笑えない少女とニュクスとワガハイ猫と。 作:サボテンダーイオウ
『ああ、愛しい王子様。貴方の為に『わたしたちの国』を用意してみせますわ』
と白き姫は魔女暗殺を目論む。自分の中で創り上げた王子様に恋をして邪魔な存在である王妃を殺そうと考える。
小人たちのベッドは狭いし寝心地は最悪だし小さすぎて使えない。我慢して寝てやっているけど内装も飽きてきた。
白き姫は飽きやすく全てにおいて長続きしない。
そういう性分なのだ。他人からみれば贅沢な性格である。裏を返せばいつも全力で楽しんでいるということ。でもそれが他人から賛同を得られるかどうかは分からない。白き姫の場合は非難される部類にあてはめられた。
だが本人は気にしない。なぜなら悲劇のヒロインで姫だからだ。傲慢な王の娘は最初から後妻として入った王妃が気に入らなかった。自分より醜い癖になんでも卒なくこなすところが気に入らなかった。他人からの評価を気にしないでいつも自分のやりたいことをやるところが気に入らなかった。目障りだった。姫である自分よりも目立っていたし国民にも慕われていたから中傷する噂を流して嫌われるように仕向けた。そうしたらあっという間に王妃の人気はガタ落ち。声を上げて大笑いしたものだ。腹抱えてバタバタと足を動かして笑い転げた。
やった、やった!
これで私は一番になれる。誰もが私に注目する。
飽きない毎日が送れる。楽しいわ。胸が躍るってこういうことなのね。
白き姫は頬をバラ色に上気させて歪な笑みを浮かべ恍惚な眼差しで鏡に映る自分を見つめた。
「鏡よ鏡。世界で一番可愛いのはだあれ?」
「それは貴方よ、白き姫。ええ!私よ私なのよっ!」
魔法の鏡ではない、変哲もない鏡に映り込む自分にうっとりとしながら彼女は一人で二役を演じた。
そう、世界で一番なのは私。
狂った感情に支配されながら白き姫は狭い世界の中でクルクルと踊る。想像の王子様と手と手を取り合って永遠に踊り明かす。
きっと二人に用意された扉の先は永遠の楽園が待っていると期待込めて。
だが白き姫は知らない。
そのドアの先が永遠の楽園ではなく、死刑台への近道であったことを。白き姫は知らないのだ。
【さぁ、王子様。行きましょう】
※※※
佐倉惣治郎は、娘が一人いる。血の繋がりはなく、【ある事件に巻き込まれ亡くなった可能性の高い】友人の娘を引き取ったのだ。当初、彼女は親戚であるおじに引き取られたものの、見るに耐えかねない虐待の痕が目に見えたことに激怒した惣治郎がおじらから親権を金で買い取る形となってようやく娘、双葉は惣治郎の元で平穏を得られることができた。だがしかし、時すでに遅し。双葉は心に深い傷を負い、人との接触を拒み引きこもるようになった。保護者である惣治郎でさえ滅多に自分が篭る部屋に立ち入らせないという拒みっぷりだった。だがその少女にとって例外中の例外がたった一人だけいた。それが同じく惣治郎に引き取られた佐倉朔である。
「行ってきまーす」
「おう、行って来い」
惣治郎を知る人間が彼が朝からわざわざ外にまで出て姪っ子を見送るなど見たら目を丸くするだろう。それくらい佐倉惣治郎にとって目に入れても痛くないほど可愛がっている少女だとご近所の人やなじみの客からはそのネタで度々からかわれている。
今日も彼女は遅刻上等と言わんばかりにゆっくりと登校していった。
惣治郎は彼女の後姿が消えるまでルブランの入口で見送った。そして確かにいなくなったのを確認してようやく店の中へと入る。
カウンターテーブルには朝食カレーを食べ終わった小さな皿と、飲みかけの水が入ったグラス、それに朔用の数種類におよび薬が入った専用の網籠が置いてある。惣治郎はようやっと朝の一仕事が終わったと息をつく。
朔の場合、学校へ行くまで戦争なのだ。以前は惣治郎自らが起こしに行っていたがちょっとやそっとじゃ起きない。いや、語弊である。朔の場合、起きているが起きていないような状態なのだ。
目を開いて起きているように見えて、揺さぶっても反応はなくまるで心あらずといった風に朔は反応を示さない。朔が通う特殊の病院での医師による説明では【心を守るための盾】ではないかということだと分からないことを説明され頭を悩ませたものだ。
とにかく、朔が受けた精神的ダメージを少しでも回復させようと朔の心が外界から身を守るために最低限の機能だけで生命を維持させようとしているらしい。
そういったことから朝の登校には時間を要した。
今は突然増えた家族、朔が拾ってきた黒猫モルガナが代わりに起こしているお陰で惣治郎の出番はめっきりと減った。面倒な仕事がなくなったことが嬉しいようで寂しいようなそんな気分もさせられて、惣治郎は以前の自分と変わりつつあることに気づいた。
佐倉朔は姉の娘であると知ったのは警察からの一本の電話で初めて知った事実だった。姉がすでに死んでいること、娘がある事件に関与しているらしいとの疑いがあるとある刑事から伝えられた時は突然の知らせで頭がパンクにしそうになった。勿論、惣治郎にとって世間から身を隠しながらひっそりと生活しているというのにまた世間を騒がせているとテレビで連日報道されていた問題児がまさか、二歳違いの姉の娘だとは思うまい。
しかも母親である姉は既に故人で娘の引き取り手がいなく祖父母もなく、仕方なく惣治郎の元に白羽の矢が立ったということだ。
姉とはニ十数年前、喧嘩別れしたのを最後に音信不通だった。発端はろくでもない男に惚れてしまったことだった。別れろと何度も説得したのに本人は頑なに拒み、挙句の果てに駆け落ち同然でいなくなった。親は捜索願など親戚などに頭を下げては方方探したが結局は見つからず愕然と肩を落とした。死に目にまで姉の名を口に出して呼んでいたのを今でも記憶に残っている。
その姉の娘とまず、何よりも朔に対して嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
厄介ごとを持ち込みやがってと罵倒さえしてやりたかった。最初は。
だがいざ面会となった時、その少女の姿に愕然としたものだ。
目の下には隈、乱れた髪型、明らかに寒さで震えているのではないと分かる自分の体を守るように身を縮ませて誰とも視線を合わせないようにしている姿。
頬や衣服の一部に見え隠れする痛々しい包帯や白いガーゼの数々。
明らかに、何かされたと直感した惣治郎はとにかく家に連れ帰ろうとした。
だが朔の精神状態は極めて不安定で誰に対しても恐怖におびえるばかりですぐに精神病院へ入れられることになった。ひと月経過しても朔の状態は一向に良くなることはなかった。見舞いに来た惣治郎でさえ悲鳴を上げて怯えまくる次第だった。
その憐れな姿に惣治郎の胸は痛く締め付けられた。
厄介ごとを持ち込まれたと勝手に勘違いして腹を立てていたのが恥ずかしくなるくらいに、佐倉朔という少女は極普通の少女だった。
自分以外の人間、特に男に反応して異常に怯える朔。
彼女が受けた精神的ダメージ、そして肉体的ダメージは回復の兆しはないと医者にまで匙を投げられるほどで惣治郎は、他に手立てはないのか!?と思わず医者の胸倉掴んで怒鳴った。それでもないと首を横に振る医者に惣治郎は落胆して膝をつくしかなかった。
そんなある日、いつも通りに拒まれると分かっていて朔の見舞いの為病院を訪れると、行く手を遮るように黒服の男が数名惣治郎を取り囲むように現れた。
身構える惣治郎に、その黒服の男はこう告げた。
『佐倉朔様は我が桐条グループ系列の病院へ転院されました。つきまして総帥より直接お会いしてご説明されたいと願われています。どうか共においでください』
寝耳に水とはこのことだったが、断れるような雰囲気もなく半ば強制的に黒塗りの車に乗せられ向かった先のある有名なホテルの最上階である部屋へ通された惣治郎はそこで桐条トップである桐条美鶴と面会することになった。
彼女曰く、朔とは以前面識があり彼女の友人が朔を気に入って面倒を見ていたこと。
今はその友人がいないが、彼の分まで彼女の面倒を見させてほしいこと。もし、よければ桐条の名と誇りに賭けて彼女の後見人として名乗り出たいということを惣治郎に告げた。
向こうは惣治郎の身辺調査でもしていたのか、ありとあらゆる情報を入手していたようで、経済状況など様々な面でサポートすると告げてきた。
以前の惣治郎なら問題ごとは御免だと放り投げていただろう。
だがすでに情が沸いていた惣治郎はその申し出を拒否。朔は自分が育てるとキッパリと告げた。桐条の総帥は、残念そうにしながらも朔の入院費や治療費などのお金は一切気にしないでほしいと惣治郎がいくら断っても断固として譲らなかった。
むしろ、そうさせてほしいと頭さえ下げられては惣治郎も頷くしかなかった。
一体朔はどのような交友関係を築いていたのか、首を捻った惣治郎。
それから、専門のスタッフと治療による効果で徐々に人間らしさを取り戻していった朔は、初めて惣治郎の家に共に帰ってきた。朔は居心地悪そうにしていたが、惣治郎が事前に用意していた二階の空き部屋を朔の部屋にと教えると、ありがとうとぎこちなく笑みを見せるまでには回復していた。一夜明けて、朔を起こすために控えめに部屋をノックすると反応はなく、遠慮がちにドアを開けるとそこには朔の姿はなくもぬけのから。
顔面蒼白とはこのこと。
惣治郎は慌てて家じゅうを駆けずり回るように朝から大声をあげて探しまくるも姿はない。家を飛び出て周辺を探してもいない。惣治郎は家に戻り、玄関に座り込んで警察と焦りながら震える手で110番かけそうになったが、階段からトントンと降りてくる朔の姿の気づくと驚いたのち、どこに行ってた!と怒鳴りかけそうになった。
だが敏感に惣治郎の怒りを感じ取った朔が怯えている様子に気づき、なんとか冷静さを取り戻せと己に言い聞かせ、どこにいたと尋ねると眠そうに目元をこすぐりながら、朔は双葉のとこだと言った。
これには顎がハズレそうになった惣治郎。
まさかあの双葉の部屋。しかも普段からがっちり鍵がしまっているはずの部屋に双葉が他人を引き入れた。
あれだけ探し回ったのは何だったのかと脱力感に襲われながらも詳しく話を聞いてみると、夜やはり眠れなかった朔が水を飲みに下へ行こうと双葉の部屋の目の前を通り過ぎた時、少女の苦しむ声が聞こえドアをノックすると開いたので入った。そこで少女が怖がっていたので一緒に添い寝していた。気づいたら一緒に眠れていた、らしい。
朔の大物っぷりを身をもって体験した惣治郎。
それから朔は徐々に惣治郎と双葉だけだった生活の中に溶け込んでいった。
朔がいると双葉の態度も軟化した。部屋から出ることはないが、携帯のメールに双葉から『いつもありがと』とお礼のメールだったり簡単なやり取りが行われるようになった。
夜、双葉と朔が一緒に寝ることもあり、今までと違う生活の変化に戸惑うこともあった。
ルブランから帰ると温かい夕食が作られていて、お帰りと出迎えてくれる朔。
双葉は部屋で食べているが夕食の席の会話で器用にメールで参加したりと、少し可笑しい一家団欒に小さな幸せを感じたりもした。
朔を迎え入れてよかった。
そう思う日が来るなど考えていなかった惣治郎。
自然にいるのが当たり前の生活となり惣治郎の中で朔は大切な家族とさえ思えるようになっていた。だがやはり居心地が悪かったのか、それともまだ朔は自分が赤の他人で家族の仲を邪魔している厄介者とでも考えたのか、喫茶ルブランに空き部屋があることを知るとそっちに住まわせてほしいと頭を下げてきたのである。
いくら惣治郎がここにいていいんだと説き伏せようとしても朔は頑なに二人の邪魔はできないと拒否。駄目なら家を出るとまで言い出したものだから、ほとほと惣治郎は困り果てた。茶の間で二人の会話を盗み聞きしていた双葉まで転がり込んで朔に泣きながら、行かないでと抱き着く始末だった。
頑固な部分は姉譲りとは。まるで姉そのものを見ているようでその時は、少しだけ懐かしさを感じた。
結局惣治郎の方が折れることになり条件付きでルブランに住まわせることを許可した。
夕食は家で食べること。
呼ばれたらかならず家に帰ること。
夜は外に出ないこと。
あと細かい条件もあったがそれでも朔は喜んでルブランに住むと頷いた。
それから色々あったが月日が経つのは早いというもの。
だが決して悪いものでもない、と食器を片付けながら感慨深くおもっているとカチャリとドアが開く。音に反応してそちらに視線をやるとなじみの顔ぶれが悪びれた様子もなく顔を覗かせていた。
「よ、マスター。お邪魔するよ」
と言いつつささっと中に入り自分の定位置へとちゃっかりと座る。
惣治郎は眉を顰めて、
「……まだ開店前だ」
と指摘するもなじみの客は、余裕そうに
「いいじゃないの、客は大事にしないと。昔からよくいうだろ?お客は神様だって、ね」
「ふん、あいにくと俺の店は誰かれ構わず尻尾振ってまで儲かる店じゃないんでな、それにまだ仕込み中だ」
「そう言わないで。アレ、朔ちゃんと同じ朝カレー頼むよぉ。これがないと始まらないんだ」
「……わかったよ…」
仕方なく惣治郎は朝カレーを出すことに。
「そういえば朔ちゃん、また朝から頼りない足取りで駅まで向かったねぇ」
「……手ぇ出すなよ」
「出さない出さない!マスターの可愛い娘に手を出すなんて命がいくつあっても足りやしないよ!」
「……娘、か…」
「可愛い娘じゃないか。……大事にしないとね。お父さん」
「ああ、わかってるさ」
言われるまでもないと惣治郎は頷いた。
桐条美鶴に後見人にならせてほしいと言わせ、初日で引きこもりの双葉に懐かれ、今まで惣治郎の生活を一変させた少女。
姉の忘れ形見。
最初は疎ましいとさえ思っていた少女。
今は、無くてはならない存在。双葉と同じくらいまもらなくてはいけない家族。
「しっかり店に貢献してくれよ。なんせ、金がかかるのが二人もいるんだからな」
いつも仏頂面の惣治郎が珍しく表情を緩ませたのは、朔の影響だろうなぁとなじみ客は
感じた。
佐倉惣治郎には、娘が二人いる。
血の繋がりはないが、友人の特徴を色濃く受け継いだ少女。
血の繋がりはあるが、危なっかしくて目が離せない少女。
それと飼い猫一匹も。
これが惣治郎の『今』の家族構成である。
【いつか、父と呼んでもらえる日を夢見て】