ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第五十二話

「はっ…!…はっ!」

陽の光が届かぬ薄暗い森の中に、鳥の囀りと共に規則正しい息づかいが響く。

それについで小さな足でトンットンッと地面を蹴る音も続く。

その二つの音を出していたのは、まだ十代そこそこに見える黒髪の少女であった。

 

まるで軽業師のように地面を蹴って森の中を走り回る少女の顔は全く苦しそうに見えない。

それどころか辺りに目を配るほどの余裕をもっており、ついで背負っている一人の女の子に目をやる。

そこには、少女の背中にしがみついたまま気を失っているニナがいた。

あの時山小屋から逃げた後もずっと気絶したままで、かといって山中に放置することも出来ずこうして数十分も背負い続けて走っている。

少女は、この子を背負ってなければもう少し足を速められるかなと一時は思ったが、すぐに首を横に振った。

仮に連れて行かず、小屋に放置していたら間違いなくあの怪物の餌食になっていたであろう。

(何処かに村か何かあれば…そこに預ければいいわね)

少女はいまの状況を前向きに考えつつ、更に足を速めようとした。

 

その時…ふと近くから誰かの気配を感じ、動かしていた足を止めた。

 

走るのを止めた少女はスー…と頭を動かして辺りを見回し、木々に覆われてハッキリと見えない森の中を見透かすかのように目をこらす。

気配からして人間だとわかったが、その人間が放っている雰囲気は少し異質であった。

それは例えれば外は冷たく内が熱い、どうも曖昧な感じが否めない気配なのである。

一体誰なのかと訝しんだ少女は更に目をこらし、気配の主を捜そうとする。

だがその行為は、少女の゛命゛を狙わんとする暗殺者にとって絶好のチャンスであった。

 

―――ビュウッ…ドッ!

まるで風を切るかのような音が響いた後、少女の体に風系統の魔法『ウインド・ブレイク』が襲いかかった。

「ウァッ…!?」

風の塊を直接ぶつけるシンプルな魔法は辺りに注意を向けていた彼女の体にぶつかり、勢いよく吹き飛んだ。

気を失っていたニナは吹き飛ばされる直前に『ウインド・ブレイク』の衝撃で少女の背中からはじき飛ばされ、地面に転がった。

何本かの枝が折れる音が響くと共に、吹き飛ばされた少女が数秒間の時を置いて上から落ちてくる。

「ク…!」

しかし地面に激突するまであと五メイルというところでネコのようにうまく体勢を変え、なんとか着地する。

着地した少女は自分が連れてきたニナがすぐ近くにいることを確認すると、鋭い目つきでキッと頭上を睨み付ける。

その視線の先には、少女の着地した場所から数十メイルほど離れたところに生えた大木の枝の上に立つ青髪の少女がいた。

彼女の着ている白いブラウスと白のニーソックス、そしてグレーのプリーツスカートはこの森の中では酷いくらいに目立っている。

高価なアンティークドールを思わせる顔は無表情であり、掛けている眼鏡がその色のない顔に言いようのない冷たさを醸し出している。

そして背中には自分が何者であるのか証明する黒いマントを羽織り、右手には自身の背丈よりも大きい杖を持っていた。

 

杖とマント。その二つはこの世界に置いて゛貴族゛と呼ばれる者達のシルエットだ。

そしてこの青髪の少女は、今この山中にいる貴族の中でも特に戦いに長けた者であった。

青髪の少女―タバサは左手の人差し指でクイッと眼鏡を持ち上げる。

その眼には、目の前にいる少女を゛標的゛として見つめる冷酷な感情が見えた。

 

 

人は誰でも間違い犯す。

しかし時と場合によっては、それが命取りになる事を忘れてはいけない。

 

「やっべ…八卦路はルイズが持ったままだったの忘れてたぜ!」

魔理沙が素っ頓狂な声を上げて叫んだ瞬間、目の前にいた怪物が飛びかかってきた。

指先に爪の生えた両手を前に突きだし両足もピンと張って飛ぶ姿は、正に白昼の悪魔である。

目の前の異形が攻撃を仕掛けてきた事に気づいた魔理沙は驚いた表情を浮かべたまま左手の箒をその場に放り投げると、勢いよく前転した。

自慢の洋服が土にまみれ被っていた帽子も吹っ飛んでいったが、飛びかかってきた怪物の攻撃を避けることには成功した。

「おらっ!」

すぐに立ち上がった魔理沙はこちらに背中を見せている怪物に、素早い回し蹴りをお見舞いした。

比較的運動神経が良い魔理沙の蹴りが若干効いたのか、背中に一撃を喰らった怪物は呻き声を上げて数歩よろめいた。

 

「ヴヴヴ…ギィ!」

しかし自分の後ろに敵がいる事を知った怪物は振り向きざまに引っ掻いてきた。

反撃を予想していた魔理沙はスッと後ろに下がると、足下に転がっていた自分の箒を手に取る。

そして、次こそはと勢いよく振り下ろしてきた怪物の爪を箒の柄で見事受け止めた。

だが箒で敵の攻撃を防いだのはいいものの、予想以上に怪物の力は強かった。

箒を持つ魔理沙の手が小刻みに震えているのに対し怪物は振り下ろした爪に力を入れて、確実に魔理沙の方へ近づけていく。

「く…頭が悪いかわりに力がヤケに強いんだよな…――こういう奴って!」

このままではやられると感じた魔理沙は苦しそうに呟くと、二撃目となる蹴りを怪物の腹に入れる。

蹴りをまともに喰らった怪物は紙を勢いよく破った時の音みたいな叫び声を上げて後ろに下がった。

 

敵を下がらせる事に成功した魔理沙も後ろに下がると懐に手を伸ばし、小さな小瓶を取り出した。

小瓶の中にはサイコロを小さくしたような物体が一個入っているだけであった。

「下手に力勝負しても勝ち目がないし…こいつで片づけるか」

そう言うと魔理沙は小瓶を持った右手に力を込めたかと思うと、それを勢いよく放り投げた。

投げられた小瓶はクルクルと回転しながら、腹を押さえて呻いている怪物の頭上目がけて落ちていく。

そして後二メイルという所で怪物が気づいてしまい右手の爪ではじき飛ばそうとしたが、魔理沙にとってそれはどうでも良かった。

 

あの投げた小瓶の゛中身゛は、かなり強い衝撃さえ与えれば…華やかで盛大な゛花火゛へと昇華するのだ。

 

 

パキィ!

 

横に振った怪物の爪は見事落ちてきた小瓶を砕き、その゛中身゛も粉々に砕いた。

サイコロの形から無数の欠片へと変化した゛中身゛は粉々になった際の衝撃をモロに受けて…爆発した。

 

瓶を割った怪物をも巻き込んだその爆発はまるで、祝祭の時に打ち上げられる花火の様に色鮮やかであった。

流石に本物の花火みたいに大きくは無いが、色鮮やかな星の形をした花火が爆発と共に打ち上がる。

爆発音もドド、ドドン、パン!…とまるで花火のような何処かおめでたい雰囲気が漂うものだ。

そんな綺麗な爆発は僅か十秒ほどで終わり、後に残ったのは薄い灰色の煙だけであった。

 

 

瓶の中に入っていた物体…それは魔理沙が作りだした゛魔法゛の一つであった。

魔法の森などに生えている化け物茸などを独自の調理法でスープを数種類作り、それをブレンドする。

そして数日掛けて乾燥させて固形物にした後、その固形物を投げつけたり加熱したりと色々実験をする。

そうすることでごく稀に魔法らしい魔法が発動することがある。

成功しても失敗しても本に纏め、また茸狩りからスタート…といったループが続く。

先程怪物に投げつけた固形物は威力が強すぎた成功例の一つを、ある程度弱めたものであった。

 

 

煙はその場に数秒ほど留まったが、初夏の香りが漂う突風に乗って空へと消えていく。

本当ならば煙の留まっていた場所にいる筈の怪物の姿は無く、代わりに小さなクレーターができていた。

魔理沙は用心しつつもそこへ近づき、クレーターを調べた。

「ふぅむ…まさか木っ端微塵になるとは予想外だったぜ。まだまだ威力が強すぎるな」

一通り調べ終えた魔理沙はすぐ傍に落ちている帽子を拾い、パパッと土を払い落とす。

そしてある程度綺麗になったソレを頭に被ると、苦笑いのような表情を浮かべて先程の爆発の事を思い出した。

「それにしても…思ってたより衝撃に対しては弱かったな。砕けた直後に反応してたし…完成までもうちょっとのところか」

彼女はひとり呟きながら、腰に付けた革袋から一冊のメモ帳を取り出した。

もう何年も使い続けているのか、そのメモ帳からは大分くたびれた雰囲気が漂っている。

魔理沙はメモ帳を開くとパラパラとページをめくろうとしたが、その前にピタリと手の動きが止まった。

苦虫を踏んだよう表情を浮かべる彼女の視線の先には、半開きのドアから山小屋の中が少しだけ見えていた。

そしてそこから、ツン鼻にくる鉄のソレと似た臭いが漂ってきている。

 

 

「まぁでも…その前にする事があるか…」

魔理沙は軽い溜め息をつくとメモ帳をしまい、小屋の中へと入ろうとしたとき…

 

「何処かで見た事ある花火が上がったと思ったら、やっぱりアンタだったわね」

ふと背後から着地する音共に聞き覚えのある声が聞こえ、咄嗟に後ろを振り返る。

 

振り返った彼女の視線にいたのは紅白の服と別離した白い袖を付けた腕を組み、いつもと変わらぬ姿と態度で佇む゛彼女゛がいた。

いつもは神社の縁側でお茶を飲んでいて、暇さえあれば話の相手や弾幕ごっこもしてくれる友人みたいな゛彼女゛。

異変が起これば、どちらが先に解決出来るかを競い合うライバルになる゛彼女゛。

そして―――゛彼女゛にとって自分が、『最初に出会った気の許せる人間』だということ。

魔理沙にとって゛彼女゛は―――博麗霊夢はそんな人間であった。

 

いつもはグータラとお茶を飲んでいるような彼女がどのような用事でここに来たのか、魔理沙はわかっていた。

そしてそれを知ったうえで、自らの勝利を誇る戦士のような晴れ晴れとした笑顔で霊夢の顔を見た。

 

「よっ、遅かったな。何処かで昼寝でもしてたのか?」

「その昼寝を邪魔する輩がいたからここまで来たんだけど。とんだ無駄足だったようね」

霊夢はそんな魔理沙とは正反対の、何処か陰のある苦笑いの表情を浮かべていた。

 

 

 

…一方、山小屋から大分離れた所にある街道。

首都トリスタニアと魔法学院を繋ぐ道の上を、一台の馬車がゆっくりとした速度で走っていた。

二頭の馬が引く台車の中には、学院にとって必要な食料や物資がこれでもかと詰め込まれている。

そしてその中に混じるかのように、その荷物を責任持って運ぶ業者の姿も見受けられた。

 

「っと…もうそろそろ学院かな?」

ガタゴトと揺れる荷台の上に座っていた一人の男が、前方にある塔を見てポツリと呟く。

その後ろでは仕事仲間の四人が、持参したチーズやライ麦パンを食べていた。

いつもは首都の出入り口にある駅で食べるのだが、今日は生憎仕事の量が多かった。

しかもその中にはいつも自分たちに依頼してくれている魔法学院への運送もあったので、いつも以上に張り切っていた。

仕事柄、何かトラブルがあって運送が遅れればそれだけで築き上げた顧客への信用が吹き飛んでしまう。

 

無論信用を上げるということがどれ程大変なことなのか、彼らは皆知っていた。

「よしっお前ら。昼飯中断運ぶ準備に入れ。モタモタするなよ!」

リーダーである男の一言に、後ろで食事をとっていた男達は「うーっす!」や「へ~い…」など…気合いの入っていないような返事をする。

それでも動きはテキパキとしており、食べかけであった食事を急いで口の中に入れ込み、ゆっくりと腰を上げる。

四人は足下に置いていた使い古しのカーキ色のベレー帽を被ると、思いっきり深呼吸をした。

「ん~…。それにしても、さっきの変な音やら爆発音は何だったんですかねぇ」

ふと仲間の一人が、帽子を被りながらポツリと呟いた。

彼の言う゛変な音゛に覚えのあった他の者達は顔を見合わせた後、仲間の誰かがからかうように言った。

 

「なんだよお前?さっきのアレにびびってるのか?」

「ちょっ…別にそんなんじゃねぇよ!」

彼の言葉に男は慌てた風に言い返すと、今度はリーダーが口を開く。

「ま、例え山の中で異変が起きようとも俺たちのする事に変わりはないさ。だろ?」

リーダーの頼りがいのあるその言葉に四人全員が彼の方へと視線を向き、頷いた。

 

タッタッタッタッ…

その時であった、蹄と台車が軋む音と一緒に右側の森林から足音が聞こえてきたのは。

 

「ん?なんだ、また音が聞こえてきたぞ…これは足音か?」

リーダーは周りから聞こえてくる他の音と一緒くたにしないよう気をつけつつ、耳を澄ます。

足音は規則正しいがとても速く、どうやら森の中を全力疾走しているらしい。

「あ、兄貴…一体何なんですかこの足音」

「走っているようだが…おかしい。これは人間の足音なのか?」

うろたえている仲間の言葉に、リーダーは怪訝な表情を浮かべて足音を聞いていた。

 

ここら一帯の森林は走ることはおろか歩くことすら困難な程地形が複雑ではない。

やろうと思えば走ることだって出来る。しかし今聞こえてくる足音は何処かおかしかった。

聞いた感じではとても人が走っているとは思えぬほど速く、狼か野犬の足音だと思えばカンタンだった。

しかしそれよりも先に山の中から聞こえてきた甲高い声のような奇妙な音の所為で、彼らの頭の中に不気味な想像が蠢いていた。

 

 

 

ツン、と鼻にくる血の匂いが鬱陶しい…

山小屋に入った霊夢がまず最初に思ったことはそれであった。

僅かに開いていたドアから中に入りまず最初に感じたのは、血の匂いであった。

レミリアやフランの様な吸血鬼とか悪魔なら少しは気分を良くするかも知れないが、博麗霊夢はれっきとした人間である。

血の臭いを嗅いで気分を良くする人間など滅多にいないし、いるとすればかなりの変わり者だ。

残念ながら、変わり者は変わり者でもそれとは別のベクトルを行く霊夢にとって血の臭いは不快な代物である。

ましてや、血なまぐさい事なら霊夢より遠い存在である魔理沙にとっては尚更であった。

 

「ま、こんな死体を見て目の前で吐かれるよりマシ。…か」

霊夢は小屋の外で待っている魔理沙を思い出しながら呟き、足下の゛死体゛へと目を向ける。

大きな暖炉とテーブルが置かれたその部屋に、血の匂いを発する元凶である一人の死体が転がっていた。

麓に住む村人であろうかその服装は質素ではあるが丈夫な作りをしている。

逞しい体つきと手に持っている大鉈を見ればすぐに男だと判別できるが、どんな顔をしているかまでは分からなかった。

何故ならその死体は、丁度下顎から上が『切断されたように無くなっている』のだから。

まるで専用の器具スライスされたように断面がハッキリと見え、下手な人体模型よりもリアルであった。

血はもう流れてはいないが、その代わり頭を中心にして赤い水たまりが出来ている。

 

「アタシも何回か幻想郷で惨い死体を見たことはあるけど…こんなのは初めてね」

霊夢は一度に大量の毛虫を踏みつぶしてしまったような表情を浮かべ、死体を見つめていた。

妖怪退治と異変解決のプロである博麗の巫女である霊夢にとっても、こんな死体をお目に掛けるのは初めてであった。

頭の上半分が切断されていたところ以外の外傷はなく、無論囓られた後もない。

 

恐らくこの男は、『食べられるために殺された』のではなくただ『殺されるために殺された』のだろう。

魔法学院で感じたあの気配の持ち主が、魔理沙と戦った怪物であるならば…。

最初こそは上の部分だけ食べられたのだと思っていたが、すぐに前言撤回をすることとなった。

何故なら部屋の中央に置かれた大きなテーブルの真下に、もう半分が転がっていたのだから。

 

「全く、どうせ置くならもっと目立つところに置きなさいよ」

一人愚痴をもらした霊夢は、これからの事をもう考え始めた。

この死体の男性の事を思えば少し可哀想ではあるが、仇(だと思う)怪物は魔理沙が倒したと(思うから)問題はない。

「まぁとりあえず近くの村の人にでも教えて、埋めてもらった方が良いわね」

流石にこういう事に慣れてはいるのか、余りにも早く考えるのを終えた。

そんでもっていざ魔理沙の待つ外へ出ようとしたとき…

 

「 見 っ つ け た わ よ ぉ ぉ ぉ ぉ ! 」 

 

…聞き慣れた少女の声が霊夢の耳に突き刺さった。

ただその聞き慣れた声は魔理沙の物ではなく、時間にしてみればつい一月前に知り合った者の声であった。

しかし、その声の持ち主が本物であれば幾つか疑問が浮かび上がってきた。

どうしてその持ち主がここにいるのか、どのような手段でここまで来たのか。

そんな疑問が次から次へと湧いてきたが、それを一つ一つ時間を掛けて解決するほど霊夢は暇でなかった。

 

「ホント、厄介事は向こうからやってくるモノね」

霊夢は頭を掻きむしりながらどう対応したら良いか考えつつ、ドアの方へと向かってゆっくりと歩き出す。

半開きになったドアの向こうから、魔理沙の慌てた声と少女―ルイズの怒鳴り声が聞こえてきた。

 

 

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