~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 なのは√。
 これは、当時アンケートで前後編にすることになって、後から幕間を追加する形になりましたので、前後編になってます。


√なのは Stay in高町家

(こころ)の導き、果てなき絆の先に √_Ⅴ

 

 

 

 ――――それは、待ち望まれた戦いだった。

 

 長く、長く。待ち望まれた、そんな瞬間だったのだ。

 

 それは、

 

 

 ――ある出会いの日から。

 ――ある夜の雪の日から。

 ――無限の書架で交わした、約束の日から。

 

 

 ずっとずっと、待ち望まれたひと時だった。

 

 けれどそれは、まだ気づいていない想いで……まだ、その想いに色はないけれど……いつの日か、芽吹くための種はもう撒かれている。

 安らぎのひと時、最後の序章、絶望と希望の交響曲。

 静かに、穏やかで、熱く、眩しい旋律を、奏でていくための始まりの道。

 

 (みち)を示す、運命の光。

 

 数多の悲しみと慟哭を打ち砕いて来た、星の光が――――今再び、翡翠の光を掴み取る。

 

 

 

 ――――じゃーんけーん、ポン!

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 夕焼け空の下を、二人で肩を並べて歩く。

 大分ついた身長差に、ほんの少し時の流れを感じるが、今この時においては些細なことだ。

「〜〜♪」

「なのは、なんだか楽しそうだね。やっぱり、明日のエキシビションが楽しみ?」

「それもあるけど……今は、こうしてユーノくんと一緒に帰り道をこうして帰れるのが、すっごく嬉しいんだ」

 久しぶりに、隣に立つ少年、ユーノを傍らに感じることが嬉しい。

 二年前のあの雪の夜。彼が迎えに来てくれた日から、ようやく来たとさえ思えそうな、この帰り道。

 今日ここへ彼が来るきっかけを作った身としては、こうして彼が自分と共に歩いてくれていることが、どうしようもなく嬉しかった。

 笑顔のまま、なのははそっとユーノに問いかける。

「ねぇ、ユーノくん」

「何?」

「今日のお茶会、楽しかった?」

「それはもちろん。皆と久しぶりに話せて、とっても楽しかったよ」

「そっか……良かった!」

 ふふふ♪ と、嬉しさを浮き立てるように、なのははその場で軽くスキップをするようにして跳ねた。

 溢れる笑顔は、夕焼けの様に沸き立っている。

 なのはのそんな顔を見て、ユーノは微笑みながらそっと呟く。

「うん。とりあえず一つは見つけられたし、良かったよ」

 明日行くことになった《オールストン・シー》のことを考えつつ、ユーノはそういった。

 彼がこうして海鳴市(こっち)に来ることになったきっかけは、自分が夏休みにやりたいことを見つけられなかったところに、なのはがこちらで探してみてはどうかと提案してくれたからだった。

 程なくして、本日のお茶会の中で見つかった一つ目。

 楽しくなりそうな出来事は、まだまだたくさん待っている。

 でも、何故かなのははどこか不満そうに「えー、それだけ~?」と言って悪戯っぽく片目を瞑って、人差し指を口元に当てる様に立てると、まるで先生が生徒に問いかける様にユーノにそう訊いて来た。

「それだけ、って……?」

 と、そこまで言ってから彼はその理由に思い至る。

 判ったらしいユーノの反応に、なのはは満足そうにちょっと笑う。

「わたしたちのエキシビションと、私の家に来るの……楽しくない?」

 なるほど――言葉にされて、ユーノは合点がいったといった風に手をポンと打つ。

 彼女が口を尖らせていた理由を察して、彼は改めてなのはを見た。

「ごめんごめん、確かにそうだったね」

「うん、ならオッケーです♪」

 ご立腹だったなのは先生のご機嫌は、このやり取りですっかり回復したらしい。

 くるんと、先程のステップの時よりも、更に楽しそうにしているなのはのことが微笑ましくて、ユーノはクスッと笑う。

 その光景は、どことなく仲睦まじい兄妹のようでもあり、恋人のようでもあった。

 とても近い二人の距離を示す様に、夕焼けに彩られた帰り道を歩いていく光景は、とても微笑ましいものだった。

 

 そうして歩いていく中で、ふとユーノは思い出したようにこう訊ねた。

「……そういえば」

「??? なーに?」

「すずかの家から帰るのって、なのはたちはいつもバスを使ってた気がするんだけど……今日はなんで歩きにしたの?」

 何気ない疑問ではあったのだが、どうやらなのは自身、徒歩を選んだ理由は特に考えていたわけでもないらしい。彼女は、訊かれて初めてそれを思い立ったかのように考え始め、少しばかりの間を開けると、こういった。

「うーん。深い理由はないんだけどね? 時間も、わたしとユーノくんならいざとなったら飛べるし――あんまり気にしなくても良いかなぁって。だから、少しでも長く一緒に帰りたかったから……かな?」

「……そっか」

 こっちに留まるきっかけになったのは、アリサが言い出してヴィータが肯定してといった流れに押されてだったけども、そう言ってもらえるなら留まる甲斐はあった。

 勿論、仮に隣にいるのがなのはで無かったとしても、彼はその人と楽しさを共有するかもしれないが……やはりというか、彼女はユーノにとってほんの少しだけ〝特別〟と言って良い人だから……どうしても、熱が強くなる。

 胸の内で高まっていく鼓動。ほんのりと、薄く色づいた頰の熱さの原因は、何も夏の夕日の所為ばかりではないだろう。

「……なら、良かった……かな」

「? ユーノくん?」

 どことなく尻すぼみになる声を聞き、少し心配そうにしながら、なのははユーノの顔を覗き込んだ。

 覗き込まれ、少し心臓が跳ねるものの、どうにかユーノは落ち着き払って「大丈夫だよ」とだけ応えるが、それは返って逆効果だったかもしれない。

「…………」

 またしてもご機嫌は急降下。

「あー……その、えっと」

 もう少しハッキリ言っておけば良かったと、後悔しても僅かばかり遅かった。

 けれど、それも仕方がない。ユーノがほんの少し恥ずかしく思ってしまったのは、彼がなのはに対して持っている仄かな好意の所為もあるのだから。

 どうにも、なのはという少女は無邪気が過ぎる。

 それは子供らしいというのではなく、寧ろそのままの意味。

 相手に対する邪気を抱かな過ぎると言い換えても良いようなその気質は、彼女が他者の嘆きや哀しみに聡い反面、憂いの裏にある好意の種類に疎いような部分に通じている。

 良く言えば、分け隔てなく平等。悪く言えば、どうしようもなく色恋に限らず〝特別〟に鈍いのだ。

 

 例えば、家族。

 例えば、ユーノやフェイト。

 例えば、はやてやヴィータ。

 

 彼女にとって、

 家族は生まれてからこれまでずっと一緒に居る特別であるし、

 ユーノやフェイトは、ずっと欲しかった道標をくれた人と、初めて自分が救った人であり、

 はやてやヴィータは、魔法が絆を紡げると確信させてくれた人たちだった。

 しかし、そこから先にあまり彼女は意味を求めようとしない。

 繋がって、親しくなって、心が通い合っていることに満足してそれが揺るがないと信じている。

 それは正しく、ほんの少しだけ違う。

 少なくとも、自分の好意のそれと、なのはのそれとはやはり違うんだろう。だから、ユーノは少し言い淀んだ。勘違いしそうになったから、口を慎もうとした。

 しかし、その所為でなのはを心配させてしまったのは、ユーノのミスだった。なので彼は、次はもっとスマートに返せるようにと心に決めつつ、彼女に抱かせてしまった心配を取り除くために言葉を紡いでいった。

「ごめん……なんだが、心配させちゃったみたいで」

 やんわりと、自分の好意を霧散させていく。

 それが届くのは、なのはが気づいてくれた時でいい。自分から押し付けても、そんなのは絶対に良いことじゃないからと、ユーノは心の底に散らばったそれを沈めた。

「その、さ……なんていうかね?」

「……うん」

「僕もなのはと帰れるのは嬉しかったし、こういうのは久しぶりだったから嬉しくて。少し浸ってっていうか……それに、最初はこっちに留まるつもりは無かったから、アリサとヴィータが言い出してくれたのにも感謝しなきゃって思ってたから――」

 言葉が重なっていくのを感じながら、ユーノはなんだか、結局言葉の纏まりがなくなってきたような気がして来た。加えて、嘘ではないけれども、アリサとヴィータの名前を出したのは少し卑怯だったかも知れないという気もしていた。

 ……まあ、二人が名前を出されて怒るとすれば、その理由は名前を言い訳に出されたからと言うより、この二人の奥手さと鈍さに対してのものになるだろうが。

 兎も角、ユーノの紡いだそれは当たり障り無くなのはに伝わる。

 しかし、普段なら彼女もそれで納得してくれると確信を持てる筈のそれは、

「…………(むぅ)」

 なぜか届かなかった。

(あ、あれ……? なんか……益々機嫌悪くなった様な……?)

(アリサちゃんとヴィータちゃんばっかりずるい……最初に誘ったの、なのはなのに……)

 またしても、噛み合いがズレてしまった。

 普段はツーカーの仲だが、どうにもオフェンス・ディフェンスのバランスがバラバラになると、二人は空回りしてしまうらしい。

 ユーノはなのはが自分にそこまで特別さを持ってないと思ってるが、別にそんな訳でもなく、そもそも何かしら思うところがなければ『無限書庫(ユーノの職場)』に遊びに来たりもしないのだ。その上、最初に誘ったのが自分なのに、他の誰かに関心が向いてぼんやりされていては面白いとは言えないだろう。

 俗に言えば単なる嫉妬だが、残念ながらここでそれに気づいた人はいなかった。

 

(ど、どうしよ……なんか変なこと言ったっけ……? それとも、ぼっとしてた方がマズかったのかな……えーと、えーと……)

 

 焦り出すユーノ。

 どうしたものかと内心頭を抱えながら思案するが、数多の歴史の残した知識を統べる幼い賢者の頭脳も、こうなってしまっては形無しである。

 次に続けるべき言葉を模索しようとはするが、結局何も見つからない。(まさ)しく八方塞がり。今の彼の状況を例えるならば、檻に囲まれたフェレットと言ったところだろうか。

 動きを封じるのが得意な結界魔導師を、雁字搦(がんじがら)めにする砲撃魔導師。

 師弟でもある二人の勝負は、どうやらなのはに軍配があがったらしい。

 むすっとしているなのはの心境がわからず、心なしか弱腰でユーノは、彼女にこう訊ねてみようとした。

 すると、

「えっと、なのは。僕、何か悪いこと――『アリサちゃんとヴィータちゃんだけ?』――へ?」

 不意に言葉を重ねられてしまい、間の抜けた声を漏らす。

 その間にも、なのはは言葉を続けていく。

「……最初に誘ったの、なのはだよ?」

 そっと、まるで拗ねた子猫のように彼女はそう言った。思わずユーノは呆気に取られてしまうが、どうにか留まる。

「あ、いや……なのはにも感謝してる。ここに来るきっかけは、なのはだったし」

 一先ずそう言って、ユーノは平静になろうとしたが、なのははまだ止まらない。

 いつも通り、全力全開で自分の気持ちをぶつけてくる。

 

「じゃあ……わたしと一緒で、ユーノくんは……良かった?」

 

 ……それを聞いて、ユーノは悟った様な気分になる。

 やはり、ユーノはなのはには勝てそうもないのだということを。

 彼女が好意に疎い――なんて少しでも思っていた節は彼にもあったが、こうして素直に向けられてから気づく自分も相当だな、と思うユーノ。

 どこか固まっていたような心は程よく解れて行き、応えはすぐに出てきた。

「それはもちろん。いいに決まってるよ。それに、お邪魔するのは僕の方なんだし」

 僅かに、間が開く。

「…………」

 暫しの沈黙。

 急激に収束したなのはの不満顔に、ユーノは不思議そうに問い掛ける。

「――なのは?」

 けれど、彼女はその問い掛けに応えるより、ただ嬉しそうに微笑みを浮かべていく。

「えへへ……♪ そっか〜♪」

 それはまさに、嬉しさ満開、といったところだろうか。

 本当に、なのはは無邪気だ。そんなことを思いながら、ユーノは彼女と夕焼けの中を歩いていく。

 今度は、決して悲しませないようにと決めながら……近しすぎて、混戦してしまうこともある心と、そこにある確かな安らぎを感じながら。

 

 

 

 そうして仲良く並んで歩く二人を、夕日がそっと見送っている。

 これから始まる物語(あらし)と、その前にある一時の平穏の行く末が良きものであれと願うように。

 吹き荒れる騒乱の果てが、残酷な結末で終わらない様にと願うように――――。

 

 

 

 ――――嘗て、自分だけの〝価値〟が欲しかった少女がいた。

 何も出来ない自分ではなく、誰かのために出来ることを求めていた少女が……それが欲しいと願っていた小さな子供がいたのだ。

 けれど彼女は、したいこと、やりたいことは見当たらず……心のどこかに空白を抱えたままであるように、日々を過ごしていた。

 本当に、たった一つ――自分にしか出来ないことを求めて。

 過ぎゆく日々のどこかに、抑えきれない慟哭の(しずく)を落としながら、彼女は〝満ち足りた日常(しあわせなじかん)〟を過ごす。

 

 

 そして――空白を抱え続けたある日。彼女は、一つの出会いを果たした。

 

 

 その出会いを経て、彼女はその誰かに差し伸べたかった手を、前は差し伸べられずにいたその手を、差し伸べることが出来た。

 小さかったはずの彼女の手を、大きな翼に変えてくれる様な出会い。

 小さな偶然と運命が紡いだ、本来在り得ない筈だった大切な出会い。

 そんな、大きな出会いがあったのだ。

 それは、弱くて……小さかった少女の手を、誰かに届かせてくれるもので、どこかに抱いていた寂しさを埋めてくるきっかけになった物語の始まり。

 こうして始まった少女と少年の出会いが生んだ『魔法』。

 少女の『魔法』が、たくさんの悲劇や、数多の残酷な運命。溢れ出さんばかりの哀しみを、星の光が照らしていく――。

 

 

 

 

 

 

 在り方も、性別も、生きて来た世界さえ違ったはずの二人。だが、二人は確執もなく直ぐに自然と親しくなれた。

 (こころ)の在り方が近しいことを、一人の寂しさを、自分のせいで誰かが困ったり、苦しんでいる誰かに……届かない手の空っぽな感触を、二人は無意識の内に知っていた。

 だから、二人はお互いが大切な位置付けになっている。

 激しくも、美しくも、眩くも、決して劇的でないのかもしれないけれど。

 静かに、ささやかに、温かで、穏やかな……とてもとても〝特別〟な、一つの絆。

 それはきっと、二人にしかわからない『何か』で……長く長く、決して途切れない様な『何か』。

 きっとそれは、これからも途切れない。いつまでも空に輝き続ける光の様に、二人の繋がりは続いていくのだろう。

 

 ――――不屈の心、永久の絆で。

 

 そして、きっと二人は進んでいく。

 進むべき道を示した翡翠の輝きが、不屈の心が束ねた数多ある星の光を束ねた翼を導いて。

 運命の鎖を撃ち破る様に、まるで運命の鎖を手繰り寄せる様に。

 二人の物語は既に結びを迎え、この先へ繋がっている。

 

 吹き荒れる嵐の中でも、きっとその想いは潰えることはない。

 

 いつでも全力全開で、向かうべき前を向いて……守り抜きたい小さな幸せを思い続ける限り、自分だけの手では届かないことを忘れない限り、その翼は折れない。

 

 紡いでいく未来への物語は、もう既に始まっている。

 

 闇を照らす光の元に、光を包む闇はある。

 鏡に映る影の如く、迫り来る脅威。

 絶望は迫り、時は運命を運ぶ。

 

 ――――破滅を運ぶ女神と、生命(いのち)を喰らう悪魔と共に。

 

 いつしか叶う夢。

 幻想という名の儚い願い。

 だが、それは決して間違いなどではない。

 悲しみは消せない。忘れてしまったら、それはただの塵と消えてしまう。

 誰かが覚えているからこそ、その思い出はきっと尊い。誰かが誰かを悼むからこそ、その記憶はきっと温かい。人と人が交わり合うからこそ、与え合おうとするからこそ……人は苦しみ、そして立ち上がろうとする。

 しかし、もしも……悲しみに沈み、苦しさに溺れ、絶望の淵に立ってしまうことがあっても。

 痛みに濡れ、傷に晒されて、涙を流すだけで動けなくなってしまう時が来たとしても、恐れることはない。

 

 何故なら、人はその時こそきっと――――

 

 

 

 

 

 

 ――――未来(そら)へ飛び立つための『魔法(つばさ)』に出会うから。

 

 

 

 

 

 

 


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