笑えない少女とニュクスとワガハイ猫と。 作:サボテンダーイオウ
佐倉朔に父親はいない。
だが父親『候補』ならいた。私もその人がいずれ父親になるのだろうと思っていた。生まれた時から父親という存在を知らず、他の友達の父親を、家族寄り添い微笑みあう姿がいかにも家族愛に包まれた家庭であると羨ましく思っていた。だが残念ながら彼は『候補』で終わってしまった。
飛び降り自殺だそうだ。見知らぬ大人達に囲まれての葬式の帰り道。夕暮れに沈む遊歩道を歩いている途中。私と手を繋いで歩いている母さんはおもむろに歩みを止めた。
「―——馬鹿ね、あの人は」
「お母さん?」
小首傾げて母さんを呼ぶ私。母さんは夕暮れをじっと見つめていた。
「……ほんとう、馬鹿な人…」
母さんが死を理解していない子供の私を胸に抱きしめてそう、寂しそうに囁いた。
誰に向けての言葉なのか、その時の私には理解できなかった。ただ、いつもつまらないダジャレを言うおじさんはもういないんだ、とぼんやり思いながら母さんの温もりに身を委ね瞼をゆっくりと閉じた。
そのおじさんはいつもくだらないダジャレを披露していた。本当にくだらない。今思い出しても凍り付きそうだ。
だが当時!純粋無垢だった私はおじさんの自信に満ち溢れたそのダジャレを保育園の友達などに毎回披露していた。そのたびにつまらないと言われて毎回次の新作新作!とおじさんと会うたびに飛びついてせがんだ。おじさんは私の反応を喜んでは本当にくだらないダジャレギャグなど考えてきてくれた。だが小学生に上がる頃、私のマイブームからおじさんのダジャレは過ぎ去って過去のものとなっていた。だから次第に冷めた反応を返すようになる。それでもおじさんは毎回何かしらのプレゼントと共にギャグを披露する。きっと生きがいだったのかも、なぁんて後から考えた。
小学校に入学することになった時もおじさんからピカピカのランドセルを買ってもらった。ファミリーレストランでいつものように待ち合わせをしてそこで真っ赤なリボンであしらわれた箱を受け取って私はすぐにプレゼントだと直感した。
「はい。入学おめでとう。朔ちゃん」
「うわぁ!ありがとー」
大はしゃぎして喜ぶ私に母さんは申し訳なさそうにおじさんに礼を言った。こら、静かにしなさいと窘められながら。
「こんな高価なものまで……、本当にいつもありがとうございます」
「はは、いいんだよ。僕が好きでやっていることだから」
そう言っておじさんはランドセルを胸に抱きしめて嬉しそうに笑みをこぼす私を優し気に見つめた。幼い私には二人のやり取りは難しすぎてよく理解できなかった。だから二人の会話を聞くだけで精一杯。
今思えば、二人は大人の関係だったのだろう。
「でも……、もう、今回限りでやめていただきたいんです」
「………迷惑、だったかな」
「いいえ、そういうことではないんです!そうではなくて……私には、もう貴方に協力できることが無くなりました」
「………それは、どういう意味だい」
「……あの子が、いなくなりました」
「なん、だって…!?」
「もう姿も、声も、聞こえなくなりました。この力は『遺伝』するかもしれないんですよね?もしかしたら、朔の所へ現れるんじゃないかって……怖くて、怖くて……」
母さんは急に怯え始めて不思議がる私を抱きしめた。おじさんは怖い顔をして私達親子を見つめて、一言何かを決断するかのように母さんに言った。
「一緒に逃げよう。どこか遠くへ」
「逃げる?逃げるってどこへ?あの子はどこにでも現れる。『影時間』が続く限り私達に逃げ場はないわ!」
声を荒げる母さんにおじさんも怒鳴り返す。
「じゃあどうすればいい!?君は朔ちゃんがどうなってもいいっていうのか?」
「そんなことあるわけないっ!でも、……このまま貴方と一緒にいると怖いんです……。耐え切れないんです。お願いです……。もう、私達親子に関わらないでください。……お願い」
母さんは震える体で私にしがみつくように抱きしめてきた。
おじさんはショックを受けたように固まった。
それから絞り出すような声で呟いた。
「…………それが、君の答えなんだ」
「……はい……」
「分かった」
そう言っておじさんは会計の札を持って立ち上がった。私はなんだか可哀想で「おじさん」とよびとめた。
「いいかい。朔ちゃん、その子の名を言ってはいけないよ。その子に気づかれてはいけない」
「誰のこと?」
「分からない。彼女の言葉を聞くことができないんだ。朔ちゃん、君は素質がある。けどあの子は『駄目』だ。僕の所為で君達親子を巻き込んでしまった事、本当に申し訳ないと思っている。でもこれだけは言わせて欲しい」
おじさんは少しだけ顔を振り向かせた。
「………」
「僕は、君達と過ごせて幸せだったよ」
そう言い残しおじさんは会計を済ませて出て行った。私達が会ったのはそれっきりになる。
おじさんにしては、偽りない朗らかな笑みが最後に印象に残っているなぁ。
※※
ついにやってきたピラミッド。ここへ至るまでの道のりは決して近くはなかった。
まず朔と双葉が二人でパレスに向かおうとするも砂漠の暑さにばてて一時避難し、その後に朔の後を追いかけてパレス入りをしたモルガナ達もトラブルにより一時足止めをくらうも無事に朔達を発見することができた。思わぬ戦闘もあったが無事に再会を果たす。が、モルガナの体調不良により急遽パレスを出ることになってしまった。それからモルガナの気持ちも落ち着き再びフタバパレスを目指すことになった。
今度は寄り道なしで。今度こそ適度な冷房が効いているモルガナカー内で、ファルロス運転の元、その隣にジョーカー、後部座席に怪盗化していない朔と双葉が並んで座っている。
怪しい二人の隣なんてヤダ!との双葉のお願いで朔の隣におさまっているのだが、ここでも双葉は朔の腕にガッチリ腕を絡めて離れようとはしなかった。だが多少周りの景色に感心を寄せるくらいの余裕はあるようで、朔も内心一安心だった。
「それにしても双葉のパレスって広いのね」
「わたしも、ここが自分が創りだした世界だなんて思えない…」
戸惑いを瞳に浮かべて双葉はぽつりと呟いた。ある程度の事情を知っていたファルロスは
「そうだね、人の内情を知ることができる自分しかいない。けれど本人が一番自分のことを理解していないことの方が多いと思うよ。そのズレが認知世界に大きく関係しているんだろう。君の場合は事情が事情なだけに敵も甘くはないはずだ」
とこの先の展開を厳しく見据えている様子。無防備な赤子のような双葉を守りながら最終ボスと戦うとなるとかなり時間の浪費を食うだろう。だが朔はたとえ時間が掛かろうともパレスから出るとは言わないはず。それを分かっている上で無駄なくこなしていかなければならないとファルロスは朔にこう続けた。
「朔、今回は僕はサポートに回る。双葉ちゃんは僕に任せて朔はドンドンパレスを攻略していくんだ」
「うん。分かってる、双葉のことお願い。それと雨宮君も協力お願いします」
そう言って朔は真剣な表情で頭を下げて助力を求めた。ジョーカーは「当たり前だよ」と朗らかに微笑む。モルガナも勿論『ワガハイもやるぞ!』とやる気に満ちた声を上げる。
朔は頼もしい仲間達に感謝しつつ、不安がる双葉に
「大丈夫。私が双葉を助けるから。だから一緒に頑張ろう」
と励ました。双葉は何度も「うん、うん!」と頷いてぎゅっと拳を握りしめた。
※
目的地であるピラミッド前に到着した朔達はまず入口を探索することにした。朔が怪盗化しないことも問題ではあったが、ペルソナを使う上で支障はない。ファルロスは朔専用の召喚銃とホルダー、そして湊から朔へと受け継がれた武器を手渡す。それをしっかりと装備して自分が背負っていたリュックは双葉に背負わせた。
「ふた、重くない?」
「だ、大丈夫」
やや緊張気味の様子だがやる気はあるようだ。ぎゅっと拳を握って眼前にそびえる巨大ピラミッドを眼鏡越しに睨みつけた。
これからトレジャーハンティングする気満々である。そして朔も双葉のパレスの中がどうなっているのかドキドキである。
「それじゃ、レッツゴー!」
「なんかピクニックみたいだな」
鋭いジョーカーのツッコミはスルーした。
※
難なく行ける。
そう、油断してた。過信してた。
最近連戦勝利してたし、無敗記録達成なんて調子に乗ってた。
避けれなかった。
吹き飛ばされてどこかに強く頭を打って私はその場で意識を手放した。
私を抱き起すファルロスの腕に必死に私を呼ぶモナの声、双葉の泣き叫ぶ声、ジョーカーが怒りをあらわに激高しペルソナを呼び出す仕草。
でも、忘れていた出会いを思い出した。
ああ、思い出したんだ。
あの子と出会ったのはほんの偶然だった。
その日は寒い寒い小さな雪が降っていた日だった。傘を忘れてしまった私は学校から急いで帰った。鼻先を赤くして母さんが編んでくれた手作りのマフラーを風になびかせて。
おじさんが買ってくれたランドセルをガシャガシャ揺らして。
ふと、道路の真ん中で蹲っている着物姿の女の子を見た。寒いはずなのに、足元は草鞋でおかっぱ頭で寒そうに体を縮こまらせていた。
私は違和感を覚えたけど寒そうに凍えている女の子を放っておくことはできなくて、普段通りがある道路なのに人っ子一人の陰すらいないことに違和感を覚えずにその子に近づいた。
その子は独り言をつぶやいていた。可愛い声だと思った。でも泣いていた。
「誰もわたしに気づかない。誰もわたしの声を聴いてくれない。誰もわたしを感じてくれない」
啜りなきながら誰かに気づいて欲しいと訴えた。何度も何度も。私はここにいるのに、まるで見えない壁に阻まれているみたいに少女は私という存在に気づいていなかった。
まるで私の声が届いていないみたいに思えて気が付けば尋ねていた。
「なんで泣いてるの」
「………」
少女は返事を返すことはなく、繰り返し「寂しい、悲しい、苦しい、助けて」と心の悲鳴を上げる。
「………ねぇ、どうしたの」
「………ああ、寂しい、ああ、悲しい……ああ、寒い……寒い」
「寒い?…そっか。…「ゆき」が降ってるから」
掌に舞い落ちては体温で溶けていく雪。
そう、私は天から降るものを口にしただけ。だが初めて少女が反応をした。バッと顔を上げたのだ。
「!」
「わっ!」
私は吃驚して声を上げて後ろに下がった。少女は私をじっと見つめ音もなく立ち上がる。
「わたしの名前を呼んだのは、あなた?わたしを呼んでくれたの?ああ、嬉しい!ついに、ついにわたしの声を聴いてくれる子が現れた!」
「え、名前?」
「呼んでくれたでしょう。わたしの名前を」
少女は嬉しそうに笑ってそういった。
「呼んだっけ?」
「うん。呼んでくれた」
先ほどまでの悲しそうな声などしていなかったように満面の笑みを浮かべるゆきちゃん。だが着物だけでは寒いだろう。だって足元は下駄のみだ。
「それより寒くない?これ貸してあげる。母さんが編んでくれたマフラーだよ」
自分の首からマフラーをほどいてゆきちゃんの首に巻いてあげた。ゆきちゃんはきょとんと眼を瞬かせた。
「いいの?貴方は寒くないの?」
「大丈夫!こうみえてわたし元気だよ」
元気一杯だとアピールする私にゆきちゃんはマフラーをぎゅっと握って「……あたたかい……」と顔をほころばせた。
「でしょ?」
「うん。貴方が私を見つけてくれて、私を温めてくれて、嬉しい」
「ゆきって名前なんだね」
「そう。私は雪。朔、貴方はこれから私が守るわ。私の唯一。私のワタシ」
「守る?」
私の名前は当然告げていない。けどゆきちゃんは確かに私の名前を呼んだ。
白い手が私の頬に伸ばされる。冷たくてひんやりとしていて、そう雪のような手。
「そう。貴方が私の名前を呼んでくれたように。貴方が危機に瀕した時、貴方を守るわ。貴方を守れるように強くなるから。だから私を裏切らないで。私を傍に置いて。もう、一人は嫌」
「……だいじょうぶ。わたしはゆきちゃんの友達になってあげるよ。それなら寂しくないよね」
「友達。そう、私達は友達。ずっと、ずっと一緒にいる。貴方の小指の先は私の小指の先に繋がっている。誰にもその赤い糸を断ち切ることはできない。」
雪ちゃんはそう言って私の首に腕を回して抱き着いてくる。抱きしめる力が子供の私には耐え切れないほどに痛かった。
「ゆきちゃん?痛いよ」
「朔。ああ、私の唯一………。貴方は私。ワタシはアナタ。ここに契約を結びましょう。決してほどけぬ様に絆を結びましょう」
耳元で囁く言葉はまるで子守歌のように聞こえて私は急激な眠気に耐えられなかった。体から力が抜けていく。
ううん、吸い取られていくみたいだった。
「……あれ、きゅ、うにねむたくなっちゃった……」
「だいじょうぶ。大丈夫。貴方はただ、私を受け入れるだけでいいの。ありのままの私を、————受け入れて。そして、その器を……」
最後の言葉は聞こえなかった。でも確かに私達は繋がった。そう、感じた。