ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第百一話

 その日、王都トリスタニアにはやや物騒な恰好をした衛士たちが多数動き回っていた。

 夏用の薄いボディープレートを身に着けた彼らは、市街地専用の短槍や剣を携えた者たちが何人も通りを行き交っている。

 それを間近で見る事の出来る街の人々は、何だ何だと横切っていく彼らの姿を目にしては後ろを振り返ってしまう。

 街中を衛士たちが警邏すること自体何らおかしい所はなかったが、それにしても人数が多すぎた。

 いつもならば日中は二、三人、夜間なら三、四人体制のところ何と五、六人という人数で通りを走っていくのだ。

 イヤでも彼らの姿は目に入るのだ。しかも一組だけではなく何組も一緒になっている事さえある。

 

 正に王都中の衛士たちが総動員されているのではないかと状況の中、ふと誰かが疑問に思った。

 一体彼らの目的は何なのかと?そもそも何かあってこれ程までの人数が一斉に動いているのかと。

 勇敢にもそれを聞いてみた者は何人もいたが、衛士たちの口からその答えが出る事はなかった。

 それがかえってありもしない謎をでっちあげてしまい、人々の間で瞬く間に伝播していく。

 曰く王都にアルビオンの刺客が入り込んだだの、クーデターの準備をしている等々……ほとんどが言いがかりに近かったが。

 とはいえありもしない噂を囁きあうだけで、誰も彼らの真の目的を知ってはいない。

 もしもその真実が解決される前に明かされれば、王都が騒然とするのは火を見るよりも明らかなのだから。

 

 朝っぱらからだというのに、夜中程とはいえないがそれなりの喧騒に包まれているチクトンネ街。

 ここでもまた大勢の衛士たちが通りを行き交い、通りに建てられた酒場や食堂の戸を叩いたりしている。

 一体何事かと目を擦りながら戸を開けて、その先にいた衛士を見てギョッと目を丸くする姿が多く見受けられる。

 更には情報交換の為か幾つかの部隊が道の端で立ち止まって会話をしている所為か、それで目を覚ます住人も多かった。

 煩いぞ!だの夜働く俺たちの事を考えろ!と抗議しても、衛士たちは平謝りするだけで詳しい理由を話そうとはしない。

 やがて寝付けなくなった者たちは通りに出て、ひっきりなしに走り回る衛士たちを見て訝しむ。

 彼らは一体、何をそんなに必死になって探し回っているのだろう?……と。

 

 そんな喧騒に包まれている真っ最中なチクトンネ街でも夜は一際繁盛している酒場『魅惑の妖精』亭。

 本来なら真っ先に戸を叩かれていたであろうこの店はしかし、まだその静けさを保っている。

 あちこちで聞き込みを行っている衛士たちも敢えて後回しにしているのか、その店の前だけは素通りしていく。

 基本衛士というのはその殆どが街や都市部の出身者で構成されており、それ以外の者――地方から来た者――は割と少数である。

 つまり彼ら衛士の大半も俗にいう「タニアっ子」であり、当然ながらこの店の知名度はイヤという程知っている。

 この店の女の子たちが抜群に可愛いのは知っている。当然、その女の子たちを雇っている店長が極めて゛特殊゛なのも。

 もしも今乱暴に戸を叩けば、あの心は女の子で体がボディービルダーな彼のあられもない寝間着姿を見ることになるかもしれないからだ。

 想像しただけでも恐ろしいのに、それをいざ現実空間で見てしまった時にはどれだけ精神が汚されるのか……。

 衛士たちはそれを理解してこそ敢えて『魅惑の妖精』亭だけは後回しにしてしているのだ。

 しかし、彼らの判断は結果的に彼ら自身の『目的』の達成を遅らせる形となってしまっていた。 

 

 

 『魅惑の妖精』亭の裏口、今はまだ誰もいないその寂しい路地裏へと通じるドアが静かに開く。

 それから数秒ほど時間をおいて顔を出したのは、目を細めて警戒している霧雨魔理沙であった。

 夏場だというのに黒いトンガリを被る彼女は相棒の箒を片手にそろりそろりと裏口から外の路地裏へと出る。

 それから周囲をくまなく確認し、誰もいないのを確認した後に裏口の前に立っている少女へと合図を出した。

「……よし、今ならここを通って隣りの通りに出られるぜ」

「わかりました……、それでは行きましょう」

 魔理沙からのOKサインを確認した少女――アンリエッタは頷きながら、彼女の後をついてゆく。

 その姿は、いつも着慣れているドレス姿ではなく黒のロングスカートに白いブラウスというラフな格好だ。

 

 ブラウスに関しては胸のサイズの関係かボタンを全て留めていないせいで、いささか扇情的である。

 彼女はその姿で一歩路地裏へと出てから、心配そうに自分の服装を見直している。

「……本当にこの服をお借りして大丈夫なんでしょうか?」

「へーきへーき、理由を話せば霊夢はともかくルイズなら許してくれるさ。あ、帽子はちゃんと被っといた方がいいぜ?」

 元々霊夢の服だったと聞かされて心配しているアンリエッタに対し、魔理沙は笑いながらそう答える。

 彼女の快活で前向きな言葉に「……そうですか?」と疑問に思いつつも、アンリエッタは両手で持っていた帽子を被る。

 これもまた霊夢の帽子であるが、幸い頭が大きすぎて被れない……という事はなかった。

 服を変えて、帽子まで被ればあら不思議。この国の姫殿下から町娘へとその姿を変えてしまった。

 最も、体からあふれ出る品位と身体的特徴は隠しきれていないが……前者はともかく後者は特に問題はないだろう。

 本当にうまく変装できてるのか半信半疑である本人に対し、コーディネイトを任された魔理沙は少なからず満足していた。

 念の為にとルイズ化粧道具を無断で拝借して軽く化粧もしているが、それにしても上手いこと変装できている。

 恐らく彼女の顔なんて一度も見たことのない人間がいるならばこの女性がお姫様だと気づくことはないだろう。

 少なくとも街中で彼女を探してあちこち行き来している衛士達は、その部類の人間だろう。ならば気づかれる可能性は低い。

 単なる偶然か、それとももって生まれた才能なのか?アンリエッタの変装っぷりを見て頷いていた魔理沙は、彼女へと声を掛ける。

「ほら、そろそろ行こうぜ。ま、どこへ行くかなんてきまってないけどさ」

「あ、はい。そうですね。ここにいても怪しまれるだけでしょうし」

 自分の促しにアンリエッタが強く頷いたのを確認してから、魔理沙は通りへと背を向けて路地裏の奥へと入っていく。

 アンリエッタは今まで通った事がないくらい暗く、狭い路地裏から漂う無言の迫力に一瞬狼狽えてしまったものの、勇気を出して足を前へと向ける。

 二人分の足音と共に、少女たちは太陽があまり当たらぬ路地裏へと入っていった。

 

 それから魔理沙とアンリエッタの二人は、狭くなったり広くなったりを繰り返す路地裏を歩き続けていた。

 トリスタニアは表通りもかなり入り組んだ街である。それと同じく路地裏もまた易しめの迷路みたいになっている。

 かれこれ数分ぐらい歩いている気がしたアンリエッタは、ふと魔理沙にその疑問をぶつけてみることにした。

「あの、マリサさん?一体いつになったら他の通りへ出られるんでしょうか?」

「ん……あー!やっぱり不安になるだろ?最初私がここを通った時も同じような感想が思い浮かんできたなぁ~」

 不安がるアンリエッタに対しあっけらかんにそう言うと、軽く笑いながらもその足は前へと進み続けている。

 前向きすぎる彼女の言葉に「えぇ…?」と困惑しつつも、それでも魔理沙についていく他選択肢はない。

 清掃業者のおかげで目立ったゴミがない分、変に殺風景な王都の路地裏を歩き続けた。

 

 しかし、流石に魔理沙という開拓者のおかげで終着点は意外にも早くたどり着くことができた。

 数えて五度目になるであろうか角を右に曲がりかけた所で、ふとその先から人々の喧騒が聞こえてくるのに気が付く。

 アンリエッタはハッとした先に角を曲がった魔理沙に続くと、別の通りへと続く道が四メイル程先に見えている。

 何人もの人々が行き交うその通りを路地裏から見て、ようやくアンリエッタはホッと一息つくことができた。

 そんな彼女をよそに「ホラ、出口だぜ」と言いつつ魔理沙は先へ先へと足を進める。

 それに遅れぬようにとアンリエッタも急いでその後を追い、二人して薄暗い路地裏から熱く眩い大通りへとその身を出した。

 

「……暑いですね」

 燦々と照り付ける太陽が街を照らし、多くの人でごったがえす通りへと出たアンリエッタの第一声がそれであった。

 王宮では最新式のマジックアイテムで涼しい夏を過ごしていた彼女にとって、この暑さはあまり慣れぬ感覚である。

 自然と肌から汗が滲み出て、帽子の下の額からツゥ……と一筋の汗が流れてあごの下へと落ちていく。

 これが街の中の温度なのかとその身を持って体験しているアンリエッタに、ふと一枚のハンカチが差し出される。

 一体だれかと思って手の出た方へと目を向けると、そこには笑顔を浮かべてハンカチを差し出している魔理沙がいた。

「何だ何だ、もう随分と汗まみれじゃないか。そんなに外は暑いのか?」

「……えぇ。ここ最近の夏と言えば、マジックアイテムの冷風が効く屋内で過ごしていたものですから」

 魔理沙が出してくれたハンカチを礼と共に受け取りつつ、それで顔からにじみ出る汗を遠慮なく拭っていく。

 そうすると顔を濡らそうとしてくるイヤな汗を綺麗さっぱり拭き取れるので、思いの外気持ちが良かった。

 

「マリサさん、どうもありがとうございました」

 汗を拭き終えたアンリエッタは丁寧に畳み直したハンカチを魔理沙へと返す。

 それに対して魔理沙も「どういたしまして」と言いつつそのハンカチを受け取ったところでアンリエッタがハッとした表情を浮かべ、

「あ、すいません。そのまま返してしまって……」

「ん?あぁそういえば借りたハンカチは洗って返すのがマナーだっけか。まぁ別にいいよ、そんなに気にしなくても」

「いえ、そんな事おっしゃらずに。貴女にもルイズの事で色々と御恩がありますし」

「そ、そうなのか?それならまぁ、アンタのご厚意に甘えることにしようかねぇ」

 肝心な時にマナーを忘れてしまい焦るアンリエッタに対して魔理沙は大丈夫と返したものの、

 それでも礼儀は大切と教えられてきた彼女に押し切られる形で、魔法使いは再びハンカチを王女へと渡した。

 

 預かったハンカチは後日洗って返す事を伝えた後、アンリエッタはフッと自分たちのいる通りを見回してみる。

 日中のブルドンネ街は一目見ただけでもその人通りの多さが分かり、思わずその混雑さんに驚きそうになってしまう。

 今までこの通りを通った事はあったものの、それは魔法衛士隊や警邏の衛士隊が道路整理した後でかつ馬車に乗っての通行であった。

 こうして平民たちと同じ視点で見ることは全くの初めてであり、アンリエッタは戸惑いつつも久しぶりに感じた゛新鮮さ゛に胸をときめかせてすらいる。

 老若男女様々な人々、どこからか聞こえてくる市場の喧騒、道の端で楽器を演奏しているストリートミュージシャン。

 王宮では絶対に聞かないような幾つもの音が複雑に混ざり合って、それが街全体を彩る効果音へと姿を変えている。

 

 アンリエッタはそれを耳で理解し、同時に楽しんでいた。これが自分の知らない王都の本当の顔なのだと。

 まるで子供の様に嬉しがっていた彼女であったが、その背後から横やりを入れるようにして魔理沙が声を掛けた。

「あ~……喜んでるところ悪いんだが……」

 彼女の言葉で意識を現実へと戻らされた彼女はハッとした表情を浮かべ、次いで恥かしさゆえに頬が紅潮してしまう。

 生まれて初めて間近で見た王都の喧騒に思わず゛自分が為すべきこと゛を忘れかけていたのだろう、

 改めるようにして咳ばらいをして魔理沙にすいませんと頭を下げた後、彼女と共にその場を後にした。

 暑苦しい人ごみを避けるように道の端を歩きつつも、アンリエッタは先ほど子供の様に喜んでいた自分を恥じている。、

「すいません。……何分、平時の王都を見たのはこれが初めてでした故に……」

「へぇそうなのか?……それでも何かの行事で街中を通るときはあると思うが?」

「そういう時には大抵事前に通行止めをして道を確保しますから、自然と私の通るところは静かになってしまうんです」

 アンリエッタの言葉に、魔理沙は「成程、確かにな」と納得している。

 良く考えてみれば、今が夏季休暇だとはいえ人々で道が混雑する王都を通れる馬車はかなり限られるだろう。

 いかにも金持ちの貴族や豪商が済んでいそうな豪邸だらけの住宅地に沿って作られた道路などは、馬車専用の道路が造られている。

 それ以外の道路では馬車はともかく馬自体が通行禁止の場所が多く、他国の大都市と比べればその数はワースト一位に輝く程だ。

 実際王宮から街の外へと出る為には通りを何本か通行止めにしなければならず、今は改善の為の工事が計画されている。

 魔理沙も馬車が通りを走っているのをあまり見たことは無く、偶に住宅街へ入った時に目にする程度であった。

「こんなに人ごみ多いと、馬車に乗るよか歩いたほうが速いだろうしな」

 すぐ左側を行き交う人々の群れを見つめつつも呟いてから、魔理沙とアンリエッタの二人は通りを歩いて行く。

 

 やがて数分ほど歩いた所でやや大きめの広場に出た二人は、そこで一息つける事にした。

「おっ、あっちのベンチが空いてるな……良し、そこに腰を下ろすか」

 魔理沙の言葉にアンリエッタも頷き、丁度木陰に入っているベンチへと腰を下ろす。

 それに次いで魔理沙の隣に座り、二人してかいた汗をハンカチで拭いつつ周囲を見回してみた。

 中央に噴水を設置している円形の広場にはすでに大勢の人がおり、彼らもまたここで一息ついているらしい。

 ベンチや木の根元、噴水の縁に腰を下ろして友人や家族と楽しそうに会話をしており、もしくは一人で空や周囲の景色を眺めている者もいた。

 そんな彼らを囲うようにして広場の外周にはここぞとばかりに幾つもの屋台ができており、色々な料理や飲み物を売っている。

 種類も豊富で食べ物は暖かい肉料理から冷たいデザート、飲み物はその場で果物を絞ってくれるジュースやアイスティーの屋台が出ている。

 どの屋台も売り上げは上々なようで、数人から十人以上の列まであり、よく見ると下級貴族らしいマントを付けた者まで列に並んでいた。

 魔理沙はそれを見て賑やかだなぁとだけ思ったが、彼女と同じものを目にしたアンリエッタは目を輝かせながらこんな事を口にした。

「うわぁ、アレって屋台っていうモノですよね?言葉自体は知っていましたが、本物を見たのは初めてです!」

「え?あ、あぁそうだが……って、屋台を見るのも初めてなのか!?」

「えぇ!わたくし、蝶よ花よと育てられてきたせいでそういったモノに触れる機会が今まで無くて……」

 

 アンリエッタの言葉に一瞬魔理沙は自分の耳を疑ったが、自分の質問に彼女が頷いたのを見て目を丸くしてしまう。

 思わず自分の口から「ウッソだろお前?」という言葉が出かかったが、それは何とかして堪える事ができた。

 魔理沙は驚いてしまった半面、よく考えてみれば王家という身分の人間ならば本当に見たことが無いのだろうと思うことはできた。

(子はともかく、親や教育者なんかはそういうのをとにかく低俗だ何だ勝手に言って見せないだろうしな)

 きっと今日に至るまで王宮からなるべく離れずに暮らしてきたかもしれないアンリエッタに、ある種の憐れみを感じたのであろうか、

 魔理沙は座っていたベンチから腰を上げると、突然立ち上がった彼女にキョトンとするアンリエッタに屋台を指さしながら言った。

「折角あぁいうのが出てるんだ。何ならここで軽く飲み食いしていってもバチは当たらんさ」

「え?え、えっと……その、良いんですか?」

 突然の提案に驚いてしまうアンリエッタに「あぁ」と返したところで、魔理沙は自分が迂闊だったと後悔する。

 確かに豪快に誘ったのはいいものの、それを手に入れる為のお金を彼女は持っていなかったのだ。

 

 今日もお昼ごろになった所で用事を済ませたルイズや霊夢と合流して、三人一緒にお昼を頂く筈であった。

 その為今の彼女の懐は文字通りのスッカラカンであり、この世界の通貨はビタ一文入っていない。

 それを思い出し、苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべる普通の魔法使いに、アンリエッタはどうしたのかと声を掛ける。

「あ……イヤ、悪い。偉そうに提案しといて何だが、今の私さ……お金を全然持ってなかったのを忘れてたぜ」

「……!あぁ、そういう事なら何の問題もありませんわ」

 申し訳なさそうに言う魔理沙の言葉に王女様はパッと顔を輝かせると、懐から掌よりやや大きめの革袋を取り出して見せた。

 突然取り出した革袋を見てそれが何だと聞く前に、アンリエッタは彼女の前でその袋の口を縛る紐を解きながら喋っていく。

 

「実は私、単独行動をする前にお付きの者に何かあった時の為にとお金を用意してもらったんですよ。

 とは言っても、ほんの路銀程度にしかなりませんが……でも、あそこの屋台のお料理や飲み物なら最低限買えるだけの額はあると思うわ」

 

 そう喋りながらアンリエッタは紐を解いた袋の口を開き、中にギッシリと入っているエキュー金貨を魔理沙に見せつける。

 何ら一切の悪意を感じないお姫様の笑顔の下に、一文無しな自分をあざ笑うかのように黄金の輝きを放つエキュー金貨たち。

 てっきり銀貨や銅貨ばかりだと思っていた魔理沙は息を呑むのも忘れて、輝きを放ち続ける金貨を凝視するほかなかった。

「……なぁ、これの何処が路銀程度なのかちょいと教えてくれないかな?」

「…………あれ?私、何か変な事言っちゃいましたか?」

 呆然としつつも、何とか口にできた魔理沙の言葉にアンリエッタは笑顔のまま首を傾げる他なかった。

 やはり王家とかの人間は庶民とは金銭感覚が大きく違うのだと、霧雨魔理沙はこの世界にきて初めて実感する事ができた。

 

 ひとまず代金を確保する事ができたので、魔理沙はアンリエッタを伴って屋台を巡ってみる事にする。

 食べ物と飲み物の屋台はそれぞれ二つずつの計四つであったが、それぞれのメニューは豊富だ。

 最初の屋台は肉料理系の屋台で、いかにも屋台モノの食べやすい料理が一通り揃っており、香ばしい匂いが鼻をくすぐってくる。

 スペアリブや鶏もも肉のローストはもちろんの事、何故かおまけと言わんばかりにタニアマスの塩焼きまで並んでいる。

 もう一つはそんなガッツリ系と対をなすデザート系で、今の季節にピッタリの冷たいデザートを売っているようだ。

 今平民や少女貴族たちの間で流行っているというジェラートの他にも、キンキンに冷やした果物も売りの商品らしい。

 横ではその果物を冷やしているであろう下級貴族が冷やしたてだよぉー!と声を張り上げている姿は何故か哀愁漂うが印象的でもある。

 下手な魔法は使えるが碌な学歴が無い彼らにとって、こういう時こそが一番の稼ぎ時なのであった。

 

「さてと、メインとなるとこの屋台しか無いが、うぅむ……どのメニューも目移りするぜ」

「た、確かに……私も見たことのないような名前の料理がこんなにあるなんて……むむむ」

 すっかり王女様に奢られる気満々の魔理沙は、アンリエッタと共に屋台の横にあるメニューを凝視している。

一応メニューの横にはその名前の料理のイラストが小さく描かれており、文字が分からなくてもある程度分かるようになっている。

 無論アンリエッタは文字の方を見て、魔理沙はイラストと文字を交互に見比べながらどれにしようか悩んでいた。

 屋台の店主とバイトであろうエプロン姿の男女はそんな二人の姿を見て微笑みながら、その様子をうかがっている。

 

 それから数分と経たぬ内、先に声を上げたのは文字を見ていたアンリエッタであった。

「私はとりあえず……この料理にしますが、マリサさんはどうしますか?」

 彼女はメニュー表に書かれた「羊肉と麦のリゾット」を指で差しつつ、目を細める魔理沙へと聞く。

 そんな彼女に対して普通の魔法使いも大体決めたようで、同じようにメニューの一つを指さして見せる。

「んぅ~そうだなぁ、大体どんな料理なのかは絵を見れば察しはつくが……ま、コレにしとくか」

 そう言って彼女が選んだメニューは真ん中の方に書かれた「冷製パスタ 鴨肉の薄切りローストにレモン&ソルトペッパーソースを和えて」であった。

 いかにも屋台向けな料理の中でイラストの方で異彩を放っていたからであろう、上手いこと彼女の目を引いたのである。

 メニューが決まれば後は注文するだけ、という事でここは魔理沙が鉄板でソーセージを焼いていた男にメニューを指さしながら注文を取った。

 

「あいよ、その二つでいいね?それじゃあ出来上がりにちょっと時間が掛かるから、その間飲み物でも頼んできな」

「成程、隣に飲み物系の屋台がある理由が何となく分かったぜ。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 まさかの協力関係にある事を知った魔理沙は手を上げて隣の屋台へと足を運ぼうとした所で、彼女から注文を聞いた店員が慌てて呼び止めてきた。

「っあ、お嬢ちゃん!ゴメンちょいと待った!ウチ前払いだったから、悪いけど先にお金払っといてくれるかい」

「お、そうか。じゃあそっちのア……あぁ~、私の知り合いに頼んでくれるかい?」

「あ、は……はい分かりました。それじゃあ私が――」

 危うく名前を言いかけた魔理沙に一瞬ヒヤリとしつつも、アンリエッタは金貨入りの革袋を取り出して見せる。

 幸い顔でバレてはいないものの、流石に名前を聞かれてしまうとバレる可能性があったからだ。

 何せ実際に顔を見たことがなくとも、自分の肖像画くらいは街中で見かけたことがある人間はこの場にいくらでもいるだろう。

 先に名前の事で相談しておくべきだったかしら?……軽い失敗を経験しつつも、アンリエッタは生まれて初めてとなる支払いをする事となった。

 

「えぇっと……お幾らになるでしょうか?」

「んぅと、リゾットとパスタだから……合わせて十五スゥと十七ドニエだね」

「え?スゥと…ドニエですか?」

 一般的な屋台価格としてはやや強気な値段設定ではあるが、それなりのレストランで出しても大丈夫な味と見栄えである。

 それを含めての強気設定であったが、値段を聞いたアンリエッタは目を丸くしつつも革袋の中からお金を取り出した。

「あの、すいません……今銀貨と銅貨が無いのですが……これは使えるでしょうか?」

「ん?え……エキュー金貨!?それもこんなに!?」

 そう言って差し出した数枚の金貨を見て、店員は思わずギョッとしてしまう。

 新金貨ならともかくとして、まさか一枚あたりの単位が最も高額なエキュー金貨を数枚も屋台で出されるとは思っていなかったのだ。

 調理や盛り付けをしていた他の店員たちも驚いたように目を見開き、本日一番なお客様であるアンリエッタを注視した。

 一方でアンリエッタは、突然数人もの男女からの視線を向けられた事に思わす動揺してしまう。

「え?あの……ダメでしたか?」

「だ…ダメ?あ、いえいえ!充分ですよ……っていうかそんなにいりませんよ!この一枚だけで充分です!」

 そう言って店員はアンリエッタが取り出した数枚の内一枚を手に取ると、「あまり見せびらかさないように」とアンリエッタに小声で注意してきた。

 

「ここ最近ですけど、何やらお客さんみたいに大金を持ち歩いてる人を狙って襲うスリが多発してるそうなんですよ。

 犯人の身元は未だ分からないそうですから、お客さんもこんなに大金持ち歩いてる時は気を付けた方がいいですよ?」

 

 親切心からか、店員が話してくれた物騒な事件の話にアンリエッタは「え、えぇ」と動揺しつつも頷いて見せる。

 それに続くように店員も頷くと彼は「店からお釣り取ってくる!」と仲間に言いながらその場を後にして行った。

 その後、別の店員から注文の品ができるまでもう少し待ってほしいとと言われた為、魔理沙と共に飲み物を決めることにした。

 暫し悩んだ後でアンリエッタが決めたのはレモン・アイスティーで、魔理沙はレモンスカッシュとなった。

 

「はいよ、コップに入ってるのがアイスティーでこっちの大きめの瓶がレモン・スカッシュね!」

「有難うございます」

 アンリエッタは軽く頭を下げて、魔理沙が飲み物の入ったそれぞれの容器を手にした時であった。

 先ほど料理を頼んだ屋台から自分たちを読んでいるであろう掛け声が聞こえた為、急いでそちらへと戻る。

 すると案の定、アツアツのドリアと冷静パスタが出来上がった品を置くためのカウンターに用意されていた。

 

「はいお待ちどうさん!ドリアの方は熱いから気を付けて!あ、食べ終わったお皿はそこの返却口に置いといてね」

「あっはい、分かりました。はぁ、それにしても中々どうして美味しそうですねぇ」

 ツボ抜きしたタニアマスを串に通しながらも快活に喋る女性店員から説明を聞きつつ、二人は料理の入った木皿を手に取った。

 オーブンから出したばかりであろうドリアは表面のチーズがふつふつと動いており、焼いたチーズの香ばしくも良い匂いが漂ってくる。

 対して魔理沙の冷製パスタも負けておらず、スライスされた鴨肉のローストと特性ソースがパスタに彩を与えている。

 どうやらトレイも一緒に用意されているようで、魔理沙たちはそれに料理と飲み物に置いてどこか落ち着いて食べられる場所を探す事にした。

 広場には人がいるもののある程度場所は残っており、幸いにも木陰の下に設置された木製のテーブルとイスを見つけることができた。

 

「良し、ここが丁度いいな。じゃ、頂くとするか」

「そうですね……では」

 脇に抱えていた箒を傍に置いてから席に座り、トレイをテーブルの上に置いた魔理沙はアンリエッタにそう言いながらフォークを手に取った。

 木製であるがパスタ用に先が細めに調整されたそれでいざ実食しようとした、その時である。

 ふと向かい合う形で座っているアンリエッタへと視線を移すと、彼女は湯気を立たせるドリアの前で短い祈りの言葉を上げていた。

「始祖ブリミルよ、この私にささやかな糧を与えてくれた事を心より感謝致します……―――よし、と」

 短い祈りが終わった後、小さな掛け声と共にアンリエッタはスプーンを手に取って食べ始める。

 久しぶりにこの祈りの言葉を聞いた魔理沙も思い出したかのように、目の前のパスタを食べ始めていく。

 

 暫しの間、互いに頼んだ料理に舌鼓を打ちつつ。三十分経つ頃には既に食べ終えていた。

「ふい~、美味しかったなぁこのパスタ。冷製ってのも案外イケるもんだぜ」

 レモンスカッシュの残りを飲みつつも、ちょっとした冒険が上手くいった事に彼女は満足しているようだ。

 アンリエッタの方も頼んだドリアに文句はないようで、ホッコリした笑顔を浮かべている。

「いやはやこういう場所で物を食べるのは初めてでしたが、おかげでいい勉強になりました」

「その様子だと満更悪く無かったらしいな?美味しかったのか」

「えぇ。味は少々濃い目で単調でしたが、もうちょっと野菜を加えればもっと美味しくなると思いました」

 マッシュルームとか、ズッキーニとか色々……と楽しそうに料理の感想を口にするアンリエッタ。

 魔理沙は魔理沙でその姿を案外美味しく食べれたという事に僅かながらの安堵を覚えていた。

 あんなお城に住んでいるお姫様なのだ、てっきり口に合わないとへそを曲げるかと思っていたのだが、

 中々どうして庶民の料理もいける口の持ち主だったようらしく、こうして心配は無事杞憂で済んだのである。

 

(ま、本人も本人で楽しんでるようだしこれはこれで正解だったかな?)

 初めて食べたであろう庶民の味を楽しんでいるアンリエッタを見ながら、魔理沙は瓶に残っていた氷をヒョイっと口の中へと入れる。

 先ほどまでレモン果汁入りの炭酸飲料を冷やしていたそれを口の中で転がしつつ、慎重にかみ砕いてゆく。

 その音を耳にして何だと思ったアンリエッタは、すぐに魔理沙が氷を食べているのに気が付き目を丸くする。

「まぁ、氷をそのまま食べているの?」

「んぅ?あぁ、口の中がヒンヤリして夏場には中々良いんだぜ。何ならアンタもどうだい?」

「ん~……ふふ、遠慮しておきますわ。もしもうっかり歯が欠けたら従徒のラ・ポルトに怒られちゃいますから」

「なーに、かえって歯が丈夫になるさ。まぁ子供の頃は何本か折れたけどな」

 暫し考える素振りを見せた後で、微笑みながらやんわりと断るアンリエッタに、魔理沙もまた笑顔を浮かべもながら言葉を返す。

 真夏の王都、屋台の建てられた広場で休む二人は、まるで束の間の休息を満喫しているかのようだ。

 傍から見ればそう思っても仕方のない光景であったが、そんな暢気な事を言ってられないのが現実である。

 何せ今、王都のあちこちにアンリエッタを探そうとしている衛士が徒党を組んで巡回している最中なのだから。

 そしてアンリエッタは今のところ――本来なら自分の身を守ってくれる彼らから逃げなければいけない立場にある。

 どうして?それは何故か?詳しい理由を未だ教えられていない魔理沙は、ここに至ってようやくその理由を聞かされる事になった。

 

 

 軽食を済ませてトレイ等を返却し終えた二人は、日中はあまり人気のない裏通りにいた。

 活気があり、飲食店や有名ブランドの店が連なる表通りとは対照的な静かな場所。

 客足は少々悪いが静かにゆっくりと寛げる食堂に、素朴な手作りの日用雑貨や外国製の安い服がうりの雑貨屋など、

 観光客ではなくむしろ地元の人々向けの店がポツン、ポツンと建っているそんな場所で魔理沙はアンリエッタから『理由』を聞かされていた。

「獅子身中の虫だって?」

「はい。それもそこら辺の虫下しでは退治できないほどに成長した、アルビオンの息が掛かった厄介な虫です」

「……成程、つまりはあのアルビオンのスパイって事か。それも簡単に倒せない厄介なヤツだと」

 最初にアンリエッタが口にした言葉で、魔理沙は゛虫゛という単語の意味を理解することができた。

 獅子身中の虫――寄生虫を想起させるような言葉であるが、本来は国に危機をもたらすスパイという意味で使われる。

 そして彼女の言葉を解釈すれば、そのスパイはそう簡単に豚箱にぶちこめるレベルの人間ではないようだ。

 

 同時に魔理沙は気が付く、彼女を探し出している衛士達から逃げているその理由を。

「まさか?今街中をうろつきまわってる衛士たちってのは、そいつの手先って事か?」

 思いついたことをひとまず口にした魔理沙であったが、アンリエッタはその仮説に「いいえ」と首を横に振った。

「彼らは上からの命令を受けて、あくまで純粋に私を保護する為に動いているだけです」

「そうなのか?じゃあこうして人目のつかない所をチョロチョロ動き回る必要は無さそうだが……事はそうカンタンってワケじゃあないってか」

 アンリエッタの言葉に一度は首を傾げそうになった魔理沙はしかし、彼女の表情から複雑な理由があると察して見せる。

 魔理沙の言葉にコクリと頷いて、アンリエッタはその場から見る事の出来る王宮を見上げながら言った。

「酷い例えかもしれませんが、これは釣りなんです。私を餌にした……ね」

「釣りだって?そりゃまた……随分と値の張った餌だな、オイ」

 

 自分では気の利いた事を言っているつもりな魔理沙を一睨みみしつつも、彼女は話を続けた。

 今現在この国にいる少数の貴族は神聖アルビオン共和国のスパイ――もとい傀儡として動いている事が明らかになっている。

 無論彼らの動向はほぼ掴んでおり、捕まえること自体は容易いものの彼らを捕まえたとしても敵の情報を知っているワケではない。

 しかし一番の問題は、その傀儡を操っているであろう゛元締め゛がこの国の法をもってしても容易には倒せない存在だという事だ。

「この国の法を……って、王族のアンタでも……なのか?」

「流石にそこまでの相手ではありません。しかし、今すぐ逮捕しようにも手が出せない相手なのです」

 この国で一番偉い地位にいる少女の口から出た言葉に、流石の魔理沙も「まさか」と言いたげな表情を浮かべている。

 そんな彼女に言い過ぎたと訂正しつつも、それでも尚強大な地位にいるのが゛元締め゛なのだと伝えた。

 誇張があったとはいえ、決して規模が小さくなってない゛元締め゛の存在に魔理沙は苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべてしまう。

「……最初はちょっと面白そうな話だと思ってた自分を殴りたくなってきたぜ」

「貴女を半ば騙して連れてきた事は謝ります。ですが自分への八つ当たりは、過去へ跳躍する方法が分かってからにしてくださいな」

「んぅ~……まぁいいさ。どうせ過去の私に言って聞かせても、結果は同じだと思うしな?」

 

 そんなやり取りの後、アンリエッタは再びこの国に蔓延るスパイについての話を再開する。

 アルビオンから情報収集を頼まれたであろう゛元締め゛がまず行ったのは、傀儡役となる貴族たちへの声掛けであった。

 ゛元締め゛が最適の傀儡と見定めた貴族は皆領地経営で苦しみ、土地持ちにも関わらずあまり金を稼げていない貧乏貴族に絞っている。

 お金欲しさに領地に手を出して失敗している者たちは、その大半が楽して大金を稼ぎたいという邪な思いを持っているものだ。

 彼らの殆どはその土地ではなく王都に住宅を建てて暮らし、儲からない領地と借金を抱えて日々を暮らしている。

 そういった人間を探し当てるのに慣れた゛元締め゛は、前金と共に彼らの前に現れてこう囁くのである。

 

―――この国の機密情報を盗み取ってアルビオンに渡せば億万長者となり、かの白の国から土地と欲しい褒美を貰えるぞ……――と。

 

 無論これを聞かされた全員がそれに賛同する筈はないだろう、きっと何人かは゛元締め゛を売国奴と罵るだろう。

 しかし゛元締め゛は一度や二度怒鳴られる事には慣れており、シールのように顔に張り付いた不気味な笑みを浮かべて囁き続ける。

 こんな国には未来はない、いずれは大国に滅ぼされる。そうなる前にアルビオンへとこの国を売り渡し、今のうちの将来の地位を築くべき――だと。

「おいおい……いくら何でもそれはウソのつき過ぎだろ?ちよっと物騒だが、別に無政府状態ってワケでもないだろうに」

 そこまで聞いたところで待ったを掛けた魔理沙であったが、彼女の言葉にアンリエッタは自嘲気味な笑みを浮かべてこう返した。

 

「知ってますか?このハルケギニア大陸に幾つかある国家の中に、王家の者がいるのに玉座が空いたままの国があるそうですよ?

 王妃は夫の喪に服するといって戴冠を辞退し、まだ子供の王女に任せるのは不安という事で年老いた枢機卿にすべてを任せてしまっている国が……」

 

 不味い、被弾しちまったぜ。――珍しく自分の言葉を間違えた気がした魔理沙は、知り合いの半妖がくれた黒い飴玉を口にした時のような表情を浮かべて見せた。

「あー……悪い、そういやここはそういう国なんだっけか?」

 わざとらしく視線を横へ逸らすのを忘れが申し訳なさそうに謝った魔法使いは、件の飴玉を口にした時の事も思い出してしまう。

 おおよそ人が食べてはいけないような味が凝縮されたあの飴玉を食べてしまった時の事と比べれば、この失言も大した事ではないと思えてくる。

「まぁそんな状態もあと少しで終わりますので心配しないでください。それよりも先に片付けねばならない事があるのですから」

 とりあえずは謝ってくれた魔理沙にそう返しつつ、アンリエッタはそこから更に話を続けていく。 

 

 自分が仕える国から機密情報を盗み出せば、大金と褒美を得られるぞ。

 そんな甘言を囁かれても、大半の貴族は囁いた本人を売国奴として訴えるのが普通であろう。

 しかし゛元締め゛は知っていたのだ、例えをトリステイン貴族でなくなったとしても金につられてくれるであろう貴族たちの所在を。

 ゛元締め゛はそうした貴族達だけをターゲットに絞り、根気よく説得しては自分の手駒として情報を集めさせたのである。

 一方で傀儡となった者たちはある程度情報を集めた所で゛元締め゛からアルビオン側の人間との合流場所を知らされる。

 そしてその合流場所へと行き観光客を装った彼らから報酬を受け取り、情報を渡してしまえば立派な売国奴の出来上がりだ。

 

 後は逮捕されようが殺されようが構いやしないのである。今のアルビオンにとって、この国の貴族は本来敵として排除するべき存在。

 ましてや金に目が眩み機密情報を平気で渡すような輩など、信用してくれと言われてもできるワケがない。

 結局、゛元締め゛の言いなりになっている貴族たちは目先の利益に問われた結果、最も大事な゛信用゛を失ってしまったのである。 

 

「そんならいくら尻尾振ったって意味なくないか?第一、貴族ってそんなに金に困ってるのか?」

「王家である私やヴァリエール家のルイズはともかく、貴族が全員お金に困らない生活をしてるってワケではありませんしね」

 下手すればそこら辺の平民よりも月に消費するお金が多いのですから、アンリエッタは歯痒い思いを胸に抱いてそう言う。

 国を運営していくのに綺麗ごとでは済まない事は多いが、日々の生活に困窮する貴族の数は年々増えつつある。

 最初こそそれは学歴がなくまともな職にもつけない下級貴族たちが主流であったが、今では中流の貴族たちもその中に入ろうとしていた。

 

「領地経営だって軽い気持ちでやろうとすれば必ず痛い目を見て、そこで生まれた負担金は経営者の貴族が支払ねばなりません。

 想像と違って上手くいかない領地の経営に、身分に合わぬ浪費でどんどん手元から無くなっていく財産に、そこへ割り込むかのように増えていく借金……。

 今ではそれなりの地位にいる者たちでさえお金が無いと喘いでいる今の世情を利用して、゛元締め゛は甘い蜜を吸い続けているのです」

 

 華やかな王都の下に隠れる陰惨な現実を語りながらも、アンリエッタはさらに話を続ける。

 そうして幾つもの人間を駒として操り、アルビオンに情報を渡す゛元締め゛本人は決してその尻尾を出すことは無い。

 自らは舞台裏の者としての役割に徹し、例え傀儡たちが死のうともその正体を露わにすることはなかった。

 ……そう、ヤツは決して表舞台には姿を現さないのだ。――余程の゛緊急事態゛さえ起こらなければ。

 

「――成程、アンタがやろうとしている事が何となく分かってきた気がするぜ」

「何が分かったのかまでは知りませんが、私の考えている通りならば後の事を口にする必要はありませんね?」

 ゛緊急事態゛という単語を聞いた魔理沙は彼女の言わんとしている事を察したのか、ニヤリとした笑みを浮かべてみせた。

 一方のアンリエッタも、魔理沙の反応を見て自分の言いたい事を彼女が察してくれたのだと理解する。

 両者揃ってその口元に微笑を浮かべ、互いに同じことを考えているのだと改めて理解した。

「成程な、釣りは釣りでも随分とドでかい獲物を釣り上げる気のようだな?」

「まぁ、あくまで餌役は私なんですけね?」

 最初こそ自分を殴りたいと言って軽く後悔していた魔理沙は、今やすっかりやる気満々になっている。

 権力を隠れ蓑にして他人を操り、自分の手は決して汚そうとしない゛元締め゛を釣りあげるという行為。

 ヤツは余程の事が起こらない限り姿を見せない。そんな相手を表舞台に引きずり出すにはどうすればいいのか? 

 

 その答えは簡単だ。――起こしてやればいいのである、その余程どころではない゛緊急事態゛を。

 例えばそう、何の前触れもなくこの国で最も重要な地位についている人間が失踪したりすれば……どうなるか?

 護衛はしっかりしていたというのに、まるで神隠しにでも遭ってしまったかのように彼らに気取られず姿を消してみる。

 するとどうだろうか、絶対かつ完璧であった護衛の間をすり抜けて消えてしまった要人に彼らは大層驚くだろう。

 一体どこへ消えたのか騒ぎ立て、やがて油に引火した炎のように騒ぎはあっという間に周囲へ広がっていく。

 やがて要人失踪の報せは他の要人たちへと届き、各地の関所や砦では緊急事態の為通行制限がかかる。

 

 そのタイミングでわざと教え広めるのだ、要人の姿をここ王都で目撃したという偽の情報を。

 当然それが仕掛けられたモノだと気づかない第三者たちは、そこへ警備を集中配置して情報収集と要人確保の為に動く。

 そこに来て゛元締め゛は焦り始めるのだ。――なぜ、こんなタイミングであのお方は姿を消したのだと。

 恐らく彼は自分の味方へと疑いを向けるだろう。この国の王権を打倒せんと企んでいるアルビオンの使者たちを。

 彼らは味方だがこちらの意思で完全に動いているワケではない、彼らには彼らなりの計画がしっかり用意されている。

 もしもその計画の中に要人の誘拐もしくは暗殺が入っており、尚且つそれを自分に知らせていなかったら……?

 まるで底なし沼に片足を突っ込んでしまった時のように、゛元締め゛はそこからずぶずぶと疑心暗鬼という名の沼に沈むほかない。

 

 疑いはやがて確信へと変貌を遂げて、本人を外界へと引きずり出すエネルギーとなるだろう。

 それ即ち、アルビオンの人間と直接話し合うために゛元締め゛自らがその体を動かして外へと出るという事を意味するのだ。

 今まで自分に火の粉が降りかからぬ場所で多くの貴族たちを動かし、気楽に売国行為をしていた゛元締め゛。

 しかし、ふとしたキッカケで彼らに疑いを持ち始めた゛元締め゛は、自ら動いてアルビオンの人間たちに問いただしに行く。

 それが仕組まれていた事――そう、要人が消えた事さえ彼を表舞台に上がらせる為の罠だという事にも気づかず。

 そして食いついた所で釣りあげてやるのだ。強力な地位を利用して国を売ろとした男と、それに関わる者たち全てを。 

 

「それが今回、私に仕える者が提案した『釣り』のおおまかな流れです」

 表の喧騒から遠く、時間の流れさえゆったりとしたものに感じられる人気の無い路地裏で、アンリエッタは今回の作戦を教え終えた。

 そんな彼女に対して珍しく黙って聞いていた魔理沙は面白そうに短い口笛を吹いたのち、「成程な」と一人頷く。

「餌も上等なら、釣り針や竿も最高級ってヤツか?この国の重役なら絶対に動揺すると思うぜ?」

「それはそうでしょうね。何せ今はこの王都に通常よりも倍の衛士たちが入ってきていますから」

 魔理沙の言葉にアンリエッタそう返しつつ、ふと表の通りから聞こえてくる喧騒に衛士達の走り回る音も混じってきているのに気が付く。

 規律の取れた軍靴が一斉に地を踏み走る音靴は、彼らが六人一組で行動している事を意味する音。

 きっとそう遠くないうちにも、この路地裏にも捜査の魔の手が伸びるのは間違いない。

 

 アンリエッタは魔理沙と目配せをした後で自ら先頭に立ち、隠れ場所を探しつつ街の中を進んでいく。

 途中表通りへと繋がっている場所を避けつつ、彼女は衛士に見つかってはいけない理由も話してくれた。

 

「ここまでは計画通りです。しかし……もしここで衛士達に見つかり、捕まってしまえば全てが無に帰してしまいます。

 恐らく私が確保されたという報告は、すぐにでも゛元締め゛の耳に届く事でしょう。そうなれば後はヤツの思うがまま、

 アルビオンの使者とすぐに仲直りした後で、持てるだけの情報を持たせて彼らを白の国へと送った後で、すべての証拠を隠滅――

 そして持ち帰った情報で彼らはわが国で戦争を始めるつもりなのです。ゲルマニアやガリアの僻地で起きているモノと同じ形式の戦争を……」

 

 戦争だって?――王女様の口から出た物騒な単語に、流石の魔理沙も眉を顰める。

 トリステイン自体が幻想郷程……とは言わないが相当平和な国だというのは彼女でも理解している。

 平和とはいっても化け物に襲われたりこの前はあのアルビオンとかいう国が攻めてきたりしたが、それは一般大衆にはあまり関係ないことだろう。

 現にこの街に住んでる人々はかの国と実質戦争状態にあるというのに、いつも変りなく暢気に暮らしている人間が大半を占めているのだ。

 そんな平和なこの国で――彼女の言い方から察するに最低でも国内で――戦争が起こるなどとは、上手いこと想像ができないでいる。

 

 それに魔理沙自身、ちゃんとしたルールに則った争い……つまりは弾幕ごっこが戦いの基本となった幻想郷の出身者という事もあるだろう。

 深刻な表情をして国で戦争が起きるかもしれないと呟くアンリエッダの言葉に肩を竦め、信じられないと言うしかなかった。

「おいおい戦争って……いくらなんでも、そこまで発展したりはしないだろ?」

「確かに貴女の言う通りです。王政の管轄領地やラ・ヴァリエ―ルなどの古くから仕える者たちの領地で起こりえないでしょう、――しかし

「しかし?」

「管理の行き届かない領地、つまりは僻地で戦争が起きる可能性は決して無いとは言い切れないのですよ」

 深刻な表情のまま言葉を終わらせたアンリエッタに、魔理沙は口から出かかった「マジかよ」という言葉を飲み込む事はできなかった。

 そしてふと思った。この世界では、ふとした拍子や失敗で簡単に戦争が起こってしまうのではないのかと。 

 

011

 

 そんな気味の悪い事を考えてしまった魔理沙は、アンリエッタに続くようにして自らも重苦しい表情を浮かべてしまう。

 いつも何処か得意げなニヤつき顔を見せてくれている彼女には、あまりにも不釣り合いかつ真剣な顔色である。

 今の彼女の表情を霊夢やアリス、パチュリーといった幻想郷の知人が見ればきっと今夜の夜空は物騒になるだろうと誰もが笑うに違いない。

 幸か不幸か今はそんな奴らもいないので、彼女は恥かしい思いをすることもせず気兼ねなく真剣な表情を浮かべることができていた。

 アンリエッタはアンリエッタでこれからの作戦の成否で国の運命が掛かっていると知っているためか、魔理沙以上に真剣な様子を見せている。

 魔理沙と出会う前はサポートがいてくれたおかげで何とか王都まで隠れる事はできたが、ここからが正念場というヤツなのだろう。

 お供の魔法使い共々衛士たちに捕まり、正体がバレてしまえば――最悪敵である、あの゛男゜にこちらの出方を読まれる恐れがある。

 

 元締め――もといあの゛男゛は馬鹿でもないし、間抜けでもない。秀才であり、なおかつ政敵との戦いにも打ち勝ってきた強者だ。

 でなければこの国であれだけの地位――トリステイン王国の法と裁きを司る高等法院の頂点に立てはしないだろう。

 無論スパイとして発覚する以前に賄賂の流通があったという話は聞くが、それだけで検挙できるのならここまでの苦労はしない。

 一度は地の底に這いつくばり、血の涙も枯れてしまう程の努力を積み重ねてきた末の結果とも言うべき輝かしくも陰影が残る功績。

 自らの欲と目的を達成するためには殺人すら含めたありとあらゆる手段を尽くし、自分に都合の悪い情報は徹底してもみ消してのし上がっていく。

 彼の裏の顔を知ろうと迂闊にも接近し過ぎてしまい、文字通り消された密偵の数は恐らく二桁近くに上るであろう。

 その一方では法の番人として国の法整備や裁判等に尽力し、先代の王や若かりし頃の枢機卿が彼を百年に一度の人材と褒めたたえている。

 表と裏。人間ならばだれしも持っているであろう二面のギャップが激しすぎる彼は、そう簡単には捕まらないであろう。

 だからこそこの事態をチャンスにして捕まえ、そして聞き質さなければいけない。

 

 ―――――幼子であった頃の自分を、まるで本物の父親に様にあやしてくれた貴方の笑顔は作り物だったのかと。

 

(その為にも今は絶対に捕まらないよう、気を付けないと……)

 愛するこの国の為、どうしても聞き出さなければいけない事の為、アンリエッタは改めて決意する。

 

 アンリエッタからこの任務の大切さを今更聞き、重責を負ってしまった事を実感している霧雨魔理沙。

 二人して人気のない裏路地で屯する形となり、アンリエッタはこれからどう動こうかという相談をしようとしていた――が、

 そんな彼女たちを不審者と判断しないほど、トリスタニアは平和ボケしているワケではなかった。

 それは二人の背後、裏通りから大通りへと続く路地から何気ない会話と共にやってきたのである。

「バカ言ってんじゃねえよ?大金張ったルーレットでそんな命知らずみたいな芸当できるワケが……ん?」

「だからさぁ、本当なんだって!そりゃもう信じられない位正確に……って、お?」

 ギャンブル関係の話をしながらやってくる二人組の男の声を聞いて咄嗟に振り向いたアンリエッタは、サッと顔が青くなる。

 彼女に続くようにして魔理沙もまた振り向き、丁度自分たちに気づいた男たちと目を合わせる形となってしまった。

 

 声の正体はこの王都にも良くいるようなチンピラではなく、むしろそのチンピラにとっては天敵ともいえる存在。

 お揃いの軽い胸当てに夏用の半袖服と長ズボンに、市街地での戦いに特化した短槍を手に街の治安を守るもの。

 鎧の胸部分に嵌め込まれているのは、白百合と星のエンブレム。そう、トリスタニアの警邏衛士隊のシンボルマークだ。

 二人そろってそのエンブレムの付いた胸当てを身に着けているという事は、彼らが衛士隊の人間であることは間違いない。

 自分たちの姿を見て足を止めた衛士達を前に、アンリエッタはすぐに魔理沙の手を取りその場を去ろうと考える。しかし、

「あーちょい待ち。そこの黒白、確かぁ~キリサメマリサ……だったっけ?」

「え?確かに私だが……何で知ってるんだよ?」

 間が悪く、彼女の手を取ろうとした所で衛士の一人が魔理沙の名前を出して呼び止めてきたのだ。

 魔理沙は見知らぬ他人に名を当てられて目を丸くしており、片方の衛士も「知り合いか?」と相棒に聞いている。

「いえ、ちょっと前にこの子が取り調べられましてね、その時の調書担当が自分だったんだよ」

「――あぁ、そういえばいたなアンタ。随分前の事だったから記憶に残ってなかったぜ」

 彼の言葉で思い出したのか、魔理沙が手を叩きながら言った所で衛士は彼女の隣にいるアンリエッタにも話しかけた。

 

「で、そこにいる君は誰なんだい?ここらへんじゃあ見たこと無さそうな雰囲気だけど?」

「あ、その……私は――」

 まさか話しかけられるとは思っていなかったアンリエッタは、どう返事したらいいか迷ってしまう。

 衛士の表情から察するに、ちょっとしたナンパ程度で声を掛けたのではないとすぐに分かる。

 あくまで仕事の一環として――少なくとも今伝えられている事態を考慮して――声を掛けたのは一目瞭然だ。

 もう片方の衛士も言葉を詰まらせているアンリエッタに、怪訝な表情を見せている。

 迷っている時間は無い。そう直感したアンリエッタに、魔理沙が救いの手を差し伸べてくれた。

「悪い悪い、衛士さん。こいつは私の知り合いなんだよ」

「知り合い?」

「あぁ、今日王都に遊びに来るっていうから私がちょっとした観光役をやらせてもらってるんだよ。なぁ?」

 いつもの口調で衛士と自分間に入ってきてくれた魔理沙の呼びかけに、アンリエッタは「え、えぇ!」と相槌を打つ。

 その様子に衛士二人は怪訝な表情を崩さず、しかし「まぁそれなら良いが……」という言葉に安堵しかけた所で、

 

「じゃあ突然で悪いが、その帽子外して俺たちに顔を見せてくれないかい?」

 一番聞きたくなかった質問を耳にして、アンリエッタは口から出そうとしたため息を、スッと肺の方へと押し戻す。

 まさか言われるとは思っていなかったワケではない、それはポカンとした表情を衛士達に向けている魔理沙も同じであろう。

 少なくとも今の彼らにとって、帽子を目深に被った少女何て誰であろうが職務質問の対象者となるに違いない。

 かといって帽子を外して堂々と街中を歩くのは、「私を捕まえてくださーい!」と市中で裸になって踊りまくるのと同義である。

 裸になるか帽子を被るか、たとえ方は少々おかしいが誰だって帽子の方を選ぶのは明白だ。

 だからアンリエッタも帽子を被り、ちゃんと変装までしたうえで――衛士たちに職質されるという不運に見舞われた。

 

 今日の運勢は厄日だったかしら?いつもならお抱えの占い師から聞く今日の運勢の事を現実逃避の如く考えようとしたところで、

 それまで黙っていた魔理沙もこれは不味い流れだと察したのか、自分の頭の上にある帽子を取りながら衛士達に声を掛けた。

「帽子か?そんなもんいくらでも取ってやるぜ?ホラ!」

「お前じゃねえよ、バカ。ホラ、お前さんの後ろにいる黒帽子を被った連れの子さ」

 霧雨魔理沙渾身(?)のギャグをあっさりと切り捨てた衛士の一人が、丁寧にアンリエッタを指さして言う。

 もしも彼らが今ここで彼女の正体を知ったら、きっと彼女を指した衛士は間違いなく土下座していたに違いない。

 しかし悲しきかな、今のアンリエッタにとって自らの正体を晒すのは自殺行為である。

 よって幸運にも彼は何一つ事実を知ることなく、余裕をもってアンリエッタ指させるのであった。

 

 魔理沙の誤魔化しをあっさりとすり抜け、自分に帽子を外しての顔見せ要求する冷静な衛士達。

 これには流石のアンリエッタも何も言い返せず、ただた狼狽える事しかできない。

 しかし、時間が待ってくれないように衛士達も一向に「イエス」と答えてくれない彼女を待つつもりは無いらしい。

 指さしていない方の衛士が怪訝な表情のままアンリエッタへ一歩近づきながら、彼女の被る帽子の縁を優しく掴みながら言う。

「……黙ってるっていうのなら、こっちは不本意だが無理やり帽子を取るしかないが?」

「……ッ!?そんなの、横暴では――ッ!?」

 咄嗟に彼の手から逃れるように叫ぶと後ろへ下がり、まるでぎゅっと両手で帽子の縁を掴む。

 まるで天敵に出会ったアルマジロの様に見えた魔理沙であったが、流石にそれをこの場で言えるほど空気が読めないワケではなかった。

 

 とはいえ流石にここは間に入らないとまずいと感じたのか、再びアンリエッタの前に立ちはだかり何とか衛士を宥めようとした。

「まぁまぁ落ち着いてくれって!この暑さでイライラしてるのは私だってよ良く分かるぜ?」

「暑さでイライラがどうのこうのじゃないんだ。あくまで仕事の一環として彼女の顔をよく見ておきたいだけだ」

「そんな事言って、ホントは美人だったらナンパしたいだけだろ?例えば……今日一緒にランチでもどう?……ってさ?」

 魔理沙はここで相手の注意をアンリエッタから自分に逸らそうと考えたのか、煽るような言葉を投げかけていく。

 流石にナンパという単語にムッとしたのか、独身であろう衛士は目を細めると「馬鹿にするなよ」と言いつつ、

 

「俺は二児の父親で、ついでに今日の昼飯は女房が作ってくれたベーコンとチーズのサンドウィッチとマカロニのクリームソテーなんだぞ?」

「……おぉ、スマン。アンタの事良く知らずにナンパとか言って悪かったぜ」

「おめぇ!何奥さんとのイチャイチャっぷりを告白してんだよッ!」

 

 独身どころか既にゴールインしていたうえに愛妻弁当の自慢までされてしまい、流石の魔理沙も訂正せざるを得なくなってしまう。

 一方で指さしていた衛士は何故か彼に突っかかったのだが、所帯持ちの相方は「僻むんじゃねぇよ」と一蹴しつつ魔理沙へと向き直る。

「とにもかくにもだ、別に持ち物検査までしようってワケじゃないんだ。そこの嬢ちゃんが自分で自分の帽子を外すくらい何て事無いだろう?」

「まぁそりゃそうなんだが…ってイヤイヤ、そこがさぁちょいとワケありでダメなんだよなぁ~これがさぁ……」

 衛士として正論を容赦なくぶつけてくる相手に対して、魔理沙は何とかそれをかわそうと次の一手を考えようとする。

 しかし、どう考えても今の状況を上手いことかわせる方法などあるワケもなく、彼女が言い訳を口にする度に衛士たちは顔をしかめていく。

(まぁ逃げる手立てはいくらでもあるんだが、そうなると絶対後で碌な目に遭わないしなぁ~……あぁでも、そういうのも面白そうだなぁ)

 右手に握る箒を一瞥しつつ、アンリエッタの前では絶対言ってはいけない事を心中で呟いていた――その時であった。

 

 まず先手を打って逃げようかと考えていた魔理沙と狼狽えるアンリエッタが、上空から落ちてくる゛ソレ゛に気が付く。 

 一方の衛士達も上から落ちてきた゛何か゛が視界の端を横切って地面へ落ちていくのに気が付き、一瞬遅れてそちらへと目を向ける。

 瞬間、四人の人間がいる細いに植木鉢の割れる音が響き渡り、鉢の中で育てられていた花と土が地面へとぶちまけられていた。

 それが植木鉢だったと四人ともすぐに理解できたが、問題はそれがなぜ上空から落ちてきたのかだ。

「……?何だ、コレ……植木鉢?――って、うわっ!何だアレッ!?」

「…………?上に誰か――って、ウォッ!?」

 まず最初に魔理沙が首を傾げ、彼女に続くようにして家族持ちの衛士が頭上へと視線を向け――二人して驚愕する。

 何故ならば、先に落ちてきた植木鉢に続くようにして建物の屋上から分厚い布が風で舞い上がったハンカチのように落ちてきたのだから。

 

 ハンカチと例えたが、ここがハルケギニアであっても流石に大人二人を容易に隠せるサイズはハンカチではない。

 恐らく雨が降った際に濡れたら困る物を覆い隠す為の布として、屋上に置いていたものであろう。それがヒラヒラと広がりながら落ちてきたのだ。

 布はその大きさながら落ちるスピードは思ったよりも速く。魔理沙は咄嗟に背後にいたアンリエッタの手を取って後ろへと下がる。

「……ッ!まずい、下がれッ!」

「きゃっ……」

 アンリエッタが悲鳴を上げるのも気にせず後ろへ下がった直後、布は彼女たちが立っていた場所へと舞い落ちた。

 それだけではない。丁度彼女たちが立っていた所よりも前に立っていた衛士達も、もれなくその布を頭からかぶる羽目になったのである。

「うわわッ、な……何だこりゃっ!」

「クソッ!おい、お前らそこにいるんだろ?何とかしてくれッ!」

 布は以外にも大きさに見合ったそれなりの重量をしていたのか、衛士達を覆い隠したまま彼らを拘束してしまったのだ。

 まるで絵本に出てくる子供だましのお化けみたいに、頭から布を被った姿で両手らしい二つの突起物を出して動く衛士達。

 姿をくらますなら今しかない……!そう判断した魔理沙はアンリエッタの手を取り何も言わずに彼女と共にこの場を去ろうとした直前、

「おい君たち、裏通りへ出たら僕が今いる建物の中へ入ってくるんだ!」

 先ほど植木鉢と思わぬ助っ人となった布が落ちてきた建物の屋上から、透き通る程綺麗な青年の呼び声か聞こえてきた。

 突然の呼びかけに二人は足を止めてしまい、思わず声のした頭上へと顔を向ける。

 するとどうだろう、逆光で顔は見えないものの明らかに若者と見える金髪の青年が、建物の屋上から半ば身を乗り出してこちらを見つめていた。

 アンリエッタは思わず「誰ですか?」と声を上げたが、魔理沙だけは青年の声を聞いて「まさか……?」と言いたげな表情を浮かべる。

 彼女には聞き覚えがあったのである。その青年の、少年合唱団にいても不思議できないような綺麗な声の持ち主を。

 

 屋上の青年は魔理沙たちが自分の方へと視線を向けたのを確認してから、次の言葉を口にした。

「近辺にはすでに多数の衛士達が巡回している、捕まりたくないなら大人しく僕の所へ来るんだ!いいね?」

「あ、ちょっと……まさかお前――って、おい待てよ!」

 言いたい事だけ言った後、魔理沙の制止を耳にする事無く彼は踵を返して姿を消した。

 屋上があるという事は建物の中へと入ったのだろうが、それはきっと「中で待っている」という無言の合図なのだろう。

 魔理沙は内心聞き覚えのある声の主の指示に従うがどうか一瞬だけ考えた後、思わずアンリエッタへと視線を向ける。

 

「……何が何やら全然分かりませぬが、逃げ切れるのならば彼のいう通りに従った方が賢明かと思います!」

「正気かよ?でもお互い様だな、私もアイツの指示に従うのが良さそうだと思ってた所だぜ」

 アンリエッタの大胆な決断に一瞬だけ怪訝な表情を見せた魔理沙は、すぐにその顔に得意げな笑みを浮かべてそう言った。 

 二人はその場で踵を返すとバッと走り出し、未だ巨大な布と格闘している衛士達を置いてその場を後にする。

「お、おい何だ!一体何が起こってるんだ!?」

「クソ!おい、誰でもいいからコレをどかすのを手伝ってくれ!」

 狭い通りに響き渡る衛士達の叫び声で他の人が来る前に、少女たちは自らの背を向けて立ち去って行った。

 

 再び裏通りへと戻ってきた魔理沙たちは、衛士達の声で早くも集まっている人たちを尻目に隣の建物へと入る。

 そこはどうやら平民向けのアパルトメントらしく、玄関には騒ぎを聞きつけたであろう平民たちが何だ何だと出てきている最中であった。

 ちょっとした人ごみができている場所を通りつつ中へと入ることができた二人へ、声を掛ける者が一人いた。

「こっちだ、こっちに来てくれ」

「ん?あ、そっちか」

 魔理沙は一瞬辺りを見回した後で、先ほど声を掛けてくれた青年がいる事に気が付く。

 こんな季節だというのに頭から茶色のフードを被っており、その顔は良く見えないものの口元からして笑っているのは分かった。

 築何十年と立つであろう古い木の廊下をギシギシと鳴らしつつ、魔理沙とアンリエッタの二人は青年の元へと駆け寄る。

「どこのどなたか存じ上げませんが、助けていただき有難うございます。……あ、その――今はワケあって帽子を……え?」

 まず初めにアンリエッタが頭を下げて礼を述べようとしたところで、フードの青年は右手の人差し指を口の前に立てて「静かに」というサインを彼女へ送る。

 その意味をもちろん知っていたアンリエッタが思わず目を丸くして口を止めると、次いで左手の親指で背後の廊下を指さした。

 

「ここは人が多すぎます。この先に地下を通って外の水路へと出れますので、詳しい話はそこで致しましょう」

 

 

 

 そうして共同住宅の奥にあった下へと階段の先にあったのは、古めかしい地下通路であった。

 上の建物と比べても明らかに長年放置されていると分かる通路を、魔理沙とアンリエッタの二人は興味深そうに見回してしまう。

「まさかただの共同住宅の下に、こんな通路があるだなんて……」

「あぁ、しかも見たらこの通路。一本じゃなくて迷路みたいになってそうだぜ?」

 軽く驚いているアンリエッタに魔理沙がそう言うと、彼女は普通の魔法使いが指さす方向へと視線を向ける。

 確かによく見てみると通路は一直線ではなく三つほど横道があり、単純な構造ではないという事を二人に教えていた。

 そんな二人を横目で見つつ、青年はさりげなく彼女たちに自分の知識を披露してみる事にした。

「五百年前、ブルドンネ街の拡大工事で造られた緊急避難用の通路を兼ねた防空壕……とでも言いましょうか?」

「……!避難用、ですか?確かに私も、そういった場所があるという話は聞きましたが、まさかここが……」

「えぇ。当時のハルケギニアは文字通り戦乱の世でしたからね、王都にもこういった場所が造られたんですよ」

 ――ま、結局目的通りの使われ方はしませんでしたけどね。最後にそう言って青年は笑った。

 アンリエッタはかつて母や枢機卿から聞かされていた秘密の隠し通路の一端を目にして、驚いてしまっている。

「マジかよ?この通路は築五百年って、どういう方法で造ったらそんなに保てるんだ……」

 対して魔理沙の方はというと、五百年という月日が経っても尚原型をほぼ完全に留めているこの場所に、好奇心の眼差しを向けていた。

 

 その後、二人は青年の案内でそれなりに入り組んだ通路を五分ほど歩き続ける事となった。

 地上と比べれば空気は悪かったものの、ところどころに地上と通じているであろう空気口があるおかげで酷いというレベルまでには達していない。

 最も、一部の通路は地面が苔だらけで歩きにくかったりと天井の一部が崩れ落ちていたりと散歩コースとしては中々ハードな通路であった。

 それでも青年の案内は正しく、更に十分ほど歩いた所でようやく外の光を拝める場所へと出る事ができた。

「さぁ外へ出ました。ここならさっきの衛士達も追ってくることは無いでしょう。とはいえ、油断はできませんけどね?」

 青年がそう言って指さした場所は、確かに人気のない静かな通りの中にある水路であった。

 魔理沙がとりあえず頭上を見上げてみると、先ほどまでいた裏通りとは微妙に違う街並みが見える。

 恐らくここも王都の中、それもブルドンネ街なのであろうが、魔理沙自身は見える建物に見覚えはなかった。

「ここは?」

「東側の市街地だ、昔から王都に住んでいる人たちが住人の大半さ。……とりあえず、ここから出るとしようか」

 魔理沙の質問にそう答えると、青年は傍にあった梯子を指さして二人に上るよう指示を出す。

 

 そうして青年、魔理沙、そして最後にアンリエッタの順で梯子を上り、三人は東側市街地へと足を踏み入れる。

 確かに彼の言う通りここには地元の者しかいないのだろう、他の場所と比べて人気はあまり感じられない。

 一応水路に沿って立ち並ぶ家や共同住宅からは人の気配は感じられるが、家の中でのんびりしているのか出てくる気配は全くなかった。

 以前シエスタが案内してくれた裏通りと比べても、まるで紅魔館の図書館みたいに静かだと思ってしまう。

 とはいえそこは街の中、よくよく耳を澄ましてみれば色んな音が聞こえてくることにもすぐに気が付く。

 遠くから聞こえてくる繁華街や市場からの明るい喧騒と小さな水路を流れる水の音に、時折家の中から聞こえてくる家庭的な雑音。

 それらが上手い事重なり合って聞こえてくるが、それでも尚ここは静かな所だと魔理沙は思っていた。

 

 そんな彼女を他所に、アンリエッタはローブの青年に改めて礼を述べていた。

「誠に申し訳ありませんでした。どこのどなたか存じ上げませぬが、まさか助けて頂けるなんて……」

「いえ、礼には及びませぬよ。困っている女の子を見捨てるのは、僕の流儀に反しますからね」

 帽子は被ったままだが、それでも下げぬよりかは失礼だと思ったのか軽く会釈するアンリエッタ。

 それに対し青年もそれなりに格好いいヤツしか言えないような言葉を返した後、「それよりも……」と彼女の傍へと寄る。

「僕は不思議で仕方がありませんよ。貴方ほど眩いお方が、どうして街中にいたのかを……ね?」

「……?それは一体、どういう――――ッア!」

「あ!」

 青年の意味深な言葉にアンリエッタを首を傾げようとした、その瞬間である。

 一瞬の隙を突くかのように青年が素早い手つきで彼女の被る帽子を掴むや否や、それをヒョイっと持ち上げたのだ。

 まるで彼女の髪の毛についた落ち葉を取ってあげたように、その動作に全くと言っていい程迷いはなかった。

 流石の魔理沙も突然の事に驚いてしまい、一拍子遅れる感じで青年へと詰め寄る。

 

「ちょ……おっおい何してんだよお前!?」

「別に何も。ただ、彼女みたいな素敵なお方がこんな天気のいい日に黒い帽子何て被るもんじゃないと思ってね?」

 詰め寄る魔理沙に青年は何でもないという風に言い返して、自身もまた被っていたフードを上げたその顔を二人へと晒して見せた。

 夏だというのにやや厚手であったフードの下から最初に目にしたのは、やや白みがかった眩い金髪。

 ついでその髪の下にある顔は声色相応の美貌を持つ青年のものである。

 一方で自分の予想が当たっていた事に対して、魔理沙は喜ぶよりも先に青年を指さしながら叫んだ。

「あー!やっぱりお前だったか!?」

「ちょ……マリサさん!あまり大声は――って、あら?貴方、その目は?」

 思わず大声を上げてしまう魔理沙を宥めようとしたところで、アンリエッタはふと青年の目がおかしいことに気が付く。

 右の瞳は碧色なのだが左の瞳は鳶色で、つまりは左右で目の色が違うのだ。

 所謂オッドアイという先天的な目の異常であり、同時にハルケギニアでは「月目」とも呼ばれている。

「月目……ですか?」

 それに気が付いた彼女は、知識の上で知ってはいても初めて見る月目につい口が開いてしまう。

 すぐさまハッとした表情浮かべたものの、青年は「いえ、お気になさらず」と彼女に笑いかけながら言葉を続ける。

 

「生まれつきのモノでしてね、幼少期はこれで色々と貧乏クジを引いたものですよ。ま、今では自分のアイデンティティの一つなんですがね?」

 何より、女の子にもモテますし。最後に一言、そう付け加えて青年こと――ジュリオ・チェザーレは得意げな笑みを浮かべて見せた。

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