ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第三十三話

――トリスタニア一の規模と伝統を誇る劇場、タニアリージュ・ロワイヤル座。

 

 

神殿を思わせるような豪華な石造りの立派な劇場に、今日も貴族平民問わず大勢の客が足を運んでいた。

劇場内にあるリストランテでは、フレンチトーストとホットミルクの匂いが漂い、

劇場のエントランスにある大きな売店ではポスターやアクセサリーといった、今月公演される劇のグッズが店頭で売り出されている。

更に劇のお供としてポップコーンやジュース、クッキーと言った軽い食べ物を出す準備も同時に始めていた。

チケット売り場の方ではどの劇を見ようかと、多くの客達が今日公演される劇の一覧表と睨めっこしている。

観賞一回分の料金は並の貴族達にとっては安い物だが、下級貴族や平民達にとっては月一の楽しみを提供してくれる魔法の紙である。

それに、今日最初の劇が始まるまで後数時間あるため、十分に選ぶ時間があった。

 

そんな客達の中でも、一際目立つ年老いた貴族がお供の騎士を連れてある場所を目指して歩いていた。

老貴族は立派な服にいくつもの勲章を着けており、一目見ただけでそれなりの地位を持つ者だと教えてくれる。

お供の騎士達もまたお揃いの黒いマントに黒い帽子、そして体から漂わせる雰囲気は見る者を圧倒させる。

そんな騎士達とは正反対に人の良さそうな顔つきの老貴族はすれ違い様に頭を下げてくる他の貴族達に対して丁寧に礼を返していく。

やがて老貴族とお供の騎士達は、人気の少ない、劇場の二階へときたところで足を止めた。

彼らの目の前には、国内でも有数の大貴族達しか利用できない鑑賞席へと続く大きな扉がある。

通称゛ボワット゛と呼ばれるその席の所為で、防犯上二階のスペースは狭く、リストランテや休憩場所といったエリアは全て一階に集中している。

老貴族は改まって自分の身なりを正すと、騎士達の方へ顔を向けて喋った。

「君たち、仮面はちゃんと持ってきているだろうね」

優しそうな雰囲気が漂ってくるその声に騎士達は全員頷くと、マントの中に隠していた仮面を取り出し、被った。

それを見て老貴族は満足そうに頷くと懐を探り騎士達と同じ仮面を取り出し、被る。

「いいかね?ここから先は失礼のないように頼むよ」

仮面を被った老貴族の声は、先程の優しそうな声は、まるでヘリウムガスを吸ったかのようなダミ声へと変化していた。

騎士達は老貴族の言葉に頷くと、彼の前にいた一人の騎士が゛ボワット゛へと続くドアを開け、中へと入っていった。

 

既に゛ボワット゛には幾人かの先客達と彼らのお供らしき騎士達がいたが、全員が全員同じデザインの仮面を被っていた。

そして彼らもまた、老貴族と同じように古くからこの国を支えてきた者達である。

老貴族は辺りを見回して自分のすぐ目の前に空いている席があるのに気づくと、そこへ腰を下ろした。

「なにをしていたのだ、あと一分遅ければ遅刻だったぞ?」

席に着いた瞬間、右の席に座っていた細身の貴族が怒ったようなダミ声で老貴族に言った。

「いやぁ~すまない。何分馬車がトラブルを起こしてしまい…」

一方の老貴族はすまなさそうに頭を掻きながらも今日最も不幸だと思う出来事を口にする。

そんな老貴族に細身の貴族はやれやれと首を横に振った瞬間、ふと彼らの後ろに設置された大型のカンテラに火が灯った。

普通のカンテラとは桁が違うサイズのカンテラが灯す火は大きく、今まで暗かった゛ボワット゛をあっという間に明るくした。

突然の事に仮面の貴族達は一瞬驚いたものの、今度は頭上から声が聞こえてきた。

 

―――やぁ皆様、お忙しいところを、このような会合に付き合わせる事を深くお詫び致します

 

頭上からの声に貴族達は席を立ち、頭上へと視線を向ける。

 

―――…さて、実は昨日…この国を捨てようとした無礼な内通者が一人、亡くなったそうです

 

声は悲しそうに、だけど嘲笑うかのような感じで喋り始めた。

 

―――彼は、天誅を受けたのです。天誅を。

    王族を侮辱し、あまつさえ欲に走ったのだから当然とも言いましょうか?

    きっとこれから先しばらく、レコン・キスタという王族に杖を向ける愚か者共の刺客がやってくるでしょう。

    そして、その刺客共をこの国に入れる鼠もまた増えるに違いありません

 

そこまで言ったとき、ふと先程の細身の貴族が声を荒げて言った。

「ならば我々がする事は……レコン・キスタの刺客共と内通者の鼠たちを駆除するのみ!」

勇気溢れるその言葉に、周りの貴族達は頷き「そうだ、駆除しなければいけない」と呟く。

そして、頭上からの聞こえてくる声の主もそんな彼らに同調するかのような言葉を口にする。

 

――そうです、国を売る内通者とレコン・キスタの輩どもは駆除しなければなりません。

    その汚れ仕事は王族ではなく、現役を退こうとしている我々が請け負うべきものです!

 

何ヶ月か前に始まったこの会合に集う貴族達は皆、この声の主と同じ考えを持っていた。

 

゛王家の目に入らぬ場所で平然と悪行を繰り返す他の貴族達を何とかしたい゛

 

そんな願望を持つ者達だけが集まれば、次第と結束力は高まっていく。

最初は若い貴族はどうだのアイツは横領しただので、単なる愚痴のこぼしあいであった。

しかし、いつの頃からか次第に愚痴の内容が過激なものになっていった。

そしていつしか、彼らは自らの権力を使ってこの国を綺麗にしようと決意したのだ。

 

゛この国を食い物にする不届き者たちを、我らの手で裁いて行こう゛

 

単なる愚痴のこぼしあいが、裏社会で暗躍する小規模な組織へと変貌するのにはそれほど時間は掛からなかった。

 

 

―――敵は多い。されど私たちの結束力は幾億万の軍勢にも匹敵する。

     さぁ行きましょう皆さん。この私…゛灰色卿゛と共に栄えあるトリステイン王国を綺麗にする為の闇の戦いへ!

      掃除するのです!この国、そのものを!

 

声の主がそう言った瞬間、貴族達がワッと声を上げた。

「「「「「「「「灰色卿!灰色卿!灰色卿!灰色卿!」」」」」」」」  

彼ら以外にまだ人がいない劇場を、熱狂した貴族達の声が響く。

 

まるでアンコールをする劇の観客達のように、右手を振り上げて叫ぶ。

自分たちの手で始まろうとしている劇の開幕を喜ぶ観客達の如く。

 

王族は勿論、枢機卿達ですら詳しく知らない、愛国心溢れる古参貴族達の集まり…

それは、今まさに活躍の時と言わんばかりに動き出そうとしていた。

 

 

―――る始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を与えたもうことを感謝致します」

 

トリステイン魔法学院の大食堂では、朝食を摂る前の祈りが行われている。

それを耳に入れつつ、霊夢と魔理沙の二人は一足先に食堂入り口の右端に設けられている休憩場で朝食を食べていた。

本来ならそこで食事を摂ることは禁止されている。

しかし朝食へ行く前にルイズの部屋を訪ねてきたシエスタがニコニコと笑いながら、

「あの、床に座って食べるのなら是非とも食堂の休憩場を使ってくれって…料理長が言っていまして」と言ってきたのだ。

ルイズはそれに一時反対したものの、昨日の事もあってかすぐに了承した。

「まぁ二人も足下にいると鬱陶しいことこのうえないからね」

そっぽを向きながら言ったルイズに、シエスタは満面の笑みを顔に浮かべて頭を下げた。

その時、ルイズの言葉を聞いて今まで霊夢が何処で食事を取っていたのかを察した魔理沙は驚いていた。

「普通、大理石の床に座って食べるか?」

「立ったまま食べるのってなんか疲れるのよねぇ。それに座っても損することはないし」

 

こうして二人は床に座ることなく、朝食を食べる事が出来ていた。

メニュー自体は霊夢が食べていた物とほぼ同じボリュームの食事である。

キャベツや細切りのニンジン、薄切りベーコンが入ったコンソメスープに小さめのボールに入ったサラダ。

小皿の上には雑穀パンが二つと空のティーカップ。コップにはレモンの果汁が入った炭酸水。

シエスタ曰く「私たちが朝早くに食べる朝食と同じもの」らしい。

それと比べれば、生徒達が食べているメニューとでは雲泥の差があった。

 

「ささやか…ねぇ。じゃあ素晴らしい糧だとあれの倍くらい出るのか」

魔理沙はサッパリとしたドレッシングが掛かったサラダを食べながら、ようやく食べ始めた生徒や教師達の食卓を見つめていた。

仔牛のステーキに、鱒の形をした大きめのフィッシュパイや色とりどりの果物。

バスケットに溢れんばかりの白パン、そして極めつけは朝からボトル一本丸まるのワインである。

これは朝食ではなくディナーと言われたら、魔理沙は疑う事はしなかったであろう。

最も、魔理沙にとっては食事のことはどうでもよく、ワインボトルの方に目がいっていた。

「やれやれ…朝から酒とは、よっぽど飲兵衛が多いんだなこの世界って…――……――う…?」

一人呟きながらも魔理沙は出されていた水を一口飲み、顔を顰めた。

口の中に入れた瞬間、シュワシュワと音を立てて弾けていく感覚で口の中に入れたのが何なのか、すぐにわかった。

(この感じはラムネだ…でも、甘くない。しかも酸っぱい)

無糖の炭酸水を飲んだことが無い魔理沙にとって、それは甘くないラムネであった。

更にレモン果汁が入っているという事も気づかないでいた。

「どうしたのよ。腹でも壊した?」

雑穀パンに齧り付いていた霊夢が黙り込んでしまった魔理沙に気づき、声を掛けた。

魔理沙は霊夢の言葉に首を横に振りつつ、口の中に入れた炭酸水の感想を述べた。

「いや…てっきり普通の真水かと思ってたんだが…ラムネだったとは…しかも甘くないぜ…」

「え?ラムネェ…?」

数年前から幻想郷の人里で流行始めた変な甘い飲み物の名前が出た事に、霊夢は首を傾げた。

子供達の間で人気らしいが以前霊夢はチョビっとだけ飲んで、あの口の中で弾ける感触を味わって以来嫌になってしまった。

 

あの変な飲み物がこの世界にもあるのねぇ。と呟きつつ霊夢はコップに入った炭酸水を一瞥した。

 

 

やがて朝食の時間が終わり、腹を満たした生徒や教師達が食堂からぞろぞろと出てきた。

これから授業の準備をしなくてはいけない為、自室へと戻る最中なのである。

その光景は、正に蟻の行列と言っても差し支えはないであろう。

一足先に食べ終えて外に出ていた霊夢と魔理沙は食堂から少し離れた所でそれを眺めていた。

「いやはや、こんなに多いとある意味蟻の行列みたいだよな」

「あんだけ多いと食事を作る方も随分と大変ね」

大きなトンガリ帽子を人差し指で器用にクルクルと回している魔理沙の言葉に、霊夢も頷く。

今視界に映っている程の大行列は、幻想郷で暮らしていた魔理沙にとっては今まで見たことが無かったのである。

一方の霊夢は、人数分の料理を賄い含めて作れるマルトーやシエスタ達に改めて感心していた。

 

「―――…んなところにいたのね!二人とも!」

その時、ふと行列の中から聞き慣れた声と共に、生徒達の行列から一人の少女が出てきた。

 

行列を見つめていた二人はすぐさま、列から出てきて少女がこちらへ走ってくるのに気が付いた。

「…ん?あれって、ルイズの奴じゃないか。…おーい!」

速くもなく、また遅くもないスピードで走ってくる少女に魔理沙は手を振る。

魔理沙の言うとおり、その少女はピンクのブロンドが目立つルイズであった。

「確かに。あの髪の色は間違いなくルイズね」

霊夢もすぐさまルイズだとわかり、挨拶程度に手を軽く振った。

二年生の証である黒いマントをはためかせて走ってきたルイズは、すぐさま二人のもとへとたどり着いた。

走ってきたルイズは肩で息をしながら、霊夢と魔理沙に声を掛けた。

「…全く、いつの間にかいなくなったと思ったら…ハァ…こんなところで何してるのよ」

「蟻の行列を見てたぜ。でっかい蟻のな」

魔理沙の口から出たその言葉の意味を理解できず、ルイズは首を傾げた。

「…アリ?…そんなの見ていて楽しいの…?まぁそんな事より、ちょっとついてきて欲しいんだけど」

ついてきて欲しいという言葉に、霊夢はすぐさま次に「授業についてきて」という言葉を連想した。

以前この世界に来て最初の頃に断ったのにもう忘れたのかしらと思った霊夢は、溜め息をついた。

「授業なら私は行かないわよ。魔理沙でも連れて行けばいいんじゃない?」

「おぉ、魔法を学ぶ学校の授業か。それは興味あるな」

「授業」という単語に魔理沙はすぐに目を輝かせた。

しかし、霊夢の予想は珍しくも外れたようでルイズは首を横に振った。

 

「違うわよ。今から学院長室に行くのよ」

「学院長室?あぁ、魔理沙の事ね」

思い出したかのような霊夢の言葉に、「それもあるけど」と言いながらルイズは言葉を続ける。

「アンタのルーンの事で話したい事があるそうよ」

ルイズは霊夢の左手の甲に刻まれているガンダールヴのルーンを指さしながらそう言った。

 

 

 

 

ブルドンネ街の一角にある高級ホテルの付近には、朝から多くの野次馬達が見物しに来ていた。

最初の方こそ数人程度であったが、時間が経つごとに人が増えていき今ではその数は三十人ほど増えている。

そんなとき、ホテルの方で何やら人だかりができているという話を聞いた一人の男が興味本位でやってきた。

話どおりホテルの前には大勢の人達がたむろしていて、何やらボソボソと話し合っているようだ。

来たばかりの男はとりあえずどうしようかと悩み、近くにいた別の男性に詳しい話を聞いてみることにした。

「なぁ…こんなに人が集まってるが…何かあったのか?」

彼の横にいた大柄な男性は突如そんなことを聞かれて目を丸くしたが、すぐに返事をした。

「何だよ、知らねぇのか?あのホテルでな、貴族が一人殺されたんだよ」

「えぇ…ま、まさか殺人事件…!それは本当かい…?」

男の口から出た゛殺された゛という言葉に彼は目を見開いて驚愕した。

治安がある程度にまで整っているブルドンネ街ではスリや詐欺はともかくとして、強盗や殺人といった類の事件は滅多に起こらないのだ。

「嘘なもんかい。俺がいつも使ってる道には検問が張られてるし、出入り口で待機してる衛士隊の連中が何よりの証拠だろう」

半信半疑な彼に呆れるかのように男は肩をすくめて言うと、ホテルの入り口を指さした。

 

ホテルの出入り口では、平民のみで構成された市中警邏の衛士隊数人が武器を持って佇んでいた。

立派な造りの槍とその体から出る緊張した雰囲気は周りにいる市民者達を威圧し、ホテル付近で釘付けにしている。

数人一組で街をパトロールし、犯罪者を見つければ訓練された動きで即時逮捕する彼らは、犯罪者達にとっては身近に潜む危険そのものであった。

ただメイジの犯罪者ともなれば殆ど魔法衛士隊の出番となるが、それでも彼らは犯罪者と日夜戦っている。

ある意味畏怖される存在でもあるがそれと同時に、頼れる存在でもあるのだ。

 

衛士が出入り口にいるのを確認した彼の顔は、みるみる真っ青になっていく。

「ホントだ…世の中って、おっかねーのな」

 

 

一方ホテルの中では、多数の衛士隊の隊員達がホテル内をくまなく捜査していた。

その範囲は広く、客室や従業員の寝泊まりする仮眠室、厨房や浴場等ほぼ草の根を掻き分けるような状況であった。

殺されたのが王宮勤務の貴族だったからという理由もあるが、本当の理由は全く別のものであった。

 

 

そんなホテル内の一室、今回の事件の被害者である貴族が宿泊していた客室。

部屋の真ん中に放置された貴族の死体を一人の隊員がスケッチをしている。

スケッチは身体全体から両手両足、そして苦痛に歪ませた顔など、細部にまで至った。

一方、その部屋の片隅では二人の女性隊員と衛士隊の隊長と思わしき男が鞄の中に入っていた書類を調べていた。

二人ともかなりの美人ではあるが、体から発せられる無骨な剣のような重苦しい雰囲気がそれを台無しにしている。

「…隊長、やはり被害者はレコン・キスタの内通者と見て間違いは無いでしょう」

書類の内容を流し読みしていた金髪の女性隊員が、傍にいる隊長にそう言った。

彼女の名はアニエス。衛士隊に入ってから既に一年と五ヶ月程度の月日が経っている。

この職に就く前は街の一角にある粉ひき屋で働いていたという。

武器の扱いには長けており。敵対する者に対して容赦のない性格はこの仕事にうってつけであった。

結果、女性隊員だというのにもかかわらず僅か一年で市中警邏のリーダーとなったのである。

 

隊長は彼女の言葉に頷くと、鞄の中に入っていた一枚の書類を手に取り、流し読みをする。

「…レコン・キスタめ、これをもとに一揆の煽動でもするつもりだったのか?」

その書類に書かれていたのは、首都から離れた地域の納税率をまとめたものであった。

 

納税率の小さい地域に住む者達はとても貧しく、税を減らしてくれと頼みに土地を収める領主ではなくわざわざ王宮にまで来るのだ。

当然その村に住む者達は王宮に対しての反逆心を抱いており、隙あらば小規模な運動を起こすのである。

歴代の王もそのような者達の活動に頭を悩ましていたのだ。

 

書類を手に取った隊長についで、青髪の女性隊員も鞄から書類を一枚手に取り、目を通し始めた。

 

彼女の名はミシェル。アニエスとほぼ同時期に入隊した女性隊員だ。

彼女に負けず劣らずの堅苦しい性格の持ち主で、右腕的存在でもある。

生真面目で勇敢な性格のおかげで周囲の者達からも信頼され、今ではアニエスの補佐として働いている。

ただ唯一不思議なことは、衛士隊に入るまで彼女が何処で何をしていたのか――それを誰も知らないという事だ。

「この書類の数々…写し取りではありますが、とてもじゃないが被害者の権限では扱えぬ代物です」

ミシェルは手に取った書類を流し読んだ後に振り返り、背後で奇妙な死に方をしている被害者の姿をもう一度見た。

 

 

事の始まりは昨日の深夜にまで遡る…

 

衛士隊の詰め所に、ホテルの従業員と思われる青年が殺人事件だ!と叫びながら駆け込んできたのである。

突然の事にポーカーをしていた二人の隊員は驚きつつも、青年に連れられてとあるホテルの客室へと入った。

かなりの金持ちにしか入れないその部屋の真ん中に転がっていたのは、案の定貴族の死体であった。

とりあえずは未だに寝ているホテルのオーナーを起こしすよう青年に言った後、二人の内一人が王宮と市内に点在している詰め所に伝令を飛ばした。

伝書鳩の形をしたガリア製のガーゴイルを用いたお陰ですぐに伝令が伝わり、すぐさま市内中の詰め所から多数の隊員達が集まってきた。

集まってきた隊員達は宿泊していた他の客達を起こして理由を軽く説明して避難させた後、現場の判断ですぐさま緊急の検問が張られることになった。

思ったより貴族達の避難が遅く、検問を張り終えた頃には既に朝の八時頃になっていた。

 

本来なら殺人事件でここまでの事はしないのだが、これには理由がふたつほどある。

ひとつ、王宮で重要なポストにいる者達が何人かこの宿に泊まっているということ。

ふたつめ。これが今回の事件をかなり大きくさせる要因となっていた。

 

―――『殺された貴族が、機密性の高い書類を持っていた』ということ。

 

最初に現場へと来た隊員が偶然にも、機密性の高い書類の写し取りを見つけた事から被害者が内通者だとすぐに判明したのだ。

本来ならこの様な書類は写し取りはもちろん、持ち出す事すら禁止されているのである。

何時レコン・キスタとの戦争が始まってもおかしくない時期にそのような事をするなど、内通者でなければ命を捨てるという事と同義なのだ。

王宮では既に内通者が出ると前から予想していたのだが、最初に確認できた内通者は既に死んでしまっていたとは誰が予想できようか。

それが余計に緊急会議を長引かせ、朝になっても未だ王宮から魔法衛士隊が派遣されていないのだ。

 

「しかし隊長…今回の事件は、少し奇妙なところがありますね」

唐突なアニエスの言葉に隊長は頷き、振り返って床に転がっている死体の゛首筋゛の方へ視線を移す。

平均的な男性より少し細い首筋には…「虫に刺されたかのような人差し指程の大きさがある赤い斑点」がひとつあった。

 

 

これを見つけた当初は、寝ている最中かまたは殺された後に蚊にでもさされたのだと推測していた。

夏の訪れを感じるこの季節ならば、蚊にさされてもおかしくはないからである。

だが、スケッチ担当の隊員がこれを見た時、彼は驚いた表情を浮かべてこう言った。

「これが虫のさし傷だとすると…虫の形をした殺人鬼ですねぇ…」

苦笑交じりの言葉に、その場に居合わせた隊員達はまさかと思った。

 

だが驚くべき事に死体を調べてみると、首筋にある虫のさし傷しか目立った外傷が無かったのである。

そうなると、途端にスケッチ担当が言ったあの言葉に現実味が出てきた。

 

 

「虫の形をした…殺人鬼ねぇ…」

衛士隊随一の物知りであるスケッチ担当の言った言葉を呟き、隊長は手に持っていた書類を鞄の中にもどした。

それを見てアニエスとミシェルも持っていた書類をもどし、最後にミシェルが鞄の蓋を閉じた。

「ミシェル。とりあえずコレはロビーの方に持っていってくれ」

「了解しました」

隊長の命令にミシェルは敬礼をし、左手で鞄の取っ手を掴むと軽く腕に力を入れて持ち上げた。

この鞄、何も入っていなくとも相当重量のあるタイプではあるが、彼女は何とも思わず軽々と片手で持っている。

普通の男性隊員達と同じ訓練をしている所為か、その小さな体には今や素晴らしいほどの力が宿っていたのだ。

 

「――ふぁ…」

ミシェルが鞄を持って部屋を出た後、ふとアニエスの口から小さな欠伸が出た。

堅苦しい彼女には似合わない可愛らしいそれに、隊長は思わず微笑む。

「おいおい、そんなに寝たいのならロビーのソファで休んでもいいんだぞ?」

隊長の口から思わず労りの言葉が出たが無理もない。

実はアニエスの睡眠時間は、ほんの一時間程度程度だけであった。

夜中まで窃盗犯を追いかけて捕まえた挙げ句、取り調べと調書で大分時間が掛かってしまい、

ようやく一通りの作業を終えてベッドに潜り込んで一時間後に招集を掛けられたのだ。

隊長の言葉に、アニエスは一瞬だけ顔を赤くした後口を開いた。

「あ…い、いえ!お気遣い感謝致しますが、自分は平気です」

「だけどなぁアニエス、お前に倒れられちゃあコッチも困るしなぁ…」

強気のアニエスに隊長は苦笑しつつもなんとか彼女をすぐにでも休ませようと思っていた。

 

 

衛士隊に入隊してからの彼女は女性には少々辛い激務も幾度かこなしており、その身体には疲労が溜まっていた。

ミシェルは仕事がない合間にはいつも休んでいるのだが、それとは反対にアニエスは何かしらの仕事にいつも取り組んでいるのだ。

そんな彼女に隊長自身が一度長期休暇を取ってみたらどうだと言ったところ…

 

「私がしている数々の仕事は、自身を強くする為にしているのです」

彼女は強い信念の篭もった目でそう言った。

 

こういう目をした者には何を言っても聞かないというのは衛士隊の誰もが知っていた。

それに、彼女は非番の日にはちゃんと休んでいるのでそれ以上強く言うことも出来ないでいた。

 

 

「自分は大丈夫です。それよりも隊長の方こそ昨日はあんまり寝てないはz――「 う わ っ … ! ? 」

隊長の言葉にアニエスは首を振って立ち上がろうとしたその時、すぐ後ろから驚きに満ちた声が聞こえてきた。

声の主は被害者のスケッチをしていた隊員で、いつの間にかすぐ傍にまで寄ってきていた。

一体何なのかとアニエスが思ってふと被害者の方に視線を移した時、すぐにある事に気が付く。

(被害者の肌が…白くなっている)

そう、先程まで肌色だった被害者の肌がペンキで塗ったかのような白色に変わっていた。

死体は時間が経つことによって肌の色が変わるが、こんなに早く変色はしない。

では一体どうして、とアニエスが疑問に思った瞬間――――

 

…ュウ…シュゥ…シュウ…シュウ…シュウ…

 

ふと被害者の身体の真下から、耳に障る嫌な音が聞こえてきた。

「この音は…一体何だ?…何かが溶ける音にも聞こえるが」

その音にすぐさま気が付いた隊長は怪訝に表情を浮かべながら、被害者の傍へと近寄った。

「よ…こらっ…しょっとぉ!!」

隊長は耳を音のする方向へ傾けた後、被害者の身体に手を掛けると、勢いよく前へと転がした。

 

突然の行動に二人は目を丸くし、スケッチをしていた隊員は思わず声を上げた。

「なっ…!た、隊長…いったい何を…!?」

しかし、その声を無視して隊長はひとり呟くと、死体の真下に転がっていたある物体を手に掴んだ。

「成る程…。音の正体はこれだったってワケか」

何かを手に持った事に気が付いたアニエスはすぐさま隊長の傍に駆け寄った。

隊長が手に持っていたそれは、白煙を上げて溶けている青いガラス片のようなものであった

それは音をたてて゛内部から゛溶けていて、あと数十秒のすれば溶けて無くなってしまうであろう。

 

突如変色した内通者の死体…そしてこの溶けていく青いガラス片の物体。

今まで出会ってきた事件の中でも奇怪な事件だと、隊長は実感した。

「もしかするとこの事件…単なる殺人事件じゃあ無さそうだ」

 

ひとり呟く隊長の指先で、青いガラス片の物体は溶け続けていった。

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