――」
そうして始まった男の子同士の口喧嘩。
だんだんとヒートアップしていくそれに、フェイトはたじたじになる。
「(あ、あわわ……っ)」
だが、慌てているのはフェイトだけ。
他の面々はというと、
(懲りないなぁ……二人とも)
(ほんっと、飽きないよねぇー、この二人は)
アルフとエイミィはすっかりお馴染みのそのやりとりに、ため息まじりに傍観に徹している。
だが、流石に食事時のそれをいつまでも放置するのは頂けないと、リンディが止めに入ることに。
「はいはい、二人ともそんな喧嘩しないの。まったくもう……いつまで経っても、男の子って根っこは子供よねぇ〜?」
「「うぐっ………」」
すっかり周りから呆れられ、フェイトを慌てさせた二人の子供じみた争いは、リンディの母親パワーによって鎮められた。……言葉の威力で自分の未熟さを改めて思い知った、と言い換えてもいいが。
ともかく、それがあってユーノとクロノはおとなしく食事に戻った。
まだ少し不満そうな二人を見て、やれやれとアルフが首を横に振る。エイミィもまた同様で、いつも通りムードメーカーの役割を担っていく。
「そういえば、クロノくん。例のアレ、リンディさんに話さなくていいの?」
「ん……あぁ、そうだね」
「アレ……というと、例の不審な異世界渡航の反応のことかしら?」
「はい。今、ここの支部で追っている――――あ」
本題に入ろうとしたところで、フェイトとユーノのこちらをしげしげと見ている視線に気づき、クロノは「しまったな……」という顔をみせる。
「……いや、今のところはこちらの支部の面子で対処できる。君たちが気をもむ必要はないよ、フェイトやユーノはそのまま休暇を楽しんでくれ」
「いやー、ちょっと選択をミスったかなぁ……?」
苦笑するクロノとエイミィに、二人は「でも」と言いたそうな顔をしたが、その後に続けてクロノがこういったことで一旦落ち着きをみせる。
「とはいえ、君たちの力は必要になったら是非とも現場に欲しい。それにユーノ、君にもいくつかやってもらうことがあるかもしれない。だから、今は休暇を楽しんでおいてくれ。いざという時が、来るまでの間は……な」
そう言われると、ユーノもフェイトも強くは出られない。
それに、フェイトは明日の遊園地見学については夏休みの自由研究。友達を放っておいて自分だけ独断先行をするのは、フェイトの性格上あまり考えられないだろう。それに、なのは辺りならどうして教えてくれないの? と、逆に不機嫌になりそうでもある。
それはユーノも同じこと。ユーノを誘ったのはなのはで、そしてアリサたちもユーノの同行を楽しみにしてくれている。無碍にすることも、断ることも、ユーノにはきっと出来ないだろう。
そんな部分で、どことなく二人は似通った部分があると言えるのかもしれない。
「そういうわけだ、この話は一旦置いておこう。それより、明日のことを聞かせてくれないか? フェイト。ついでに君もだ、ユーノ」
「……うん。わかった」
「ついでって……はぁ、全く」
軽くふざけたような、悪戯っぽいやりとりを挟みつつ――食事の時間は和やかなものとなって過ぎていく。
そこからは、二人の話が食卓にのぼっていった。
フェイトがなのはたちと話していた自由研究でどの部分をフェイトが担当するかとか、ユーノがアリサに海鳴市の海中で見つかった未知の鉱石についての鑑定を考古学者や、発掘者としての側面から頼まれたことなどを話していくのだった――――
*** 想いは、まだ胸の内に Little_Courage.
そして食事が終わり、みんながお風呂に入った後……クロノは、本部からの確認を頼まれ、一度支社の方へエイミィと共に向かった。
リンディはそんな二人を見送り、明日に備えて準備をするフェイトとユーノを微笑ましげに見守りつつ……自身も明日、早朝練習を終えた娘たちを出迎える準備にかかる。
「朝ごはん、なにがいいかしらねー?」
自室でうきうきと、料理を決めようと本を片手に緑茶(もちろん砂糖入り)をリンディが飲んでいる頃、リビングではフェイトとユーノが明日のことを少し話していた。
「うーん……」
どうやら彼女は、明日のエキシビションでなのはとの戦いの際に使う戦略のことで少し悩んでいるらしい。
「そんなに難しく考えなくても、明日のエキシビションもいつも通り全力でいけばいいんじゃないかな?」
ユーノはそんな彼女にこういってみるが、フェイトは少し唸ってからこういった。
「でも……明日は、なのはに勝ちたいんだ。最近引き分けばっかりだから」
おとなしいのに、フェイトは結構戦うことが好きだったりする。
もちろん戦闘狂というわけではなく、競い合いとしての戦いが好きなのだ。この辺りは、彼女の先生であるリニスや、彼女と同じように戦いが好きなシグナムなどが周りにいることが挙げられる。
競い合いのライバル、負けたくない相手が出来てから、フェイトの向上心は上昇の一路を辿っている。
それは、親友のなのはに対しても同じこと。
元々、なのはとは『ジュエルシード』を巡る戦いの中で幾度となくぶつかった。
その時、なのははユーノから魔法を教わったばかりだったが、それでもユーノとレイジングハートの教えから次々と魔法の使い方を吸収していったなのはは、いつの間にかフェイトと互角に渡り合うまでになっていた。
それが、だんだんとフェイトの心の炎を灯していったのだ。
だからこそ、なのはには勝ちたいという気持ちも強い。なのはは、フェイトに勝敗の行方を巡る炎を目覚めさせた相手でもあるからこそ――。
フェイトのそんな負けん気をみていたら、なんだかユーノも少し彼女に協力したくなってきた。
「――じゃあ、僕も協力しちゃおうかな」
「え……?」
「フェイトが戦略を練るのを、ね」
「でも……いいの? ユーノは、なのはの先生なのに」
「まぁ、目の前でそんなに〝うーんうーん〟って唸ってるフェイトを見てるだけ、なんていうのもなんだか精神衛生上よくなくて」
たはは、と苦笑しつつユーノはウィンドウを開く。
「でも僕はもう暫く前線には出てないから、そんなに期待はしないでね」
「…………」
そんなことを言っているが、ユーノはクロノの模擬戦にも時折付き合っているくらいには強い。
九歳で
結界術師、という彼の本職を考えれば十分と言える。
バックアップもなく、『闇の書』の『闇』を押さえこめる〝ケージングサークル〟なんて結界魔法も使えるくらいだ。
攻撃魔法を使えないことも考慮に入れれば、総合でAになる素質を持っているだけでも十分だろう。フェイトやなのはのような派手さはないが、彼の戦い方は非常に堅実だ。ちょうど、兄のクロノもそんな感じであるフェイトにとっては、二人のそれは冷静な試合運びや負けない戦い方の見本のようだ。
そんな彼が一緒に考えてくれるのは心強い、が――でも。
「……やっぱりいいよ。なのはにも悪いし」
勝率の向上には繋がるだろうが、きっと星の光を司るあの子はユーノがフェイトに手を貸したとあれば、なんとなく拗ねそうな気がする。
実際、そもそもこのお泊まりに繋がるお茶会にユーノを誘ったのはなのはだったりする。
じゃんけんに負けた時、あからさまに口尖らせていたアリサやヴィータほどではないが、なのはも結構面白くなさそうな顔をしていたのをフェイトはしっかり見ていた。
だが、どうやらユーノはそこまで分かってはいなかったらしい。
……まあ、あの状況で冷静な判断を下せる人がいるのか、フェイトには分からないが。
そんなことはつゆ知らず、ユーノは「なら……そうだな」といって何か始めようとしている。
「うーん、じゃあ……せめて、気負いすぎないように緊張を解そうか」
「…………?」
そっと印を組んで、フェイトに緑色の魔力光を放つ手をかざす。
「妙なる響き、光となれ……癒しの輝きにて、心の波紋を鎮めたまえ」
「これって……」
「あー、いやその……まぁ、そんなに大したものじゃないんだけど、おまじないみたいなものだよ。ほんの少しだけ、心を落ち着けてくれる魔法」
治療魔法は得意なユーノだが、シャマルのようにそれを専門としているわけではないため……これも彼女が持っている色々な治療魔法とは比べ物にならない、自身で言ったように〝おまじない〟程度のものだ。
でも、そんなささやかなものであっても、フェイトの高ぶった心は、不思議と落ち着いていた。
(――――あったかい)
なのはに昔言われたことを、ぼんやりと思い返す。
〝――――ユーノくんの魔法、あったかいでしょ?〟
すごく嬉しそうに、あの時のなのははそう言っていた。
確かに、その通りかもしれない。今こうしてユーノの放つ光を受けていると、そんなことを思った。
「……ありがとう。ユーノ」
「なら良かった」
ふっ、と光が消え、いっときの暖かさが消える。
もう少しだけ、その暖かさを感じていたかったなと、ぼんやりとフェイトはユーノのかざされていた右手を眺めるが……ただ、それ以上頼むのもなんだか気が引けて、フェイトは彼の手から目線を逸らした。
そんなフェイトに気づいたのか、
「もう少しだけ、おまじない、続けようか……?」
と、ユーノは言ったのだが……。
「ぇ、あ……その」
もじもじと、フェイトは二年前に戻ったように言葉に詰まっている。
それを見て、ユーノは少し心配になった。
最近はすっかり元気になった彼女だが、時々……以前のような周囲への遠慮を覗かせる時がある。
恐らく、何かに悩んでいるのだろうことは、何となく判る。先ほどの彼女を見ている限り、それはきっと――。
「――フェイト」
「な、なに……?」
どこか不安そうに、フェイトはユーノを見る。
……訊いてもいいのだろうか? これは、かなりデリケートなことだ。
他人のユーノが、おいそれと訊いてもいいのかはわからない。でも、きっと彼女が前に進むためには何かが必要なのかもしれない。
ただ、フェイトとリンディなら、そう遠くない先に必ずそれを見つけるであろう。なら、こんなところでユーノが出しゃばるべきではないのかもしれないが……しかし。
「良かったらでいいんだけどさ……もし、悩んでいることがあるなら、その……力に、なるよ」
たどたどしく、ユーノはそう言った。
もちろん、フェイトが拒否するようなら、この話はすぐに終わらせる。
「…………」
けれど、もし。
もしもフェイトが、ユーノに話してもいいと思うなら……その時は力になろう。
そう決めて、ユーノはフェイトの言葉を待った。
「悩み――わかっちゃう、よね……あんなじゃ」
顔を俯かせた彼女が口にしたのは、少し悲しそうな呟き。
自分の不甲斐なさを嘆くような、そんな声色の響きは……ユーノの心にも苦しさを運ぶ。
「……たぶん、ユーノの思ってるそのままかな」
ぽつり、とフェイトがそう零した。
益々深くなる悲しみの色。
自分を責め立てているような声を聞いて、どうしようもなく情けないとユーノは思った。
当たり前だが、彼女の苦しみで一番苦しいのは、他ならぬフェイト自身なのだ。なのに、不躾に訊いた自分がそれで言葉を失って、優しい彼女を余計に困らせてどうする。
せっかく、あんなに元気に笑えるようになったフェイトを。
漸く、楽しい日々を――穏やかな日常を得ることができたフェイトを、憂に浸る過去に縛られたままに留める手助けをしてどうするのか。
ユーノがするべき手助けは、そんなものじゃない。
フェイトが抱えた憂いを、少しでも和らげられるようにすること……それが今、彼女に苦しさを思い起こさせたユーノのとるべき行動であり、何より友達への誠意と親愛の筈だ。
「わたしね……まだ呼べないんだ」
吐露されていくのは、彼女が未だ囚われているある枷のこと。
かつて母に捨てられ――それでもなお、母を愛した優しい少女の過去。
向き合って、今を手に入れて。
それでも、今がまだ心の底では幻のように感じる節を残す傷痕。
「……言おうと思っても、なんだか声にならなくて。凄く呼びたい筈なのに、わたしはまだ、それを恐がってる……こんなの、当たり前のことのはずなのに」
苦しい。
何よりそれを臆病に思う自分の弱さが哀しい。
本当は、呼びたいのに。あの優しい人を――『母さん』って。
だけどそれを口にしたら最後、まるで全て失うんじゃないかと、幻影の不安が襲う。
ありはしないのに。
絆を結んで、みんなと結んできた絆が途切れて、無くなるなんてこと。
「ごめんね」
そうじゃない。
「ユーノ、せっかくウチに来てくれたのに……」
違うんだ。フェイトに謝らせたいんじゃない。そんなこと、望んでる筈ないだろう? ――僕だって、なのはと一緒に君のことを、ちゃんと見て来たんだから。
「優しいね、フェイトは……」
本当に優しい。
自分を傷つけた人に、そんな言葉を掛けてくれる。
強い心で、相手を思いやることを、フェイトはしっかりと身に宿してる。
「なのにごめん、謝らせるなんてことしたいわけじゃなかったんだ。少しでも、フェイトの気が和らげばと思ってただけなのに……余計に苦しませて、悲しいこと思い起こさせて、ごめん」
「……そんなこと、ないよ」
「……ありがとう。でも、傷つけちゃったのは、本当だから……一つだけ。ほんのちょっとだけ、話してもいいかな……?」
「……うん」
「良かった……」
淡い笑みで二人は少し視線の先を交わし合うと、ユーノがもう一度口を開く。
「話っていうのは、そんな大したことじゃないんだ。ただ、フェイトがそんなに悩まなくてもいいって言いたくて……僕も、相手への呼び方がよく分からなかったから、尚更」
「……ぁ」
「僕も、両親がいなかったから……その、恩知らずかもしれないけどさ。誰かにさ、育ててくれた部族のみんなのことを伝えようとして、ただ家族っていう以外に、なんて呼んでいいか分からなかったんだ」
父でも母でもない、家族。それ自体は悪いことであるはずは無いが、同時に自分だけの定まりを得られないということであると、第三者に伝えるという場面を経て、それを知った。
繋がりは確かにあったが、だからこそ自分にとってそれだけで良かったのか? と問われた時、どう言えば良いのかが分からなくなった。
そんなに哀しい想いだったのか、といえばそうじゃない。育ててもらい、共に支え合って生きてきたことは素晴らしいことだった。感謝こそすれ、恨む筋合いはない。
少なくとも、フェイトが辿って来た半生に比べれば
……でもきっと、その時感じた想いや、抱いた寂しさは、近いものなんじゃないかと思う。
その、〝分からない〟という形を得ない不安を、きっと二人は知っている。
だからこそ、ユーノは彼女にこれを話した。
「自分だけのっていうのが無かったから……なんだか、よく分からなくて」
どう呼べば良いのか、どう呼んで良いのかが、判らない。解らなかったのだと。
「だから、それはフェイトが弱いわけじゃないよ」
きっと、誰もがきっかけを待ってるのだろう。
人は、とてもとても臆病な生き物だから。
近づくことが嬉しくて、結べた絆が温かくても……〝家族〟の一線を本当に越えるには、とても勇気がいる。
「簡単なことじゃないから、気に病まなくて良いっていうのも、少し変かもしれないんだけど――それでも、きっと大丈夫。フェイトは、きっと壁を越えられるよ。
――――君は優しくて、とっても強いんだから」
絶対に大丈夫、そう言ってユーノはフェイトに柔らかな笑みを向ける。そっと手を握って、額の辺りで留める。
まるでそれは、何かを祈るような仕草だった。
これからの少女の生に幸あれと願うようであり、同時に……まるで自分の出来なかったことを、他者に味合わせたくないという神への嘆願のようでもあった。
しかし、不思議な高揚がフェイトに流れこみ、ユーノの抱いた何かは知られることはなかった。
ユーノの声が、フェイトの認識を優しく阻む。
そして、温かく全てを包むように、フェイトに想い願いを届けた。
焦らなくて良い、きっとその時は来るから――フェイトの心を溶かすように、ユーノの温もりが彼女の中に流れ込んで来るような気がする。
「…………ゆ、ぅ……の?」
熱の高まりに合わせるように、静かにとくんとくんと、鼓動が少し早くなる。
何なのかよく解らないけど、それは嫌なものではない気がした。
なのはと闘った時に感じたあの静かな高揚とは少し違う、じんわりと染み込んで来るような、思い遣りの熱。
ほんの少しだけ高まった体温と、ほんのり朱く色づいた白い肌は、結局ユーノがフェイトから手を離した後も治らず……寝るまでの間、妙にポカポカしたまま夢の中へ彼女を優しく誘ったらしい。
――――ただ。
ほんわかとあたたかな高揚を得て安らかに眠りへ向かったフェイトと、
今更ながら眠りの淵で女の子の手を軽々しく握ったことを少しばかり後悔しているユーノの裏で、
「ったく……あのフェレットもどきめ……っ! こういうのは兄の役割のはずだろうに……」
「まぁまぁ。こーいうのは共感出来そうな人の方が良いんじゃない? それに、あたし的には結構あの二人悪くないような気もしたんだケド――おにーちゃん的には不満ですかな?」
「当たり前だ……別に僕はユーノを本気で嫌いなわけでも認めてないわけでもないが、だからと言ってあいつがフェイトに軽々しく手を出そうとしてるのを黙って見過ごすのは兄としてどうかと思っただけで僕個人の感情も感傷も特に入ってるわけじゃないのであってだな――」
「あー、はいはい。おにーちゃんはタイヘンだー」
「おい、それはどういうこと――「あーはいはい、若い二人の邪魔しないよーに本部戻ろーねー」――また君は、良い加減僕を子供扱いするのはやめてくれ……(ぶつくさぶつくさ)」
そんなことやってる兄と姉(こちらは的な、それか未来のがつくが)二人がいたり、
「あらあら……これはもしかしたらもしかするのかしらね♪」
楽しんでその様子をこっそり見てた母親がいたりしたということを、
「――――(ほんわか)」
(あぁ、何やってんだろ僕……)
寝床の中にいる二人は、きっとこれからも知ることはないだろう。
――そうして告げた祈りと共に、戦いの幕は上がり、新たなる乱戦の朝が訪れる。
乱れ狂う嵐と共に、新たな出会いと思惑が交錯する中で、果たして彼女たちの得るものは何なのか。
その答えはきっと、もう胸の内に刻まれている――――。