ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第二十二話

太陽が沈み、代わりに赤と青の双月がゆっくりと顔を出した。

しかし今日の双月は重なってしまっているため、大地に住む者達から見れば一つの月に見えてしまう。

今夜は二つの月が重なる晩。とても神秘的で、遙か空の上にある天の河の不思議の一つに触れることが出来る日。

そんな夜を迎えたウエストウッドの村は、昼にやってきた怪物の所為で滅茶苦茶になっていた。

柵はなぎ倒されていたり藁葺きの家が何軒か叩き壊されていたり、なかには吹き飛んでしまっているものもある。

 

そんな村の中でも一番無傷であった家の中で、霊夢が自身の左手の甲に浮かんでいた『文字のようなモノ』を見つめていた。

 

「これって、なんなのかしら…?」

霊夢はなかなか高そうなテーブルに肘を突き、左手の甲をマジマジと見つめながらぼそりと呟く。

左手の甲には文字だか紋章だかよくわからない記号がボンヤリと、幽霊のように浮かんでいる。

本当にボンヤリと浮かんでいるため、何が書いてあるのかいまいちハッキリしない。

だがしっかりと浮かんでいても霊夢はハルケギニアの文字は読めないため、関係ないのだが。

 

霊夢は一度手の甲から目を離すとテーブルの中央に置かれていたランタンへと目を移す。

新品同様のランタンの中では赤色が少しかかったオレンジ色の炎が小さく、それでも爛々と輝いている。

その日を見つめていると、今日の昼頃に起こったことを思い出した。

 

 

森の中で知り合ったティファニアという少女の家で昼食を食べた後、牛頭の化け物がやってきたのだ。

とりあえず人を襲うような素振りを見せたので退治しようと戦ったのだが、如何せんソイツは思ったよりも随分と硬かった。

なら一気に片を付けるかと思い、スペルカードを取り出そうとしたとき―――こちらに戻ってきたティファニアが『詠唱』を始めたのだ。

このハルケギニアという世界に来てからだが、色々な魔法の詠唱を聴いてきたがあんなのは初めて聞いた。

しかし――何故か心の奥底ではその詠唱に何処か『懐かしさ』を感じていて、自然と気持ちが良くなっていく気がした。

まるで、母親の子守歌を聴いて安らかに眠る赤ん坊のような。そんな例えが丁度合うような感じだった。

 

その後のことは、正に奇妙であった。

 

詠唱を終えたティファニアがあの牛頭に向けて杖を振り下ろすと、牛頭の周りの空気が直視できるくらいに歪んだ。

すぐに空気のゆがみが戻ったとき、牛頭の妖怪はまるで呆けたように立ちつくしていた。

目に浮かんでいた妖しげな水色の光も消え失せていて、太陽のように赤い瞳が見えていた。

牛頭の化け物がジーッと立ちつくしているのを見たティファニアは大声で牛頭に言った。

 

「貴方は人のいる所へ来ちゃ駄目なの、だから何処か人が全く来ないところへ行きなさい。」

 

ティファニアの言葉に、牛頭は「わかった。」とでも言うようにうめき声を上げ、踵を返して森の方へと戻っていった。

牛頭の姿が木に隠れて見えなくなった頃になった時、ティファニアは安心したかのようにため息をつくと、その場にぺたんと座り込んでしまった。

しばらくして、ティファニアの家に隠れていた子供達が外へ出て泣きじゃくりながらティファニアの所へやってきた。

私は何が何だかわからなかったが、まぁあの牛頭が自分で去ってくれたから結果オーライと考えてたとき、ふた左手の甲の異変に気が付いた。

 

そこへ目を向けると、ボンヤリとだが光り輝いている記号があったがすぐに光は消え――代わりにこの文字のようなモノが浮かんできた。

 

「一体全体、良くわからないわねぇ~。」

霊夢はそう言うとぐて~っと腕を伸ばしてテーブルに突っ伏した。

ふとそんな時、ある言葉が彼女の頭の中を縦横無尽に駆け回った。

 

―――――――――アンタの左手にルーンが刻まれてるでしょ?それが使い魔の証拠…

 

「確かアイツ、使い魔のなんとかかんとかって…言ってたような。」

そこまで考えたとき、後ろから男の子の声が掛かった。

「?…ツカイマがなんとかかんとかって、何言ってんの?」

振り向いてみると、そこには寝巻きに着替えたジムが怪訝な表情で佇んでいた。

「なんだアンタか…で?どうしたの。」

霊夢の素っ気ない言葉にジムはムッとしながらも、ティファニアからの伝言を霊夢に言った。

「テファおねえちゃんが、お風呂に入っても良いってよ。あと寝巻きも後でテーブルに置いておくって…。」

 

あの後、ティファニアは流石に子供達だけで一夜を過ごさせるのは危険と判断し、今夜だけは子供達全員がティファニアと一緒に寝ることになった。

一方の霊夢はというと、ここで一晩明かす気はなかったのだが何故だか疲労が無駄に溜まっていたのだ。

きっと四時間くらい飛び続けたうえに戦闘までこなした反動でも来てしまったのだろう。

事実、ティファニアの誘いを二つ返事で断りそのまま飛び上がろうとして、クルリと一回転して地面に寝転がってしまった。

 

後ティファニアの家のお風呂についてだが、実はティファニアの言っていた『知り合い』が作ってくれたお風呂らしい。

なんでもその『知り合い』は「土」系統の魔法が得意らしくて、お湯をひいたり土台を作ってくれたという。

「…あぁ、ありがとう。」

霊夢はジムにお礼の一言を言う席を立とうとした時、モジモジしつつもジムは口を開いた。

「テファおねえちゃんと俺たちをあの時化け物から助けてくれて、その…アリガトウ。」

本心かどうかわからないそのお礼の言葉に霊夢はふと足を止め、ジムの方へと顔を向けた。

霊夢と目があったジムは、彼女の赤みがかかった黒い瞳をモジモジと見つめつつ、更にお礼の言葉を言う。

 

「なんというかな…その、最初はただの腋さらけ出してるアレが弱いオカシイ女かと思ってたけど…結構良い奴――――イタッ!?」

しかし、ジムのお礼の言葉は、霊夢の唐突なデコピンによって中断されてしまった。

「アンタ、私を馬鹿にしたいのか礼を言いたいのかどっちかにしなさいよ。」

霊夢は額を抑えているジムにそう言い捨てるとさっさと風呂場の方へと行ってしまった。

 

 

そんな会話が行われているウエストウッド村の外の森。

今夜は月が出ているのだが、枝や葉が月光を遮っている所為で森の中はとても暗い。

普通ならこんな時間帯にくる人間は居ないのだが、今夜に限って例外が一人だけいた。

その人物は自分の体のラインがくっきり見える黒色のローブを纏っており、それで女性だと一目で分かる。

女性は地上より上にある木の枝に腰掛け、ジーッと何もない空間を見つめていた。

 

ふと女性は地面へ顔を向けると、それが合図かのように小さな人形がヒョコヒョコと木を登ってやってくる。

人形は女性の足下まで来るとピタリと動きを止め、女性はその人形を掴んで懐に入れた。

「全く、『ハクレイ』の【ガンダールヴ】を探したと思ったら、新たな『担い手』も見つけてしまうとはねぇ…。」

開口一番、女性はまるで予想もしていなかったという風に呟いた。

 

(この森に放ったミノタウロスはいつの間にか指輪の洗脳から解除されていた。

 先住の力がこめられているあの指輪の力を解除するには『解除』の呪文か…もしくは『忘却』の呪文。

  ミノタウロスの様子を見たところ、後者だと思うけど断定は出来ないわね。少なくともジョゼフ様の意見を聞かなくては――――)

 

――――――ミューズよ、聞こえるか。余の女神よ。

 

そこまで考えていたとき、ふと誰かが自分の頭の中に直接語りかけてきた。

女性はハッとした顔になると、急いで懐を漁って少し大きめの人形を取り出した。

そして人形の顔部分を自分の耳元にあてて、二、三回頷くと申し訳なさそうな顔になり、こう言った。

「ジョゼフ様!、なにもわざわざそちらから連絡してこなくても、私から……」

女性の言葉を遮るか様に、手に持っている人形が頭の中に語りかけてきた。

 

―――――なぁに、余は君が疲れていると思ってね。余の方から連絡をしたのさ。

 

その言葉を聞いた女性は、パァッと表情が嬉しそうなモノに変化した。

「い…その労り感謝します!あ…ジョゼフ様、頼まれていたガンダールヴの調査ですが…。」

女性は人形を通して話してくる誰かに、今まで調べていた事を一気に報告していた。

その報告の言葉の中には『虚無の系統』や【ガンダールヴ】、といったもはやハルケギニアの伝説に関連する言葉が幾つも出てきていた。

なかには『ハクレイ』といった、何を意味するのかわからない言葉も出てきた。

更に報告する相手が一見何の変哲もない人形だという事もあり、まるで人形に話しかける幼い子供そのものである。

 

 

―――――……流石だ余のミューズ!!まさか期待以上の成果を持ってくるとはな!

 

「あなたに喜ばれることをする私にとって、その言葉は有り難き幸せでございます。して、二人とも捕まえますか?」

 

――――――う~む、今すぐ手札に加えたいところだが…すぐにその事が坊主共の耳に入るだろう。

 

「ならしばらくは放置、ということですね?」

 

―――そうだ余のミューズ。『宗教庁』すら知らない二枚のカードは、最後まで残しておく必要がある。

 

「わかりました。それでは筋書き通りの事を続けます。」

 

―――――では、引き続き頼んだぞ。余のミューズ、【ミョズニトニルン】のシェフィールドよ。

 

 

その言葉を聞き終えた女性――シェフィールドは人形を懐にしまうと木の枝から飛び降り、あっという間に闇夜の中に紛れてしまった。

 

 

―――やがて夜が明けて朝になり、一番最初に起きたのは霊夢であった。

「うぅん…、ふあぁ…。」

 

目を開けて天井を見た時、自分のいる場所が博麗神社ではないと思い出す。

「ふぅ、やっぱり現実と夢は違うわね。」

もう霊夢がハルケギニアに来てから大分経つが、それでも時折これが夢なのではないかと思ってしまう時がある。

望郷というものだろうか、時々幻想郷に帰る夢を見てしまう事があるのだ。

ベッド代わりに使っていたソファから出てティファニアが貸してくれた寝巻きを脱ぐと、自分の服に着替えて外の空気を吸いに外へ出た。

 

ドアを開けた先にあった外の風景は、最初に見たのどかな雰囲気な村とは無縁の場所がそこにあった。

昨日、いきなり襲撃してきた牛頭の妖怪に壊された家や柵が何処か廃墟的な雰囲気を醸し出している。

そんな光景を見た霊夢は朝っぱらから憂鬱な気分になってしまい、もう一度家の中へと戻った。

居間へ行くとイスに腰掛け、テーブルに肘を突いて窓から外を眺めているとふと誰かが居間へ入ってきた。

「おはよう…もう起きてたんだぁ。随分と早起きなのねぇ…。」

そこにいたのは、この家の主人であるティファニアであった。

目の下には隈が出来ており、眠たそうに目を擦っている。

「おはよう。随分とお疲れのようね、どうしたの?」

「あぁ、子供達が昨日何かお話ししてーってせがんでそのまま流れに乗って色々話してたら…」

最後に言おうとした言葉を、霊夢が引き継いでこう言った。

「寝不足になったってワケね?」

「うん、そういう事。…ふぁぁぁぁああぁぁ…そろそろ朝ご飯作らないと…。」

ティファニアは大きな欠伸をするとテクテクとキッチンの方へ歩いていった。

 

――――やがて子供達を全員起こしてみんなで朝食を食べた後、霊夢はティファニア達と一緒に村の出入り口にいた。

朝食を食べた後、霊夢はもうそろそろ村を出ると言ったところ、こうして村の住人達が見送りしてくれると言ったのだ。

霊夢はそんな気遣いは別に良いと言ったが、それでもティファニアは昨日ジム達を助けてくれた事への感謝もついでにしたいらしい。

結局ティファニアと子供達は村の出入り口まで付いていくことになり――――今に至る。

一通りお礼の言葉を子供達に言われた霊夢はティファニアの方へ顔を向け、口を開く。

「それにしても…見送りだけじゃなくてこんなものまでくれるなんてね。」

霊夢はそう言って先程ティファニアに渡された小包を見つめる。

先程ティファニアがくれたこの小包の中にはサンドイッチが入っており、ティファニアが「お昼ご飯にでも」と渡してくれたのだ。

「いいっていいって、どうせ今日のお昼ご飯もそれだしね。」

ティファニアはそう軽く言うと後ろの方へと顔を向け、自分たちが住む村の光景を見た。

昨日の騒動であちこち滅茶苦茶になっており、元に戻していくにもそれなりに時間は掛かるはずだろう。

それも女子供達の小さな手だけで、きっと数ヶ月…へたすれば半年の時間を費すに違いない。

「本当、凄惨たる光景っていうのはああいうものね。」

霊夢がポツリ、とそう呟くとティファニアが再び霊夢の方へと顔を向け、こう言った。

 

「今はもういない母さんが事ある度にいつも言っていたわ。

 豊かな感情を持つ者全ては凄惨たる現実の光景を見てしまえば心が折れてしまい、次第に理想の光景へ走ってしまう。

  …だけど、心が折れると同時に理想へ走らず現実を受け入れ、その現実の光景をより良い物に直していこうという意思さえあれば…直していけるって。

    その意思を持たず、理想へ走る者はいずれ現実と理想に殺される―――って。」

 

 

「また来て赤い服のおねえちゃーん!」

                         「助けてくれてありがとー!」

 

   「ミノタウロスとの戦いはとてもかっこよかったよー!」

 

子供達の声援を背中に浴びつつ、霊夢はウエストウッド村を飛び去っていった。

ティファニアとジムは霊夢に手を振りつつ見送ると後ろを振り向き、ジムが口を開く。

「さて、これからみんなで村を修復するぞ!なーに、俺たちがちゃんとやればすぐに元通りになるって。」

他の子供達は、彼の言葉にウンウンと頷くとみんな村の方へと戻っていくが、ティファニアだけがずっと入り口に佇んでいた

その瞳は、既に遠くへ行ってしまった霊夢を映していた。村の皆を助けてくれたあの巫女を―――

 

「ハクレイ…レイムかぁ。」

ポツリと、ティファニアは霊夢の名前を呟くとジム達の後ろを付いていくように村の方へと戻っていった。

 

 

――――何処までも続いている白い雲が漂う空中を、一隻の船が飛んでいた。

側面に付いた大きな二枚の翼と巨大な帆で風を切り、安定したバランスを保っている。

外装も内装も立派な装飾を施されているこの船の名前は「マリー・ガラント号」。トリステインではかなり大きさ部類に入る輸送船である。

そのマリー・ガラント号の甲板に置かれている木箱の上に、一人の少女が座っていた。

黒色のマント、グレーのプリーツスカートに白いブラウスといった学生の標準的な服装。

マントを見ればその少女がそれ相応の名家の娘であることは一目瞭然である。

そして、何より一番特徴的なのは彼女の髪の色が明るいピンクのブロンドであるということだ。

 

そのブロンドヘアーの持ち主、ルイズは木箱に腰掛け段々と近づきつつあるアルビオン大陸を見つめていた。

この船に乗る前に護衛であるワルド子爵と共にレコン・キスタの刺客から逃げ切り、なんとかアルビオン行きの船に乗る事が出来た。

ワルド子爵はというとこの船の動力源である「風石」を風の魔法で補助している最中であった。

船長から貸し与えられた船室にいたルイズはとりあえず暇つぶしにと甲板に出て外の空気を吸っている最中であった。

「んぅー…輸送船にしては大分いい船室だったわ。」

ルイズはそう呟くと大きく体を伸ばすと、昨晩の襲撃の事を思い出していた。

あの時、ラ・ロシェールの桟橋に入った後突然やってきた謎の刺客に攫われそうになった時のことを――

瞬時に状況判断をしたワルド子爵はとても格好良く、正におとぎ話に出てくる騎士そのものであった。

助けられた後に、お姫様だっこされている事に気づいた時は流石に恥ずかしかったが同時にとても嬉しかった。

 

「やぁルイズ、そんな所にいたのかい。」

「え…?うひゃあ!」

 

頬を紅く染めていたルイズの耳にふとワルドの声が飛び込んできた。

驚いた彼女は飛び上がってしまい、その拍子に腰掛けていた木箱から落ちてしまった。

だが、床とキスするまであと1サントという所でワルドが出した風でフワッとルイズの体が浮かび上がる。

ワルドはそのまま器用に風を使ってルイズの体を操り、自分と向かい合うようにして彼女を立たせた。

床とキスすることを免れたルイズはもう一度頬を赤く染めるとモジモジしながらもワルドに話しかけた。

「し、子爵様…突然声を掛けないでください。」

その言葉を聞いたワルドは軽く笑いながらも口を開いた。

「すまない、何やら夢中で何かを考えている君が可愛かったからついつい悪戯でもしようかと…。」

ワルドの言葉を聞いたルイズは頬を膨らませるとそっぽを向いた。

その顔を見たワルドは途端に苦虫を踏んでしまったような顔になってしまい、途端に言い訳を始めた。

 

「いや、あの、その、ほら?人間というのは時に誰かを相手に悪戯をしたくなる生物なんだ。

 それは貴族も平民も関係なく平等に持つ生物的本能で、だからこそ道化師という職業があるもので…」

 

必死にそんな事を言ってくる自分より年上の男を見て、ルイズは内心クスクスと笑っていた。

そんな暖かいラブストーリーが輸送船の甲板で行われていたそんな時、鐘楼に上った船員が大声をあげた。

「右舷方向の雲中より、船が接近してきます!」

突然の声に二人は右舷の方へ顔を向けると、雲の中から一隻の巨大な船が現れた。

黒塗りの船体はまさに戦艦を思わせる雰囲気を持っており、舷側に開いた穴からは大砲が出ている。

「まさかレコン・キスタの戦艦なんじゃ…。」

その船を見たルイズは眉をひそめ、ポツリと呟いた。

 

「レコン・キスタの戦艦か?お前さん達のためにわざわざ荷物を運んできたと伝えろ。」

後甲板で副長と一緒に操船の指揮をしていた船長は船員にそう言った。

船員はすぐさま指示通りに手旗を振り回すが、黒い船からは何の返信もない。

その事に船員と船長は怪訝な顔をすると、青ざめた顔の副長が船長に告げた。

「船長、あの船…よく見れば旗を掲げておりません!」

「な、何!?」

副長の言葉に、船長は目を見開くとこう言った。

 

「す、するとあれは…空賊か!」

 

突如現れた黒塗りの船が空賊船だと判明した船長は即座に逃げるよう指示をした。

しかしそれよりも早く空賊の船が脅しと言わんばかりに舷側の穴から顔を出していた大砲を撃った。

空気を切り裂かんばかりのもの凄い音が辺りに響き、マリー・ガラント号に乗っていた者達はたちまち腰を抜かしてしまった。

その後、空賊船のマストに四色の旗流信号がするすると登ったのを船長は見逃さなかった。

四色の旗流信号―――つまりは停戦命令である。その旗を見て船長は苦渋の決断を強いられた。

ふと頭の中にトリステインの使いだからと今すぐこの船を動かせと命令した貴族の顔を浮かべた。

あの男ならきっと何とかしてくれると思ったが、正直言って船長はあまり乗り気ではなかった。

無理矢理起こされたとき、夢の中でイオニア会の神官並のブルジョワ生活をしていたというのに…あの男の所為で現実に引き戻されてしまった。

今更その事を思い出してもこの男は今は傍におらず、愛玩動物のような愛くるしい瞳をしても助けてはくれないだろう。

それに、相手が短気だとしたら貴族を呼び出す時間より、あの空賊達とうまく交渉する時間の方が大切である。

「…裏帆を打て。停船だ。」

そう判断した船長は副長に即座にそう伝えると「これで破産だ。」と小さな声で呟いた。

 

 

「それにしても、この穴の上は何処に繋がっているのかしら。」

少し大きめの穴の入り口に転がっている岩に腰掛けている霊夢はそんな事を呟いた。

発光性の苔のお陰で穴の中は結構明るいが、ジメジメとしており長居はしたくはない場所である。

上は闇で下も闇。今霊夢がいる場所は、彼女がアルビオンに来て最初に入ったあの大穴であった。

 

―――事はティファニア達に見送られて村を去ったところまで戻る。

ウエストウッド村を飛び立った霊夢はしばらく森林地帯の上を飛んでいた。

生い茂っている木はどれも大きく、下手すれば樹齢が数千年のものもあるかも知れない

そんな事を考えている時、ふと辺りの視界がどんどん曇ってきた。

どうやら霧のようだ。突如出てきた霧はあっという間に濃くなっていき数分経ったときには既に1メートル先の光景すら見えなかった。

更に衣服が霧の中にくまれている水分を吸ってしまうせいか、妙にジメジメとしてくる。

流石の霊夢も飛ぶのを止め、浮遊状態になると辺りを見回した。

ふと下を見てみるとボゥッとした明かりが見えるのに気が付き、そちらの方へ近づいてみることにした。

何があるかわからないが明かりがあるという事は何かの目印か…それとも得体の知れない『何か』が自分を誘っているのか。

結局、明かりの正体は一本の太い棒にくくりつけられたカンテラに灯っていたものであった。

それよりも霊夢の気を引いたのはカンテラの近くにあった大きな古井戸だった。

井戸の近くには人工的に造られた道があるところ、どうやらこの何処かに住んでいた人々の井戸だったのだろう。

 

霊夢は地面に降り立つとその井戸を覗き、水が枯れている事に気が付いた。

「ここの井戸…水が枯れてるわね。」

しかし、よく見てみると井戸の底には怪しげな横穴があった。

井戸は比較的に深くないためすぐに底へ降りることも出来る。その時、ふと霊夢は昨日のことを思い出していた。

(そういえば、あの森へ来たときも大陸の下に出来た大穴から井戸を通じて出てきたんだっけ。

  と、いうことはもしかしたらこの井戸もあの大穴の中へ繋がってるかもね。)

 

そう思った霊夢の行動は早く、と彼女は井戸の中へ飛び降りた。

別にそこを通らなくても良かったのだが、外は濃霧の所為で何も見えないし、それに服も湿ってしまう。

穴の方もジメジメとしているが濃霧と比べればまだ耐えられるレベルで、何より少しひんやりとしている。

体を瞬間的に浮かせて難なく着地した霊夢はすぐに何処かへと繋がっている穴を潜った。

歩いたり飛んだりと穴の中を移動しつつ、道なりに進んで数十分後には最初にやってきたあの大穴の所へ戻ってきていた。

 

ようやくたどり着いた霊夢は穴の入り口に転がっていた岩に腰掛け――今に至る。

 

 

一方、ルイズ達が乗っている「マリー・ガラント号」はというと――

アルビオンへ向かって飛んでいるこの船の右舷には空賊達の船が見張るようにして隣を飛んでいる。

甲板には空賊達が剣やマスケット銃を手にうろついており、中には杖を持っている空賊も居た。

船員達は一部抵抗の意を示した者達だけを船倉に押し込め、それ以外の者達には操船を任していた。

そして、この船に乗り込んでいたルイズとワルドはというと、船長室へと続いている廊下を歩かされていた。

後ろにはマスケット銃を構えた空賊が数人ついてきておりもし抵抗をすれば即射殺されるだろう。

最も、この二人は杖を没収されてしまっているため抵抗する気はない。

 

ワルドは落ち着いた表情で黙々と船長室を目指して歩いていたが、ルイズはというとその顔から空賊達への嫌悪感が出ていた。

本当なら二人は船倉に閉じこめられる筈なのだが、どうしたことか急遽船長室に行くことになったのだ。

やがて船長室へと通じるドアの前まで来ると、後ろにいた空賊の一人がドアを軽くノックした。

ノックしてからすぐに船長と思われる音の声がドア越しに聞こえてきた。

「誰だ?」

「ウェズパーです、甲板でトリステインからの使者だと喚いていた貴族の小娘とその護衛を連れてきました。」

「よし、入れ。」

船長の了承を得たウェズパーと呼ばれた空賊はドアを開けると、ルイズ達を部屋に入れた。

豪華なディナーテーブルがあり、その上座には空賊達の頭と思われる男がイスに腰掛けていた。

汗とグリース油で汚れたシャツを着ており、そこから逞しい胸を見せている。

大きな水晶のついた杖をいじっている。どうやら空賊の頭もメイジのようだ。

頭は杖を手元に置くとドアの前に突っ立っているルイズ達を睨み付けた。

その瞳を見たルイズは思わず身震いをしてしまった。まるでドラゴンに睨み付けられたようであった。

「さてと、アンタたちをここに呼んだのはそこのおチビさんが言ってた事についてだ。」

頭はそう言って席を立つとルイズ達の傍へ寄り、ルイズの顔を見つめこう言った。。

 

「仲間から聞いたよ。そこのおチビちゃん――いや、あんたらがトリステインから来た王族派への使者だってな。」

その言葉を聞き、ワルドとルイズは顔を真っ青にした。火車がその顔を見たら死体と見間違えるほどに。

 

数十分前――――

 

マリー・ガラント号が停船した後、それを待っていたかのように空賊の船からかぎ爪のついたロープが放たれた。

それらを全てルイズ達が待っている船の舷縁に引っかかり、斧や剣を持った屈強な男達が器用にロープを伝ってやってくる。

やがて数分もしないうちに何十人もの空賊達がマリー・ガラント号に乗り込み船員達を甲板の真ん中に集め始めた。

当然その中には船長や副長もおり、ルイズやワルドも例に漏れない。

最も、ルイズだけは始終空賊達に文句を言っていた。それこそその文句を記録しただけで五ページくらいの冊子が出来るだろう。

それを読むのはきっと罵られたい何処かのマゾヒストか、もっと色んな罵り言葉を知りたいサディスティックぐらいに違いない。

まぁとりあえず彼女は貴族相手に無礼を働く空賊達を罵っていたのだが、その時に言った言葉は隣にいたワルドの顔を青くさせた。

 

「この空賊め!私たちはトリステイン王国から王族派への使いよ!それを何だと思ってるの!?」

 

流石にこの時ばかりはルイズも相手を罵るのに夢中になりすぎていた。だからこその失態である。

隣で大人しくしていたワルドは咄嗟にルイズの小さな口を大きな手で塞いだ。

ルイズに罵られていた空賊は怪訝な顔をしたが、それ以上追求する気はなくただ肩をすくめただけだった。

 

まぁその空賊はちゃんとその事を頭に報告したわけで、ルイズ達はその頭に尋問されているのだ。

 

 

 

 

「アンタらトリステインの貴族が何の目的でわざわざ王族派の所へ行くかわからん。」

頭はそう言いつつ室内を歩き回るとテーブルに置いてあったクッキーを1個手に取って口に入れた。

何回か咀嚼した後、ゴクリと飲み込むとイスに腰掛け口を開いた。

「そんな仕事なんかやめて、どうせならレコン・キスタの一員になって聖地奪還を目指してみないか?」

その言葉を聞いてこの部屋に入ってきたときから不快感を露わにしていたルイズは憤慨した。

「良い?私たちトリステインの貴族は、アンタのような金と娼婦の尻を追っかけてるような奴の言葉には絶対従わないのよ!!」

彼女の横にいたワルドはその様子を心配そうに見ていたが、空族に向かって怒鳴ってたルイズの瞳には絶対的な『何か』が宿っていた。

由緒正しき血統と親や年上の者達から大事な事を教えられてきた者が持つ光を彼女の鳶色の瞳は持っていた。

 

頭はルイズの言葉に一瞬だけ口をポカンと開けていたが、またすぐに口を開く。

最初のようにルイズを睨み掛けたが、今度は逆に年下の少女ににらみ返されている。

「いいか、次で最後の質問だ。これだけは素直に答えてくれないか?…お前達はどうして王族派の所へ行く?」

ルイズはその質問にハッとした顔になると、すぐにその質問に答えた。

「…私とワルド子爵は王族派のウェールズ皇太子に用があるの…これで充分?」

少し挑発するような感じでルイズがそう言った後、頭は目を丸くした。

「…………………フフフ、アッハハハハハハハハハハ!」

一体どうしたのかと怪訝な顔をした直後、頭が突然笑い始めた。

 

 

「アハハハハハ!あーおかしい…。――――――――そんな事なら素直にそう言ってくれよな。」

 

 

頭は笑いながらも突然意味不明な事を言うと縮れている黒髪を掴み、思いっきりそれを引っ張った。

さしものワルドとルイズも突然の事に驚いてしまったが、頭が引きちぎった黒髪の下にあったのが金髪であったことに更に驚いた。

ついで眼帯と髭も素早くもぎ取ると先程むしり取った黒髪の『カツラ』ごと床に投げ捨てた。

今まで付けていた小道具を取った頭の顔を見て……ルイズは驚きの余り口から心臓どころか内蔵の出そうになった。

凛々しい顔立ちに輝かんばかりの金髪、それはまさしくアルビオン王国の皇太子――――ウェールズ・テューダーであった。

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