ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第四十話

夜の帳に包まれた魔法学院の中庭を飛び始めてから丁度二分ぐらい経つだろうか。

今夜の闇に目が慣れた霊夢は、目指していた建物の近くへとたどり着くことが出来た。

その建物には灯りがついていなかった為、常人ならばある程度近づかなければその建物に気づかなかったであろう。

二分ぶりに緑の芝生へと足をつけた霊夢は、手に持っていた御幣を使ってトントンと右肩を軽く叩き始めた。

 

 

今彼女の目の前にある建物は学院の警備をする衛士達の宿舎であり、ここでは宝物庫に次いでかなり厳重な所である。

最も、その゛厳重゛という意味は『警備が厳重な場所』というのではなく『衛士達が密集する厳重な場所』と言った方が正しいであろう。

朝、昼、夜、どの時間帯にも必ず何人かの衛士達がいるため、学院へ盗みにはいるような連中はならばまず避けるべき所である。

霊夢はその建物の中から、嫌な気配を感じていた。

(この無機質的な殺意…間違いないわね)

そう呟いた後、霊夢は今朝の庭園で戦ったクワガタの化けものを思い出した。

人を殺すことに対して歓喜や怒り、憎しみ、悲しみ。 つまりは殺意と付加する喜怒哀楽の感情。

それ等の全てが欠落してしまったかのような、何も生み出さない殺意。

理性が無さそうな虫の化けものという事を抜きにして、その殺意はあまりにも生物らしくない。

一体どんな事をある程度すれば、こんな殺意を芽生えさせる事が出来るのであろうか?

学者やある知識豊富な魔法使いならば調べたくなるような事であったが、生憎霊夢はそういう事に関して一切興味はなかった。

むしろ今彼女の頭の中にあるのは―『その殺意が目の前にある宿舎から漂ってくる』という事だけだ。

「元がクワガタムシだから夜行性なのか…それとも誘っているのか」

前者ならばまだ虫頭の化けものという事で済むが、後者ならば恐らく一筋縄ではいかないであろう。

もしも誘っている存在が今朝戦った化けものと同じならば、このような頭の良いことは出来ないはずである。

そこまで考えて、ふと頭の中で胡散臭いスキマ妖怪の言葉を思い出してしまった、

 

――――そうよ。…キッカケとはいえ、幻想郷とハルケギニアを繋いだ彼女の力は凄まじい

 

「…恐らくは今後、そんな彼女を狙って色んな連中がやって来る――」

ポツリ、と霊夢はスキマ妖怪の言っていた言葉をひとり復唱する。

 

――そしてその中に、今回の異変を起こした黒幕と深く関わっている連中が混じるのも間違いないわ

 

 

「つまり彼女の傍にいれば、自ずと黒幕の方からにじり寄ってくるって寸法よ……か」

再び呟いた後、霊夢は本日何度目になるかわからない溜め息をついた。

 

 

一方その頃…ルイズの部屋―――――

 

「――さぁ、話を始めましょうか」

「……」

胡散臭いスキマ妖怪こと八雲紫の言葉とは対照的に、今のルイズは僅かに動揺していた。

 

二人を離す壁と呼べる存在はテーブルのみで、いわゆる゛テーブルを挟んでの話゛というものである。

つい先程までベッドの上にいたルイズは驚きつつも、ついで自分たちを囲う周りの空間が闇に包まれているのに気が付く。

部屋の暗さとは明らかに違う、光すら通さない完璧な闇というのは正にこれであろうとルイズは思った。

次にルイズは自分と紫、テーブルと座っている椅子、そしてその回りを囲うように天井から光に当てられている事に気が付いた。

部屋に備え付けているシャンデリアとは違う、まるで劇場で使うサーチライトのような光にルイズは目を細めながら天井へと視線を向けるがそれらしいものは何処にもない。

(というか、ここって私の部屋よね…一体どうなってるのよ)

今使っているテーブルと椅子は間違いなく自分の部屋の物だと知っているルイズは、薄ら寒さを感じた。

そんなルイズを見てか、紫はその緊張をほぐすかのようにこう言った。

「ご心配なく。ちょっと明暗の境界を弄くって話しやすい環境を整えただけよ」

紫はそう言うと人差し指をルイズの背後へと向けると、円を描くようにグルグルと回し始めた。

するとどうだろうか、ルイズの背後にあった闇はまるでストローでかき混ぜるかのように回転しながら消えていくではないか。

そして闇が消えた先には、こちらに背を向けてベッドで熟眠している魔理沙がいた。

ルイズは背後の方へと視線を向け、ここは自分の部屋なのだと改めて確認することが出来た。

 

「ホイ!」

とりあえずこれで良いだろうと思ったのか、紫は回し続けていた人差し指をピン!と勢いよく止める。

それを合図に消えていた闇が再び元に戻り、魔理沙の姿は見えなくなってしまった。

ルイズは自分の部屋だとわかって安堵したのか、最初の時より大分表情が緩くなっている。

「さて、あなたも安心したことだし。話したいことをちゃっちゃと話すわね」

紫の言葉にルイズはゆっくりと頷き、真夜中の話が始まった。

 

 

首都トリスタニアの地下はその構造上、かなり複雑な造りとなっている。

下水道をはじめとして有事の際の避難通路として幾つもの場所へと繋がる地下道やシェルターがあるのだ。

今でもその工事は昔ほどではないが細々と進められており、時が進むと共にどんどんと拡大していく。

ここ二十年ほど前に作られたものなどはまだ王宮の監視下にあるが、更に昔のものとなると全くその目が行き届いていない。

王宮にある資料の通りならば作られてから数百年が経つものも存在し、その数は実に百もある。

しかもその当時はハルケギニア大陸が戦争のまっただ中ということもあってか、資料には載っていない秘密の場所も幾つか存在している。

ただ、その殆どが現在に至るまで残っているとは限らず、最近の調査で約六割の地下通路が塞がっていたという事実が判明した。

 

 

そして残りの四割の内1割には、表に出れぬ者達の住処として機能している。

所謂―――「地下生活」をせざるを得ない人々の家として…

 

その扉は、トリスタニアの郊外の更に外れにある。

度重なる開発によりゴーストタウンと化したそこは、かつて教会や町人達の集会場所だった所だ。

当時の人々はそこで談笑したり、今日も良い一日を過ごせるようにと始祖に手を合わせていた。

しかし、その場所もやがてトリスタニアの中央に寄せられてしまい、今ではすっかり過去の物となってしまっている。

そんな場所のとある一角に、まるで人目を避けるかのように分厚い鉄扉がある。

狭く入り組んだ路地の奥にあるそれは、地上からでも上空からでも見つけることは困難を極める。

更にその扉が設置されてから大分年月が経っている所為か、素手で触れるのを躊躇わせるほどに錆びていた。

まるで皮膚病患者の肌みたいにボロボロな扉の傍には、同じくらいに錆びてしまっている壊れた錠前とドアノブが放置されている。

 

そしてかすれてはいるものの、錆び付いた扉の表面には白いペンキでこんな文字が刻まれていた。

 

『我々の望む世界は、どんな事があろうと何時の日か必ず訪れる』―――と。

 

 

双月が姿を隠し闇が支配する今宵、そのドアへと近づく四つの人影があった。

一目で最下層の者だとわかるみすぼらしい身なりの老人と、その後ろには頭からフードを被った一人の男と二人の女性だ。

老人は別として、三人の男女が体から発している雰囲気は明らかに一般市民が出せないような刺々しいものである。

そんな三人を後ろに引き連れているおかげか、老人の歩みからは辺りを支配する闇に恐怖している感じはない。

やがて老人はドアの前にまで来ると足を止めると同時に、後ろにいた一人の女性が小さな声で傍にいる男へ話し掛けた。

 

「ここが隊長の言うある場所へと続く道…ですか?」

男に話し掛けた女性―――ミシェルは、前方にあるドアと老人を交互に見比べつつ怪訝な表情を浮かべている。

ミシェルの言葉にもう一人の女性――アニエスも少しだけ頷いてから言った。

「確かにこういう人気のない場所だとわからないが…それにしてはありきたりな…」

二人の言葉を聞きながらこの場所を知っていた隊長も否定する気にはなれなかった。

何故なら彼自身も来るのは初めてで、尚かつここの情報自体も風の噂程度でしかなかったのだから。

 

 

時を少し遡り、時間が夜の九時丁度になろうとしている時――――

隊長の残したメモを頼りに、ミシェルと共に人気のない郊外へと訪れていた。

役人の手が届かぬ所為ですっかり寂れてしまい、灯り一つ無い闇の中に二人は佇んでいる。

その眼光は鋭く、いつでも抜刀できるよう自然と身構えていた。

「もうそろそろ、九時丁度だな…」

暗闇越しに辺りの気配を探っていたミシェルが誰に言うとでもなくひとり呟き、アニエスは無意識的に頷く。

先程時刻を確認してみたら後五分といったところだったので、もうそろそろ九時になるだろう。

せっかくなのでもう一度確認しようかと懐に手を伸ばした時、ふと背後から男性が声を掛けてきた。

 

「やぁ、どうやら約束通り二人だけで来てくれたようだな」

 

少なくとも一日一回以上は聞いているその声に、アニエスとミシェルの二人は同時に後ろを振り向く。

そこにいたのは、自分たちと同じフードを頭からすっぽり被ったガタイの良い男であった。

男は二人が振り返ったのを見ると懐からアニエスが持っているのと同じデザインの懐中時計を取り出す。

そして先程の彼女と同じく時計を軽く叩き、ボゥッ…と光る時計の針を灯りにして自分の顔を照した。

光に照らされたその顔が、いつも自分たちが見ている上司の顔だと知り、ミシェルは若干安堵したかのような表情を浮かべた

 

一方のアニエスはミシェルとは対照的に訝しむような表情で目の前にいる隊長に話し掛けた。

「一体どうしたというのです?わざわざ手紙にしてまであんな回りくどい事をさせるなんて…」

「あぁアレか…まぁ一応の警戒だ。これから会える゛かもしれない゛人物を探してる輩が出るかどうかな」

自分の机に置いていた手紙の事を指摘された隊長は、さも簡単そうに言った。

それを聞いたアニエスは、彼の言った「会える゛かもしれない゛人物」という言葉に疑問を抱く。

「会えるかもしれない人物…?それに話からして何やらワケありの人間と思えますが…」

「まぁ大体そんなところだが、実を言うと俺もその人物の事については風の噂程度にしか知らないからな」

 

でも本当にいるのならばコレを見て貰いたいんだよ。と隊長はそう言って懐から小さな袋を取り出した。

手のひらに収まるサイズのその革袋には、あるモノが入っていた。

 

 

ドアの前にいる老人は懐を探り、一見すればタダの棒きれにも見える杖を取り出した。

そして他人には空耳とも思える程のかぼそい声で呪文を詠唱すると、それをドアに向けて振り下ろす。

 

ギ、ギィ…―――

すっかり錆び付いてしまったドアを無理矢理開けるかのような嫌な音が辺り一帯に響き渡った。

ドアノブが壊れているドアがひとりでに開き、四人の前に今居る場所よりも更に濃い闇を見せている。

「ここから先の通路は…このトリステインが建国された時に作られたと言われております…」

開け放たれたドアの前にいる老人は三人に聞かせるかのように喋りつつ、再度杖を振る。

すると目の前にある闇の中でポッ…と温かそうなひとつの灯りが生まれた。

まるで生まれたての赤ん坊のように小さい灯りは二つ三つと増えていき、目の前の闇を喰らってゆく。

「当時は王族同士の小さな身内争いがあり、その際に何者かが有事の時に使う避難通路として作らせたのでしょう」

どんどんと数を増やしていく小さな灯りに顔を照らされつつ、老人は杖を振りながら喋り続ける。

 

そしてドアを開けてから丁度一分が経った後――左右の壁から幾つもの小さな灯りに照らされた階段がそこにあった。

地面の下へと続く階段の奥は灯りが届かず、その長さを知らしめている。

隊長、アニエス、ミシェルの三人はこんなところに地下へと続く階段があることを知り、目を丸くしていた。

トリスタニアの地理を完璧に把握していると豪語する衛士隊の者達ですら、このような場所は全く知らなかったのである。

「しかし結局は使用されず、十年前から我が主の住まいとして機能しております…」

老人はそこまで言うと口を閉じて三人の方へと向き直ると、ゆっくり頭を下げてこう言った。

 

「今宵は、我が主の経営する鑑定屋へと足を運んで頂きまことに有り難うございます」

 

 

一方、その頃――――

魔法学院でも一人の少女がある建物へと足を運ぼうとしていた。

 

 

「お邪魔するわよ~っ…と」

暢気そうな感じでそう言いつつ、霊夢は灯り一つ無い宿舎の入り口を通った。

いつもなら常時灯りが付いているというのに、不思議と今日に限って灯りは付いていない。

今日は偶々そういう日だったのか、それとも゛誰かが゛意図して灯りを消したのか…

どっちにしても、霊夢にとってはどうでも良いことであるのだが。

ただ外と比べれば屋内は暗く、目が慣れるまで霊夢は直ぐ横にあるレンガ造りの壁を手でさわりながら歩き始めた。

もうすぐ夏が訪れるらしいのだが夜中の気温は冷たく、霊夢の肌をピリピリと刺激する。

壁伝いで入り口から歩いてきた霊夢は、そのまま食堂の方へと入った。

宿舎の食堂は割と大きく、衛士達の部屋がある二階へと続く階段と裏口へと続く入り口はこの部屋にある。

食事などは給士達が作った物を運んでくるため、厨房といったものはない。

一応ワインや水などの飲料を保管するための倉庫などがあり、チーズや干し肉と言った酒の肴は衛士達が自前で買っている物である。

 

ここもまた暗かったが、屋内の暗さに目が慣れてきた霊夢はふと食堂の出入り口付近である物を見つけた。

それは大きな蝋燭が設置された燭台であった。

蝋燭には火がついており、小さいながらも頼りになる綺麗な明かりで霊夢の顔を照らしている。

(まぁ…暗闇の中で変な物を踏んだりするのもあれだしね)

霊夢は心の中でそう呟くと右手に持っていたお札をしまう代わりに燭台の下に付いている持ち手を握り、ヒョイッと燭台を持ち上げた。

手に持ったところで食堂の中へと入り、とりあえずは傍にあるテーブルの上を蝋燭の明かりで照らしてみた。

見たところ変わったところはなく、幾つもあるテーブルの上には皿や空のワイン瓶が大量に放置されている。

もっとも、霊夢や他の女性からしてみれば「散らかりすぎている」という言葉がピッタリなほど酷い状況であるが。

毎日朝と昼に担当の給士達が掃除しに来るのだが、勿論霊夢はそんなことは知りもしない。

「床だけ綺麗なのは、ある種の救いなのかしらね…」

足下を照らしながら歩きつつも、霊夢は嫌悪感たっぷりの表情で呟いた。

 

早足で歩いた所為かわずか十秒くらいで食堂を通り抜けた霊夢はそのまま裏口へと続く入り口へと入った。

裏口のドアは開きっぱなしなのか、冷たい夜風が容赦なく霊夢の顔を撫でていく。

「もうすぐ夏の筈なのに、どうしてこう寒いのかしらねぇ…」

幻想郷とは違うトリステイン気候を相手に、霊夢はひとり愚痴を漏らす。

本当なら今すぐにでもルイズの部屋に帰って寝たいのだがそんなことをするワケにもいかない。

何故なら、こんな場所へと来ることになった最大の゛理由゛が、ここにいるからである。

(気配が段々と強くなってるし動く気配もない…、やっぱり私が来るのを待ってたわね)

今日感じた気配の中で一番嫌な気配を察している相手がこの先にいることを知り、ふと足を止めた。

彼女が今いる位置から約一メイル先には、半開きのドアが風に揺られてキィキィと音を立てて動いている。

ドアの向こうは裏口となっており、文字通りのこの宿舎の裏側で出られようになっている。

霊夢はその場に燭台をそっと置くと、懐にしまっていたお札を取り出した。

最後に大きく深呼吸した後、勢いよく足を一歩前に出そうとした直後――――

 

バンッ!

 

先程まで風に揺られていたドアが、もの凄い音を立てて開いた。

まるで霊夢が動くのを見計らってたかのように開いた先から、何者かが飛び出してきた。

ソイツは疾風の如き素早さをもって霊夢の傍へと駆け寄り、手に持っていたナイフで斬りかかってきた。

しかし霊夢はその鈍い銀色の刃を持った武器に怯えることなく、ナイフの軌道から外れる下をかいくぐって避けた。

斬り刻む相手がいなくなったナイフは風を切るだけに留まり、それを持っている相手は霊夢に対して大きな隙を与えてしまうこととなった。

当然それを見逃す筈が無く、霊夢は相手の足下でしゃがみこんだ姿勢のまま、左手で持っていった御幣を勢いよく突き上げる。

素早い動作で繰り出された御幣の突きは見事相手のアゴに当たり、そのショックで相手の顔に貼り付いていた小さな物体が音もなく剥がれた。

 

物体はベチャリと不愉快な音を立てて地面に置いた燭台の傍に落ち、それと同時に襲いかかった来た相手は糸の切れた人形のように地面に倒れ込んだ。

持ち主の手から離れたナイフを勢いよく蹴り飛ばした後、霊夢は燭台の傍に落ちた物体へと顔を向ける。

案の定そこにいたのは、先程ミセス・シュヴルーズの目に貼り付いていたナメクジもどきであった。

霊夢は今日何度目になるかもわからない溜め息をつくと、右手に持っていたお札を一枚そのナメクジもどきに投げつけた。

お札は一寸の狂いもなくナメクジもどきに貼り付くと、すぐに燃え始めた。

先程焼いたナメクジもどきと同じようにソイツもまたそのを無茶苦茶に振り回しつつ、あの世に送り飛ばされた。

とりあえず目に良くないサイケデリックな虫けらを消した霊夢は、後ろで気絶している相手の方へと顔を向ける。

霊夢を襲ってきた相手の正体は、なんとシュヴルーズと一緒の部屋にいた女性教師であった。

 

(あの時の悲鳴は、もしかしてコイツの悲鳴だったのかしら?)

先程ルイズの部屋で聞いた悲鳴の事を思い出そうとしたとき…

 

フ…フフフフフ…――――

 

外から流れ込んでくる風に紛れて、笑い声が聞こえてきた。

まるで籠の中にいる鳥の動きを見て、喜んでいるかのような笑い声。

しかしその声はまるでガラスを引っ掻くかのようにように甲高く、あまりにも人外地味たものであった。

その笑い声に何かを感じた霊夢は、キッと目を鋭く光らせると勢いよく外へと飛び出した。

扉の向こうは丁度宿舎の裏側であり、衛士達の訓練場も兼ねているのか小さな庭がある。

防犯上のためかその庭を囲うかのように立てられた立派な鉄柵が、物々しい雰囲気を放っている。

入り口の傍には【タルブで作られた最高の赤ワイン】というラベルが貼られた大きな樽が数個ほど放置されている。

その他には花壇も噴水も何もなく、とても殺風景で寂しい雰囲気を纏った庭であった。

魔法学院の広場や庭は基本華やかではあるが、ここはそんな場所とは一切無縁の場所だ。

 

屋内とは違って容赦なく冷たい夜風が霊夢の肌を撫で、自然と身を強ばらせる。

 

フフフ…フフフフフフ…――――

 

その風に混じって、何処からともなく甲高い笑い声が霊夢の耳に入ってくる。

霊夢は耳を澄ませて声の出所を探ろうとするが、なかなか場所を掴ませてはくれない。

後ろから聞こえてくると思えば次の瞬間には右から聞こえ、すぐに同じ笑い声が頭上から聞こえてくる。

まるで鍾乳洞の中にいるかのように笑い声は辺りに木霊して霊夢の聴覚を鈍らせようとする。

「そんな小細工が通じると思ったら…大間違いよ」

霊夢は面倒くさそうに呟くと右手に持っているお札を一枚、ある方向に投げつけた。

勢いよく放たれたお札は…

一直線にその先にある゛樽の山゛へと突っ込み、

 

――――ボグンッ!

小さな音を立てて爆ぜた。

 

爆発自体は小さいものの、それより大きな樽を壊すのには十分であった。

木っ端微塵に弾けた樽は木片を辺りに撒き散らすが、その中にワインは入っていなかった。

 

―――ホゥ…まさかこうも簡単に見つけるとは、予想以上じゃな。

     まぁアイツ等をいとも簡単に屠れる時点で大体の検討はついておったが…

 

先程まで樽が置かれていた場所には、仮面をつけた一人の貴族が佇んでいたのだ。

闇に溶け込むかのようなマントを付けており、その上から覆い被さるかのようにマントと同じ色のフードを羽織っている。

来ている服やズボンは全体的に地味な色合いであり、記憶に残りそうにないものであった。

そしてその貴族の声はかなりしわがれていることから、恐らくかなりの老齢であるに違いない。

しかし今の霊夢には、それらの事よりも今最も気になっている事があった。

それは今目の前にいる貴族の姿が゛やけに朧気゛であるということだ。

まるで空気中に漂う霧のように、その存在はあまりにも希薄過ぎる。

 

「こんな夜中に呼びだしたうえに直接顔を合わせないなんて…いったいどういうつもりかしら?」

霊夢は目の前にいる゛幻影゛に向かってとりあえず御幣を突きつけながら言った。

そう言われた瞬間、貴族は両手をあげると慌ててこう言った。

 

―――ま、待ちたまえ!私は非暴力主義なんじゃよ!?

        そんな私に、君はそんな危なっかしいモノを突きつけるのかね!?

 

「別に良いじゃないの?武器を突きつけるのは私の勝手よ。というかその場にいない癖して何言ってるのよ」

先程の雰囲気とは全くかけ離れた弱気な対応に対して、霊夢はばっさりと言い放つ。

その言葉に貴族はハッとしたかのような動作をした後、あっさりと両手を下げた。

 

――あぁ、そうじゃったな…いかんいかん、まだ作ったばかりじゃから慣れていないのぉ…

全く威厳を感じさせない貴族に舌打ちしつつ霊夢は目の前にいる゛幻影゛が先程呟いを頭の中で。

《―まぁアイツ等をいとも簡単に屠れる時点で大体の検討はついておったが…》

既に霊夢の中では゛アイツ等゛=クワガタやナメクジの化けものという考えに至っていた。

(まさかコイツがあの化けものを…だとしたら相当ヤバそうなヤツね)

霊夢はそんな事を思いつつもとりあえず質問してみようと言う結論に至り、話し掛ける。

 

 

「それはそうとして、まさか今朝と今夜の化けものはアンタの…――  ――…ッ!?」

 

言い終える前に、突如自分の背後から大きくて歪んだ殺意が漂ってきた事に霊夢はすぐに気が付いた。

まるで人を殺すためだけに作られた人形がいま無抵抗の子供向かってナイフを振り下ろす直前のような無機質な殺意。

瞬間、霊夢はあのクワガタムシの形をした化けものの姿を思い浮かべた。

 

「ギ ィ ッ ギ ィ ィ ィ ィ ッ ! !」

霊夢反射的にその場で伏せた瞬間、。背後にいた゛何かが゛金切り声と共に黒い鎌状の爪で霊夢の頭上を切り裂いたのである。

その威力は空気を切る音がハッキリと霊夢の耳に聞こえるほど凄まじく、そのまま立っていたら背中を切り裂かれていたに違いない。

伏せた状態の霊夢は僅かに体を浮かせるとホバーリングと同じ要領で移動して急いで距離を取ろうとする。

しかしかぎ爪の持ち主は何が何でも接近戦に持ち込ませたいのか、霊夢目がけてダッシュしてきた。

人のそれと酷似している足から出るとは思えないその速さに、霊夢は舌打ちしつつ右手に持っていたお札を相手に投げつける。

しかし相手も一筋縄ではいかず、片足だけで地面を蹴って跳躍し、お札のみで構成された弾幕を避けたのだ。

「…ちっ!」

まさか避けられると思っていなかった霊夢は再び舌打ちしつつも、呪文とも思える言葉を急いで唱えた。

するとお札はその先にある宿舎の壁に貼り付きはしたが、爆発まではしなかった。

そのまま爆発させても良かったが、今霊夢の懐に入っているお札は残り数枚ほどである。

いつもなら大量に携帯しているのだが、これまで行ってきた数々の戦闘で使い果たしていたのだ。

(まぁ回収する分も含めば何とかなるわね…)

そんな事を考えながらも霊夢はホバリング移動のまま壁に貼り付いたお札を素早く回収すると奇襲を仕掛けてきた敵が何処にいるのか周囲を探った。

先程霊夢の攻撃を跳躍して避けたキメラはかなり跳んでしまったらしく、ゆっくりと地面に向かって落ちてくる。

襲ってきた相手と十分な距離をとっているのを確認すると、その場に着地した。

 

―――うぅむ予想通り奇襲は通用せんかったか…。まぁここで倒れても面白くは無い

 

ふと自分の背後から聞こえてきた貴族の声に霊夢は苛立ちを覚えつつも、前方にいる゛敵゛に警戒していた。

霊夢が着地してからすぐにソイツも地面に降り立ち、左手の甲から生えた爪をガチャガチャとやかましく鳴らし始めた。

鎌の形をしているその爪は艶めかしい黒色をしており、クワガタムシのアゴと非常に似ている。

そしてその全体は、今朝戦ったクワガタムシのキメラよりも更に不快感を煽る姿をしていた。

左手は人間のそれと似ているが、それとは対照的に右手のほうはサソリの尻尾となっている。

それは余りにも長い所為かとぐろを巻いて地面に垂れており、時折思い出したかのような尻尾の先端がピクリと動く。

体の模様は黒を下地に、ハチ彷彿させる黄色の縞模様が走っている。

そして頭部はイナゴそのものであり、しきり動く口から黄色とも緑色とも言える気味の悪い液体を出している。

 

――さぁ…行きなさい

 

「ゲ ッ ! ゲ ゲ ゲ ゲ ゲ ッ ゲ ッ ゲ  ッ ! !」

ボシュウゥウゥウゥ…!  

 

バッとマントをはためかして叫んだ貴族に反応して、そのキメラもまた甲高い声で叫んだ。

間接の隙間から、黒い霧を放出させながら…

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