~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 ここからがこのシリーズの本編となります。
 基本的にはReflectionをなぞるように進んでいきますが、ユーノくんが加わったことで所々の変更が起こっているので、そういった部分を楽しんでいただければと思います。


《本編 Reflection IF》
第一章 始まりの朝、模擬戦開始


 エキシビションマッチ――in八神家

 

 

 

 朝日に輝く水面が波立ち、海を鳴らす風の存在を伝えてくれるような、穏やかな朝の海辺の公園を、二人の少女が駆け抜けていく。

 二つ結びにした明るい栗色の髪をシニヨンのようにまとめた少女と、鮮やかな金色の髪を腰の先あたりで結んでいる少女――高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの二人だった。

 二人は今日も今日とて、魔法の練習。元気一杯、友達との楽しいトレーニングである。

 たたたっ、と楽しげに駆けていく二人へ駆け寄ってくる三人目の少女。

 バツ印のようなバレッタで前髪を止めた茶髪のショートヘアで、ほんわかとした雰囲気を放っている少女、八神はやてである。

「なのはちゃん、フェイトちゃん。おはよ〜」

 見た目どうりの柔らかな挨拶をしたはやてに、なのはとフェイトも挨拶を返す。

「うん。おはよう、はやてちゃん」

「おはよう、はやて」

「はい、おはようさん。挨拶も済んだところで、早速わたしの家に行こ。今日のために、シャマルが準備してくれとるからなぁ」

「「うん!」」

 そして三人は足並みを揃えて、はやての家まで走っていく。

 本日の練習では、はやての家での早朝エキシビションが行われることになっていて、夜天の主であるはやての守護騎士で、結界・治療系の魔法のエキスパートであるシャマルがステージを用意してくれている。

 それに加え、今日はお客さんが普段に加えてもう一人。

 なのはに魔法を教えてくれたユーノも、今日は観客として参加している。

 そのためなのはは、いつもより気分上昇中なのだ。

「――ふふっ♪」

 嬉しそうに微笑むなのはに、はやてとフェイトも嬉しそうに微笑み合う。

「嬉しそうやなぁ、なのはちゃん」

「最近はユーノに魔法見てもらってなかったからね。多分、それで……」

 友達が張り切っていると、なぜだか引っ張られてしまうものだ。

 高揚した足取りのまま暫く走っていると、いつの間にか八神家に辿りついていた。

 玄関を抜け、家の中へ入るとシャマルが出迎えてくれた。

「ただいま〜、シャマル」

「お帰りなさい、はやてちゃん。なのはちゃんもフェイトちゃんも、いらっしゃい」

「こんにちは、シャマル先生」

「お邪魔しま〜す」

 いつも笑みを絶やさないシャマルに出迎えられ、三人は嬉しそうに中へ入っていく。

 リビングへ差し掛かると、そこにはシャマルと同じ守護騎士のヴィータ、シグナム、ザフィーラがくつろいでいた。

「ただいま、みんな」

 はやてが三人に声をかけると、ヴィータは嬉しそうに無邪気に。年長者二人は厳格に出迎えの言葉を口にした。

「おかえり〜」

「「お帰りなさい」」

 そうやって挨拶を交わしたはやてに続いて、なのはとフェイトもリビングへ入る。

「こんにちは〜」

「お邪魔してます」

 二人が挨拶をし、シグナムたちもそれを出迎える。

「なのは、テスタロッサも。よく来たな」

「よーっす、もうみんな上に来てるぞー?」

 ヴィータは上を指差してそう言うと、なのはたちについていく。

 リビングにはシグナムとザフィーラが残り、シャマルとヴィータで三人を上の扉へと促して階段を上っていく。

 その途中、

「あ〜あ、ヴィータちゃんも参加できたらよかったのにね」

 と、残念そうになのはがいうが、ヴィータはそんな彼女にこういった。

「そうゆーなって。新装備のテストマッハで終わらせて、シグナムたちも連れて《オールストン・シー》には行けるようにするつもりだしさ」

 ヴィータがそういうと、シャマルも「私やザフィーラも、なるべくそのつもりだものね」と続く。

「そーそ、アルフと一緒ならそんな固くなりすぎもしないだろーからなぁ」

 八神家の面々には、しっかり昨日の月村邸でのお茶会の内容が行き届いているらしい。

 いつもながら、コンビネーションは抜群のようだ。

 そうこうしているうちに、件の扉の前についていた。

「だから後のお楽しみってことにしといて、今は楽しんでこいよ」

 ヴィータはなのはの肩を叩くと、その背を押して扉の中へと彼女を送り出した。

 それを受け、なのはも意を決めたとばかりに「うん! じゃあ行ってくるね」とにこやかにその中へと飛び込んでいく。

 それに引き続き、

「ほんなら、ヴィータもシャマルもお仕事頑張ってな〜」

「それじゃあ、いってきます」

 はやてとフェイトが飛び込んでいく。

 そうして手を振って別れ、三人は暫く変則的な異空間を泳ぐように進んでいくと――その先に出口を示す光明が見えた。

 

 

 

「「「――よっ……と」」」

 

 

 

 三人が異空間を飛び出すと、そこには懐かしい光景が広がっていた。

「ふふっ、今回は海上の市街地ステージにして見たよ」

「うわぁ〜!」

「なんだか、懐かしい感じだね」

 はやての言葉に、なのはとフェイトが興奮したようにそのステージを見渡す。

 それもそのはず……ちょうどそこは、なのはとフェイトが初めて本気の勝負をした場所とそっくりな風景がそのまま広がっていた。

 

 暫くそれを眺めていたが、不意に後ろから声をかけられる。

 

「やっほー。なのは、フェイト、はやて」

 フェイトよりも色の濃い金色の髪を、上で短くツーサイドアップにした気の強そうな碧い瞳をした少女、アリサ・バニングス。

「おはよ〜」

 そんなアリサの隣に座っている、夜空のような色の長い髪と、同じように深い夜色の瞳をした少女、月村すずか。

「おはよう、みんな」

 そして、そんな二人の傍らに立って感慨深そうに周りの景色を眺めていた、アリサより濃い翠の瞳と亜麻色がかった金髪の少年、ユーノ・スクライア。

 なのはたちの友達で、本日の観客である三人がそこにいた。

「待ってたわよ〜、今日も頑張ってね!」

「うん! 勿論だよ!」

「頑張る……!」

 アリサの応援を受けてますます発奮する二人に、なんだか少し不安そうなユーノはぼやくように、呟く。

「僕としては、あんまり頑張られすぎるのは少し不安なんだけどね……」

 実は、前に何度かなのはたちの練習に付き合って、張った結界が内部崩壊したことがあるのだ。

 彼女らの放つ魔力砲の威力がメチャクチャだというのもあるけれど……二次的被害として、全力すぎて魔力切れ、かつ内部崩壊するほどの魔力砲に晒されるという二重の罠が待っていたりする。

「まあまあ、ユーノくん。大丈夫だよ」

「せやな〜、そう言わんとしっかり見てあげてーな」

「うん……そうだね」

 別に全力勝負自体は悪いことではない。

 取り敢えず、守る側が頑張れば済むかなと思い直して、治療と結界の補助準備だけはしておく。ただ、本日は異空間をバトルステージにしているので、結界の崩壊の心配よりは二人の治療に動く準備だったが。

 そんなことを考えているうちに、なのはたちは準備を終えていた。

「よーし。行こう、フェイトちゃん!」

「うん! 頑張ろう、なのは」

 顔を見合わせ、気合充電完了な二人。

 そんな二人を見ていると、なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなってくるのだから不思議だなとユーノは思った。

「それじゃあ、アリサとすずかは僕が観客席まで送るよ」

 そういって緑色の光球を作り出し、それをアリサとすずかに使う。

「ほわっ……!?」

「わ……っ!」

 ユーノの得意な転移魔法のひとつ、〝トランスポーター〟を使って二人を観客席まで送り届けた。

「頑張ってね。なのは、フェイト」

「うん。頑張るよ」

「ちゃんとみててね、ユーノくん」

「勿論」

 そういって自分にも転移をかけ、ユーノも観客席へと向かう。

 彼が行ったことを見計らい、なのはとフェイトはそれぞれ飛び立ち、所定の位置まで移動した。

 本日最初のマッチアップはこの二人で、はやてはそれを見届ける審判的立ち位置である。ついでに言うと、それは彼女の相方である融合機(ユニゾンデバイス)のリインがまだはやての杖・シュベルトクロイツの中で寝こけているためでもあったりするのだが……

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――――空の上で対峙する少女二人。

 

 それぞれが、自身の愛機であるデバイスたちに声をかけ、己の鎧たる魔導着――バリアジャケットを装備するべく、空へとデバイスたちをかざした。

「いくよ……レイジングハート!」

「バルディッシュも……!」

 《AII right,my master.》

 《Yes,sir.》

 デバイスたちの応えに合わせて、なのはたちはそのための合言葉を叫ぶ。

 

「「セーット、アーップ!!」」

 

 《Stand by ready.》

 《Barrier jacket,set up.》

 

 桜色と金色の光が迸り、なのはとフェイトを包み込んでいく。

 そして二人は、純白と漆黒の戦闘着を身体に纏い、慣れ親しんだ杖と戦斧の形状をとったデバイスを握りそれを凛々しく構えた。

 いよいよ、試合開始の時――

『それじゃあ、開始の合図をお願い』

 通信ウィンドウを通して、なのはは観客席へそうメッセージを送る。

 それを聞き、アリサがユーノの背を押し、二人に合図をしてあげてと促した。

「ほらほら、二人とも待ってるわよ?」

「う、うん。それじゃあ――」

 前になのはが魔力砲で花火を作ろうとした時、それの制御を担当した経験を生かして、ユーノは小型の射撃魔法の一つ、シュートバレットを作り出し空へと打ち上げる。

 元来、攻撃魔法は不得手だが――こう行った制御がものをいう場面でなら、話は別だ。

「レディ――」

 ユーノはゆっくりと前置きをして、二人の開戦に相応しい狼煙をあげる。

 

 

「――ゴーッ!!」

 

 

 パァンッ! と、シュートバレットを花火のように弾殻を弾けさせ、小さな花が青空に咲く。

 ユーノの声と、彼が打ち上げて弾け、緑の火花の様になった魔力の中を突き抜ける様に、なのはとフェイトが激突した。

 今度は二人の手元から火花が散り、擦れ合う金属音があたりへと鳴り響いていく。

「はあぁぁッ!」

「せぁ――ッ!」

 ガキンッ! と音を鳴らして打ち合い続けた二人は、どんどん高度を上げていく。

 打ち合いが続き、雲を突き抜けて白い綿のベールを転がるように二人は刃と柄をぶつけ合う。あまりの速度に、雲がうねるように形を変えて二人が飛び出すと同時に大穴が開いた。

 まるで妖精のような可憐さでありながら、二人はまるで歴戦の鷹のように互いに狙いを定めた。

 再度激突。

 再び打ち合った火花が散り、二人の姿は上へ上へと登っていく。

 そして、ある程度上がったところで互いに距離を取り、今度は魔力砲での撃ち合いへと移行する。

「アクセルシューター!」

「フォトンランサー!」

 幼いながらも、二つの大事件を戦い抜いた未来のエースと呼び声の高い二人。

 膨大な魔力を秘めた原石たちの魔法は、この青空を埋め尽くすように輝きを放っている。

 桜色と金色。二種類の色を眩く放つ小さな光球の群れが、二人の元に集った。

 互いに弾幕を張り、一気に撃ち放つ!

 

「――シュート!」

「――ファイア!」

 

 撃ち合った弾幕の一つ一つが弾け、弾けた光と生じた炎をカーテンの様にして、空を覆っていく。

 そんな二人を見て、アリサとすずかは嬉しそうに笑い合いながら観戦していた。

「楽しそうねー、なのはもフェイトも」

「そうだね〜。ね、ユーノくん」

「うん。二人とも、とっても楽しそうだ――」

 ユーノの言葉が口から出るのと同時に、なのはたちの方で動きがあった。

 弾幕を張るだけでも、近接でも、このままでは決着がつかない。お互いの持つ力は把握しているが、それでも先へ進みたいという負けず嫌いな二人の意地の様なものが、次の一手を決めた。

 

『――――』

 

 距離を取る。

 ここから先は、空戦魔導師である二人の本領である空中戦とはまた異なった戦い。

 けれど、これもまた――二人の本領の一つ。

 先ほどまでとは打って変わり、今度は恐いほどの静けさに包まれる。

 静寂だけが漂う空で、二人の声が微かに響く。

「いくよ、レイジングハート!」

「バルディッシュ……わたしたちも!」

 二人の声とともに魔法陣が足元に広がり、迸る魔力の奔流に、水面が嵐に晒されたように波立った。

 すると、二人のデバイスたちが主人の意図を汲み取り、自らの姿を〝そのための形〟へと変えていく。

 《Cannon mode.》

 《Zamber form.》

 魔法の杖の様だったレイジングハートは、光の羽を広げた槍の様に。

 黒き戦斧の様であったバルディッシュは、光の刃を備えた大剣へと。

 その姿を変え、次なる一撃へと向け己が主人を全力で支えるべく、その性能をフル稼働していく――!

 

「ハイペリオンスマッシャー!」

「プラズマ・ザンバ――ッ!」

 

 光が集い、雷が走る。

 これまでとは違う、たった一撃。

 永劫に続くとさえ思えたこの戦いは、呆気ないほどに短く終わる。

 撃ち抜く魔法――それは、たった一撃で、運命すら切り開くだけの力を持った、少女たちの強き想いの力だった。

 二人の激突は、今ここに一つの幕切れを迎える。

 

『はぁあああ――――ぁぁぁっっっ!!!!!!』

 

 二人が叫ぶ。

 始まりの静けさを全てこの時に集約する様に、大輪へと姿を変えて――大輪となった火と光の花と共に、ついに戦いの幕は閉じる。

 

「「たーまやぁ〜!!」」

 

 ドッパァァアンッ!! と、周りの建物を飲み込むほどの威力を伴った花火を見て、アリサとすずかが景気のいい歓声を上げる。

 彼女らのその声が、花火の光の果てにある決着を告げた――――。

 

 

 

 

 

 

「――――痛たた……」

「あぅ……、っ――ぅ」

 二人とも身体をさすりながら、目の前に浮いている友の姿に引き分けとなったのだと悟る。

「引き分けかぁ……、行けると思ったんだけどなぁー」

 《No problem,your nice fight.》

「残念……」

 《To be next win.》

 デバイスたちも主人を労い、戦いの終わりとしての言葉を次への決意で締め括った。

 そこへはやてが、やっと起きたらしいお寝坊さんとともにやって来る。

「お疲れ様〜。今回は引き分けみたいやね」

「カッコよかったです〜」

 リインの賞賛の声に照れを浮かべつつ、なのはとフェイトは一度空から陸地へと降りた。それを見ていたユーノは、観客席から飛び立ち三人(と見た目が妖精な子一人)のところへと向かう。

「お疲れ様、みんな。応急的な回復魔法をかけるから、少し待ってて」

 緑色の魔法陣が浮かび上がり、なのはとフェイトを包み込む。

 回復系の魔法は、ユーノの得意な魔法の一つだ。治療系統ならば専門はシャマルに軍配が挙がるところだが……とはいえ、彼自身の技量もまた中々のものである。

 温かい光が、二人の身体を癒していく。

 シャマルもそうだが、こうした治療魔法の担い手たちの魔法は、まるで染み渡るような優しさを感じさせる。

「ユーノくん、ありがと!」

「ありがとね、ユーノ」

 ユーノにお礼をいい、なのはとフェイトは暫しその光に身を委ねる。

 程なくして二人の回復は終わり、なのはたちはアリサとすずかの待つ観客席へと移動した。

 観客席に着くと、アリサが興奮したようになのはとフェイトの戦いについて語ってきた。

 

 

 

「やっぱりカッコよかったわ! なのはもフェイトも、相変わらずすっごい迫力だったもの!」

 正に手に汗握ったわ〜と目をキラキラさせてるアリサに、なのはは照れたように頬を掻きつつ、

「あはは。ありがとー、アリサちゃん」

 といって、フェイトもまた同じように「喜んでもらえたみたいでよかったよ」といった。

「やっぱり二人の魔法はいつ見ても綺麗だねぇ〜」

 にこにことすずかがいうと、アリサも頷いて肯定した。

「ホント、空飛ぶのって気持ち良さそう。あーあ、私たちも魔法が使えたら良いのになぁー」

 彼女がそんなことを言うと、はやてがふと思いついたように「アリサちゃんやったら、なんや凄い戦い方とかしてそうな感じやね〜」と口にした。

 アリサとしては、何となく何時ものように魔法が使ってみたいという発言だったのだが……はやての言葉を皮切りに、皆の想像が加速していく。

「うん。なんだか、剣――ううん、なんていうか刀とか振り回してそう」

「あ。なんかそれ、家のお兄ちゃんたちみたい」

「確かにそうだねー。あ、でもフェイトちゃんの武器も剣だよね?」

「うーん、でもわたしのはフルドライブの時のザンバーだけだから、アリサならデフォルトから刀かなって思う」

「ちょ、えっ? わたしの武器、刀確定なの?」

「ええやないアリサちゃん。とっても似合いそうやと思うよー?」

「うーん……」

 次々と浮かぶ想像と発言に、喜んで良いのか憤慨するべきなのか迷ったアリサは次の言葉を言い淀む。すると、そこまでは口を挟まなかったユーノも何か思いついたように話に加わってきた。

「あとさ、アリサって炎とか似合いそうだね。なんていうか、太陽みたいな感じで」

「炎?」

 アリサは彼の言葉に何となく首をかしげた。

 ただ、不思議とその言葉は外れてもいない様な気がしたのは何故だろうか……。

 その答えが出るよりも先に、ユーノは先ほどの例えを続けていく。

「そうそう。シグナムさんとおんなじ様な感じで、炎熱変換とかさ。でもどっちかっていうと、シグナムさんみたいな剣技より炎メインの戦い方というか――」

 ユーノがそこまでいったところで、

「――ユーノって、炎とか好きなの?」

 と、アリサは口を挟んだ。

「えっ?」

 質問の意図が判っていないユーノに、

「だから、ユーノはそういう炎とかが好きなの?」

 アリサは補足して再度問いかける。

「……えっと」

 言葉に詰まった。

 何となくアリサのイメージを口にしただけだったユーノは、改めてそう聞かれると、自分にとって『炎』が好きかどうかよく分からなかった。

 そこまで考えるほどのことでもないので、普通に好きで良い様な気がしたのだが……なんだか、それはいけないと本能が訴えかけている気がする。

 なので、ユーノはほんの少しだけ、真剣に考えてみることにした。

 

 さて――果たして、自分は『炎』が好きなのか否か?

 

 先ほども行ったように、ユーノは炎が嫌いではない。放浪の一族、過去の歴史の調査を生業とする民、そんな『スクライア』という場所で育ったため、野営などを通して炎がとても身近にあったのは確かだ。

 魔法がいかに発達していても、暖をとる、灯りにする、調理のためといった部分で炎ないし火を使っていた。

 生活の一部にあったそれが好きなのかどうか、答えを問えば間違いなくイエスだろう。それは、『家族』の思い出を思い起こさせる存在の一つなのだから。

 それに、シグナムを例に出した様に、魔法の『変換資質』の部分でもユーノはアリサに炎が似合うのではないかと思ったのだ。

 漠然と彼女が魔法を使えたら、と考えて――なのはやフェイト、はやてやクロノの様に立ち回ることを想像して思いついたのは、どちらかというとシグナムの様に炎を使って、フェイトかクロノの様に魔法戦主体にして体術を盛り込んでいくアリサのイメージだった。

 そうしてイメージしたアリサは、確かにカッコよくて綺麗だと思う。

 ただでさえ魅力的なアリサを益々引き立てる炎を従え、それを扱って戦う彼女は、とても美しい輝きを放つだろうから――

 

「――うん。好きだよ」

 

 答えはしっかり出た。

 考えた時間は思ったより長くはなかったけれど、なんだがあれこれ回り道をし過ぎたかもしれない。

 シンプルに好きだと答えに辿り着ける思考があればよかったのだが、最近小難しい資料を相手にしてばかりいたからか、どうにも回りくどく考え過ぎたかもしれないな――と、ユーノはぼんやり思った。

 なので、少し素直な言葉を重ねてみるべくこう言い添えた。

「それに、炎を纏ってるアリサはとっても綺麗だろうからね」

 ニッコリと、素直なままに答えを締めくくった。

 ……ただ、思ったよりその言い方と笑顔は威力があったことには気づかないままだったが。

「……ぇ? ぁ……ぅえ!?」

 好意を受けることには慣れてるアリサでも、相手が同い年でも、今のは些か素直過ぎた。

 純粋な言葉とは、気の強い子ほど効き易かったりするもの……とりわけ、子供の内ならば尚更に。

 普段から素直で率直なのに、何処か意地っ張りで照れ屋(ツンデレ)なアリサには、まさにテンプレートなまでにその威力を発揮していた。

 が、そんなことはつゆ知らず。ユーノはアリサが言葉に詰まった意味が解らないまま彼女の名を呼ぶ。

「? アリサ?」

「……っ!? な、何でもないわ! で、でもその……あ、ありがと」

「??? うん。どうしたしまして?」

 まだ不思議そうに返事をするユーノと、ほんのり赤いアリサ。

 場の空気がどんどん静かになってしまうが、当の発端であるユーノがそこまで沈黙を苦にしない質なため、一向に回復は見込めなかった。

 そして、それは周りも同様で――

(炎かぁ……わたしにも変換資質があればなぁ……アレ? なんでこんなこと考えてるんだろ?)

(……電気じゃダメかな……結構レアなんだけどな……あれ?)

(思いの外これは破壊力が……でもあかん、このままじゃ取られてまうし……蒐集スキルがあれば何とか……それかシグナム辺りをけしかけて――)

(アリサちゃん、いいなぁ……)

 ――四者四様。

 それぞれが、それぞれの感覚のままに、目の前の事に対しての感想を浮かべた。その理由の自覚があるか無いかは置いておくとしても、一人だけにそう言われてるのは、何となく羨ましい気がする。

 誰かに、真っ直ぐ素直に好きだと言われて嫌な女の子もいないだろう。それこそ、憎からず思っている相手ならば余計に。

 ただ、そこばかり気にしていてはこのまま話も進まなくなってしまうと思ったのか、アリサは話題を変える。

「ね、ねぇ、次はどうするの? はやてと誰かやるのか、それともユーノが参戦したりするの?」

 少し軽い口調で照れを消そうとしたアリサだが、何処と無く言葉に力が無いのは軽さを意識したからだけではなさそうだ。

 しかし、皆も話題を変えるのは賛成らしく、彼女の言葉に乗っていく。

「ユーノくんとかぁ……それも面白そうやね。最近シャマルともやってへんから、結界系の魔導師と戦わせてもらうのも勉強になるかもしれへんし」

「うーん。でもはやては広域型だから、むしろ僕ははやてを支える側な気もするんだけど……偶にはいいのかな?」

「せやせや。クロノくんとばっかりやのーて、わたしらとも模擬戦しよー」

「あ、ずるーい。わたしも久々にユーノくんの防御魔法の突破やりたいよー」

「え――えぇっ!? そ、そんなことやらなくても、なのはなら簡単にできるでしょ? ……だからその、できれば今日は遠慮したいかなぁって……」

「……ユーノくん、はやてちゃんと模擬戦するのはいいのに、わたしとは嫌なの?」

「い、いや……そんなわけじゃないけど」

 何だか雲行きが怪しくなってきた。

 膨れてこちらを見てくるなのはに、ユーノは少々たじろいでしまう。

 嫌とは言えないというよりも、本質的には嫌ではないというあたりが困りどころ。なのはの練習に付き合うのはいいけど、凄まじい威力のバスターの餌食になるのは少し……迷うところだ。

 慌てるユーノを見かねて、フェイトは助け舟を出した。

「なのは。わたしたちさっき試合したばかりだし、はやてとユーノが試合をしたらそろそろ出かける時間になっちゃうから、今は我慢しようよ」

「フェイト……!」

 渡された救いの手にユーノは感謝したが、フェイトの次の一言で少しばかりまずいことになった。

「夏休みの間ならユーノもこっちにいるんだし、いつでも模擬戦出来るよ! ……あ」

 純粋に思ったことというのは、やはり時として相当な威力を伴うものらしい。

「フェイトぉ!?」

「あ、そうだよね!」

「なのはぁ!?」

「それじゃあ、後でいっぱい勝負しようね。ユーノくん♪」

「ゆ、ユーノ……その…………ごめん」

「……………………………………うん」

 

(((……御愁傷様、ユーノ/くん)))

 

 そうして、結局なのはとの模擬戦の約束がなされてしまったユーノは、はやてとも戦わないのは不公平だからと、久々にバリアジャケットに身を包んで海上に浮かんでいた。

 視線の先には、これから戦うたこととなるはやてがいて……彼女もまた、戦うための服へと装いを変えるべく、掌の上にいる小さな相方へと微笑みかける。

「ほんなら、行こか? リイン」

「はいですっ♪」

 元気に返事をしたリインに再度柔らかな笑顔向けたはやては、一度その目を閉じ……表情を引き締めて真っ直ぐにユーノを見据えると、融合機との融合のための合言葉を叫ぶ。

「リイン、行くで?」

「分かりました!」

 

「「ユニゾン・イン!」」

 

 融合機とのその主――古代(エンシェント)ベルカの使い手らしく、二人の声が重なり合う。

 彼女らの足元にベルカの三角形を模した魔法陣が展開され、はやての白色の魔力光と、リインの銀色の魔力光が迸り、二人を包み込んで融合が始まる。

 意識と肉体が融け合い、リインがはやての中へと吸い込まれ、二人の『リンカーコア』が重なり合った。

 はやての髪がクリーム色に染まり、瞳は輝きを増してより蒼く輝いている。

 黒いインナーが装着され、その上に白いジャケットと金色の甲冑がついた前開きのロングスカートを纏い、頭には大きめのベレー帽のような形の白い帽子を被り、最後に愛杖である『シュベルトクロイツ』を手にした瞬間、彼女を覆っていた光の幕が全て弾け飛ぶ。

 舞い散る光の中、背に黒い翼を浮かべたはやてが現れる。

 それを見て、観客席に移動したなのはとフェイトが開始の合図を始めていった。

「それじゃあ……」

「二人とも、いっくよー!」

 

「「うん!」」

 

 二人の返事を受け、顔を見合わせた観客席の四人は「せーの」と声を揃えて、開始の合図を告げた。

 

『レディ〜……ゴーっ!!』

 

 再び練習場に木霊した開始の合図と共に、ユーノははやてへと迫り、はやてはユーノからできるだけ距離を取ろうとする。

 二人の戦い方的に、ユーノははやての大威力の広域魔法を使わせる前に叩くことが求められ、はやては如何に自分の大火力をユーノにぶつけるかが求められる。

 しかし、ランクの差や結界術師という違いこそあれ、ユーノは空戦魔導師の部類であり、近接型のアルフやヴィータとも互角に渡り合うことも出来る。

 加えて、彼の戦い方は拘束するものが主。

 一度距離を詰めて拘束さえすれば、後方から大火力を放つ広域魔導師のはやてを攻略することも可能となる。

 幸いにも、はやては『プロフェッサータイプ』とでもいうのか、機動力に優れるタイプではない。いかにSランク相手とはいえ、戦いを終わらせることは出来る――!

 だが、

「リイン!」

 《ハイです!》

 先手をかけたユーノに対し、彼の意図は勿論はやてたちにも分かっていた為、彼の進撃を阻むために攻撃を開始する。

 ユニゾン状態にある二人、はやては魔法の発動と空戦機動に集中し、リインははやての使う魔法の制御や相手の分析と次への最適解を導くことが出来る。

 故に、一人での戦いよりも効率を上げることが可能となるのだ。

 《今です!》

 はやてはストレージデバイスである『夜天の書』を取り出し、一枚ページを破ると、かつてそこに『蒐集』され刻まれた魔法を発動させる。

「クラウ・ソラス!」

 蒐集ページを利用した高威力の砲撃魔法がユーノへと放たれた。

 流石に広域専門のはやてが放つだけあって、それは凄まじい威力を有している。

 眩い白い輝きを放つ光が迫るが、ユーノは進行をやめない。

「――はぁぁぁっ!!」

 ユーノの声と共に、彼の周りに緑の光を放つ球形のバリアが展開される。結界魔導師ならではの攻撃法として、ユーノの編み出した独自の戦法〝プロテクション・スマッシュ〟だった。

 これは、防御膜に触れた対象を弾き飛ばすという性質を持つバリア系の魔法の一つの『サークルプロテクション』を纏って突進攻撃を行うというもので、生半可な攻撃ならば突き抜けて相手へ直接ダメージを与えられるなかなかの技だ。

 ユーノは仲間内でも防御に関しては定評があり、真っ向から対面した相手で突破したのは数えるほどしかない。それも防御を真っ向から破り捨てるなど、なのはやフェイトがその砲撃と高速機動を活用でもしないと出来なかったりする。

 彼は戦いにおいては非常に弱いが、けれど決して戦えない弱者というわけでもない。

 勝てないかもしれないが、負けない戦い方もある。

 そんな戦い方がユーノの戦い方と言えるかもしれない。

「はあっ!」

「うぁあっ!?」

 《はやてちゃん!》

 突進の勢いで押し飛ばされらはやてだが、勿論こんなところで諦める気は無い。

「ちょうど移動の勢いが足らへんかったとこや!」

「!」

 自分からプロテクションの反動、つまりは向かってくるものを弾き飛ばす性質をそのまま利用し、一気に後退を図る。

「いっ……つつ〜」

 少し当たったところは痛かったが、はやての得意な距離――長距離(ロングレンジ)戦の準備は整いつつあった。

 だが、

「(下手に撃つのは早計や……ユーノくんはシャマルと同じで転送とかも得意やし、固定砲台みたいな私の攻撃をヒットさせるならやっぱりまずは――)リイン、いける?」

 《勿論です!》

 主の問いかけに即答するリイン。

 そんな彼女にはやては嬉しそうに笑うと、手に持ったクロイツを振り上げ自身の周囲に弾幕を張る。

「ほんなら……行くでー!」

 断トツの魔力保有量を誇るSランクの力をフルに使い、圧倒的な弾幕をユーノへと向けて降らせた。

「――ブリューナク!」

 数多の射撃魔法の雨の前には、流石にユーノも動きづらさを感じざるを得ない。

 だが、はやての狙いはもっと先にある。

「リイン!」

「はいです!」

 はやての中からリインが出てきた。

「な――!?」

 魔力の雨にさらされながら、ユーノは驚愕を露わにした。

 何故このタイミングで融合機と主が分離するのか、ということがよくわかっていなかったからだが、その答えはすぐに分かった。

「今やで、リイン!」

「はい! 捕らえよ、凍てつく足枷――フリーレンフェッセルン!」

 こういうことか、とユーノは二人の分離の真意を悟り歯噛みした。

 リインのように、融合機と呼ばれる古代ベルカのデバイスたちは極めて人に近い存在として生きている。ただ、それだけならばなのはの『レイジングハート』のような、心を持つと言われるインテリジェントデバイスも同様だが――彼ら、彼女らの決定的な違いとしてあるのは、主のリンカーコアのコピーから生まれるという点。

 つまり、リンカーコアをもっている融合機たちは、デバイスでありながら一人の魔導師として生まれてくる。だから、彼ら彼女らは単体でも魔法を使うことができるのだ。

 加えて、主の魔法の詳細なコントロールに回って制御を担当する融合機と分離するのは、一見余計に見えるかもしれないが……はやてとリインが分離することで、ユーノは完全に止められてしまう。

 プロテクションを解けば、はやての『ブリューナク』の雨にさらされてしまう。更にそこへリインが拘束魔法――それも氷結スキルを持った彼女の得意なそれに、ユーノの活動は次第に弱められていく。

 プロテクションは魔法・物理は弾くが、その周辺の空気温度が下がっていくのは止められない。

 はやては九歳の頃から仲間内では断トツの魔力保有量を活かし、制御よりも威力重視の弾幕を放つ。これならば、リインと分離するだけの利点はある。

 リインの凍結魔法は勿論非殺傷設定だが、だからといって周りに与える影響まで生易しいとはいえない。次第に下がっていく温度とともに、思考が鈍り、降り注ぐ魔力弾の雨に防護膜が悲鳴をあげる。

「く……っ」

 ユーノはどうにか残された並列思考(マルチタスク)の一部を引っ張り出し、高速での魔法構成を行い、

「てん……そう!」

 得意の転送魔法、『トランスポーター』を使用した。

 魔法の光の雨の中、ユーノの姿が搔き消える。……だが、それははやての狙っていたところだった。

「逃さへんよー!」

 素早くユニゾンを再開したはやては、リインに標的の補足を任せ自身は次の魔法を用意した。

 そして、ユーノの姿を――捉えた!

 《そこです!》

「了解やリイン! バルムンク!」

「いっ……!?」

 はやての作り出した十二本の魔法の刃が、まるでユーノを四方から串刺しにするように迫る。

 『サークルプロテクション』を展開するより早く迫るそれに、ユーノは仕方なく一番出の早い魔力障壁に頼ることを決め、『ラウンドシールド』を作り出すとそれを使ってどうにか串刺しだけは免れることが出来た。

 が、しかし――。

 《はやてちゃん!》

「――そこやっ!」

 いつの間にかはやての破り出していたページがかざされ、そこから発動した魔法が、今度こそ完全にユーノを捕らえた。

「――っ!」

 

 それを見ていた観客席の面々は、はやての使った魔法に驚いていた。

「あれって、なのはの〝レストリクトロック〟?」

「うん。前にわたしたち〝『闇の書』事件〟の時に蒐集されてたから、多分はやてちゃんの手元にデータが残ってたんだと思う」

「ふぅん……でもこのままじゃユーノ、はやての餌食になっちゃうわね」

「決まっちゃったのかな……」

「どうだろ……? ユーノ、わりと負けず嫌いだから――」

 と、フェイトがそこまでいった瞬間、はやての前方に三角の魔法陣が展開される。

 それぞれの頂点にある円が輝き、光を集約していく……。

「ちょ、ちょっとはやて!? ラグナロクまで使うのっ!?」

「ユーノくん。ちょぉ〜っと痛いかも知れへんけど、堪忍な。これは、全開の勝負やから!」

「うぇええええええっ!?」

 分かってはいた。

 分かってはいたけれど、だからといって真正面から拘束されて最大の攻撃魔法を放たれる事態に直面すれば、誰だって多少なりとも焦るだろう。

 ユーノは、手元にある『レストリクトロック』を解除するため、急いてマルチタスクをフル稼働して高速でバインドの構成術式に介入と破壊を行っていく。

 それを見たはやては、『ラグナロク』のチャージに僅かばかり時間がかかることに歯噛みするが、それでももう遅い。

 砲撃は既に放たれる――!

「いくでー、ユーノくん。夜天の祝福、受け取って!」

「この状況でそれ食らうのって祝福なの!?」

「……響け終焉の笛――」

「無視っ!?」

 関西の流れを引くはやて相手だからか、何処と無くやりとりが微笑ましいものになっていたが――それと目の前の光景とは一切合切、全くもって相対性はなかったとだけいっておこう。

「――ラグナロク!」

「ま、マズ…………あぁ、もう! こうなったら――!」

 先ほどのなのはとフェイト同様、いやもしかしたらそれ以上の魔力の激流が起こった。

 海面をえぐり出すようにして、ユーノのいた場所を突き抜けた砲撃の余波は皆のいた観客席は勿論、周囲一帯を完全に呑み込んでいく。

「ふぅ〜……お疲れー、リイン。ユーノくんの反応はどないなってる?」

 《えぇーとですね――アレ? ロストしてます》

「? あ、まさか……勢い余って海面に叩きつけてもーたのかな……?」

 少ししまったという顔をしたはやてだが、リインは不思議そうに首を傾げていた。

 先ほどまで確かにユーノの反応は探知していたのに、急に消えてしまったこの状況がよく分からなくなっていたのだ。

 《うーん……でも、確かに〝ラグナロク〟が当たるまではユーノさんの反応はあったですよ? ちょうど呑み込まれた時に急に反応が小さくなって消えちゃいましたけど……》

 リインの何気ない疑問の声が観客席に届いた時、そこにいた四人は何かに気づいたように顔を見合わせた。

「(ねぇ、もしかして……)」

「(そうかも……)」

「(どうなのかな……?)」

「(うーん。でも、まだユーノくんの姿が見えないし……)」

 もしかしたら、それはこの場で最もそれに馴染みのなかったはやてだからこそ、気づかなかったのかも知れない。

 観客席のざわめきは、はやてやリインにも届いており、二人は何だろうと顔を見合わせていた。

 するとその時――上空からはやてへ向かって、何か小さいものが飛来してくるのが見える。

「?」

 《?》

 二人は疑問符を浮かべ、よくよく降ってきたそれを凝視して、状態に気づいた。

「ま、まさかっ!?」

 《あわわわっ!?》

 しかし、時既に遅し。

「――ケージングサークル!」

「うそぉーっ!?」

 ガッチリと、はやてにまるで拘束帯のように巻きついたそれは、かつて『闇の書』の『闇』を封じ込めたことのある高度な結界魔法。通常のバインドなどとは比較にならないほど強固な、その名の通り対象を檻に閉じ込めるような魔法だった。

「ゆ、油断した……! せやった。ユーノくんにはこれもあったんやった……!!」

 拘束されて宙ぶらりんなはやては、ジタバタと少しばかりもがく。

 だが、強固な拘束である上に、縮小され身体を締め付けるようにガッチリと帯のようになっている『ケージングサークル』が解けるはずもなく、その抵抗は虚しく空振りした。

「や、やった……! 何とかうまく嵌った……」

 はやてとは対照的に、ふわふわと宙に浮かぶ小さなフェレットが、同じく小さな手(前足?)を握りしめ、己の策がどうにか決まったことを確認していた。

 それと共にその身体が光に包まれ、一人の少年へと変わる。

 光が弾けると、そこには先ほどまではやてと戦っていたユーノがいた。

 そう。彼はこの変身魔法を使って己をフェレットに変え、無理矢理に見かけ的物量を減らしたその身をはやてのラグナロクから逃れるために使ったのだった。

「これも考えに入れとくべきやった……! でもユーノくんが絡め手使(つこ)うてまで勝とうとしてくるなんてぇ〜〜ッ!?」

「いや、その――つい熱くなっちゃって……でもその、どうしても勝ちたかったんだ。はやてに」

「認めてくれるのは嬉しいけど、せやからって上から唐突に降ってきて空中に縛り放置は酷い〜!」

「でも、弱いバインドだとはやてとリインにはすぐ解かれちゃうし……結界魔導師の僕がはやてに勝つにはこれしかなかったんだ。ごめんね、はやて」

「うぅぅ……」

 搦め手も勝負の一つ。

 まして、管理局に所属しているなら尚更であるが……それでもこれは悔しかった。

 加えて言えば、砲撃魔導師のなのはやフェイト、広域魔導師のはやては使う技はどちらかという攻撃寄りで、相手を止めるならば本領たる攻撃魔法を以て止めるが、結界魔導師――というか攻撃魔法がほとんど使えないユーノのようなタイプ――は、その卓越した相手を封じ込める系統の魔法を得意とするため、こうした高位の結界魔法を用いて相手を拘束すれば相手がよっぽどのバインドブレイクを行えない限り抜け出せないためそれを決め手とする。

 そこから生じたのが先ほどの結果であり、今回の勝敗を分けた一点である。

 

 ――はやてに囚われたとき、ユーノがバインドから逃れられた理由は三つ。

 

 はやてがバインドをあくまでも最後の決め技への布石として使ったことから、重ね掛けなどが行われず足止めの為のものだったということ。

 ユーノは魔力量が少ない分、魔力の運用に長けていて高速での解析能力を持っていたこと。

 そして、最後にはやてが威力重視で拘束に用いる魔法を『レストリクトロック』したことも挙げられる。この魔法は昔なのはから蒐集されたもので、ユーノもよくよくその性質や構成を熟知していた為、どうにか解析が間に合ったことが、今回の勝利に繋がった。

 ……とはいっても、これは今回限りの搦め手で、次からは決して通じないだろう。

 元々、戦闘に特化した攻撃の仕えないユーノがはやてたちと張り合うならば、このような裏をかくことくらいでしか対抗できない。

 真っ向から倒すなんて考えるのは端的に言って無理なのだから、こういった手段を用いることで多少なりその遠い攻撃という壁を縮めることができる――という考えの下で起こした行動こそが、今回の勝敗を決した裏の読み合いでユーノが先んじるに足る事の出来た一手だった。

 《サポート役として、まだまだ修行が足りませんでした……》

 リインも今回の経験を糧としてまた一歩主を支える騎士の一人として成長していくだろう。

 そんなリインとはやてを『ケージングサークル』から解放し、二人と共に観客席へ戻る途中、ユーノはふと思った。

 ――今回は勝てたけど、もうはやてたちには勝てないだろうなぁ、と。

 未来のエースたちの姿を思い描くと、大空を翔る皆が目に浮かんでくる。

 華々しく彼女らが飛び続けられるようなサポートが自分の役目。これから先も、彼女たちがきっと空を舞えるようにと願うばかりだった。

 そっとそう願い、ユーノは観客席に戻ると、はやてに「ありがとう」と伝えた。

 それを受け、はやても「わたしも楽しかったよー、おおきになぁ」と返してくれ、二人は微笑み合った。

 こうして、早朝のエキシビションはおおよその幕を閉じる。

 

 こうして、ユーノたちが観客席に降り立った頃――ちょうど、フェイトの義母(はは)であるリンディからの通信が入り、皆は食事に招かれることになった。

 そして、ハラオウン家での朝食を食べ終えた一同は、遂に本日のメインイベントである《オールストン・シー》への訪問へと赴くのだった。

 

 

 

 ――――しかし、ここから始まる新しい嵐の種は、既にこの世界へと解き放たれていることを……まだ誰も、本当の意味では知らなかった。

 

 

 


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