笑えない少女とニュクスとワガハイ猫と。   作:サボテンダーイオウ

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絶望の檻

「なんと美しい白き姫だろうか」

 

純粋無垢な白き姫に一目惚れした模様の小人Cはとても醜く小人の中で一番ひ弱だった。仲間内で一番最後に仲間入りした小人Cだったが、小人たちとの関係は良好だった。頼りなさげに見えて実は誰よりも頭がキレる存在で仲間内の危機を何度と救ったことか。そんな小人Cが白き姫に恋をした。

 

それも傲慢王の姫に。

 

孤立した森の中で本性を隠した腹黒姫はそれはそれは清楚で可憐な姫を演じた。すっかり騙されてしまった小人たちは喜んで白き姫を家へと招き入れた。掃除洗濯家事炊事なんでもござれ!と白き姫は言わずに私、お母さまに痛めつけられることが怖くて掃除洗濯家事炊事ができないのと涙ながらに両手を組んでみれば、小人たちはコロッと表情を緩めて白き姫に何もしなくていい居候権を与えた。所謂、自宅警備員という奴である。

白き姫は自宅警備員という肩書を大層お気に召し、喜んで小人たちのベットに横になっていびきをかいて寝た。

そのいびきで小人たちは夜も眠れなかったという。仲間内で誰もが不平を漏らす中、小人Cだけは

 

「なんて素敵な響きなんだ。まるで腹の底から唸り声を上げているかのような音だ。一生聞いたら忘れられないほど僕の脳を麻痺させてしまうよ」

 

とべた褒めしていて他の小人たちは軽く引いていた。

 

【まるっきりべたぼれ?】

 

※※※

 

忘れることなど、できやしない。

忌々しい、過去を。

 

『いや、…やめ、てぇ……!!』

 

薄暗い店内、アルコールの匂いとむせかえるような熱気、臭いタバコの煙。テーブルに無造作に投げられた数本の注射器と何かの液体。

電灯の球が切れかかっていてついたり消えたりを繰り返している。

気持ちよくなる薬だと言って注射を打たれようとされたけど男の手を蹴とばして注射器を拒んだ。すると舌打ちし「生意気じゃん、そんな子猫ちゃんにはお仕置きが必要だねぇ」と下卑た笑みを浮かべ指をパチンと鳴らした。すると複数の男たちが一斉に私を取り囲んで体の自由を奪いにかかった。

 

あの、身の毛もよだつような、私の全てを、蹂躙される瞬間のあの下卑た男たちが私を見下ろす顔。手足の自由を奪われ叫ばぬよう制服のネクタイを丸めたものを口に詰め込まれナイフを突きつけられながら制服をはぎ取られていく感覚。私に群がる男たちの後ろでいい気味だと言わんばかりに鑑賞している女子。

 

『っ……!!』

 

嫌だ嫌だ!と何度も首を振って涙を零して助けてと頼んだ。

けどその女子は助けてくれなかった。

 

あの目、あの表情、心を抉り取られる痛覚。

 

ワスレルコトナドデキルモノカ――。

 

「…っあ、ああアアア―――」

 

「朔!」

 

「アアアアアアアアアアアァァ」

 

何度も何度も夢の中で同じ体験を繰り返し、犯される手前で私はベッドの上から目が覚める。夜中、涙を零し悲鳴を上げながら取り乱す私を綾兄は「大丈夫、大丈夫だから」何度も言い聞かせ抱きしめてくれる。収まるまで、ずっと。

 

そのたびに、私はこの世の全てが滅べばいいと心底願う。

髪を撫でてくれる綾兄の胸に縋りついて、何度も何度も。

 

【悪夢に囚われ続ける私】

 

 

不憫でならない。朔の傷ついた心は癒えることはないと分かっているからだ。

生きていく上でずっとこの傷は朔を追い詰め続けるだろう。

たとえ、復讐を果たしたとしてもだ。

本当なら心優しい子のはずなのに、自分を偽って何事もないように振舞おうとする。惣治郎さんにいらぬ負担をかけまいとしているのだ。

体も、心もボロボロで、それでも歩き続けようとしているのは、一重に復讐のため。

 

それだけが朔の心の支えで、歪み切ったそれは朔の心を蝕みつつある。

 

その証拠に朔のペルソナは瞼を閉じたまま。側に控える禿の目元にも布が巻かれている姿は禿の未来を奪っている暗示だ。成長を拒み視界を閉ざすことで己を保とうとする。

もう一人の自分を朔は笑顔で出迎える。

それが当たり前だというように。

 

もう少し、早く朔の元へ来れたらこうはならなかったのかな。

僕が朔の元に来れた時はすでにあの事件はすべてなかったこととされた。謎の出火原因により火事。死亡者、怪我人が出たがその原因は明らかにされず、火事の生存者である容疑をかけられた朔は一時警察に保護と称して身柄を拘束された。だが証拠不十分と扱われ惣治郎さんが迎えに行った時には厳しい取り調べや自白を強要しようとされ精神的に追い込まれ廃人同然の状態だったらしい。

朔の母親は、朔が拘束されている間に病院のベッドで病死したらしい。原因は事件をテレビに取り上げ、過剰報道したマスコミが病床にあった母親の元へ取材するという卑劣極まりない行為により病状は悪化し、加えて犯人扱いされた朔の身を案ずるあまり心労も重なり医師の手当もかいなく亡くなったそうだ。その報告を初めて惣治郎さんから訊かされた時、朔は糸が切れたかのようにその場に泣き崩れたという。

 

僕が探し当てたある病院の一人部屋で久しぶりに見た朔は昔の面影すらないげっそりとやせ細り、目に光宿らぬ生きた人形だった。対人恐怖症と極度のストレスにより不眠症を負った朔は、一時体重が半分にまで落ち込んだらしい。

思わず言葉を失ったよ、その変わりように。

 

あの愛らしい少女がこうも様変わりしてしまうなんて、朔をここまで追い込んだ人間たちを消してやりたい衝動に駆られた。けど何とかその気持ちを抑え込んで朔の傍にいようと決めたんだ。

 

でも朔は僕が来たこともわからず、病室のベッドの上で一日中ぼうっとしていた。

実体化して何度声を掛けても反応すらなかった。気配を悟られぬようずっと朔の傍に控えていたけど、病室にやってくる看護師にさえ怯え身を竦ませていた。酷ければ物などを投げつける始末。そのたびに朔は手足を拘束され薬を投与され無理やり大人しくさせられた。

今でも、思い出せる。耳をつんざく朔の悲鳴、母さん、母さんと必死に母親を求め、手を伸ばす姿。胸を抉られる感覚だった。これを毎日、酷ければ数時間ごとに聞かなければならなかった。早く手を打たなきゃと焦る一方、あの時の僕はまだ世界に降り立ったばかりで力が戻り切っていなかった。精々、実体化が数日で数時間持てばいい方だった。

だから、もう少し、もう少しの辛抱だからと朔を励まし続け、自分の力を蓄えようと躍起になっていた。けど、僕の考えは甘かった。

 

朔はもう追い込まれるところまで追い込まれていた事実をまざまざと見せつけられたんだ。

 

ある日の静かな夜、それは誰も知らぬ間に起こった。

目撃者は僕だ。

 

朔のペルソナが現れ、朔を殺そうとした。

明らかな暴走だった。

ベッドの上に四肢を投げ出して朔は一切抵抗しようとせず、自分の首を絞めるペルソナを愛おしそうに見つめていて、異様と感じた。

 

僕が止めなければきっと朔はあの時死んでいた。

いや、死を受け入れようとしていたのかもしれない。

僕はあの子に生きて欲しくて無視されつづけていることも忘れてあの子に飛びついた。

 

「朔、朔!」

 

あの子が初めて僕を『認識』して言った言葉は、

 

「ころ、して」

 

だった。

掠れた声で、こけた頬につぅと涙を零して僕に懇願する朔を、やるせない想いで僕はたまらずに抱き寄せた。

 

「朔、もう一度だけチャレンジ、してみよう」

 

「……」

 

「もう一度、チャレンジして、駄目だったら一緒に行こう」

 

「いっしょ、に」

 

「うん。湊の所へ連れて行く」

 

「りょう、にぃ」

 

「ああ。僕はここにいるよ。もう君の傍を離れない。だから、今は、生きて……。僕の為に生きて……朔」

 

この子を必ず守ると以前誓った約束を僕は守れなかった。

今度こそは、必ず。

 

僕はペルソナの暴走の影響により気を失った朔を抱き上げて病院から連れ去った。このままここにいても良くなることはないと直感した。現にペルソナの暴走が起こったからには専門の施設で適切な処置が必要だと判断したからだ。……僕には行く当てが一つだけあった。かつての志を共にした頼もしい友人、桐条美鶴。彼女なら朔を救うことができるはず。僅かな望みを賭け、僕は夜の闇に身を溶け込ませた。

 

【生きる目的を与えて】

 

 

母さんは常々口癖のように言っていた。

 

『どんなことがあっても笑うことをやめちゃいけない』って。

 

でもね、母さん。私、笑えなくなっちゃった。あの出来事があって、母さんが殺されて、天涯孤独の身だって思い知った時、笑えなくなっちゃった。それどころか、視界に入る全ての生き物が歪んで見えたの。私、可笑しくなっちゃったんだよ。

あの時は。

 

私がこの世界から消えたいって願ってたら、私のペルソナ、ヨシノタユウがね。

私が可哀想だって、苦しませたくないって、殺そうとしてくれたの。

それで救われるって嬉しかったのに、急にヨシノタユウが悲鳴を上げてもがき苦しんで消えちゃったの。

なんで?って思ったら、誰かが私の名前を必死に呼ぶの。

 

誰だったか、忘れてた。

そう、昔の出来事さえどうでもよくなってたの。でも記憶の中に焼き付いてた。

 

綾兄。

もう一人、兄と慕った人がいた。あの人はどうしたのかな、なんてぼんやりと考えた。

ああ、そういえば綾兄は『死神』だった。

 

だったら綾兄にお願いしてみようって思った。だからお願いした。

 

ころしてって。

 

そしたら、綾兄、くしゃっと表情歪ませて悲しそうな顔した。

 

もう一度だけチャレンジしようって。

駄目だったら湊兄の所に連れて行ってくれるって。

 

綾兄、死神の癖に泣いてた。

 

死神が泣いてくれるなら、私まだ頑張れるかなってちょっとだけ生きる力が湧いてきた。

 

私の為に、泣いてくれる人がいるなら。

まだ私は、頑張れる。

 

まだ、歩けるみたいだよ。

 

母さん―――。

 

【私の心は、まだ完全には絶望に食われかけていない】

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