笑えない少女とニュクスとワガハイ猫と。 作:サボテンダーイオウ
私の心はいつも虚ろで定まった形にはならない。
何かを受け入れて何かに流されて自分という形が分からないんだ。
湊兄や綾兄のお陰で今の私は絶妙なバランスの上で辛うじて生きている。
それでもちょっと油断すれば、ほら、あっという間に天秤は崩れ落ち私は粉々に砕け散る。
retry【再チャレンジ】?別にそんなの望んでなかった。この一度でいい。
(卑怯だから)
continue【やり直し】?そうなったらスパッと諦める。
(面倒だもの)
昔からcheat【最強】だったら母さんを失うことはなかった。
(ないものねだり)
でも気づいたらgameover【終わり】だった。
(仕方ないと諦めたら楽になれるの)
Revenge【復讐】することだけが私の指針となっているわ。
(てんで言い訳)
だから私にties【絆】なんて必要ない。
(怖いもの)
いずれdeleteになるんだから。
(唯一の逃げ道なの)
Dead or Alive【死と生】私はその両方の世界を跨いで立っている。
※※
シャドウワーカーで出会ったセンパイたちは、キラキラと輝いた瞳で自分の道を自信をもって進んでいた。私には、それが眩しすぎてつい距離を取ってしまうくらいに。それでも皆は、特に一部を除いて優しく接してくれた。美鶴さんから粗方理由は聞いていたんだと思うけどね。
テレッテッテー(順平さん)にゆかり姉、風花姉に荒垣先輩(見た目がアレだけどとっても優しい人)、アイギス(ちょっと私に過保護な気がする)にコロマル(私のワフワフ天使!)。天田さんは……ちょっと近寄りがたい雰囲気がある、かな。美形は苦手だ。
あと、プロテイン(真田さん)は無視だ。
あの暑苦しさがどうにも性に合わない。悪い人じゃないのはわかるけど、できれば近づかないでほしい。
私の体が細いからって『プロテイン飲め』とか『体鍛えてやるぞ』とか言って一日中マラソンさせられて全身筋肉痛で三日はベッドから動けないときにまたプロテイン勧めるとか人間の所業じゃない。全快したら腹いせに全力でメギドラオン叩き込んでやった。
そしたら、ボロボロになりながらも、『やるじゃないか!俄然鍛えてやるぞ』とか言って彼の中に元からあった闘争心に火をつけてしまった。しかもこっちのことなどお構いなしに鍛錬の相手はもっぱら彼になってしまうというツイてない展開に。
しまいには、美鶴さんに『明彦に気に入られたな。アイツがはしゃぐ姿を見るのは久しぶりだ』と褒められてしまい(?)、この世の終わりとはこのことだと悟った。
まぁ、真田さんのお陰で体力面でへばることはなくなったので、感謝している。
それだけは!後は却下。
時々、連絡のやり取りをしている。どうでもいいことだったり、近況だったり、シャドウワーカーの仕事に関する件だったりと内容は様々。そんな中でも、忙しいはずの美鶴さんとは頻繁に連絡のやり取りがある。私の身を心配してのことだろうけど。そういえば、前にちらっと耳にした私の後見人に名乗りを上げた話ってのは本当かな。順平さんがぽろっと喋ったのから問い詰めたら
絶対美鶴さんには言うなよって前置きしてから教えてくれた。
『お前んとこのおっちゃんに堂々と言い切ったらしいぜ。朔の面倒きっちりみるってな』
私の後見人って……。桐条グループにとって価値もない女の後見したって見返りなんてないのは分かりきってることだ。……善意なのか、それとも私の能力を高く買ってのことなのか。なんにせよ、おじさんが私を引き取ってくれて助かった。桐条グループに利益を与えない存在にムダ金費やすこともないからね。きっと、私は美鶴さんの役には立たないはずだから。
※
今日の夜はまったりと二人と一匹で寛ぐことに。最近、お宝さがしばっかりで忙しかったから休息だ。床に敷いたカーペットにふかふかクッションを背にて座る綾兄の膝に頭を乗せ寝転がる私はぽちぽちとスマホをいじる。読書しながら器用に指で私の髪を梳きながら撫でる綾兄は好きだ。モルは私のお腹の上で丸くなって寝ている。重い……。けど気持ちよさそうに寝てるので起こさないように気をつけなきゃ。
「あ、ゆかり姉からだ。……えーとドラマの出演が決まった?スゴイ!」
「ゆかりが?それはすごいね」
とか言って本に夢中でこちらには見向きもしない。綾兄が読んでいるのは、ハワイの観光名所や有名な料理店などが取り上げられている専門雑誌だ。
いつ頃行くの?と尋ねると、私が修学旅行に行くときかな、となんともだいぶ先の話をするもんだ。そういえば、来年の修学旅行はどこ行くのかな。
私は手を伸ばして本を奪おうとした。けど私の行動を読んだ綾兄はひょいっと少し腕を上げて本を守る。私は唇を尖らせて文句を言う。
「……こっち見てよ。ゆかり姉、連続ドラマのキャストに決まったって!それも妹役にあのりせちーと一緒なんだって。ゆかり姉、頑張ってるね……」
おめでとう!頑張って、応援してるよとお祝いの言葉を送信する。
キラキラしてるなー。なんだか羨ましいと思ってしまった。綾兄には私の思うことなどお見通しらしく、
「朔も十分、頑張ってるよ」
とねぎらいの言葉をかけてくれた。相変わらず、視線は雑誌へ。
ふぅと私はため息をつく。キラキラしている人を見るたびに思い知らされる。私はまったく正反対に落ちていく身だと。
「……私の場合は、どんどん泥臭いところまで落ちてる気がするけどね」
「……僕が拾い上げてあげるよ」
「綾兄」
パタンと綾兄は片手で本を閉じて脇に置くと、私と視線を合わせおでこにかかる髪先を指ではらいのけて愛しむような眼差しで私を見下ろす。
「何より、僕は死神だよ?朔にはピッタリじゃないかな」
「……ありがと…」
慰めてくれているんだろう。けどその気が利く死神さんはハワイに行く気満々じゃないですか。
じとーっとねめつけると綾兄は軽やかに視線を交わして話題をさらっと変えた。
「お礼は、そうだなー、最近肩こりが酷いから肩たたきしてくれると嬉しいな」
「後でやってあげるよ、おじいちゃん。あ、返信来た。ありがとう、だって」
綾兄の精神年齢って湊兄と一緒のはずよね。だってある程度の年齢までは一緒に育ったようなものだし。でも肩こりって……最近綾兄が。
何か言いたげな綾兄はこの際無視しよう。
「……」
「それとなんか、今話題の探偵、王子?…がなんか怪しいって書いてある」
綾兄が気を取り直してふーんと意味ありげに目を細めた。
「探偵王子って、あの今女子たちの間でアイドル化してる彼のことかい。前にも流行ったね、まぁ、あれは王子というより姫だったけど」
綾兄の情報網は侮れない。もしかして現場で見てたのって言いたくなるくらい詳細な時もあって、美鶴さんは綾兄だからって納得してるけどそれって怖くない?
私は美鶴さんから口頭でかいつまんで教えてもらっただけだけど、以前の八十稲羽市事件に関わりのある人物らしい。白鐘直斗さん。彼女もペルソナ使いであることを教えてもらった。結構、ペルソナ使いっているもんだなーってのがその時の感想だったけど、気になって調べてみると、なぜ探偵王子と呼ばれていたか分かった。男装してたからなんだって。……きっと色々あったのね。
「そうみたい。……ゆかり姉の女の勘は当たるからな~」
「何にせよ、今の朔にはあまり関係ないんじゃないかな。何より接触できないだろう。芸能界にツテがあるわけでもなし。アイドルに興味が「一切ない」だろうね。じゃあ、今はそんなに気にしなくてもいいよ。ただ心に留めておくくらいで」
「そうだね。そういえばおじさんに明日大事な話あるから寄り道するなって言われたんだよね」
「珍しいね、惣治郎さんが」
「うーん、どうにも嫌な予感がするのは私の気のせいかな」
「今から考えたって仕方ないよ」
「それもそうだね」
そろそろ寝ようかと促され、私はスマホをテーブルに置いてモルをひょいっと抱き上げた。
「寝るよー」
『うぅ~』
機嫌悪そうに唸るモルをベッドに乗せるとまた体を丸ませてすぐに寝息を立てて眠った。
羨ましいこと。
「電気消すよ、おやすみ」
「おやすみ~」
綾兄に電気を消してもらって私は、ベッドに横になった。
瞼を閉じて眠るイメージをしてみるけど、無駄に終わるはずだ。
たぶん、今日も私は眠れない。
檻の中から羊でも数えてみようかな。
あ、珍しく二本足で立つ羊【Sheep】たちが檻の向こう側でライバル蹴落としたりして足掻いてる。よく同じことやって飽きないなぁ。そうだ。
【今日は何匹堕ちるか数えてみよう】
※
私が行くベルベットルームは少し特殊な部屋になっている。
精神と物質の狭間に存在する青い空間なんだって、本当は。けど私のベルベットルームはドア開けた途端に、常夏のハワイだった。今日は暑いね。この間は寒かったな。
「いらっしゃいませ、朔様」
「こんばんは、テオ」
サンサンと太陽が降り注ぐ中、大海原を背にして浜辺のビーチパラソルの下でテオが優雅に胸に手を当て挨拶をしてくれた。暑くないのかな、いつものベルボーイ姿で。
そのテオの傍らでビーチチェアにふんぞり返るこの部屋、じゃなくて浜辺の主は、いつものように私を出迎えた、なんてことはなかった。その席の主は空席でどうやらテオ曰く、
「只今、主は『出張中』でございまして」
とのこと。何処へ『出張中』なのか分からないけど珍しいなと私は思いながらテオに勧められるがまま青と白のコントラストのビーチチェアに腰かける。
ちなみに私の想像通りなら、イゴールおじさんの恰好は、いつもの黒の背広に水中ゴーグルとシュノーケル、そしてビーフィンという今にも水中ダイビング行ってきます!と恰好ではないかと思う。本人がいないのが残念でならない。
「それにしても毎回毎回ベルベットルームの雰囲気違うよね」
「きっと朔様の精神に影響を受けておられるのでしょう」
そう言いながらテオは何時の間に用意したのか七色のトロピカルジュースをトレイから持ち上げて私のテーブル前に置いてくれる。私はお礼を言ってからジュースに手を伸ばした。
「だろうね、昨日綾兄がハワイ関連の雑誌読んでたから。それかもね」
「ハワイ……、外の住人にとって常夏の世界というわけですね」
「……まぁ、そんなカンジ」
「朔様、外の世界ではいかがお過ごしなのですか?」
「眠れない毎日」
「……さようですか」
テオが用意してくれたトロピカルジュースには白いハイビスカスが添えられてて雰囲気もばっちしである。うん、美味しい。気分だけでも一足先にハワイ。
「テオはさ、ずっとここにいて楽しい?エリ姉は外の世界に飛び出たのに」
「姉上は、……ご自分の意思で行かれました。私にはそんな大それたことは」
「……でも憧れてる癖に」
「……朔様は意地悪ですね」
テオはちょっと困った顔をした。この顔、何気に好きだ。
「意地悪じゃなくて親切心で言ってあげてるの」
「私は……、いいえ。今はやめておきましょう」
テオは何かを言いかけて苦笑しながら頭を振った。
「言いかけてズルい」
「こちらに来ていただいた時に、また」
茶目っ気たっぷりに内緒のポーズをとるテオ。これ前に教えてあげたやつだ。
私も少しふざけて同じポーズをとって微笑んだ。
「わかった。内緒ってことね」
「はい」
「そういえば、テオは泳がないの?恰好のそのままだし。せっかく海あるのに」
そうなのだ。私の精神に影響を受けているのは分かるが、海もバッチシ存在している。泳ごうと思えば泳げそうである。ただし、海の底は一体何処へ繋がっているのか見当もつかないけど。ズーズー行儀悪くストローの音を鳴らしながら海の方を見つめる。
「……泳ぐ、にはこの服装は適していないのでしょうか?」
「泳がないんだったら砂浜で足先つけて遊ぶだけでもできるけどね」
「では朔様、共にいかがでしょうか?」
「私も?」
「はい」
そう言ってテオは微笑みながら私へ手を差し出した。私は突然のことに驚きぱちくりと瞬きを繰り返した。けど悪い提案ではない。
「……気晴らしにはいっか」
「では参りましょうか」
私はテオにエスコートされて仲良く砂浜で一緒に遊んだ。久しぶりに童心に帰った気持ちになれた。テオって意外と子供っぽい所あるんだよね。今の所私だけが知ってる特権。
夕暮れに海が染まりだした頃、私はそろそろ頃合いだと砂浜に投げた靴を拾い上げた。
「そろそろ帰るね。また来るよ」
「はい、お待ちしております。お気をつけてお帰りくださいませ」
テオに見送られ、手を振って私はベルベットルームを後にした。
【次は何にしようかな】