~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 √なのはの後編にでございます。



幕間 Stay in高町家 After_Time.

 帰り道で交わした小さな約束の後 Boy's_Come_Back.

 

 

 

 そっと扉を開いて、明るい栗色の髪の女の子と、亜麻っぽい金色の髪の男の子がその中に入っていく。

 仲のいい幼馴染の少年少女、高町なのはとユーノ・スクライアである。

 『高町』と表札に書かれた古風な門構えの日本家屋の民家。

 広い庭には、小さいながらも池と鍛錬用の道場までしつらえてあり、この国らしい要素がふんだんに感じられる。

 ここに来るたび、ユーノはなんとなく懐かしい様な思いを抱く。なのはと出会った『あの頃』を思い出すようで、なんだかとても温かい気持ちになるのである……。

 

「ただいま~」

 

 と、そんなことを考えている間に、そういって隣に立っていたなのはが門を開け、嬉しそうにユーノを手招いていた。

 彼女のそんな様子に自然と柔らかな笑みが浮かび、なのはに続いてユーノもまた門をくぐる。

「それじゃあ、お邪魔します」

 此方での礼儀である挨拶を口にするが、なのはは頬を少し膨らませ、人差し指を口に当てて彼の言葉を訂正する。

「だめだよ、ユーノくん」

「……ぇ?」

 少々驚いたようにユーノはポカンと口を開けて疑問符を浮かべる。

 何か、変なことを言っただろうか? と、彼は先の言葉を思い返してみるが、別段思い当たる節はない。

 が、

「邪魔、なんかじゃないよ?」

「ぁ……」

 なのはの言葉で疑問は氷解する。

 だからこそ、逆に思考はつまってしまうのだが……彼女は、そんな彼をそっと導くように言葉を紡ぐ。

「お帰りなさい。ユーノくん」

「あぁ、えっと――ただいま」

 結ばれた言葉と共に、二人は家の中へと入っていく。

 たまたまお茶会で起こった小さな諍い。

 それは、彼が海鳴市(こちら)で滞在する場所を巡るというもので……少女たちによってそれを巡り勝負(じゃんけん)が行われた結果、本日の彼の滞在場所はここ高町家に決まり、こうして温かな時間を生むこととなったのだった――――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 門をくぐった二人が家の中に入ると、そこには三つ編みにした黒い髪を揺らしている眼鏡を掛けた女性がいた。

 なのはの姉である、高町美由希である。

「おかえり~、二人とも」

 軽く手を振り、妹とその友人である少年を出迎える。

「ただいま~、おねーちゃん」

「また少しお世話になります、美由希さん」

「そんな硬くならなくてもいいのに。まぁ、ゆっくりしていってねー……あ、そうだ! ねぇ、ユーノ。後でいいからさ、またフェレットに――」

 目をキラキラさせて、美由希はユーノにそんなことを頼み始めた。

 ユーノの肩に手を回して頼み込んでいるその姿は、どことなく年齢より幼く見える。そんなお茶目さも嫌いではない。けれど、彼女も友達のアリサ同様だいぶ撫で方が過激というか、結構もみくちゃにされるので微妙に困る。

 そんな彼の様子に、なのはが助け舟を出す。

「もう、おねーちゃんってばー。あんまりユーノくんのこといじめちゃダメっ!」

 ぷんぷん、と擬音が着きそうな面持ちで怒っているなのは。

 妹のそんな様子に、姉の方は却って面白そうにユーノに構いだす。

「えー、いいじゃない。なのははよくあってるかもだケド、私はそんなに会えないんだからさー」

 偶にはいいじゃない、フェレット分補給してもー。

 と、美由希は拗ねた様に零した。

「むぅ……でも、ユーノくんフェレットじゃないもん」

「あはは、まぁそりゃそうだ。でも、弟成分も一緒に取れるから、二度美味しくてやめられないんだよねー? あ、なのはも一緒に撫でさせてー」

 妹弟成分まとめてゲット~♪ なんて楽しげに言う美由希。二人まとめて抱き寄せて撫で回す彼女を見かねて、居間から一人の青年が姿を見せた。

「美由希。そろそろ、二人をからかうのもいい加減にしてやってくれ」

 苦笑を浮かべてやって来たのは、黒い髪と瞳ですらりと背の高い、とても優しそうな青年だった。

 彼の名は高町恭也。なのはと美由希の兄であり、高町家の長男である。

「えー、恭ちゃんまで二人の味方~?」

 まさかの兄の相手方への援護に、美由希は不満たらたらな様子で口をとがらせる。

「まぁ、流石に大人気ない場面を見て、見過ごせるほど俺も薄情じゃないさ」

 さらりとクールにそういってのける恭也。

 そんな彼に、美由希は「いもーとの味方はしないのにぃ?」と、相手の〝兄〟の部分に訴え掛ける手法に攻め手を変えてみたが、

「いや? ちゃんとしてるさ」

 いつもの剣の鍛錬の様に、

「へ?」

 その攻撃はあっさりと向こうのカウンターへと転換した。

「ほら、今の俺は二人の味方だ」

 そういって美由希から自身の方へ二人を引き寄せ、その肩にポンッと手を置いて、なのはの方を軽く顎で示す。確かに、恭也は今ユーノの味方であると同時に、ちゃんと妹(なのは)の味方をしている。

 言葉の上で美由希は恭也に勝てなかったらしい。

 がっくりと項垂れて、トホホと落ち込む美由希。

「……いいもんいいもん。どーせ、ユーノも恭ちゃんもなのはの味方だもんねー」

 ロリコン共め、なんて幻聴が聞こえるレベルで消沈している美由希に、さしもの恭也もちょっと引いた。

 あんまり落ち込んでいるので、ユーノは気の毒というか……そもそも自分が素直にフェレットになってあげてればよかったのだと思い、フェレットモードで美由希の肩に乗って首のあたりに優しく巻き付く。

「あー、ユーノは優しいねぇ……よしユーノ。私の旦那さんにならない?」

「いや、流石にそれはちょっと……」

「うぅぅ……やっぱりユーノもロリコン……」

「えっと、そうじゃないんですが……そもそも僕まだ十一歳なので結婚できないんですけども……」

 彼の言葉は間違っていない。

 ついでに言うなら、寧ろ美由希こそショタコンである。

 けれど、微妙に都合の悪い現実からは目を逸らしつつ、美由希はこんなことを宣う。

「…………そこはまぁ、愛の力(?)で」

「法律はさすがに捻じ曲げられませんよ……」

「じゃあ、どこか年齢制限なく結婚できる世界とか――」

「……無くはない、と思いますけど……そんなことの為に行かなくても」

「甘い、甘いよユーノ。女ざかりはねぇ……十九でも遅いんだよぉ……?」

 何だか、飛躍していく話とかなり真に迫った言い分に、ユーノは言葉を失ってしまう。

 何といっていいものやら、それが判らずに迷っていると、恭也が妹(大)の頭に軽く手刀(チョップ)を落とす。

「――ぁたっ!? なにすんの恭ちゃん!」

「子供になんてこと教えてるんだ。それに女ざかりなんて、何時の時代でもあやふやなものだぞ?」

 そういってユーノを彼女の肩から抱き上げて、恭也は「悪かった」と美由希に代わって彼に軽く謝罪をした。

「あまり気にしないでやってくれ。男日照りで、どうも飢えているらしいが、気を付けてれば問題はないからな」

「はは……はい」

「ちょっとぉーっ!?」

 恭也のたわごとを肯定されて、今度こそ地味に本気でショックを受けている美由希。

 その間も、男二人は仲良くしていた(今は片方フェレットだが)。……ちなみに、その後すぐにユーノが人間形態に戻ったあと、なのはがフェレットユーノに触れなかったことを残念そうに見ていたのは内緒である。

 その後、散々コントを繰り返していた子供たちに呆れた高町夫妻がやってきて三人を連れてリビングへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 リビングに入ったあと、ユーノは夕食までの間に何をするかで少し悩んでいた。

「ユーノ。また少し、稽古やってみないか?」

「稽古でもいいけど、またお腹撫でさせてー」

「ねぇ、ユーノくん。一緒にゲームしよ」

「えっと……」

 いや、より正確にいうならば――何をしようかに迷っていたのではなく、どれをしたいかで迷っていた。

 お誘いはどれも嬉しいものではあるが、結局は誰かの申し出は断るわけなので、少々心苦しい。そのためどうするか悩んでいるのだが、答えは簡単には見つからないらしい。

 だが、決めないとそれはそれで時間の無駄。

 そこで得意の並列思考(マルチタスク)を全開にして考え、その結果この解答を導いた。

「――じゃあ、稽古の方を先にやって、夕飯の後になのはのゲームに付き合うことにします。美由希さんの提案は、その……時間の空いたところで……」

 一先ずそれでいいだろう答えを出すと、訊いて来た側も納得したらしく、頷いている。

「分かった。早速だが、道場の方へ行こう。美由希、なのはもどうだ?」

「オッケー。あ、でもユーノ。稽古終わったら、後で撫で撫でタイムだからねー?」

「たはは……」

 苦笑して道場へ向かう四人。

 だが、何となくなのはだけはちょっと落ち込み気味。

「ぅぅ……わたしだけなんか最後」

 兄と姉に連れてきたユーノを取られたような気になって、何となくそんなことを零す。

 帰り道でもあった、軽いモヤモヤが湧いてくる。

 たが、そんな面白くなさそうな妹を見て、姉の方は悪戯心を発揮していく。

「なのはってば、そんな落ち込まないの。夜の時間はたっぷりあるんだから……ね?」

「ふぇ?」

 ウィンクでもするようにして、意味深にいう美由希。

 そんな姉と、その話の中身について行けず、なのはは思わず呆けたような声を上げる。

 しかし、中身を知る恭也は美由希の茶目っ気を軽く咎める。

「おい、美由希……」

「ヤダなぁー、恭ちゃん。冗談だよ冗談」

 兄のお咎めもなんのその。

 ヒラリヒラリと躱していく所存の美由希だが、

「……なら良いが、あまり変なことを教えるな。まったく……そんなだから逆に日照りになるんじゃないのか?」

「うぐっ……」

 思わぬクリティカルヒットを喰らい言葉に詰まる。

 高町美由希、現在十九歳。〝彼氏いない歴=年齢〟街道真っしぐらな乙女であった。

「うぅぅ……だ、大丈夫だもん。いざとなったらユーノか恭ちゃんに貰ってもらうから!」

「ユーノは兎も角、俺は忍が居るんだがな。……いや、だからといって別にユーノを生贄になんてつもりもないが」

「ってだからちょっとぉーっ!? 生贄って何さ生贄ってぇ――!!」

 何処と無く今日は当たりのキツい兄のボケとツッコミに異議を唱えつつ、美由希と恭也の兄妹漫才が展開されているのを見て、何となくユーノは思った。

「そんなに焦るほどじゃないと思うんだけどなぁ……」

 美由希さん綺麗だし――と、そんなことを呟いているユーノに、傍でその声を聞いたなのはがどんな反応を示したのかは未だ定かではない。

 ただ、

「ユーノくん」

「どうしたの、なのは?」

「わたしも……あれ? えっと、何だっけ……」

「???」

「あ、でもでも! わ、わたしだってお姉ちゃんに負けないくらい大人になるから!」

「? うん……なのはなら、きっとなれるよ」

「うん! 頑張るからね!」

 こんな感じのやりとりがあって、美由希が当て馬という言葉を何となく思い返したというが、特に実害はなかった。

 

 

 

 清廉なる闘気を研ぎ澄ましていくような、張り詰めた空気。普段、主に二人の剣士が研鑽を重ねているこの剣道場は、次第に深まる夏の夕暮れと共に熱を放っていた。

 なのはが嘗て、何か大事なことに挑む度に心を静め高めるために足を運んでいた場所でもあるこの場所で――ユーノは今、恭也に鍛錬をしてもらっていた。

 

「――よし。それじゃあユーノ、今回は前と同じ、受け流しの技を少しばかりやろう」

「はい。よろしくお願いします」

 そっと一礼して、ユーノは恭也と向き合った。

 互いに竹刀を構え、暫し視線だけを交わし合う。

「はぁ――!」

 均衡したように平行を見せていた線が不意に途切れ、恭也の上段からの振り下ろしがユーノに迫る。

 迫る一撃をユーノも竹刀を合わせ応じて払い除けるが、恭也は攻撃の手を緩めない。

 上から下、下から上。斜めに、横に、突きに。

 次から次へ重ねられていく攻撃の手。ユーノは一切の反撃を封じられ、手も足も出ない。――否、手を出す必要はないと言い換えてもいい。

 何故なら、そもそもこうして拮抗しているだけでいいのだ。

 彼は戦う者ではなく守る者。故に彼にとっての戦いとは仲間を守ることに他ならない。つまり、彼自身は攻撃をすらよりも、いかに標的を捉えられるように誘導するかが要となる。

 最も、それは彼の本分である魔法による戦闘の話ならばであり、今ここにおいては、ただ受けるだけでは終わりはない。なので、一点を見極める力を磨くこと――敵の完全なる隙を生み出す一点を探ることこそ、この鍛錬の意味である。

「――そこ!」

 確信できたその一瞬でユーノは竹刀の受け合わせを攻撃に転じ、相手の隙を生み出すべく受け続け、その一点のみを穿ち、突こうとした。

 が、

「甘い!」

「うぁああっ!?」

 やはり熟練の技には敵うべくもなかった。

 結果、ユーノの竹刀は恭也には届かず返り討ちを食らってしまうことになった。

 二人が〝決した〟瞬間、

「それまでっ!」

 と美由希が鋭く制止の合図を出して、二人は完全に止まる。

 詰まるように身体に残っていた空気が外に出るのを待ちわびたように、ユーノは尻餅をついた体勢のまま息を吐く。

「――――ふぅ」

「うん。ユーノ、なかなか良かったぞ。書庫勤めで鈍ってるかと思ったが、そうでもないらしいな」

 汗を滲ませながら長い一息をついたユーノに、恭也はそういって労いの言葉をかけた。

「ありがとうございます……でも、やっぱり体力は落ちてるような気がします。それに、やっぱり魔法無しの状態だと攻撃を受けるのは、正直結構キツいです……」

 恭也の労いに、本音のままでそう零すユーノ。

 そんな彼に恭也は苦笑しつつ、こういった。

「はは。まぁ、ユーノは本来戦闘系ではないんだろう? それだけ反応出来れば十分さ」

 事実それは正しく、また〝反応をして防ぐ〟のはユーノが戦いが得意ではないからという部分に直結している。

 攻撃が出来ない・苦手な彼にとって、ただ漠然と戦ったのでは意味がない。そんなのはただの力の浪費、いつか尽きてしまうだけのその場凌ぎでしかないのだから。

 最も、恭也の弁の通り――本来戦闘系ではないユーノにとって、戦いとは本来の戦闘系魔導師たちから見れば、その場凌ぎでしかないものの域を出ないのかも知れない。

 なればこそ、その場凌ぎであるならば、その場凌ぎなりの〝戦う姿勢〟を見せるまで。

 守りの硬さを活かして……単独であれば自分を、共闘であれば仲間を〝生かす〟ような戦い方。敗北を単なる負けで終わらせない様な、そんな戦術。

 守るための戦い方を、ユーノは考えているつもりだったりする。

 初めてユーノが恭也に付き合って鍛錬をした時も、そんなことを学ぼうと思ったことが始まりだったらしい。

 その時から、なんとなく恭也はユーノのことを弟のように思っていたりもする。

 元々、妹たちを始めとして母も猫可愛がり(彼の変身形態はフェレットだけど)なのでいつかは本当にそうなるのかもしれないなとは思っていたりもするのだが……。

 視線の先に、床にぺたりと座って休んでいるユーノの隣に座って話しているなのはの姿を見て、まだまだその先は遠そうだなと恭也は思った。人のことは言えないが、なのはの距離間のベクトルはいわゆるそれとは違うことは判る。自身にもそんな経験があるためか、苦笑いでその微笑ましい光景を見守っていこうと思う恭也であった。

 それはともかく、

「しかし、なのはもそうだが……空戦魔導師という部類の手合いはやはり反応速度が高いな。三次元的な攻撃を受ける以上、その力は必要なのか……」

「そうですね。僕はそんなでもないですけど、フェイトあたりはすごいですよ? 高速機動型なだけに、フェイトの反応速度と攻撃の鋭さは凄まじいですから」

「ふむ――今度手合わせしてみるかな……」

「……おにーちゃんってば」

「恭ちゃん。別にやるなとは言わないけどさー、手加減下手なんだから、生身の女の子相手にあんまやり過ぎないでよー?」

「む……」

 妹たちからの呆れた声。

 とりわけ、その被害に遭いまくってる美由希の弁も含まれると、かなり実感が篭ってくるから不思議である。

 そんなこんなを経て、鍛錬の時間が過ぎていく――――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 しばらくして鍛錬も終わり、その後〝ちょーっとだけ〟という名目で美由希に散々可愛がられたユーノは、これまた〝ちょっとばかり〟疲れた顔で夕食の席に着いた。

 そんな彼の様子をめざとく察知し、その顛末を訊いたなのはたちの母である桃子は、事の次第を聞くと苦笑しつつ彼にこういった。

「全く美由希ったら……ごめんなさいね、ユーノくん」

「いえ、たいしたことじゃ無いですから……大丈夫です」

「ありがとう。やっぱり良い子ねぇー」

 娘に遊ばれてしまったユーノのそんな言葉に、桃子の夫であり、この一家の大黒柱である士郎も妻同様に苦笑を浮かべた。

「はははっ。災難だったなー、ユーノくんも」

「もぉ、とーさんもかーさんも、揃いも揃ってユーノの味方なのー?」

「歯止めが効かなくなったお前が悪い」

「みんなして酷い~!」

 賑やかな食卓だが、美由希は本日はあまりついてはいないらしい。

 久しぶりに羽目を外しすぎて声を枯らしたカラオケの後の気分で彼女は、楽しかったけど後がキツい気分にさいなまれていくのだった。

 しかし、どれも本気でいがみ合ったりするわけでも無いので、食卓は笑顔の絶えない楽しい雰囲気と共に流れていく――。

 

「そういえば、明日だったかな? なのはたちが遊園地に行くのは」

 ふと思いついたように士郎がそう訊くと、なのはは嬉しそうに頷いて、

「今回はユーノくんも来てくれるんだぁ~」

 と、ニコニコ笑顔で応えた。

 娘の嬉しそうな様子に、父親としても嬉しくなる。

「そうか。良かったなー」

 笑顔を返してから、娘の笑顔の大本であろう少年の方を向いてこういった。

「ユーノくん、明日はなのはたちに振り回されるとは思うが、よろしく頼むよ」

「おとーさん!」

 あんまりな物言いに、なのはは抗議の声を上げる。

 隣の少女に悪いとは思いつつも、ユーノの答えはだいたい決まっていた。

「あはは……分かりました、明日はしっかりみんなのことをサポートします」

「ユーノくんまで……」

 同意を示されて、拗ねるような様子を見せるなのは。

 ユーノはどうして良いか分からず苦笑いだが、高町夫妻はそんな子供たちを微笑ましげに見ていた。

「(あぁ~、二人とも仲良くって可愛いわねぇ~♪ ねぇ、あなた。ユーノくんが新しい息子になるってなったらどう?)」

「(うーん……父親としては寂しいんだがなぁ……文句は無い、どころか寧ろ受け入れ体制はばっちりな当たりが複雑だなぁ……)」

 こそこそと内緒話を交わす高町夫妻。

 悩み出す夫を笑顔で見ている妻に、拗ねた幼なじみを宥めようとしている少年。

 この中で唯一その影の無い美由希は、目の前と傍らで展開される糖度高めなワンシーンに少々げんなりしていた。

「恭ちゃん……」

「皆まで言うな。まぁ、いつものことだろう? 偶々今日は一組増えただけさ……」

 さしたる動揺も無く、平静なままである兄。いつもなら構ってくれるのに、今日は援軍は無いらしい。

 美由希はため息を一つつき、自分にも春が来ることを、そして妹の春が自分にも少しは風をもたらして欲しいなぁー等と願いつつ、手近に在るサラダのトマトを口に放り込むのだった。

 

「なのは……だからごめんってば」

「…………」

「ねぇ、なのはってば……」

「……わたし、頼りなくなんてないもん」

「あー、いや。士郎さんのはそういう意味じゃ無い思うんだけど」

「……だって」

「もう、そんなに拗ねなくても……そろそろ機嫌直してよ。僕に出来ることならなんでもするからさ」

「! なんでも?」

「え……あー、うん。いいよ?」

 その言葉に、珍しく食いついてきたなのはにユーノは少々戦くが、自分程度で彼女の機嫌が直るなら別に良いかと次の言葉を待つ。

 ユーノのそんな様子に、桃子は「あらあら~」と楽しそうにしており、士郎の方は何かを思い出すように乾いた笑いを零す。二人とも、何か身に覚えがあるんだろうと兄姉の心中が重なった瞬間、なのはのお願いが決まったらしい。

「じゃあ――明日、《オールストン・シー》で一緒にジェットコースターか観覧車乗ろう」

「そんなことで良いならお安いご用だけど、良いの? それだけで」

「うん。でも、絶対だよ?」

「それは勿論」

「ふふふ♪ ならオッケーです♪」

「そっか。なら良かった」

 幼ながらも、自覚の薄い部分は在りながらも、なんとも仲睦まじい二人の様子に周囲は思わず笑顔に。

 ……ただ、その後の反応は人それぞれであったのだが。

 

「ねぇねぇ、あなた」

「な、何だ?」

「明日、お店終わったら夜の遊園地でデートしましょ?」

「そ、そそそ、それは流石に拙いだろう? 第一、子供たちのことを放って置くわけにもいかないしな……」

「えー、良いじゃないですか。夜の部は子供たちみんなホテルにいますし、別に完全放置なんてわけでもないんだから。ね? ね?」

「う、うーむ……」

 

「ねぇー、きょーちゃーん……?」

「……悪いが、俺は明日は前に言ったとおり、みんなと《オールストン・シー》には行けないんだ」

「――――忍さん?」

「……まぁ、端的に言えば」

「うぅぅ……みんなしてズルい……」

 

 こんなやりとりもありますが、高町家は本日も往々にして通常運転。

 ――詰まるところ、とっても平和なのでした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夕食後、桃子は片付け、士郎は明日の仕込みの確認のために一度翠屋へ向かい、恭也と美由希は夜間の鍛錬へ……そして、なのはとユーノは夕食前に交わしたやりとりの通り、一緒にゲームをして遊んでいた。

 

 二人は、かなり人気のあるシューティングゲームで遊んでいたが、やはり実戦の経験があるためかなのはは上手かった。

 ユーノもそれなりの腕を見せていたのだが、空戦魔導師として一線を風靡しているだけあって、未来のエースはなかなかの腕前を魅せてくる。けれど、それも一転。パズルやクイズゲームの様に思考や過程そのものが問われるジャンルではユーノが圧勝。十一歳で『司書長』を任せられている聡明さは伊達では無い。

 二人は切磋琢磨するように、楽しんでゲームを続けていく。

 

「……わぁ」

「あ、これでクリアなのかな……?」

「ユーノくん、すごい……」

 初めてやるはずのパズルゲームの四連消しやら、弾幕の間を抜けていく軌道のパターンを把握するユーノの覚えの早さに舌を巻いて、なのはは呆けたようにそう言った。

「そうなのかな? でも、楽しいねこれ。面白いよ」

「なら良かった〜。じゃあ、次はこれやろう?」

「うん」

 次に選ばれたのはアクションゲームで、好きなキャラクターを選択して闘わせるオードソックスなもの。

 それぞれが、これはと思ったキャラを選び《phase 1 engage!》のアナウンスと共にバトルが始まった。

 暫くの間、コントローラーを押す音と、二人の「おっと」「そりゃ」「わっ」などと言った、キャラとの擬似共振によって発せられる声だけがリビングに響く。

 

 ――そして。

 

「――あっ!?」

「やった――!」

 と、そんな声と共に、ゲーム内での決着がついた。

 勝者はなのは。奇しくも、そのバトルは彼女と彼のそれと同じ――攻撃型のキャラと防御型のキャラクターによるもので、ユーノの堅実な戦いを、なのはがどうにか撃ち崩しての勝利というものであった。

 どこととなく現実に対比するようで、なのははやっているうちに操作にめっきり模擬戦をやらなくなったユーノとまた勝負しているようで、何時の間にか熱中してしまったのである。

「負けちゃったなぁ……勝てると思ったのに。強いね、なのは」

「えへへ〜♪」

 互いに思わず篭った熱を逃がすように他愛ない談笑をしていると、不意に背後から桃子の声が二人を呼ぶ。

 

「二人ともー? お風呂開いたから、どっちか入らない?」

 

 その声を受けたなのはは、ユーノに先が良いかあとが良いかを訊ねてみるが、ユーノは先でもあとでも良いらしく、任せるとだけいって彼女の判断を仰ぐ。

 別になのはも、先か後かに思うところはない。なので、うーんと一瞬だけ間を置いて、お客様のユーノくんからどうぞと言って彼を優先することにした。

 彼の居なくなったリビングで、台所にいるであろう母の音を聞きながら、一人でぼんやりしているのが少し手持ち無沙汰に思え、テレビでも見ようかとリモコンに手を伸ばす。

 スイッチを入れると、丁度やっていたのは例の《オールストン・シー》の特集で、あそこに関する詳細なことが色々と取り上げられていた。暫く明日の予習でもするような気分で見ていたが、特に何を言い合うでもなく一人で見ているだけなので如何せん退屈である。

 台所では依然桃子の片付けの音がしていて、どうせなら手伝おうかとソファから立ち上がろうとしたその時、ドアが開いて兄と姉が戻って来た。

 

「あら? 二人とも、今日はちょっと早かったのね」

 いつもより少し早めに戻ってきた息子たちに桃子はそういって声を掛けると、恭也も母の言葉を受け、それに応える。

「ああ。俺は明日出るし、店は父さんと美由希に任せることになりそうだからさ。今日のところは早めに切り上げだんだ」

「そうなの。……というか、恭ちゃんがさっきからケータイの画面気にしてることの方が原因な気もするけどー」

「あらあら〜♪」

 大まかに説明をした兄の言葉を補完する美由希。そんな娘の言い分に、桃子はどこか楽しそうにはしゃぐ様なそぶりを見せる。見た目が若いだけに、その姿はどこか少女のようでもあった。

 しかし、それを向けられた側はその流れは苦手らしく、

「母さん……それに美由希も。別に、そんな大したことじゃ無いよ」

 と、少々ぼかした言い方でその場を濁す。

 最も、桃子も美由希もさして本気で問い質すなどという気はないので、一度そこで幕を引き、流れた話題の空白を埋めるべく、次の話題が流れ込んで来た。

「あれ? そういえば、とーさんとユーノがいないような……」

「確かに居ないな。二人は?」

「おとーさんはちょっとお店の方に。明日私たちいないから、その分の確認も兼ねてね。ユーノくんの方はさっきまでなのはとゲームしてたけど、お風呂沸いたから今入ってるわ」

「なるほど。それでなのはがつまらなそうにしてるってわけだ」

 その声に、ソファに隠れて見えないが、まるで草むらに隠れたウサギの耳の様に覗く二本のおさげがぴょこんと跳ねたのが分かった。

 くすくすと笑う母と兄に、きっとあの向こうでは、ちょっと拗ねた様子のなのはがいるだろうことは、殆ど間違いない。

 しかし一方、美由希の方は何やら考え込む様に顎に手を当てている。

「ふーん……ユーノ、今お風呂なんだー」

 彼女の悪戯っぽい声色に、その場にいた全員はきっと何をしようとしているのかを瞬時に悟ったことだろう。

「それじゃあ、私も入っちゃおうかな〜♪」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、美由希は楽しそうにリビングを出ようと扉の方へ。

 恭也と桃子は呆れ、しかし十九歳と十一歳なら別にいいかと思っているのか、止めはしない。……ついでに、ユーノが見た目中性的というのが拍車をかけている。見た目的な意味ではそこまで違和感がないのが困りものだ。

 しかし、唐突なそれに、この場で一番動揺したのはなのはである。

「だっ、ダ――――!」

 メ、と先に続くよりも早く、そのドアは開かれた。

 タオルを頭から被るようにして髪を拭きながら、ユーノが戻って来たのである。

 瞬間、場の空気が固まった。

 しかし、当の本人はリビングで展開されていた事の顛末を知らないので、当然の如く不思議そうな顔でポカンとしており、何だかよく判らないユーノは、一先ず当たり障りのない言葉を口にして皆の反応を伺うことにしたらしい。

「あー、えと。……上がりました?」

 と、首を傾げつつそう言って、皆の顔を見る。

 この中でも、桃子はさしてタイミングを逃したわけではなかったため、ユーノにお湯加減のことなどを訊いて妙な空気を洗い流し、固まった娘たちの解凍作業の手助けをする。

 恭也の方はというと、ユーノのタイミングが良かったのか悪かったのか判らず曖昧な笑みを浮かべていたが、未だ不思議そうな顔をした彼の頭を撫でてやる。少なくとも、別に何か大事な話の腰を折ったなどでは無いと暗に告げるように。

 その真意を読み取ったかは定かではないが、ユーノは少し長さを増した亜麻色がかったブロンドに隠された目元を緩ませた。

 元々の少女っぽい印象が逆に強まり、何だか恭也はつい数時間前に共に剣を振るった少年の姿を、目の前にあるにも関わらず忘れそうになるが記憶を押し留めてその上書きに耐える。

 そうして変な上書きの感覚から気を逸らすついでに、次に誰が入るか? という部分についても解決しておくべく、恭也は妹たちに訊ねる。

「――で、次は誰が入るんだ? 俺は最後でも構わないが、二人はどうする?」

「あー、なんかもうタイミング逃した感じ強いから、元々の順番でいいや。なのは〜、お次どうぞ」

「ふぇ……あ、は……はい」

 すっかり歯車がズレたような気分の美由希は妹に先を譲り、溜息のまま部屋へ。なのはもなのはで、先ほどの焦りにも似た気持ちの詳細が頭が冷えてくるにつれて判らなくなり、何処か拍子抜けしたようにふらふらとお風呂場へ向かっていく。

 結果、リビングには恭也とユーノ、そして桃子が残ったのだが……彼女はふと思いついたように何かの準備を始めてしまったため、恭也とユーノはリビングで談笑をすることに。

「――それで、その区画ではベルカと呼ばれる時代の騎士たちの戦いの記録が……で、王たちはそれに伴って――――」

「興味深いな……異世界の剣術か。シグナムさんとは一度手合わせしたことがあるが――」

 などと、少年同士の語らいの様であったが、キッチンから甘い匂いが漂ってくると恭也は少し焦った様に立ち上がる。

「……ユーノ、すまないが少しやりかけのことを思い出した。また後でそれについてもう少し詳しく聞かせてくれ」

「? はい」

 その返事を聞くや否や、恭也はそそくさと部屋へ戻って行く。どうしたんだろうと思わなくもなかったが、言葉を額面通りに受け取ったユーノにはその奥の答えには辿り着けなかっただろう。

 因みに彼は甘いものが苦手だが、それは嫌いだからではない。その理由とは、単純に桃子が試作品の味見を子供たちにさせていたからである。長兄である分、恭也は美由希より沢山量があったこともあり、すっかり甘いものに晒されたトラウマが出来たのである。

 加えて、バイトのチーフであり恋人である忍と、母である桃子に、ここ最近の間デザートの味見係をやらされていたことなど、ユーノは知る由もない。

 歴戦の剣士も、母のパワー――もとい、その腕前と探究心の前には形無しであるらしい。

 しかし、ユーノはそんなこともなく、普段から頭脳労働がメインのため、糖分摂取は望むところである。

「二人共~……あら? 恭也は?」

「何かやりかけのことを思い出したそうで、部屋に戻りました」

「そうなの? それじゃあ、なのはの分は上がってきたら改めてということにして……はい、まずはユーノくんがどうぞ」

「あ。ありがとうございます」

 にこやかに差し出されたカップを受け取って、ユーノはその中を覗き込む。

 クリーミーなミルクの中に、焦がされた砂糖の色が良いコントラストを描いているそれは、桃子が得意とするキャラメルミルクだった。

「召し上がれ♪」

 楽しそうにそう促して、桃子はユーノの第一声を待つ。

「はい。いただきます」

 そう言うと、ユーノは甘い香りと共に微かな苦味が香る、夏用に冷やされたらしいキャラメルミルクを口に含んだ。

「美味しい……」

「ふふっ、良かった。我が家の自慢のレシピ、ユーノくんにも満足してもらえたみたいね~」

 ご機嫌でそう言いながら、キッチンに戻っていった桃子。その背中を目で軽く追いつつ、優しい味で心を包むようなキャラメルミルクをコクコクと飲んでいく。

 なのはが好きだと前に言っていたのも頷けるそれに、ユーノの味覚はちょっとばかり夢中になっていた。

 やがてカップは直ぐに空になり、満足げに「ふぅ」と息が抜けていく。

 今度は冬に飲んでみたいなと思いつつ、ユーノはぼんやりと満足感に揺られたままソファに身を預けた。

 脱力していく身体が、コテンと横になった軽い衝撃を感じつつ、うつらうつらと夢の世界に誘われる。けれど、このまま寝てしまうのは駄目だろうと意識の隅で声がするものの、ユーノは結局旅立ってしまう。

 こうして、彼が平和そうな寝息を立て始めた頃。

 

 穏やかな気分だった彼とは裏腹に、お風呂場に行っていたなのはは、どことなく良く分からないモヤモヤを感じていた――――

 

 

 

 ***

 

 

 

 カポーン。

 そんな温泉の様な、或いはししおどしの様な定番の音などが立つこともない、ごくごく普通のお風呂にて。

 なのはは少しばかり眉を寄せて、自分で判らない感覚を反芻し続けていた。

 

 ――さっきの、なんだろ……。

 何時もならば、悩みだって溶かし出してくれる温かいお湯の感触の中……なのはは、ふとそんなことを呟いた。

 美由希がユーノとお風呂に入る、と言ったときになんだかとても嫌だと思った。

 つい二年前まで、自分もさして気にしていなかったことなのに……どうしてか、とても嫌だと感じた。

 勿論、本来彼は人間であるのだから、二年前もフェレット形態とはいえ認識の齟齬が晴れた後も一緒に入っていたのは、もしかしたらダメだったのかもしれないけれど、二人はあの時既に家族同然だった。それを嫌だと思ったことはない。寧ろ、ユーノがいたからなのはを取り巻く環境は全ていい方向へ変わっていったのだといってもいい。

 

 ――独りぼっちの寂しさ、自分が誰かの役に立てない辛さ、確かな確信の持てない時間。

 

 その何もかもが、『魔法』に出会って変わったのだ。

 しかし、なんだか今日はおかしい。どこが、といってもなのは自身、まったく見当がつかないのだけれど……ユーノが、自分以外の人と一緒に仲を深めるのが……なんだか、とても嫌だと思ってしまう。

 でも、それはいけないことだ。

 誰かを傷つける事にもなる、よくない心。

 誰かを、嫌いになってしまうような感情。

 そんなもの、持っていても、有ってもいいことなんて無いと解っているのに。

 ……それでも、心のどこかが納得していない。

 

 判らない。

 自分の気持ちが分からない。

 

 なんでこうなるのか。

 どうしてこんな風に思えてしまうのか。

 まるで二年前の、何も出来ない無力な自分に戻ったような感じがする。

 彼に託された不屈の心、運命を切り開く星の光は、今はなのはが進むべき道を示してくれない。

 だから、解ろうとするなら――――。

 

 

 

 それは、ユーノ本人ともう一度向き合ってみないと分からないことだろう。

 

 

 

 思い立つや否や、なのははお風呂から上がって手早く身体を拭って着替えを済ませる。

 そのままリビングへ向かい、そこにいるであろうユーノの元へ飛び込まんばかりの勢いだった彼女だったが、

「ユーノくん! ……あれ?」

 しかし、返事をしてくれるはずの彼はいない。

 いや、それは正確ではない。

 お風呂から上がった自分に声をかけてきた桃子が、それを教えてくれた。

「あらなのは。上がったの? じゃあコレ、飲まない?」

 差し出されたのは、なのはの好きなキャラメルミルク。夏用に冷たく作られたものを受け取った。

「それじゃ、温くならないうちに飲んでね。さーて、それじゃあ美由希と恭也にお風呂空いたって言ってこないと……」

「え、あ……わたしが行くよ?」

「いいのよ。ちょうど片付けも終わったし、それになのはは、ユーノくんと一緒に居たいんでしょ?」

「う、うん……」

「ふふ。まぁ、今は寝てるみたいだから、起こさない方がいいかな。ぐっすりみたいだから」

「……ぐっすり?」

 リビングから出ていく母の言葉を背中越しに聴きながら、なのははソファを見る。確かに、どこへ行ったでもなく彼はいた。

 ただあまりにも、静かだったので気づかなかったが、眠っているだけでそこにはいた様だ。

 安らかな寝息を立て、ソファに髪の毛を泳がせたまま眠ってしまっている。

 せっかく話したいことがあったのに、と、なのはは一瞬思った。

 が、そんな心中とは裏腹に、既に心の中は晴れ模様に変わってしまう。

 幸いというのか何というのか、ここにはなのはとユーノしかおらず、他には誰もいない。そのことが、ほんの少しくすぐったい様な高揚を呼ぶ。

 ユーノの無防備な姿、それを見るだけでモヤモヤはどこかへと霧散していく。

 それは、仕方ないなぁと弟の世話を焼く姉のようでもあり、兄の寝姿を見て甘えたくなる妹のようでもあると同時に、不摂生な夫に呆れながらも世話を焼く、甲斐甲斐しい妻のようでもあった。

 よく見る両親の一場面と自分たちを無意識のうちに重ね、知らず知らずのうちに口角が上がる。

「ふふ……」

 漏れ出す笑い声も抑えないまま、ユーノの元にそっと歩み寄っていく。

 起きる気配はなく、良く眠っている。そんな、何もかも晒した様な無防備な一時。

(ユーノくんには、わたしがいないと――ううん。わたしとユーノくんは、こういう時、一緒じゃないと)

 ユーノはよくなのはのことを守ってくれる。

 フェイトやヴィータ、はやてたちだってそうだ。

 だが、なのはが誰かを守りたいと思えるようになったきっかけは、ユーノだった。

 一番初めに、本当の意味で『高町なのは』を必要としてくれた人。

 なのはが進むきっかけは、たくさんの絆を結べたきっかけは、彼の助けを求める声があったから。

 だから、なのはは今も進み続ける。

 自分の力で、魔法で。誰かが抱いている悲しみや苦しみを、ほんの少しでも和らげられるように――。

 

「――わたしの魔法が届くところにいるなら、私は守りたい。これまでも、これからも……ずっと、ずっと」

 

 取り溢すことなく、全部を。

 手を伸ばすことで、絆が繋がっていくことを感じさせてくれたユーノの様に。

 初めて想いを伝え合うことで、互いに救い合えると教えてくれたフェイトの様に。

 きっと最後には、必ず想いは通じるのだと、そう信じることの出来たはやてたちの様に。

 そうして抱いた、夢や願い。

 なのはの願いは、美しくも傲慢である。

 彼女は知らない、たった一人の限界を。

 一人きりで全てを護ることは出来ない。

 何故なら、人はとても脆いモノだから。

 それを知る日まで、彼女は分からないままだろう。しかし、人は往々にして知らねばならない。

 その限界と、もう一度立ち上がるための信念。

 自分が、進みたいという気持ちを――貫くことが出来るかという、根底の問いかけへの応えを。

 

 ――今はまだ知らない。

 幼い二人は、まだまだ知らない。

 与えてしまったことと、手にしてしまったこと。その両方の苦しみが、どんなものであるのか。

 まだまだ無垢なままに、二人は知らない。

 希望や理想がそこに在って、小さな子供の夢が手を伸ばし続けている。大人になったとき、手を伸ばせば届くだろうそこは、未だに遠く、辿り着く者を容赦なく隔てる壁となって道を塞ぐ。

 

 

 けれど今は、まだいいのだ。

 

 

 飲み干された空のカップが、テーブルの上で照明の光を反射する。

 微睡への一杯に(いざな)われ、なのははユーノの隣で寝こけてしまった。幅が広いため、互いに激突するようなことこそなかったものの、なのはの手は完全にユーノの腕を握りこんでしまっていた。

 そんな二人を、後ほど店から戻って来た士郎が見つけ、桃子と一緒にどうするか一考。

 が、一考するも虚しくなのははユーノから手を離さない。ほとほと困り、かといって起こすのも子供可愛さ故に気が引ける。

 しょうがないので、和室に布団を敷いて二人を寝かせることにした。

 ……なのはのベッドにまとめて放り込むことも考えなくもなかったが、流石にそれはしないのは当然であるが。

 

 そして、二人を運び終えた後で、高町夫妻はこんな会話をしたという。

 

「……にしても、ここまで離さないのも珍しいな……いつ以来だったかなぁ、こんなのは?」

「あら、覚えてない? この子、昔っから時々すっごく頑固なところがあって……赤ちゃんの時、ずーっと私たちから離れなかった時あったでしょ?」

「そんなこともあったか……」

「子供って、本当に直ぐ大きくなるのよね……」

「親離れかぁ……さみしいなぁ」

「あら、そうなれば息子が増えるじゃない♪」

「それもそうだが、やっぱり少し悲しい様な……」

「分からなくもないけど……私たちも、そうやって一緒になれたんだもの。他の道を塞いじゃダメ。実の娘でも、どんなに遠い他人でも、きっと……その想いは潰しちゃダメなものだから」

「……そうだな」

 

 新たな未来は、もう始まっている。

 運命の回転針(ルーレット)を回し、進む未来へと向かって行く。

 抗うか、退くか、その選択は個人の自由である。

 とはいえ、何にもならない定めはなく、何時しかその路を辿り進むことになるだろう。

 動き出した小さな嵐は、穏やかな日常を一変させ、災厄の渦へと世界を巻きこんで吹き荒れていく――――。

 

 

 

 

 

 

 ――――こうして、また一つの物語が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 


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