笑えない少女とニュクスとワガハイ猫と。   作:サボテンダーイオウ

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四月二十九日・モルガナ

佐倉朔と奇妙な縁で繋がりを得ているモルガナは自身の目的よりも彼女を優先することが多くなった。勿論、己の一番の目的は人間になること。これは譲れない。理想とする人間になって、意中の人へ想いを告げること。

そしてタルタロスの最下層に向かうことも忘れてはいない。その努力も日々重ねている。

だけど、どうしてか、たまにその優先させるべき想いよりも、ごくたまに彼女の方を気に掛けていることがある。それは彼女の辛く悲しい過去を綾時から教えてもらったことで引き起こされているわけではない。言い訳のように聞こえるかもしれないが実際にそう思ってる。

朔が受けた屈辱やあまりに悲しすぎる別れは負わされたレッテルなどモルガナにとって怒気を抑えがたいものばかりだった。もし、自分なら許せない、この力を利用して復讐に走っていることだろうとも考えてしまうくらいに。

だからもし、朔が実行したいと密かに願っているとしたら自分に止めることが出来るだろうかと悩むこともある。今後、そのようなことがないよう願うことしかできないのが心苦しい。

 

最初の出会いから不思議な少女だと思った。あのような不可思議な場をたじろぐ様子もなくむしろ堂々と自分と向き合い話し合う姿は、モルガナの中で強く印象に残っている。

その生い立ちも性格も行動もひと際目を引く中で朔は自分を貫き通している。いや、他人の目を気にするという現代社会の中を己の旗を掲げて一人奮起しているのだ。その手段の一つとしてペルソナが彼女の強さより際立たせている。自分と同じペルソナ使いということに喜びもしたが、朔のペルソナ能力は自分の力を遥かに上回るものだった。普通なら己=一体という根底を覆しいくつものペルソナを所有、綾時に言わせるなら【ワイルド】の力らしいが、それを呼吸するようにいとも簡単に使いこなす。17歳という若さですでに戦闘経験豊富であることも驚いたもので独自の戦闘スタイルには度肝を抜かれた。レン達は自分の仮面を脱ぐ、つまり普段の自分から社会に反逆する者として変化するという意味で仮面を剥ぎ取って戦うが、朔がペルソナを召喚するやり方は専用の銃で自分の蟀谷を打ち抜くというやり方。モルガナにはそれが自殺行為にしか見えず思わず止めに入ったくらいだった。

だが慌てるモルガナに綾時は『これが朔の覚悟なんだよ』と共に静観するよう求めた。いつになく真剣な表情にモルガナは伸ばしかけた腕をだらりと下げ、心配そうに朔を見守った。視線の先で朔、いや、コーティザンは声高々に叫んだ。

 

『行くよ、ヨシノタユウ』

 

細い指が引き金を躊躇いなく引くとパリーンと何かが割れたような音と共に青白い花びらがコーティザンの背後へ集まって一つの形を創りだす。最もコーティザンが信頼を置けるペルソナ、ヨシノタユウである。

その姿、優美でありながらどんな相手でさえも虜にしてしまうような妖艶さを放つ花魁のペルソナが彼女を愛おしそうに自分の袖の中にコーティザンを囲おうとする。顔を寄せてコーティザンの耳元に何かを囁きかける。コーティザンはそれに一つ二つ頷きヨシノタユウの白い手を擦って応える。ヨシノタユウはくすぐったそうに小さな声で笑った。二人『一人』にだけしかない絆の証は見ていて異様と感じられる。モルガナ達はペルソナ達の力を信用してはいるが、あのような仲睦まじい姿のやり取りなど全くと言っていいほどない。朔だから特別なのか、それともペルソナ自体が特別なのか。モルガナの頭脳では理解しがたいものだ。朔を守るようにふわりと彼女の前に降り立つ。それにならって禿と呼ばれる小さな少女も音もなく降り立つ。それぞれが持つ道具は本来の形にとらわれず強力な武器となる。回復や一撃で敵を薙ぎ払う技など多彩なバリエーションを所持しているペルソナだけあって貫禄というものがあった。ファルロス曰く、コーティザンが最初にペルソナ使いとして覚醒するきっかけとなったペルソナだという。だがその説明をするファルロスの横顔は何処か複雑そうだった。

 

『元々【ヨシノタユウ】はあの姿ではなかった。僕が初めて見た時、彼女は子供の姿だったよ』

 

『成長型のペルソナってことなのか!?まさか、そんなことが』

 

『だろうね。僕も湊も驚いたさ。あの時は……』

 

『アレは特別ってことか』

 

『そうだね。コーティザンだからこそ従っている。いや、自分を従えるって言葉は間違っているか。……なんにせよ、彼女には気を付けた方が良い』

 

『どういうことだ』

 

『言葉そのままの意味だよ。彼女はコーティザンの敵になる者は自分の意思で排除することも動作もないだろうさ。なんせ、コーティザンはヨシノタユウなんだから』

 

たった一人で複数のペルソナらを倒すコーティザンの背中を、いや正確にはヨシノタユウを厳しい視線で見つめながらファルロスはモルガナに忠告をした。ごくり、とつい喉を鳴らしヨシノタユウの背を見つめるモルガナは一度だけ振り返ったヨシノタユウと視線が合い、全身の毛がビビビッと逆立った。いや、視線など合うはずがない。ヨシノタユウは瞼を閉じている状態なのだから。だが確かに彼女の視線をモルガナはその身に感じたがそれもすぐに興味を失ったようですぐに戦闘へ向けられた。

 

※※

 

くたびれて帰ったら朔はいない。双葉もいない。双葉のパレスに行ってくるという書置きを無表情で手に取って見下ろす綾時から問答無用で首根っこ引っ掴まれ双葉のパレスに連れ込まれ、無限に広がる砂漠をモルガナカーとして走らされている。運転席にはファルロス、後部座席にはジョーカー。外もクソ暑いというのに室内も黒服に身を包む男二人がいるとなお暑苦しい。朔が双葉に対して過保護ともとれる接し方をしていたのは分かるし、朔なりに愛情を注ごうとしていたのは理解できる。だがもう少し待てと叫びたい。せめてファルロスの到着を待ってもよかったのではないかとモルガナは今ここにいない朔を恨んだ。

 

「なんで君も来るかな」

 

「お世話になってる身ですから」

 

ニコニコと場違いな笑みを浮かべてそう答えるジョーカーに対してファルロスの機嫌がさらに急降下していくのが分かる。それはなぜか?先ほどよりも車の室温がやや冷えてきている。冷房ガンガンきかせているというよりファルロスから発せられるオーラのようなものがエアコン効果を発していると考えられる。ジョーカーは快適だと言わんばかりにファルロスに話しかける。その会話を続けていく内に段々とおなかが冷えそうなほど室内が寒くなって来た。モルガナはその冷え冷えに耐え切れず、ついに動きを止めてしまった。

 

『は、腹痛い……』

 

「モルガナ!」

 

ボフン!とモルガナは元の姿に戻ってしまう。その所為で二人は砂浜に投げ出されてしまう。が!無様に尻餅つくことなくしっかりと着地する辺りスタイリッシュである。

ファルロスは困ったように焼けつくような日差しを手で遮りながら辺りを見回した。どこ見ても、砂、砂、砂しかない。

 

「朔の気配はするんだけど、この辺かな」

 

「大丈夫、モルガナ?」

 

「うぅ」

 

ジョーカーは腹を抑えて蹲るモルガナを抱き上げた。モルガナはお前らの所為だと言いたかったが、声に出せない辛さがあり呻くしかできない。そして腹が痛い。そんなアンバランスな三人であったが、誰よりも朔レーダーに敏感なファルロスが何かに気づいて声を上げた。というかジョーカーからでも確認できるものが確かにあった。かなり距離はあるが向こう一帯だけ吹雪(ブリザード)が発生しているのだ。砂漠地帯なのに。そこに何かいるのは確実である。

 

「あそこにキングフロストがいるのは僕の目の錯覚かな」

 

「キングフロスト?この砂漠地帯に?」

 

眉間を抑えて瞼を瞑り軽く頭を左右に振るファルロスは疲れたようにため息を一つついてある仮説を立てた。

 

「……ふぅ。まー、移動途中でバテて彼の中に避難したっていう筋書きが有力かな。さて、行こうか」

 

「分かりました」

 

ほとんど正解である。

素直に頷いてマントをなびかせて目標に向かって走り出すファルロスに続いてモルガナを抱えてジョーカーも走り出した。普通に考えたら砂浜を走るなど無謀ともいえるし砂に足がとられて思うようにスピードも出ないはず。だが二人はまるで水面を蹴って行くがごとく軽快な走りで吹雪(ブリザード)地帯へ向かった。そんな中、ジョーカーは一応走る衝撃がモルガナに伝わらないように配慮していたりもした。

 

その後妙に偉そうなキングフロストとの一方的な戦闘が開始されたが、あっという間にボコボコにされキングフロストは『ヒホォ~ヒホォ~』泣きながらへこへこ謝っていた。キングという名に相応しくない謝り方だった。たとえ朔のペルソナだろうと迷惑を掛けている奴に対して容赦はないらしい。普段の過保護っぷりが嘘のような清々しい一方的な戦い方だった。戦力差を見せつけられた。ちなみにジョーカーは傍観に徹していた。ファルロスの力がどのくらいのものなのか見物するくらいの気持ちだったが、そこはファルロスの方が一枚上手だった。自らの手札を明かすことなくあっさりと倒した。ファルロスは満足げに一つ頷いてキングフロストに鍵を開けるよう促す。というか命令する。

 

「開けて」

 

『ハイ!ヒ~ホ~ォ~~!』

 

解錠された扉がギィ~~と音を立てて開いていく。すると最初に顔をひょっこりと覗かせたのは……『ヒホ!』……ジャックフロストだった。しかも一体だけではなくわらわらと『ヒホ』『ヒホ』『ヒホ!お客さんヒホ~』と興味深そうに顔を覗かせてくるではないか。ファルロスはイラッとしたようで無言でドアに手を掛けてジャックフロストを押し退け中へと強引に入り込んだ。その際、ジャックフロスト達をぐいぐい乱暴に押して入ったので彼らはドミノ倒しのように倒れた。

 

『痛いヒホ~』『酷いヒホ』『人間じゃないヒホ』『妖怪ヒホ』『お腹空いたヒホ~』

 

個性的なジャックフロスト達をかき分けてかき分けて進むとようやく目的の人物と再会することができた。当の本人は暢気にジャックフロスト達とポーカーをやっている。

 

『フルハウスヒホ!』

 

『オオ~』『負けたヒホ……』

 

「甘いわ!ロイヤルストレートフラッシュ!」

 

『初めて見たヒホ!?』『負けたヒホ~』

 

「フッフッフ、勝つって気持ちがいいわね」

 

『爽快そうだけど自分自身に勝っても微妙ヒホ』

 

鋭いツッコミに朔は聞こえないふりをした。

 

「朔」

 

「綾兄モナに雨宮君も来てくれたんだっていたいたい~」

 

そう言って立ち上がった朔にファルロスがまず初めに朔にしたことはほっぺをつねること。そして言い聞かせるように尋ねた。

 

「まず僕に言うことは?」

 

「ごめんなさい~~」

 

これで終わりではない。促すように目を細める。

 

「それと?」

 

「もうしません~~」

 

まだまだ。反省だけさせても意味はない。

 

「それだけ?」

 

「来てくれて嬉しいです~~」

 

「よし」

 

感謝の気持ちを忘れちゃいけない。

ファルロスは満足したように手をパッと離す。朔は恨みがましい目で痛そうに赤くなった頬をさすり、ジト目でファルロスを軽く睨む。

 

「容赦ないし」

 

「ちゃんと待ってたから今回は見逃してあげるけど次はないよ」

 

「はい」

 

しっかりと最終宣告を受けた朔はがっくりと項垂れた。そんな朔の背中にへばりついてびくびくしてはいるが、逃げようとはしない双葉は怪しいコスチュームの男二人に眼鏡を光らせて警戒心を露わにしていた。

 

「朔、朔!変人が二人もいる」

 

「ああ、大丈夫。仲間だから。恰好はアレだけどまともだよ」

 

双葉を安心させるようにフォローする朔だが、双葉は黒づくめ二人をぷるぷる震える指で指し示した。

 

「ホントか!?だって、だって……タキシードだぞ!しかもシルクハット被って仮面付けてどこぞの国民的アニメに出てきそうなコスプレだし!その内美少女なんちゃらも出てくるんじゃないのか!?」

 

「そこはツッコまないであげて。それと妙なフラグ立てないで!」

 

面倒ごとには関わりたくない朔は青白い顔で耳を塞ぎ始めた。ジョーカーは興味深そうにジャックフロスト達を観察し始めた。そしてアイスを差し出されると断る事なく礼を言って食べ始めるくらいに余裕はあるようだ。

モルガナはよくこんな寒い場所でアイスなんか食えるなとおなかを抑えながらジョーカーから離れる。見ているだけでも寒い。というか早く出たい気持ちが勝った。お腹を抑えながら朔の目の前に移動する。

 

「……ったく。ワガハイがいないとサクはまるっきりダメだからな!」

 

「うん。……そういえば前にも同じ台詞を聞いたような」

 

朔はそう言ってモルガナと同じ視線になる為にしゃがみ込んだ。モルガナは誤魔化すようにニカッと笑った。

 

「そうか?まー気にするな」

 

「そうだね」

 

「猫が喋ってる!?なんで!?なんで?」

 

双葉はもうパニック状態だった。変人はいるし、朔のペルソナというのは個性的過ぎて強烈だし、猫は喋るは周りのジャックフロスト達はマイペースに『ヒホ!』『ヒホ!』と歓迎の踊りをし始めるし。もう何が何だか分からず涙目になる。だが朔はモルガナが褒められたと勘違いした。

 

「そう!モルガナは喋れる猫なのよ!すごいのよ!モフモフなのよ!」

 

得意げに語る朔にモルガナは腹の痛みを一瞬どこかに放り投げて

 

「ワガハイ猫じゃねぇ!」

 

とお決まりの台詞を叫んだ。キングフロストのお腹から出るまでかなり時間が掛かった、ような気がする御一行。ようやく双葉のパレスへ行こうかなってところでモルガナのお腹がコロコロと急変し、

 

「ワガハイ、もう無理ぃぃ!」

 

産まれたての小鹿のようにプルプルと震えお腹を抑えるモルガナの切なる願いにより急遽現実世界に戻ることになりまた振り出しに戻ることになった。

 

【腹巻してリベンジすることになったモルガナ】


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