笑えない少女とニュクスとワガハイ猫と。 作:サボテンダーイオウ
山岸風花が作る手料理は破壊的な不味さを誇る。
下手すれば死人が出るとまで仲間内で恐れられているのだ。そんな彼女は高校生時代、荒垣の料理の腕前にほれ込み、ぜひ!教えてくださいと頼み込んだものの残念ながらその腕前が上達することはなかった。
『死に至る猛毒』や『殺人料理』という異名は伊達ではないということだ。
去年の事である。シャドウワーカーの集まりの席で今度こそは!と意気込んで作ったマドレーヌを持ち込みしたのだがしょんぼりと肩を落とす風花だったがそんな中、朔だけは風花の作るお菓子を恐れずに手を伸ばして食べた。
皆が目を見張る中、もぐもぐと食し、
「あ、これバニラエッセンスじゃなくて酢が入ってるよ。たぶん、他のもまちがって、る……と……」
味見して間違いを指摘していくうちに顔を青白くして言葉を途切れさせていき最終的には盛大にその場に倒れた。皆が大慌てする中、朔は食中毒ということで病院へ搬送されることになる。流石にこれは風花も精神的に打撃を受けて病院のベッドで手当てを受け意識を取り戻した朔に縋るように謝罪した。もう料理はしないからと零すと朔は風花に謝る事はない、たまたま食べ合わせが悪かったのかもしれないしと気にしないように言った。それどころか今度は私と一緒に作ろうよと料理の誘いまでした。これには風花も理解できずに困惑した。自分の所為で死にかけたかもしれないのに、仲間は絶対風花の作る物には手を付けないというのになぜ朔はそこまで気に掛けてくれるのかと、問わずにはいられなかった。普段から表情の変化が乏しい朔だがその時は真剣に「諦めたらおしまいだから。そしたらきっと私は死ぬだけだよ。だから全力でやれることはやる。それが私の基本みたいなものなんだ」と自分の信念を語ったうえで、諦めないで欲しいと風花に訴えた。諦めたら成長することもできずにその場に取り残されるだけ。とにかく前へ前へ進むだけでも見えてくるものがきっとあるから。
朔の励ましに風花は「朔ちゃんは強いね」と羨まし気に苦笑した。確かにそうかもしれない、だがそれは朔だからできるのであって自分には無理かもしれない。そう卑屈になりかけている風花に朔は言った。
「別に逃げることを否定する気はないよ。でもいつまで逃げてればいいの?ずっと逃げられると思ってるの?風花姉だって好きな人が出来たら自分の料理を食べて欲しいって思うかもしれないじゃない。その時食べさせてあげたいけど自分の料理は『殺人料理』だって相手に言い訳するの?言い訳をして楽して逃げようとしてるだけじゃない。諦めて保守的になってれば相手が代わりに作ってくれるから自分は作らなくていい。そういうことだよね。それって結局相手に負担かけてるだけだよね。甘えだよね。相手の不得意な所を補い合っている。うん、その言葉も正解かもしれない。でも何度も何度もチャレンジしてそれでも諦めずにやって結果上手くいかなかったから最終的にその形におさまった。それはそれでいいと思う。でも風花姉はまだチャレンジの途中。『殺人料理』だなんてあだ名あるけど本当に誰もまだ死んでない。誰かが本当に死んでから諦めればいいよ。もし、私がそれに当たったらそれは私の責任だし風花姉が気にすることはない。だって私の自業自得だし。でも私はまだ死んでない。だから諦めるのは早いと思うよ」
風花の胸を抉るように次々と突き刺さる朔の言葉。風花は圧倒され言葉も返せなかった。それどころか軽々しく自分の『死』を口にする少女が恐ろしくなった。
自分よりも年下の子が死をすぐ隣り合わせのものと認識している。それが極当たり前のように語る様子はどこか異質で、ああ、この子はきっと全部本気で言ってるんだと実感させる。
風花はそれから本気で自分の料理と向き合った。なぜ、材料を間違えるのか。そこから疑問を抱いて改善点を探るようになった。一つ一つ問題をクリアしていく内に段々とミスが減って行った。最終的には『殺人料理』から『ちょっと歪だけど何とか食べれる料理』へと変化を遂げた。自分でも食べれることへの驚きと劇的な変化に戸惑いを隠せず、つい朔へ電話してしまうほどだった。すると朔は驚いた様子もなく、風花がもともと抱いていた先入観から同じミスを繰り返していただけだと説明した。
自分が作る物は失敗してしまう。そう頭の中で決めつけていたものが実際に作る時にミスを招いていた。だから進歩がなかった。けれど実際に朔が食べ倒れたことで恐怖を抱いたこと。目の前で自分の料理の被害者が出たことでいかに自分の料理が害あるものか認識させる。そして一旦恐怖させたところでもう一度発破を掛け失敗に繋がる要因を自分で自覚させる。他人から指摘を受けたところですぐに自覚できるものでもない。本人が意識して初めて視界に入るというもの。そこから一つずつ問題点をクリアしていけば地道だが自分が望むものへと最終的にはたどり着く。後は練習でモノにできるようになる。荒療治だけど効果があって良かったと朔は嬉しそうに電話口で語り風花は唖然とするしかなかった。
本当に佐倉朔という少女は自分よりも年下なのかと疑ってしまうくらいに風花の中で抱いていた佐倉朔という少女像が改めさせられた瞬間でもある。
だが逆に言えば少女への不安は増す一方だった。大人顔負けの思考を持つ少女の中で『死』への認識の深さが自身をも追い込んでいかないか、と。
誰しも抱くであろう死への恐怖心を朔からは感じられないのだ。だからこそ堂々とあのような発言ができるというもの。高校生の年齢としては成熟しすぎているがゆえにそれが後々問題にならないかと一抹の不安を抱く風花であった。
※※
これをプレゼントしようと思った事に他意はない。ただ、自分達の置かれていた状況を思い出してみると年頃の年代で監視下に置かれる立場ほど辛いものはない。あの頃はただ目の前の問題を片づけるだけで精一杯だった。
毎日を仲間と過ごすことがあっという間だった。でも特別な力を持つということは、それなりの覚悟を持たないといけないと風花は思っている。皆で過ごしていた寮の部屋それぞれに監視カメラが設置されていたと知るのは結構後になってからだったが、もしかしたら朔の周辺でもそのような行為が行われているのではないかと勘ぐってしまう。ましてや、年頃の少女には精神的にも辛いものだ。だからせめて身を護るための手段として使って欲しかった。
何時渡そうか考えていた時、朔からパソコンが欲しいとの相談に丁度いいタイミングと、パソコン選びを申し出た。お互い電話やSNSでのやり取りはあるものの、直接会う機会はあまりないためまたとない機会だった。
約束した日、先に指定場所で待っていた風花は人込みの中から自分の向かって手を振って走ってくる朔の姿を見つけた。その後ろには定番の如く綾時が付いていて、ああ相変わらず安定の過保護だなと思わずにはいられなかった。
朔目当てのパソコンだが風花には慣れたパソコン用語でも朔には意味不明な言語にしか聞こえず頭がパンクしそうだったので本当に初心者向けのパソコンを一式選ぶことにした。その際、高校生がさらっと出せる金額ではなかったが、朔はあっさりと会計へと向かったことには多少驚いた。それから三人で談笑しながら洒落たカフェでお昼ということに。
「はい」
「ん?なぁにこれ」
お互い席に着いた状態ですでに頼んでおいたものは揃っている。その前にと風花は包装された箱を朔に差し出した。
「プレゼントだよ。中身はお家に帰ってから開けてみてもらえると嬉しいな」
「え!いいの!?今日は私の買い物に付き合ってもらったのに……」
申し訳なさそうに眉を下げる朔に風花は小さく微笑んで首を振った。
「そんなこと気にしないで。私も朔ちゃんと一緒に回れたし。それに、ここ最近、物騒な事件とか多いから心配なの」
「………」
そういうと朔は意味深に黙り込んでしまった。綾時は静かに口を挟まず紅茶を飲んだ。
巷で賑わっている精神暴走事件は当然シャドウワーカーとして無関係ではないと考えているようだがそう安易に乗り込めないらしいので今の所様子見と言ったところか。
風花も美鶴から朔の通う学園での事件は耳にしている。学生が飛び降りをするなんて精神的に追い込まれていたとしか考えられないと推察されるが、ショックを受けた本人に今言えることではない。風花は誤魔化すように苦笑した。
「ゴメンね、私の勝手な心配押し付けちゃってるよね……。でも覚えていて。私は朔ちゃんの味方だよ」
「え?」
「美鶴さんはやっぱり立場ある人だから時には厳しい選択を強いられることもあると思う。それがどんなことであれ、ね。朔ちゃんはどう受け止めてるか分からないけどその歳でシャドウワーカーに非常勤とはいえ所属することになったのも朔ちゃんの能力買っていると同時に保護する意味でもあると思うの。私達は普通とは無縁の生活をしてるから。きっと知らない頃の私に戻ることはできない。きっと一生付き合っていくものになる。……だから、朔ちゃんには出来るだけ『私達の時のような体験』はさせたくない。してほしくない。皆ね、自分たちなりに朔ちゃんを守ろうとしてる。その気持ちは分かってあげて欲しいの」
大人の仲間入りを果たして初めて分かることがある。それは大人には大人のルール『縛り』があること。それがあって初めて秩序が保たれている。
高校生だった時とは違う、重い責任を持っていることで為せることもある。そう受け止めるようになれたのはすぐにではない。だからこそ、美鶴の気持ちも理解できるし、朔の気持ちも分かる。
朔が美鶴に対して複雑な想いを抱いていることは知っていた。けれどあえて言葉にすることは避けていた。
「………風花姉は……美鶴さんを信頼してるんだね。……でも私は、私が、佐倉朔ってことじゃなくて桐条美鶴にとって『必要な駒』だからあの時助けてもらえたって思ってる」
「朔ちゃん、それは」「朔」
咎めるように風花と綾時が声を揃えた。だがそれを遮るように朔が少し声を荒げて言い返す。
「分かってるよ。自分が卑屈すぎるっていうのは。でもさ、そう思わなきゃ、割り切らなきゃやってられないよ。普通の佐倉朔だったらとっくに死んでる。あの火災の中で焼け死んでるよ。でもヨシノタユウがいてくれたから私は今生きてる。生きて、自分がやらなきゃいけないこと(復讐)を実行できる立場にいることを感謝してる。だから美鶴さんにどう思われようと構わないんだ、私は」
自分に言い聞かせるように朔は強く拳を握りしめた。
当時の事件のことは風花も知っている。捜査関連の資料を美鶴から渡された時その内容があまりにもずさんすぎるものだった。まるで朔が一方的に悪いかのように決めつける扱いには憤りを覚えたものだ。
権力ある者の事件改竄による隠ぺい工作。弱者を貶める強者のたくらみには反吐が込み上げるくらいに。その事件の被害者ともいえる朔の心境を察することなど風花にはできない。彼女が受けた精神的苦痛を癒す術を風花にはないからだ。
「「………」」
「ゴメンね、雰囲気暗くしてさ。さぁ、食べよう?せっかくこんなお洒落なとこきたんだから美味しそうなの全部食べなきゃ!」
やや強引ではあるが声を弾ませて話題を切り替える朔に風花も空気を読んで掘り返すことはせず「そうだね」と相槌打って久しぶりに他愛もない話題で盛り上がっての食事を楽しんだ。
自分が考えていたよりも朔は大人の考えを持っている。それも割り切った感情と一緒に。そういった要因が彼女から笑顔を奪って行ったのではないかと思わずにはいられない日になった。
【私が彼女にしてあげられることは一体何なのか、改めて考え直さなきゃ】