ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第三十七話

太陽が沈み、赤い月と青い月が空高く昇り始める時間帯。

朝と昼は活気で溢れていたブルドンネ街は驚くほど静かになっていた。

明るい時間を好んで外を出歩く人達に向いている店などは戸締まりをし、従業員たちは自宅へと帰っている。

街の住民たちもそれぞれの寝床へと足を進め、大通りから段々と人の姿が消えていく。

まるでこれからやってくる夜に恐れおののくかのように。

一方で、夜と共にやってくる闇を打ち払うかのようにチクトンネ街は活気に溢れている。

チクトンネ街は酒場やカジノ、ダンスクラブなど夜型の人間が客の大多数を含む店が密集しているのだ。

その為か朝や昼よりも夜中の方が活気があり、それは朝が来るまで終わりを見せてくれない。

 

古き伝統を持つトリステイン王国の首都は、朝の街と夜の街がある。

そして夜の街には、朝の街で決して戸を開きはしない店が無数にあるのだ。

 

 

今日も今日とて、チクトンネ街には華やかな雰囲気と喧騒が漂っていた。

仕事帰りの男達はその足で通りにある色んな酒場へと入り、今日の疲れを癒す。

またある者は一攫千金を狙おうと小さな賭博場へと赴き、自らの財産をすり減らしている。

その他にも観光者や浮浪者、警邏中の衛士などでチクトンネ街の通りは人で溢れかえっていた。

一方、殆どの建物の裏口などがある路地裏にはあまり人がいないが当然といえば当然であろう。

わざわざ不穏な空気が漂う路地裏など好んで歩くなんて犯罪者か強盗まがいの浮浪者だけである。

そんな連中とは関わりたくない、または出くわしたくない者達は進んでここへ入ろうとはしないであろう。

 

しかし今夜に限って、路地裏には綺麗ながらも棘のある二人の美女が路地裏を歩いていた。

彼女らは夏向けの薄い生地で出来たフードを被っており、顔もハッキリとはわからない。

しかし近くから見れば、そのフードの下に隠れている顔がとても美しいものだとすぐにわかる。

 

【貧しき者に数枚の金貨を】という言葉が書かれた看板を首からぶら下げた浮浪者やチンピラらしき男達がその二人を見て溜め息をつく。

その目には下卑た色があからさまに浮かんでおり、頭の中で何を考えているのか一目でわかる。

だが彼女らはそんな視線を無視しつつも体からとてつもない威圧感を放ちながら、ある場所を目指して足を進める。

もう辺りはすっかり暗くなっており、街灯の明かりも何処か頼りない物へと変わっていく。

大通りの喧騒も路地裏ではほんのわずかしか聞こえず、常人ならば既に心が恐怖一色に染まっているであろう。

辺りから漂う臭いも異臭から悪臭へと変化している。

「ここまで来たことはないが、どう見ても良識ある人間の住む場所じゃないな…」

二人いる美女の内一人がそう呟きつつ、フードをゆっくりと引き下ろした。

フードの下に隠れていたのは眩しい金髪を持つアニエスであった。

「確かに。…まるで街に存在する全ての影が光を逃れて寄ってきたかのような所だ」

アニエスの言葉に対しそんな言葉を返しながらも、もう一人もフードを引き下ろす。

その下に隠れていたのはアニエスの同僚で、サファイアのような綺麗な青い髪をもつミシェルであった。

 

今二人がいる場所はチクトンネ街から少し離れた所にある寂れた地区である。

中心部から大分離れにあるこのゴーストタウンでの明かりは、空から届く月明かりだけだ。

その月明かりも、夕方頃から風に乗ってやってきた黒い雲に遮られている。

よって明かりはなく、流石のアニエスとミシェルもその暗闇に対して多少のとまどいを見せた。

しかしそこは衛士隊の者。闇に紛れて逃げる犯人を正確に見定める程の目を持っている。

ここに来るまである程度目が暗闇に慣れていたので、とまどいはすぐになくなった。

 

「さてと、来たのは良いが…隊長は何処にいるんだろうな」

辺りを警戒しつつ呟いたアニエスの言葉に、ミシェルはさりげなく返事をする。

「私が知るか。お前なら何か知ってるんじゃないのか?」

「知らんよ。知ってたらカンテラの一つでも持ってきてるさ」

ミシェルの言葉にアニエスはそう返しつつも、つい数時間ほど前の事を思い出した。

 

 

太陽が昼の二時を示していた時間帯、アニエスは隊長のいる部屋へと訪れた。

同僚に隊長が呼んでいると言われた彼女は何だろうかと思い、ドアを開けて部屋の中へと入る。

しかし、部屋にはいつものようにイスに座って書類や本を読んでいる隊長の姿が、そこにはなかった。

あれ?…と思った矢先。ふと机の上に一枚のメモが置いてあることに気がついた。

何かと思いメモを手に取り、アニエスはメモの内容を素早く頭の中で読み上げた。

 

 

゛ アニエスへ

   今日の6時半に、ミシェルと一緒に外へ出ろ

    そして夜の9時丁度につくよう、この地図の示す場所へ行け

     ミシェルの以外の者には気づかれるな。もしかしたら良くない事に足を突っ込んでるかもしれん

      俺だってお前と同じくらいにこの街を愛している。ただ手段をもっと考えるんだ

       相手が公の権力を振るうなら、こっちはそれと正反対の力で対抗するまでのことさ ゛

 

 

そこまで思い出し、アニエスは懐にしまってある懐中時計を取り出す。

取り出した時計を人差し指で軽く突くと、ボゥッ…と時計の針がボンヤリと光った。

「あと五分くらいで…9時丁度だな」

アニエスはミシェルにそう言うと時計をしまい、何気なく辺りを見回した。

人の気配が感じられない此所では、何か不気味なモノを感じてしまいそうで仕方がない。

 

こんな時、誰かが…

 

゛見ろ!向こうに見える路地裏から人の形をした四足歩行の黒いナニかが出てくるぞ゛

 

…と言われたら信じてしまうかも知れない。

 

それくらいまでに辺りの雰囲気は静まりかえり、逆にその静けさが恐怖を醸し出している。

少し強めの風がビュウビュウと音を鳴らして吹きすさび、その音がまた恐怖を増幅させる役割をつとめている。

二人とも平気を装っているものの、その瞳に僅かながらの緊張の色を滲ませていた。

アニエスは軽く息を吐くとふと空を見上げ、あることに気がついた。

地上ではこんなに風が吹いているというのに…

空を覆う黒い雲は尚も双つの月を覆い隠していた。

 

まるで雲自体が意志を持っているかのように…

 

 

一方、場所は変わり―――トリステイン魔法学院

 

夕食も終わり、生徒や教師達は少しだけ膨らんだ自身の腹をさすりつつ各々が行くべき場所へと足を進める。

それは行列となり、それはまるで人並みにでかくなった蟻の行進と例えても違和感はないであろう。

大半の者達は自分たちのベッドがある部屋へ向かうが、中には図書館や離れにある掘っ立て小屋へ向かう者もいた。

勿論全体から見ればそれはさしもの少人数、十割の内一割にも満たない。

やがて生徒達は男子と女子に別れてそれぞれの寮塔へと入っていった。

 

 

 

それから時間が過ぎ、もうすぐ9時半にさしかかろうとしている時間帯。

明日もきっと良いことがありますようにと祈りながら、殆どの生徒達はベッドへと入って目を瞑る。

しかし、中には夜を楽しむ者達もいる。そんな者達は明日のことなどお構いなしにそれぞれの時間を楽しむのだ。

ある者はこっそりと秘蔵のワインを飲み、ある女子生徒は部屋に男子を呼び込んで夜を明かす。

本来規律正しい魔法学院も、夜中になればその規律から解かれる。

それはまるで、物音ひとつ立ててはいけないパーティーだ。

物音立てればすぐにお開き。教師達が鬼の形相でやってきてパーティーを滅茶苦茶にする。

そして生徒たちは長ったらしい説教を聞きながら、反省文を書かなければならないのだ。

夜を楽しむ生徒達はそれを無意識的に自覚しつつも、夜を目一杯楽しんでいた。

 

一方――――

.ルイズの部屋の明かりは既に消されていた。

元から規律を尊重しているルイズにとって、夜更かしは禁忌に近いものである。

ルイズにとっての夜は、夕食の後に授業で出た課題をこなした後に大浴場で汗を流す。

部屋にもどった後は軽く本を読み、ネグリジェに着替えて消灯。これが彼女の夜の時間なのだ。

そんなルイズの隣で寝ているのは幻想郷からやってきた魔理沙である。

魔理沙は自宅から持ってきたパジャマに着替えており、目を瞑って寝息を立てていた。

一限目の授業からずっとルイズにくっついていた彼女の寝顔は、何処か微笑んでいるような感じがする。

まぁ普通に考えれば『異世界に行ける』なんていうことは、滅多どころか人生を三回ほど繰り返しても無いような出来事である。

きっと魔理沙は一生巡り会えるかどうかわからない異世界への旅行を楽しんでいるのであろう。

 

そんな風にして二人が大きなベッドが寝ている中、霊夢ひとりだけが寝間着に着替えず起きていた。

明かり一つない暗い部屋の中でイスに座ってボーッと窓の外を眺めている。

いつもなら双つの月と一緒に無数の星が夜空に浮かび、綺麗な光景を見せてくれる。

幻想郷の星空と丁度良い勝負ではないか。霊夢はそう思っている。

しかし今日に限っては曇り空であり、その綺麗な夜空を見せてはくれなかった。

多少残念であるものの、霊夢はそれを表情に出すことなくただ静かに空を見ている。

今彼女の脳内にあるのは今日の空模様についてではなく、もっと別の事であった――

 

――それは、今日の昼前にまで時間は遡る。

 

「虫退治ってのも、なんだか凄く久々な気がするわね」

後ろで煙を上げて倒れている虫型キメラに背中を向けて、霊夢はひとり呟いた。

数分前、嫌な気配を察知して魔法学院の庭園へと赴いた彼女はこのキメラと戦い、そして勝利した。

一目でクワガタの化け物だとわかるこのキメラは素早く、最初は驚いた霊夢であったがそれは大した障害にならなかった。

結果、戦い始めてものの五分くらいで決着がつき、勝者である紅白巫女はこうして一息ついている。

戦いが終わった直後、キメラに襲われていた男がいつの間にか消えていたが気にすることはなかった。

記憶が正しければ逃げた先は魔法学院の方だったし、運が良ければ警備をしている衛士にでも保護して貰えるだろう。

その男がどんな仕事をしていたのかも知らず、霊夢は大きく深呼吸をした。

 

小さな庭園の空気は綺麗ではあるが、後ろから肉の焼ける臭いとよく似た異臭が漂ってくる。

霊夢はその臭いに顔を顰めると後ろを振り向き、ゴクリとも動かないキメラをジト目で睨みつつ、舌打ちをする。

その後、虫の化けものを倒したということがあってか霊夢は幻想郷に蟲を操る妖怪がいるのを思い出した。

その妖怪とは以前永夜異変の際に戦った為、容姿や顔、どんな弾幕を放ってきたのかも覚えている。

「アレは蟲を操ってくるうえに弾幕を放ってきたし、コイツよりかは面倒くさかったわね」

生理的に嫌な蟲をこれでもかこれでもかと自慢気な表情でけしかけてきた妖怪に対して、嫌悪感を込めて言った。

無論その妖怪は幻想郷にいるので、霊夢の言葉は独り言となった。

 

「…さてと、部屋に戻ってお茶でも飲むとしますか」

とりあえず自分がすべき事はした霊夢は、そう言って飛び上がろうとした。その時…

 

ギギ…――――

 

「っ!?」

自分の背後から嫌な気配と共にあのキメラの声が耳に入ってきたのだ。

 

咄嗟にお札を取り出しバッと振り返るが、そこにあるのは物言わぬ死体となったキメラである。

霊夢は辺りを警戒しつつもそのキメラの死体にまで近づき、御幣の先でチョンチョンと頭部を突っついた。

その瞬間、突如シュウシュウと何かが溶けるような音と共に死体から白い煙が上がり始めたのだ。

更に煙と共に嗅いだことのない様な悪臭が出始め、霊夢は鼻と口の辺りを袖で隠して後ろに下がった。

最初の方こそ単に煙と異臭が出ていただけであったが、今度は体の表面から何か白い柔らかそうな物体がブツブツと出てきた。

それを見ていた霊夢は、すぐさまその白い物体が泡だとわかった。

白い泡は体のあちこちから出始め、数十秒経った頃にはキメラの全体を白い泡が包んでいた。

泡の固まりとなってしまったキメラは、ゆっくりとではあるが段々と小さくなっていく。

まるで泡がキメラの体を喰らうかのように…

 

キメラの死体から煙が出てから一分。

たったその一分で、そこに転がっていたキメラの死体はこの地上から姿を消した。

辺りに漂う異臭と地面にへばりついた白い泡だけを残して…

 

霊夢はそれを最初から最後まで鋭い視線で見届けていた。

きっと今回と似たような事が、近いうち必ず訪れるだろうと思った。

そして、先程感じた嫌な気配があの死体から出ていたのではないと確信しながらも。

 

その後、夕食の時に何処かの誰かがあの庭園での話をしていた。

 

何でも、謎の煙が庭園から上がっているのが見えて学院の衛士が何事かと急いで確認しに行ったのだという。

しかしいざ到着してみるとそこには何もなく、霊夢が見た白い泡や異臭などは消えていたらしい。

庭園を調べてみたが被害の形跡は無く、結局は外から来た誰かのイタズラとして処理された………と。

 

そんな話を偶然にも耳にした霊夢はしかし、それを聞いて安心することは無かった。

 

 

あの時、庭園で感じた気配がどうしても気になってしまった彼女は、こうして今も起きているのだ。

もちろん杞憂に終わればいいのであるが、そうはならないと思っていた。

証拠はない。しかし自分の直感を否定することが出来ないでいる。

「どっちにしろ、何があろうと無かろうと寝不足にはなりそうね…」

霊夢はひとり呟くと、人差し指でトントンとテーブルを叩き始めた。

物音一つしなくなったルイズの部屋に一定のリズムを保つ音が響き始める。

その音を耳に入れつつも、霊夢は何も知らずにベッドで気持ちよさそうに寝ている二人へと視線を向けた。

ルイズと共に授業へ出ていた魔理沙は、早くもこのハルケギニアを楽しんでいるような表情で寝ている。

霊夢自身は、見たことのない魔法や文明相手には大した興味は沸いてこない。

しかし、魔理沙の方は常に自分の力の糧となる知識を求めている事は知っている。

森で新種のキノコが見つかればすぐさま家に帰って研究し、魔法やスペルカードの開発へと入る。

先天的な才能を持っていた霊夢とは違い、彼女は日々の積み重ねと努力で今の自分を作り上げている。

そんな彼女にとって、この世界は生涯に一度だけあるかないかの貴重な体験に違いない。

 

 

「人が苦労してるのにあんな気楽そうに寝て…叩き起こしてやろうかしら」

明日への希望が詰まったかのような笑顔を浮かべて寝る普通の魔法使いへ向けて、

紅白の巫女は本気とも取れる感じで呟いた。

 

 

その時の霊夢には知ることなど出来なかった。

黒い異形が音もなく、闇に染まった森の中を駆け抜けて魔法学院へやってくることに。

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