ちゅーか、俺様がこんなとこにいるのは間違ってる絶対   作:ビーム

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ジオウよろしくお願いします。



呪い

いつもの彼であればなにかと軽口を叩き、仕事の合間には愚痴を呟き、余暇の過ごし方はだらしない。

一般的な目からすれば、「コイツはかなりムカつく変なヤツだが人畜無害な人間だ」との評価をつけるだろう。私も同じような評価を彼に下していた。

 

しかし、今日はその評価を改めざるを得ない出来事にあった。

 

尋常ではないほどの気迫。彼が放っているのが信じられないくらいの緊張感。

しかし、この感じ。

幾度となく戦闘を経験し、発する気だけで相手を怖気付かせる強者のソレではない。

 

…………コレは執念だ。

普通の人生を送ってきた誰もが通る道。

しかし彼のものはそれ以上のラインを踏み越えている。

彼の意識全てがその木製の弦楽器に向けられている。

この楽器が何故彼の心をとらえているのだろうか。

 

一応、声をかけてみる。

 

「カイドウ、その弦楽器になにか、思い入れでも?」

 

「………」

 

答えがない、というよりも私の声が聞こえていないようだった。

今度は肩を叩いてみる。

 

「カイドウ?」

「ん……、おう」

 

やっと返事があった。

先ほどまでのような念はもう感じられない。どうやらいつもの彼に戻ったようだ。

 

「……はぁーーっ! よ、よかったですナオヤさん! 私このままナオヤさんがその商品とケンカ始めちゃいそうな雰囲気で……」

 

「いややや誰が商品と喧嘩するバカですかってんだ。流石に俺様でも相手は選ぶぜ」

 

「物との格闘は経験済みなんですね」

 

やはりいつものカイドウはこういうものだ。普通とは言い難い男。只者ではないと薄々感じ始めてはいたが、その片鱗が今日見えてきた気がする。

 

 

「カイドウ、あまり気に障るようでしたら答えなくてもいいのですが」

 

「ん?」

 

「あの楽器。食い入るように見つめてましたね。なにかあったんですか?」

 

「そうですよ、ナオヤさんすっごい目で見つめてました」

 

「……んー、ン」

 

彼は目をそらしながら頷き、再度楽器に向き直る。

やはり聞かないほうがよかっただろうか。

 

「…ナオヤさん、この楽器弾けるんですか?」

 

「…! シル…」

 

シルが思い切った質問をした。

楽器に対する意識というものは大体絞られる。

 

弾けるか、弾けないか。

 

楽器に向けての恋慕や怒りの情はほぼありえない。

彼が執着する点はそこにあるのでは。

 

「……あぁ、弾けたさ」

 

見えない彼の表情。

しかし声色でわかる明らかな悲嘆。

彼の身長はヒューマンではまあまあなくらいに入るが、今ここでの背中はすごく小さく見えた。

 

「弾けた…?」

 

そして弾けた、という言い方。それはまるで今はもう弾くことができないような。

 

「天才だったのよ、俺様」

 

振り返る彼。

 

吹けば飛んでしまいそうな淡い笑顔が、ひどく印象的だった。

 

 

ーーーーーーーー

 

あぁ、一体なんでだろうな。

 

俺はもう諦めたはずなのに。

未来ある後輩に、託してきたはずなのに。

 

まだ、焦がれてんのか。

 

目の前にあるギター。俺様があの日、窓から捨て去った呪い。

こんなとこに来ても、いまだ縛られ続けたまんまなのか。

 

「アンタ随分とその楽器に執心だな」

 

このガラクタ店の店長が奥からノッソノソやってきた。体がデカイので多分ドワーフってやつだろう。

 

「あぁ。コレ修理すんの大変だったろ」

 

「おぉよく知ってんな。俺の生きてきた中ではかなり気ィ遣ったモンだぜ」

 

「ごくろーさん。……触ってもいいか?」

 

「構わねぇぜ。優しくな」

 

了承を得ると俺はネックを持ってゆっくり持ち上げ、もう片方の手でボディの底に手を添える。

 

あぁ、間違いねぇ。

 

あの時のまんまだ。

 

「いいもんだろぉ? 見つけてきた時にはかなりの損傷具合だったがあ、先月の売り上げ全部使い切って手間暇かけて直したんだ。それほどまでに、貴重な一品さ」

 

「……当たり前だ、な」

 

そうかわかるか、とうれしそうに店長は呟くとまた奥へと消えていった。

弦をサラリと撫でてみる。

やばい。高ぶる感情を抑えるため、俺はサウンドホールに鼻を突っ込みニオイを、

 

「カイドウ、それは店のものです」

 

……ゆっくりと鼻を外す。

 

「………そう、コレは店のモン。俺様のモンではなくて、店のモン」

 

俺様はそう繰り返すとギターを元の位置に戻す。

 

そうさ、俺様はとっくに未練なんざ捨て去っちまったんだ。

シル嬢たち待たせてんのもアレだし、さっさと帰るか。

 

「おし、帰るぞ」

 

「いいんですか?」

 

リューのヤツ、なんでぇイラン気遣いしおってからに。俺様が帰るといったら帰るっちゅーんだわかったか。

 

「へっ、人生の先輩から一つ教えといてやるよ。未練なんか、残すもんじゃあないぜ。リュー」

 

何か考え込むような目つきで見るリューを尻目に俺様はサッサと店を出ようとする。

いや、アレから逃げようとしてるとも言えるな。

ありゃあ恐ろしい呪いの続きだ。

早々に縁を切るに限る。

 

「あの!店長さん! この楽器っていくらですか?」

 

なんだ? シル嬢あんなもんに興味あったか?でかい声出して店長呼んでやがる。

 

……そういや値段を見てなかったな。

アレが他の弾けるヤツらの元に行ってくれりゃあ、俺様も少し安心できる。

また奥からゆっくり店長がやってきた。

 

「あーっと、それがねぇ嬢ちゃん。修理にかなりの費用がかかったからね。それなりの値段はつけさせてもらったよ」

 

頭をガシガシ掻きながら、店長は値札を持ってきてシル嬢に見せた。

 

「…えっ!? 300000ヴァリス……ですか…」

 

うーむ、30万ヴァりすくらいかかるらしい。うーむ、30ま…30万ンン!?!?

それって…。

 

「……どんくらい?」

 

「骨董品にしてはかなりの額です。今のカイドウの勤務態度ではおそらく何ヶ月か先になりそうですね」

 

バッキャラ! まだ買うとは一言も言ってねぇーだろがぃ!

 

「まあ、金持ち向けに設定した価格だからな。珍しい楽器と来ちゃボンボンコレクターが群がってくるだろうからよ」

 

「あ? 珍しい楽器だ?」

 

「あぁ。コイツは従来の楽器とは勝手が違うシロモノだったのさ。試しに俺も鳴らしてみたんだがよ。そりゃひっでえ音でな」

 

チューニングがめちゃくちゃだったのか。

 

「上部のネジみてーなとこをひねってやると調整できることは知ったんだが……、元の音というものがわからないのでな」

 

店長はどうしようもなさげに天を仰いだが、何かを思いついたように俺様に目を向ける。

 

「アンタ、さっきからなんか知ってそうだったな」

 

「………」

 

何も答えられない。知ってることには知ってはいる。あまり関わりたくはない、はずなのだが。

 

「ちょいと音の調整ってのは…できたりするかい? できるのなら、アンタにだけまけてやってもいい」

 

店長が魅力的な提案を出してきた。

だが俺にはダメだ。そいつを手に取っちまったら、また苛まれるような気がする。

また、縛られそうな。

だから触っちゃいけねぇ、のに。

 

「ナオヤさん…」

 

「おっ、やってくれるかい。すまねぇなぁ」

 

身体が勝手にそいつを手に取った。

手早く構え、一本一本弦を確かめてゆく。

一本奏でるごとにペグを回す。

回すたびに、思い出す。

自分がどんな思いでコイツと付き合ってきたか。

回想は巡り、ペグが回っていくうちにチューニングは完了した。

 

一連の工程を眺めていたシルとリューと店長のおっさん。

店長に見せつけるように弦を鳴らすと、満足げにうなづいていた。

 

「うんうん、なかなかいい音じゃあないか! アンタがここにきてくれてよかった」

 

「…おう。じゃあ、俺いくわ」

 

ギターを置いて出ようとする。

けど、おっさんがそれを引き止めた。

 

「まぁ待ってくれよ。試し弾き、していかねぇか?」

 

「……」

 

「アンタの手つき。ずっとその楽器と付き合っていたような動きだったぜ。アンタさえよけりゃあ、弾いてってくれねぇか」

 

……もう一度コイツを構える。

ネックを左手でゆっくりと持ち、指を、置いた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

カイドウは楽器をゆっくり構えた。

左手を弦に向けるが、そこから動けなくなっていた。

 

「…? どうしたよ?」

 

何気ない店長の言葉。しかしそれはカイドウにひどく突き刺さっているようで不快だった。

 

指が震えている。とても弾けそうにないほどの震え。

それをカイドウはジッと睨んでいた。

 

それから数分ばかり経った。

店長は客に呼ばれ姿を消しており、私達だけが残った。

 

カイドウが不意に立ち上がり、楽器を置く。

 

「んじゃ行くか」

 

出て行く彼を慌てて追いかけるシル。続いて私も店を出た。

 

帰り道、私達は何も話せなかった。

彼に質問すること自体が、傷つけてしまいそうな気がして。

 

 

 

豊穣の女主人に着いて彼は椅子に座り、群がるアーニャとクロエに外で見たことを楽しげに話していた。

ミアさんはカイドウに何か起きたことを察し、私は今日の出来事を洗いざらい話した。

ミアさんも理解してくれたようで私達を労ってくれて、カイドウに暖かいスープを用意した。

 

 

その日の彼はいつものようなひょうきんな姿はそれほど見られなかった。

ルノアや皆もそれに気づいたが、話を聞くとみんな気にしないフリをしてくれていた。

 

いつもの彼ではないことに私はどこか寂しさを抱いていた。

 

 

 

翌日。

 

昨日のような雰囲気は一切なく、またいつものようなカイドウに戻ったようだ。

今日もぼやきながら掃除をしている…が、普段より手早くキチンとしてた。他の仕事についてもそうだった。

皆は真面目になってくれたようで助かると笑っていたが。余暇の時間が来ると彼はたびたび外出していた。

 

大体想像はついていたが、尾けていったアーニャに何をしていたか一応聞いてみた。

 

「アーニャ、彼は外で何を」

 

「ニャんか、店の弦楽器の前に突っ立ってたニャ。毎日それの繰り返しニャ」

 

アーニャは心配そうに呟いた。

 

「なおやん、たまに安堵したようにため息つくニャ。やっぱりアレが欲しいのかニャ」

 

「それは…」

 

答えられなかった。あの楽器が、彼の心の平穏を乱してしまうのではないかと。しかし、あの目は確実に楽器を欲していた。

 

 

 

日が経つにすれ、彼が外に楽器を見に行く頻度は減っていった。

 

ーーーーーーーー

 

 

また今日も来ちまった。

 

ギターがすでに買われてねぇか見に来て、バカ高ぇ値札が置かれてんの見て、ちょっと安心する。

 

らしくねぇよ俺様。

買うってんなら買っちまえ。

買わねえんだったらさっさと行っちまえ。

 

クソ。何やってんだろ俺。

 

 

「ようアンタ、また見に来たのかい」

 

あん時のおっさん。毎日のように冷やかしにくる俺様の顔をすっかり覚えちまったみてーだ。

 

「おうよ、冷やかしに来たぜ」

 

「まったくやな客だなぁ! ま、自由にやっててくれや」

 

そう笑うと奥に戻って行く。

ずいぶんとおおらかな店長でやんの。

 

…今の持ち金全部でも足りねえな。

30万ばりすかぁ〜…。

頭の中で俺はチョコチョコ計算をしていると。

 

「アレ? ナオさんじゃないですか?」

 

「んぁ? おーぅベル坊じゃねぇの」

 

ベル坊が嬉しそうな顔で俺に声かけて来た。

アレ、もう一人いるじゃんか。誰々だれ。

 

「お初にお目にかかります。リリルカ・アーデと申します。この度ベル様のサポーターを務めさせて頂いております」

 

「は?サポーター? ベルお前サッカーやってんのか?」

 

「え?サッ…カ? なんですかそれ?」

 

「いやあの、サポーターとはダンジョン探索の裏方みたいなもので…」

 

「そーお。俺様は海堂様。頑張れよ」

 

「はい、よろしくお願いいたします。カイドウ様」

 

おっ、ようやく俺様を様付けで呼んでくれる奴がいた!

さっすがベル坊の相棒とくりゃ良くできた奴だぁ。

 

「ナオさんはココで何を…?」

 

「あぁ、ちょっとな。そうだベル坊、冒険者ってどうだ。儲かってんのか」

 

「えっーと……リリ?」

 

「ベル様の1日の稼ぎでしたら5000ヴァリスほどかと」

 

そうか5000か。

 

「よしベル坊にリリ助 お前らこれ買え」

 

「……300000ヴァリス!? あ、あ、あなた様は何おっしゃってるのですか!?」

 

「頼む!俺様を助けると思って! お前らならコイツ大切にしてくれんだろ!?」

 

「でも僕達は楽器とか弾けないんですが…」

 

「そんなの俺様が教えてやっから!!あっちゅうまに弾けるようになっから!!な!? な!!?」

 

「ベル様! この人の話を聞いてはいけません! 大体弾けもしない楽器買って何になるっていうんですか!」

 

この呪いから解放されるには再び誰かに託すしかない。 けど今のはちょっと強引だったか?

リリ助に引っ張られるようにしてベル坊たちと別れる。

 

一連の流れを見てたおっさんが笑いながらからかってきやがった。

なんちゅう失礼なおっさんだ!

お尻ペンペンしてやろうかと思ったがデカイのでやめた。

 

俺はおっさんにギターを買う奴がいたらすぐ報告するようにと言いつけ、その場を去った。

 

買った奴が弾けるように俺様が押しかけ教育してやるつもりだ。

そうすれば、満足して呪いから再び解放されそうな気がするからだった。

 

 

そう考えると足どりが少し軽くなった。

あの日、後輩に託したときと同じような気分だった。

 


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