B.A.D. 短編集 作:白雪さんお幸せに
前話「黒猫と、狐と、少年と」とは関わりのない彼らです。
とある古書店での話をしたいと思う。
俺が知り合った、彼らについて。
紅葉の木の傍に立つ店で、その人は毎日のんびりと働いていた。店に来客はあまりなく、給料も安いと言う。それでもその人は常に、楽しそうに働いていた。
俺には理解できないことだ。あれくらい楽そうな仕事ならまあやらない事もないかもしれないが、やはり給料は多い方がいい。
前職が地獄だったらしい。ブラックな職場にいたのなら、確かにこんなのんびりと働ける店は楽しいのだろう。その割に前職の知り合いが多いので、地獄ではあっても救いのある職場だったのだろう。……ブラックの常套手段だ。
その人を尋ねて、店には色々な人がやってくる。お嬢様然とした人が来た時には、彼の前職について詳しく聞きたくなった。まあ、聞いたところではぐらかされそうなのだが。
何か嫌な事があると、俺は必ずその店に向かった。お悩み相談をしている訳では無いが、やはりあの店は居心地が良いのだ。
本を買って、店を出ると必ず紅葉が目に入る。別段木々や草花が好きという訳でも無いが、綺麗なものを綺麗だと思える程度には素直であるつもりだ。……こう考えること自体がひねくれている証拠だろうが。
紅葉は、美しいより何だか物悲しい。綺麗ではあるが、ふとした次の瞬間にはハラハラと散って落ちていく。それが何だか、寂しかった。
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「お、今日も来たねー、少年」
「……うっす」
珍しく、小田桐さんが居なかった。彼は基本的に毎日ここに居るので、何曜日は休み、だとかは無かった筈だが。
「ダッキーは今いないよ。たまーにやってるお悩み相談に行っちゃったから」
「はあ……お悩み相談ですか」
「そーそー。お陰でなんの気兼ねもなくお菓子食べれるわー」
「……太っても知りませんよ」
「うっわ女の子にそんな事言うなんてガーヤンさいてー」
「そのガーヤンってのどうにかなりませんかね。俺にもセンス皆無だって分かりますよ」
「えぇー、いいじゃない別に減るもんでも無いし」
「ムーミンみたいで嫌なんですよ」
「ムーミン嫌いなの?」
「別に、嫌いでは無いですけど……」
「じゃあいいじゃん」
「……はあ」
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いつだって、何かが終わるのは寂しいものだ。
紅葉も、季節も、物語も……人も。
気づいた時には遅過ぎた。
いつの間にか、全てが変わって行くのだ。それにはきっと俺には気付くことが出来なかった理由がある。
それでも、納得出来ないと足掻くのだ。
変化に抗い、変わらないでいようとしても、この成長期の身体は、心は常に変わっていく。大した理由のない決意も、いつかは朽ちて、また新しい決意に取って代わられるのだろう。
それでも、その事に意味はあるのだと、俺は漠然と思う。消えてしまったものは、決して無くなる訳では無いと。
そう信じなければ、とても心が耐えられなかった。
家族が、交通事故で死んだ。
まあ、車社会に生きていれば、そこそこある話だろう。その事を認めてはいけないだろうが、まあ、ある程度仕方がない部分もある。
たった一人の妹が、唐突に居なくなった。
その日から、俺は泣けなくなった。笑えなくなった。怒れなくなった。
簡単に言えば、『生きる理由』とやらを見失ったのだ。
別にそんなものが無くとも生きては行ける。そこそこ勉強して、そこそこの高校に入り、そこそこの大学を出て、そこそこの企業に就職して、そこそこ老後の蓄えを貯めて、そこそこの歳で死ぬ。
人間的な生き方だ。口が裂けても理想とは言えないが、それでいいとも思う。
だから、俺はきっと、これから、この場所で、もう一度『生きる理由』ってやつを見つけるのだろう。
「あなたの問題を矯正してあげる。感謝なさい」
「……お前」
こんな、真っ直ぐなやつを見つけたのだから。
「な、なんでヒッキーがここにいんのよ!?」
「部室にいちゃ悪いか。ていうかお前誰」
こんな、優しいやつを見つけたのだから。
彼の話を、しようと思う。
馬鹿みたいにお人好しで、オカンで、そのくせ体育会系っぽいノリで。
わけわかんねぇ方向から、なんでっていうことで、無理矢理救ってしまう変な人。
そんな人に、俺も────
八軒坂莉那は、チョコレートデイズ4巻の『B.A.D. AFTER STORY』に出てくる小田桐の雇い主です。