化け物は笑う   作:SAMUSAMU

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化け物は激突する

 比佐命は、その光景に視線を釘付けにされていた。

 

 つい先ほどまで、彼女の視線は、常に衿那へと向けられていた。蠱毒に翻弄され、その生命(いのち)を脅かされ続ける親友。今も彼女を想い、心配する気持ちに心変わりなど、あろう筈もない。

 しかし、この瞬きの間だけ。命は親友の存在を、意識の外に置いてしまっていた。

 それほどまでに、命の心が惹きつけられ、魅入られていたのだ。

 

 彼女の視線の先で対峙する、二匹の化け物たちに――。

 

 一匹は巨大な大蛇――『蛇蠱』。

 櫛田衿那を苦しめる元凶。古式呪術『蠱毒』。その呪術の核たる、漆黒の大蛇。

 既に、完全に現実世界への実体化を果たした蠱毒は、そのおどろおどろしい全体像を、命(みこと)たちの前に晒していた。食堂で出現したときよりも、さらにその巨体を大きく見せ、自分以外の全てを、憎しみのこもった瞳で、傲然と見下ろしている。

 

 そして、大蛇の向かい側に立つ、もう一匹の化け物――『鬼神の眷属』神宮寺鈴鹿。

 一度は下層へと叩き落された彼女だったが、屋上へと連なる、全ての部屋の天井を順番にぶち壊しながら、ここまで一気に這い上がってきた。

 そんな常識の埒外にある行動に、一同唖然としていたが、そんな些細な困惑も、穴底から飛び出してきた鈴鹿の姿に――全ての戸惑いが凍えるように、停止していた。

 

 そう、屋上に現れた神宮寺鈴鹿は、その姿を『鬼』のそれへと変貌させていた。

 その人ならざる異形を目に焼きつけながら、命は改めて思うのだ。

 その姿は、息を呑むほど恐ろしく、

 

 ――ああ……そうだ、やっぱり。すっごく…………()()だ。

 

 息を呑むほど美しい、と。 

 

 命が鈴鹿のその姿を見るのは二度目だ。一度目はあの地下通路で。崩壊する地下から、自分たちを助けるため、鈴鹿はその真なる姿を、命たちの前に垣間見せていた。

 異形と言っても、基本は人型だ。彼女自身の体格が大きく変わるわけではない。

 しかし――頭部から生える、二本の角が、彼女が人間ではないということを、何よりも証明する印であった。邪悪で、禍々しく、刺々しい突起物。ひとたび、そのシルエットが夜の闇に浮かび上がれば、見る者全てを無条件で震え上がらせることだろう。

 だがそれ以上に――命に別種の感動を抱かせるものが、その立ち姿にはあった。

 ポニーテールで結ばれていた、鈴鹿の漆黒の黒髪が、銀一色に染まっている。

 ぱっちりと見開かれた、大きな黒い瞳の双眸が、輝くような黄金色へと変質している。

 眩い金の眼光と、闇夜に映える銀の髪。その二つが、恐ろしさ以上に、全身から、何とも言えぬ神々しさを醸し出していた。

 蠱毒とは真逆。負と穢れの塊というべき大蛇と対峙するその姿は、化物同士の闘争というより、まるで天の使いの加護を受けた戦士が、怪物を倒す神話の情景を描いているようだった。

 その姿に、その神々しさに、命は感動に打ち震え、己が魂を強烈に揺さぶられていた。

 

 当然、その姿は憎悪にまみれた大蛇の血走った目すらも釘付けにする。最大限の警戒心を剥き出しに、蠱毒は姿を変じた鈴鹿へと咆哮を叩きつける。

 

「わぁっ!」「……くっ!」

 

 その雄叫びに、鈴鹿のすぐ後方で、彼女を援護しようと身構えていたテッドとメリーの動きが止まる。クジラの鳴き声のように雄大かつ、スピーカーがハウリングするような不快さをたたえた音響に、生理的嫌悪から耳を塞ぐ。

 ところが、至近距離から放たれたその叫びを、鈴鹿はそよ風のように受け流す。

 そして、彼女はすかさず、大蛇に向かって――吠え返した。

 

「ワッ――!!」

 

 それは、先ほどのような周囲一帯に轟き渡るような、咆哮ではなかった。鈴鹿の腹の底から放たれたその吠えは、ビル全体を突風の様に駆け抜け、一瞬で消えていく。その遠吠えには、蠱毒の雄叫びのような憎悪も、怒りも込められてはいない。それどころか、威嚇ですらない。吠えられたから、吠え返した。そんな、犬のような行動原理に基づく行為。

 

【―————————————】

 

 しかし、そのたったの一吠えで――蠱毒は押し黙った。

 その遠吠えに込められていた、圧力に押され、呪いは――自らその口を噤んだのだ。

 

 大蛇の怯んだ様子に鈴鹿は、「してやったり!」と、悪戯を成功させた子供の様な笑みを浮かべ、散歩でもするような気軽さで、蠱毒に向かって一歩、足を踏み出した。

 気圧されていた蠱毒は、鈴鹿の接近を前に僅かに反応が遅れる。だが、すぐに防衛本能が働いたのか、近づく彼女に対し、すぐさま迎撃行動に入った。

 鈴鹿が間合いに入るや、大蛇は先制攻撃をお見舞いする。食堂のときよりも長く、太く、重くなった尻尾の一撃が、鈴鹿の脳天目掛け、吸い込まれるように振り落とされていく。

 

 人間ならば、原型すら残らなくなるような質量がこめられていたその一撃を前に、鈴鹿はそっと片腕を上げ――蠅でも払うような仕草で腕を振るう。

 鬼へと変じる前は、両腕で受け止めるのが精一杯だった一撃が、それだけでのことで、あっさりと打ち払われた。鈴鹿の足元に衝撃を伝えることもできず、大蛇の攻撃が無力化される。

 自身の攻撃があしらわれた蠱毒だが、それにも負けずと、さらに攻撃を加えていく。真っ赤な目をより血走らせ、さらに猛烈な勢いで大蛇は尻尾を振るわせる。

 

 さらにスピードが増し、鞭のように振るわれる大蛇の連撃。固唾を呑んで見守るしかできなくなった人間たちでは、もはや目で追うことすらできない速度に達しているが、鈴鹿の驚異的な動体視力は、その全てを正確に捉えていた。

 一つ一つを正確に、拳で、足で、頭突きで。払い落し、受け止め、撃ち落としていく。その中に、『受け流す』という技術的な要素は一切ない。全ては力尽く。鈴鹿の鬼の膂力が、大蛇の攻撃を問答無用で蹴散らしていった。

 

 その上で、鈴鹿の足は止まらない。嵐のような大蛇の猛追に晒されながら、前進していく。

 

 あと数メートル。いよいよ鈴鹿が眼前まで進み出たところで、業を煮やしたのか、大蛇はその巨大な牙を剥き出しに、彼女へと飛びかかった。人間など、一口で飲み込んでしまえそうなほどに口を広げて、彼女を捕食しようと襲いかかったのだ。

 

「――ふっ!」

 

 されども、それを待っていたとばかりに鈴鹿は口元を釣り上げ、跳び上がった。

 接近する大蛇の顔面に向かって放たれる、彼女の飛び膝蹴り。

 完璧なタイミング、カウンター気味に炸裂するその一撃が――

 

 果汁がびっしりと詰まった新鮮な果実のように、大蛇の頭部を無残に爆散させる。

 

 

「…………すごっ」

 

 引きつった笑みを浮かばせ、二体の化け物が対峙した結果にテッドは目を見張る。

 正直なところ、彼は鈴鹿がもう少し苦戦するものかと思っていた。鬼という化け物がどのようなものであれ、所詮は人の姿をした存在。もう一方の化け物である大蛇とでは、リーチや重量の差で完全に劣っている。だからこそ、もしもの場合に備え、武器庫まで立ち寄って、装備を整えてきたのだ。

 しかし、そんな彼の心配が、完全に余計なお節介であったことが、ここに明らかとなる。

 大蛇の巨体から振るわれた尾も、鋭利な牙も、鬼神の眷属たる彼女には通用しなかった。

 

 しかし――これで終わりでないことを、テッドたちは身をもって知っている。

 

「……まだです! まだっ、終わっていない!!」

 

 勝ち誇る鈴鹿にメリーの警告が飛ぶ。彼女の言葉通り、大蛇は再び体を震わせて、再生を始める。先ほどのように潰された頭部が、瞬く間に復活を果たした。

 

「ほう……」

 

 そんな大蛇相手に、一人鈴鹿は感嘆の声を上げる。観察するように大蛇を眺めて、その視線を、そのまま足元へと持っていく。その先に彼女が見据えていたのは、既に意識などない衿那だった。その容態は、あきらかに先刻以上に悪く、息も微かなものだった。

 再度視線を戻し、大蛇を睨みつけながら、鈴鹿は少し残念そうに呟く。

 

「ふむ、もう少し相手をしてやっても良かったが……仕方あるまいて!」

 

 鈴鹿は再生したばかりの大蛇へと手を伸ばす。抱きかかえるよう、がっしりとその胴体を掴み、おもいっきりその体を引っ張った。

 メリメリ、と蛇の胴体が軋みを発する。大蛇はその痛みに身悶えながら、尾で後ろから鈴鹿の体を引っ叩く。だが、彼女はそれすらも平気な顔で耐えきり、より一層腕に力を込める。

 衿那の影から這い出ていた大蛇の体が、ずるずると引き上げられる。無理やり巣穴から引きずり出されるのを、嫌がるように身悶えする大蛇だが、その抵抗も虚しく、蠱毒の本体が見る見るうちに地上へと引っ張り出される。

 そのまま、鈴鹿の怪力が蛇の上半身を衿那の影から引き離し――引き裂く。

 

【―――――――――――――――!!】

 

 絶叫――今宵一番の絶叫が、化け物たるものの口から狂ったように吐き出される。常人であれば耳を覆わずにはいられないその絶叫にも、やはり鈴鹿は揺るぐことがなく、自らの手でねじ切った大蛇の胴体を無造作に投げ捨てた。陸に水揚げされた魚のように、大蛇はビチビチと力なく跳ね上がる。

 

 ――……ど、どうだ。今度は……。

 

 鈴鹿の思い切った行動に表情を引きつかせながら、テッドは事の推移を見守る。このまま消滅するか、それともまだ再生するか、油断なく身構える。すると、ちぎられた大蛇の肉体が、燃え尽きた灰のように霧散していった。

 

 ――……終わりか?

 

 その光景に、もはや再生する余力も残っていなかったのだろうと、テッドも警戒を解く。

 それは鈴鹿も同じらしく、変化を解き、角を引っ込め、髪と瞳が黒一色へと戻っていった。

 

「これで……終わりか……」

 

 そして、そのまま鈴鹿が崩れ去っていく蛇から背を向けた――

 その一瞬の隙を突くように――『それ』は飛びだしてきた。

 

「――なに!?」

 

 蛇の残骸――

 今まさに灰となって消え去ろうとしていたその中から、一匹の蛇が飛び出したのだ。

 大蛇よりも遥かに小さな、それこそ、普通の蛇と寸分たがわぬ大きさの黒い蛇。完全に無防備となっていた鈴鹿は、咄嗟に腕を振り、その蛇を払い落とそうとするも、その腕を掻い潜り、  

 蛇は――まるで水面に飛び込むかのように、鈴鹿の体へと溶けていく。

 

「なっ!」「……鈴鹿さん!」「神宮寺さん!」

 

 三人の悲鳴が虚しく夜空の下に木霊するが、鈴鹿の耳にその声が届いた様子はなかった。

 彼女の瞳から、急速に光が失われていく。

 

 蛇の――蠱毒の呪いとしての核は、あくまで小さい蛇の方にあった。

 鈴鹿が打ち倒したのは、衿那の精神力などを糧に作られた擬態に過ぎない。本体は常に宿主の奥底に潜んでおり、たとえ擬態の方を千切られたとしても、体内に残留することもできた。

 だが、衿那の生命は風前の灯。これ以上留まっても、宿主と運命を共にするしかなくなる。

 それを『蛇』としての、生存本能がよしとしなかった。故に、蠱毒はあえて千切られる際に本体を胴体部分へと移動させ、息を潜めて待っていたのだ。

 より強く、新鮮な、新しい固体に寄生するためのチャンスを――

 

 

 ???

 

「ん、……ここは……どこかのう?」

 

 神宮寺鈴鹿は見知らぬ場所に、一人ポツンと突っ立っていた。

 そこには白――どこまでも続く、果たしてない白のみの地平が広がっている。

 

「…………はて?」

 

 不可思議な現状を前に、彼女は首を傾げる。自分は今いる空間とは似ても似つかない、夜の闇の中で大蛇との闘争に興じ、それを制した筈だ。しかし、周囲には衿那も命も双子たちもおらず、ようやく少しは見慣れてきた街並みの風景が、どこにも存在していなかった。

 

「? う~む……」

 

 本格的に自分の身に何が起こったのかわからず、さらに首を捻って鈴鹿は頭を悩ませる。

 

「……ん?」

 

 そこで、ふと足元に目が向く。

 白一色に染まる世界に、いつのまにか自分を覆いつくす、巨大で朧げな影が揺らめいていたのだ。その影の存在に反射的に振り向き、その先で――巨大な一匹の大蛇が天高くから、こちらを見下ろしている姿を、鈴鹿は目の当たりにする。それこそ山ほどの大きさの、それこそ神話の世界にでも登場しそうなほどの、雄大な大蛇。

 漂う気配自体、さきほど鈴鹿が打ち倒した蠱毒のそれではあったものの、その大きさから感じるプレッシャー、絶望感はその比ではなかった。

 

 

 この特異な白い空間内は、鈴鹿自身の精神世界だ。

呪う対象者に接触した蠱毒は、まずこの場所へと侵入してくる。そして、その人間の核と呼ぶべき意識を飲み込み、そこに居座るようになるのだ。

 かつて、衿那もこの場所まで蠱毒に侵入され、なす術もなく大蛇に飲み込まれた。当時の記憶を衿那は保有していない。あまりの恐怖に、心が記憶を閉ざしてしまっていたのだ。

 もし、このまま鈴鹿の意識が大蛇に飲み込まれれば、彼女も衿那のような『不幸』に陥るだろう。当然、蠱毒もそうするつもりで、鈴鹿の心の内へ侵入してきたのだから。

 

【―――――――――――――――!!】

 

 付け加えるのであれば、今の蠱毒は無理やり引き剝がされたことに、怒り狂っていた。自分を雑に扱った、()()()()()()の少女へ怒りを、己が憎しみの全てを向ける。

 

「そうか、貴様が……」

 

 ふと、眼前の少女が、何かしらの言葉を呟く。

 呪いの核が、ただの蛇でしかない蛇蠱に、その言葉の意味を理解することはできない。これが犬やら、猫ならば、まだ雰囲気や口調で少女の言葉の意味を、何となく理解できていただろう。だからこそ、蠱毒は少女の戯言など無視して、己の呪術としての意思に従い、目の前の少女に憑依しようとした。

 

「貴様が元凶か……」

 

 しかし、少女と目が合った瞬間――憎しみや、怒りといった感情しか持たぬ筈の蠱毒の中を、まったく別の『なにか』が駆け巡る。

 

「貴様が! あの娘にとり憑いた呪いの本体か!!」

 

 さらに甲高い声で吼える少女に、蠱毒の中を駆け巡った『なにか』は、さらに速度を上げる。蛇は、その感情を無視し、なりふり構わず少女に向って襲いかかろうとする。

 

 しかし、蛇は動かない――いや、動けずにいた。

 

 蛇でありながら、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。

 それは――生物としての本能。

 呪いとなったことで、忘れ去ったと思っていた筈のものだった。

 ただの蛇として生きていた頃、天敵に対して常に抱いていた感情――

 

 それこそが、恐怖だ。

 

 捕食者たちと相対した際の戦慄、圧倒的な絶望。

 その感情を今、自分の口で丸呑みできるほどの大きさの、ただの人間の少女に感じている。

 いや、違う――蠱毒は確かに見た。

 少女の後方に浮き出た影を――山ほどの大きさの蛇と、同等の巨大さを持つその影の姿を。

 

 どんな強固なものでも噛み砕けそうな鋭利な牙。

 目につくもの、全てを威圧するような眼力。

 蛇の牙など、ものともしない分厚い皮膚。

 そして――猛々しくそびえ立つ、二本の角。

 

 もし、蛇が人間ほどの知識を持っていれば、その姿を見て、あるものを連想できただろう。

 

 ――『鬼』――

 

 人間から、ときに恐れられ、ときに敬われる、人ならざるもの。影はまさに、鬼そのものの姿をしていたのだ。

 だが、蛇にそんなこと理解できるわけもなく、ただ己の理解を超える巨大な存在を前に、怯え戸惑うのみ。そして、その戸惑いが――この二体の化け物の勝敗を決定づけた。

 

 ここは精神世界。質量やエネルギー、大きさといった概念は、ほとんど意味を成さない。何よりも重要視されるのが、精神力や信念といった、強靭な『意思の強さ』だ。鬼の存在に恐れをなし、怖気づいてしまった時点で、蠱毒の立ち位置は確たるものとなった。

 

 気がつけば――蠱毒は鬼の掌の上で、縮こまるだけの哀れな小動物と化していた。

 さながら、釈迦の掌で踊る孫悟空のように。

 

 自身の身に何が起きたのか理解することもできず、蛇はオロオロと取り乱す。

 無力な存在と成り果てた蠱毒を相手に、鬼は一片の慈悲も、微塵の躊躇も見せず。

 不動明王の如き容赦のなさにて、ゆっくりと拳は閉じられていき。

 

 

 哀れ蠱毒は、その最後を誰にも見届けられることもなく、握りつぶされ――消滅した。

 

 

森羅本社ビル 屋上

 

 それは時間にして、数十秒にも満たなかった。鈴鹿本人の体感時間で数分はあったのだろうが、実際の現実世界では、その程度の時間しか経過していない。

 その間、テッドたちは静まり返る屋上で、立ったまま硬直する鈴鹿に視線を送っていた。

 そして、たまらず誰かが彼女の元へ駆け寄ろうした、まさにそのタイミングで――

 

「――ぷはっ!」

 

 神宮寺鈴鹿は、現実世界へと帰還を果たした。

 

「鈴鹿さん、ご無事でしたか!」

 

 止まっていた時間が動き出す。テッドが鈴鹿の元へと駆けつけ、彼女へ声をかけた。

 

「うむ……大事ない」

「何が起こったんですか? あの蛇は、いったいどこへ?」

 

 精神世界で起きた事の顛末は、外の世界にいた彼等では知る由もない。当然のように鈴鹿へ説明を求めるテッドだが、その問いに彼女は頭を悩ませる。

 

「う~む……なんと説明すればよいか……正直、儂にもよくわからんのだ」

 

 彼女としては、特にこれといって特別なことをした覚えはない。ただ、怒りのままに蠱毒を脅しつけ、それに怯んだ蛇が、勝手に自滅した。鈴鹿からすれば、そんな感覚だった。

 その理屈を説明する知識も語彙も、残念ながら鈴鹿は持ち合わせてはいない。

 

「は、はぁ……?」

 

 陰陽師たる梨花子ならば、状況から分析して、何かしらを推測することができただろうが、素人のテッドでは、それすらままならない。鈴鹿と一緒になって、ただ首を傾げるばかり。

 だが、いつまでもそんな考えに、時間を割いている場合ではなかった。

 

「……兄さん!」

 

 メリーが兄を呼ぶ。蠱毒の呪縛から解放された、櫛田衿那の元に、メリーと命の二人が駆け寄っていた。衿那の消耗は激しく、容態は深刻だ。急ぎ応急手当てを施し、早々に専門の機関へ搬送する必要があった。

 

「メリー! 救急箱持ってきて! それから、比佐さんは病院に連絡を!」

「……了解です!」

「う、うん!」

 

 テッドは的確かつ、素早く指示を送り、屋上は一気に慌ただしくなっていく。

 

「鈴鹿さん! 櫛田さんを下まで運びます。お願いできますか!?」

「ん? ああ、承知した!」

 

 鈴鹿もまた、テッドの呼びかけに応じ、黙々と彼らの手伝いに奔走するようになった。

 

 

同時刻 土御門家総本山の洞窟

 

 鬼神の眷属たる神宮寺鈴鹿と、蠱毒の化身たる蛇蠱。

 捜し屋の使い魔を経由し、洞窟の天井に映し出されていた両者の戦いが、こうして決着と相成った。映像はそこで一旦途切れると、水晶球も光を失う。役目を終えた水晶球を拾い上げ、九十九明は一緒に両者の戦いを見届けた、観戦者たちへ声をかける。

 

「さて……いかがだっただろうか、諸君?」

 

 九十九の言葉に、ハッと我に返る土御門の長老たち。彼らは、鈴鹿たちの戦いに時が経過するのも忘れ、見入ってしまっていた。九十九に感想を尋ねられて、ようやく意識を現実へと引き戻す。そして、静寂だった洞窟内が、老人たちの騒めきで満たされていく。

 

「悪鬼め! よもや、これほどとは!」

「……直接精神に干渉した呪詛の類すら、その内側で殺しきってみせたぞ……」

「それにしても……星野家の娘。何とも無様な醜態を晒しおったな。恥さらしめ!!」

「分家とはいえ、土御門の血筋であろうに、所詮は外界に下った俗人か……」

「やはり、鬼は侮れぬ! 結界の外になど、解き放つべきではないぞ!」

 

 口々に、好き勝手な言葉を並び立てる老人たち。その内容の大半は鬼である鈴鹿への悪態。蠱毒の対処に失敗した、梨花子への罵倒など。

 大蛇が打倒されたことにより、救われた少女がいることを、彼らは気にもかけていない。

 

『やれやれ、老害共がうるさいね……』

 

 長老たちの狼狽する様に、映写機の機能を果たしていた、捜し屋の烏が肩を竦める。九十九の肩に止まり、彼にだけ聞こえるような音量で、老人たちを嘲る言葉を吐き捨てる。

 浮足立った老人たちの議論は、さらに白熱していき、一向に収まる気配を見せない。

 その討論を、暫く黙って見守っていた九十九だったが――次に彼が放つ、力のある一言が、そんな不毛な言い合い、一瞬で終わらせることとなる。

 

「『――静まりなさい』」

「――――」

 

 一声。九十九の鶴の一声で、その場が嘘のように静まり返る。

 九十九が用いた『言霊』の威力は、老人たちに、呻き声一つ上げることすら許さなかった。

 

 静寂は数秒ほど続き、唐突に途切れる。

 

 術の効力が切れたことにより、長老たちは思い出したかのように空気を求め、息を荒げる。

 忙しなく息をつく彼らに目を向けながら、九十九は話の続きを口にしていく。

 

「さて……先ほどの戦いを見て、各々思うところがあるようだが、彼女の処遇については引き続き、私の方に一任させてもらいたい。なに、君たちに迷惑をかけるつもりは毛頭ないよ」

「はぁはぁ……い、いえ……しかし、それは!」

 

 その申し出に、呼吸を乱しながらも、長老の一人が異議を唱える。ここで折れてしまえば、それこそ本末転倒。何のために、九十九をここまで呼び出したのか。彼等は、何とか九十九に思い止まって貰おうと、さらなる説得を試みようとする。

 しかし、それに先んじて、九十九は口を開いていた。

 

「もしも、だ……」

 

 鮮明な彼の言葉が洞窟内に反響する。

 その声に、先ほどのような言霊は込められていない。だが、その声には、今までの会話の中にはなかった、低く、強く、重苦しい重圧のようなものが込められていた。

 

「もしも、彼女――神宮寺鈴鹿が人間にとって、脅威でしかないのであれば……真に害ある悪鬼でしかないのであれば……そのときは――私自身の手で始末をつけよう」

『――!?』

「そ、それは真ですか?」

 

 どよめきが起きる。捜し屋の使い魔からも、驚いた気配が伝わってきた。それほどまでに、土御門家にとって、彼の申し出は意外だった。九十九が『鬼』に対して、どこか甘い意識を持っていると考えていただけに、その衝撃はより大きなものとして広がりを見せる。

 再び騒めき出し、互いに言葉を交わす土御門の長老たち。そんな彼らに、声のトーンを元に戻し、九十九は穏やかに問いかける。

 

「それとも、私では鬼たちを相手取るのに力不足かな?」

「い、いえ! そのようなことは決して!」

「しかし、本当によろしいのですか? 貴方にとって、彼らは――」

 

 長老の一人が何かを言わんとする。だが、その言葉を押し止め、九十九は真剣な面持ちで答えた。

 

「勿論さ。これは私が受け持つべき当然の義務だ。もしものときは、その義務を果たすだけ」

 

 そこに、冗談やおどけた様子は見受けられない。そんな九十九の態度に後押しされ、腹を括った、土御門家一行。彼等は無言で視線を交わし、頷き合った。

 

「……わかりました。そこまでおっしゃるのであれば、これ以上、我々から言うべきことはございません。全て……貴方に一任致します」

 

 最後に、土御門の長老たちは台座の上から、平伏するように九十九に頭を垂れる。

 

「くれぐれも、油断、手心のないようにお願い致しますよ。九十九殿……いや――」

 

 中央の台座の老人が代表し、彼の名を、その真の名を告げながら――。

 

「――安部清明様」

 

こうして、『鬼神の眷属』神宮寺鈴鹿の処遇をめぐる討論が、本人の一切関わらぬところで、締めくくられることとなったのである。

 

 

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